Coolier - 新生・東方創想話

『あっしは満月を見ると変身するでガンス』

2014/07/16 02:04:47
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かつーん、かつん。
間延びしたリズムが石造りの壁と床とに反射し、澄み切った音を響かせる。
紅魔館地下。元々窓の少ないこの館、もちろんその地下に月の光など届くはずもなく。
代わりに存在するのは、点々と壁に取り付けられた僅かなランプの灯りのみ。
普通の人間からすれば、なんとも心もとない光量であるものの、彼女は全く意に介していない。

「ふんふーん」
それどころか、である。
彼女……十六夜咲夜は、この不気味な廊下で、あろうことか鼻歌混じりにスキップをしていた。
咲夜はただの人間である。
しかし彼女は、人間の身でありながら、悪魔の住まう館に居を構え、館の主たる吸血鬼に身を捧げるメイドであった。

かつーん、かつん。
再び、間延びした音。銀色のお下げはランプの灯りを受けて、ちらちらと橙色に輝く。
彼女が歩く度にからりと揺れ、それは不安定なきらめきを成す。
整った顔のパーツ。浮世離れした薄い蒼の瞳に、透き通ったような白い肌。彼女の頬は、僅かに紅潮しているように見えた。

咲夜は、この場所を気に入っている。静かで薄暗い、この紅魔館地下の廊下を。
本来、完全な暗闇に包まれるはずであったこの紅魔館地下に光が導入されたのは、彼女の存在が大きい。
妖怪だらけのこの館に、灯りなんてものは元々必要無かったのである。
仕事上、この地下での行動も多いだろうという彼女のために、館の主がランプの設置を命じたのだ。

つまり、このランプは、彼女の為だけに作られた舞台装置。
その僅かな光によって彩られたこの空間は、十六夜咲夜の晴れ舞台。
ここに立つ咲夜は、すなわち常時オンステージ。
何と言ってもあのお嬢様が、自分だけの為に与えてくれた光なのだから。
ハミングの声量はますます大きくなり、スキップの歩幅もまた、心なしか広さを増しているようであった。



「お楽しみの所申し訳ないんだけど」

その声が響いたと同時に、咲夜の隣に彼女の主はいた。咲夜はびくんと体を震わせる。
突如横から聞こえた声に咲夜は反射的に返事を返したのだが、その声は明らかに裏返っていた。
そのため、主は一瞬怪訝そうな表情を浮かべると、振り返って咲夜の顔を覗き込んだ。優しげな真紅の瞳が、咲夜を射抜いていた。

「咲夜。あんた、随分顔色が悪いわ。それに汗もびっしょりだし」
「いえいえとんでもございません。私はもとより色白ですし、汗かきなのですよ」
「そうだっけ?」
「そうなのです」

咲夜は瀟洒で完全な従者である。例え如何なる状況においても、主人の前で醜態を晒すことなどしてはならない。
そう、例え薄気味悪い廊下で鼻歌を歌いながらスキップなどしている姿を主人に見られたからといって、瀟洒な従者は決して狼狽えない。

咲夜の主人であり、紅魔館の主たる吸血鬼レミリアは、それだけ聞くと、再び前を向いて歩きだした。小さな首を傾けながら。

かつかつ。かつんかつん。
会話が終われば、従者は黙って主人の後ろを付いて行くのみ。
彼女のウェーブした薄水色の髪がふわりと揺れ、石鹸の香りが鼻孔をくすぐる。
咲夜の顔が、思わず綻んだ。

「で、なんで私がこんな所を歩いているかっていうとね」
「はい」

かつかつと歩みを進めながら、レミリアは口を開く。
咲夜とて、なにも不用心に鼻歌スキップをしていた訳ではない。こんな辺鄙なところに、誰かがいるとは夢にも思わなかったのである。
まして、紅魔館の主たるお嬢様が、この黴臭い地下にわざわざ出向くとは。
思ってもみなかった。

