幻想郷の外れにして魔法の森の奥という常軌を逸した立地を誇る博麗霧雨魔法神社は、ついに十三年連続参拝者ゼロという前人未到の金字塔を打ち立てた。この輝かしい不滅の大記録は本日もなお絶賛更新中であり、周囲の木々に遮られて日光の届かぬ薄暗く湿った境内には、黙々と箒を走らせる巫女以外の何者の気配もなかった。
誰も訪れるはずのない境内を、それでも清潔に保とうとするこの巫女の行いに勤勉さを見る向きもあろうが、これは日に数度は胞子を掃除して回らねば、瞬く間に茸が旺盛に繁茂してしまう為である。おおよそこの森の茸類は性質が悪く、食用に堪えうる物はわずかである。残りの大部分ときたら、幻覚作用に始まり、動悸、息切れ、眩暈、頭痛、喉の痛み、咳、鼻水、関節痛、頻尿等の諸症状を引き起こす毒茸ばかりで、彼女にとって神社の清掃とは、吃緊の要請に基づく止むに止まれぬ生命維持活動なのであった。こうして彼女の健やかな日々の生活を献身的に支えている大きな箒は、ひとたび跨れば大空を自由に飛び回ることも可能で、彼女の大事な相棒でありトレードマークでもある。
彼女の名は、博麗霧雨・マリサ・霊夢。神に仕える身でありながら魔道に手を染めた、異端の魔法巫女である。
ひととおり境内を掃き終えた博麗霧雨・マリサ・霊夢は、紅白の大きなリボンをあしらった黒のとんがり帽子を持ち上げて額の汗をぬぐった。帽子を取るとよくわかるのだが、彼女の髪は根元に近い方は黒くつややかなストレートであるのに対し、先の方へ行くとウェーブのかかった金髪である。これは、彼女の好奇心旺盛で派手好きであるという一面が髪を脱色してパーマをかけるという行為に彼女自身を駆り立てたのだが、出不精で面倒くさがりという他の一面がそのヘアースタイルを維持する努力を放棄させた結果であった。
博麗霧雨・マリサ・霊夢の人物像は極めてユニークだ。非常に暢気でありながら活動的でもあり、他人を小馬鹿にしたような態度をとるくせにおせっかい焼きだが、内心では他者に全く興味がない。大の負けず嫌いであるが故に、人目に付かぬ所では努力をすべきだという思いはあるが、危機感はないので、結局何もしない。頭は切れる方だが春満開であり、自らの力を何かに役立てようという発想は全くない。そして、非常に強い金銭への執着があると共に、手癖が悪く盗みを働く。極めてユニークであり、同時に極めて友人にしたくない。
しかし、非行の限りを尽くして人里の大店であった実家を勘当された後、気が付いたら僻地の神社で巫女をやっていましたという彼女の波瀾万丈かつ意味不明な生い立ちを考慮すれば、そのエキセントリックな人格形成にも酌量の余地があろう。
奇異と言えば、彼女の服装もまた一風変わっている。帽子については先程述べたが、全身も同様に、赤・白・黒の三色でコーディネートされているのである。その佇まいには慶事と弔事が平行して息づいており、目にした者は「この度はお日柄も良くご愁傷様です」などと口走る羽目になる。巫女装束とも魔女装束ともつかぬ混沌とした衣服の中に、一際目立つ脇のスリット。こちらは和・洋・チラリズムの三位一体と言えよう。
つまり、全体を総括すると、凄い辺鄙な場所に凄い変人が住んでいましたということになる。凄い辺鄙な場所に普通の人が住んでいたならば気の毒だし、都会に凄い変人が住んでいると被害が大きいので、これはこれで正しい物事のあり方だと言える。
そんな博麗霧雨・マリサ・霊夢にも、燦然ときらめく存在意義があった。すなわち、彼女は異変解決、妖怪退治のスペシャリストなのである。すわ異変と来ればいざ鎌倉、彼女は持ち前の勘と嗅覚で原因を探り出し、自慢の箒で空を駆け、術と魔法で物の怪をぶちのめす。それは、幻想郷にスペルカードルールが導入された後も変わらなかった。
「へくちっ」
博麗霧雨・マリサ・霊夢の口から可愛らしいくしゃみが飛び出した。いかな変人と言えど、彼女は少女であった。
「寒い、寒すぎるわぜ」
確かに幻想郷は寒かった。今がもう五月であるのにもかかわらず、だ。労働に汗ばんだ体から容赦なく温度が失われる。油断していたらすぐに風邪をひいてしまうに違いない。こんな日々が随分と長く続いていることに、博麗霧雨・マリサ・霊夢はいい加減うんざりし始めていた。
もともと博麗霧雨魔法神社にはまともに陽が射し込むことがほとんどないのだが、ここ最近については幻想郷のいたる所においても状況にほぼ変わりはなかった。一週間も吹雪が続いたかと思えば、たまに雪が止んでも妖しい霧が空を覆って日の光を遮ってしまうのである。さぞかし日光を嫌う妖怪達は生き生きと跋扈しそうなものだが、しかし夜になっても幻想郷の空に満月が浮かぶことはなかった。月齢が満ちても月はごくわずかに欠けたままで、それは妖の者にとっては月の機能をまるで果たしていないのであった。
幻想郷の全住人は困り果てていた。そして、そもそもの住環境が劣悪な博麗霧雨・マリサ・霊夢はそれに気付くのがだいぶ遅れたのだが、今や彼女は憤懣やる方なしという表情でもって、愛用の箒に跨ってふわりと宙に浮かび上がったのであった。
「なんとなくあっちの方が怪しいから、行ってみよう!」
幻想郷を襲う未曾有の大異変に、ついに我らがアウトロースターは立ち上がる。
紅い月と舞い散る桜に彩られた永い永い夜が、今始まる――
東方三色丼 ~ Chicken, Egg, and Snow Peas.
