「あら妖夢、珍しいわねー」
いつもであればとうに朝食を食べている時間であったが、今日は少し違う。
居間でお茶を啜りながら朝食前の緩やかな時間を過ごしていると、慌しい足音が廊下から鳴り響く。
その足音の持ち主は私のいる居間の前でとまると、間髪入れずに障子を開いた。
「すみません幽々子様! すぐに朝食の支度をします!」
妖夢の姿をみた私は先程の台詞を口にした。しかしそれは朝食の支度が遅れたことに対しての言葉ではない。
白玉楼の枯山水の様に白く、短く整えられた髪に黒いリボンカチューシャ。
清潔感のある白いブラウスに、緑のベストとスカート……ではなく色とりどりの蝶柄の、桃色を基調とした生地の着物を身に纏っていたことに対してのものだ。
この柄は確か、私が去年の暮れに贈ったものだっただろうか。
育ち盛りの彼女の事を考え少し大きめに作ったはずなのだが中々どうして、寸法がぴったりと収まっている。
「あの、やっぱり変でしょうか」
思わずまじまじと見てしまったのを勘違いしてか、ちょこんと首を傾げながら不安そうに聞いてくる。
動きにくいという建前に加え、恥ずかしがって普段着てくれない着物にこの小動物的動作が合わさり最強に見える。撫でたい。
「いいえ、ちっともおかしくないわー。とても似合っているわよ妖夢」
「そう……ですか。ありがとうございます」
言いながら妖夢は照れくさそうにはにかんだ。愛でたい。
出来ることならこのまま物見遊山にでも行きたいところだが、そうもいかないのだ。
なにしろまだ朝食すら済んでいないのだから。
私が口を開くよりも前に、くぅぅ、と妖夢のお腹が小さく鳴った。
「あぅ……。す、すみません超特急で支度しますから!」
そう言うと妖夢は開け放った障子を閉めるのも忘れたまま、忙しそうに台所へと走って行った。
一人ぽつねんと残された私はまったりとお茶を啜り、
「今日はいいことありそうねー」
着物姿の妖夢をしかと瞼の裏に焼き付けた。
------------------------------
「──っということが今朝あったのよー」
「ええ、それは解ったのだけれど……、幽々子あなた、冥界の管理はどうしたの」
久しぶりに暇潰しがてらマヨヒガに来たのだが、何時もであれば橙がいるその家の様子が今日は少し違っていた。家の入り口に漫然と佇む人影がある。
今時、幻想郷ですら珍しい、道に迷った旅人かと思いきやそれは橙でも迷い人でもなく白玉楼に居を構える幽々子だった。
仙果の様な淡い桃色の、肩にかかる程度の長さの穏やかに波打つ髪。
鮮やかな水色の生地で作られた、桜の柄が入った着物。
そして一見して渦巻き模様にも見える霊魂のようなものが描かれた特徴的な天冠。
見紛う筈も無い。長年付き合っている私の友人だ。
橙ならともかく、まさか幽々子がここに居るとは想像だにしていなかったので流石に驚いたのだが、ニコニコしながら「お茶にしましょ?」と彼女に言われ、なんだかどうでもよくなった。
若干の呆れを抱きながらも幽々子を家に招き入れ、一足先に来ていた藍に用意を頼み、居間の卓袱台を二人で囲んで座る。
それほどの時間もかからずお茶の準備が整い、参加者二人の、俗に言う『女子会』が開催された。
言いたくて仕方なかったのか、幽々子は真っ先に着物姿の妖夢について語りだし、先程の会話に繋がる。
「それなら妖夢に任せてきたから心配ないわー。食器を洗ってたから書置きで、だけれど」
「つまり抜け出してきたのね……。まぁせっかく来たのだからゆっくりしていきなさいな」
「さっすがー。紫は話がわかるぅー」
どこの暗黒騎士か、という口調で、幽々子は言いながら特に意味もなく手に持った扇子を一度開いて閉じた。
「それにしてもあの子がおめかしをねぇ。それはやはり『あれ』じゃあないかしら」
あれ? と幽々子がお茶を一口飲んでから聞き返す。
私は卓の上に置かれた茶請けの中から煎餅を取り、一口齧った。
それから勿体つける様にたっぷりと間を開けてから言った。
「その気持ち、まさしく『恋』よ!」