咲夜は苦笑いと冷や汗を浮かべながら返事を返した。
とりあえず誤魔化すことには成功したようであるし、今の会話の流れならば追求されることもないだろう。
お嬢様の優しさに感謝しつつ、安堵の表情を浮かべる。

しかし。
そんなお嬢様の口から飛び出したのは、想像だにしなかった言葉であって。

「今から、八雲の奴が来る。奴からの指定で、場所は紅魔館地下の大倉庫。準備を頼むわよ」
「…はい?」

レミリアはそれ以降何も語らなかった。咲夜の反応を待たずに、彼女は先を急ぐ。
突然の八雲紫の来訪。そして謎の場所指定。
咲夜は呆気に取られ、しばらくその場に立ち尽くしていた。



幻想郷で、八雲紫の名を知らぬ者はほとんどいない。
それは如何なる理由か。『境界の妖怪』の異名を持つ大妖怪は、彼女一人のみだ。
彼女は、この幻想郷を外の世界と分断する、その結界を管理していると言われ、この幻想郷を創り上げた妖怪の賢者の一人とも噂されている。
彼女の能力、境界を操る能力は、いわば破壊と創造の能力そのものであり、神にも等しい力であるとか。
そんな、すさまじい能力を持った大妖怪が彼女だ。幻想郷の創造に関わっていたとしても何も不思議ではない。

だが、彼女の名がこの幻想郷に広く知れ渡っているのは、そんな大それた理由ではない。

紅魔館地下、最奥の大倉庫。
もともとマジックアイテムその他諸々、曰くつきの品がそこら中に転がっている紅魔館ではあるが、それら大量のガラクタが流れ着く終着点がここだ。
小規模なゴミ集積場以上にケイオスが広がるこの空間は、予想通り埃にまみれていた。
これだけ物が多くて、しばらく掃除もしていないのだ。当たり前である。
そして、それを言うなら、こうも黴臭い場所にお嬢様が足を踏み入れるべきではないのも当たり前のはず、なのだが。

「八雲紫…」

そう、ぼそりと呟く咲夜の手で、その倉庫は一瞬のうちに綺麗さっぱり片付いていた。

十六夜咲夜は、八雲紫が苦手だった。
というより、あの八雲紫を得意に思う人間なんて、ほとんどいないだろう。それこそが、彼女が幻想郷で有名である所以だ。彼女は、とにかく神出鬼没の妖怪である。
境界を操ることで、この幻想郷のいたるところに一瞬で移動できる彼女は、その胡散臭さと掴み所のない性格も相まって、多くの人間妖怪に嫌われていた。
八雲紫に関わったら碌なことはない。八雲紫を見かけたらとりあえず逃げろ。
常識に捉われない幻想郷にも少なからず存在する、そんな数少ない常識の一つが八雲紫の対処法なのだ。
それほどまでに、彼女は有名人だった。あまりよくない方向で。

「……咲夜。あんた、やっぱり顔色が悪いわ。少し疲れてる?」

いつの間にか用意されていた小型のテーブルと、それを挟んで設置された椅子二つ。その内、片方に腰をかけながら、レミリアは言った。
あんな姿を見られたから……など、そんな理由があるものか。咲夜は真っ先に浮かんだ考えを、心の中で否定する。
そんなことよりも、自分の軽率な行動が、主人に要らぬ心配をかけてしまったのだ。そちらの方が大問題である。
決して、ご機嫌な姿が見られて恥ずかしかった訳ではない。

そしてだ。さきほどまでなら、心労の原因はそれだけで済んだであろう。
しかし、今や状況は変わったのである。随分と悪い方向に。
咲夜は一度大きく深呼吸した後、意を決してレミリアに尋ねた。

「お嬢様。八雲紫は一体、何故こんな場所を指定したのでしょうか」
「せっかく心配してやってのにお前はなー。可愛げのない奴だなー。あいつの考えてることなんて、私にもわかんないわよ」
「そうですか」
「そうだよ」

レミリアは少しだけ不貞腐れたような表情を浮かべながら、椅子の肘掛け部分に頬杖を付く。
咲夜はと言うと、その側で固い表情を保っていた。レミリアは一つ、大きな溜息を付くと、再び言葉を紡ぐ。

