Coolier - 新生・東方創想話

悪徳の大樹

2014/06/08 15:34:49
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 世の中には悪い物が色色とあってそれ等は蛆の如く湧き続けるのできりがない。それを一つ一つ潰して回る等出来る訳が無いし、元凶である死体を火葬したところで、元凶自体もまた蛆と同じだけ転がっているからきりがない。もしも悪を完全に断つのであれば、死体があっても蛆が湧かない様に気候自体を変質させるしかないが、それはそれでまた難しい。太子様であればいずれ教えによって世界中を変転させ、悪の無い善に満ちた世界を作る事が出来ると信じているが、今のところその道はまだまだ険しく見え、太子様の導きがあっても都やこの幻想郷から悪を駆逐する事は出来ていない。結局、今の私に出来る事は己の内の悪徳を廃し、目の前に現れた悪を焼滅させる程度の事だけで、ましてそれすらも完全には至っていない。それを歯痒く思いながら、今日も太子様の教えを信じて悪しき者達から人里を守っている。

 いつもの如く命蓮寺の生臭坊主共を燃やしに行こうと松明を買い付けに行くと店先に青娥殿を見掛けた。どうせまた邪な目的で人人を堕落させているのだろうと呆れながら近付いてみると、既に悪事を終えた後なのか帰るところの様で、何か苗木を貰ってお礼を言っていた。
 とっ捕まえてやろうかと思ったが、青娥殿は破顔した店主から苗木を受け取るとさっさと何処かへ飛んでいってしまったので追う事は諦めた。青娥殿の尻を目で追っていた店主に声を掛け、松明を四つ買ってそのまま命蓮寺に向かう事にした。空を見上げると青娥殿の姿は既に無い。一体何が目的だったのだろうかともう一度店先を見ると、店主が空を見上げていた。青娥殿の尻を幻視して鼻の下を伸ばしているらしかった。

