鳥の鳴き声が聞こえる。窓から光が差し込む。あぁ、朝が来たのだと私、藤原妹紅は目を覚ます。私は木でできた質素な家に住んでいる。布団と囲炉裏と棚ぐらいしかない。ふと、棚を見て食べる物がないことに気づく。そう言えば、昨日全部食べたんだっけ、そんなことを思いながらまあいいかと外に出る。私は不老不死だから別に飢えて死んでも蘇れるから大した問題にも思わなかった。外に出たのは散歩のためだ。これは日頃の癖と言う奴だ。毎日やっているから今日もするだけ、ただそれだけのことだ。昼飯ぐらいは食べるか。慧音も人間らしく生活しろと言っていたし。そんなことを考えて歩いていると前に人影があった。私は人影の方に歩いていった。もしも、迷っているのだとしたら助けようと思ったからだ。それは善意からというより、長年ずっとしてきたからだ。初めの頃は善意だったが、今はどちらかというとこれもまた癖に近い。人影に近づく。それは私のよく知る者だった。
「なんだ、夜雀か…」
私はため息をついた。夜雀なら助ける必要もない。無駄足を踏んでしまった。
「なんだとは何よ。」
夜雀が若干怒りながら話しかけてくる。誰でもいきなりなんだなんて言われたら腹が立つだろう。私だって腹が立つ。
「悪い、悪気はないんだ。」
素直に謝っておく。非はこちらにあるのだから当たり前だ。
「まあ、いいけど…」
夜雀はそう言うと歌いながら飛びさっていった。何か言いたげな顔をしていたが何も言ってこなかったのは、私と勝負して勝てないことを知っているからだろう。まあ、先に手を出さなければ私は手を出すつもりはないが。
散歩を終えた私はゴロンと横になる。特にやることはない。別に何もしなくても死にはしない(正確には死んで蘇るのだが)のでこのまま1日を終えてもいいのだが、それでは味気がない。そこで私は食べ物を集めようと決めた。食べることはそれ即ち生きることである。それをしないでも生きられる私は果たして生き物なのかなどと思うこともあったが最近は全く考えない。どうせ、答えなど出ないのだ。考えるだけ無駄である。私は籠を背負って竹林に繰り出していった。竹林では筍を取ることができる。しかし、普通の人は竹林で迷ったり、妖怪に襲われたりするので取りに来れない。だから、私はその筍を取って人里で他の食べ物と交換してもらうのだ。実際、この筍はうまい。お吸い物にするとたまらなく美味しい。私はサクサクと筍を見つけては取って籠に入れていく。数時間ぐらいした頃、籠は筍で一杯になっていた。そろそろ帰ろうかと帰路につこうとした時、不意に後ろから声がした。
「あらあら、妹紅。筍取り?精が出るわね。」
そこには我が宿敵がいた。
「輝夜…!」
私は憎しみを込めてその名を呼んだ。
「あらあら。そんな怖い声出さないでよ。」
微笑みながら輝夜は返事をする。
「なんでお前がこんなところにいるんだ?しかも一人で。」
今にも攻撃したいのをぐっと堪えて尋ねた。普段は姫であるから永遠亭から出ることは少なく、外出には必ず誰かが付いてきているからだ。
「あら、理由なんてなくてよ。ただ、何となく外を散歩したくなっただけ。」
「そうか、じゃあ…」
私はそう言って、弾幕を展開した。放たれた札が輝夜めがけて飛んでいく。
「あらあら、いきなり酷いじゃない妹紅。そっちがその気なら…」
輝夜も弾幕を展開する。そこからはいつもと同じだ。因縁がある私達は昔から何かにつけて殺し合った。お互いに蓬莱人だから本当に殺しても何の問題もない。そして、どちらかが根を上げる、もしくは飽きるまで殺し合いが終わることはない。しかし、輝夜は月の姫、私はただの蓬莱人、格が違うのは嫌でもわかった。私が勝てることなどまずないのだ。今回も同じ。最終的に負けたのは私だった。蓬莱人といえども死にすぎれば蘇るのに間隔を要する。それが私の方が先に来たのだ。 小1時間程の出来事であった。せっかく集めた筍も全て駄目になってしまった。
「次は勝てるといいわね、妹紅。」
