レミリアは悲痛な面持ちでベッド脇にたたずんでいた。
何もしてやれない自分が無力だった。
「咲夜……」
漏れた言葉に、その名前の主が布団の中から薄く目を開けて応える。ようやく意識を取り戻したのだ。憔悴しきっていたが、気丈な笑みを浮かべた。
「……大丈夫ですよ、お嬢様」
「咲夜……!」
「大丈夫です。傷は浅いですから」
「うん、わかってるわ。風邪をこじらせての病だから、浅いどころか無傷よね」
「熱もかなり下がってきましたし。一時は水風呂に入っても瞬時に沸騰する平清盛インシデントで心配を掛けましたが」
「普通死んでるからね」
「今は40℃ほどに下がって、平熱に近くなりました」
「普段平熱どんだけ高いのって話だけど、でも、喩えじゃなく本当にヘソでお茶を沸かせる体温に比べたら、確かに平熱近くなったわね」
「正確には39.8℃です。そう、サクヤなだけに……」
安心させようとする心遣いが伝わってきたが、反してレミリアの不安は大きくなった。この上手いこと言ったつもりが正直微妙な台詞。瀟洒なメイドにあるまじきものだ。
早く回復してもらわなければ、と切に思う。
「完治するまで私が看病するわ。何かしてほしいことがあったら、」
「いえ、お嬢様」
主の言葉を断ち切るように、メイド長は言った。
「お気持ちはありがたく、にもかかわらずそれを無下にすることは心が痛むのですが、どうか私一人にさせてください」
「え? 大丈夫よ。私に人間の病は感染しないわ」
「そういうことではございません。害を為すのは…………私はここまで抑え込んできたのです。今や限界間際でせめぎ合ってるのですわ」
「何を言っているの、咲夜? 意味がわからない」
「お願いします。何がきっかけで押しのけられてしまうか……」
「???」
レミリアには咲夜の言わんとすることがまるで理解できなかった。言いづらそうに述べられる台詞は要領を得ない。
と、そこへノック。扉が開かれ、入ってくる者がいた。
「失礼します。お薬、お持ちしました」
美鈴だった。お盆の上に、水差しとコップと薬の包みが載っている。特別不思議なことはない。
だが、どうしたことか、咲夜が我が身を抱きしめて苦しみ始めたのだ。
「あッ、がッ……ぐぅう!」
「さ、咲夜っ! 痛むの?」
「な、んで、来たのっ、美鈴……お嬢様、早く、離れっ」
「美鈴は私が呼んだのよ、ねえどうしたの、咲夜!」
「咲夜さん!」
咲夜の身に起きた異変に、美鈴が駆け寄る。お盆の上のコップが倒れ、水が美鈴の胸にかかった。肌に貼り付いた衣服は、身体のラインを強調させる。
咲夜の瞳にその光景が映ったとき、少女の口から聞いたこともない奇声が発せられた。
「MOMIYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」
布団をはねのけ、ベッド上で背筋を反らせた立ち姿で吠える。
「乳! 揉まずにはいられないッ!」
瀟洒が裸足で逃げ出す台詞に、レミリアと美鈴はあんぐりと口を開けるしかない。
「クックック、ようやく『出てくる』ことができたか。私は私の身体を取り戻したのだ!」
「……で、『出てくる』? あなた、咲夜じゃないわねっ!」
「ほぅ、流石は紅魔館の頭首、察しがいいな。そうだ、私は咲夜であって、咲夜ではない」
咲夜の姿をした『そいつ』は、表情も口調も従来のものとは全く異質となって、レミリア達を見下ろしながら述べる。
「十六夜咲夜は、『我々』は、多重人格者だったのだ」
「多重人格?! 咲夜の言ってた、せめぎ合ってるってそういう意味だったのっ?」
「肉体の主導権を誰が握るかで争ってきたのだ、大勢でな。その数、全部で398!」
「う、うん」
サクヤにちなんでいたのだろうか。微妙に驚愕しづらい。
「弱っていた人格を意識の奥底に沈め、ついに表舞台に立たせてもらった! 私は398人中、301番目の人格! その名も十六夜咲入(さくにゅう)だッ!」
「301にちなんですらいない?!」
「せめて392番目ならちなんでたと言えるのに!」
そういう問題じゃない、とレミリアは美鈴に言いたかったが、その暇はなかった。
「えっ」
「なっ……!」
レミリアが振り向いた先には、絶句する美鈴。その眼前に咲夜、いや咲入がいた。さっきまでベッドの上だったのに。レミリアの目でも捉え切れない超スピードだった。
「くッ!」
焦燥の美鈴は高速で肘打ちを顎に放つが、相手の姿は残像と消える。
そして、背後から声。
「のろい、のろい。相手が悪かったな」
不敵な笑みが耳元にあった。咲入は両手の五指を鉤爪に曲げ、美鈴の胸をむんずとつかんだ。
「ひゃっ?!」
「中国拳法の達人だそうだが、この咲入にとってはお前など、ちちうしポケモン・ミルタンクでしかないわ」
任●堂に喧嘩を売る台詞を吐いて、咲入は美鈴のおっぱいを揉みしだく。揉んで揉んで揉みまくる。全年齢の場で描写していい場面かはわからないが、まあ多分大丈夫だろう(無責任)。
「ひゃ、ひゃぁああっ!?」
「くっくっ、なかなかの豊乳だな。お前がこの胸の形・大きさを強調してみせたがゆえに、私のリビドーは爆発し、人格の頂点に立つことができた。幼き吸血鬼の胸ではその点、不足に過ぎたからなァ」
