ルーミア、ミスティア、リグルの三人がその手紙を見つけたのは、彼女たちがいつも遊び場として使っているとある原っぱであった。
足首ほどの高さの草花の上に、ちょこんと置かれていたその手紙には、『フジノキ料理店』という印が赤色でされている。
「なにかしらこれ?」
ミスティアはその手紙を無遠慮にビリビリと破いて開けた。
「ちょっと! 罠だったらどうするのよ!」
「もう破いちゃったし、気にしたってしかたないよリグル」
今日は三人で何をして遊ぶか、それがどうにも決まらず頭を悩ましていたところだった。ミスティアはおもしろいものがあったと興味津々で手紙に目を通す。
「えーと……」
手紙には漢字が一杯書いてあった。
「んーと……」
「貸してみてー」
横からルーミアが手を伸ばし、手紙を奪い取った。そしてその手紙をスラスラと読み始める。
『この手紙はルーミアさん、ミスティア・ローレライさん、リグル・ナイトバグさんの三人の妖怪さんに宛てたものです。もしこの三人以外の方がこれをお読みの場合はどうか彼女たちへこの手紙を渡していただけないでしょうか。渡していただけたらお礼をします。
お三方がお読みの場合は、手紙をこのまま読み進めてください。
ルーミアさん、ミスティア・ローレライさん、リグル・ナイトバグさん。もしよろしければ、当料理店でお食事はいかがでしょうか? 当店自慢のフルコースをお三方にご馳走いたします。お代はいただきません。タダであなた達のお腹を満腹にしてさしあげます。
いきなりの手紙、素っ頓狂な内容申し訳ありません。ですが、これには理由があるのです。
一種の宣伝活動を行いたいのです。
ミスティアさん、リグルさんは何度も天狗の新聞に顔を出す有名人ですし、ルーミアさんは妖怪界隈の中では秘かにグルメとして名が通っています。お三方においしいと思っていただき、ご友人との会話の端にでも当店の名前を出して頂いたら、それは大きな宣伝になることでしょう。
味には自信があります。
どうか御一考を
店長 藤ノ木良太より』
読み終えて、ルーミアは言った。
「わたしってグルメなのかー?」
「いや、聞かれても。ああ、でもルーミアがおいしいって言う食べ物屋さんは本当にみんなおいしいからなぁ。良い所を教えてくれてありがとうって言う仲間の妖怪も多いし」
つまりそういうことなのかな、とリグルは返事をする。
「おおー! それじゃ早速行ってみましょう! 虎穴に入らずんば虎児を得ず!」
ミスティアは手紙に同封してあったフジノキ料理店の地図をすぐさま確認した。そしていてもたってもいられず、羽を広げて飛び立った。その目はキラキラと輝き、口には唾がたまってきた。
「ああ! 待ってよミスティア!」
「待てー」
二人も慌てて、後を追う。
「いらっしゃいませ、かわいいお嬢様方」
店長の藤ノ木は柔らそうな笑みを浮かべてそう言った。
フジノキ料理店は手紙が置かれていた原っぱからほど近い雑木林にあった。丸太を組み合わせて建てられた建物のなかに、十人ほどが入ったら満員御礼と言える数のテーブルとイスが置いてある。内装は洋風で過度な装飾はされず、どこかこざっぱりとした印象を与えていた。
藤ノ木以外に店員がいる気配はない。どうやら二十代ほどに見える店長が一人で切り盛りをしているらしい。
だが、藤ノ木の眼鏡をかけたほっそりとした顔に、疲労の色は全く無かった。
「妖怪、ですね」
リグルは目の前の男を見てすぐさま得た直感を口にした。
「ええ、そのとおりです。と言っても、恐らくあなた達よりずっと弱い木っ端妖怪ですが」
藤ノ木はぐるりと店内を見回す。
「僕は以前から自分の店を持ちたいという夢をもっていました。ですが開店のためのお金をどうしても工面できず、その夢を半ば諦めかけていました。
そんな時、実にウマイ話が転がり込んできたのです」
藤ノ木はキッチンへ足を向けた。戸棚を開け、何かを取り出す。それをリグルたちのところまで持ってきた。
「外の世界の、コップです」
そのコップには可愛らしい犬と猫の写真がプリントしてあった。三人にとっては写真とは新聞などに載っているもので、コップに写真が『載っている』などそれまで見たこともなかった。