輝夜はこう言い残すと去っていった。悔しい。悔しいが何度も繰り返せばその感情も次第に弱まる。完全に消えるわけではない。しかし、何処か諦めというか、またそうなるのであろうという気持ちがある。私にとって、輝夜との殺し合いは最早何の意味もなさない。それで、輝夜への憎しみが晴れることもない。輝夜が死ぬこともない。強いて理由を上げるとするなら、暇つぶしと言ったところであろうか。私は少し時間が経った後、完全に回復した。そして、再び筍を集めた。籠一杯に集まったので、家に帰ることにした。輝夜と戦ったせいかもう日が暮れかけていた。今から人里に行っても、筍を売ることは困難だろう。今日のところは諦めて家にいるとしよう。慧音に3食きっちり食べるように言われているが、朝も昼も何も食べなかった。夜くらいは食べようかととって来た筍を調理して食べて早めに寝た。次の日もまた鳥の鳴き声と共に目を覚ました。思い切り伸びをして貯めてある水で顔を洗う。そして、いつものように散歩に出かける。雲ひとつない晴天だった。木々がそよそよと揺れている。今日もまた1日が始まったのだと実感させられる。もう、散歩をしないと1日が始まった気がしない。習慣とは中々に恐ろしいものだ。さて、今日は昨日集めた筍を人里まで売りに行くこととしよう。人々に奇異な目で見られるので嫌だった時期もあったが最近は慣れてしまった。人々も同様だった。所詮、自分と関係が薄いものへの意識なんてそんなものである。私は籠に入った筍を背負って人里まで歩いていった。途中何かあるわけでもなく人里に着いた。筍は自分で売るわけではなく、店に卸すという形を取っている。今回もいつもの店に卸して、少しばかりのお金を受け取る。いくら、筍が貴重といえど高級食材というわけでもないのでそこまで値はつかない。今日は慧音の家に寄って、食べ物を買って帰ろう。私はそう決めた。慧音の家に寄るのに特に意味はない。親しいからたまに顔を合わせないと落ち着かないだけだ。私が家に寄ると慧音は嬉しそうに微笑む。でも、時折とても悲しそうな顔をする。そんな時、不思議そうな顔をして私が慧音をじっと見ていると慧音は慌ててまた微笑む。私には何故慧音が悲しそうにするのかはわからない。聞こうとも思えなかった。誰しも触れて欲しくない部分というのはあるだろう。今日は慧音と少し世間話をして慧音から少し食べ物を貰った。その後、八百屋で少し野菜を買って自分の家に帰った。もう夕方になってしまっていた。なので、夕飯を作って食べることとした。基本、私は野菜中心の食事をしている。肉が嫌いとかそういうのではなく、単に野菜の方が安いからという理由だ。今日は適当に野菜を切って炒めたものに醤油をかけて食べた。その後は風呂(と言っても少し大きめの入れ物に水を入れて私の炎で温めただけのもの)に入って床についた。
何故か今日は早く目が覚めた。まあ、そんな日もあるだろうと特に気にはとめなかった。そして、すぐに日課の散歩に出かけた。何時もよりなんだか静かに感じた。少し歩くと前に人の姿が見えた。蹲っているようだった。私は近づいた。人は30代ぐらいの男のようだった。更に私は近づいた。そして、気付いた。男は腹から血を出している。近くにナイフが落ちていた。自殺か、と私は思った。今にも死にそうだ。私は冷静だった。死というものに慣れてしまったのかもしれない。それでも、目の前に男は死んだら蘇らない。たとえ、自らの意思で命を絶とうとしたとしても、見捨てるわけにはいかなかった。それは、このまま無視すれば湧き上がる不快な感情に苛まれることになる。それが嫌だという私のエゴだ。とりあえず、男を担ぎ永遠亭まで飛ぶこととした。いくら、憎き輝夜がいようと助けることが最優先だ。永遠亭までは歩けば長いが、飛んでしまえば大して時間がかかるわけではない。10分もすれば、永遠亭に到着した。
「おい!急患だ!」
そう声をかけると中から月兎が出てきてそそくさと男を連れていった。私はそのあとをついていった。幸い、輝夜はまだ寝ているのか会うことはなかった。
「かなり弱ってるけど大丈夫よ。」
月の医者、永琳はそう言った。
「そうか、それならよかった。」
私はそう言ってその場を立ち去ろうとした。その時、
「あら?置いて帰っちゃうの?」
永琳に呼び止められた。
「たまたま、見つけただけだ。私とは何の関係もない。後は頼んだ。」
ぶっきらぼうにそう言うと、私は逃げるように永遠亭から出て行った。帰りは急ぐ必要もないので歩いた。あの男は助かるだろう。そうして、どうするだろうか。命が助かったことを喜ぶだろうか。自ら死のうとしたのに助かったを恨めしく思うだろうか。どちらにせよ、私が知ることはない。
「あぁ、私は…私なんて所詮…」
空を見上げながら呟いた。
