――0――
紐が切れた。
ある程度の覚悟はしていた。本能のまま、己の欲を抑えぬままに行動をしていたのだから、仕方なかった。それは彼女自身が認めているし、もう一度言うがある程度は覚悟していた。
その一つの事実を前に、誰も彼女を非難する事は出来ないだろう。瀟洒、と。完全で完璧と呼ばれていても彼女は人間だ。一時の快楽、欲望に負けてしまう事だってある。
常に隙を見せない生活なんて、出来はしないのだ。そもそも完全なものなんてこの世には存在しない。仮に『絶対』が存在するとすれば、それは『絶対なんて絶対有り得ない』と言う矛盾回答くらいだろう。
自室の姿見の鏡の前で、瀟洒で完璧なメイドの二つ名を持つ女性、十六夜咲夜は己の今の姿を見て短く、溜息を吐いた。
「まさか、コルセットの紐が切れるなんて……」
コルセットに使用していた丈夫なはずの皮紐が切れた。長い間使っているものだから劣化したという事も理由にはいるだろうが、溜息を吐く彼女視線の先、彼女の腹だが、そこがまるで妊娠しているかのようにぽっこりと膨らんでいた。
表面をさすさすと手で撫でても母性なんか感じないし、まして中から反応はない、何故ならこれはただの脂肪の塊でしかないのだから……。
「はぁー……………っ」
もう一度、今度は大きく溜息を吐いて眺めても、その部分の大きさは変わらない。原因は解っている。単純な食べ過ぎだ。
彼女は普段からよく食べる、最低でもご飯は茶碗三杯は毎日おかわりして食べる。だが彼女の仕事量を考えるとこれは食べ過ぎとは言えない。
彼女の仕事量は一言で言うのなら、異常だ。あまり頼りにならない妖精メイド、よくよく門を突破される門番、蔵書量の割に働き手が少ない大図書館、物をよく壊してしまう当主の妹に、我儘や無茶振りの多い当主。
それらを一挙にまとめあげて、館を取り仕切る咲夜の生活はカロリーの消費は激しい。
では何故、彼女は消費カロリーの許容量を超える程食べて太ってしまったのか? それに理由を付けるのなら、咲夜の口から出る言葉はストレスの一言に尽きる。
全てはストレスが原因なのだ! 下品だからとレミリアには決してやらせはしないが、咲夜は隠れてこっそりと食べるシチューかけご飯が大好きだ! 和と洋の融合、濃厚なホワイトソースにパンではなくご飯がどうして合うのだろう? その上にチーズをまぶしてもいい!! ホワイトソースが絡んだご飯をかっこんで食べるのがたまらなく大好きだ!!
夜中に館をこっそりと抜け出して食べるラーメンも大好きだ!! それもあっさりさっぱりとしたスープのラーメンではない。公序良俗に反したような、ギトギトで濃厚でこってりとした白濁の豚骨スープのものが大好きだ!! そのスープに普段館では食せないニンニクをこれでもか、というくらいぶち込んで食べるのが好きだ。無論、替え玉だって忘れない! 気になる臭いは、対策をバッチリしてから館に戻っているので問題ない。しかも最近寒くなってからよく夜中に行くようになり、店の主人に顔を覚えられている。
買い食いも実はしている。日用品や食材の買い出しを行ったらほぼ毎回、これまた下品な行動だということは解ってはいるが、その辺で買った肉まんやら団子やらクレープやらを片手に食べ歩きながら、里のお店を見て回るのが好きだ。顔見知りの人からたまにおまけをしてもらえたりするもするので嬉しい。
と、まぁ。こんな風に運動量を超えるエネルギー摂取をほぼ毎日行っているため太ったのだった。全て彼女の自身の責任である。ストレスが悪いとするのは彼女の現実逃避に他ならない。
でも仕方ない、人間だもの。
「運動、は普段の仕事でまかなえるとすると……」
残されているのは食事制限と言う所だろう。気が重い。今日からしばらくは大好きなご飯を我慢する事になる。他にもこっそり食べていたシチューかけご飯。卵かけごはん。ラーメン。クレープ。どら焼き。肉まん。ケーキ。チョコバナナ。カステラ。お団子。お饅頭……ets。
これらを我慢しなくてはならないのは非常に辛い。
しかし、彼女は完全で完璧な瀟洒なメイド。だらしない姿をいつまでも放置しておくことは出来ない。プライドが許さない。
「大丈夫、普段通り働いていればまたすぐに食べる事ができるようになりますわ」
わざわざ口に出したのは決意を固めるため。咲夜のダイエットの日々が始まった。
そして咲夜はもう一つ己に制約を付けた。痩せるまでコルセットの使用を禁じたのだ。そのためお腹に力を入れてないとぽっこりと膨れて若干目立ってしまうようになっていて恥ずかしかったが、それはそれ。自業自得であり常に緊張感を忘れないためとした。
それが間違いだった。
えぴそーど:きゅーいーでー 咲夜の秘密の腹事情
――1――
食事の量を少なくしてからの仕事は中々に辛いものだった。
妖精メイド達の仕事をカバーするために時間を止めて作業しているため、人一倍長い時間がかかった。中でも空腹感と戦いながらの仕事はレミリアにお茶を用意する際がもっとも苦痛だった。常に傍に控えているためレミリアが食べているお茶請けを奪いたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
しかし、それも最初の方の事だ。一週間もすればある程度身体は慣れてくる。今ではそれなりに空腹感を我慢できるようになってきていた。これなら元の体型に戻れる日もそう遠くはないかもしれない。
「さぁ、今日も頑張りましょうか」
一人呟き、咲夜は妖精メイド達の休憩所へと向かう。彼女の一日の最初の仕事である。
自由奔放でまとまりの少ない妖精メイド達に朝から指示を出す。そこから十六夜咲夜の仕事が、一日が始まる。
「入るわよ?」
咲夜は毎朝、扉の前で声をかけてノックをしてから部屋に入るようにしている。気が緩んでいる妖精メイド達に仕事が始まる事を意識させるためだ。
ただ、そうした事をしても、普段が普段のせいかなんとも緊張感のない状態の妖精メイド達が列を崩した状態で並んでいるのだが、今日はおかしかった。
「……?」
――なんだ、これは? どういう事だ?
咲夜は己の目を疑った。何故なら真っ先に目に飛び込んできたのがビシっと整列している妖精メイド達の姿だったからだ。こんな姿は初めて見る。
普段は机にトランプが散らばっていたり、寝起きなのか、顔によだれの跡がある子や髪の毛に寝癖のある子などがいるのだが、今日はそんな風に身嗜みが乱れた子もいなければ、机の上もしっかりと整頓されていた。
『おはようございますメイド長!』
そして凛としてそろった挨拶。
「お、おはよう」
普段とのギャップに思わず呆けた状態で挨拶をしてしまった。
――2――
何と言うか、まるで別人の集団のようだった。今までは注意されてから、そこで初めて(それでも渋々と言う感じに)しっかりと仕事を行うのが咲夜の知っている妖精メイド達だった。
それなのに今日の彼女達は、まるで中身が入れ替わってしまったと思える程に仕事に真摯に取り組んでいた。作業指示を出している時もお喋りをせずしっかりと聞き、丁寧に仕事に取り組んでいた。
普段はやらなかっただけなのだろう。元々館のメイドのとして招き入れている妖精達だ、外で遊んでいるだけの妖精より優秀である。つまり彼女達も、やれば出来るのだ。
一体何があって彼女達のやる気スイッチがonになったのか咲夜には解らない。
解らない、が、こうなると当初の目論見から外れてしまう。しっかり働かない彼女達の分まで自分が動くことで運動の代わりと考えていた。なのにこれでは運動にならない。かと言ってせっかく真面目に仕事をするようになったのだから『今まで通り不真面目にやりなさい!』なんて言えるわけがない。
「……変なものでも食べたのかしら?」
魔理沙辺りが持ってきた変な茸でも集団で食べたのだろうか?
