蓮子が鼻歌まじりにフライパンを揺すっている。じゅーじゅーと肉を焼く音。
廊下に面したせせこましいキッチンで、コンロも一口しかない。
こじんまりとした冷蔵庫に炊飯器、血まみれのシンク。
奥に見える十畳ほどの部屋は雑然としている。
「こんにちは、蓮子」
扉を開け、メリーが入ってくる。ふんわりとした夏色のワンピース。
「あら、メリー。珍しいわね、いきなり来るなんて」
フライ返し片手に、蓮子がメリーの方を向いて答える。
キャミソール一枚で、下はパンツのみという格好。ブラもつけておらず、
二つの膨らみの頂点にある突起を布越しにも視認できる。
メリーは蓮子の服装を見てしかめ面になった。
「蓮子、いくら家の中だからって、そんな格好は……」
「いいじゃない、誰も見る人いないんだから。玄関は鍵かけてるし、窓はカーテン引いてるし。……中、入って」
蓮子に促され、メリーは部屋の中に入る。
「相変わらず、汚いわねえ」
「いいのよ、あたしはどこに何があるのか、ちゃーんと分かってるんだから。変に片付けされたほうがこんがらがっちゃうわ。
ところでメリー、お昼食べた?」
「ううん、まだ」
「もうすぐできるから、まってて」
蓮子はフライパンを示すように、コンコン、と軽く叩いた。
「ありがと。頂くわ」
「美味しいわよ」
蓮子はにっこりと笑った。
メリーがちゃぶ台の上を綺麗にした後で、蓮子がてきぱきと食器を並べていく。
ご飯山盛りのお茶碗。冷たい麦茶の入ったコップ。お味噌汁はインスタントだ。
「今日のお昼は、肉もやし炒めよ」
皿をちゃぶ台の真ん中に置きながら、蓮子が言った。
「では、いただきます」
「いただきます」
蓮子とメリーは、向き合うように座る。小さく手を合わせると、箸を手にとった。
「……美味しいわね」
肉を口に運んで、驚いたようにメリーが言う。でしょ、と蓮子は得意気に言った。
「それで、メリー。今日は何のために来たの?」
箸を止めずに蓮子が訊ねる。
「ああ、そうそう。……あのね、大学で殺人が起きたらしいの」
思い出したようにメリーが言った。やはり、箸は止めない。
「怖いわね。一体誰が殺したのかしら?」
「それがね、どうも学内の人間らしいの」
「どうして?」
「死亡推定時刻が、夜の十時頃らしいの。うちの大学、九時には正門閉まるでしょ。
裏手にある通用門は十一時まで開いてるけど、あそこは関係者じゃないと通れない」
「なるほどね。……でもそれだけじゃ、あなたがわざわざここに来るほどではないわよね、
マエリベリーさん?」
蓮子が言うと、メリーはくすくすと笑った。
「ご名答。……実はね、その死体の様子が異様だったんだって」
「へえ。どんな風に?」
「うーん。死因自体は明らかなの。頸動脈をすぱっと一撃、それによる失血死。
凶器の包丁もすぐ近くで発見されたわ。でも……」
「でも?」
「その後がすごいの。殺害現場の二階から、地面に向かって死体が吊るしてあったんだって。
わざわざ足首にロープを巻き付けて」
「犬神家ごっこでもしたかったのかしら」
「それだけじゃないの。死体そのものも、ズタズタにされてたんだって。肉を削ぎ落とされて、
あちこち骨が見えるほどだったそうよ。第一発見者の警備員さんはそれを見て胃液の大洪水。
駆けつけたおまわりさんも夜食とご対面。……ね、蓮子。どう思う?」
「どうって?」
「なんで犯人はそんなことをしたのか。なぜ既に息絶えた死者にわざわざ前衛的な装飾を施したのか。
まさか、美術科の作品ってわけでもないでしょうし」
「警察は、なんて言ってるの?」
「『被害者に対する怨恨の線で捜査を進める』ですって」
「……ふん、くだらない」
蓮子が鼻を鳴らす。メリーはニヤニヤしながら、味噌汁に口をつけた。
「おや?では名探偵の蓮子さんには犯人がおわかりで?」
「簡単よ。見えてる事実をそのまま繋げればいいだけだもの」
蓮子はそう言うと、飯と味噌汁を一気に口の中に詰め込んだ。そのまま咀嚼しながら話し続ける。
「食べたかったのよ、犯人は。人間を、ね」
言い切ってから嚥下し、話の穂を継ぐ。
「わざわざ頸動脈を狙ったり、死体を吊り下げるような面倒をやったのもそのため。
血抜きをちゃんとしないと、肉が生臭くなっちゃうもの。死体がズタズタにされていたのも、
食べられそうな部位を切り取った結果。……もっとも、犯人がそういう行為に慣れていなかったから
切り口がひどい有様になってしまったけどね」
「はー、なるほどねえ……」
ひとしきり驚く仕草をしてから、メリーはまた皿の上の肉もやしを箸でつかむ。ひょい、ぱくり。
「それにしてもこのお肉、ほんとうに美味しいわねえ」
「大事に食べなさいよ。これ、天然物なんだから。安価でたくさん仕入れられたから、バイトの給料日までは
これともやしで凌ぐ予定なの」
「たっぷり脂が乗ってて、柔らかくて……。これと比べたら、合成肉なんて味のないチューインガムね」
「そういえば、メリー。一つ聞き忘れてたんだけど」
「なあに?」
「被害者。可哀想に食卓に登ることになったその人は、一体どんな見た目をしていたのかしら」
「そうねえ……」
考える格好をしながら、メリーは皿の上の肉を箸先で弄ぶ。やがて、ついっとそれを摘むと、蓮子の鼻先まで持っていった。
「身長169cm、体重90kg。丸々と太った……とてもとても美味しそうな見た目の殿方だったそうよ」
「へえ、それはそれは……」
がぷ、と目の前の肉に食らいついて蓮子が笑う。
「ぜひとも、ご相伴させていただきたいものね」
おわり
蓮子「ん?そりゃ、より知的に優れたものを食べた方が自分の能力になるからでしょ」
メリー「某博士も言ってたじゃん、好き嫌いせずに食べなさいってさ。
蓮子は小さいんだからもっと色々食べないとだよ?」
蓮子「……ひらめいた!」
メリー「えっ」
「ねね宇佐見さん、近頃見違えるほどスタイル良くなったけど、どうしたの?」
蓮子「秘訣は“大好きなものを毎日一口ずつ食べる”ことよ!」
「肉」もやし炒めでげっとなったけど、双方わかってて突き進むし……って、遠慮してないじゃん!