数日が経った。私はいつも通り日常を繰り返している。変わったことがあるとすれば、昨日慧音と夜雀の屋台で酒を飲んだことぐらいだ。何時ものように朝の散歩に出かけようとするとこちらに向かってくる人影が見えた。よく見るとそれは先日私が助けた男のようだった。
「あ、貴女が私を助けてくださった、ふ、藤原妹紅さんですか?」
走ってきたのか少し息を切らしながら男は言った。大方、ここに来れたのは永遠亭の兎が案内でもしてきたのだろう。余計なことを。
「そうだが。何か用か?」
私はできるだけ素っ気なく言った。
「そ、その、先日は助けていただきありがとうございました!」
案の定、男は礼を言ってきた。
「なんで、死のうとしていたんだ?」
私は聞いた。本当は別のことが聞きたかったが聞けなかった。
「それは…妻と子に先立たれ、自暴自棄になっていたのです。しかし、死のうとして初めてわかったのです。死の恐怖が。生への渇望が。」
私は黙って聞いていた。
「そして、私が死んだら一体誰が妻と子を弔うのか。妻と子の分まで私は生きねばならない。私は死の直前までわからなかったのです。私はそれこそ死ぬ程後悔しました。そこを、貴女様が助けてくださったのです。貴女は命の恩人です。どれ程感謝しても感謝しきれません。」
男は熱く語りかけてきた。
「大したことはしてないよ。」
やはり、素っ気なく返した。
「そんなことはありません。本当にありがとうございます。」
尚も男はあたまを下げ続けた。しばらく経ってからようやく男は帰って行った。ただし、帰り道がわからなかったので、私が案内してだが。あの男は何かを得たのだろう。なら、あの男を助けた私は何かを得られたのだろうか?ちっぽけな心が満たされただけではないのか。あの男は死の直前で自分自身で己が間違いを見つけられたのだ。私がしたのはそれを自己満足のために拾い上げただけだ。そして、男は生きる意味を持って明日も明後日も死ぬまで生きていくだろう。そして、満足して死ぬだろう。それは、何より素晴らしく見えた。私はそう生きられるだろうか。終わりがない私は生きる意味を持って。私は今日も日常を過ごすのだろう。朝起きて散歩して、たまに慧音に会って、たまに輝夜と戦う。そこで私はふっと思う。
「輝いているものも手にしたら霞んで見える。だったら、いつも通りが一番なのだろう。それが何より幸せなんだろう。」
呟きは虚空に消え行き、今日もまた1日が始まる。霞んで見える1日が。
「なんだ、夜雀か…」
私はため息をついた。夜雀なら助ける必要もない。無駄足を踏んでしまった。
「なんだとは何よ。」
夜雀が若干怒りながら話しかけてくる。誰でもいきなりなんだなんて言われたら腹が立つだろう。私だって腹が立つ。
「悪い、悪気はないんだ。」
素直に謝っておく。非はこちらにあるのだから当たり前だ。
「まあ、いいけど…」
夜雀はそう言うと歌いながら飛びさっていった。何か言いたげな顔をしていたが何も言ってこなかったのは、私と勝負して勝てないことを知っているからだろう。まあ、先に手を出さなければ私は手を出すつもりはないが。
散歩を終えた私はゴロンと横になる。特にやることはない。別に何もしなくても死にはしない(正確には死んで蘇るのだが)のでこのまま1日を終えてもいいのだが、それでは味気がない。そこで私は食べ物を集めようと決めた。食べることはそれ即ち生きることである。それをしないでも生きられる私は果たして生き物なのかなどと思うこともあったが最近は全く考えない。どうせ、答えなど出ないのだ。考えるだけ無駄である。私は籠を背負って竹林に繰り出していった。竹林では筍を取ることができる。しかし、普通の人は竹林で迷ったり、妖怪に襲われたりするので取りに来れない。だから、私はその筍を取って人里で他の食べ物と交換してもらうのだ。実際、この筍はうまい。お吸い物にするとたまらなく美味しい。私はサクサクと筍を見つけては取って籠に入れていく。数時間ぐらいした頃、籠は筍で一杯になっていた。そろそろ帰ろうかと帰路につこうとした時、不意に後ろから声がした。
「あらあら、妹紅。筍取り?精が出るわね。」
そこには我が宿敵がいた。
「輝夜…!」
私は憎しみを込めてその名を呼んだ。
「あらあら。そんな怖い声出さないでよ。」
微笑みながら輝夜は返事をする。
「なんでお前がこんなところにいるんだ?しかも一人で。」
今にも攻撃したいのをぐっと堪えて尋ねた。普段は姫であるから永遠亭から出ることは少なく、外出には必ず誰かが付いてきているからだ。