──ここで本来なら「うっさいわ」とお怒りのグングニルがレミリアから投擲されるのだろうが、咲入は美鈴を盾にしておりそれは叶わない。というか、実際のところは出現条件の下らなさに脱力、乳揉みという異常行動に唖然としていたのだった。
美鈴は何の助けも得られず、ひたすらセクシャルハラスメントの限りを受ける。
「はっハァー、やはり弾力も感度も素晴らしいぞ! 最高にPAIってヤツだッ!」
「な、何を、何をしたいんですかっ?!」
「知れたこと! 母乳を搾り取るのだ! 産地直送のミルクを源泉徴収するのだ!」
「ぼ、母乳?! で、出るわけがありませんっ!」
「乳型(ニュータイプ)と呼ばれた我が魔技ならそれも可能! さあ、逝けっ! ミルキーウェイを形作れ! 乳汁(ちちじる)ブシャーするんだなっしー!」
興奮のあまりキャラ変までして咲入は叫んだ。指使いがさらにイヤらしくなる。
すると、何ということでしょう、匠の技により中華小娘の乳袋から白濁液が漏れ出づるではありませんか。
「ふぇっ? えええっ?!」
「くははっ、見よっ、これぞ天上の恵み! メグミルクと呼ぶにふさわしい!」
「雪印?! あっ、ひぁああっ、ふ、噴乳(ふにゅう)ぅううううっ!」
珍妙な叫び声を上げて美鈴は逝った。服越しにもわかるほどに母乳を噴き出させ、白い飛沫さえ宙に散る。
咲入の魔手から解放されると、美鈴は床に崩れ落ち、自らの白濁液に身を浸した。
咲入は手をしとどに濡らした母乳を伸ばした舌に落とし、喉を潤す。歓喜の声が熱く上がる。
「キリンならぬ美鈴・生・一番搾り……喉越し爽やか……っ!」
さらには「ミルキーは乳の味……!」などと、当り前過ぎてキャッチコピーになりえない改変フレーズまでもがつぶやかれる。恍惚とした表情。恐らく、その味は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいミルクを飲める自分は、きっと特別な存在なのだと感じているに違いない。
「──お、お前は何者なの! 何が目的なのっ!?」
あまりのことに茫然としていたレミリアは、ようやくかき集めた正気でもって、それだけ問う。
振り向いたメイドの顔は、穏やか。いつもの十六夜咲夜のそれだった。
「お嬢様……わたくし、これまではメイド長としてハウスダストを除去してまいりましたが、」
形相が豹変。残忍かつ淫猥な笑み。
「これからはパイオツ王としてワーストバスト(悪乳)を駆除するのに邁進する! フハハッ!」
自分こそが社会的に抹殺されるべき存在であることを微塵も自覚してない宣言だった。
「全ての豊乳を我が手中に収める! でっかいおっぱいをいっぱい支配! それだけが全てよ! 過程や方法など、どうでもよいのだ!」
レミリアは動けない。咲入から噴き出す圧倒的な威圧感と、何が何だか意味不明な行動原理に気圧されているのだった。
無抵抗な獲物たるレミリアに、だが咲入は背を向け、ドアへと歩いていく。背中越しに述べる。
「貴様は見逃してやろう。今日という日は、幸福乳元年──ハッピー乳(にゅー)イヤー始まりの日よ。有るのか無いのかわからないチッパイに興味はない。次に会うまでに、せいぜい膨らし粉でも混ぜてもっちり焼いておけ」
その言葉がレミリアを動かした。そうだ、自分は誇り高き吸血鬼だ。高貴なる夜の帝王だ。一度ならず二度までもの侮辱にスルーなどできようか。誰が大草原の小さな胸だ。
レミリアの右手が上がる。掌中より赤い光が槍の形を取っていく。今度こそグングニルが咲入を貫くために完成すると思いきや、
「ふん」
咲入は軽く鼻で息をつくと、下げたままの腕を手の平だけレミリアに向けて浅く開閉する。
「ひゥん?!」
頓狂な叫びを上げ、レミリアはグングニルを消散させてしまう。なけなしの胸にこしょばゆい感覚が広がったのだ。
気のせいなどではなく、感覚は連続してレミリアを襲う。
「あひっ、ひゃっ、ひうぅ?!」
「貧乳貧乳ゥ! 愚かなヤツよ。キジも、いや、乳も鳴かずば撃たれまいに」
言い直す意味は全くなかったが、ともかくも咲入の奇妙な技にレミリアは翻弄され続けていた。
「距離を置いての見えない攻撃などありえないと思っているか? 甘いな、貧乳なのに練乳ほどに甘い。この咲入、おっぱいを揉むことにかけて不可能などないと知れ」
知りたくもない自負心を言い放ち、咲入は解説を始める。
「気づいていないだろうが、コウモリの耳にすら聞こえない音域の音が我が喉奥より発せられている。そうして、手のそれと合わせた振動を空気を通じて送り、相手の胸にて共鳴(ハミング)させマッサージの感触を実体化する。──これぞ、秘儀『モミング』!」
レミリアは戦慄する。恐ろしい。恐ろしく気の抜けるネーミングだ。
ふにふにもみもみという感覚を送りこみながら、咲入は不敵な笑み。
「驚愕と快楽で口も利けまい。私の腕前を存分に味わい、逝くがよいぞ。モミング道(ウェイ)免許皆伝の……秘伝書『ブラよさらば』『老人と乳』『誰がために胸はある』を伝授された私のな!」
ついにノーベル文学賞受賞者にまで喧嘩を売って勝ち誇る傍若無人の輩。このままでは作者とそそわの未来が危ない、と思われたその時!
