蓮子がメリーの部屋に住んで丸十四日であった。蓮子にとって家に帰る必要は無かったし、学校へ行く義理もなかった。また、どっかをほっつき歩いてるのだろうと思われるだけである。
メリーは学校へ行き、何ら変わらぬ生活をしているようであるけれど、蓮子にとってそれは歯牙にもかけない話だった。実際、メリーの部屋にメリー以外が来たことは無い。ひとり鼻歌を歌っても、誰が聞くわけでもなく、換気扇の音に消えた。
部屋はカーテンを閉め、灯りを付けることもない。夕方になっても、読書灯を付ける程度である。
ページをめくったとき、メリーが帰ってきた。玄関が開く音だった。外の暗がりの明かりが明滅して廊下を照らしている光景を蓮子は描いた。
足音。
部屋の明かりが次々と付けられ、扉の隙間から光が一条、覗いてきた。すると次の瞬間には光が消え、大きくなった。扉の前にメリーが立っていた。
「おかえり、メリー」
「ただいま、蓮子」
衣装棚に持ち込まれた本が二冊、外へ飛び出した。ひどくめくれる音がした。一冊は教科書、もう一冊は新書だった。
「星を見たのよ、星を」
メリーの相づちを待たずに、蓮子は衣装棚を飛び出した。落ちた本は無造作に机に置かれた。冷蔵庫からぶどうを取り出して、皿に盛った。メリーは携帯端末を眺めていた。
「きれいな星だったんだけど、引っ張られて消えちゃったの」
メリーは蓮子から手渡されたぶどうを食べていた。丁寧に皮が剥かれている。種が入っていないぶどうであった。蓮子は皮ごと食べた。布巾で丁寧に指先を拭くと、メリーは再び携帯端末に目を落とした。二度、蓮子を見ると、小さくうなずいた。
「引っ張られたって、どこに」
「知らない。横を見たら消えていたの」
寂寞と蓮子は答えた。メリーは三粒目のぶどうを剥いていた。端末の画面が明滅していた。メリーは端末の電源を落とした。口の中に酸味が広がった。三粒目は熟していなかったらしい。手提げから出した紅茶を飲んだ。蓮子も三粒目は失敗していた。ふたりは笑った。
蓮子はエアコンの電源を入れた。メリーは扇風機を強くした。乾いた風が流れている。カーテンの外は既に真っ暗だった。時計も時刻であった。
「私は猫を見たわ。黒と茶の」
「私は茶色の猫しか見なかったけれど。そういえばスカートが汚れてるのね」
紅茶をまた含んだ。大した味はしなかったらしい。すぐに飲み込んだ。
「茶色の猫が、追いかけてきたわ。そのあとは知らない」
メリーは笑った。蓮子は言葉を濁した。
ぶどうを冷蔵庫へ戻すと、蓮子は衣装棚へ帰った。衣装棚の中は暗かった。二週間もいるから、慣れた手つきで読書灯を付ける。たやすくページをめくる。今日読んだ本は奥に積まれた。二冊詰まれている。三冊目に手を伸ばし、空を切った。早々と読書灯を切り、横になった。
思い出される。メリーが蓮子を閉じ込めたことを。夢には見ない。外では失踪扱いになっているであろうことを、蓮子は察していた。
ぶどう、桃、あるいは卵を食べた。昼間は星を見ることがたまにあるけれど、蓮子は幻想だと思っていた。メリーはほほえんでいた。十日ほど前から。蓮子はそのたびに果物を食べていた。
蓮子の瞼は閉じていた。メリーが衣装棚を開けていた。目がひどく腫れている。
「ごめんなさいね」
「謝ることはないわ。私は居心地を感じているもの」
蓮子は瞼を閉じたまま答える。でも、とか、あ、とか嗚咽が漏れている。蓮子は黙って聞いていた。また本が崩れる。蓮子は拾わない。換気扇の音が響いている。
しばらくして、メリーは水を飲んだ。
暗転。
メリーが部屋の電気を消した。蓮子の口からは吐息が漏れていた。メリーは衣装棚を閉じた。その前で静かに正座をした。わずかに床が鳴った。
懺悔の様相であった。聖壁への。にわかに雨が窓を叩いている。換気扇が音を立てて回っている。エアコンの冷気を、扇風機が混ぜている。
二つの吐息が合わさった。メリーは正座のままで。蓮子は衣装棚の中で。それぞれに寝ている。風がメリーの体をなぞっている。髪が規則的に揺れる。
朝、二人はぶどうを食べた。二粒ずつ。三粒目には手を出さなかった。メリーは大学へ出た。蓮子は衣装棚で本を読む。
「またね、メリー」
「ありがとう、蓮子」