「あら、理由なんてなくてよ。ただ、何となく外を散歩したくなっただけ。」
「そうか、じゃあ…」
私はそう言って、弾幕を展開した。放たれた札が輝夜めがけて飛んでいく。
「あらあら、いきなり酷いじゃない妹紅。そっちがその気なら…」
輝夜も弾幕を展開する。そこからはいつもと同じだ。因縁がある私達は昔から何かにつけて殺し合った。お互いに蓬莱人だから本当に殺しても何の問題もない。そして、どちらかが根を上げる、もしくは飽きるまで殺し合いが終わることはない。しかし、輝夜は月の姫、私はただの蓬莱人、格が違うのは嫌でもわかった。私が勝てることなどまずないのだ。今回も同じ。最終的に負けたのは私だった。蓬莱人といえども死にすぎれば蘇るのに間隔を要する。それが私の方が先に来たのだ。 小1時間程の出来事であった。せっかく集めた筍も全て駄目になってしまった。
「次は勝てるといいわね、妹紅。」
輝夜はこう言い残すと去っていった。悔しい。悔しいが何度も繰り返せばその感情も次第に弱まる。完全に消えるわけではない。しかし、何処か諦めというか、またそうなるのであろうという気持ちがある。私にとって、輝夜との殺し合いは最早何の意味もなさない。それで、輝夜への憎しみが晴れることもない。輝夜が死ぬこともない。強いて理由を上げるとするなら、暇つぶしと言ったところであろうか。私は少し時間が経った後、完全に回復した。そして、再び筍を集めた。籠一杯に集まったので、家に帰ることにした。輝夜と戦ったせいかもう日が暮れかけていた。今から人里に行っても、筍を売ることは困難だろう。今日のところは諦めて家にいるとしよう。慧音に3食きっちり食べるように言われているが、朝も昼も何も食べなかった。夜くらいは食べようかととって来た筍を調理して食べて早めに寝た。次の日もまた鳥の鳴き声と共に目を覚ました。思い切り伸びをして貯めてある水で顔を洗う。そして、いつものように散歩に出かける。雲ひとつない晴天だった。木々がそよそよと揺れている。今日もまた1日が始まったのだと実感させられる。もう、散歩をしないと1日が始まった気がしない。習慣とは中々に恐ろしいものだ。さて、今日は昨日集めた筍を人里まで売りに行くこととしよう。人々に奇異な目で見られるので嫌だった時期もあったが最近は慣れてしまった。人々も同様だった。所詮、自分と関係が薄いものへの意識なんてそんなものである。私は籠に入った筍を背負って人里まで歩いていった。途中何かあるわけでもなく人里に着いた。筍は自分で売るわけではなく、店に卸すという形を取っている。今回もいつもの店に卸して、少しばかりのお金を受け取る。いくら、筍が貴重といえど高級食材というわけでもないのでそこまで値はつかない。今日は慧音の家に寄って、食べ物を買って帰ろう。私はそう決めた。慧音の家に寄るのに特に意味はない。親しいからたまに顔を合わせないと落ち着かないだけだ。私が家に寄ると慧音は嬉しそうに微笑む。でも、時折とても悲しそうな顔をする。そんな時、不思議そうな顔をして私が慧音をじっと見ていると慧音は慌ててまた微笑む。私には何故慧音が悲しそうにするのかはわからない。聞こうとも思えなかった。誰しも触れて欲しくない部分というのはあるだろう。今日は慧音と少し世間話をして慧音から少し食べ物を貰った。その後、八百屋で少し野菜を買って自分の家に帰った。もう夕方になってしまっていた。なので、夕飯を作って食べることとした。基本、私は野菜中心の食事をしている。肉が嫌いとかそういうのではなく、単に野菜の方が安いからという理由だ。今日は適当に野菜を切って炒めたものに醤油をかけて食べた。その後は風呂(と言っても少し大きめの入れ物に水を入れて私の炎で温めただけのもの)に入って床についた。
何故か今日は早く目が覚めた。まあ、そんな日もあるだろうと特に気にはとめなかった。そして、すぐに日課の散歩に出かけた。何時もよりなんだか静かに感じた。少し歩くと前に人の姿が見えた。蹲っているようだった。私は近づいた。人は30代ぐらいの男のようだった。更に私は近づいた。そして、気付いた。男は腹から血を出している。近くにナイフが落ちていた。自殺か、と私は思った。今にも死にそうだ。私は冷静だった。死というものに慣れてしまったのかもしれない。それでも、目の前に男は死んだら蘇らない。たとえ、自らの意思で命を絶とうとしたとしても、見捨てるわけにはいかなかった。それは、このまま無視すれば湧き上がる不快な感情に苛まれることになる。それが嫌だという私のエゴだ。とりあえず、男を担ぎ永遠亭まで飛ぶこととした。いくら、憎き輝夜がいようと助けることが最優先だ。永遠亭までは歩けば長いが、飛んでしまえば大して時間がかかるわけではない。10分もすれば、永遠亭に到着した。