Stage 1 白銀の蛍火夜行絵巻
凍てつく闇に震える蛍の灯りは春の訪れを告げるか?
BGM. ほおずきの郷の夜
「なんだか特別養護老人ホームの晩餐をイメージさせるBGMだわぜ」
念の為にgoogleで検索したところ、本作投稿日現在「ほおずきの郷」を称する施設はないようである。なお新潟は月岡温泉に「ほうづきの里」なるデイケアセンターを兼ねた温泉施設があるそうだが、資料によって「ほうづきの里」「ほおずきの里」「ほうずきの里」など呼称がまちまちとなっている。なかなかうかつなことも書けない恐ろしい世の中になったものだ。
しかし実際このBGMたるや悲惨なこと筆舌に尽くし難く、「仕事しろ」と散々煽られた違和感はここぞとばかりにその辣腕ぶりを見せ付けた。三曲を同時に垂れ流すだけという斬新な試みにアレンジという概念は無く、テンポ、ハーモニー、曲調のいずれを取っても見事な破綻ぶりである。もちろんこの後も全編に渡ってこの種の前衛音楽が延々と続くことは想像に難くない。
「うーさぶっ」
博麗霧雨・マリサ・霊夢の箒は糸を引くように夜空を駆けていく。山とばら撒く針だの御札だの怪しい薬品だのの準備に加え、生来のものぐささも手伝って出立する頃にはすっかり偽物の満月が浮かんでいる時刻になってしまった。
「ま、昼間に出発しても妖怪が少ないからこれでいいのよぜ」
何となく勘にしたがって飛び立っただけの博麗霧雨・マリサ・霊夢には明確な目標はなく、とりあえず現れた妖怪を片端から叩き潰していけば自ずと道は開けるに違いない、という根拠なき確固たる信念だけがあった。
果たして彼女の眼前には雲霞の如き妖精の大群が現れる。薄々お気付きのことと思われるが、従来比三倍の密度である。
しかし我らが主人公博麗霧雨・マリサ・霊夢は、臆するどころか不敵に笑みさえ浮かべ、やはり従来比三倍の弾速でもってこれを迎え撃つ。
嵐さながらに激しく飛び交う弾幕。絶え間なく降り注ぐP、点、桜。自動追尾かつ貫通という無慈悲な性能を誇る博麗霧雨・マリサ・霊夢のショットは、PowerUpの表示と共にますます縦横無尽に空間を埋め尽くす。紙人形もかくやと湧いては吹き飛ぶ妖精達は次から次へと大量の刻符を吐き出し続け、よって時刻は停滞し、そして激しい処理落ちによって進行そのものもしばしば停滞した。
「うわ、危なっ」
突如、博麗霧雨・マリサ・霊夢にとって死角となる頭上方向から、何者かが急降下ざま鋭い蹴りを見舞う。ここまでで既に二度目の発動を数える森羅結界がなければ危ういところであった。
「ちくしょう、やったな」
闖入者は流石に妖精達とは比べ物にならぬ量の弾を撒き散らして抵抗したが、三色の魔法巫女の苛烈な攻撃に耐え切れず一瞬にして敗走を余儀なくされた。
「逃げるとは怪しい奴め。ようし追いかけるわぜ」
追いかけられる方はたまらない。最早運命は決したようなものである。それでも妖精達は健気に十重二十重と博麗霧雨・マリサ・霊夢を包囲すべく殺到するが、スコアとエクステンドに貢献しただけに終わった。
「追いついたわぜ。観念しな」
哀れ顔面を蒼白にして振り返った妖怪は、”宵闇に蠢く忘れ物”の二つ名をとるルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグであった。
「”宵闇に蠢く忘れ物”……徘徊老人?」
夜毎懐中電灯を手にしては近所を捜索する「ほおずきの郷」職員の苦労が偲ばれる。
「どこを探していいかわからないわ、暗くて。でも……夜の施設裏はロマンティックね(←のんき)」
「誰が徘徊老人よ!」
ルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグは、雪女であると同時に蛍の化身でもある人食い妖怪、という複雑な出自を持つ。彼女の両親が雪女と蛍であった可能性は高いが、いったいその両者にどんなロマンスがあったのかを詮索するのは無粋というものであろう。
「ちょっとちょっとちょっと。私を徘徊老人扱いするとはいい度胸だわ。それなりの覚悟が出来てるんでしょうね!」
「誰もあんたのことって言ってないぜ」
「そーなのかー」
実際、彼女は闇と寒気と蟲を操る程度の能力という破格のスペックを備えた大妖怪である。ただ惜しむらくは、自慢の美しい蛍火はその身に纏う闇に覆い隠され、彼女の意のままに手足となって動くはずの蟲達は寒さにとても弱かった。長所同士が完璧なまでに打ち消し合う彼女の存在の哀れさ儚さは、閉店真際に流れる蛍の光を思わせる。そもそも彼女自身が寒い所は大の苦手で、顔面の蒼白さもそれに起因するものであった。
「結局徘徊老人も同然のような気がしてきたわぜ」
「さっきと言ってることが違うじゃん」
「そうだな。って、あんた誰?」
「今目の前で話してたじゃない。かわいそうに、寒さにやられたのね」
「私は普通だぜ。で、なんでそんな手広げてるのさ。邪魔なんですけど」
BGM. シルバー蠢々夜行
「『私が眠らせてあげるわ』っていってるように見える?」
「しっかりしろ、蚊取り線香で殺すぜ」
いよいよ弾幕ごっこの火蓋は切って落とされたが、ルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグの夜空に描き出す弾幕は、大玉小玉レーザーの中にカチコチに凍りついた蟲を散りばめるという甚だ陰惨なものであった。