 命蓮寺からの帰り道、きつく縛られていた腕を見ると縄目がついていた。痛みを覚えてさすりながら神霊廟へ帰ろうと歩いていると、道の半ばで青娥殿を見つけた。屈みこんで土に触れながら嬉しそうに鼻歌を歌っている。何か胡散臭い笑みだ。何をしているのだろうと近付いてみると気付かれた。
「あら、布都様」
 ばつが悪く思いながらも、気付かれてしまった以上は去る訳にもいかず、何をしているのか問い尋ねてみると、青娥殿が思わず引き込まれそうな晴れ晴れとした笑顔を見せた。こういう顔をした時はいつだって良からぬ事を考えている。
「これは悪徳の苗です」
「悪徳?」
 青娥殿が手をどかすと、成程、苗木が植えられていた。幅広の葉をつけている。苗木を見ただけでは何の木なのか分からないが、随分と大きくなりそうな形をしている。
「この苗は様様な悪徳を吸いながら大きくなっていくのです」
「我には普通の苗木に見えるが」
「この苗は悪徳の苗。そう言っているのだからそれで良いのです。そういう物なのです」
「要するにただの苗木なのだろう? 本当は何の木なのだ?」
「そういう夢の無い事を言ってはいけません」
 しつこく聞いてみたが結局木の名前を教えてくれなかった。もしかしたら青娥殿自身も知らないのかもしれない。何も知らないからこそ想像の羽を羽ばたかせられる余地もある。
「して、その悪徳の苗を育てて貴様は何がしたいのだ?」
 その理由が不純であれば、使い切れなかった松明の残りで苗木ごと焼滅させるが。
 私の問いに、青娥殿は恥ずかしげに頬を染める。
「ただ育てたいだけですわ」
 怪しい態度だった。
「隠し立ては許さぬぞ」
「いえいえ、本当に。ですから燃やさないでくださいな。私は本当にただこの苗を育てたいだけなのです」
 益益信じられない。そんな事を言いながら、本当は何か悪辣な事をしようとしているのではないだろうか。可能性はある。十分にあり得る。この邪仙は放っておくと何をしでかすか分かったものではない。
「ならば我が育てよう」
「駄目ですわ」
 ほら、やはり。
「何故だ? ただ育てるだけならば我が育てても良いであろう?」
「こういった物は自分で育てなければ意味がありません。それに、これは悪徳の苗ですから、布都様では育てられません」
「土くれに植えて水をやるだけだろう?」
「いいえ、この苗が育つには悪徳が必要なのです」
 青娥殿が傍らに置いたじょうろを持ち上げた。
「内に溜まった悪徳を吐き出して苗にかける。その悪徳を吸収して苗は育っていくのです」
 そう言って、青娥殿がじょうろから水を降らして苗木にかけた。言われてみると確かに、水に染み込んだ悪意が苗木に吸収されている、気がする。
「貸してみよ」
「布都様や神子様は悪徳がありませんから」
「いいや、我は悪徳に満ちておる」
「まさか」
 言ってしまってから、何故太子様にも言った事の無い弱音を邪仙相手に漏らしてしまったのか後悔が湧いてくる。
 怒り悲しむ私は、未だ正道を歩くに至っていない。太子様は何も言わない、それどころか私の事を真っ直ぐであると頻りに褒めてくださるが、争い間違う私に対するその過剰な褒め言葉が言葉通りの意味だとは思えない。真っ直ぐだと褒めてくださる太子様からは何だか哀れみの様なものを感じる。自分自身でも分かっている。悪に染まっても良いと開き直って他の悪を燃やす私は、悪意で捻じ曲がっているに違いない。
「先程の事で少少苛立っておる。くれてやる悪意には事足りん」
「何かあったのですか?」
「貸してみよ」
 青娥殿からじょうろを受け取って悪徳の苗木へと水をかける。自分の中の悪意が腕の先を通ってじょうろの水へと伝播していくのを感じた。私の悪意を受けた苗木が葉を震わせて水滴を弾く。まるで喜んでいるかの様だ。やはり私の中にはどす黒い悪が溜まっていたらしい。
「結局貴様は何がしたいのだ?」
 じょうろを受け取った青娥殿が笑顔を浮かべながら水をかけ始める。
「先程も言った通り、この木を大樹へと育て上げたいだけです」
「そうするとどうなる?」
「ここに巨大な悪徳の樹が聳えます」
「醜いな」
「ですが醜いのはその樹だけになりますわ」
「どういう事だ?」
「大きくなった悪徳の樹は自分から周囲の悪徳を吸い上げて育ちます。育てば育つだけ、世界から悪徳を吸い上げる。樹がこれ以上無い程大きくなったその時、あらゆる世界から悪徳が消え去るのです。悪徳を蓄えたこの大樹だけを残して」
 夢見がちでしょうか、という微笑みに、言葉が詰まった。
 あまりにも私の目指す世界に合致していたから。
 邪仙の言葉であるのに、あまりにも魅力的に感ぜられてしまったから。
 その笑みにはっと胸をつかれてしまったから。
「それなら、太子様が育てれば。太子様は素晴らしい方であるし」
 私がつかえながらそう言うと青娥殿は首を横に振った。
「まだこの木は小さくて、自分で周りから悪徳を吸い上げる事が出来ません。だから私の様に悪に染まった者が悪を与え、大きくなるまで育てなければならないのです。太子様の様な悪徳を有さない素晴らしい方が育てようとしたら、すぐに枯れてしまいます」
「そうか。ならば勝手にせい」
 私は踵を返して足早にその場を去った。次第に青娥殿の言葉に惹かれ、悪徳の樹の存在を心地良く感じる自分が恐ろしかった。それを振り払いたくて走り出す。
 神霊廟に戻ると太子様が庭いじりをしていた。太子様の整える花木はどれも美しく、見ている内に心が和む。邪仙の育てる醜い悪徳の樹とは違う。これこそが美徳の花。私がつき従い、そして目指す聖人の姿。危うく悪に陥りかけていた自分を戒めて私は太子様の下へと駆け寄った。