「ま、強いて言うなら。わざわざこんな奥の方で話すぐらいだし、人に聞かれたくない話でもするんじゃないかな」
「人に聞かれたくない話、ですか」

咲夜はしばらく考え込む様子を見せた後、再び口を開く。

「以前のお茶会では、どのようなお話をされていたのですか?」
「え? いや、別に他愛のない会話だったと思うけど。いつも通り、今季分の食料の調達についてだとか、従者の自慢話とか、外の世界のスイーツがどうとか、霊夢の幸せそうにご飯を食べる姿が可愛いだとか、オススメの漫画とか、次の紅魔館レクレーション大会の出し物をどうするかとか……」

八雲紫は、我がお嬢様とそんなどうでもいい会話をする為にわざわざ紅魔館に出向いていたのか。
そんなどうでもいい会話にお嬢様を巻き込むなよ、と思うと非常に腹立たしく思う咲夜であるが、今はそれどころではないのである。

前回までの会話内容の中で考える限り、お嬢様との会話で人に聞かれたくない内容は存在しないように思える。
勿論、新たなネタがあるという可能性も十分に考えられるが、そもそも相手は厚顔無恥のひねくれ者、八雲紫である。
奴が、他人に聞かれたくないと思う話題が存在するだろうか。他人どころか、目の前の人間を不快にさせるような話題でも平気で語るのが奴だ。
目の前の人間をどう殺すか、ぐらいのネタでも、奴は嬉々として語りだすであろう。

となると、八雲紫の目的は何だ?
この黴と埃にまみれた密室において、八雲紫はお嬢様に何をするつもりなのだ。考えるだけで頭がクラクラしてくる。どうせ、碌なことではない。
……『碌なことではない』で済む話なら、まだ良い。
何せ、相手は八雲紫だ。性根が腐っているだけではなく、非常に力のある妖怪なのだ。
いくら強力無比の戦闘能力を持つ最強の妖怪たる吸血鬼であっても、スキマ妖怪相手の勝負となれば、良い所が五分五分であろう。
そこに密室という条件が加われば、動きが制限される為に吸血鬼にとっては分が悪い。
すなわち、誰からも干渉されないこの密室において、八雲紫はお嬢様の生殺与奪を握っていることに他ならないのである。

それは不味い。非常に。
咲夜の頬を、玉のような汗が流れた。

「お嬢様。お言葉ですが」

と、咲夜が口にした瞬間であった。それを遮るように、不気味な音が空気を震わせる。
びよん、と太い弦を指で弾いたときのような音とともに、二人の目の前の中空に裂け目ができていた。
空間に浮かぶギザギザの線。それが、ぴんと伸びたと思えば、その中心部分が上下に広がる。
曲線同士で囲まれた『向こう側』は、彼女らがさきほどまでに見ていた空間とは明らかに異なっていて。
そこに人影が浮かんだと思えば、にゅ、とその隙間を通り抜けて来る人物が一人。いつも通り胡散臭い笑みを浮かべながら、こちら側に近付いて来ている。
案の定、それは彼女であった。

「呼ばれて飛び出てぇ」

隙間から飛び出てきた八雲紫は、その怪しげな笑みをさらに深めながら言った。
レミリアは再び大きな溜息を付くと、彼女に向かって冷ややかな視線を送る。
しかし、対する彼女は、全く笑みを崩さない。そこがまた腹の立つところであるが、咲夜はぐっと堪える。まずは様子見からだ。

「相変わらず神出鬼没ね、八雲紫」
「ごきげんよう、愛しの吸血鬼。準備が出来たみたいだから、来ちゃった」
「急に呼び出して、一体何の用なのよ。しかもこんな場所に」

その胡散臭い笑みを顔に張り付けたまま、彼女は厚かましくもレミリアの向かい側の椅子に腰をかけた。背もたれに体重を預け、足まで組み始めた。
八雲紫は咲夜を一瞥すると、再びレミリアと視線を合わせる。