「え! なにこれ!」
「すごーい!」
「犬と猫はあんまりおいしくないのだー」
それぞれが驚いていることに満足して藤ノ木は話を再開する。
「妖怪の賢者たちが外の世界で人間を狩っていることはご存知だと思います。僕はその人間狩り部隊の一員に選ばれたんです。なんでも妖怪としての力が弱すぎて、ほとんど人間と大差ないから怪しまれないとか。
それでいくつかお仕事をさせてもらって、多額のお給金を頂きました。そのお金はお店を開くのには充分すぎるものでした」
藤ノ木は一端、話を止めた。そして、まるで宣言するかのように声を張る。
「さあ! 絶品料理をご賞味いただきましょう! この料理には外の世界の技術も使われています! 必ずやあなた方を満足させるでしょう!」
「待ってました!」
ミスティアは腕を振り上げ喜びをあらわにする。
「それじゃーねー、わたしチャーハンたべたい!」
「なんでだよ!」
リグルは思いっきりミスティアにつっこんだ。
「洋風でしょ、ここは!」
「……」
「ほら、藤ノ木さんだって困ってる」
「あ、いえいえ。ここはあまり形式にこだわっている店ではないので洋風和風中華なんでもお出しできます。ですが……今回はメニューが決まっておりまして。注文は、申し訳ありませんが、今回に限りお取りしていません」
「え?」
藤ノ木は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。笑みは浮かべられているが、それにはひどく陰がさしている。
「本当に申し訳ありません。なぜならば」
藤ノ木は息を吸い込み、こう言った。
「当店は注文の多かった料理店なのです」
すぐ後に、ああこれは僕の注文という意味ですよ、という言葉が付け足された。
藤ノ木の料理はどれもすばらしいものだった。
日も沈み、月が昇る夜。あたたかいランプの光がテーブルを照らすなか、サラダ、スープ、メインディッシュ、デザートの順で料理が運ばれてきた。
サラダの野菜はどれも瑞々しくて、それにからめられたドレッシングは油っぽくなく野菜の風味をうまく残していた。
スープは具がキャベツと人参だけのシンプルなものだった。だが、胡椒を少し大目に入れることによってピリリと辛い味を作っており、単純なだけではない味を楽しんで食べれるよう工夫してある。
メインディッシュは大ボリュームのハンバーグで、どうやら色んな肉を混ぜ合わせてあるようだった。けれど、多くの種類の肉はそれぞれの味を邪魔することなく完璧に調和している。恐らく、長い研究の末に生み出された奇跡的な味であることが予想できた。
デザートは雪のように白いアイスクリーム。その上に紅いバニラシロップをたっぷりとかけてある。口中が思わず笑みがこぼれる甘さに満たされていく。しかもさらに素晴らしいことに甘い食べ物に付き物の飽きというのが、全くこなかった。
見事。
本当に客を満足させてくれるディナーだった。
「そういうことだー」
「まことにありがとうございます」
以上、全てルーミアの感想である。ルーミアは本当にグルメであった。
リグルとミスティアの二人はただおいしい、とてもおいしいと連呼していた。
「おいしそうに食べていただいて、嬉しいです」
藤ノ木はデザートの皿をテーブルから片付けながら、そう言った。
「すごかった! 本当にすごかった! ねえ、こんなに良いものを食べてタダで良いの?」
ミスティアは藤ノ木に尋ねた。
「構いませんよ。ただ皆様の会話の端にでも当店の名前を出していただければ」
「あ、そうだ! わたしのコンサートで宣伝しようか? そうしたらみんな来るよ!」
「そ、それは困ります。実を言うと、この店は妖怪の賢者に秘密で営業しているんです。僕は勝手に外の世界の道具をこちらに持ってきているんです。ですからもしあまりにもこの店が有名になったら賢者にばれてしまいますよ」
「そ、そうなんだ」
月が高々と昇ったころ、リグル、ミスティア、ルーミアの三人はフジノキ料理店を後にした。
この店はすっかり三人のお気に入りになっていた。どうやら、おおっぴらには宣伝出来ないようだけれど。しかし、それでも、少しでも多くの妖怪に来て欲しいと思った。