「おいふざけんな、弾幕ごっこっていうのはもっと華麗であるべきでしょ! だいたいこのBGM名、やっぱり徘徊老人じゃないか!」
「うるさい! 私だって好きでやってんじゃないよう!」
ルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグはさめざめと涙をこぼし、それは瞬く間にきらきらと輝く氷のつぶてとなって博麗霧雨・マリサ・霊夢へと降り注いだ。
「それそれ、そういう綺麗なのを頂戴よ。よし、もっと泣かしてやろう」
悪鬼羅刹が如き宣告と共に博麗霧雨・マリサ・霊夢は高速旋回を止め、じっくりと腰を据えてルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグに集中砲火を浴びせ始める。途端に博麗霧雨・マリサ・霊夢のすぐ傍を、弾がレーザーが氷が蟲がカリカリと小気味良い音を立ててかすめ出すが、彼女は一向に意に介さない。わずかに左右にローリングするだけで全てをかわし続ける。一方、博麗霧雨・マリサ・霊夢の低速時ショットは絶大な攻撃力を誇る針とミサイルの波状攻撃であり、ルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグの体力ゲージは怒涛の勢いで削り取られた。
「あたたたた! こりゃたまらん、一枚目のスペルカードを切らせてもらおう」
「ドントウォーリー、どんと来い」
「え?」
「なんでもないわぜ、流せ流せ」
「あ、そう? じゃいくよ! 寒夜灯符『バードフライリング』!!」
ルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグの宣言と共に、忽然と屋台が現れた。雪の降りしきる寒い寒い夜道を、揺れる提灯がぽうと赤く照らす。
「からあげ~、とりのからあげはいらんかね~」
「おっちゃん、ひとつちょうだいな」
「あいよっ」
三々五々、屋台の周りに人が集まり始める。揚げたてを一口齧ると、熱々の肉汁がじゅわっと口の中に広がる。
「あちちっ」
「おっと、気いつけておくんなよ」
皆がはふはふと吐き出す湯気とこぼれる笑顔が、屋台を中心に円となる。人の輪、いや人の和が、夜の寒気をじんわりと溶かしていくようだ……
「え、違うよ!? こんなスペルじゃないよ!? 何これ!?」
狼狽するルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグを尻目に、博麗霧雨・マリサ・霊夢は輪に連なってからあげに舌鼓を打っていた。
「んまーいっ! まともな動物性たんぱく質を摂取したのは何週間ぶりかしらん」
「ちょ待てい! 何してんの? だいたいこの後出てくるはずの2ボスのキャラを色んな意味で殺しちゃってるでしょうが!」
振り返った博麗霧雨・マリサ・霊夢は、脂にぬらぬら光る唇をぬぐいもせずにニヤリと笑った。
「これぞ私のスペルカード、恋霊符『ノンディレクショナル夢想』の力!」
「『ノンディレクショナル夢想』……『無差別の妄想』ということかっ!?」
「我が限りなき肉への渇望を思い知ったか! 寒夜灯符『バードフライリング』、破れたり!!」
言い知れぬ絶望の中、大量の点と桜を散らしながら後退するルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグに、博麗霧雨・マリサ・霊夢はもぐもぐしながら執拗に追撃を浴びせた。
「食うか撃つかどっちかにしろ!」
「飲む・打つ・買うみたいね。食う・撃つ・飼う」
「飼う?」
「ちょっとツチノコをね」
「それ時系列的に紅・妖・永三部作より後では?」
「じゃあ今のなし」
「なんて無重力な奴なの」
「そらそら、言う間にもうお釣りがないわよぜ?」
無駄口を叩く間にも博麗霧雨・マリサ・霊夢は的確に標的を追い詰め、大火力で反攻を圧殺する。
「この! 二枚目のスペルカードだ!」
「ドントウォーリー、どんと来い」
「ねえそれ毎回言うの?」
「流せ流せ」
「食らえ! 冬闇蠢符『フラワーリトルバケイション』!!」
今度はおかしな屋台が現れることもなく、ルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグを中心に大量の蟲と弾が交差しながら放射状に広がる。その中を鋭い寒気が縫って走ると、軌跡から雪の結晶が大きな五枚の花弁を描くように華やかに放たれた。
「これはなかなか大したスペルね。驚いたぜ!」
「ふふ、美しいでしょ?」
「さっきの『リンガリングコールド』から『リング』だけ切り取るってのもどうかと思ったけど、『リトルバグストーム』から『リトルバ』を持って来るっつうパワーに満ちたセンスには脱帽だわな」
「驚きの源はそこ!? 頑張って可愛いスペカ名にしたかったんだからしょうがないでしょ!」
「接頭が冬闇蠢符じゃなあ」
「厳しい冬の間、暗い地面の下で草花はじっと芽を出す瞬間を待ちながら頭をもたげているのよ。やがて春が訪れ、虫達が歌い踊る中、花々は可憐に咲き誇る。そういう感じで解釈よろしく!」
「ふーん、良いこと言うじゃない。じゃ、これで冬はおしまいよぜ!」
美しき氷の花弁が博麗霧雨・マリサ・霊夢に触れる前に、エクスターミネイティヴでナパーミィなショットがルーミアレティリグル・白岩・ナイトバグの体力ゲージを削り尽くした。