「ちょっと話したいことがあってねぇ。人に聞かれたくない内容だから、ここを選んだのだけれど。何か問題でもあるかしら」
「……いやまあ、特にないけど」
「そう。ならいいわね」

と、一人で勝手に納得したと思えば、彼女は机に置かれた茶菓子に手を伸ばす。咲夜特製のクッキーである。
八雲紫は、そのクッキーを口に頬張り、しばらく咀嚼すると、そのまま飲み込んだ。彼女の笑顔がより一層深まる。
福寿草でも練り込んでやろうかとも思ったのだが、館にストックが無かったために断念。

いくらゲストであるとは言え、節度というものがあるだろう。ここを自宅か何かと勘違いしているかの如きくつろぎっぷりであった。
そんな姿をありありと見せつけられては、咲夜は眉間に深く皺を寄せる他ない。
レミリアはというと、彼女の図々しさを見かねたのか、またも溜息を一つ付くと同時に口を開いた。

「八雲紫、あんたさ。ここはあんたの家じゃないのよ」
「あらあら、そんなお堅い事言わないでよ。貴方と私の仲じゃない」
「そんな仲になった記憶は無い」
「つれないわねぇ吸血鬼さんは。わざわざ会いに来てあげたのに」

「暇人の思考回路は幸せなことね」
「暇なのはお互い様でしょ」
「私はあんたの暇つぶし相手じゃないんだけど」
「あら、バレてましたか」
「あんた私の他に友達とかいないの? いなさそうだけど」

レミリアは、八雲紫を指差し、けらけら笑いながら言った。やはり八雲紫は不敵な笑いを崩さずに答える。

「貴方よりは沢山いるつもりでしてよ」
「言うねえ。じゃあ数えてみてよ。何人?」
「片手で数えきれない程度、ですわ」
「お前よくそれで私に勝つ自信あるな」
「いい勝負してるでしょ?」
「いい勝負してるんだけどさ」

二人は顔を合わせて笑った。
あれ、なんだかいい雰囲気だぞ。咲夜は首を傾げた。
そういえば、である。咲夜は、今までの二人の様子を思い出していた。
確かに、以前の会合の様子を見る限りでも、二人の仲はさほど悪くなさそうであった。
よくよく考えてみれば、レミリアが定期的に会っている紅魔館外部の個人など、霊夢か八雲紫ぐらいなものだ。
まして、ああやって冗談を言い合うような相手となれば……それも霊夢か八雲紫ぐらいだ。
咲夜自身としては、あまり認めたくはない事実なのだが、お嬢様と八雲紫は俗に言う親友関係にあるのかもしれない。
あまり認めたくはないのだが。

しかし。相手はかの八雲紫だ。騙されてはならない。これも、妖怪の賢者たる八雲紫の練りに練られた作戦の一つかもしれないのだ。
相手を油断させておいて、一気に寝首を掻く。非常に単純な作戦ではあるが、それだけに強力だ。
そして、相手をいかに籠絡させるか。これこそがこの作戦の肝である。八雲紫がそれを目標にしているのならば、既に作戦の大筋は遂行されていることになる。
お嬢様と八雲紫、二人の仲はかなり良好。

そして、今回の唐突な談話。謎の場所指定。咲夜の頭の中で、全てが繋がった。
これは要するに。
八雲紫が、お嬢様を手に掛ける日がやってきたのではないか。
……しかし、咲夜の懸念もつゆ知らず、レミリアは八雲紫と会話を続けていた。

「さて。じゃあ早速、本題に入りましょうか」
「あー? だから、その本題ってのは何なのよ。結局、さっきの質問には答えてもらってないし」
「ふふん。それは、後のお楽しみよ」
「後の、って。別に今言えばいいのに」
「だって、今は貴方と二人きりじゃないもの」