「むっ」
「あっ!」
二人の視線は同一方向へ流れる。
中華服の少女、紅魔館の門番、紅美鈴。
彼女が立ちあがっていた。
白い乳液に濡れそぼりながらも、その身体は咲入に向けられている。顔は伏せられており、表情はうかがい知れない。
「主の危機にようやく起きたというところか? 大人しく寝ていればいいものを」
咲入の言葉も当然で、美鈴からは闘争心どころか意志そのものが感じられない。両手をダランと垂らしていて、構えを取らない。立ち上がるのがやっと。それほどに消耗しているとしか見えない。
「まあ、良いわ。まだ揉まれ足りないというならば、その中華なパイパイ、搾りつくしてくれよう!」
言うが早いが、咲入は美鈴との距離を瞬時に詰めると、その胸をわしづかみにした。全く無防備の美鈴は、それでも微動だにしない。
「KWAHHH! コリコリ弾力ある乳頭に触っているぞォ美鈴! このあたたかい弾力! ……ぬぅう?」
咲入は違和感に気づく。あるはずの感触が、乳首の存在がない。馬鹿な、少年誌の自主規制で消されたでもあるまいに、そのようなおっぱいがこの世にあろうはずが……
そして、咲入は真実に驚愕する。
「こ、これは胸ではない!」
何としたことか、いつの間にか手の中のものは美鈴の豊乳でなく、別の部位に置き換わっていたのだ。愕然とする咲入に、美鈴の声──しかも下方から。
「一体いつから胸を揉んでいると錯覚していた?」
「なん……だと……」
美鈴は逆立ちしていた。そして、咲入の手に触れているのは、
「尻?!」
「古人曰く、『おごれる者も尻から触る』……」
「くっ」
咲入はバッと後方に跳躍し、距離を取る。信じられないといった面持ち。
レミリアにも驚きだった。咲入のスピードはヴァンパイアすら凌駕するものであるのに、それをさらに上回る形で倒立し、咲入に胸と尻を錯覚させたのだ。あの美鈴が、まさか。
美鈴は逆立ちを崩し、床に座る。胡坐。泰然自若としている。
「貴様、力を隠していたのか!」
「ふっ」
軽い笑声と共に、美鈴の姿が消える。いや、違う。咲入とレミリアは天井を見上げた。瞳に映るは超常現象とも言える挙動。
「なっ!? 座ったままの姿勢! 尻だけであんな跳躍を!」
「高いケツ圧あればこその芸当です。ヒップホップと名付けました」
空中を軽やかに舞い、美鈴は無音で棚の上に着地する。屈みながらも背中越しに咲入を見降ろす姿は余裕そのものだ。腰の低い常の美鈴はそこにはいない。それどころか高々と腰を掲げ、安産型の尻を強調する。
「あなたがそうであるように、『紅美鈴』にも奥底で眠る別人格があったということです。それがこの『私』──」
後ろ向きに屈んだまま懐から何かを取り出し、両目に被せる。
それは半の円弧をm字に並べたアイマスクだ。けばけばしい桃色に輝いて、中華小娘の笑顔を彩る。
「世界の尻を愛する戦士、桃尻仮面・雌尻(メスシリ)ンダー!!」
「実験器具?!」
レミリアはあっけに取られる。忠実な部下だった二人が、このような変態チックな変態になり果ててしまおうとは。
桃尻仮面とやらは、その姿勢のまま咲入に人差し指をズビシと突きつけて言い放つ。
「全ての人類は尻から生まれた。全は尻、尻は全。その尻の真理を知りもしないオッパイ異星人には、この場より立ち去ってもらいましょう! アバシリ辺りに!」
一緒に消え去ってほしい……というのはレミリアの一途な願いだ。それにしてもあの尻を向けた前屈姿勢は、し続けて疲れないものなのだろうか?
そんなレミリアのどうでもいい心配をよそに、突然の登場で圧倒する桃尻仮面は、わずかに後ずさる咲入を見逃さない。
「どうしましたか、そんなにうろたえて。あなたにとって私は『身の上に心配あーる、参上』ですか?」
「ふ、ふん! 私に興味のある球の体積はおっぱいのものしかないわ!」
強がっても、口調からして狼狽は明らかだ。
けれど──わずかな沈黙の後、咲入は長く息を吐く。精神面で圧される不利を悟ったのだろう。自らの恐れを認め、乗り越えようとする。つぶやきが口から漏れる。
「落ちつくんだ……円周率を数えて落ちつくんだ……」
素数じゃないのか、とレミリアは意外に思う。しかし、流石は(人間的に)腐っても咲夜の一人格、円周率をおよそ3としか覚えていないゆとり世代とは違うようだ。落ち着けるほどに数えることが可能──自分はせいぜい『身一つ世一つ生くに無意味』で、『3.141592653』しかわからないのに。
眉間に指を立て、咲入は唱える。
「……π(パイ)! よし、落ち着いた」
「お手軽!?」
ぶっちゃけ予想できてた読者がほとんどだろう。ともかく再び相対する変態両名。
「さあ、これでこちらに隙はなくなった。覚悟せよ、これより貴様のバストをバーストさせてやる!」
「ブレストファイアー?!」
「それならあなたには、生涯スカートとショーツを半ばまでずり下ろしたままにする刑を与えましょう」
「判決は半ケツ?!」
異次元の言葉の応酬に、レミリアも連続ツッコミマシーンと化すしかない。
「ほほぉ、このモミング道(ウェイ)を極めた咲入によくぞ言い放ったものよ。だが、豊乳を壁と尻に隠してのその態勢、我が秘儀を警戒してのことだな。無駄なことよ、喰らえ、『モミング』ッ!」
咲入の台詞はハッタリではない。仮に直線状に分厚い防壁を置いたとて、共鳴振動を用いた技を応用されては無意味なのだ。壁に天井にと反響した振動は、無慈悲におっぱいを蹂躙しまくるだろう。
だが──
「むぅ?!」
期待通りの効果が現れず、咲入は唸る。手ごたえがない。そして、気づく。相手の尻から発せられている不可視の結界を!