「あいたー! ちくしょー」
「たーまやー」
季節外れの花火が夜空に破裂し、ちらちらと明滅する各種アイテム達の輝きは、まるで蛍の群れのようにも見えた。
「そりゃあ、夏だって恋しいけどまずは春が来ないことにはねえ。ったく、やれやれだぜ……」
人生の冬・高齢化社会の提起する様々な問題と、両親の道ならぬ恋の犠牲となった一人の少女の存在と。そんな悲哀とからあげの袋を胸に抱えたまま、博麗霧雨・マリサ・霊夢は次のステージへと進む。幻想郷を、我々を、暖かく包む春の陽射しがいつか戻ってくることを信じて……
Stage Clear
ランク甲
Stage 2 湖上の道のマヨヒガの
里への途上で突然姿を消す人間達。溺れたのか、攫われたのか、それともどこかへ迷い込んだのか。
BGM. 遠野のエルフ
「『湖上の道のマヨヒガの』、てどういうステージ名だ。柿本人麿かよ。『の』、なんなのよぜ」
博麗霧雨・マリサ・霊夢がいぶかしく思うのも無理はない。これがMicrosoft Wordであったならば三つの『の』に赤い波線を引いて激怒しているところであろうが、作者が執筆に用いているのはただのメモ帳なので問題ない。
「だいたい遠野にエルフっているのかしら?」
もし遠野にエルフがいたならば、畢竟それは天狗の類となろう。「エルフ」に「遠野の」をくっ付けるだけで消し飛ぶハイファンタジー、ようこそネイティブフェイス。「田舎のばーちゃん」と大差ない響きに、BGMも演歌調に聞こえて来るから不思議なものである。
急に荒れ狂いだした激しい吹雪に視界を遮られ、半ばヤケクソ気味に箒を駆った博麗霧雨・マリサ・霊夢がぽんと飛び出たのは、人里へと続く夜道であり、かつだだっ広い湖の上であった。
すなわちこの場合、幻想郷の人里とは湖の只中にあり、そこへ至る経路は水上を渡る一本の小道しかないという驚愕の事実が判明する。人並み外れた平衡感覚と度胸がなければ外出もままならない。もしくは今まさに宙に浮かんでいる博麗霧雨・マリサ・霊夢のように、怪しげな術だの魔法だのに手を染めて空を飛ぶという手段もあるが、いずれにしろ人外を輩出するのには適した環境と言える。人里の成立にあたり最初にこの立地条件にゴーサインを出した人物は、余程の狂人か、百歩譲って変態である。
「そりゃ私もグレるって話よ。おっと、霧だの何だのが出て来たわぜ」
何だの、の方はお約束の妖精と毛玉の大群である。視界の悪い中、とにかく動くものは無闇矢鱈と撃ちまくる博麗霧雨・マリサ・霊夢。こんな時間にうろついているのはロクな奴ではないので撃ってもよしという潔い哲学が、彼女の驀進を後押しする。
「足止めにもなりゃしない。嵩だけ割り増ししたって、質が伴ってなくちゃ」
その呟きが聞こえたかどうか定かではないが、それではご要望にお応えして、とばかりに霧の切れ間からぬっと大きな影が姿を現した。
「こ、こいつは……見越し入道!?」
「それだいぶ先の話です」
「じゃあ今のなし。で、お前はなんなのよ」
「大大大妖精です」
「大大大好物ですみたいに言われても。三倍にしちゃあでか過ぎないか?」
「妖精に大を加えて二妖精、いつもの二倍のジャンプをしながら大を加えて四妖精、さらにいつもの三倍の回転と共に大を加えて十二妖精。つまり、三の三乗で二十七倍ということです」
「前半の某ロボ超人理論関係ねーじゃねーか! こいつ、ゆで物理学すら超越しやがったわ!」
創想話的にはここから上手いことテリーマンを出す流れに持っていくのが様式美と言えるが、主に作者の怠慢によりこれを断念する。読者諸氏におかれては、お好みの箇所に適宜「俺もいるぜ!」を挿入されてお楽しみ頂きたい。
なお、弾幕ごっこについては特筆すべき部分は特になかった。大大大妖精は左右への瞬間移動という特殊能力を持つが、悲しいかな画面の横幅は従来通りの為、瞬間移動を行なってもその巨体が災いして、体の半分以上が元の位置と重なったままであった。徒に肥大化した当たり判定を抱えて、大大大妖精は一瞬の内にあえなく一回休みとなった。
「むしろこいつこそ『嵩だけ割り増し』の最たるもんだったなあ」
いっそう霧の濃くなってきた湖上。舞い飛ぶティッシュをちぎっては捨てちぎっては捨て、博麗霧雨・マリサ・霊夢は突き進む。紙資源は大切にしたいものだ。
「うーん、おかしいわぜ」
先程から博麗霧雨・マリサ・霊夢の首筋をそろそろと撫でるように燻っていた違和感は、今やはっきりとした確信に変わりつつあった。
「迷った」
眼下にはいつの間にかぽつぽつと家屋の屋根が見え出していたが、それは見知った人里の物ではなかった。
「はて、こんなところに家があったっけ? 私ってもしかして方向音痴?」
「道に迷うは、妖精の所為なの。迷い家にようこそ」
「あー?」
博麗霧雨・マリサ・霊夢の前に飛び出してきたのは、チルノミスティア・橙・ローレライ。その二つ名は、”氷精黒猫夜雀”である。
「二つ名というか、まんまじゃん」
「ほっといてよ。で、何の用?」
「毎年恒例の妖怪退治強化月間だ」
「ふざけやがって~」
「じゃぁ、略奪開始ー」
「ちょ、ちょっと待って~!」
「何?」
「ここは、私達の里よ。人間は出てってくれる?」
「あらそう? じゃ、案内して?」
「もう二度と陸には上がらせないよ!」
「あー?」