と言いながら、八雲紫は咲夜を見つめる。顔は笑っているが、その視線はナイフのように鋭く、そして冷たい。
早く出てけ、と言わんばかりの瞳に見つめられ、咲夜は思わずたじろぐ。が、怯んでいる場合ではない。ここで負けては瀟洒な従者の名折れ。
咲夜はレミリアの姿を盗み見る。いつも通りの可憐なお嬢様。その麗しい姿を見て、少しだけ安心する。
そして、再び八雲紫に視線を向けた。強い意思を持ったその瞳で。
なお、レミリアはと言うと。しばらく目をぱちくりさせた後、顔を真っ赤に染めて紫から顔を逸らした。再び向き直ったときには、明らかに目が泳いでいた。
動揺した口振りで、彼女は口を開く。

「……え? なな、な、なにそれ。どういうことよ。意味わかんないわよ」
「ほらほら、貴方からも言ってあげてよ。そこのメイドさんに」
「あー、さ、咲夜。つまりその、そういう訳だから。今日の所は下がっていいよ」

とは言え、主人の命令は絶対だ。咲夜は黙ってそれに従う。時間を止めずに、ゆっくりと扉に向かった。
重い扉を開け、部屋を出る。静かに扉を閉め、そして。

咲夜は扉の隙間に額を張り付け、全力で覗き見を開始した。少しでも八雲紫が動く素振りを見せれば、全力で奴の企みを阻止するのみ。

「で? 本題ってのはなんなのさ」
「そりゃ勿論」

と、咲夜が覗き見を開始してすぐのことであった。二人の様子が見える。二人の会話が聞こえる。
彼女らを隔てるものは分厚い扉一枚のみ、会話の内容は一言も逃さず耳に入る。
そしてその内容。いきなりの本題である。咲夜は、ごくりと唾液を飲み込んだ。緊張の一瞬。

「紅魔館レクレーション大会の出し物、でしょ? アドバイスが欲しいってこの間言ってたじゃない」
「は?」

……は?
咲夜も思わず声に出しそうになった。何を言ってるんだこの女。

「あ、ああ。そうね、そういえばそんな事も言ってたわね。すっかり忘れてた」
「あらあら、吸血鬼さんは何を想像していたのかしら」
「べ、別に何も考えてない!考えてないから!」

頬を赤らめながら羽をぱたぱた動かす、お嬢様の可愛らしい姿が見える。
一方の八雲紫はというと、案の定卑しい笑みを浮かべ、お嬢様を見下ろしていた。
お嬢様にセクハラ紛いの発言とかお前。万死に値するぞ。死んで詫びるべき。

いや、だがしかし待て。怒りに燃えていた咲夜は、奴を一発ぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、寸での所で我に返った。冷静になった所で再び思考を巡らせる。

よく考えてもみろ、レクレーション大会の出し物如きの内容で、八雲紫がこんな閉鎖された場所を指定するとは思えない。やはり何か裏がある。
今のセクハラも、目先の発言に神経を集中させ、本質を見失わせようという意図があるに違いない。
さすが、妖怪の賢者と呼ばれるだけのことはある。

「えーと、西洋の妖怪モノマネ大会をする方向にまとまったんだっけ?」
「そうそう。それなら貴方も取っつきやすいかなと思って」
「で、何をアドバイスしてくれるの」
「どんな妖怪がいるか教えてあげようかな、と思って」

「余計なお世話よ。西洋のモンスターでしょ? 吸血鬼にクラーケンにゴーレムに、ゾンビなんかが面白いよね」
「うんうん」
「えーと、魔女? それは本人がいるわね。あとは半魚人とかマンドラゴラとか、その辺の弱っちい妖怪もアリかな」
「そうね」
「あー、後はドラゴンとかデカい奴ら。未だに見たことないんだけど」
「それもいいわね」



「……あんた、何しに来たの?」
「……いつになったら、オオカミ男とフランケンが出てくるの」

少しだけ語気を強め、八雲紫はそう言った。
レミリアは頭を傾げる。何をこだわってるんだこの女は、と言わんばかりに。

一方の咲夜は、相変わらず扉に顔を張り付けていた。二人の会話を一言一句逃さず耳に捉えていく。
今の所、八雲紫の言う『人に聞かれたくない内容』が全く見えてこないのが気になる。
その上、八雲紫の口振りから察するに、どうも会話を誘導させているような気がするし。
咲夜の額に、嫌な汗が浮かぶ。

