「とまあ、こんなことがあったわけさ」
にとりはその夜、川底の隠れ家よりももっと上流に位置する、本来の棲家である玄武の沢へ帰り着くなり仲間の河童に紅魔館での魔女との会話について語った。もちろんこの河童の勝手な想像も事実として、である。
「人情味あふれる話じゃないか」
「そうだろう、魔法使いってやつらはもっとドライなものかと思ってたがね、そうでもないんだねぇ」
大きな七輪のような道具から立ち上る炎を囲むように岸の適当な岩にめいめい腰掛けて、そんなことを数匹の河童がわいわいと話している。高い岩壁に切り取られた夜空には、満月に近い丸っこい月が高くこうこうと輝いていた。
「それでその、魔理沙とかいう人間には会ってみるのか」
「ああ、明後日あたりから紅魔館に張り込むつもりさ」
紅魔館で強盗事件の被害者パチュリーに話を聞けたは良かったが、肝心の魔理沙の住処やらを聞くのをすっかり忘れていた、というよりは、あの二者の興味深い関係を知ることができただけでつい満足してしまってそのまま帰ってきてしまったのだ。それが事実ではないにしろ、当のこの河童はそう思い込んでいるのだから仕方ない。
そこで今実行に移そうとしているのは、唯一わかった奴の出没地点である紅魔館地下の図書室に張り込む、というなんとも原始的な方法であった。しかし奴がいつ現れるかわからない上に、そもそも張り込み自体をパチュリーが許してくれるかどうかもわからない。計画自体が実行に移せないということも有り得る。湖畔に野宿をするという手もあるが、妖精共の悪戯の格好の標的になってしまうだろう。とかく困難は多いだろうが、今思いつく手段はこれしかなかった。
「会えるかどうかはわからんがね、やってみるよ」
「お前の興味もそうだが、我々山の妖怪としてもあの人間には礼を言わねばならないんだがなぁ」
そう、今この夜、魔理沙のことが河童たちの話題にのぼっているのはなにもにとりの持ってきた人情話のせいばかりではない。むしろそっちはおまけのようなもので、主題は別にあった。
今朝奴はこの山に単身乗り込んできた。にとりを打ち負かした魔理沙はそのまま山奥へと進んでいったが、おおかた天狗様に追い回されて逃げ帰るのが関の山だろうというのが河童たちの見立てであった。しかし驚くべきことにあの人間は、どういう手段を取ったのかはわからないが天狗様の警戒網をかいくぐり山頂にほど近い神社まで辿り着いて、そこに祀られた神様を叩きのめして帰っていったのだという。
この神社の名を守矢神社といい、つい最近外の世界から建物ごとこちらへ移ってきた神社である。つまりこの縦社会の山の中では新入りであり、たとえ神様であれど謙虚さをもって山の妖怪に接するべきところなのだがあろうことかこの神様は現れるなり、
「今日からこの山を神体とする。妖怪どもはこの山を神と崇めるように」
という旨のことを一方的に宣言してきたのである。そればかりか、我々に信仰をよせぬ者はこの山から排除するなどというから天狗も河童も黙ってはいなかった。以来山全体がぴりぴりと張り詰めた空気に包まれ、居心地の悪い日々が続いていたところにあの人間がやってきた。なまじ社会的な山の妖怪たちが手を出せずにいたところへふらりとやってきて、幻想郷のルールを傲慢な神様に叩き込んでくれたのである。乱暴なやり方では反感を買うばかりと気づいた神様は、天狗様に謝罪の言葉を述べたという。
天狗様たちは面子を守りたい部分もあってか魔理沙に対する感謝の念を表に出すことはないが、麓に棲み人間を盟友と認める河童たちはそうではなかったのだ。山の窮地を救ってくれた恩人として、沢に招いて盛大にもてなそうという話までもがまとまりつつあった。
にとりはこれをたった今知ったものだからそれは驚いた。これはますます、なんとしてもあいつに会わねばならないと思った。
「とにかく明日、また紅魔館に交渉しにいくよ」
「ああ、頼んだよ。是非この沢に来て欲しいと伝えてくれ」
出会いはまたしても突然だった。翌朝、太陽がぎらりと照り始めたころのことである。