「『尻符(ヒップ)・エレキバン』」
こともなげに美鈴の尻人格は宣言した。その真ん丸ヒップが細かく震えている。
咲入は、感嘆とも驚愕ともつかない声色を混ぜ、分析した。
「そうか、ケツだけ星人のブリブリブリを簡略・高速化、それにより空気との摩擦を起こし、静電気を発生──電磁障壁を周囲に巡らせ、我がモミングを遮断したか!」
「え、あの、意味わかんないんだけど?」
レミリアの困惑は華麗に無視され、雌尻ンダーは誇らしげに言う。
「私もまた尻を極めし者……思い出します、かつて登ったヒップマスターの霊峰『K2』」
「ケツ?!」
「頂上で秘宝・尻目石(ケツメイシ)を手にしたとき、オシリス神とケツァルコアトルが現れ、夜空に輝くシリウスの下、私に奥義を授けてくれたのです。その流派こそ、『尻嗅流(シリカゲル)』!」
「何その臀部まみれの冒険譚! あとその流派、臭いのか臭くないのかはっきりして!」
叫ぶレミリア。しかし、彼女は気づいていない。シリカゲルの効果は脱臭ではなく除湿であるということに。やや外したツッコミであったということに。まあ、どうでもいいことなんだが。
「さあ、覚悟してください。あなたにお尻の素晴らしさを教えてさしあげましょう!」
「ふん! こちらこそ貴様におっぱいへの畏怖を刻みこんでやるわ!」
「ちょ、ちょっと待って! お願いだから二人とも元に戻ってよ! 胸と尻のどっちが上かなんて、きのこの山とたけのこの里の優劣を争うようなものじゃない!」
レミリアの懇願するような説得だったが、かつての主の言葉を両者はあっさり袖にする。
「きのこたけのこ戦争ならば既に決着がついている。パイの実でファイナルアンサーだ」
「間の抜けたことを。真の覇者は桃の天然水です。あとピーチネクター」
「だ……」
だめだこりゃ、とすらレミリアの喉から出ない。天元突破のアレさを誇る者たちに、人界の常識を求める方が間違っていた。
咲入は、両手をワキワキと開閉して澱んだオーラを揺らめかせる。
「やはり我々は並び立つ存在ではないようだな。優劣はっきりさせてやるぞ──乳は上! 尻は下だ!!」
そりゃそうだ。人体構造的に。
「ふふ、いいですね。心躍りますよ、あなたのような強者との対ケツは緊迫して──シリアス、まさに尻ass!」
言いたいだけの台詞を発し、美鈴改め雌尻ンダーは高所より飛びかかった。迎え撃つ咲入。
史上最低のバトルが今幕を開けた。
それを形容するなら「すさまじい」の一言に尽きる。
咲入の絶技・モーレツ乳列(パイレーツ)を真剣尻刃取りが受け止め、必殺の尻滅裂(しりめつれつ)が発動したのを奥義たる乳舞盆地(ちちぶぼんち)が相殺する。これら攻防が続く様は、本当にすさまじいシモっぷりだった。
そうして、激闘を目の当たりにするレミリアの精神が、妹と一緒に自らを地下室に幽閉したくなるくらい変調をきたしかけたとき……
両者は固い握手を交わしていた。
「いや、どういうこと?!」
「胸を合わせた戦いの結果だ」
「お尻とお尻を合わせてお知り合いということで」
双丘を愛する者同士わかりあえたのだ。
レミリアの困惑をよそに、語らいあう二人。
「かつては手当たり次第におっぱいを喰らう、いわゆるボイン暴食だったものだが、開眼したぞ。尻もまたよい」
「今度、私のとっておきのコレクション、『美尻シリーズ』を紹介しますよ」
「ありがたい。ならば、こちらの『Bestバスト』と交換だな」
「楽しみです。では、取引は某所にて……合言葉は、『右の胸を揉まれたら、左の胸も揉ませろ』」
「『そして尻も差し出せ』」
マザー・テレサやナイチンゲールも逃げ出す、と見せかけて助走つけてドロップキックしてくるレベルの暴言だった。
が、ともかくも戦いは終わった。悪夢は去ったのだ。
「では、新たな門出の景気づけに」
「はい、500年物の未熟な果実を味わいましょう」
「えっ」
二匹の野獣がレミリアへと向く。新たな悪夢がハローアゲイン。
「私はお尻を、あなたはおっぱいを」
「つまり、ハサミ討ちの形になるな……」
「ままま待って!」
慌てるレミリア。何とか獲物の立場から逃れようとする。
「私はあなたたちの主よ! 手を上げるなんて間違ってるでしょ!」
「ですが、私の内なる獣がささやいているんです。『オレサマ、オシリ、マルカジリ』」
「妖獣『お尻かじり虫』?!」
「我々はお前の部下であった人格ではないのだ。無意味な言葉を吐くものではない。そこで言うべき言葉は、『お口に合うかわかりませんが……』だろう」
「ちょっ、口で?! 私を『味わう』ってそのままの意味?! だ、第一あなただって、巨乳以外興味ないって言ってたでしょう!」
「開眼したと言ったはずだが? 尻も良い。そして胸も、どんな胸であっても良いものと思えるようになったのだ。そう、お前のようなまな板さえもな。全て平等に価値がある!」
「そこは差別主義者になってほしかった……!」
レミリアの嘆きも意に介さず、乳と尻を狙う悪鬼羅刹はジリジリと距離を削ってくる。
まな板と評されたレミリアだが、今やまな板の上のコイだった。全身の鱗を剥ぎ取られ美味しくいただかれてしまうのは時間の問題だった。
鉤爪の形に両手を掲げた咲入が、仁王立ちで威圧する。
「さあ、お前の乳を数えろ!」
「ひぃっ、に、二個です!」
「いけませんね。紅魔館の主としては、答え方が味気ない。そこはたとえば『ケッ、シリません』と答えていただくと、『ケツなのか、尻じゃないのか、どっちだ!』とツッコめるのです」
──「なんでウィットに富まないといけないのよ、シモの方向で!」