「あー、フランケン? そんな頭の弱そうなモンスター知らないね」
「じゃあオオカミ男は?」

さあ、どこで仕掛けてくるのか。二人の姿をじっくり観察するも、八雲紫は今の所怪しい素振りを見せていない。
二人は和気藹々と言葉を交わすのみだ。逆に言えば、それこそが彼女の狙いである可能性も十分高いのだが。
時間はたっぷりある。彼女は、最高のタイミング……すなわち、レミリアが最も油断した瞬間を狙うはずなのだ。今現在、会話のペースは八雲紫が完全に掴んでいる。
彼女の巧みな話術にかかれば、その瞬間を作り出すことなど造作もないであろう。妖怪の賢者は、名だけではないのだ。

「オオカミ男ね。それならちょっとわかるかも」

そんなことを考えている間に、ドアの隙間から見えるお嬢様の姿が動いた。
お嬢様は、手のひらを紫の方に向けたまま、それを自分の帽子にちょこんと添えたのである。
はて、と咲夜の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。しばし考え込む。

しかし、聡明なメイド長の状況判断をナメてはいけない。すぐに合点がいった。
即ちこれ、お嬢様のオオカミ男のイメージそのままの。そのケモノ耳の真似である。
見ている分には非常に愛おしい姿ではあるが、あのように両手を頭に添えてしまえば、万が一の時に反応し難い。両手が塞がっているようなものだ。
この状況で、八雲紫が動いたとしたならば。
咲夜の緊張が、最高潮に達する。

「もっと外の人間を連れてくるざますよ。こうかな?」

が、八雲紫は動かず。
満面の笑みから放たれる、お嬢様の勝手なイメージそのままのオオカミ男のモノマネ。
声まで付いて、そりゃもうチャーミング極まりないのは間違いないのだが、オオカミ男としては台詞の選択を間違っているような。あと語尾「ざます」は無いと思います。

一方の八雲紫は、明らかに笑いを堪えている様子。目に見えるレベルで体を震わせていた。
お嬢様渾身のモノマネだというのに、笑うとは何事だよと。自分から誘導させておいて、そりゃないだろと。
八雲紫は、震える声で言う。

「違う違う。オオカミ男はもっと下衆なイメージだって」
「何だそりゃ。全然わからん」

目の前で明らかに笑いを堪えられて、レミリアの機嫌は明らかに悪くなっていた。
が、不機嫌そうな表情を浮かべ一瞬顔を逸らした後、しばらく何かを考えているかのような様子を示す。
そしてすぐに小さく笑うと、八雲紫と向かいあった。
やたら自信が満ち溢れた表情を浮かべながら、レミリアは言った。

「そんなに言うなら、八雲紫。あんたがやってみせてよ。手本がないと分からないもん」
「えー」
「えーじゃない。自分で言い出したんだから、当然でしょ」

レミリアはいやらしい笑顔を浮かべながら、紫を見つめる。対する紫はと言えば、意外にも不敵な笑みを浮かべていた。
満更でもないのかもしれない。

「……しょうがないわね」

とは言うものの、紫の表情は変わらず、不敵な笑みを浮かべたままだ。
満更ではないらしい。

「それではお見せしましょう。八雲紫の、究極のモノマネを」
「……随分ハードル上げるのね」

八雲紫の顔は、自信に満ち溢れていた。自分のモノマネに、そこまでの自信があるというのか。お嬢様の渾身のモノマネを笑っておきながらこん畜生。
とは言え、八雲紫のあの自信に満ちた表情。一体どんなモノマネが飛び出してくるのかは気になる。咲夜は、八雲紫の動きを注視し続けた。

突然、ばたんと大きな音を立てながら、八雲紫が立ち上がった。

「ごほん」

八雲紫は一度咳払いをした後、空中にスキマを展開した。そこに右腕を突っ込み、何かを掴む。

しばらくその姿を見つめていた咲夜は、やがてハッとした。
何を取り出すつもりなのだ、奴は!