チルノミスティア・橙・ローレライは、大変危険な妖怪である。冷気を操ることにより靄を発生させる、歌声で狂わせて鳥目にする、など人間の視力を奪って道に迷わせることに特化しており、迷った人間達を迷い家に誘い込む。そうして誘い込んでおきながら、人間達を自身の縄張りである迷い家から追い出そうとする。さらには、迷い家から脱出しようとする者は容赦なく妨害する。結局何がしたいのか全くわからない、迷惑極まりない最悪な妖怪である。
「要するに、あんたすんげーバカなのな」
「それは何? 私に喧嘩を売ってるの?」
「はっはっは~。いやまぁ」
「いい? あんたなんて、今夜から……夜は英吉利牛が見えなくなるよ!!」
「何も困らない!!」
BGM. もうしか聞こえない娘(withered beef)
ゴングが鳴るや否や、チルノミスティア・橙・ローレライは、放射弾と共に標的へと頂点を向けた三角錐状の集合弾を飛ばす。大回りして回避するのも面倒、と博麗霧雨・マリサ・霊夢は三角錐の中を細かく縫うように突破しながら、チルノミスティア・橙・ローレライにしこたま針を食わせた。
「『モーしか聞こえない』て! ホントに牛見えなくなってるよ! しかも(withered beef)てやっぱBSEに感染してるじゃん!!」
「ちょっと難しくて何言ってるのかわかりません」
「バカ!!」
「言ったな! この最強スペルカードでぎったんぎったんにしてやる!」
「ドントウォーリー、どんと来い」
「え、なんて?」
「バカなのにそういうとこだけ食いつくな。流せ流せ」
「またバカって言った! 許さないんだから! 声仙符『梟の卵』!!」
博麗霧雨・マリサ・霊夢目がけて高速で飛来する、直径約五センチ、重さ五十グラム程の白色無斑の卵。
「って本物のフクロウの卵かい! 『声仙符』の『声』と『仙』はどこへ行った!」
「ちょっと難しくて何言ってるのかわかりません」
「バカ!!」
慌てて手を伸ばし、両側から挟み込むようにして衝撃を殺し、割ることなく卵を受け止める博麗霧雨・マリサ・霊夢。そっとそれを懐にしまいつつ、果たしてこの卵は有精卵であろうか無精卵であろうか、との懸念が一瞬彼女の胸をかすめるが、別にどっちでも構わないや、と考え直すあたりが魔法神社の主のたくましさであった。
「んぐぐ、やるな」
「やってないけど」
「まあ今のはほんの小手調べ、いやこてっちゃん調べよ」
「無理して上手いことを言おうとしなくていいから」
「今度こそこの最強スペルでべっこんべっこんにしてやる!」
「なんで最強スペルが何枚もあんのよ? べっこんべっこんてベコを無理にかけようとしたのか? ツッコミが忙しすぎてお約束が言えないじゃない!」
「いけっ! 氷蛾式符『飛翔アイシクル蛾』!!」
チルノミスティア・橙・ローレライは空中を素早く跳ね回りながら大量の弾幕を生成し、博麗霧雨・マリサ・霊夢を押し包むように、つららとカチコチに凍りついた蛾が迫り来る。
「また凍った蟲かよ!」
「私達の弾幕ごっこが熱く燃え上がれば、蛾達も溶け出して華麗に舞うのよ」
「いらんいらん」
取り付く島もない博麗霧雨・マリサ・霊夢の冷たい対応には氷が溶け出すはずもなく、はるか後方の湖面にちゃぽんちゃぽんと波紋を広げながら消えていく蛾達。
「あーかわいそ。蛾がかわいそうだわぜ」
「いや、私は特に蟲と関連する妖怪でもないし感傷はないかな。たまに食べるし、蛾」
「最悪だな」
この世に悪の栄えた例なし。博麗霧雨・マリサ・霊夢の義憤に満ちた正義の鉄槌は、ついに哀しきスペルを打ち破った。
「うぬぬぬ、強い」
「そんなに強さを発揮したシーンはまだないんだけど」
「まあ今のはほんの準備運動、いやウォーミングアップよ」
「言い直した意味は?」
「それでは次の最強スペルカードはこちら!」
「通販番組みたいになっちゃった」
「凍鷹天符『パーフェクトイルス鳴動』!!」
ピンポーン。玄関の呼び鈴が鳴る。
「こんにちはー。ローレライさーん。N○Kですけどー。ローレライさーん」
じっと息を潜めるチルノミスティア・橙・ローレライ。
「ローレライさーん。いますよねー? メーターぐるんぐるん回ってますけどー」
チルノミスティア・橙・ローレライの頬を冷や汗が伝う。緊張のあまり暴れようとする貧乏ゆすりの癖を必死で押さえ付けるが、腰掛けた椅子の足がぎっこぎっこと鳴っている。
「ちょっとローレライさーん? いい加減にして下さい」
ドンドンドン! ドアを激しく拳で叩く音にチルノミスティア・橙・ローレライの心臓はぎゅっと縮み上がり、膝ががくがくと震える。貧乏ゆすりはいよいよ御し難く、テーブルの上の花瓶が倒れ、食器棚のガラス戸がガタガタと音を立てて揺れ出す。
「あのー、もしもーし。ローレライさーん? テレビの音外まで漏れてるんですけど。しかもそれ、うちのチャンネルですよねー?」
『お残しは許しまへんで~!』
ハッとして顔を上げたチルノミスティア・橙・ローレライの目には、大音量と共に「忍たま○太郎」を映し出すテレビが。慌ててリモコンを取ろうとして勢い余り、テーブルをひっくり返して転倒するチルノミスティア・橙・ローレライ。
「おいローレライ! 明らかにいるだろうが! 出て来いよ!」
「い、いませんよ~。留守ですよ~」
「何かぼそい声で返事してんだよ!」
「いません!! 留守です!!」
「大声出してもだめなの! いいから受信料払って下さいよ!!」
「くっ! 我が居留守を破るとは……」
「え、何もしない内にスペル終わったー!? いったいこれのどこがパーフェクトなのぜ!?」