「こ、恋ですって! そんなまさかあの子にかぎってそんなことは……」
「いいえ幽々子、あの年頃の女の子は難しいものなのよ。かくいう私にもそんな経験があったわ」
「きゃあっ、そこのところをもう少し詳しく聞かせてちょうだいっ」
「そうねぇあれは何千年前のことだったかしら……。今となってはほろ苦ひ思い出なのだけれど──」
やいのやいのと二人姦しく喋っていると、かなりの量があったはずの煎餅や菓子の類がすっかりとなくなっていることに気がついた。
「ちょっと食べ過ぎちゃったかしらね」
思わずそう呟いてしまったところで一つ思い出す。
幽々子に少し待つように言った私は、隣の部屋で書物を読みながら待機していた藍に声をかける。
「どうかなさいましたか紫様」
襖を開けて入ってきた藍が尋ねる。
私は閉じた扇子を口元に当て、次に台所の方を指し示しながら彼女に言った。
「例のお菓子を持ってきてくれるかしら」
「分かりました。飲み物は紅茶でよろしいですか?」
「ええ、その様にしてちょうだい」
「かしこまりました」
少々お待ちください、と続け台所へ向かった藍をよそ目に幽々子が口を開く。
「何か珍しいものでも手に入ったの?」
「珍しい上に美味しいもの。藍が人里に行った時に見つけた洋菓子で、かなりの評判らしいわ。ああそういえば最近妖夢も一緒に里まで行くことが多いらしいのだけれど、何か聞いてないの?」
「藍によく稽古をつけてもらっているとは聞いているけど。里までおりてるとは聞いてないわー」
「はっ、まさか妖夢の恋の相手は……」
「な、なんですってー! いくら料理も仕事も出来て性格もよく気の利く藍でも──! ……藍ならいいかしら」
「私が言うのも親馬鹿みたいに聞こえて嫌なのだけれど、あの子ほんと万能なのよね。私の立つ瀬が無いわ」
「完璧超人ってやつね」
「昔はもっと可愛らしかったのだけれどねぇ。あんなに凛々しくなっちゃって可愛げがないったらまあ」
「その点うちの妖夢は絶賛可愛い時期ね。なうおんせーるよ」
「売りだしてどうするのよ!? きっとそのうち妖夢も藍みたいになるのよ……」
「うふふ、妖夢に限ってそれはないわね。だって──」
「だって?」
「お待たせしました」
私が聞き返したところで藍が戻ってきた。両手には四角い木製のお盆が乗っている。
お盆にはティーカップと白い皿に乗ったロールケーキが二つずつ。私と幽々子の分だ。
まずは幽々子、次に私と、どこぞのメイド長の様に瀟洒な所作で紅茶とケーキを配膳する。
それの外見は普通のロールケーキとなんら変わりないが、一つだけ変わった箇所が目につく。巻かれているクリームの色が違うのだ。
白ではなく赤色。いや、淡い桃色と表現すべきだろうか。
「この風味は……苺かしら?」
その色に幽々子の髪を連想し、何気なく彼女へ視線を移すとすでにロールケーキを口に運んでいる。
彼女の皿を見ればいつの間にか、それはもう一口大に切り分けられていた。
「さすが幽々子。一口で分かってしまうとはね」
そう、このロールケーキのスポンジに包まれているのは通常の白いクリームではなく、苺味のクリームなのだ。
正確には、フランボワーズと呼ばれるものを使用しているらしいが。
「ほら、湖の近くの目が悪くなるんじゃないかってくらい真っ赤な館があるじゃない。あそこに棲んでる吸血鬼の姉妹の、妹の方が発案したみたいよ」
「お姉さんの方は何度か宴会で一緒に酌をし合ったことがあるけれど、妹さんは会ったことないわー」
「貴女はあの二人と相性いいかもしれないわね。血流止まってるし」
「あら酷い。紫なんて血液緑色じゃないの。紫なのに緑とはこれ如何に。うふふ」
やかましいわ。
「本当は近いうちにこれを手土産にそっちへ行く心算だったのだけれど、手間が省けたというかなんというか」
「狙い通りね」
「嘘おっしゃい」
閉じた扇子で、私はぺしっと軽く幽々子の頭を叩いた。
------------------------------
「そんな訳で、ロールケーキを貰ってきたわ」