先ほどまでのレミリアならそう返していただろう。しかし、気配も感じさせず、突然耳元から美鈴の声でささやかれては、ギョッとして腰が抜けてしまう。何という超スピード。レミリアは改めて理解する。大魔王からは、逃げられない。
「あ、あぁ……」
「うふふ」
「ふはは」
至近の笑みに、もはやレミリアには部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備しかできなかった。
ちなみにこの後の展開を簡潔に述べておくと、彼女ら咲夜と美鈴の別人格たちはブラジャーをお尻に装着させ、
「これぞ新人類『ブラ尻アン』!」
「バストに換算すると何カップくらいでしょうかね」
「無論、Wカップだ!」
などと時事ネタを挟みつつレミリアを弄んでいたところ、ひょんなことから殺意の筋肉に目覚めたパチュリー、通称マチョリーにボコボコされ、乳と尻を凌辱された被害者はレミリア一名のみということで事なきを得ましたとさ。
おっぱいおっぱい。
何もしてやれない自分が無力だった。
「咲夜……」
漏れた言葉に、その名前の主が布団の中から薄く目を開けて応える。ようやく意識を取り戻したのだ。憔悴しきっていたが、気丈な笑みを浮かべた。
「……大丈夫ですよ、お嬢様」
「咲夜……!」
「大丈夫です。傷は浅いですから」
「うん、わかってるわ。風邪をこじらせての病だから、浅いどころか無傷よね」
「熱もかなり下がってきましたし。一時は水風呂に入っても瞬時に沸騰する平清盛インシデントで心配を掛けましたが」
「普通死んでるからね」
「今は40℃ほどに下がって、平熱に近くなりました」
「普段平熱どんだけ高いのって話だけど、でも、喩えじゃなく本当にヘソでお茶を沸かせる体温に比べたら、確かに平熱近くなったわね」
「正確には39.8℃です。そう、サクヤなだけに……」
安心させようとする心遣いが伝わってきたが、反してレミリアの不安は大きくなった。この上手いこと言ったつもりが正直微妙な台詞。瀟洒なメイドにあるまじきものだ。
早く回復してもらわなければ、と切に思う。
「完治するまで私が看病するわ。何かしてほしいことがあったら、」
「いえ、お嬢様」
主の言葉を断ち切るように、メイド長は言った。
「お気持ちはありがたく、にもかかわらずそれを無下にすることは心が痛むのですが、どうか私一人にさせてください」
「え? 大丈夫よ。私に人間の病は感染しないわ」
「そういうことではございません。害を為すのは…………私はここまで抑え込んできたのです。今や限界間際でせめぎ合ってるのですわ」
「何を言っているの、咲夜? 意味がわからない」
「お願いします。何がきっかけで押しのけられてしまうか……」
「???」
レミリアには咲夜の言わんとすることがまるで理解できなかった。言いづらそうに述べられる台詞は要領を得ない。
と、そこへノック。扉が開かれ、入ってくる者がいた。
「失礼します。お薬、お持ちしました」
美鈴だった。お盆の上に、水差しとコップと薬の包みが載っている。特別不思議なことはない。
だが、どうしたことか、咲夜が我が身を抱きしめて苦しみ始めたのだ。
「あッ、がッ……ぐぅう!」
「さ、咲夜っ! 痛むの?」
「な、んで、来たのっ、美鈴……お嬢様、早く、離れっ」
「美鈴は私が呼んだのよ、ねえどうしたの、咲夜!」
「咲夜さん!」
咲夜の身に起きた異変に、美鈴が駆け寄る。お盆の上のコップが倒れ、水が美鈴の胸にかかった。肌に貼り付いた衣服は、身体のラインを強調させる。
咲夜の瞳にその光景が映ったとき、少女の口から聞いたこともない奇声が発せられた。
「MOMIYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」
布団をはねのけ、ベッド上で背筋を反らせた立ち姿で吠える。
「乳! 揉まずにはいられないッ!」
瀟洒が裸足で逃げ出す台詞に、レミリアと美鈴はあんぐりと口を開けるしかない。
「クックック、ようやく『出てくる』ことができたか。私は私の身体を取り戻したのだ!」
「……で、『出てくる』? あなた、咲夜じゃないわねっ!」
「ほぅ、流石は紅魔館の頭首、察しがいいな。そうだ、私は咲夜であって、咲夜ではない」
咲夜の姿をした『そいつ』は、表情も口調も従来のものとは全く異質となって、レミリア達を見下ろしながら述べる。
「十六夜咲夜は、『我々』は、多重人格者だったのだ」
「多重人格?! 咲夜の言ってた、せめぎ合ってるってそういう意味だったのっ?」
「肉体の主導権を誰が握るかで争ってきたのだ、大勢でな。その数、全部で398!」
「う、うん」
サクヤにちなんでいたのだろうか。微妙に驚愕しづらい。
「弱っていた人格を意識の奥底に沈め、ついに表舞台に立たせてもらった! 私は398人中、301番目の人格! その名も十六夜咲入(さくにゅう)だッ!」
「301にちなんですらいない?!」
「せめて392番目ならちなんでたと言えるのに!」
そういう問題じゃない、とレミリアは美鈴に言いたかったが、その暇はなかった。
「えっ」
「なっ……!」
レミリアが振り向いた先には、絶句する美鈴。その眼前に咲夜、いや咲入がいた。さっきまでベッドの上だったのに。レミリアの目でも捉え切れない超スピードだった。
「くッ!」
焦燥の美鈴は高速で肘打ちを顎に放つが、相手の姿は残像と消える。
そして、背後から声。
「のろい、のろい。相手が悪かったな」
不敵な笑みが耳元にあった。咲入は両手の五指を鉤爪に曲げ、美鈴の胸をむんずとつかんだ。
「ひゃっ?!」
「中国拳法の達人だそうだが、この咲入にとってはお前など、ちちうしポケモン・ミルタンクでしかないわ」