 後日、悪徳の樹が気になって見に行くと、悪徳の樹が消えていた。近くにある青娥殿の家へ説明を求めに赴いたがあいにくと留守だった。もう一度樹のあった場所へ戻ってみたが、植わっていた場所には掘り返した跡があるのみで、樹の姿は何処にも無い。ただ千切れた幅広の葉が一枚落ちていた。
 枯れてしまったのだろう。
 あの壮大な夢は結局絵空事のまま捨てられたのだ。
「育てられなかったのか」
 何故悪徳を糧にする苗を青娥殿が育てられなかったのか。あるいは私であれば育てられたのだろうか。
 考えても詮無い事なので、私は神霊廟へと戻った。門を潜るなり太子様に呼ばれ、裏手に回ってみると、嬉しそうな顔の太子様と屠自古が居た。
「見ろ、布都。ついに咲いたぞ」
 何故だろう。胸がざわついた。
 太子様の指が一点をさしていた。屠自古がその一点に尊崇の眼差しを送っている。
 私は息を飲みながら太子様の指の先を追い、それを見た一瞬息を忘れた。
 太子様の指差す先に、あの悪徳の樹が植わっていた。
 それが白い花を咲かせていた。
「お前達を驚かせたくて黙っていたんだがな。遂に咲いたんだ。どうだ美しいだろう」
 屠自古が過剰とも言える褒め言葉を並べている。
「この樹はどうなさったのですか?」
「青娥殿が飽きたからと言って捨てようとしていてな。可哀想だから引き取って育てていたんだ。用済みとして捨てられようとしていたが、どうだ、ちゃんと育てば見事に花を咲かせられるだろう? ヤマボウシというんだ」
 山法師。
 そういう名前であったのか。
 山法師の苗木は青娥殿に育てられていた時に比べて随分と大きくなっていた。まだ背は低く、幹は細いが、見事な白い花を咲かせている。いずれ高く大きく育つに違いない。そう予感させられた。
「太子様がお一人で育てられたのですか?」
「ああ、そうだ。やはり手ずから育てた方が趣があるだろう?」
 太子様が育てられたのか。
 育てる事が出来たのか。
 屠自古が太子様を褒めている。
 太子様が照れた様に笑っている。
 ふと私に水が向けられたので、素晴らしい樹だと褒めた。
 それは本当に見事な樹で、太子様が育てている他の花木と同じで美しく、見ている内に心が和んでいく。
 山法師。
 悪邪が無ければ育てられない悪徳の樹が真っ白な美しい花を咲かせている。
神ふと、青ふと、白ふと、みんな違ってみんな良いけど、せいふとが一番なのは確定的に明らか。
烏口泣鳴
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コメント



0.300簡易評価
1.100ふわふわおもち削除
生きたキャラクタ達が、山法師を軸に短く、これ以上ないくらいに完成度が高くまとまっている。
文句がつけられない。100点。
2.80なかがわたくみ削除
この樹はきっと、悪徳とともに布都の生気も吸い取っていくのだろうね。
布都が神子への買い被りを捨て去る日は、果たして来るのだろうか?
4.80名前が無い程度の能力削除
やっぱりせいふとがナンバーワン!
6.100非現実世界に棲む者削除
とても面白い作品でした。
>青娥殿の尻を幻視
おまわりさん、こいつです。
7.80名前が無い程度の能力削除
やはり時代はせいふとですよね!
爽やかなようで気持ちの悪い余韻が残るのも良いです
9.100名前が無い程度の能力削除
ニャンニャンは悪戯っ子だなーも〜
まあ悪戯は実のところ強い信頼で成り立つことだし、布都ちゃんの信念が揺るがないのを知ってこんな悪戯をしたんだろうね

信念や正義は大事
主を信じることもね
正しいことが大事じゃない正しいと信じることが大事
この世はある意味戦場なんだし正しいとか正しくないとか眠いこと考えてても喧嘩は出来ない
喧嘩は腹決めな出来ないし信じないと出来ない
偉人とは要は歴史的喧嘩名人
なら偉人の従者なれば盲信過信買いかぶらりがなくて何が従者か!
布都ちゃんには是非ともこのままでいて欲しい
理解するだけで勝てる程喧嘩は甘くないしね
12.100名前が無い程度の能力削除
にこやかに悪戯を仕掛けたり、飽きたらすぐ放り出してしまうところなど、まさに邪仙青娥ですね
どちらかと言えば純粋な布都との組み合わせは意外に似合っているかもしれません
本人たちは否定しそうですが
13.90名前が無い程度の能力削除
見る人によって無邪気にも邪悪にも映る邪仙スマイル。素敵です。
14.100名前が無い程度の能力削除
ざらついた感触のラストが印象的でした
神霊組はいろいろ抱えてそうですね
17.無評価Lisette削除
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