「いつの間にか姿が見えなくなってて本気で焦ったんですからね!?」
怒られてしまった。解せないわ……。
おやつの前には戻ってきたというのにこの仕打。
育て方を間違ったのかと思うのも無理は無い。
美味な菓子に舌鼓を打った私は、時間もいい感じに潰せたので白玉楼へと戻ってきていた。
無論、妖夢の分のロールケーキもしっかと分けて貰ってである。
別れ際に「あなたって本当に自由人よねぇー」などと紫に言われたが、紫ほどじゃないわよーと返しておいた。
手土産を持って上機嫌に帰宅した私を迎えたのは、今朝と同じ着物のままの不機嫌な顔をした妖夢だった。
「まあまあ」
「まあまあ!? 置き手紙なかったら捜索願もんですよ!? そもそもこれなんですか『お茶してくるー』って、必要な情報が何一つとして伝わってきてないですよ!!」
「まあまあ落ち着きなさい妖夢。ほら、お饅頭食べる?」
私が書いた置き手紙を突き付けるように見せながら妖夢が叫ぶ。
そんな彼女に冷静れになるよう言いながら、暗器のように袖に隠している無数のお菓子の中の一つを私は差し出した。
驚く事なかれ、女の子は甘いモノに弱いのよ。
「あ、どうもありがとうございます。ってこれ戸棚に隠しといたおやつじゃないですか!」
「ふふ、あの程度で隠したつもりだなんてまだまだ甘いわね妖夢。……お饅頭なだけに」
「ドヤ顔でボソっと呟かないでくださいよ! 大体私、今ダイエっ──」
はっとした顔で妖夢が口を噤む。
その瞬間、私は彼女が珍しく着物である理由をなんとなく察した。
それは本来まだ若い彼女の身を考えると愚でしかない。
しかしこの子も女の子。どうしても気に病んでしまうのだ。
「──いつもどおり着替えようとしたんです」
下を向いたまま静かに妖夢は語りだした。
今にも消え入りそうな小さな声だが、その中には確固たる悲しみが混ざっている。
茶化したりせず、私はそれに黙って聞き耳を立てた。
「いつもと、同じ服に。でもいつもより、……服が、きつくて。ショックだったんですけど、朝食の用意もしないとだし……。だから一先ず着れそうなものを探したんです」
私が贈った着物が消去法的に選ばれていた事が少し悲しくもあったが、そんなことで怒りを感じたりはしない。
それよりも、妖夢が正直に言ってくれたことが嬉しいのだ。
年若い女の子が、太ってしまったなどと誰に言えようか。
幼い頃、自らの体型に一喜一憂していた覚えが私にもある。
「妖夢」
俯き、子鹿の様にぷるぷると震えながら恥ずかしそうにしている妖夢に声をかける。返事はない。
私はもう一度、出来るだけ優しく彼女の名前を呼んだ。
「妖夢。確かにあなたも女の子だし、そういうことを気にするかもしれない。でもね、安易に食事制限というのはよくないわ」
かつて一人の庭師に私が言われた事を、妖夢に言って聞かせる。
確かめる手段は最早無いけれど、あの時の彼は今の私と同じ気持ちだったのだろう。
子供というのはいずれ、大人になるものなのだ。
ゆっくりと、彼女の身体を抱きしめる。
何時だったかより私の顔に近くなった彼女の髪からは、優しい香水の匂いがほのかにした。
「あなたはまだ若い。これからもっと成長していくのだから、そのための栄養はちゃんと蓄えないと駄目」
頭を軽く撫で、感覚を惜しむように妖夢から身体を離した。
彼女の両手を包み込むように、私は持っていたお饅頭を手渡す。
「ほら、顔を上げなさい。女の子なら涙と笑顔は使い分けられないといけないわ。二つの武器を扱うのは、妖夢なら得意でしょう?」
「ゆゆこさま……」
両の袖口で顔を拭い、妖夢は顔を上げた。
「こう、ですか?」
「ええ、そうよ」
ほら、うちの庭師はこんなにも可愛い。
「幽々子様の仰る通りでした……」
「でしょう? あなたは気にしすぎなのよ」
あの後、落ち着いた妖夢に一つの命令を与えた。
といってもその内容は至って単純。身長を測ってきなさいと、それだけ。
「成長期なのだから、上にだって伸びるのよ。そうやって背が高くなる事で人は様々なモノを見ることができるのよ」