紅魔館へ張り込みの許可をもらいに行こうと、にとりが川底の秘密基地で支度を終えてリュックの回転翼をばたばたと鳴らし出発したまさにその時、魔理沙は再びこの川へ現れた。
「うわ」
思わず頓狂な声をあげてしまう。距離はまだ大分遠く、豆粒ほどにしか見えないが巨大な三角帽子とふわふわとした白黒の影が箒とともに飛んでくるのはすぐに分かった。まさかここで再び相見えることになろうとは思っても見なかった。まず何から話したものか。小心の河童は内心慌てふためきながらも堂々としたふうを装って川を上ってくる魔理沙を待ち構えた。
「お、いつぞやの河童。また邪魔しに来たのか」
大声で呼びかけるのは魔理沙の方である。長く波打った金髪をばさばさとなびかせて近づいてくる。
「おう、魔理沙じゃないか」
と、威勢よく返事をしたもののにとりは二の句が継げないでいる。やはりまず山の妖怪として礼を言うべきか、それとも、と思案しているうちに魔理沙はにとりから数メートル離れたあたりで箒を止めた。そしてにとりがようやく発した言葉は、人間を出迎える妖怪として当然の決まり文句だった。
「今度は何をしに来たんだ」
「いやちょっとな。私もこの山には昨日まで入ったことがなかったから改めて探検を」
「だめだ。侵入者には警告しろと天狗様のお達しだ」
「そんな警告は無視すればいいだけなんだが、なんだ、今日はえらく準備万端じゃないか」
戦ったら面倒くさそうだな、と不敵な笑みを浮かべながら言う。そういえば魔理沙と初めて戦った時はこの回転翼付きリュックを持っていなかった。もちろんここで魔理沙と戦うつもりなどないのだが。
ふと、魔理沙がぽんと手を叩いて得意気な調子で言った。
「通してくれたら、またあの神様んとこ行ってやってもいいんだぜ。お前ら手を焼いてるみたいだからな」
「ああ、そのことか」
魔理沙の方からこの話題を出してくれれば、沢へ招待するという話を自然に持ち出せる。にとりもまた得意気に返した。
「その必要はない」
「なんでだよ」
「もう天狗様たちとあの神社の間で和解の協議が進んでいるところなんだよ」
「何だ突然。ずいぶんものわかりのいい神様だったんだな」
魔理沙も驚いた様子でいる。昨日の今日だから当然だろう。素直に自らの過ちを認めてくれるあたり、やはり神様は神様なりの懐の広さを持っていた。今後は穏便に、地道な布教活動に努めるそうだ。山の妖怪側もそれならばと認める方針でいる。
「私を通す理由もないってわけか、なら仕方ないな」
魔理沙は八卦炉を手のひらで転がしながら、またがった箒の柄を空いた左の手でぐっと握り上空高くへと昇っていった。
「早く来いよ、私を止めるんだろう」
空から呼びかける声は、里の子供が友達を遊びに誘うときのそれと何ら変わりなかった。
(こいつ初めからそのつもりだったな)
にとりは呆れるしか無い。と同時に、腹の底がうずうずとするのを感じた。魔理沙が言ったとおり、もともと吸血鬼の館へと出かけるつもりでいた今は準備万端なのだ。今度こそあの魔法を破ってみせる。
(勝ってやる)
美しいと思った力だからこそ打ち勝ってやりたいと思う。力を認めた相手と戦うことほど楽しいものはない。昨日の惨敗以来この河童にとって魔理沙は好敵手であり、憧れでもあった。
にとりも高度を上げ、両者は三十メートルほどの距離で向き合った。
「さっさと倒して山へ入るぜ。面白いものがここにあるって私の勘が言ってるからな」
「そうはいかないね。私だってお前に話があるんだ」
その話とは沢への招待の件であり、こんな決闘をせずとも伝えることのできるものなのだが仕方ない。不都合なものを突きつけられたら、こちらも何か突きつけ返す。たとえそれがどんなに平和的なものであっても、挑まれて引き下がるなどこの二者にとっては考えもつかないことだった。そんなつまらないことをするはずがない。
「行くぜ」
魔理沙は二枚、トランプ大のカードを片手に持って示した。互いに二つの技を出しあって勝負を決めようという意思表示である。