原因がなんにせよ、これでは指示を出すくらいで仕事がなくなってしまった。こうなると厄介だ。普段仕事が出来てない所のサポートで忙しいのに、今日はやる事がない。それくらい完璧にメイド妖精達が働いているのだ。
しかも、やけに進んで仕事を求めてきた。咲夜が自分で行おうとしていた仕事も進んで行うものだから思いがけず手持ち無沙汰になってしまった程だった。仕事は完璧に近く、特に時を止めてまで自分が補助するほどでもない、ここまでやる事がないというのは初めてだった。
当初の予定と大きくずれてしまった。動かないと言う事はカロリーを消費出来ないと言う事だ。
「どうしましょう?」
仕事として体を動かせる事はないだろうか? 咲夜は考える。
「あ、」
数瞬の間もおかず答えは出てきた。動くにはもってこいの場所だ。あそこはいつも人手は足りないし、来る物は気にかける必要のない程度の実力から、本腰を入れなければならない相手と様々だが、もっとも体を動かす事が出来る場所だ。
咲夜は美鈴の元へ、紅魔館の門へと向かった。
◇
門の近くまで行くと、美鈴の様子がおかしいのが見て取れた。
「(寝ていない!?)」
おかしい。美鈴が寝ていない。起きている。また、予定が狂った。
当初の予定では寝ている美鈴を注意して『そんなに暇なのかしら? なんなら一日仕事を変えてみない?』とか言って、その後なんやかんや言ってしばらく門番役を買って出ようと思っていた。
屋敷内は妖精メイドが頑張っているのでやる事なくて暇だったし。
それなのに、一番最初のきっかけを作るための口実が破綻してしまった。これではどう切り出せばいいのか解らない。
「(美鈴が起きてるなんて……もしかして異変!?)」
そんな事を考えながら咲夜は門へと足を進め続けた。
「はぁ、どうするかなぁ」
「なにが?」
溜息の後続けられた言葉に思わず疑問の言葉が出てしまった。
「いえ、どうやって咲夜さんに咲夜さんっ?!」
もの凄いオーバーリアクションで驚かれた。何か、驚かせる様な事をしただろうか? 咲夜は疑問に思う。
「私に私が、え? なに?」
「ななな、なんでもないですよ?」
「なんで疑問系なのよ。変な美鈴ね」
「咲夜さんも、大人になるんですね」
まぁ、元々この館は自分以外変人の集まりと言えば変人の集まりだが、驚いたかと思えば、いきなりジロジロと人の事を眺めてはしみじみとそう言った感想を言い出すのだからいつも以上におかしいな、と咲夜は思った。
普段寝ているのに起きているのも変だ。妖精メイド達と同様に何かあったのだろうか? 拾い食いとか……。
「あら? 私はまだまだ子供だとでも言いたいの?」
「そんなことないですよ。――大人に、なったんですねぇ」
突然慈しむ様な目で見られて思わず目を逸してしまった。今日は本当に美鈴の様子がおかしい。
「咲夜さん」
「なによ? 改まって」
「一日一日を、大事にしましょうね」
その言葉でふと強く自覚する。自分は妖怪ではない、彼女達に比べれば短い時間の中でしか生きられない、と。妖怪にも寿命はある。死の概念がある。しかし人間に比べればそれは気が遠くなるほど先になる。
「……わかってるわよ。耳に痛いわね、もう」
もしかしたら美鈴は悪い夢でも見たのかもしれない、と咲夜は思う。
いつか美鈴を、パチュリーを、小悪魔を、フランドールを、部下のメイド妖精達を、そしてレミリアをおいて咲夜は先に逝く。
彼女にとってはまだ遠く、それでも屋敷の住人にとってはそう遠くない未来の話。それを夢に見て不安にでもなったのだろう。
ここの住人達は変人ばかりだが、そういう、本当は強いくせにそういう弱さを持っている辺りを咲夜はかわいいと感じる。
「さて――私もいい加減、怠けるのはやめなきゃなぁ」
ふ、と。視線を湖の方へ向けて美鈴が一歩踏み出し首の骨を鳴らした。
咲夜は気が付かなかったが、気を操る美鈴は何かを感じ取ったのだろう。鋭い視線を向けている。
「怠けてそれなの? 美鈴」
一歩前に出た背に向けて少し冗談めかして言う。実際居眠りこそ多いが美鈴は優秀な門番だ。そんな彼女が今まで手を抜いていた、とも取れる発言をしたのだ。では、本気になったのならどれほどだと言うのだ?
「あはは、耳に痛い、です」
首だけで振り向き、咲夜が先ほど行った返しと同じ返しを美鈴も笑いながら行う。
「ふーん、そう」
視線の先、咲夜にも近づいてくる者の姿が確認できた。
「魔理沙ね。ねぇ美鈴、偶には私にも運動させて――」
ちょうどいい相手だ。すばしっこい魔理沙相手ならばいい運動になる。
咲夜はそう思ったのだが、
「大丈夫です」
美鈴に手で下がるように、と歩を止められた。
「――え?」
「見ていて、下さい」
突然の行動に驚いていると、力強い言葉を言われ咲夜はそのまま下がるしかなかった。
その間にも、目の前にスピード自慢の白黒魔女が迫っている。
「今日もとおらせて貰うぜーッ!!」
自信に満ち溢れた言葉が響く。それもそのはず、ここの所美鈴が魔理沙を追い返せたことはない。
だから今日もいつも通り、自信に満ち溢れている。
だが、一つだけいつもと違う事がある。
「今日は、いえ、今日“から”はここで通行止めです」
深く重い呼吸の後、美鈴の口から出された言葉には、その言葉を事実にするような力強さが備わっていた。
「言ってろ! 魔符【スターダストレヴァリエ】!!」
挑発、と受け取ったのだろう。魔理沙がすかさずスペルカードを開放する。
スターダストレヴァリエ。数多の星屑が流星となって向かってくる美しい弾幕だ。ただ、美しいだけではなく所狭しと飛び交う流星の多さは凶悪と言えよう。
しかしそんな弾幕を美鈴は咲夜の目の前でいとも簡単に素手で全て捌いてみせた。
美鈴の見せた動きには見覚えがある。早朝彼女が門番隊と一緒にやっている……、健康体操(※太極拳)!! 動きこそそのままに、ただし速さは比べ物にならないほどのスピードで弾幕を掌で全て集めて打ち散らかしてしまった。
恐るべし健康体操(※太極拳)。あれも武術、つまりは運動だ、本格的に一度学んでみるのもいいかもしれないと咲夜は考えた。
「っと、いつになくやる気じゃねーか」
目の前で自慢のスペルをあしらわれてか、魔理沙の動きが止まる。
「やる気が出たんですよ」
「ま、どうでも良いがな。やる気が出たところで、実力差は変わらん!」
「ええ、そうですね。地力の差は何も変わらないと、思い知らせてあげましょう」
「それは、私のスペルを乗り越えてからいいな!! 恋心――」
不敵に笑い、魔理沙が構えるのは八卦炉。魔理沙の必殺の一撃と言えるマスタースパークが放たれるだろう。
それなのに美鈴に焦る様子は見受けられない。
「護るとは、そういうこと。護るとは、破られないということ。彩華――」
まるで己に言い聞かせる様な言葉。力強く、噛み締めるように口にされた言葉。美鈴の眼光に今まで以上の鋭さと力強さが宿る。
ところで私存在忘れられてないかな? 二人の会話に入り込む隙が全くなくて咲夜は少しだけ不安になる。
「――【ダブル……スパーク】!!」
八卦炉から放たれたのは極太の二条の全てを飲み込もうとする強い光。
「――【虹色太極拳】」
そして迎え撃つは七色に輝く巨大な渦。その渦が盾となって広がる。
両方とも自身を体現するかのようなスペルだ。最強の矛と最強の盾。矛盾、と諺に用いられる言葉の結果は。
「自分のスペルで、落ちなさい!」
「なに、ばかな!?」
魔理沙の驚愕する声でハッキリとした。だがこの時驚いていたのは魔理沙だけではない。咲夜も驚いていた。
「(跳ね返した!?)」
魔理沙のマスタースパークを美鈴は鏡のようにそっくりそのまま魔理沙に跳ね返したのだ。マスタースパークの威力を知っている手前、驚くなと言う方が無理だ。
流石に魔理沙も跳ね返されるなんて想定外だったのだろう。慌てて避けて箒から落ちそうになっている。
そしてそれが勝負の命運を別けた。それほどの隙を見逃す程今の美鈴は甘くはない。
マスタースパークを跳ね返した瞬間、彼女は地面を蹴っていた。
その動きの疾さはこうして蚊帳の外で見ていた咲夜でさえも視認するのが難しいほどで、必殺の一撃を跳ね返され慌てる魔理沙の目には映らなかった事だろう。
「捕まえた……!」
「ぬあっ!?」
魔理沙の頭を鷲掴みにして捕獲してこの勝負に決着がついた。
「勝ちましたよ、咲夜さん」
「美鈴……貴女」
魔理沙の頭を鷲掴みにしたまま、プラプラとさせて持って目の前に降りてくる姿見て何故か犬を連想したが、そんな事はどうでもいい。
「痛い痛い痛い! 美鈴、緩めろ! しぬ! しぬ!」
魔理沙が美鈴の手を掴みジタバタを暴れているが、万力の様にしめられた手は緩まない。
「もう。今まで手を抜いていたの?」
溜息とともに言葉を送る。まさか、これほどとは思わなかった。妖怪であるため身体能力が高いのは理解しているつもりだったのだが、まさかあの魔理沙に、ほぼなにもさせずに勝負を決めるとは思わなかった。
下手をすれば咲夜自身勝てないかもしれない、と思った程だ。
「あはは、そういう訳じゃないんですけどね。平和すぎて、覚悟が緩んでいたようです」
「握力緩めてまじで! 出ちゃうっ、中身出ちゃうから!」
徐々に口調が懇願するものに変わって来ているのだが、それでも握力は緩まない。と言うよりも美鈴は咲夜と話す方に集中していて、気が付いていないようだった。
「あーあ、もう、運動する機会へっちゃったじゃない」
せっかくいい運動が出来ると思ったのに、照れた様に頬を掻く美鈴の姿を見たら何だか気が抜けてしまった。何が原因か解らないがここまでやる気を出している美鈴に自分勝手な都合で『門番を変われ』とは言えなかった。
いつまでも子供ではないのだから、そんな恥ずかしい事言えるわけがない。
「あはは、ごめんなさい。でも自分の身体は大切にしなきゃ、だめですよ?」
「わかってるわよ。今まで大事に育てすぎたくらいなんだから」
だと言うのに、こうして美鈴は昔と同じように接してくる。いつまでも子供の時と同じ扱いだと言うのは何だか悔しく感じる。
「あ、あああ、でちゃう、でちゃうよ」
「ところで、あの、それ、そろそろ良いんじゃない?」
先ほどから無視されっぱなしで、もう軽く痙攣し始めてる魔理沙を咲夜は指差す。
「え? あっ! 忘れてた! ごごご、ごめん魔理沙! 大丈夫?!」
「ほしが、ちかちか、ああアリスいまいくよ……」
やっと気付いてもらえたのだが、何だか手遅れっぽかった。口から何か出てる。
「ちょっ、しっかり、気を確かに!」