「え、いったいこれのどこがパーフェクトじゃないの!?」
「バカ!!」
博麗霧雨・マリサ・霊夢、チルノミスティア・橙・ローレライ、双方の顔に色濃い疲労が滲む。
「ふふふ、人間、流石のあんたもかなり追い詰められて来たようね」
「う、うん、精神的には」
「この最後のスペルでおしまいよ! ずっこんばっこんにしてやる!」
「ちょっとずっこんばっこんは響きが良くないからやめよ? あと最後のスペカだけは最強じゃないんだな!」
「じゃあ、じっちゃんばっちゃんにしてやる!」
「うん、じゃあ、もうそれでいいよ。ドントウォーリー、どんと来い」
「それなんなの?」
「流せよ! お前好きなだけボケといてここだけツッコんで来んなよ!」
「雪盲仙符『永遠のダイアモンドの歌』!!」
チルノミスティア・橙・ローレライの美しい歌声の中、博麗霧雨・マリサ・霊夢の視界は闇に閉ざされ、その闇の中を∞の字を描くように輝くダイアモンドダストが舞い、次々と襲いかかる。
「これすっごいまともじゃん! 綺麗だし結構手強いよ! 何でこれが最強スペルじゃないのよ!」
「ちょっと難しくて何言ってるのかわかりません」
「バカ!!」
ようやく攻略しがいのあるスペルに出会い、胸を弾ませて挑む博麗霧雨・マリサ・霊夢。楔弾に可動範囲を狭められたまま、狭い視界にいきなり飛び込んで来るダイアモンドダストをぎりぎりでかわす。避ける、撃つ、避ける、撃つ。カリカリカリカリと跳ね上がるグレイズ。しかし、楽しい時間はいつまでも続かない。凶悪無比な博麗霧雨・マリサ・霊夢のショットは、瞬く間に容赦なくチルノミスティア・橙・ローレライの体力を奪い去った。
「ああん、くっそ~!」
「バカは死ななきゃ治らない」
大仰な爆風が止んだ後には、謎の迷い家は消失しており、里への小道と偽者の満月を映す静かな湖面が戻っていた。この細い道の両側には、迷わされて滑落したり、迷い家から追われて突き落とされたりした里の人間達と、そして凍りついた蛾達が沈んでいるのだろうか。
「あーよく見える。人間しかいないぜ。暗くてよく見えなかったけど」
狂牛病や受信料支払拒否の提起する様々な問題と、バカに振り回され犠牲となった人々の存在と。そんな悲哀とフクロウの卵を胸に抱えたまま、博麗霧雨・マリサ・霊夢は次のステージへと進む。幻想郷を、我々を、優しく照らす満月の光に、湖に沈んだ人間がいつか浮かんでくることを信じて……
Stage Clear
ランク甲
Stage 3 紅色の人形の歴史
シャンハーイ! シャンハイ、シャンハイシャンハイ。シャシャシャ、シャンハーイ、ハーイ、チャーン!
BGM. 懐かしき東方の上海人形
「あからさまに煽り文考えるの面倒になってんでしょ! 最後チャーンとか言ってるじゃねーか!」
ちょっと難しくて何言ってるのかわかりません。
「バカ!!」
そろそろ博麗霧雨・マリサ・霊夢の眼前には、彼女の数々の非行が今もなお爪痕を残す痛々しい人里が姿を現すはずだったのだが、本来あるべき場所に里はなかった。
「これはどういうこと?」
隠遁生活の身の上とは言え、たまには生活必需品の買出しの為、里に訪れることもある。被る打撃は大きい。たじろぐ博麗霧雨・マリサ・霊夢をあざ笑うかのように、大量の雑魚が湧き出す。
「おのれ! 貴様ら、里を、人々をどこへやった? 野菜を、肉を、米を返せ!!」
博麗霧雨・マリサ・霊夢は荒れ狂う心のおもむくままにホーミングレーザーを乱射するが、敵もさるもの、易々とは落ちずに色とりどりの弾幕を暴風雨のように撃ち返して来る。
「三面になったらいきなり雑魚がめちゃくちゃ固いわぜ」
それもそのはず、実はこのステージの雑魚キャラは全て上海人形である。
「それで冒頭あんなに上海押しだったのか……」
ここに来て激烈に上昇した難易度に、初めて博麗霧雨・マリサ・霊夢は窮地に立たされた。連なる弾幕の激流に切り返すタイミングがなく、じりじりと画面左端に追い詰められる。
「う、やばっ……」
『シャンハーイ!!』
ついに一発の小玉が博麗霧雨・マリサ・霊夢の当たり判定を捉えた。鳴り響くおなじみミス時のSE。
『バンジャーイ!!』
上海人形のリトルレギオンは諸手を突き上げ勝ち鬨を唱えたが、博麗霧雨・マリサ・霊夢はまだPを撒き散らしてはいなかった。その周囲には、決死結界が展開されている。
「熨斗をつけてお返しだ! 魔神砲『ファイナル封印スパーク』!!」
『シャンハアアアアアアアアアァァァァァァイ!?』
三倍の威力と三倍の持続時間を持ち、ゲームバランスを根底から破壊し尽くす狂気のボムによって、画面上部を夥しい数で占拠して処理落ちを多発させた上海人形達は、跡形もなく消し飛んだ。
「ふう、里がなくなってて良かった。危うくまとめて灰にするとこだったわぜ」
「なくなってるわけじゃないから! 見えなくしてるだけだから! すっげ危なかったわ今の! やめて!」
慌てた様子で飛び出してきたのは、人民服とチャイナドレスを足して二で割ったような服に身を包み、分厚い本を小脇に抱え、頭に弁当箱を乗せた、異様な風体の外国人女性らしき何者かであった。
「この惨状はあんたの仕業ね? 人間と人間の里を何処にやったの?」
「お前にだけは心配面されたくないわ! ……しばらくぶりね」
「ちなみに、あなた、何者?」
「私のこと覚えてないの?」
「覚えてない(はぁと)」