お金が貯まったら、また来ます。そう藤ノ木に約束した。
藤ノ木は心の底から嬉しそうだった。
「ねえー?」
心地よい夜風に当たりながら空を飛び、家路を急ぐ三人。
そんなとき、ルーミアが他の二人に声をかけた。
「本当においしかったよね」
二人はうなずく。
「でも、霊夢と魔理沙は連れて行けないねー」
また、二人はうなずく。
「本当においしいんだけど……材料がねー」
ルーミアはため息をつきながらこう言った。
「さすがにあの二人でも共食いはしないだろうからねー」
二人は、うなずく。あの店はどうやら妖怪専門らしい。
今日食べた全ての料理に、人間が使われていた。
一口食べた時点ですぐ分かった。妖怪の魂が理解した。これは人間料理だと。
だけど、人間料理を出す妖怪の料理店は多い。だから、全くおかしくない。あたりまえとも言える。
三人に違和感はなく、ただ親しい間柄の人間組と一緒に、あの素晴らしい店に行けないことに寂しさを覚える。残念だった。
三匹の妖怪は少しだけ悲しげに夜空を飛んでいた。
……今後、ルーミア、リグル、ミスティアの三人は何度もフジノキ料理店に足を伸ばすことになる。そして、何度も舌鼓を打つ。
三人にとって料理店は、いつまでもすばらしい店としてありつづけた。
「なるほど。あなたの目玉はぐつぐつ煮込むのですね」
うんうんとうなずきながら、藤ノ木はメモをとっていく。
幻想郷の外の世界、東京某所にあるビジネスホテル。その一室で、妖怪藤ノ木と一人の人間の男が『商談』をしていた。一匹と一人はテーブルで向かい合っている。
「……ええ。わたしのこの汚らしい目を食べてもらうことによって浄化する。それだけは、外せません」
人間の男は40代ほどの疲れきった風貌をしていた。髪は薄くなり、眉間には深いしわが常にできている。そして確かにその目は、なんの希望も抱いておらず、この世界全体を恨んでいるかのようだった。はっきり言って不快である。
「では、あなたを救ってくれる妖怪を、この中からお選びください」
藤ノ木は傍らのボストンバッグから一冊のバインダーを取り出した。それを人間の男の前で開く。
「おお……おおおおおおお!」
人間の男は前のめりになって、バインダーの中身を凝視する。
そこには、妖怪の少女たちの写真が何十枚も挟まれていた。
レティ・ホワイトロック、橙、紅美鈴、風見幽香、射命丸文、封獣ぬえ、河城にとり、黒谷ヤマメ、火焔猫燐、赤蛮奇、今泉影狼、わかさぎ姫、ほか数十体。
ルーミア、ミスティア・ローレライ、リグル・ナイトバグの写真もそこにはあった。
「ご要望をどうぞ」
「少女、少女がいい。それから、ほんとうに、ほんとうにかわいい……猫耳少女にしてくれ」
「猫耳……それではこの火焔猫燐さんはどうでしょうか」
「歳を喰いすぎている。駄目だ。もっと小さい、そう十歳ぐらいの見た目の子にしてくれ。そうでなきゃ、私は食べられたくない」
「それでは……こちらの橙さんはいかがでしょう」
橙でオーケーが出た。次にどのように調理されたいかを話し合う。
脳髄はスープの出汁にする。肺は魚と一緒にムニエルにする。胃の一部はシーザーサラダに添える。腸はハンバーグで他の肉と一緒に混ぜて焼く。もちろん、最初に言った目玉をぐつぐつと煮こむ。
その他にも事細かな要望が出され、藤ノ木はそれを逐一メモしていく。
「ああ、藤ノ木さん。あなたに会えてよかった。あなたに会えていなかったら私はもっとくだらない方法で自殺していたでしょう。暗い暗い我が家で首を吊る、朝の駅のホームで電車に飛び込む。ああくだらない!」
「まったくです」
「ですが今の私には素晴らしい自殺の方法がある。ああ、なんて可憐な少女たちだろう。彼女たちにこの肉を噛み砕かれるシーンを想像しただけで、私は、私は……ああ!」
「素晴らしい時が、近づいていますよ」
妖怪藤ノ木には、副業がある。本人は料理店の経営に誇りのようなものを抱いている。だが、それと同時にちょっとした小遣い稼ぎ感覚で、とあるビジネスをやっているのだ。
外の世界には自殺を考えている人間が大勢いる。幻想郷はそんな人間たちを見つけ出し、連れ去り、妖怪のエサにしている。大抵の連中はさっきまで死にたいと口にしていたくせに、いざ妖怪に襲われると、死にたくないと叫びだす。だが、なかには妖怪に襲われむしゃむしゃと食べられることに喜びと興奮を感じる人間がいるのである。