「私も──いずれ幽々子様が見ているモノに目が届くようになれるでしょうか」
真っ直ぐな二つの瞳が私を見据える。
「ええ、私がここにいる限り、いずれあなたなら」
きゅぅー、と私のお腹から小動物の鳴き声が聞こえた。
否、空腹を告げる音だった。
何か喋ろうとしていたであろう妖夢が、口を開いたまま呆けている。
「……」
唖然とした妖夢の視線にも負けず、私はひたすら無言をつらぬく。
その視線は明らかに先程とは意味合いが百八十度違っていたが、私はあくまでも無言をつらぬく。
「えっと……、ろ、ロールケーキ切り分けてきますね!」
先に根負けしたのは妖夢だった。
彼女は私の傍らに置いてあったロールケーキの箱を掴み、そのまま台所へと駆けて行く。
「シリアスどっちらけね……」
一人呟いた私に返事でもするかのようにもう一度、小さくお腹が鳴った。
------------------------------
「紫様、妖夢は大丈夫でしょうか」
幽々子を見送った後、特にすることもなかったのでそのまま今度は藍と女子会を開催。
お茶ばかり飲んでいる彼女はそういえばという感じで、煎餅を齧っていた私に聞いた。
幽々子はよく解っていない様子だったが、私はといえば、彼女の話を聞いて妖夢の事情は大方予想がついている。
「単に成長したのを肥えたとでも勘違いしてしまったのでしょう。そのくらいなら大丈夫よ、幽々子もいるのだし。それに女の子というのは、いくつになっても誰しもスタイルを気にするものよ」
「はぁ、そうですか……。ところで紫様」
「んー?」
「少し太られました?」
「え!?」
いつもであればとうに朝食を食べている時間であったが、今日は少し違う。
居間でお茶を啜りながら朝食前の緩やかな時間を過ごしていると、慌しい足音が廊下から鳴り響く。
その足音の持ち主は私のいる居間の前でとまると、間髪入れずに障子を開いた。
「すみません幽々子様! すぐに朝食の支度をします!」
妖夢の姿をみた私は先程の台詞を口にした。しかしそれは朝食の支度が遅れたことに対しての言葉ではない。
白玉楼の枯山水の様に白く、短く整えられた髪に黒いリボンカチューシャ。
清潔感のある白いブラウスに、緑のベストとスカート……ではなく色とりどりの蝶柄の、桃色を基調とした生地の着物を身に纏っていたことに対してのものだ。
この柄は確か、私が去年の暮れに贈ったものだっただろうか。
育ち盛りの彼女の事を考え少し大きめに作ったはずなのだが中々どうして、寸法がぴったりと収まっている。
「あの、やっぱり変でしょうか」
思わずまじまじと見てしまったのを勘違いしてか、ちょこんと首を傾げながら不安そうに聞いてくる。
動きにくいという建前に加え、恥ずかしがって普段着てくれない着物にこの小動物的動作が合わさり最強に見える。撫でたい。
「いいえ、ちっともおかしくないわー。とても似合っているわよ妖夢」
「そう……ですか。ありがとうございます」
言いながら妖夢は照れくさそうにはにかんだ。愛でたい。
出来ることならこのまま物見遊山にでも行きたいところだが、そうもいかないのだ。
なにしろまだ朝食すら済んでいないのだから。
私が口を開くよりも前に、くぅぅ、と妖夢のお腹が小さく鳴った。
「あぅ……。す、すみません超特急で支度しますから!」
そう言うと妖夢は開け放った障子を閉めるのも忘れたまま、忙しそうに台所へと走って行った。
一人ぽつねんと残された私はまったりとお茶を啜り、
「今日はいいことありそうねー」
着物姿の妖夢をしかと瞼の裏に焼き付けた。
------------------------------
「──っということが今朝あったのよー」
「ええ、それは解ったのだけれど……、幽々子あなた、冥界の管理はどうしたの」
久しぶりに暇潰しがてらマヨヒガに来たのだが、何時もであれば橙がいるその家の様子が今日は少し違っていた。家の入り口に漫然と佇む人影がある。
今時、幻想郷ですら珍しい、道に迷った旅人かと思いきやそれは橙でも迷い人でもなく白玉楼に居を構える幽々子だった。