口から魂を出しながら虚空に手を伸ばす魔理沙、それを必死に揺さぶる美鈴、その姿を見て、先程まであれほど凛としていたのに一瞬でこんな姿になるのだから思わず笑ってしまう。
浮かんでいこうとする魂を鷲掴みにし、出てきた口からねじ込もうとしながら咲夜を見て美鈴も笑った。
――3――
さて、と。咲夜は考える。屋敷の仕事も特に必要なく、門番の仕事もない。となると残る仕事らしい仕事は大図書館の整理と言う所だろう。
蔵書量が多く、今尚増え続ける本の整理はなかなかに重労働なはずだ。ここでしっかりと仕事が出来れば運動量としては申し分ないはずだ。
「小悪魔も前に人手が足りない、って言っていたし……。よし、決まりね」
そうと決まれば善は急げだ。図書館にお茶を運ぼうとしていた妖精メイドに声をかけティーセットを受け取り、咲夜は図書館へと急いだ。
◇
図書館に到着すると、パチュリーと小悪魔が何かの本を熱心に読んでいるようだった。
どんな本を読んでいるのか気になったが、あの二人のことだから自分では理解出来ない知識の類の本を読んでいるだろう、と咲夜は思う。知識が違い過ぎるのだ。
実際、過去に咲夜の時間停止能力についていろいろと聞かれた事があった。
曰く、『時間停止なんて高等な魔術師が入念な下準備を長年行ってそれでも成功するか解らない超高等術をなんのリスクも無しに使えるはずがない!』と息巻いていろいろと質問された。
だが、現在もだが、当時の咲夜にはその質問には答えらなかった。畑違いの知識であったし、何より本当に『なんとなく』の感覚で最初から出来た能力だったので答えようがなかった。
納得のいく返答が得られず半ば発狂気味に問い詰めるパチュリーの後頭部を小悪魔が広辞苑で殴りつけ、気を失わせる事でその場は収まったが、今思い出してアレは怖かった。
何が怖いって、助けてくれた小悪魔がなんのためらいもなく鈍器みたいな本で自分の主を殴って気絶させてニコリと笑って『大丈夫ですか?』と聞いてきた事だ、本能的に逆らってはいけないと感じた。
今回もまた、自分には理解出来ないだろう、と判断して、お茶の準備を行って時間停止を解除して、声をかけた。
「お二人で熱心に、なんの本を読まれているのですか?」
目の前にいきなりお茶の準備が出来ていて、またいきなり声をかけられた事になるわけだがパチュリーも小悪魔も慣れたもので動じる事はない。
「ふふ、将来のための本、かしら。ね? 小悪魔」
「ええそうです。明るい未来計画というやつですよ。咲夜さん」
ふふ、と優しく微笑む二人に何を言っているのだろう? と流石に気になり咲夜は時間を止めてパチュリーが読んでいる本とその横に積まれている本のタイトルを確認した。
「えーと……『初めての子育て』『子供が出来てからやること』『素敵なキラキラネーム』『子供のしつけ方』『たまごくらぶひよこくらぶひふうくらぶ』?」
と子育て関係を思われる本の一番上に置いてある『楽しいホムンクルス』。
「(何を作り出そうとしているのだろう?)」
咲夜は不安になる。防衛のためという名目で以前パチュリーは幻想郷の住人そっくりなゴーレムを作り出したりしていた。だが畑違いではあるもののホムンクルスがどういうものかくらいなら咲夜も知っていた。
人体錬成、賢者の石を持っているパチュリーならその頂きにたどり着ける可能性は高い、しかし失敗をしたら……。
そこで咲夜はハッとする。
「(もしかしてパチュリー様のお体が弱い原因は……、持って行かれて)」
そして今、子育て関連の本を用意して勉強している理由はもしかすると……。そう思えば小悪魔が突然言った『明るい未来計画』と言う言葉もしっくりときた。
おめでとうございます、と言うべきか、それとも神の意思に反逆する行為を止めるべきか、悪魔の館であるから前者が正しい姿だろう。しかし、生み出されるのは本当にパチュリーが望む『モノ』なのだろうか? 賢者の石を保有している、そしてパチュリー程の術者なら可能性は高いだろうが、きっと絶対ではない。
咲夜にはどう答えるべきか答えが見つけられなかった。
「そうですか……。では、紅茶のお代わりでも」
だからただ、短くそう答えておいた。
いつも通り、平静を装っていればいい。自分が口出しするべき事ではない。咲夜は自分の中でそう結論して中身の少なくなったカップにお茶を注ぎ込もうと手を伸ばしたが、やはり心の中にどこか動揺が生まれていたのだろう。
うっかり積んであった本を崩してしまった。こんなミスは普段は有り得ない、時間を止める事さえ忘れて落ちるのを見届けてしまった。
慌てて本を拾い集めようとするが、
「いいわ」
パチュリーに声で制された。
そして、彼女はそのまま椅子から立ちがあり、落ちた本へと手を伸ばした。
「ぱ、パチュリー様?」
『動かない大図書館』の二つ名は伊達ではない、普段のパチュリーは本当に動かないのだ。ずっと椅子に座って本を読んでいて周囲のことは小悪魔が全てカバーする。それが彼女の日常であったのに、今彼女は自分の意思で椅子から離れ本に手を伸ばしたのだ。
驚かずにはいられない。
「私だって持てるように鍛えているのよ? まだまだ、咲夜には負けないわ」
ニコリと笑いパチュリーは集めた本を拾い上げた。声に余裕は感じるのだが、
「そう、でしたか……」
よく見ると本を持つ手はプルプルと震えていた。流石は紫もやしの異名も持っているだけはある。見ているだけでハラハラして思わず緊張する。
ただ、何を強がっているのか解らないが、こちらを見てニコリと笑い続ける(小悪魔も助ける事なく何故か横で微笑んでいる)姿を見ると、何か余計な事は言わない方がいい気がしてきたので、当初の目的通り黙って紅茶を淹れ直した。
どうにもここにも仕事がなかったようなのでそのまま下がる事にした、図書館を後にしようとした背後で二人が何か笑っているようだったがあの二人の考えはさっぱり解らない。問題ごとを起こさなければと切に願う。
――4――
さて、ここまで来ると困ったものである。あとやる事と言えばレミリアへのいつも通りの給仕の仕事くらいしか残っていない。
「他に残っている仕事は……ん?」
悩んでいると困った顔をした妖精メイドの姿が目に映った。
「どうかしたの?」
咲夜の問い掛けに妖精メイドの体がビクッと跳ねる、そして彼女は少し目尻に涙を溜めて、
「メ、メイド長~」
情けない声で説明しだした。
話を聞くに妹様の元におやつを運ぶ途中だったのだが、いざ直前で怖くなってしまいどうすれば機嫌を損なわないで対応出来るか悩んでいたようだった。
別にいつも通りやればいいだけである。逆に怖がってしまうからそれが向こうにも伝わり機嫌を損ねてしまうのだ。
「わかったわ。私に任せなさい」
「へ、で、でももしもメイド長の身に何かあったら私は……」
何を今更不安がるというのか? 今日は別として、今まで普通にやってきたというのに、とやけに狼狽える妖精メイドに咲夜は思う。
「任せなさい」
そこまで言うと妖精メイドも諦めたのか引き下がった。
ただ、背後から『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』と聞こえてくるのは正直怖かった。
◇
メイド妖精の仕事をもらいこうしてフランドールの部屋の前まできたが、やはり少し緊張する。恐怖を感じるな、と先ほどは思ったがどうしても体が強張ってしまうのは人間の、弱い生き物の本能からだろう。
心を落ち着けるため深い深呼吸を一つ、切り替えろ。ここにいるのは弱く、恐怖に怯える餌ではない。紅魔館の一切を仕切り、彼女達へ忠誠を誓ったメイド長。主人達に恐怖など感じるはずはない。
言い聞かせ、肩から力が抜けたところで静かにノックをし、扉を開ける。
「妹様、おやつの時間ですよ」
部屋へ入るとベッドの上で座りながら人形を抱きしめているフランドールと目が合った。こうして見ると本当に普通の女の子にしか見えない。
「妹様? どうされました?」
「ねぇ、咲夜」
視線をこちらに向けたまま一言も発さないので問いかけると
「――お腹、触ってみても良い?」
「――――――――――えっ……?」
衝撃が走った。
何故だ。何故いまお腹なのだ!? もしやと思ったがやはりコルセットがないから目立っているのだろうか? 誰からもツッコミがなかったから安心していたというのに、もしかすると皆気を使って何も言わなかっただけなのだろうか!?
嫌な汗が背中を流れるがその事を表には出さない。が、内心ではかなり動揺していた。
「だめ、かな?」
不安そうなフランの声に咲夜はハッとする。何も言わずに固まっていたせいだろう、何かを諦めるような若干涙を目に浮かべたような顔をフランドールはしている。
「えっと、そうですね、うーん……」
正直嫌だ。こんな油断で付いた脂肪たっぷりのお腹を触られるなんて嫌だ。自分が悪いのだが仮にも完全で瀟洒なメイドを名乗っている以上はそれだけは避けたかった。
「だめ、だよね」
だが、その顔は卑怯だ!!
自嘲的な笑みを浮かべて、『私みたいなのが触っちゃダメだよね?』みたいな顔をされたら……、その顔は卑怯だ!!
「――――――――いいえ、妹様」
「ぇ」
だから、覚悟を決めた。正直、彼女が何を考え何を思っているのか解らない。だが、何かを知るきっかけを探しているのかもしれない。
そう考えれば、安いものだ。……脂肪の塊から何を知ろうとしているのかは皆目検討もつかないが。
ともかく、いきなり触られるくらいなら自分のタイミングで触られた方がいいので、右手を取ってお腹の、若干脂肪分の薄い部分にあてがった。
いきなり手を引かれたからだろう、引き戻そうとしたので構わず引っ張って押し付ける、手が触れたら落ち着いたのかそのままお腹に抱きついてきた。
これは予想外だ!!
「あったかい。鼓動は、聞こえないんだね」
ほぅ、と。柔らかいため息のあとに呟かれた言葉。
「ええ、そこからでは響きませんわ」
「そっ、か」
そう、響くはずがない、そこは脂肪の壁なのだから心臓からも離れた位置なのだから、響かないのだ!!
そんなことより、ちょっとこの状況はまずい。思ったより脂肪で膨らんだお腹に抱きつかれさすられるのは思いのほか破壊力が高い、恥ずかしい!!
触れられている所から何と言うか、意識してしまう。ちょっと前までの引き締まった体でなら特にこんな気持ちにならなかっただろうに……。
何時までこうされているのだろう!? なんだろう、人形との抱き心地でも比べられているのだろうか!?