藤ノ木はそんな人間を見分ける能力を持っていた(人間狩りの最中、偶然気がついたようだ)。藤ノ木はその力を使って商売を始めた。妖怪に喰われたい人間を探し、交渉し、そいつがどう食べられたいか聞く。外の世界でその人間を殺し、加工。幻想郷にその肉を持っていき、要望通りに調理する。そして、人間が写真で選んだ妖怪に、おいしく食べてもらう。
代金は幻想郷でも通用する純金。値段は相手の経済状態を考え、適正な金の量を算出する。
今まで十三人のお客さんと契約を結んできた。
「ああ、ああ。なんて至福、なんて悦楽」
目の前の人間はトリップしたかのようになっている。さて、この人間を殺して、妖怪の賢者にばれないように幻想郷に持ち込まなくては。藤ノ木は思う。
ああ、大変だ。まったく大変だ。だが、結構いい稼ぎになるのだ。文句も言ってられない。それにリグルさんたちみたいに、この仕事をきっかけにして仲良くなれる妖怪も増えたのだ。友達が増えることはよいことだ。多少、嘘をついているけれども。
賢者に隠れてこそこそとサイドビジネス。でも、結構藤ノ木は充実していた。
「ああ、藤ノ木さん。もう一つ要望があるのですが」
おやおや、まだあるのかい。
全く、材料たちの注文が多いこと多いこと。
だから僕の店は、注文の多かった料理店になってしまうのである。
足首ほどの高さの草花の上に、ちょこんと置かれていたその手紙には、『フジノキ料理店』という印が赤色でされている。
「なにかしらこれ?」
ミスティアはその手紙を無遠慮にビリビリと破いて開けた。
「ちょっと! 罠だったらどうするのよ!」
「もう破いちゃったし、気にしたってしかたないよリグル」
今日は三人で何をして遊ぶか、それがどうにも決まらず頭を悩ましていたところだった。ミスティアはおもしろいものがあったと興味津々で手紙に目を通す。
「えーと……」
手紙には漢字が一杯書いてあった。
「んーと……」
「貸してみてー」
横からルーミアが手を伸ばし、手紙を奪い取った。そしてその手紙をスラスラと読み始める。
『この手紙はルーミアさん、ミスティア・ローレライさん、リグル・ナイトバグさんの三人の妖怪さんに宛てたものです。もしこの三人以外の方がこれをお読みの場合はどうか彼女たちへこの手紙を渡していただけないでしょうか。渡していただけたらお礼をします。
お三方がお読みの場合は、手紙をこのまま読み進めてください。
ルーミアさん、ミスティア・ローレライさん、リグル・ナイトバグさん。もしよろしければ、当料理店でお食事はいかがでしょうか? 当店自慢のフルコースをお三方にご馳走いたします。お代はいただきません。タダであなた達のお腹を満腹にしてさしあげます。
いきなりの手紙、素っ頓狂な内容申し訳ありません。ですが、これには理由があるのです。
一種の宣伝活動を行いたいのです。
ミスティアさん、リグルさんは何度も天狗の新聞に顔を出す有名人ですし、ルーミアさんは妖怪界隈の中では秘かにグルメとして名が通っています。お三方においしいと思っていただき、ご友人との会話の端にでも当店の名前を出して頂いたら、それは大きな宣伝になることでしょう。
味には自信があります。
どうか御一考を
店長 藤ノ木良太より』
読み終えて、ルーミアは言った。
「わたしってグルメなのかー?」
「いや、聞かれても。ああ、でもルーミアがおいしいって言う食べ物屋さんは本当にみんなおいしいからなぁ。良い所を教えてくれてありがとうって言う仲間の妖怪も多いし」
つまりそういうことなのかな、とリグルは返事をする。
「おおー! それじゃ早速行ってみましょう! 虎穴に入らずんば虎児を得ず!」
ミスティアは手紙に同封してあったフジノキ料理店の地図をすぐさま確認した。そしていてもたってもいられず、羽を広げて飛び立った。その目はキラキラと輝き、口には唾がたまってきた。
「ああ! 待ってよミスティア!」
「待てー」
二人も慌てて、後を追う。
「いらっしゃいませ、かわいいお嬢様方」
店長の藤ノ木は柔らそうな笑みを浮かべてそう言った。