仙果の様な淡い桃色の、肩にかかる程度の長さの穏やかに波打つ髪。
鮮やかな水色の生地で作られた、桜の柄が入った着物。
そして一見して渦巻き模様にも見える霊魂のようなものが描かれた特徴的な天冠。
見紛う筈も無い。長年付き合っている私の友人だ。
橙ならともかく、まさか幽々子がここに居るとは想像だにしていなかったので流石に驚いたのだが、ニコニコしながら「お茶にしましょ?」と彼女に言われ、なんだかどうでもよくなった。
若干の呆れを抱きながらも幽々子を家に招き入れ、一足先に来ていた藍に用意を頼み、居間の卓袱台を二人で囲んで座る。
それほどの時間もかからずお茶の準備が整い、参加者二人の、俗に言う『女子会』が開催された。
言いたくて仕方なかったのか、幽々子は真っ先に着物姿の妖夢について語りだし、先程の会話に繋がる。
「それなら妖夢に任せてきたから心配ないわー。食器を洗ってたから書置きで、だけれど」
「つまり抜け出してきたのね……。まぁせっかく来たのだからゆっくりしていきなさいな」
「さっすがー。紫は話がわかるぅー」
どこの暗黒騎士か、という口調で、幽々子は言いながら特に意味もなく手に持った扇子を一度開いて閉じた。
「それにしてもあの子がおめかしをねぇ。それはやはり『あれ』じゃあないかしら」
あれ? と幽々子がお茶を一口飲んでから聞き返す。
私は卓の上に置かれた茶請けの中から煎餅を取り、一口齧った。
それから勿体つける様にたっぷりと間を開けてから言った。
「その気持ち、まさしく『恋』よ!」
「こ、恋ですって! そんなまさかあの子にかぎってそんなことは……」
「いいえ幽々子、あの年頃の女の子は難しいものなのよ。かくいう私にもそんな経験があったわ」
「きゃあっ、そこのところをもう少し詳しく聞かせてちょうだいっ」
「そうねぇあれは何千年前のことだったかしら……。今となってはほろ苦ひ思い出なのだけれど──」
やいのやいのと二人姦しく喋っていると、かなりの量があったはずの煎餅や菓子の類がすっかりとなくなっていることに気がついた。
「ちょっと食べ過ぎちゃったかしらね」
思わずそう呟いてしまったところで一つ思い出す。
幽々子に少し待つように言った私は、隣の部屋で書物を読みながら待機していた藍に声をかける。
「どうかなさいましたか紫様」
襖を開けて入ってきた藍が尋ねる。
私は閉じた扇子を口元に当て、次に台所の方を指し示しながら彼女に言った。
「例のお菓子を持ってきてくれるかしら」
「分かりました。飲み物は紅茶でよろしいですか?」
「ええ、その様にしてちょうだい」
「かしこまりました」
少々お待ちください、と続け台所へ向かった藍をよそ目に幽々子が口を開く。
「何か珍しいものでも手に入ったの?」
「珍しい上に美味しいもの。藍が人里に行った時に見つけた洋菓子で、かなりの評判らしいわ。ああそういえば最近妖夢も一緒に里まで行くことが多いらしいのだけれど、何か聞いてないの?」
「藍によく稽古をつけてもらっているとは聞いているけど。里までおりてるとは聞いてないわー」
「はっ、まさか妖夢の恋の相手は……」
「な、なんですってー! いくら料理も仕事も出来て性格もよく気の利く藍でも──! ……藍ならいいかしら」
「私が言うのも親馬鹿みたいに聞こえて嫌なのだけれど、あの子ほんと万能なのよね。私の立つ瀬が無いわ」
「完璧超人ってやつね」
「昔はもっと可愛らしかったのだけれどねぇ。あんなに凛々しくなっちゃって可愛げがないったらまあ」
「その点うちの妖夢は絶賛可愛い時期ね。なうおんせーるよ」
「売りだしてどうするのよ!? きっとそのうち妖夢も藍みたいになるのよ……」
「うふふ、妖夢に限ってそれはないわね。だって──」
「だって?」
「お待たせしました」
私が聞き返したところで藍が戻ってきた。両手には四角い木製のお盆が乗っている。
お盆にはティーカップと白い皿に乗ったロールケーキが二つずつ。私と幽々子の分だ。