五分ほどそうしていただろうか、フランドールがゆっくりと顔を上げた。
「ねぇ、咲夜」
「なんでしょうか? 妹様」
「わたし、護れるひとになるよ」
いったい何を感じ取ったのだろう? 解らないが壊すばかりのフランドールの口から護るという言葉が出てきた事に驚いた。
これならば腹を揉まれたりさすられたりしたのも、まぁ、良かったのかもしれない。
「そう、ですか。畏まりました。不肖咲夜、全力でご支援させていただきます」
「うんっ。ありがとう――咲夜」
返ってきた笑みは柔らかなものだった、そうまるで今の私のお腹のように。
咲夜も努めて柔らかな笑みを返した、自身の腹のように。
――5――
今日は本当におかしな事ばかりだ、と咲夜は思う。
主人の気まぐれは今に始まった事ではない、だが突然『今日は私が自分で紅茶を淹れるわ』なんて言われたら何事かと驚く。
「思えば、咲夜に紅茶の淹れ方を教えたのもこんな夜だったわね」
レミリアは咲夜を見ずに、ほう、と。ため息を吐き出し、しみじみを月を眺めながら呟く。
「そうでしたか? 覚えていませんわ、お嬢様」
「ふふ、失敗ばかりしていたものね。忘れたいのも無理はない」
「……そんなことも、ありましたね」
失敗ばかり、確かにその言葉の通り、この館の住人になった当初は失敗ばかりだった。今までとまったく違う生き方を始めたのだから当たり前でもある。
ちなみに、レミリアは自分が淹れた紅茶を『アールグレイ』だと思い込んでいるが実は咲夜が少し悪戯心で入れ替えた『アッサム』である。香りを確認し、口にしたのにも関わらず気付いていないので咲夜は明日からの茶葉のランクを一つ下げる事を心に決めていた。どこででも節約は必要である。
「咲夜」
「いかがされました?」
「ちょっと、こっちに来て。そう、私の目の前」
咲夜は突然名前を呼ばれて内心驚いていた。よもや自分の考えていた事が読まれたのだろうか?
少し緊張しながら言われた通りにレミリアの前まで歩を進めた咲夜。
そして、くすりと笑うレミリアの口から出てきた言葉は咲夜の予想した答えとは違う言葉だった。
「お腹、触ってもいいかしら?」
――またか。
何なんだ? 吸血鬼ってやつらはお腹フェチなのか? 柔らかな腹を揉みたくなる種族なのか!?
「…………………………妹様と、同じことをおっしゃるのですね」
「だめなの?」
「いいえ。咲夜は、覚悟を決めております」
「なによそれ。乱暴になんて、するはずないじゃない」
当たり前だ。もしも乱暴に揉まれたりしたら流石にレミリアと相手と言えど、咲夜も条件反射で銀のナイフを脳天に柄まで深々と刺さないという保証はできない。
だから思わず身構えて右手にはナイフを密かに握り締めていたのだが、言葉通り、レミリアは優しく、愛おしげな笑みを浮かべて腹を撫でてきた。
「結婚は、望まないのかしら?」
「…………相手が、おりませんわ」
突然の脈絡のない質問にそう答えておく。
きっとこの館にいる限り婿入りしてくるなんて変わり者は表れないだろうし、仮に嫁入りしたらしたでこの館を離れるのは難しいだろう。
「本当に、いいの? 貴方が望むのなら、手を貸してもいいのよ?」
やけに食い下がってくるのは、いつか自分の手元を離れてしまうのを恐れているのかもしれない、なら咲夜の答えは決まっている。
「はい。それに、私の伴侶は仕事ですわ」
本音半分、冗談半分の回答だ。結婚と言うものに憧れがまったくないと言えば嘘になる。それでも奇行こそ多いものの、咲夜はここの住人をここでの生活を気に入っている。
ちなみに、レミリアの手は今も止まることなく腹を撫でて揉み続けている。くすぐったい。
「そう……そうまで言うのなら、もう言わない。ただし、幸せをあきらめることだけは、許さないわよ?」
咲夜の言葉にレミリアは一瞬顔を歪めたが、本当に一瞬のことで、何事もなかったかのように言葉を紡ぎ直した。
「お嬢様に拾われて以来、不幸だと感じたことなどありませんわ」
これは心からの本心。
「ふふ、そう、ならいいわ」
この話はこれでおしまい。そういう様に主人の空いたカップに今度は咲夜が紅茶を注ぐ、アールグレイと偽ったアッサムを。
そしてやはりその事に気付くことなくレミリアは紅茶を口にする。
「仕事に戻っていいわよ。ただし、無茶はしないこと。おとなしく仕事するのよ」
レミリアからの言葉の意図を咲夜迷う。
普段から騒がしくなんて仕事はしてない。騒がしいのは妖精メイドくらいなもので……、とそこまで考えハッとする。
「お嬢様……………………極力、努力いたしますわ」
これはアレだ。遠まわしな痩せろという意味だ。おそらくだが、吸血鬼……、コウモリは聴覚の優れた生き物と聞く。ならばもしかすると体重変化にともなう足音の違いをうるさいと感じているのかもしれない。
だからフランドールもレミリアも腹を触ってきたのだろう。遠まわしにうるさいから痩せろ、と言ってきたのだ……。
その事に気付きハラハラと咲夜は内心で涙を流す、だが決してそれは顔に出さない、部屋をあとにして、廊下に出てからだ……。
努めていつも以上に静かに戸を閉める。
「(……早く痩せよう)」
咲夜は決意を強めた。
――6――
やれば出来るものである。人間その気になれば痩せる事は容易なのだ。
痩せてからもそれなりに食事制限は続けている。以前のような暴食はしていない、と言うか部下たちがあの日以来よく働いてくれているのでストレスが溜まるような事がないので自然と食は細まった。
だから今もこうして、屋敷の中の仕事じゃなく、紅魔館の裏手の花壇の水やりという簡単な仕事を行っている。
これならばあともう少しで理想体型に戻す事ができるだろう。
だが、正直な意見を言えば少し退屈だ。皆が皆自分を頼る事がなくなるというのは存外寂しいものだった。
おかげでダイエットは捗っているが、それでも寂しいものは寂しい、何だか自分がもう必要ないと言われているような気分だった。
「咲夜?」
「お嬢様? どうか、されましたか?」
日中だと言うのに日傘も持たずに外に出てくるとはよほど慌てるような事でもあったのだろう。そう思いながら咲夜は日傘で日光からレミリアを守る。
「なにか、隠していることはない?」
「ありませんよ?」
質問の意図がよく解らなかった。何か隠すような事なんてしていない。
もし何かしら起きた変化を強いて言うなら、ダイエットに成功してお腹周りがスッキリした事くらいだろうか。
「私はね、咲夜。主従である前に、あなたの家族だと思っているわ。パチェも美鈴もフランも小悪魔もみんなそう。紅魔館という、ひとつの家族」
「お嬢様……?」
「だから、自分だけで解決しようとしないで。嬉しかったことも悲しかったことも、本当に辛くてどうしようもないことも、私は聞きたい。家族のことを、聞いていたい」
何だか知らないが話が大事になっている気がした。
「甘えなさい、咲夜。それとも、私じゃ不足かしら?」
ああ、そうか……。咲夜は理解する。
レミリアはしっかりと見ていたという事なのだろう。嬉しさから思わず抱きしめていた。
「最近、仕事が少なくなって、なんとなく寂しくなってしまったのです。前は皆様、もっとのんびりとされていて走り回ってばかりだったのに、気が付けば自分のことは自分でされるようになられていました。運動できないから、気にしていたお腹周りだって増える一方だし、ダイエットも成功しないし」
全てはレミリアからの指示だったのだろう。いつまでも油断したままのお腹を見て、自分がダイエットに集中できるように働きかけていてくれたのだろう。
「変に苛立って、でも誰かの手をそんなことで煩わせたくなくて、余った体力をダイエットに充てて痩せてみて、でも、状況は何も変わっていなくて」
咲夜は膝を折り、視線をレミリアに合わせる。
「お嬢様、私は、必要ありませんか? お嬢様のお役に、立てていませんか?」
多分、と言うよりも確実にレミリアは『そんなことはない』と言ってくれる事を確信しての問だった。
少しでも抱いてしまった不安な気持ちを拭い去りたかった。
「そんなことないわ。でもあなたはいつも余計なものまで抱え込んでしまうから、少し休ませてあげたかっただけ」
「お嬢、様」
レミリアは、咲夜を抱きしめる。
ああ、これほど幸せなこともない。
主人に愛されているという何よりの証だ。
「さ、咲夜」
「はい……なんでしょうか? お嬢様」
「貴方、さ……その、えと………………太った?」
レミリアの言葉に、咲夜は首をかしげる。何を今更と思う。
レミリアの働きかけのおかげで確実に痩せてきているので感謝している。
「え、ええ、ですから先ほど申し上げたように、痩せたのですが……お嬢様?」
鼻先同士がくっつきそうな程間近で、目に見えてレミリアの様子がおかしかった。
元々白い顔色からはさらに血の気が引いていて、何だか若干引くレベルの汗を浮かべていた。
「咲夜」
その声はどこか震えているような、怯えているような響きだった。
「なんでしょうか?」
「私、みんなに謝らなければならないことがあるのよ」
「お嬢様が、ですか?」
「ええ、そう。だからお願い、一緒に謝ってくれないかしら?」
「他ならぬお嬢様のお願いでしたら、なんなりと」
「あのね、咲夜。実は――」
咲夜の言葉にレミリアは乾いた笑いを浮かべながら吹っ切れたように言葉を紡ぎ始める。
よく晴れた日。
今日も時間は騒がしくものんびりと過ぎていく。
そんな幻想郷の端っこで、一人の少女の叫び声が、青い空に響き渡った。
――了――
紐が切れた。
ある程度の覚悟はしていた。本能のまま、己の欲を抑えぬままに行動をしていたのだから、仕方なかった。それは彼女自身が認めているし、もう一度言うがある程度は覚悟していた。
その一つの事実を前に、誰も彼女を非難する事は出来ないだろう。瀟洒、と。完全で完璧と呼ばれていても彼女は人間だ。一時の快楽、欲望に負けてしまう事だってある。
常に隙を見せない生活なんて、出来はしないのだ。そもそも完全なものなんてこの世には存在しない。仮に『絶対』が存在するとすれば、それは『絶対なんて絶対有り得ない』と言う矛盾回答くらいだろう。
自室の姿見の鏡の前で、瀟洒で完璧なメイドの二つ名を持つ女性、十六夜咲夜は己の今の姿を見て短く、溜息を吐いた。
「まさか、コルセットの紐が切れるなんて……」
コルセットに使用していた丈夫なはずの皮紐が切れた。長い間使っているものだから劣化したという事も理由にはいるだろうが、溜息を吐く彼女視線の先、彼女の腹だが、そこがまるで妊娠しているかのようにぽっこりと膨らんでいた。
表面をさすさすと手で撫でても母性なんか感じないし、まして中から反応はない、何故ならこれはただの脂肪の塊でしかないのだから……。
「はぁー……………っ」
もう一度、今度は大きく溜息を吐いて眺めても、その部分の大きさは変わらない。原因は解っている。単純な食べ過ぎだ。
彼女は普段からよく食べる、最低でもご飯は茶碗三杯は毎日おかわりして食べる。だが彼女の仕事量を考えるとこれは食べ過ぎとは言えない。
彼女の仕事量は一言で言うのなら、異常だ。あまり頼りにならない妖精メイド、よくよく門を突破される門番、蔵書量の割に働き手が少ない大図書館、物をよく壊してしまう当主の妹に、我儘や無茶振りの多い当主。
それらを一挙にまとめあげて、館を取り仕切る咲夜の生活はカロリーの消費は激しい。
では何故、彼女は消費カロリーの許容量を超える程食べて太ってしまったのか? それに理由を付けるのなら、咲夜の口から出る言葉はストレスの一言に尽きる。
全てはストレスが原因なのだ! 下品だからとレミリアには決してやらせはしないが、咲夜は隠れてこっそりと食べるシチューかけご飯が大好きだ! 和と洋の融合、濃厚なホワイトソースにパンではなくご飯がどうして合うのだろう? その上にチーズをまぶしてもいい!! ホワイトソースが絡んだご飯をかっこんで食べるのがたまらなく大好きだ!!