「おい!急患だ!」
そう声をかけると中から月兎が出てきてそそくさと男を連れていった。私はそのあとをついていった。幸い、輝夜はまだ寝ているのか会うことはなかった。
「かなり弱ってるけど大丈夫よ。」
月の医者、永琳はそう言った。
「そうか、それならよかった。」
私はそう言ってその場を立ち去ろうとした。その時、
「あら?置いて帰っちゃうの?」
永琳に呼び止められた。
「たまたま、見つけただけだ。私とは何の関係もない。後は頼んだ。」
ぶっきらぼうにそう言うと、私は逃げるように永遠亭から出て行った。帰りは急ぐ必要もないので歩いた。あの男は助かるだろう。そうして、どうするだろうか。命が助かったことを喜ぶだろうか。自ら死のうとしたのに助かったを恨めしく思うだろうか。どちらにせよ、私が知ることはない。
「あぁ、私は…私なんて所詮…」
空を見上げながら呟いた。
数日が経った。私はいつも通り日常を繰り返している。変わったことがあるとすれば、昨日慧音と夜雀の屋台で酒を飲んだことぐらいだ。何時ものように朝の散歩に出かけようとするとこちらに向かってくる人影が見えた。よく見るとそれは先日私が助けた男のようだった。
「あ、貴女が私を助けてくださった、ふ、藤原妹紅さんですか?」
走ってきたのか少し息を切らしながら男は言った。大方、ここに来れたのは永遠亭の兎が案内でもしてきたのだろう。余計なことを。
「そうだが。何か用か?」
私はできるだけ素っ気なく言った。
「そ、その、先日は助けていただきありがとうございました!」
案の定、男は礼を言ってきた。
「なんで、死のうとしていたんだ?」
私は聞いた。本当は別のことが聞きたかったが聞けなかった。
「それは…妻と子に先立たれ、自暴自棄になっていたのです。しかし、死のうとして初めてわかったのです。死の恐怖が。生への渇望が。」
私は黙って聞いていた。
「そして、私が死んだら一体誰が妻と子を弔うのか。妻と子の分まで私は生きねばならない。私は死の直前までわからなかったのです。私はそれこそ死ぬ程後悔しました。そこを、貴女様が助けてくださったのです。貴女は命の恩人です。どれ程感謝しても感謝しきれません。」
男は熱く語りかけてきた。
「大したことはしてないよ。」
やはり、素っ気なく返した。
「そんなことはありません。本当にありがとうございます。」
尚も男はあたまを下げ続けた。しばらく経ってからようやく男は帰って行った。ただし、帰り道がわからなかったので、私が案内してだが。あの男は何かを得たのだろう。なら、あの男を助けた私は何かを得られたのだろうか?ちっぽけな心が満たされただけではないのか。あの男は死の直前で自分自身で己が間違いを見つけられたのだ。私がしたのはそれを自己満足のために拾い上げただけだ。そして、男は生きる意味を持って明日も明後日も死ぬまで生きていくだろう。そして、満足して死ぬだろう。それは、何より素晴らしく見えた。私はそう生きられるだろうか。終わりがない私は生きる意味を持って。私は今日も日常を過ごすのだろう。朝起きて散歩して、たまに慧音に会って、たまに輝夜と戦う。そこで私はふっと思う。
「輝いているものも手にしたら霞んで見える。だったら、いつも通りが一番なのだろう。それが何より幸せなんだろう。」
呟きは虚空に消え行き、今日もまた1日が始まる。霞んで見える1日が。
そしてテーマがちょっと散漫かなあと。筍の話とか、夜雀に会ったくだりとか、輝夜と戦った話とかがあまりうまく噛み合っておらず、あまり後に効いてない。妹紅の日常を淡々と描写しただけというか、いや、別にそれはそれで構わないし、悪くないと思うんですけど。
ちょっと構成や見せ方が残念だった印象。
自殺者のくだりとか、掘り下げればもっと深く書けたと思うんですけど、ちょっと男が勝手に悔い改めてしまっててご都合主義にも感じました。
もうちょっと、男がその結論に至る過程に妹紅なり輝夜なりが関わっていれば、もっと魅力的な話になったのではないかなと思います。
長文失礼しました。