(奴め、焦りやがって)
通例この手の決闘では互いに五枚程度のカードを出しあうものである。しかし魔理沙はこの妖怪の山を探検しようという以上は、他の河童やら天狗やらその他の妖怪に遭遇することは確実であるとみていた。ここで魔法を撃ち尽くしてしまっては身の安全が保てない。そこで短期決戦を申し出たのである。
「生き急いだってろくなことはないよ、盟友」
「これが人間のペースだぜ、私も妖怪だったらもっと大人しくやってたかもな」
「お前みたいな奴は川底で雄大な流れに身を任てみるといいさ」
皮肉を飛ばしながら、にとりも二つの鍵を取り出すや否やそのうちのひとつをリュックの背中側、頭の右後ろの鍵穴へと差し込んだ。リュックの両側から砲身が三本ずつ飛び出す。
「放て」
にとりが右腕を翻すとそれらの砲身は、魔理沙の左右を挟むように同時に水球をいくつも放つ。その水球は魔理沙のところへ到達すると炸裂し八方へ細く高水圧をまき散らした。それらは水面を鋭く貫き、川岸の小石を弾き飛ばして土をえぐり、あらゆる角度からの射撃は空中の魔理沙の行動を大きく制限した。
「ち」
魔理沙は紙一重でそれらの弾丸をかわしていく。長い金髪が飛沫に濡れて、陽射しにきらきらと輝いていた。一枚目のカードを八卦炉に叩きつける。
「水浴びにはちょっと遅いぜ、風邪をひく」
八卦炉の表面でカードは燃えてなくなり、表面に魔導の文字を赤く焼き付ける。魔理沙はそれを右手に構え、八卦炉から揺らぐ光の球が放たれたかと思うと大きく膨らみ星形に変わって、飛行しつつ高速回転をする。ぶつかる水は片端からたちまち蒸発していった。自らの頭上へ、下方へ、背後へ前方へ左右へと次々とそれを放ち、魔理沙の周囲を取り囲んでいた水の弾丸は全て濃密な蒸気へと変わり、霧のように空間を覆い尽くした。視界を奪われた魔理沙は第二の危機が迫っていることを直感した。
(これは危ないな)
星を撃ち尽くした魔理沙が蒸気の外側へ箒を走らせようとしたまさにその瞬間、背後から何かが拘束で迫ってくるのを魔理沙は周囲の蒸気の乱れを見て気づいた。
慌てて上方へ回避行動をとると、先程の弾幕とは全く違う弾、巨大な槍のような形状をした水流が一直線に下方を貫いていくのを見た。
(さっきの弾はこれの布石か)
全方位からの攻撃を続けて行動を制限し、それを打ち破るには魔理沙の魔法の性質上、水を蒸発させるほかはない。そうなれば視界を遮ることができる二段構えの見事な戦術だった。なるほど巧いものだと魔理沙は舌を巻いた。
(だがな)
弾が飛んできたということは、その方向に敵がいるということに他ならない。強烈な水流に貫かれたせいで蒸気のカーテンには穴が空いている。それは弾の軌道をくっきりと残していた。
魔理沙はすかさず二枚目のカードを八卦炉に焼き付ける。途端、八卦炉から光が漏れ出し、内に燃える莫大なエネルギーを全て今こそ放たんとしているように火花を散らした。
魔理沙は身体を反転させて八卦炉を前方へ突き出し、余った左手を添える。
「逃げられるもんなら逃げてみな」
勝利の宣言とともに、八卦炉からかっと猛烈な光が拡散した。それは収束して一本の光条となり、霧に穿たれた水流の軌跡を刺した。瞬間、巨大な光の柱が前方はおろか背後の蒸気をも消し飛ばして、光の筋に沿って出現した。まわりの木々は突然の閃光に照らしあげられて真っ白に染まり、その陰ばかりが光から逃げるように黒々と伸びていた。熱によって膨張した空気が風を起こし、水面を激しく乱す。
しかし魔理沙は、その声を確かに聞いたのであった。
「残念、私の勝ちだ」
驚いて振り向けば、銃身の極端に長いライフルのような武器をこちらへ構えるにとりの姿があった。銃口が光を跳ね返してぎらりと眼前で輝いている。
「げ」
魔理沙は眉をひそめて照射をおさめた。確かにこれでは負けであった。
「驚いたな、奇術師にでもなったのか」
「あっちはダミーさ、私はずっとこっちにいたよ」
「なんだって」