夜中に館をこっそりと抜け出して食べるラーメンも大好きだ!! それもあっさりさっぱりとしたスープのラーメンではない。公序良俗に反したような、ギトギトで濃厚でこってりとした白濁の豚骨スープのものが大好きだ!! そのスープに普段館では食せないニンニクをこれでもか、というくらいぶち込んで食べるのが好きだ。無論、替え玉だって忘れない! 気になる臭いは、対策をバッチリしてから館に戻っているので問題ない。しかも最近寒くなってからよく夜中に行くようになり、店の主人に顔を覚えられている。
買い食いも実はしている。日用品や食材の買い出しを行ったらほぼ毎回、これまた下品な行動だということは解ってはいるが、その辺で買った肉まんやら団子やらクレープやらを片手に食べ歩きながら、里のお店を見て回るのが好きだ。顔見知りの人からたまにおまけをしてもらえたりするもするので嬉しい。
と、まぁ。こんな風に運動量を超えるエネルギー摂取をほぼ毎日行っているため太ったのだった。全て彼女の自身の責任である。ストレスが悪いとするのは彼女の現実逃避に他ならない。
でも仕方ない、人間だもの。
「運動、は普段の仕事でまかなえるとすると……」
残されているのは食事制限と言う所だろう。気が重い。今日からしばらくは大好きなご飯を我慢する事になる。他にもこっそり食べていたシチューかけご飯。卵かけごはん。ラーメン。クレープ。どら焼き。肉まん。ケーキ。チョコバナナ。カステラ。お団子。お饅頭……ets。
これらを我慢しなくてはならないのは非常に辛い。
しかし、彼女は完全で完璧な瀟洒なメイド。だらしない姿をいつまでも放置しておくことは出来ない。プライドが許さない。
「大丈夫、普段通り働いていればまたすぐに食べる事ができるようになりますわ」
わざわざ口に出したのは決意を固めるため。咲夜のダイエットの日々が始まった。
そして咲夜はもう一つ己に制約を付けた。痩せるまでコルセットの使用を禁じたのだ。そのためお腹に力を入れてないとぽっこりと膨れて若干目立ってしまうようになっていて恥ずかしかったが、それはそれ。自業自得であり常に緊張感を忘れないためとした。
それが間違いだった。
えぴそーど:きゅーいーでー 咲夜の秘密の腹事情
――1――
食事の量を少なくしてからの仕事は中々に辛いものだった。
妖精メイド達の仕事をカバーするために時間を止めて作業しているため、人一倍長い時間がかかった。中でも空腹感と戦いながらの仕事はレミリアにお茶を用意する際がもっとも苦痛だった。常に傍に控えているためレミリアが食べているお茶請けを奪いたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
しかし、それも最初の方の事だ。一週間もすればある程度身体は慣れてくる。今ではそれなりに空腹感を我慢できるようになってきていた。これなら元の体型に戻れる日もそう遠くはないかもしれない。
「さぁ、今日も頑張りましょうか」
一人呟き、咲夜は妖精メイド達の休憩所へと向かう。彼女の一日の最初の仕事である。
自由奔放でまとまりの少ない妖精メイド達に朝から指示を出す。そこから十六夜咲夜の仕事が、一日が始まる。
「入るわよ?」
咲夜は毎朝、扉の前で声をかけてノックをしてから部屋に入るようにしている。気が緩んでいる妖精メイド達に仕事が始まる事を意識させるためだ。
ただ、そうした事をしても、普段が普段のせいかなんとも緊張感のない状態の妖精メイド達が列を崩した状態で並んでいるのだが、今日はおかしかった。
「……?」
――なんだ、これは? どういう事だ?
咲夜は己の目を疑った。何故なら真っ先に目に飛び込んできたのがビシっと整列している妖精メイド達の姿だったからだ。こんな姿は初めて見る。
普段は机にトランプが散らばっていたり、寝起きなのか、顔によだれの跡がある子や髪の毛に寝癖のある子などがいるのだが、今日はそんな風に身嗜みが乱れた子もいなければ、机の上もしっかりと整頓されていた。
『おはようございますメイド長!』
そして凛としてそろった挨拶。
「お、おはよう」
普段とのギャップに思わず呆けた状態で挨拶をしてしまった。
――2――
何と言うか、まるで別人の集団のようだった。今までは注意されてから、そこで初めて(それでも渋々と言う感じに)しっかりと仕事を行うのが咲夜の知っている妖精メイド達だった。
それなのに今日の彼女達は、まるで中身が入れ替わってしまったと思える程に仕事に真摯に取り組んでいた。作業指示を出している時もお喋りをせずしっかりと聞き、丁寧に仕事に取り組んでいた。
普段はやらなかっただけなのだろう。元々館のメイドのとして招き入れている妖精達だ、外で遊んでいるだけの妖精より優秀である。つまり彼女達も、やれば出来るのだ。
一体何があって彼女達のやる気スイッチがonになったのか咲夜には解らない。
解らない、が、こうなると当初の目論見から外れてしまう。しっかり働かない彼女達の分まで自分が動くことで運動の代わりと考えていた。なのにこれでは運動にならない。かと言ってせっかく真面目に仕事をするようになったのだから『今まで通り不真面目にやりなさい!』なんて言えるわけがない。
「……変なものでも食べたのかしら?」
魔理沙辺りが持ってきた変な茸でも集団で食べたのだろうか?
原因がなんにせよ、これでは指示を出すくらいで仕事がなくなってしまった。こうなると厄介だ。普段仕事が出来てない所のサポートで忙しいのに、今日はやる事がない。それくらい完璧にメイド妖精達が働いているのだ。
しかも、やけに進んで仕事を求めてきた。咲夜が自分で行おうとしていた仕事も進んで行うものだから思いがけず手持ち無沙汰になってしまった程だった。仕事は完璧に近く、特に時を止めてまで自分が補助するほどでもない、ここまでやる事がないというのは初めてだった。
当初の予定と大きくずれてしまった。動かないと言う事はカロリーを消費出来ないと言う事だ。
「どうしましょう?」
仕事として体を動かせる事はないだろうか? 咲夜は考える。
「あ、」
数瞬の間もおかず答えは出てきた。動くにはもってこいの場所だ。あそこはいつも人手は足りないし、来る物は気にかける必要のない程度の実力から、本腰を入れなければならない相手と様々だが、もっとも体を動かす事が出来る場所だ。
咲夜は美鈴の元へ、紅魔館の門へと向かった。
◇
門の近くまで行くと、美鈴の様子がおかしいのが見て取れた。
「(寝ていない!?)」
おかしい。美鈴が寝ていない。起きている。また、予定が狂った。
当初の予定では寝ている美鈴を注意して『そんなに暇なのかしら? なんなら一日仕事を変えてみない?』とか言って、その後なんやかんや言ってしばらく門番役を買って出ようと思っていた。
屋敷内は妖精メイドが頑張っているのでやる事なくて暇だったし。
それなのに、一番最初のきっかけを作るための口実が破綻してしまった。これではどう切り出せばいいのか解らない。
「(美鈴が起きてるなんて……もしかして異変!?)」
そんな事を考えながら咲夜は門へと足を進め続けた。
「はぁ、どうするかなぁ」
「なにが?」
溜息の後続けられた言葉に思わず疑問の言葉が出てしまった。
「いえ、どうやって咲夜さんに咲夜さんっ?!」
もの凄いオーバーリアクションで驚かれた。何か、驚かせる様な事をしただろうか? 咲夜は疑問に思う。
「私に私が、え? なに?」
「ななな、なんでもないですよ?」
「なんで疑問系なのよ。変な美鈴ね」
「咲夜さんも、大人になるんですね」
まぁ、元々この館は自分以外変人の集まりと言えば変人の集まりだが、驚いたかと思えば、いきなりジロジロと人の事を眺めてはしみじみとそう言った感想を言い出すのだからいつも以上におかしいな、と咲夜は思った。
普段寝ているのに起きているのも変だ。妖精メイド達と同様に何かあったのだろうか? 拾い食いとか……。
「あら? 私はまだまだ子供だとでも言いたいの?」
「そんなことないですよ。――大人に、なったんですねぇ」
突然慈しむ様な目で見られて思わず目を逸してしまった。今日は本当に美鈴の様子がおかしい。
「咲夜さん」
「なによ? 改まって」
「一日一日を、大事にしましょうね」
その言葉でふと強く自覚する。自分は妖怪ではない、彼女達に比べれば短い時間の中でしか生きられない、と。妖怪にも寿命はある。死の概念がある。しかし人間に比べればそれは気が遠くなるほど先になる。
「……わかってるわよ。耳に痛いわね、もう」
もしかしたら美鈴は悪い夢でも見たのかもしれない、と咲夜は思う。
いつか美鈴を、パチュリーを、小悪魔を、フランドールを、部下のメイド妖精達を、そしてレミリアをおいて咲夜は先に逝く。
彼女にとってはまだ遠く、それでも屋敷の住人にとってはそう遠くない未来の話。それを夢に見て不安にでもなったのだろう。
ここの住人達は変人ばかりだが、そういう、本当は強いくせにそういう弱さを持っている辺りを咲夜はかわいいと感じる。
「さて――私もいい加減、怠けるのはやめなきゃなぁ」
ふ、と。視線を湖の方へ向けて美鈴が一歩踏み出し首の骨を鳴らした。
咲夜は気が付かなかったが、気を操る美鈴は何かを感じ取ったのだろう。鋭い視線を向けている。
「怠けてそれなの? 美鈴」
一歩前に出た背に向けて少し冗談めかして言う。実際居眠りこそ多いが美鈴は優秀な門番だ。そんな彼女が今まで手を抜いていた、とも取れる発言をしたのだ。では、本気になったのならどれほどだと言うのだ?