まずは幽々子、次に私と、どこぞのメイド長の様に瀟洒な所作で紅茶とケーキを配膳する。
それの外見は普通のロールケーキとなんら変わりないが、一つだけ変わった箇所が目につく。巻かれているクリームの色が違うのだ。
白ではなく赤色。いや、淡い桃色と表現すべきだろうか。
「この風味は……苺かしら?」
その色に幽々子の髪を連想し、何気なく彼女へ視線を移すとすでにロールケーキを口に運んでいる。
彼女の皿を見ればいつの間にか、それはもう一口大に切り分けられていた。
「さすが幽々子。一口で分かってしまうとはね」
そう、このロールケーキのスポンジに包まれているのは通常の白いクリームではなく、苺味のクリームなのだ。
正確には、フランボワーズと呼ばれるものを使用しているらしいが。
「ほら、湖の近くの目が悪くなるんじゃないかってくらい真っ赤な館があるじゃない。あそこに棲んでる吸血鬼の姉妹の、妹の方が発案したみたいよ」
「お姉さんの方は何度か宴会で一緒に酌をし合ったことがあるけれど、妹さんは会ったことないわー」
「貴女はあの二人と相性いいかもしれないわね。血流止まってるし」
「あら酷い。紫なんて血液緑色じゃないの。紫なのに緑とはこれ如何に。うふふ」
やかましいわ。
「本当は近いうちにこれを手土産にそっちへ行く心算だったのだけれど、手間が省けたというかなんというか」
「狙い通りね」
「嘘おっしゃい」
閉じた扇子で、私はぺしっと軽く幽々子の頭を叩いた。
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「そんな訳で、ロールケーキを貰ってきたわ」
「いつの間にか姿が見えなくなってて本気で焦ったんですからね!?」
怒られてしまった。解せないわ……。
おやつの前には戻ってきたというのにこの仕打。
育て方を間違ったのかと思うのも無理は無い。
美味な菓子に舌鼓を打った私は、時間もいい感じに潰せたので白玉楼へと戻ってきていた。
無論、妖夢の分のロールケーキもしっかと分けて貰ってである。
別れ際に「あなたって本当に自由人よねぇー」などと紫に言われたが、紫ほどじゃないわよーと返しておいた。
手土産を持って上機嫌に帰宅した私を迎えたのは、今朝と同じ着物のままの不機嫌な顔をした妖夢だった。
「まあまあ」
「まあまあ!? 置き手紙なかったら捜索願もんですよ!? そもそもこれなんですか『お茶してくるー』って、必要な情報が何一つとして伝わってきてないですよ!!」
「まあまあ落ち着きなさい妖夢。ほら、お饅頭食べる?」
私が書いた置き手紙を突き付けるように見せながら妖夢が叫ぶ。
そんな彼女に冷静れになるよう言いながら、暗器のように袖に隠している無数のお菓子の中の一つを私は差し出した。
驚く事なかれ、女の子は甘いモノに弱いのよ。
「あ、どうもありがとうございます。ってこれ戸棚に隠しといたおやつじゃないですか!」
「ふふ、あの程度で隠したつもりだなんてまだまだ甘いわね妖夢。……お饅頭なだけに」
「ドヤ顔でボソっと呟かないでくださいよ! 大体私、今ダイエっ──」
はっとした顔で妖夢が口を噤む。
その瞬間、私は彼女が珍しく着物である理由をなんとなく察した。
それは本来まだ若い彼女の身を考えると愚でしかない。
しかしこの子も女の子。どうしても気に病んでしまうのだ。
「──いつもどおり着替えようとしたんです」
下を向いたまま静かに妖夢は語りだした。
今にも消え入りそうな小さな声だが、その中には確固たる悲しみが混ざっている。
茶化したりせず、私はそれに黙って聞き耳を立てた。
「いつもと、同じ服に。でもいつもより、……服が、きつくて。ショックだったんですけど、朝食の用意もしないとだし……。だから一先ず着れそうなものを探したんです」
私が贈った着物が消去法的に選ばれていた事が少し悲しくもあったが、そんなことで怒りを感じたりはしない。
それよりも、妖夢が正直に言ってくれたことが嬉しいのだ。
年若い女の子が、太ってしまったなどと誰に言えようか。