してやられた。ほんの一瞬、警戒を解いていたのが不味かったか。八雲紫渾身のモノマネが気になって、そちらにまで頭が回っていなかった。
口上で我ら二人の期待を膨らませ、モノマネを見せると思わせた後、一気にお嬢様に牙を剥くというのか!

咲夜は飛び出していた。時間を止めるのも忘れ、重い扉を乱暴に開こうとする。こういう時、建付けの悪さが恨めしい。
ようやく重い扉が開き、部屋に転がりこんだ。

――間に合わない!
彼女の意識は、レミリアを守ることのみにあった。この距離では八雲紫を仕留めることは難しい。ならばせめて、時間を稼ごう。二人の間に滑り込むのだ。
それだけで、吸血鬼には十分すぎる時間を稼げるはずだ。その隙に、お嬢さまは逃げ出す事もできる。あわよくば、あの八雲紫を倒すこともできるかもしれない。
完璧で瀟洒な従者は、その四肢に全神経を集中させ、走った。

しかし、八雲紫は。彼女が部屋に転がり込むほんの少し前には、既にその役割を果たしていた。
スキマから取り出したそれを頭に取り付け、腕を前に出す。手の平を前に向け、指を折り曲げ爪を立てる。
そうして、自信満々に彼女はこう言い放ったのであった。





「あっしは満月を見ると変身するでガンス」





スキマから取り出した、獣耳付きのカチューシャ。
華麗な紫色のドレスに身を包んだ紫の、艶めかしい金色のロングヘアからは明らかに浮いていて。
普段の飄々とした人物像からは考えもつかない、可愛らしいポージングと作り声はシュールの一言に尽きて。
二人は、八雲紫をしばらく見つめた後。
思いっきり、吹き出した。

「なによ! 何が面白いのよ!」
「あっはっはっは! ガンスだってガンス! 咲夜、今の見たでしょ?」

八雲紫は半泣き状態であった。
一方の咲夜と言えば、先ほどまで敵対していたはず八雲紫の、その真っ赤に染まった顔を見て笑いが止まらなかった。
見た目相応の少女らしい泣き顔。何の根拠もないが、今の彼女こそ、彼女の素だと咲夜は確信した。
なんだ、八雲紫も意外と人間らしい所があるじゃない。

そして、そうと合点した瞬間に、全てが繋がった。咲夜の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
あくまでも冷静を装って、彼女は八雲紫に言い放つ。

「なるほど。これを見られたくなかった為に、この密室を指定したのですね」
「ち、違うから! そんな訳ないでしょう! 」
「あー、そういう事。残念だったわね。咲夜にも見られちゃったし」
「というかそこのメイド! 貴方勝手に入り込んで…!」
「いやしかし、素晴らしいモノマネでしたね。思わず真似したくなる程に」
「え、ちょっと待ってそれは」

咲夜の心配は、杞憂にすぎなかった。それはすなわち、お嬢様が無事な結果に終わるということで、もちろん万々歳なのだが。そうは問屋が卸さない。
先程まで、死ぬ気で頭を回転させ、血肉をはち切れんばかりに動かしていたのだ。徒労に終わった、で済ませてたまるものか。そりゃあ、少しの意趣返しもしたくなる。

咲夜は、時間を止めて紫のカチューシャを奪い取った。紫は慌てて取り返そうとするも、それは既に咲夜の頭の上。
彼女は腕を前に突き出すと共に、手のひらを前に向け、爪を立てる。さきほどの紫と全く同じポーズを取ると、その声色を真似ながら、渾身のモノマネを開始した。

「あっしは満月を見ると変身するでガンス」
「やめて! 改めて見ると物凄く恥ずかしいから! ねえもう忘れて!」
「あっはっはっは! 咲夜! もう一回!」
「あっしは満月を見ると変身するでガンス」
「忘れてってば!」
「咲夜! もう一回!」
「あっしは満月を見ると変身するでガンス」
「あー! あー!」