「あはは、耳に痛い、です」
首だけで振り向き、咲夜が先ほど行った返しと同じ返しを美鈴も笑いながら行う。
「ふーん、そう」
視線の先、咲夜にも近づいてくる者の姿が確認できた。
「魔理沙ね。ねぇ美鈴、偶には私にも運動させて――」
ちょうどいい相手だ。すばしっこい魔理沙相手ならばいい運動になる。
咲夜はそう思ったのだが、
「大丈夫です」
美鈴に手で下がるように、と歩を止められた。
「――え?」
「見ていて、下さい」
突然の行動に驚いていると、力強い言葉を言われ咲夜はそのまま下がるしかなかった。
その間にも、目の前にスピード自慢の白黒魔女が迫っている。
「今日もとおらせて貰うぜーッ!!」
自信に満ち溢れた言葉が響く。それもそのはず、ここの所美鈴が魔理沙を追い返せたことはない。
だから今日もいつも通り、自信に満ち溢れている。
だが、一つだけいつもと違う事がある。
「今日は、いえ、今日“から”はここで通行止めです」
深く重い呼吸の後、美鈴の口から出された言葉には、その言葉を事実にするような力強さが備わっていた。
「言ってろ! 魔符【スターダストレヴァリエ】!!」
挑発、と受け取ったのだろう。魔理沙がすかさずスペルカードを開放する。
スターダストレヴァリエ。数多の星屑が流星となって向かってくる美しい弾幕だ。ただ、美しいだけではなく所狭しと飛び交う流星の多さは凶悪と言えよう。
しかしそんな弾幕を美鈴は咲夜の目の前でいとも簡単に素手で全て捌いてみせた。
美鈴の見せた動きには見覚えがある。早朝彼女が門番隊と一緒にやっている……、健康体操(※太極拳)!! 動きこそそのままに、ただし速さは比べ物にならないほどのスピードで弾幕を掌で全て集めて打ち散らかしてしまった。
恐るべし健康体操(※太極拳)。あれも武術、つまりは運動だ、本格的に一度学んでみるのもいいかもしれないと咲夜は考えた。
「っと、いつになくやる気じゃねーか」
目の前で自慢のスペルをあしらわれてか、魔理沙の動きが止まる。
「やる気が出たんですよ」
「ま、どうでも良いがな。やる気が出たところで、実力差は変わらん!」
「ええ、そうですね。地力の差は何も変わらないと、思い知らせてあげましょう」
「それは、私のスペルを乗り越えてからいいな!! 恋心――」
不敵に笑い、魔理沙が構えるのは八卦炉。魔理沙の必殺の一撃と言えるマスタースパークが放たれるだろう。
それなのに美鈴に焦る様子は見受けられない。
「護るとは、そういうこと。護るとは、破られないということ。彩華――」
まるで己に言い聞かせる様な言葉。力強く、噛み締めるように口にされた言葉。美鈴の眼光に今まで以上の鋭さと力強さが宿る。
ところで私存在忘れられてないかな? 二人の会話に入り込む隙が全くなくて咲夜は少しだけ不安になる。
「――【ダブル……スパーク】!!」
八卦炉から放たれたのは極太の二条の全てを飲み込もうとする強い光。
「――【虹色太極拳】」
そして迎え撃つは七色に輝く巨大な渦。その渦が盾となって広がる。
両方とも自身を体現するかのようなスペルだ。最強の矛と最強の盾。矛盾、と諺に用いられる言葉の結果は。
「自分のスペルで、落ちなさい!」
「なに、ばかな!?」
魔理沙の驚愕する声でハッキリとした。だがこの時驚いていたのは魔理沙だけではない。咲夜も驚いていた。
「(跳ね返した!?)」
魔理沙のマスタースパークを美鈴は鏡のようにそっくりそのまま魔理沙に跳ね返したのだ。マスタースパークの威力を知っている手前、驚くなと言う方が無理だ。
流石に魔理沙も跳ね返されるなんて想定外だったのだろう。慌てて避けて箒から落ちそうになっている。
そしてそれが勝負の命運を別けた。それほどの隙を見逃す程今の美鈴は甘くはない。
マスタースパークを跳ね返した瞬間、彼女は地面を蹴っていた。
その動きの疾さはこうして蚊帳の外で見ていた咲夜でさえも視認するのが難しいほどで、必殺の一撃を跳ね返され慌てる魔理沙の目には映らなかった事だろう。
「捕まえた……!」
「ぬあっ!?」
魔理沙の頭を鷲掴みにして捕獲してこの勝負に決着がついた。
「勝ちましたよ、咲夜さん」
「美鈴……貴女」
魔理沙の頭を鷲掴みにしたまま、プラプラとさせて持って目の前に降りてくる姿見て何故か犬を連想したが、そんな事はどうでもいい。
「痛い痛い痛い! 美鈴、緩めろ! しぬ! しぬ!」
魔理沙が美鈴の手を掴みジタバタを暴れているが、万力の様にしめられた手は緩まない。
「もう。今まで手を抜いていたの?」
溜息とともに言葉を送る。まさか、これほどとは思わなかった。妖怪であるため身体能力が高いのは理解しているつもりだったのだが、まさかあの魔理沙に、ほぼなにもさせずに勝負を決めるとは思わなかった。
下手をすれば咲夜自身勝てないかもしれない、と思った程だ。
「あはは、そういう訳じゃないんですけどね。平和すぎて、覚悟が緩んでいたようです」
「握力緩めてまじで! 出ちゃうっ、中身出ちゃうから!」
徐々に口調が懇願するものに変わって来ているのだが、それでも握力は緩まない。と言うよりも美鈴は咲夜と話す方に集中していて、気が付いていないようだった。
「あーあ、もう、運動する機会へっちゃったじゃない」
せっかくいい運動が出来ると思ったのに、照れた様に頬を掻く美鈴の姿を見たら何だか気が抜けてしまった。何が原因か解らないがここまでやる気を出している美鈴に自分勝手な都合で『門番を変われ』とは言えなかった。
いつまでも子供ではないのだから、そんな恥ずかしい事言えるわけがない。
「あはは、ごめんなさい。でも自分の身体は大切にしなきゃ、だめですよ?」
「わかってるわよ。今まで大事に育てすぎたくらいなんだから」
だと言うのに、こうして美鈴は昔と同じように接してくる。いつまでも子供の時と同じ扱いだと言うのは何だか悔しく感じる。
「あ、あああ、でちゃう、でちゃうよ」
「ところで、あの、それ、そろそろ良いんじゃない?」
先ほどから無視されっぱなしで、もう軽く痙攣し始めてる魔理沙を咲夜は指差す。
「え? あっ! 忘れてた! ごごご、ごめん魔理沙! 大丈夫?!」
「ほしが、ちかちか、ああアリスいまいくよ……」
やっと気付いてもらえたのだが、何だか手遅れっぽかった。口から何か出てる。
「ちょっ、しっかり、気を確かに!」
口から魂を出しながら虚空に手を伸ばす魔理沙、それを必死に揺さぶる美鈴、その姿を見て、先程まであれほど凛としていたのに一瞬でこんな姿になるのだから思わず笑ってしまう。
浮かんでいこうとする魂を鷲掴みにし、出てきた口からねじ込もうとしながら咲夜を見て美鈴も笑った。
――3――
さて、と。咲夜は考える。屋敷の仕事も特に必要なく、門番の仕事もない。となると残る仕事らしい仕事は大図書館の整理と言う所だろう。
蔵書量が多く、今尚増え続ける本の整理はなかなかに重労働なはずだ。ここでしっかりと仕事が出来れば運動量としては申し分ないはずだ。
「小悪魔も前に人手が足りない、って言っていたし……。よし、決まりね」
そうと決まれば善は急げだ。図書館にお茶を運ぼうとしていた妖精メイドに声をかけティーセットを受け取り、咲夜は図書館へと急いだ。
◇
図書館に到着すると、パチュリーと小悪魔が何かの本を熱心に読んでいるようだった。
どんな本を読んでいるのか気になったが、あの二人のことだから自分では理解出来ない知識の類の本を読んでいるだろう、と咲夜は思う。知識が違い過ぎるのだ。
実際、過去に咲夜の時間停止能力についていろいろと聞かれた事があった。
曰く、『時間停止なんて高等な魔術師が入念な下準備を長年行ってそれでも成功するか解らない超高等術をなんのリスクも無しに使えるはずがない!』と息巻いていろいろと質問された。
だが、現在もだが、当時の咲夜にはその質問には答えらなかった。畑違いの知識であったし、何より本当に『なんとなく』の感覚で最初から出来た能力だったので答えようがなかった。
納得のいく返答が得られず半ば発狂気味に問い詰めるパチュリーの後頭部を小悪魔が広辞苑で殴りつけ、気を失わせる事でその場は収まったが、今思い出してアレは怖かった。
何が怖いって、助けてくれた小悪魔がなんのためらいもなく鈍器みたいな本で自分の主を殴って気絶させてニコリと笑って『大丈夫ですか?』と聞いてきた事だ、本能的に逆らってはいけないと感じた。