メリーは学校へ行き、何ら変わらぬ生活をしているようであるけれど、蓮子にとってそれは歯牙にもかけない話だった。実際、メリーの部屋にメリー以外が来たことは無い。ひとり鼻歌を歌っても、誰が聞くわけでもなく、換気扇の音に消えた。
部屋はカーテンを閉め、灯りを付けることもない。夕方になっても、読書灯を付ける程度である。
ページをめくったとき、メリーが帰ってきた。玄関が開く音だった。外の暗がりの明かりが明滅して廊下を照らしている光景を蓮子は描いた。
足音。
部屋の明かりが次々と付けられ、扉の隙間から光が一条、覗いてきた。すると次の瞬間には光が消え、大きくなった。扉の前にメリーが立っていた。
「おかえり、メリー」
「ただいま、蓮子」
衣装棚に持ち込まれた本が二冊、外へ飛び出した。ひどくめくれる音がした。一冊は教科書、もう一冊は新書だった。
「星を見たのよ、星を」
メリーの相づちを待たずに、蓮子は衣装棚を飛び出した。落ちた本は無造作に机に置かれた。冷蔵庫からぶどうを取り出して、皿に盛った。メリーは携帯端末を眺めていた。
「きれいな星だったんだけど、引っ張られて消えちゃったの」
メリーは蓮子から手渡されたぶどうを食べていた。丁寧に皮が剥かれている。種が入っていないぶどうであった。蓮子は皮ごと食べた。布巾で丁寧に指先を拭くと、メリーは再び携帯端末に目を落とした。二度、蓮子を見ると、小さくうなずいた。
「引っ張られたって、どこに」
「知らない。横を見たら消えていたの」
寂寞と蓮子は答えた。メリーは三粒目のぶどうを剥いていた。端末の画面が明滅していた。メリーは端末の電源を落とした。口の中に酸味が広がった。三粒目は熟していなかったらしい。手提げから出した紅茶を飲んだ。蓮子も三粒目は失敗していた。ふたりは笑った。
蓮子はエアコンの電源を入れた。メリーは扇風機を強くした。乾いた風が流れている。カーテンの外は既に真っ暗だった。時計も時刻であった。
「私は猫を見たわ。黒と茶の」
「私は茶色の猫しか見なかったけれど。そういえばスカートが汚れてるのね」
紅茶をまた含んだ。大した味はしなかったらしい。すぐに飲み込んだ。
「茶色の猫が、追いかけてきたわ。そのあとは知らない」
メリーは笑った。蓮子は言葉を濁した。
ぶどうを冷蔵庫へ戻すと、蓮子は衣装棚へ帰った。衣装棚の中は暗かった。二週間もいるから、慣れた手つきで読書灯を付ける。たやすくページをめくる。今日読んだ本は奥に積まれた。二冊詰まれている。三冊目に手を伸ばし、空を切った。早々と読書灯を切り、横になった。
思い出される。メリーが蓮子を閉じ込めたことを。夢には見ない。外では失踪扱いになっているであろうことを、蓮子は察していた。
ぶどう、桃、あるいは卵を食べた。昼間は星を見ることがたまにあるけれど、蓮子は幻想だと思っていた。メリーはほほえんでいた。十日ほど前から。蓮子はそのたびに果物を食べていた。
蓮子の瞼は閉じていた。メリーが衣装棚を開けていた。目がひどく腫れている。
「ごめんなさいね」
「謝ることはないわ。私は居心地を感じているもの」
蓮子は瞼を閉じたまま答える。でも、とか、あ、とか嗚咽が漏れている。蓮子は黙って聞いていた。また本が崩れる。蓮子は拾わない。換気扇の音が響いている。
しばらくして、メリーは水を飲んだ。
暗転。
メリーが部屋の電気を消した。蓮子の口からは吐息が漏れていた。メリーは衣装棚を閉じた。その前で静かに正座をした。わずかに床が鳴った。
懺悔の様相であった。聖壁への。にわかに雨が窓を叩いている。換気扇が音を立てて回っている。エアコンの冷気を、扇風機が混ぜている。
二つの吐息が合わさった。メリーは正座のままで。蓮子は衣装棚の中で。それぞれに寝ている。風がメリーの体をなぞっている。髪が規則的に揺れる。
朝、二人はぶどうを食べた。二粒ずつ。三粒目には手を出さなかった。メリーは大学へ出た。蓮子は衣装棚で本を読む。
「またね、メリー」
「ありがとう、蓮子」
とはいえ、双方ともに気になる発言を多くしていて、今後、どういう形になっていくのかが楽しみです。(前回と今回のタイトルの違いの意味とかも気になるところ)
むしろそれが好きなんでどんどんやってください。
嫌いでは無いです
そしてそれを客観的な立場で表した故に、一つ一つの行動が意味深長なものに姿を変えるのだと感じました。