フジノキ料理店は手紙が置かれていた原っぱからほど近い雑木林にあった。丸太を組み合わせて建てられた建物のなかに、十人ほどが入ったら満員御礼と言える数のテーブルとイスが置いてある。内装は洋風で過度な装飾はされず、どこかこざっぱりとした印象を与えていた。
藤ノ木以外に店員がいる気配はない。どうやら二十代ほどに見える店長が一人で切り盛りをしているらしい。
だが、藤ノ木の眼鏡をかけたほっそりとした顔に、疲労の色は全く無かった。
「妖怪、ですね」
リグルは目の前の男を見てすぐさま得た直感を口にした。
「ええ、そのとおりです。と言っても、恐らくあなた達よりずっと弱い木っ端妖怪ですが」
藤ノ木はぐるりと店内を見回す。
「僕は以前から自分の店を持ちたいという夢をもっていました。ですが開店のためのお金をどうしても工面できず、その夢を半ば諦めかけていました。
そんな時、実にウマイ話が転がり込んできたのです」
藤ノ木はキッチンへ足を向けた。戸棚を開け、何かを取り出す。それをリグルたちのところまで持ってきた。
「外の世界の、コップです」
そのコップには可愛らしい犬と猫の写真がプリントしてあった。三人にとっては写真とは新聞などに載っているもので、コップに写真が『載っている』などそれまで見たこともなかった。
「え! なにこれ!」
「すごーい!」
「犬と猫はあんまりおいしくないのだー」
それぞれが驚いていることに満足して藤ノ木は話を再開する。
「妖怪の賢者たちが外の世界で人間を狩っていることはご存知だと思います。僕はその人間狩り部隊の一員に選ばれたんです。なんでも妖怪としての力が弱すぎて、ほとんど人間と大差ないから怪しまれないとか。
それでいくつかお仕事をさせてもらって、多額のお給金を頂きました。そのお金はお店を開くのには充分すぎるものでした」
藤ノ木は一端、話を止めた。そして、まるで宣言するかのように声を張る。
「さあ! 絶品料理をご賞味いただきましょう! この料理には外の世界の技術も使われています! 必ずやあなた方を満足させるでしょう!」
「待ってました!」
ミスティアは腕を振り上げ喜びをあらわにする。
「それじゃーねー、わたしチャーハンたべたい!」
「なんでだよ!」
リグルは思いっきりミスティアにつっこんだ。
「洋風でしょ、ここは!」
「……」
「ほら、藤ノ木さんだって困ってる」
「あ、いえいえ。ここはあまり形式にこだわっている店ではないので洋風和風中華なんでもお出しできます。ですが……今回はメニューが決まっておりまして。注文は、申し訳ありませんが、今回に限りお取りしていません」
「え?」
藤ノ木は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。笑みは浮かべられているが、それにはひどく陰がさしている。
「本当に申し訳ありません。なぜならば」
藤ノ木は息を吸い込み、こう言った。
「当店は注文の多かった料理店なのです」
すぐ後に、ああこれは僕の注文という意味ですよ、という言葉が付け足された。
藤ノ木の料理はどれもすばらしいものだった。
日も沈み、月が昇る夜。あたたかいランプの光がテーブルを照らすなか、サラダ、スープ、メインディッシュ、デザートの順で料理が運ばれてきた。
サラダの野菜はどれも瑞々しくて、それにからめられたドレッシングは油っぽくなく野菜の風味をうまく残していた。
スープは具がキャベツと人参だけのシンプルなものだった。だが、胡椒を少し大目に入れることによってピリリと辛い味を作っており、単純なだけではない味を楽しんで食べれるよう工夫してある。
メインディッシュは大ボリュームのハンバーグで、どうやら色んな肉を混ぜ合わせてあるようだった。けれど、多くの種類の肉はそれぞれの味を邪魔することなく完璧に調和している。恐らく、長い研究の末に生み出された奇跡的な味であることが予想できた。
デザートは雪のように白いアイスクリーム。その上に紅いバニラシロップをたっぷりとかけてある。口中が思わず笑みがこぼれる甘さに満たされていく。しかもさらに素晴らしいことに甘い食べ物に付き物の飽きというのが、全くこなかった。