不審に思って魔理沙が光線を放った方向をみると、ごてごてしたバケツのようなシルエットがやっとのことで小さな回転翼を回しながら黒い煙を吹いて浮かんでいる。どうやら熱で焼け焦げたものらしい。やがてかたん、と音を立てて回転翼が止まると、水面へと落ちていった。
「気付かれないように川の中からあいつに向かって水を撃って、反射させたのさ」
にやりと笑い、得意気に種明かしをする。
「あーあ、やっぱりだめになっちまったか。ま、勝ちは勝ちだしね」
「そうだな、今回ばかりは私の負けだ」
魔理沙が両手をあげて首を横に振ると、にとりは武器をおろして話を切り出した。
「さて、じゃあ今日の探検は中止だね。話を聞いてもらおうか」
「ああ、世間話でも遺産相続でもなんでも聞いてやるぜ」
魔理沙は開き直ったように返事をした。
「しかしまあ、物好きなやつもいたもんだな」
川での一戦を終えた二人はそのまま山を離れて、人里にほど近い魔法の森へと向かった。にとりは勝負に勝った者の権利として、魔理沙の自宅を見学させてもらえるよう要望したのである。沢へ招くという話はいつのまにやらこの河童の頭から消えてしまっていた。
「私の家なんて見てどうするつもりだよ」
「単純な興味だよ。あんな魔法がどこから生まれるのかと思ってさ」
この魔法使い、霧雨魔理沙は魔法の森に居を構えていた。あんな薄暗くてじめじめしたところによく住んでいられるものだとにとりは思うが、本人曰く「いろいろ便利」らしい。何がどう便利なのかさっぱりわかったものではないがきっとそのあたりが、こいつの魔法に関係あるのだろう。
今、二人は森の中を歩いている。陽の光もまともに差さないほどに木々が鬱蒼としているから、等の魔理沙ですら空からでは何処が家だかわかったものではないという。
「しかし噂通り、ひどいもんだね」
にとりは鼻と口に布をあてて顔をしかめている。その理由はここらの化け物茸のせいだ。赤と白の配色を備えたいかにも毒らしいものや、傘が顔よりも大きな黄緑一色の気持ち悪いものもある。そればかりか夜になるとやじろべえのようにぐらぐら動き出すものもあるというから恐ろしい。これらの茸が妙な胞子をばらまくせいで、ひとたび息をすれば鼻の曲がるような臭いがしたり、不意に頭がぼんやりしてきたりする。もちろんにとりは妖怪であるからこの程度で済むが、人間にとっては五分といられない環境のはずだ。そんな場所に平然と住んでいられる時点で、やはりこいつは人間ではないのではないかと
にとりは改めて疑いを持ったが間違いなく、魔理沙は人間だった。
「魔理沙は平気なのか」
「ああ、もう慣れた」
慣れた、の一言で片付けられるものじゃないだろう、と思っているうちに飾りっけのない木造の建物が見えてきた。造りは粗末ではないが、外壁にツタやら茸やらが発生し始めているせいでとても人の住む家とは思えなかった。「霧雨魔法店」の看板が申し訳程度にちょこんと立っているが、それも植物に半分覆われていた。
「魔法店?」
「ああ、一応本業なんだがな。客が全く来ない」
当然だろう、第一こんな場所まで無事に迷わず来れる者はそうはいない。
「さ、入れ入れ」
「ああ、お邪魔するよ」
中へ入ると瘴気が大分和らぐ。玄関の先の引き戸を開けると、案外に整った居間が現れた。木材の床にちゃぶ台がひとつ置かれ、座布団は二つ敷いてある。ちゃぶ台の奥には簡素な台所があり、外見よりもよほどましな生活空間だった。
けれどもにとりの視線はすでにその奥、部屋の隅のもう一枚の扉に向けられていた。
「あっちが作業場かい」
「そうだが、なんも面白いものはないぞ」
こいつが放つ光と熱の根源がここにある。そう思うとにとりは居ても立ってもいられず、扉へ向かってすたすたと歩き出した。
「開けてもいいかい」
「まあ構わんが、下手にその辺のものには触るなよ」
扉をほんの少し引いて覗きこむと、外の瘴気と全く同じ空気が鼻を突いた。思わずにとりは咳き込み、鼻をつまんで中へ入った。
「うわあ」