今回もまた、自分には理解出来ないだろう、と判断して、お茶の準備を行って時間停止を解除して、声をかけた。
「お二人で熱心に、なんの本を読まれているのですか?」
目の前にいきなりお茶の準備が出来ていて、またいきなり声をかけられた事になるわけだがパチュリーも小悪魔も慣れたもので動じる事はない。
「ふふ、将来のための本、かしら。ね? 小悪魔」
「ええそうです。明るい未来計画というやつですよ。咲夜さん」
ふふ、と優しく微笑む二人に何を言っているのだろう? と流石に気になり咲夜は時間を止めてパチュリーが読んでいる本とその横に積まれている本のタイトルを確認した。
「えーと……『初めての子育て』『子供が出来てからやること』『素敵なキラキラネーム』『子供のしつけ方』『たまごくらぶひよこくらぶひふうくらぶ』?」
と子育て関係を思われる本の一番上に置いてある『楽しいホムンクルス』。
「(何を作り出そうとしているのだろう?)」
咲夜は不安になる。防衛のためという名目で以前パチュリーは幻想郷の住人そっくりなゴーレムを作り出したりしていた。だが畑違いではあるもののホムンクルスがどういうものかくらいなら咲夜も知っていた。
人体錬成、賢者の石を持っているパチュリーならその頂きにたどり着ける可能性は高い、しかし失敗をしたら……。
そこで咲夜はハッとする。
「(もしかしてパチュリー様のお体が弱い原因は……、持って行かれて)」
そして今、子育て関連の本を用意して勉強している理由はもしかすると……。そう思えば小悪魔が突然言った『明るい未来計画』と言う言葉もしっくりときた。
おめでとうございます、と言うべきか、それとも神の意思に反逆する行為を止めるべきか、悪魔の館であるから前者が正しい姿だろう。しかし、生み出されるのは本当にパチュリーが望む『モノ』なのだろうか? 賢者の石を保有している、そしてパチュリー程の術者なら可能性は高いだろうが、きっと絶対ではない。
咲夜にはどう答えるべきか答えが見つけられなかった。
「そうですか……。では、紅茶のお代わりでも」
だからただ、短くそう答えておいた。
いつも通り、平静を装っていればいい。自分が口出しするべき事ではない。咲夜は自分の中でそう結論して中身の少なくなったカップにお茶を注ぎ込もうと手を伸ばしたが、やはり心の中にどこか動揺が生まれていたのだろう。
うっかり積んであった本を崩してしまった。こんなミスは普段は有り得ない、時間を止める事さえ忘れて落ちるのを見届けてしまった。
慌てて本を拾い集めようとするが、
「いいわ」
パチュリーに声で制された。
そして、彼女はそのまま椅子から立ちがあり、落ちた本へと手を伸ばした。
「ぱ、パチュリー様?」
『動かない大図書館』の二つ名は伊達ではない、普段のパチュリーは本当に動かないのだ。ずっと椅子に座って本を読んでいて周囲のことは小悪魔が全てカバーする。それが彼女の日常であったのに、今彼女は自分の意思で椅子から離れ本に手を伸ばしたのだ。
驚かずにはいられない。
「私だって持てるように鍛えているのよ? まだまだ、咲夜には負けないわ」
ニコリと笑いパチュリーは集めた本を拾い上げた。声に余裕は感じるのだが、
「そう、でしたか……」
よく見ると本を持つ手はプルプルと震えていた。流石は紫もやしの異名も持っているだけはある。見ているだけでハラハラして思わず緊張する。
ただ、何を強がっているのか解らないが、こちらを見てニコリと笑い続ける(小悪魔も助ける事なく何故か横で微笑んでいる)姿を見ると、何か余計な事は言わない方がいい気がしてきたので、当初の目的通り黙って紅茶を淹れ直した。
どうにもここにも仕事がなかったようなのでそのまま下がる事にした、図書館を後にしようとした背後で二人が何か笑っているようだったがあの二人の考えはさっぱり解らない。問題ごとを起こさなければと切に願う。
――4――
さて、ここまで来ると困ったものである。あとやる事と言えばレミリアへのいつも通りの給仕の仕事くらいしか残っていない。
「他に残っている仕事は……ん?」
悩んでいると困った顔をした妖精メイドの姿が目に映った。
「どうかしたの?」
咲夜の問い掛けに妖精メイドの体がビクッと跳ねる、そして彼女は少し目尻に涙を溜めて、
「メ、メイド長~」
情けない声で説明しだした。
話を聞くに妹様の元におやつを運ぶ途中だったのだが、いざ直前で怖くなってしまいどうすれば機嫌を損なわないで対応出来るか悩んでいたようだった。
別にいつも通りやればいいだけである。逆に怖がってしまうからそれが向こうにも伝わり機嫌を損ねてしまうのだ。
「わかったわ。私に任せなさい」
「へ、で、でももしもメイド長の身に何かあったら私は……」
何を今更不安がるというのか? 今日は別として、今まで普通にやってきたというのに、とやけに狼狽える妖精メイドに咲夜は思う。
「任せなさい」
そこまで言うと妖精メイドも諦めたのか引き下がった。
ただ、背後から『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』と聞こえてくるのは正直怖かった。
◇
メイド妖精の仕事をもらいこうしてフランドールの部屋の前まできたが、やはり少し緊張する。恐怖を感じるな、と先ほどは思ったがどうしても体が強張ってしまうのは人間の、弱い生き物の本能からだろう。
心を落ち着けるため深い深呼吸を一つ、切り替えろ。ここにいるのは弱く、恐怖に怯える餌ではない。紅魔館の一切を仕切り、彼女達へ忠誠を誓ったメイド長。主人達に恐怖など感じるはずはない。
言い聞かせ、肩から力が抜けたところで静かにノックをし、扉を開ける。
「妹様、おやつの時間ですよ」
部屋へ入るとベッドの上で座りながら人形を抱きしめているフランドールと目が合った。こうして見ると本当に普通の女の子にしか見えない。
「妹様? どうされました?」
「ねぇ、咲夜」
視線をこちらに向けたまま一言も発さないので問いかけると
「――お腹、触ってみても良い?」
「――――――――――えっ……?」
衝撃が走った。
何故だ。何故いまお腹なのだ!? もしやと思ったがやはりコルセットがないから目立っているのだろうか? 誰からもツッコミがなかったから安心していたというのに、もしかすると皆気を使って何も言わなかっただけなのだろうか!?
嫌な汗が背中を流れるがその事を表には出さない。が、内心ではかなり動揺していた。
「だめ、かな?」
不安そうなフランの声に咲夜はハッとする。何も言わずに固まっていたせいだろう、何かを諦めるような若干涙を目に浮かべたような顔をフランドールはしている。
「えっと、そうですね、うーん……」
正直嫌だ。こんな油断で付いた脂肪たっぷりのお腹を触られるなんて嫌だ。自分が悪いのだが仮にも完全で瀟洒なメイドを名乗っている以上はそれだけは避けたかった。
「だめ、だよね」
だが、その顔は卑怯だ!!
自嘲的な笑みを浮かべて、『私みたいなのが触っちゃダメだよね?』みたいな顔をされたら……、その顔は卑怯だ!!
「――――――――いいえ、妹様」
「ぇ」
だから、覚悟を決めた。正直、彼女が何を考え何を思っているのか解らない。だが、何かを知るきっかけを探しているのかもしれない。
そう考えれば、安いものだ。……脂肪の塊から何を知ろうとしているのかは皆目検討もつかないが。
ともかく、いきなり触られるくらいなら自分のタイミングで触られた方がいいので、右手を取ってお腹の、若干脂肪分の薄い部分にあてがった。
いきなり手を引かれたからだろう、引き戻そうとしたので構わず引っ張って押し付ける、手が触れたら落ち着いたのかそのままお腹に抱きついてきた。
これは予想外だ!!
「あったかい。鼓動は、聞こえないんだね」
ほぅ、と。柔らかいため息のあとに呟かれた言葉。
「ええ、そこからでは響きませんわ」
「そっ、か」
そう、響くはずがない、そこは脂肪の壁なのだから心臓からも離れた位置なのだから、響かないのだ!!
そんなことより、ちょっとこの状況はまずい。思ったより脂肪で膨らんだお腹に抱きつかれさすられるのは思いのほか破壊力が高い、恥ずかしい!!
触れられている所から何と言うか、意識してしまう。ちょっと前までの引き締まった体でなら特にこんな気持ちにならなかっただろうに……。
何時までこうされているのだろう!? なんだろう、人形との抱き心地でも比べられているのだろうか!?