任●堂に喧嘩を売る台詞を吐いて、咲入は美鈴のおっぱいを揉みしだく。揉んで揉んで揉みまくる。全年齢の場で描写していい場面かはわからないが、まあ多分大丈夫だろう(無責任)。
「ひゃ、ひゃぁああっ!?」
「くっくっ、なかなかの豊乳だな。お前がこの胸の形・大きさを強調してみせたがゆえに、私のリビドーは爆発し、人格の頂点に立つことができた。幼き吸血鬼の胸ではその点、不足に過ぎたからなァ」
──ここで本来なら「うっさいわ」とお怒りのグングニルがレミリアから投擲されるのだろうが、咲入は美鈴を盾にしておりそれは叶わない。というか、実際のところは出現条件の下らなさに脱力、乳揉みという異常行動に唖然としていたのだった。
美鈴は何の助けも得られず、ひたすらセクシャルハラスメントの限りを受ける。
「はっハァー、やはり弾力も感度も素晴らしいぞ! 最高にPAIってヤツだッ!」
「な、何を、何をしたいんですかっ?!」
「知れたこと! 母乳を搾り取るのだ! 産地直送のミルクを源泉徴収するのだ!」
「ぼ、母乳?! で、出るわけがありませんっ!」
「乳型(ニュータイプ)と呼ばれた我が魔技ならそれも可能! さあ、逝けっ! ミルキーウェイを形作れ! 乳汁(ちちじる)ブシャーするんだなっしー!」
興奮のあまりキャラ変までして咲入は叫んだ。指使いがさらにイヤらしくなる。
すると、何ということでしょう、匠の技により中華小娘の乳袋から白濁液が漏れ出づるではありませんか。
「ふぇっ? えええっ?!」
「くははっ、見よっ、これぞ天上の恵み! メグミルクと呼ぶにふさわしい!」
「雪印?! あっ、ひぁああっ、ふ、噴乳(ふにゅう)ぅううううっ!」
珍妙な叫び声を上げて美鈴は逝った。服越しにもわかるほどに母乳を噴き出させ、白い飛沫さえ宙に散る。
咲入の魔手から解放されると、美鈴は床に崩れ落ち、自らの白濁液に身を浸した。
咲入は手をしとどに濡らした母乳を伸ばした舌に落とし、喉を潤す。歓喜の声が熱く上がる。
「キリンならぬ美鈴・生・一番搾り……喉越し爽やか……っ!」
さらには「ミルキーは乳の味……!」などと、当り前過ぎてキャッチコピーになりえない改変フレーズまでもがつぶやかれる。恍惚とした表情。恐らく、その味は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいミルクを飲める自分は、きっと特別な存在なのだと感じているに違いない。
「──お、お前は何者なの! 何が目的なのっ!?」
あまりのことに茫然としていたレミリアは、ようやくかき集めた正気でもって、それだけ問う。
振り向いたメイドの顔は、穏やか。いつもの十六夜咲夜のそれだった。
「お嬢様……わたくし、これまではメイド長としてハウスダストを除去してまいりましたが、」
形相が豹変。残忍かつ淫猥な笑み。
「これからはパイオツ王としてワーストバスト(悪乳)を駆除するのに邁進する! フハハッ!」
自分こそが社会的に抹殺されるべき存在であることを微塵も自覚してない宣言だった。
「全ての豊乳を我が手中に収める! でっかいおっぱいをいっぱい支配! それだけが全てよ! 過程や方法など、どうでもよいのだ!」
レミリアは動けない。咲入から噴き出す圧倒的な威圧感と、何が何だか意味不明な行動原理に気圧されているのだった。
無抵抗な獲物たるレミリアに、だが咲入は背を向け、ドアへと歩いていく。背中越しに述べる。
「貴様は見逃してやろう。今日という日は、幸福乳元年──ハッピー乳(にゅー)イヤー始まりの日よ。有るのか無いのかわからないチッパイに興味はない。次に会うまでに、せいぜい膨らし粉でも混ぜてもっちり焼いておけ」
その言葉がレミリアを動かした。そうだ、自分は誇り高き吸血鬼だ。高貴なる夜の帝王だ。一度ならず二度までもの侮辱にスルーなどできようか。誰が大草原の小さな胸だ。
レミリアの右手が上がる。掌中より赤い光が槍の形を取っていく。今度こそグングニルが咲入を貫くために完成すると思いきや、
「ふん」
咲入は軽く鼻で息をつくと、下げたままの腕を手の平だけレミリアに向けて浅く開閉する。
「ひゥん?!」
頓狂な叫びを上げ、レミリアはグングニルを消散させてしまう。なけなしの胸にこしょばゆい感覚が広がったのだ。
気のせいなどではなく、感覚は連続してレミリアを襲う。
「あひっ、ひゃっ、ひうぅ?!」
「貧乳貧乳ゥ! 愚かなヤツよ。キジも、いや、乳も鳴かずば撃たれまいに」
言い直す意味は全くなかったが、ともかくも咲入の奇妙な技にレミリアは翻弄され続けていた。
「距離を置いての見えない攻撃などありえないと思っているか? 甘いな、貧乳なのに練乳ほどに甘い。この咲入、おっぱいを揉むことにかけて不可能などないと知れ」
知りたくもない自負心を言い放ち、咲入は解説を始める。
「気づいていないだろうが、コウモリの耳にすら聞こえない音域の音が我が喉奥より発せられている。そうして、手のそれと合わせた振動を空気を通じて送り、相手の胸にて共鳴(ハミング)させマッサージの感触を実体化する。──これぞ、秘儀『モミング』!」
レミリアは戦慄する。恐ろしい。恐ろしく気の抜けるネーミングだ。
ふにふにもみもみという感覚を送りこみながら、咲入は不敵な笑み。
「驚愕と快楽で口も利けまい。私の腕前を存分に味わい、逝くがよいぞ。モミング道(ウェイ)免許皆伝の……秘伝書『ブラよさらば』『老人と乳』『誰がために胸はある』を伝授された私のな!」
ついにノーベル文学賞受賞者にまで喧嘩を売って勝ち誇る傍若無人の輩。このままでは作者とそそわの未来が危ない、と思われたその時!