「おい、明らかに覚えてるだろその旧式口調。少なくとも私の中の三分の一は覚えてるわ。もう三分の一ぐらいこの帽子を見て思い出さないか?」
「全然記憶にないな。その石頭の硬さは私のおでこが覚えてるかも知れないが」
「しっかり覚えてるんじゃない! お前の非行に苦しめられた日々、忘れはしないぞ」
「でももう三分の一は本当に覚えてないわぜ」
「うん、残りの三分の一ははじめましてなんだ」
「あ、そ。ややこしいね」
「寺子屋時代にお前を亡き者にしなかったこと、ずっと悔いていたわ。今夜とお前の存在を無かった事にしてやる!」
「えらい暴力的だな!」
「まずはこのスペルを受けてみよ!」
「ドントウォーリー、どんと来い」
「ど、ドンタコス」
「無理に合わせなくていいから! 優しいね!」
「蒼華産符『絢爛仏蘭西ピラミッド』!!」
謎の中華ブロンド弁当箱女は自身の周囲に六体の人形を配置した。人形達の展開する六芒の幾何学文様の弾幕を貫いて、女が三方向への巨大な放射弾を放つ。放射弾の内の一本は自機狙いとなっており、固定弾との兼ね合いで的確な誘導挙動が求められる。
「フランスにピラミッドはないと思うけど。歴史教師がそれでいいのか」
「私があると言えばフランスにはピラミッドがあるの。それが歴史教師だ」
「下劣な教育ポリシーねー」
長きに渡る日常生活の全てが完全にパターン化されている博麗霧雨・マリサ・霊夢にとって、この程度の弾幕のパターン構築など造作もないことであった。本来エッフェル塔があるはずの場所に突如そびえ立った幻のピラミッドは、さしたる波乱もなくあっさりと崩れ去った。
「くそ、背水の陣だ!」
「ちょっと、里を元に戻しなさい! あとエクステンドを置いていきなさい!」
「あ、はい」
女はアイテムと共に大量の上海人形を残して後退する。
『シャンハーイ!』
「くそっ、うっとうしいわぜ」
ボムの残ストックは一発。残機数は十分とは言え、今後の過酷な道のりを思えば節約したいところである。
「でもよく考えたら、これ体験版だからこの面で終わりなのよね。それ、恋霊符『マスター妙珠スパーク』!!」
『シャンンンンンンンンンンンンンンハイ!!』
「そこを伸ばす断末魔って斬新だな!」
再び夜空をまばゆく貫く閃光。収束した時には、博麗霧雨・マリサ・霊夢を阻むモノは何一つ残らなかった。
「流石にこれ以上は下がれないな」
ものの数秒の追跡の後に博麗霧雨・マリサ・霊夢が追いつくと、女はゆっくりと振り返った。
「この先に何があるって?」
「こっちには何もなくてよ?」
「あんたの背中に門が見えてるけど」
女の名は、”七色の半小娘”アリスホンケーネ・美鈴上白沢・マーガトロイド。彼女の背後におどろおどろしくその威容をのぞかせる紅魔白玉永遠ハイツの門番であると同時に、人里の守護者と、さらには寺子屋の教師を兼任するという苦労人である。アリスホンケーネ・美鈴上白沢・マーガトロイドはその殺人的というか物理的に不可能なスケジュールを消化する為に、自身の代わりをさせるべく人形を操る術を身に付けたのだと言う。
「色々言いたいことはあるけど、とりあえず『紅魔白玉永遠ハイツ』ってネーミングはどうなの? 安アパートみたいだが」
「命名会議の最終案がコーポとハイツの二択だったのよ」
「もう一つ。『ホン・メイリン』から『ホン』の方をファーストネームに持っていった理由は?」
「ミドルネームが『紅上白沢』になるとお前とキャラがかぶるだろ」
「それはしょうがないな」
「しょうがない」
「ここは人間の里だったはずでしょ? なのに、何も無いじゃない。人間達や家とかどうしたのよ!」
「どうもしてない。お前には見えないようにしてやっただけだ。私が、この不吉な夜とお前から人間を守る」
「さっきから何だ? 人を危険人物みたいに言いやがって。私は巫女をしている普通の人よ」
「危険人物だよ! 校則違反の金髪に始まり、未成年飲酒、実験に失敗して実家を吹き飛ばす、同級生の金を盗む、実験に失敗して寺子屋を吹き飛ばす、怪しげな茸を流通させて中毒者を出す、実験に失敗して里長の家を吹き飛ばす、実験に成功して里長の家を吹き飛ばす、などの非行の数々を忘れたとは言わさんぞ! あんた、どういう教育を受けたのよ」
「あんたの教育だよ、あんたの。じゃあ言わせてもらうわ。正義の味方気取りは結構だが、里の人間を悩ませている紅い霧だの、終わらない冬だのはあんたの主人の仕業じゃないのか?」
「どうやら正解のようだな」
「酷いぜ」
「中間管理職の悲哀なんだよう! お嬢様と人間の板挟みになってこっちは大変なんだ! だからせめてお前のような奴からだけでも里を守り抜いてみせるわ!」
「そんなこと言いながら、こっそり里の人間の血液をピンハネして主人に横流ししたりしてないでしょうね」
「血液をピンハネってどういうことよ。あとお嬢様が吸血鬼とかその辺の情報は製品版まで秘密だから言っちゃだめだろ」
「じゃあ今のなし」
「歴史修正しておくわ」
「それじゃ改めて。ここで成敗してくれるわ」
BGM. 明治十七年の裁判 ~ 少女弄びしプレイ
「所詮、魔法巫女は三色。その力は私の、えー、四割二分九厘にも満たない」
三面のボスともなると流石に通常弾幕も密度が濃い。博麗霧雨・マリサ・霊夢は慎重に位置取りを吟味しながら、うねって押し寄せる弾の渦をかいくぐる。
「このBGM名はなんとかならないの? なんか小児性犯罪の香りがするんだけど」