幼い頃、自らの体型に一喜一憂していた覚えが私にもある。
「妖夢」
俯き、子鹿の様にぷるぷると震えながら恥ずかしそうにしている妖夢に声をかける。返事はない。
私はもう一度、出来るだけ優しく彼女の名前を呼んだ。
「妖夢。確かにあなたも女の子だし、そういうことを気にするかもしれない。でもね、安易に食事制限というのはよくないわ」
かつて一人の庭師に私が言われた事を、妖夢に言って聞かせる。
確かめる手段は最早無いけれど、あの時の彼は今の私と同じ気持ちだったのだろう。
子供というのはいずれ、大人になるものなのだ。
ゆっくりと、彼女の身体を抱きしめる。
何時だったかより私の顔に近くなった彼女の髪からは、優しい香水の匂いがほのかにした。
「あなたはまだ若い。これからもっと成長していくのだから、そのための栄養はちゃんと蓄えないと駄目」
頭を軽く撫で、感覚を惜しむように妖夢から身体を離した。
彼女の両手を包み込むように、私は持っていたお饅頭を手渡す。
「ほら、顔を上げなさい。女の子なら涙と笑顔は使い分けられないといけないわ。二つの武器を扱うのは、妖夢なら得意でしょう?」
「ゆゆこさま……」
両の袖口で顔を拭い、妖夢は顔を上げた。
「こう、ですか?」
「ええ、そうよ」
ほら、うちの庭師はこんなにも可愛い。
「幽々子様の仰る通りでした……」
「でしょう? あなたは気にしすぎなのよ」
あの後、落ち着いた妖夢に一つの命令を与えた。
といってもその内容は至って単純。身長を測ってきなさいと、それだけ。
「成長期なのだから、上にだって伸びるのよ。そうやって背が高くなる事で人は様々なモノを見ることができるのよ」
「私も──いずれ幽々子様が見ているモノに目が届くようになれるでしょうか」
真っ直ぐな二つの瞳が私を見据える。
「ええ、私がここにいる限り、いずれあなたなら」
きゅぅー、と私のお腹から小動物の鳴き声が聞こえた。
否、空腹を告げる音だった。
何か喋ろうとしていたであろう妖夢が、口を開いたまま呆けている。
「……」
唖然とした妖夢の視線にも負けず、私はひたすら無言をつらぬく。
その視線は明らかに先程とは意味合いが百八十度違っていたが、私はあくまでも無言をつらぬく。
「えっと……、ろ、ロールケーキ切り分けてきますね!」
先に根負けしたのは妖夢だった。
彼女は私の傍らに置いてあったロールケーキの箱を掴み、そのまま台所へと駆けて行く。
「シリアスどっちらけね……」
一人呟いた私に返事でもするかのようにもう一度、小さくお腹が鳴った。
------------------------------
「紫様、妖夢は大丈夫でしょうか」
幽々子を見送った後、特にすることもなかったのでそのまま今度は藍と女子会を開催。
お茶ばかり飲んでいる彼女はそういえばという感じで、煎餅を齧っていた私に聞いた。
幽々子はよく解っていない様子だったが、私はといえば、彼女の話を聞いて妖夢の事情は大方予想がついている。
「単に成長したのを肥えたとでも勘違いしてしまったのでしょう。そのくらいなら大丈夫よ、幽々子もいるのだし。それに女の子というのは、いくつになっても誰しもスタイルを気にするものよ」
「はぁ、そうですか……。ところで紫様」
「んー?」
「少し太られました?」
「え!?」
可愛らしくてとても素晴らしい!!!
ゆゆみょん最高!!!主従愛は正義!!!
100点じゃ足りない、1000点だ!!!!!
そしてゆゆみょんは私のファンタジー!!!!!!
ありがとうございました!
着物を着ている妖夢って素敵だと思います
年頃の女の子って感じでかわいいですよねー
幻想郷の女子は精神年齢が実年齢の三倍くらいありそうな人が多すぎる気がします
>>7さん
せ、せんてん!!ありがとうございます!
ゆゆこ様はいざというときはやってくれる人(?)だとおもいます
>>11さん
半々だからこそ常人より体調に気を使わなければいけない……のかもしれません
>>12さん
ダイエットは用法用量を守っておこないましょう!