見事。
本当に客を満足させてくれるディナーだった。
「そういうことだー」
「まことにありがとうございます」
以上、全てルーミアの感想である。ルーミアは本当にグルメであった。
リグルとミスティアの二人はただおいしい、とてもおいしいと連呼していた。
「おいしそうに食べていただいて、嬉しいです」
藤ノ木はデザートの皿をテーブルから片付けながら、そう言った。
「すごかった! 本当にすごかった! ねえ、こんなに良いものを食べてタダで良いの?」
ミスティアは藤ノ木に尋ねた。
「構いませんよ。ただ皆様の会話の端にでも当店の名前を出していただければ」
「あ、そうだ! わたしのコンサートで宣伝しようか? そうしたらみんな来るよ!」
「そ、それは困ります。実を言うと、この店は妖怪の賢者に秘密で営業しているんです。僕は勝手に外の世界の道具をこちらに持ってきているんです。ですからもしあまりにもこの店が有名になったら賢者にばれてしまいますよ」
「そ、そうなんだ」
月が高々と昇ったころ、リグル、ミスティア、ルーミアの三人はフジノキ料理店を後にした。
この店はすっかり三人のお気に入りになっていた。どうやら、おおっぴらには宣伝出来ないようだけれど。しかし、それでも、少しでも多くの妖怪に来て欲しいと思った。
お金が貯まったら、また来ます。そう藤ノ木に約束した。
藤ノ木は心の底から嬉しそうだった。
「ねえー?」
心地よい夜風に当たりながら空を飛び、家路を急ぐ三人。
そんなとき、ルーミアが他の二人に声をかけた。
「本当においしかったよね」
二人はうなずく。
「でも、霊夢と魔理沙は連れて行けないねー」
また、二人はうなずく。
「本当においしいんだけど……材料がねー」
ルーミアはため息をつきながらこう言った。
「さすがにあの二人でも共食いはしないだろうからねー」
二人は、うなずく。あの店はどうやら妖怪専門らしい。
今日食べた全ての料理に、人間が使われていた。
一口食べた時点ですぐ分かった。妖怪の魂が理解した。これは人間料理だと。
だけど、人間料理を出す妖怪の料理店は多い。だから、全くおかしくない。あたりまえとも言える。
三人に違和感はなく、ただ親しい間柄の人間組と一緒に、あの素晴らしい店に行けないことに寂しさを覚える。残念だった。
三匹の妖怪は少しだけ悲しげに夜空を飛んでいた。
……今後、ルーミア、リグル、ミスティアの三人は何度もフジノキ料理店に足を伸ばすことになる。そして、何度も舌鼓を打つ。
三人にとって料理店は、いつまでもすばらしい店としてありつづけた。
「なるほど。あなたの目玉はぐつぐつ煮込むのですね」
うんうんとうなずきながら、藤ノ木はメモをとっていく。
幻想郷の外の世界、東京某所にあるビジネスホテル。その一室で、妖怪藤ノ木と一人の人間の男が『商談』をしていた。一匹と一人はテーブルで向かい合っている。
「……ええ。わたしのこの汚らしい目を食べてもらうことによって浄化する。それだけは、外せません」
人間の男は40代ほどの疲れきった風貌をしていた。髪は薄くなり、眉間には深いしわが常にできている。そして確かにその目は、なんの希望も抱いておらず、この世界全体を恨んでいるかのようだった。はっきり言って不快である。
「では、あなたを救ってくれる妖怪を、この中からお選びください」
藤ノ木は傍らのボストンバッグから一冊のバインダーを取り出した。それを人間の男の前で開く。
「おお……おおおおおおお!」
人間の男は前のめりになって、バインダーの中身を凝視する。
そこには、妖怪の少女たちの写真が何十枚も挟まれていた。
レティ・ホワイトロック、橙、紅美鈴、風見幽香、射命丸文、封獣ぬえ、河城にとり、黒谷ヤマメ、火焔猫燐、赤蛮奇、今泉影狼、わかさぎ姫、ほか数十体。
ルーミア、ミスティア・ローレライ、リグル・ナイトバグの写真もそこにはあった。
「ご要望をどうぞ」
「少女、少女がいい。それから、ほんとうに、ほんとうにかわいい……猫耳少女にしてくれ」
「猫耳……それではこの火焔猫燐さんはどうでしょうか」
「歳を喰いすぎている。駄目だ。もっと小さい、そう十歳ぐらいの見た目の子にしてくれ。そうでなきゃ、私は食べられたくない」