「むっ」
「あっ!」
二人の視線は同一方向へ流れる。
中華服の少女、紅魔館の門番、紅美鈴。
彼女が立ちあがっていた。
白い乳液に濡れそぼりながらも、その身体は咲入に向けられている。顔は伏せられており、表情はうかがい知れない。
「主の危機にようやく起きたというところか? 大人しく寝ていればいいものを」
咲入の言葉も当然で、美鈴からは闘争心どころか意志そのものが感じられない。両手をダランと垂らしていて、構えを取らない。立ち上がるのがやっと。それほどに消耗しているとしか見えない。
「まあ、良いわ。まだ揉まれ足りないというならば、その中華なパイパイ、搾りつくしてくれよう!」
言うが早いが、咲入は美鈴との距離を瞬時に詰めると、その胸をわしづかみにした。全く無防備の美鈴は、それでも微動だにしない。
「KWAHHH! コリコリ弾力ある乳頭に触っているぞォ美鈴! このあたたかい弾力! ……ぬぅう?」
咲入は違和感に気づく。あるはずの感触が、乳首の存在がない。馬鹿な、少年誌の自主規制で消されたでもあるまいに、そのようなおっぱいがこの世にあろうはずが……
そして、咲入は真実に驚愕する。
「こ、これは胸ではない!」
何としたことか、いつの間にか手の中のものは美鈴の豊乳でなく、別の部位に置き換わっていたのだ。愕然とする咲入に、美鈴の声──しかも下方から。
「一体いつから胸を揉んでいると錯覚していた?」
「なん……だと……」
美鈴は逆立ちしていた。そして、咲入の手に触れているのは、
「尻?!」
「古人曰く、『おごれる者も尻から触る』……」
「くっ」
咲入はバッと後方に跳躍し、距離を取る。信じられないといった面持ち。
レミリアにも驚きだった。咲入のスピードはヴァンパイアすら凌駕するものであるのに、それをさらに上回る形で倒立し、咲入に胸と尻を錯覚させたのだ。あの美鈴が、まさか。
美鈴は逆立ちを崩し、床に座る。胡坐。泰然自若としている。
「貴様、力を隠していたのか!」
「ふっ」
軽い笑声と共に、美鈴の姿が消える。いや、違う。咲入とレミリアは天井を見上げた。瞳に映るは超常現象とも言える挙動。
「なっ!? 座ったままの姿勢! 尻だけであんな跳躍を!」
「高いケツ圧あればこその芸当です。ヒップホップと名付けました」
空中を軽やかに舞い、美鈴は無音で棚の上に着地する。屈みながらも背中越しに咲入を見降ろす姿は余裕そのものだ。腰の低い常の美鈴はそこにはいない。それどころか高々と腰を掲げ、安産型の尻を強調する。
「あなたがそうであるように、『紅美鈴』にも奥底で眠る別人格があったということです。それがこの『私』──」
後ろ向きに屈んだまま懐から何かを取り出し、両目に被せる。
それは半の円弧をm字に並べたアイマスクだ。けばけばしい桃色に輝いて、中華小娘の笑顔を彩る。
「世界の尻を愛する戦士、桃尻仮面・雌尻(メスシリ)ンダー!!」
「実験器具?!」
レミリアはあっけに取られる。忠実な部下だった二人が、このような変態チックな変態になり果ててしまおうとは。
桃尻仮面とやらは、その姿勢のまま咲入に人差し指をズビシと突きつけて言い放つ。
「全ての人類は尻から生まれた。全は尻、尻は全。その尻の真理を知りもしないオッパイ異星人には、この場より立ち去ってもらいましょう! アバシリ辺りに!」
一緒に消え去ってほしい……というのはレミリアの一途な願いだ。それにしてもあの尻を向けた前屈姿勢は、し続けて疲れないものなのだろうか?
そんなレミリアのどうでもいい心配をよそに、突然の登場で圧倒する桃尻仮面は、わずかに後ずさる咲入を見逃さない。
「どうしましたか、そんなにうろたえて。あなたにとって私は『身の上に心配あーる、参上』ですか?」
「ふ、ふん! 私に興味のある球の体積はおっぱいのものしかないわ!」
強がっても、口調からして狼狽は明らかだ。
けれど──わずかな沈黙の後、咲入は長く息を吐く。精神面で圧される不利を悟ったのだろう。自らの恐れを認め、乗り越えようとする。つぶやきが口から漏れる。
「落ちつくんだ……円周率を数えて落ちつくんだ……」
素数じゃないのか、とレミリアは意外に思う。しかし、流石は(人間的に)腐っても咲夜の一人格、円周率をおよそ3としか覚えていないゆとり世代とは違うようだ。落ち着けるほどに数えることが可能──自分はせいぜい『身一つ世一つ生くに無意味』で、『3.141592653』しかわからないのに。
眉間に指を立て、咲入は唱える。
「……π(パイ)! よし、落ち着いた」
「お手軽!?」
ぶっちゃけ予想できてた読者がほとんどだろう。ともかく再び相対する変態両名。
「さあ、これでこちらに隙はなくなった。覚悟せよ、これより貴様のバストをバーストさせてやる!」
「ブレストファイアー?!」
「それならあなたには、生涯スカートとショーツを半ばまでずり下ろしたままにする刑を与えましょう」
「判決は半ケツ?!」
異次元の言葉の応酬に、レミリアも連続ツッコミマシーンと化すしかない。
「ほほぉ、このモミング道(ウェイ)を極めた咲入によくぞ言い放ったものよ。だが、豊乳を壁と尻に隠してのその態勢、我が秘儀を警戒してのことだな。無駄なことよ、喰らえ、『モミング』ッ!」
咲入の台詞はハッタリではない。仮に直線状に分厚い防壁を置いたとて、共鳴振動を用いた技を応用されては無意味なのだ。壁に天井にと反響した振動は、無慈悲におっぱいを蹂躙しまくるだろう。
だが──
「むぅ?!」
期待通りの効果が現れず、咲入は唸る。手ごたえがない。そして、気づく。相手の尻から発せられている不可視の結界を!