五分ほどそうしていただろうか、フランドールがゆっくりと顔を上げた。
「ねぇ、咲夜」
「なんでしょうか? 妹様」
「わたし、護れるひとになるよ」
いったい何を感じ取ったのだろう? 解らないが壊すばかりのフランドールの口から護るという言葉が出てきた事に驚いた。
これならば腹を揉まれたりさすられたりしたのも、まぁ、良かったのかもしれない。
「そう、ですか。畏まりました。不肖咲夜、全力でご支援させていただきます」
「うんっ。ありがとう――咲夜」
返ってきた笑みは柔らかなものだった、そうまるで今の私のお腹のように。
咲夜も努めて柔らかな笑みを返した、自身の腹のように。
――5――
今日は本当におかしな事ばかりだ、と咲夜は思う。
主人の気まぐれは今に始まった事ではない、だが突然『今日は私が自分で紅茶を淹れるわ』なんて言われたら何事かと驚く。
「思えば、咲夜に紅茶の淹れ方を教えたのもこんな夜だったわね」
レミリアは咲夜を見ずに、ほう、と。ため息を吐き出し、しみじみを月を眺めながら呟く。
「そうでしたか? 覚えていませんわ、お嬢様」
「ふふ、失敗ばかりしていたものね。忘れたいのも無理はない」
「……そんなことも、ありましたね」
失敗ばかり、確かにその言葉の通り、この館の住人になった当初は失敗ばかりだった。今までとまったく違う生き方を始めたのだから当たり前でもある。
ちなみに、レミリアは自分が淹れた紅茶を『アールグレイ』だと思い込んでいるが実は咲夜が少し悪戯心で入れ替えた『アッサム』である。香りを確認し、口にしたのにも関わらず気付いていないので咲夜は明日からの茶葉のランクを一つ下げる事を心に決めていた。どこででも節約は必要である。
「咲夜」
「いかがされました?」
「ちょっと、こっちに来て。そう、私の目の前」
咲夜は突然名前を呼ばれて内心驚いていた。よもや自分の考えていた事が読まれたのだろうか?
少し緊張しながら言われた通りにレミリアの前まで歩を進めた咲夜。
そして、くすりと笑うレミリアの口から出てきた言葉は咲夜の予想した答えとは違う言葉だった。
「お腹、触ってもいいかしら?」
――またか。
何なんだ? 吸血鬼ってやつらはお腹フェチなのか? 柔らかな腹を揉みたくなる種族なのか!?
「…………………………妹様と、同じことをおっしゃるのですね」
「だめなの?」
「いいえ。咲夜は、覚悟を決めております」
「なによそれ。乱暴になんて、するはずないじゃない」
当たり前だ。もしも乱暴に揉まれたりしたら流石にレミリアと相手と言えど、咲夜も条件反射で銀のナイフを脳天に柄まで深々と刺さないという保証はできない。
だから思わず身構えて右手にはナイフを密かに握り締めていたのだが、言葉通り、レミリアは優しく、愛おしげな笑みを浮かべて腹を撫でてきた。
「結婚は、望まないのかしら?」
「…………相手が、おりませんわ」
突然の脈絡のない質問にそう答えておく。
きっとこの館にいる限り婿入りしてくるなんて変わり者は表れないだろうし、仮に嫁入りしたらしたでこの館を離れるのは難しいだろう。
「本当に、いいの? 貴方が望むのなら、手を貸してもいいのよ?」
やけに食い下がってくるのは、いつか自分の手元を離れてしまうのを恐れているのかもしれない、なら咲夜の答えは決まっている。
「はい。それに、私の伴侶は仕事ですわ」
本音半分、冗談半分の回答だ。結婚と言うものに憧れがまったくないと言えば嘘になる。それでも奇行こそ多いものの、咲夜はここの住人をここでの生活を気に入っている。
ちなみに、レミリアの手は今も止まることなく腹を撫でて揉み続けている。くすぐったい。
「そう……そうまで言うのなら、もう言わない。ただし、幸せをあきらめることだけは、許さないわよ?」
咲夜の言葉にレミリアは一瞬顔を歪めたが、本当に一瞬のことで、何事もなかったかのように言葉を紡ぎ直した。
「お嬢様に拾われて以来、不幸だと感じたことなどありませんわ」
これは心からの本心。
「ふふ、そう、ならいいわ」
この話はこれでおしまい。そういう様に主人の空いたカップに今度は咲夜が紅茶を注ぐ、アールグレイと偽ったアッサムを。
そしてやはりその事に気付くことなくレミリアは紅茶を口にする。
「仕事に戻っていいわよ。ただし、無茶はしないこと。おとなしく仕事するのよ」
レミリアからの言葉の意図を咲夜迷う。
普段から騒がしくなんて仕事はしてない。騒がしいのは妖精メイドくらいなもので……、とそこまで考えハッとする。
「お嬢様……………………極力、努力いたしますわ」
これはアレだ。遠まわしな痩せろという意味だ。おそらくだが、吸血鬼……、コウモリは聴覚の優れた生き物と聞く。ならばもしかすると体重変化にともなう足音の違いをうるさいと感じているのかもしれない。
だからフランドールもレミリアも腹を触ってきたのだろう。遠まわしにうるさいから痩せろ、と言ってきたのだ……。
その事に気付きハラハラと咲夜は内心で涙を流す、だが決してそれは顔に出さない、部屋をあとにして、廊下に出てからだ……。
努めていつも以上に静かに戸を閉める。
「(……早く痩せよう)」
咲夜は決意を強めた。
――6――
やれば出来るものである。人間その気になれば痩せる事は容易なのだ。
痩せてからもそれなりに食事制限は続けている。以前のような暴食はしていない、と言うか部下たちがあの日以来よく働いてくれているのでストレスが溜まるような事がないので自然と食は細まった。
だから今もこうして、屋敷の中の仕事じゃなく、紅魔館の裏手の花壇の水やりという簡単な仕事を行っている。
これならばあともう少しで理想体型に戻す事ができるだろう。
だが、正直な意見を言えば少し退屈だ。皆が皆自分を頼る事がなくなるというのは存外寂しいものだった。
おかげでダイエットは捗っているが、それでも寂しいものは寂しい、何だか自分がもう必要ないと言われているような気分だった。
「咲夜?」
「お嬢様? どうか、されましたか?」
日中だと言うのに日傘も持たずに外に出てくるとはよほど慌てるような事でもあったのだろう。そう思いながら咲夜は日傘で日光からレミリアを守る。
「なにか、隠していることはない?」
「ありませんよ?」
質問の意図がよく解らなかった。何か隠すような事なんてしていない。
もし何かしら起きた変化を強いて言うなら、ダイエットに成功してお腹周りがスッキリした事くらいだろうか。
「私はね、咲夜。主従である前に、あなたの家族だと思っているわ。パチェも美鈴もフランも小悪魔もみんなそう。紅魔館という、ひとつの家族」
「お嬢様……?」
「だから、自分だけで解決しようとしないで。嬉しかったことも悲しかったことも、本当に辛くてどうしようもないことも、私は聞きたい。家族のことを、聞いていたい」
何だか知らないが話が大事になっている気がした。
「甘えなさい、咲夜。それとも、私じゃ不足かしら?」
ああ、そうか……。咲夜は理解する。
レミリアはしっかりと見ていたという事なのだろう。嬉しさから思わず抱きしめていた。
「最近、仕事が少なくなって、なんとなく寂しくなってしまったのです。前は皆様、もっとのんびりとされていて走り回ってばかりだったのに、気が付けば自分のことは自分でされるようになられていました。運動できないから、気にしていたお腹周りだって増える一方だし、ダイエットも成功しないし」
全てはレミリアからの指示だったのだろう。いつまでも油断したままのお腹を見て、自分がダイエットに集中できるように働きかけていてくれたのだろう。
「変に苛立って、でも誰かの手をそんなことで煩わせたくなくて、余った体力をダイエットに充てて痩せてみて、でも、状況は何も変わっていなくて」
咲夜は膝を折り、視線をレミリアに合わせる。
「お嬢様、私は、必要ありませんか? お嬢様のお役に、立てていませんか?」
多分、と言うよりも確実にレミリアは『そんなことはない』と言ってくれる事を確信しての問だった。
少しでも抱いてしまった不安な気持ちを拭い去りたかった。
「そんなことないわ。でもあなたはいつも余計なものまで抱え込んでしまうから、少し休ませてあげたかっただけ」
「お嬢、様」
レミリアは、咲夜を抱きしめる。
ああ、これほど幸せなこともない。
主人に愛されているという何よりの証だ。
「さ、咲夜」
「はい……なんでしょうか? お嬢様」
「貴方、さ……その、えと………………太った?」
レミリアの言葉に、咲夜は首をかしげる。何を今更と思う。
レミリアの働きかけのおかげで確実に痩せてきているので感謝している。
「え、ええ、ですから先ほど申し上げたように、痩せたのですが……お嬢様?」
鼻先同士がくっつきそうな程間近で、目に見えてレミリアの様子がおかしかった。
元々白い顔色からはさらに血の気が引いていて、何だか若干引くレベルの汗を浮かべていた。
「咲夜」
その声はどこか震えているような、怯えているような響きだった。
「なんでしょうか?」
「私、みんなに謝らなければならないことがあるのよ」
「お嬢様が、ですか?」
「ええ、そう。だからお願い、一緒に謝ってくれないかしら?」
「他ならぬお嬢様のお願いでしたら、なんなりと」
「あのね、咲夜。実は――」
咲夜の言葉にレミリアは乾いた笑いを浮かべながら吹っ切れたように言葉を紡ぎ始める。
よく晴れた日。
今日も時間は騒がしくものんびりと過ぎていく。
そんな幻想郷の端っこで、一人の少女の叫び声が、青い空に響き渡った。
――了――
美鈴の実力にびっくり、魔理沙のご冥福をお祈りします。......死んでないけど。
全く予想を裏切らない捻りのない展開とオチ
読ませる文章を書くための力が根本的に足りてない
本当に共著なんですかね、これ
礼儀としてコメ無し最高点は置いていきます
是非とも精進を
紅魔館の面々は優しいですなぁ
あとは鋼練、ひぐらししか分からなかったけどニヤリとしました。
あと、咲夜がパチュリーが病弱な原因を(持って行かれて?)と推測するのがツボでした
しかしそうか、腹なのか……。
しかと紅茶のランク下げる咲夜さんとかは、生活感あふれててよいですね