そこは先程の居間と同じ建物の中にあるとは思えぬほどに壮絶な有り様だった。あちらこちらに紙の束が山積みにされ、その中にはパチュリーの図書館で見たような本が数冊混じっている。おそらくあそこからの盗品だろう。そして作業台らしきものの上には定規やら筆記具やらが散らばり、書きかけの何かの図面のようなものが残されている。そこに立って背後には巨大な寸胴の鍋が魔法の火にくべられており、ぼんやりと発光する液体がぐつぐつ煮こまれている。瘴気の出処はこいつか。
「こりゃあ、すごいな」
「いつもこんなんじゃないぜ。最近はたまたまやることが多くてな」
比較的綺麗に机の端に収められた紙類の一枚を手にとってみる。
「アカジロウダケ七ホタルビダケ三、わずかな発熱と発煙」「スープ三日目」「八卦炉にかけたら勝手に火を噴きはじめた。やばい」
こんなような走り書きがずらずらと並んでいる。
「なんだこれ」
「そりゃたぶん実験のメモだな」
実験、なるほど、魔法の開発というわけか。しかしパチュリーのそれとはずいぶん趣が違うように思える。あの部屋にはこんな鍋はなかったし、何よりこの部屋には本が少なすぎる。
「魔導書とかはないのか」
「本なぁ、私あんまり読めないし、パチュリーんとこからたまに借りてくるんで十分だな」
魔法使いというものはパチュリーほどではないにしろ、みんな本を読みあさるものかと思っていた。しかし、これでは、
「なんだか、私の工房に似てるな」
この散らかりようと、しらみつぶしに可能性を試していくような地道な実験のメモの数々。にとりは実のところこの部屋を一目見た時からそんな印象を受けていた。
「実験って、ずっとこんなことしてるのか」
「ああ、煮たり焼いたり食ってみたり、いろいろだな」
「魔法使いってもっとこう、羽ペンと紅茶と魔導書と、みたいなものかと思っていたが」
「それは正しいと思うぜ。私はたぶん珍しい方の部類だ」
にとりはようやく、この魔法使いに惹かれた理由がわかった気がした。
(こいつは私に似てるんだ)
派手なことを好む割にその裏では地道なことを一人で続けて、まるっきり手探りなやり方で目的に向かって這うように進んでいく。そんな生き様ににとりは少なからず共感を覚えた。種族こそ違うが、同じ種類の熱意をこの人間に垣間見たのだ。
人間の寿命はたかだか数十年だ。にとりたち妖怪のように何百回と季節の移ろいを眺めることはできない。そんな短い時間で成し遂げられることなどたかが知れている。妖怪からすればそう思える。しかし人間の中にもそんな短い時間の中をたゆまず歩き続けて、妖怪から見ても尊敬に値する境地にたどり着く者がごくまれにいる。
(こいつは、そういう人間だ)
時間のないことを認めて、その上でやれるところまでやってみようと思える人間はそうはいない。魔理沙はその数少ない種類の人間であると、にとりはそう思った。それは人間を捨てて本物の魔法使いになってしまうよりもよほど素晴らしいことだと思った。
魔理沙は、自分が人間であることに誇りを持っている。少なくともにとりにはそう見えたのだ。
「魔理沙よ」
にとりは魔理沙に呼びかけた。
「お前は大したやつだな」
心からの賞賛である。唐突ににとりはそんなことを言った。
「何だぁ、急に」
「やっぱり人間は、我々河童の盟友に値する存在だよ」
「へえ」
魔理沙は言葉の真意がいまいちわからない様子だった。けれどもそれでいいとにとりは思った。なんとなく口走った言葉だったが、山への帰り道、ふと自分の言葉を思い出して少しばかり恥ずかしい気持ちになったのだ。
秋が過ぎ、雪が降り積もりはじめたころ。山の下の博麗の神社に間欠泉が湧いた。
川の河童、河城にとりはある話を山の上の神社の神様に聞いた。
こんな面白い話を放っておく訳にはいかない。
にとりは、河童の盟友である人間の魔法使い、霧雨魔理沙のもとへと向かった。
光と熱の力は、奴にとっても少なからず利益になるものだろう。
ともに高みを目指そうじゃないか、盟友よ。
河童はそんな大それたことを考えながら、森を目指して飛んでいった。