丸い満月の夜空の下の、紅い館のそのまた下の奥の方。
真っ赤な顔をしたスキマ妖怪は、メイドのカチューシャを奪い取ろうと躍起になり。
メイドはその腕をひらりとかわしながら、スキマ妖怪のモノマネのモノマネに勤しみ。
紅魔の吸血鬼はというと、二人の姿を見ながら笑みを深め。

「次のレクレーション大会は、オオカミ男ごっこに決まりね」

などと、ひっそり呟くのであった。
紅魔館は、今日もどこかで姦しい少女達の声が響きわたっていた。










時はしばらくして。

「きゃー」
ぱりぃん、と硝子の割れた時のような音が響いた。スペルカードを打ち破った印である。
眉間にナイフが刺さった獣は、空中で姿を人間の少女のそれに変えると、そのまま地上に墜落した。
そのまま倒れ込む少女に、竹林の上からまた別の少女の声が向けられる。

「なんと狼男でしたか」
「狼女です!」

獣耳の少女は、倒れたまま声を張り上げた。
竹林の上から降りてくる銀髪のメイド。三つ編みのお下げを揺らしながら、十六夜咲夜は、獣耳の少女に向かってほほ笑んだ。

「ああ失礼しました。よく屋敷でオオカミ男ごっこをするので」
「あら注目を浴びているのかしら」

獣耳の少女、今泉影狼は体が痛むのを堪えながら、なんとか立ち上がった。
スカートや長い髪に付いた土や葉っぱを払いながら、咲夜に質問を投げかける。

「貴方って……吸血鬼のメイドよね?」
「よくモノマネをしますよ」

影狼は首を傾げた。なんのことだ、と言わんばかりに。
しかし影狼が何かを言う前に、咲夜はどこからか獣耳カチューシャを取り出していて。
それを頭に取り付け、それはもう自信にあふれた表情を浮かべながら、言い放つのであった。
手の平を前に向け、爪を立てながら。あの時の声を真似ながら。

「あっしは満月を見ると変身するでガンス」

丸い満月の夜空の下。竹林の中で向かい合う少女二人の間に、長い長ーい沈黙が降り立ったのは、また別のお話。
緋想天の会話を見る限り、紫とレミリアはとても仲がよさそうですよね。
ゆかレミはもっと流行るべき。そして咲夜さんとの三角関係を引き起こすべき。
駄目星
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コメント



0.770簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
フガ、フンガー!(嫌われ者と書いてていささか不安でしたが、紫様がかわいくてホッとしました。怪物くんなつかしいなあ…)
2.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さんから見たレミゆかって事か…しかも皆可愛い
げーんげんげん
げーんげんげん
幻想ランドの大妖怪
7.90奇声を発する程度の能力削除
面白いw
13.90名前が無い程度の能力削除
融通が効かないと見せかけて融通が効くメイドさん素敵です
緊張感と笑いモードの緩急が凄いところがパーフェクトの秘訣なのかもね
14.100名前が無い程度の能力削除
あっしは素敵な作品を拝読すると100点を投げつけたくなるでガンス!
17.100名前が無い程度の能力削除
かわえええ
19.80名前が無い程度の能力削除
結局陰謀も何も無かったゆかりん可愛い
「来ちゃった☆」
可愛い
23.100名前が無い程度の能力削除
ゆかレミ可愛い
思わず書きたくなっちゃうくらいに可愛い!
いや、レミリアは受け鉄板だと思うんです、ええはい
24.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
25.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
ゆかりんかわいい。
26.100名前が無い程度の能力削除
原作の舞台裏のような雰囲気がなんとも素敵じゃないですか
親友のようなゆかレミ、妄想をこじらせて覗きをしてしまう咲夜さんが良いですねぇ
というか、不敵なようでギャグが滑って涙目になるゆかりんや冷静なようで同じ轍を踏んじやう咲夜さんとかみんな可愛すぎです
28.100名前が無い程度の能力削除
三者三様、可愛らしくてほんわかしたお話でした。