「知らん。明治の文豪は大概ロリコンよ」
「そんな歴史認識で教師が勤まるのか?」
この教師にしてこの教え子あり。師弟の愛憎入り混じった、いや憎しみ一色の激しい応酬が、冷たく澄んだ夜空を染め上げる。
「やるな! ではこのスペルはどうかしら?」
「ドントウォーリー、どんと来い」
「ど、ドン小西」
「優しさが痛い!」
「紅虹始符『和蘭の風鈴エフェメラリティ』!!」
アリスホンケーネ・美鈴上白沢・マーガトロイドが連射する七色の渦巻状の米粒弾、人形達が六方向に放つ集合弾、そして画面の両端から泡状に弾けて迫る中玉の波状攻撃が博麗霧雨・マリサ・霊夢を襲う。美しさ、難易度いずれをとっても申し分のない良スペルである。
「うお危なっ」
「オランダより渡来したギヤマン製の風鈴は美しい音色を持つが壊れやすくて儚い、ということだな」
「すごい、なんか歴史っぽいし意味も綺麗だわぜ!」
「あっはっは、そうだろうそうだろう。たっぷりと楽しむがいいわ」
「はい撃破ー」
「ああん」
スペルカードを破られたアリスホンケーネ・美鈴上白沢・マーガトロイドが吐き出した点アイテムを回収しようとして、博麗霧雨・マリサ・霊夢は画面上部へ移動し、ものの見事に通常弾幕に被弾した。
「ぴちゅーん!!」
「だっせ! 欲かいてぴちゅってやんの! マジだっせ!」
「くそ、汚ねー」
リスタートの位置とタイミングが悪く、博麗霧雨・マリサ・霊夢はさらに一ボムを消費して体勢を立て直す。
「うぬぬぬぬー、ここまでコケにされたのは二面以来よ!」
「最近だな! そら、次のスペルカード行くよ!」
「……」
「おい、どうした? ほら、あのドン何とかって奴やれよ、な?」
「優しく促すな!」
「そ、そう? いいのね? じゃあ闇彩野符『雨霧の倫敦人形クライシス』!!」
闇彩野符「雨霧の倫敦人形クライシス」は、『ですのー!』と叫びながら突進して来る倫敦人形が、悪戦苦闘しながら砂糖やハチミツをぶちまけるという、キュートでGJなスペルカードである。
「おい! さりげなく作者の過去作を宣伝してんじゃねーぞ!」
「全然さりげなくないけどね」
「なお悪いわ!」
「そんなに怒るな、私の中の三分の一とお前の中の二分の一の心温まるラブストーリーじゃないの」
「やめろおおお!! このスペカはボムで流す! 連打連打!!」
「ああん」
『ですのー!』
「あざとい叫びやめろ!」
「しょうがない、では間髪入れず最後のスペルよ!」
「……」
「……」
「無言で待つな」
「彩国終咒詛『上海風天皇の玉』!!」
「きわどい! これはきわどいぞ! それを上海風に甘くとろみを付けちゃったりして大丈夫なのか!」
「そりゃまずいわ、八尺瓊勾玉を上海風に炒めたりしちゃ」
「そうよね、勾玉の話よね! よかった!」
「良くはないでしょ、畏れ多い」
「あんたのスペルカードだよ!!」
「むしろ枕の『彩国終咒詛』に着目して欲しいところだな。つまり、彩の国が終わる呪いということね」
「埼玉に何の恨みがあんだよおおお!! くそ、もうボムがない! ボムがないぞ!!」
面倒なので描写は割愛するが、本体験版において最も美麗かつ最も難しいこのスペルを、ボム連打で切り抜けるなんてとんでもない!
「ふふふ、さあ埼玉が終わるのが先か、お前が終わるのが先か?」
「終わるのはあんたよ! 春を取り戻し、太陽を取り戻し、月を取り戻し、埼玉を守って見せるわぜ!」
博麗霧雨・マリサ・霊夢の全生涯において、これほどに全身全霊を傾けた瞬間はかつてなかった。そして、おそらくこれからも。
と思ったが、製品版にはこれ以上の阿鼻叫喚が待ち構えている可能性もなくはない。
「落ちろ! 落ちろ!」
「馬鹿な……この私が敗れるというのか……!?」
「うおおおお!! セイブ・ザ・サイタマアアアァァァ!!!」
あふれ出す光の奔流が、まるでスローモーションの映像のようにゆっくりと広がっていく。
ついに、博麗霧雨・マリサ・霊夢は、かつての師を超えた――
「ぶっちゃけ、埼玉西武ライオンズとかけた?(←ひそひそ声)」
「かけてないよ!」
「満月さえあればこんな奴には……」
「それお前の主人のせいだろ」
「中間管理職の悲哀なんだよう!」
「さぁて、道案内してもらいますよ」
「これ以上先は、無いの。体験版だから」
「まぁ、仕方ないわね」
少年非行や小児性犯罪が提起する様々な問題と、ブラック企業に酷使されあえぎ続ける外国人労働者の存在と。そんな悲哀と上海風天皇の玉を胸に抱えたまま、博麗霧雨・マリサ・霊夢は次のステージへと進む。幻想郷を、我々を、そして埼玉を、安らかな日々と恒久の平和がいつか包み込むことを信じて……
Stage Clear
ランク丙
※体験版はここまでとなっております。なお、製品版の公開時期はずーっと未定です。
斬新ですね。
原作への強烈な愛情を感じました。
でも体験版だから!体験版だからね!
老人ホームネタがことごとく続いていくのがもうたまりませんでした
笑い疲れるので3面までで本当にちょうどよかったです
でもちょっとごり押しがすぎんよー
Stage1でもう笑いどころの狙いは解るのに、投げてくる球に変化がかからないから飽きる
武士沢レシーブばりにダイジェストと年表でまとめてどうぞ
こういうのを待ってたんですよ
いろいろツッコミを書きたかったのですが圧倒的すぎて忘れてしまいました
バカ!