「『尻符(ヒップ)・エレキバン』」
こともなげに美鈴の尻人格は宣言した。その真ん丸ヒップが細かく震えている。
咲入は、感嘆とも驚愕ともつかない声色を混ぜ、分析した。
「そうか、ケツだけ星人のブリブリブリを簡略・高速化、それにより空気との摩擦を起こし、静電気を発生──電磁障壁を周囲に巡らせ、我がモミングを遮断したか!」
「え、あの、意味わかんないんだけど?」
レミリアの困惑は華麗に無視され、雌尻ンダーは誇らしげに言う。
「私もまた尻を極めし者……思い出します、かつて登ったヒップマスターの霊峰『K2』」
「ケツ?!」
「頂上で秘宝・尻目石(ケツメイシ)を手にしたとき、オシリス神とケツァルコアトルが現れ、夜空に輝くシリウスの下、私に奥義を授けてくれたのです。その流派こそ、『尻嗅流(シリカゲル)』!」
「何その臀部まみれの冒険譚! あとその流派、臭いのか臭くないのかはっきりして!」
叫ぶレミリア。しかし、彼女は気づいていない。シリカゲルの効果は脱臭ではなく除湿であるということに。やや外したツッコミであったということに。まあ、どうでもいいことなんだが。
「さあ、覚悟してください。あなたにお尻の素晴らしさを教えてさしあげましょう!」
「ふん! こちらこそ貴様におっぱいへの畏怖を刻みこんでやるわ!」
「ちょ、ちょっと待って! お願いだから二人とも元に戻ってよ! 胸と尻のどっちが上かなんて、きのこの山とたけのこの里の優劣を争うようなものじゃない!」
レミリアの懇願するような説得だったが、かつての主の言葉を両者はあっさり袖にする。
「きのこたけのこ戦争ならば既に決着がついている。パイの実でファイナルアンサーだ」
「間の抜けたことを。真の覇者は桃の天然水です。あとピーチネクター」
「だ……」
だめだこりゃ、とすらレミリアの喉から出ない。天元突破のアレさを誇る者たちに、人界の常識を求める方が間違っていた。
咲入は、両手をワキワキと開閉して澱んだオーラを揺らめかせる。
「やはり我々は並び立つ存在ではないようだな。優劣はっきりさせてやるぞ──乳は上! 尻は下だ!!」
そりゃそうだ。人体構造的に。
「ふふ、いいですね。心躍りますよ、あなたのような強者との対ケツは緊迫して──シリアス、まさに尻ass!」
言いたいだけの台詞を発し、美鈴改め雌尻ンダーは高所より飛びかかった。迎え撃つ咲入。
史上最低のバトルが今幕を開けた。
それを形容するなら「すさまじい」の一言に尽きる。
咲入の絶技・モーレツ乳列(パイレーツ)を真剣尻刃取りが受け止め、必殺の尻滅裂(しりめつれつ)が発動したのを奥義たる乳舞盆地(ちちぶぼんち)が相殺する。これら攻防が続く様は、本当にすさまじいシモっぷりだった。
そうして、激闘を目の当たりにするレミリアの精神が、妹と一緒に自らを地下室に幽閉したくなるくらい変調をきたしかけたとき……
両者は固い握手を交わしていた。
「いや、どういうこと?!」
「胸を合わせた戦いの結果だ」
「お尻とお尻を合わせてお知り合いということで」
双丘を愛する者同士わかりあえたのだ。
レミリアの困惑をよそに、語らいあう二人。
「かつては手当たり次第におっぱいを喰らう、いわゆるボイン暴食だったものだが、開眼したぞ。尻もまたよい」
「今度、私のとっておきのコレクション、『美尻シリーズ』を紹介しますよ」
「ありがたい。ならば、こちらの『Bestバスト』と交換だな」
「楽しみです。では、取引は某所にて……合言葉は、『右の胸を揉まれたら、左の胸も揉ませろ』」
「『そして尻も差し出せ』」
マザー・テレサやナイチンゲールも逃げ出す、と見せかけて助走つけてドロップキックしてくるレベルの暴言だった。
が、ともかくも戦いは終わった。悪夢は去ったのだ。
「では、新たな門出の景気づけに」
「はい、500年物の未熟な果実を味わいましょう」
「えっ」
二匹の野獣がレミリアへと向く。新たな悪夢がハローアゲイン。
「私はお尻を、あなたはおっぱいを」
「つまり、ハサミ討ちの形になるな……」
「ままま待って!」
慌てるレミリア。何とか獲物の立場から逃れようとする。
「私はあなたたちの主よ! 手を上げるなんて間違ってるでしょ!」
「ですが、私の内なる獣がささやいているんです。『オレサマ、オシリ、マルカジリ』」
「妖獣『お尻かじり虫』?!」
「我々はお前の部下であった人格ではないのだ。無意味な言葉を吐くものではない。そこで言うべき言葉は、『お口に合うかわかりませんが……』だろう」
「ちょっ、口で?! 私を『味わう』ってそのままの意味?! だ、第一あなただって、巨乳以外興味ないって言ってたでしょう!」
「開眼したと言ったはずだが? 尻も良い。そして胸も、どんな胸であっても良いものと思えるようになったのだ。そう、お前のようなまな板さえもな。全て平等に価値がある!」
「そこは差別主義者になってほしかった……!」
レミリアの嘆きも意に介さず、乳と尻を狙う悪鬼羅刹はジリジリと距離を削ってくる。
まな板と評されたレミリアだが、今やまな板の上のコイだった。全身の鱗を剥ぎ取られ美味しくいただかれてしまうのは時間の問題だった。
鉤爪の形に両手を掲げた咲入が、仁王立ちで威圧する。
「さあ、お前の乳を数えろ!」
「ひぃっ、に、二個です!」
「いけませんね。紅魔館の主としては、答え方が味気ない。そこはたとえば『ケッ、シリません』と答えていただくと、『ケツなのか、尻じゃないのか、どっちだ!』とツッコめるのです」
──「なんでウィットに富まないといけないのよ、シモの方向で!」
先ほどまでのレミリアならそう返していただろう。しかし、気配も感じさせず、突然耳元から美鈴の声でささやかれては、ギョッとして腰が抜けてしまう。何という超スピード。レミリアは改めて理解する。大魔王からは、逃げられない。
「あ、あぁ……」
「うふふ」
「ふはは」
至近の笑みに、もはやレミリアには部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備しかできなかった。
ちなみにこの後の展開を簡潔に述べておくと、彼女ら咲夜と美鈴の別人格たちはブラジャーをお尻に装着させ、
「これぞ新人類『ブラ尻アン』!」
「バストに換算すると何カップくらいでしょうかね」
「無論、Wカップだ!」
などと時事ネタを挟みつつレミリアを弄んでいたところ、ひょんなことから殺意の筋肉に目覚めたパチュリー、通称マチョリーにボコボコされ、乳と尻を凌辱された被害者はレミリア一名のみということで事なきを得ましたとさ。
おっぱいおっぱい。
いや、わからなくていいのか?
折角ダジャレが冴えてるのに恥ずかしがっている感があるように感じます
あと咲入だから搾乳したる!まではギャグでも実際出したら違ってくる気がします 規約的に
ダジャレとしたら下ネタばっかですけどホント冴えてると思います
話は勢いがあって中々良かったんだけど、これだとちょいとエロ過ぎて別の場所出した方が良かったのでは?と思いました。