「それでは……こちらの橙さんはいかがでしょう」
橙でオーケーが出た。次にどのように調理されたいかを話し合う。
脳髄はスープの出汁にする。肺は魚と一緒にムニエルにする。胃の一部はシーザーサラダに添える。腸はハンバーグで他の肉と一緒に混ぜて焼く。もちろん、最初に言った目玉をぐつぐつと煮こむ。
その他にも事細かな要望が出され、藤ノ木はそれを逐一メモしていく。
「ああ、藤ノ木さん。あなたに会えてよかった。あなたに会えていなかったら私はもっとくだらない方法で自殺していたでしょう。暗い暗い我が家で首を吊る、朝の駅のホームで電車に飛び込む。ああくだらない!」
「まったくです」
「ですが今の私には素晴らしい自殺の方法がある。ああ、なんて可憐な少女たちだろう。彼女たちにこの肉を噛み砕かれるシーンを想像しただけで、私は、私は……ああ!」
「素晴らしい時が、近づいていますよ」
妖怪藤ノ木には、副業がある。本人は料理店の経営に誇りのようなものを抱いている。だが、それと同時にちょっとした小遣い稼ぎ感覚で、とあるビジネスをやっているのだ。
外の世界には自殺を考えている人間が大勢いる。幻想郷はそんな人間たちを見つけ出し、連れ去り、妖怪のエサにしている。大抵の連中はさっきまで死にたいと口にしていたくせに、いざ妖怪に襲われると、死にたくないと叫びだす。だが、なかには妖怪に襲われむしゃむしゃと食べられることに喜びと興奮を感じる人間がいるのである。
藤ノ木はそんな人間を見分ける能力を持っていた(人間狩りの最中、偶然気がついたようだ)。藤ノ木はその力を使って商売を始めた。妖怪に喰われたい人間を探し、交渉し、そいつがどう食べられたいか聞く。外の世界でその人間を殺し、加工。幻想郷にその肉を持っていき、要望通りに調理する。そして、人間が写真で選んだ妖怪に、おいしく食べてもらう。
代金は幻想郷でも通用する純金。値段は相手の経済状態を考え、適正な金の量を算出する。
今まで十三人のお客さんと契約を結んできた。
「ああ、ああ。なんて至福、なんて悦楽」
目の前の人間はトリップしたかのようになっている。さて、この人間を殺して、妖怪の賢者にばれないように幻想郷に持ち込まなくては。藤ノ木は思う。
ああ、大変だ。まったく大変だ。だが、結構いい稼ぎになるのだ。文句も言ってられない。それにリグルさんたちみたいに、この仕事をきっかけにして仲良くなれる妖怪も増えたのだ。友達が増えることはよいことだ。多少、嘘をついているけれども。
賢者に隠れてこそこそとサイドビジネス。でも、結構藤ノ木は充実していた。
「ああ、藤ノ木さん。もう一つ要望があるのですが」
おやおや、まだあるのかい。
全く、材料たちの注文が多いこと多いこと。
だから僕の店は、注文の多かった料理店になってしまうのである。
死ぬなら美少女に食べられたいですもんね
ただ人を食う話じゃないね
大体人食い関連って、残酷さとか、悲惨さを煽る為に使われがちな要素だけど、言葉の遊びとか、ダークなコメディとして成り立ってるのは珍しそう
客(人間)も客で、あまり悲壮感は無く、どちらかと言うとマゾの極致を目指して実行してしまったみたいな滑稽さがあり、あまりグロいとは感じませんでした
メインゲストとは言え、やけに印象的なキャラだったので気になったんですが、フジノキ氏って元ネタとかモチーフとかあるんですかね?
あとリグルに食べられたい。
お燐相手に「歳を喰いすぎている」と、本当に注文が多いあたりで笑いました
カマキリなどは交尾の後、オスがメスに食べられると聞きますし
そうじゃなくても橙を招待したら一発だし
Yo! テメー、おりんりんdisってるのかメーン!?
と思ったけど、怨霊にされるリスクのことを考えると無難な選択かもしれんのが腹立つわぁw
憧れの対象との境界をなくし、同一化する・・・んじゃなくて、処刑人を指名したいのか。
あれでも調理者はフジノキ=サン・・・しかも妖怪の代謝回転が普通の生き物と同じなら数日くらいで入れ替わり・・・
いやよそう、俺の稚拙な考察で、誰かの夢を壊したくない。
蓋を開けたら向きは逆。発想が斬新で、そこが魅力の作品でした。