畳敷きの部屋の中央。
そこに敷かれた白い布の上に、これ見よがしに大きな菓子袋が置かれている。
「あら、これは一体」
なんでもない日の昼下がり。ふと命蓮寺の一室に入った聖白蓮は、その菓子袋をみて首をかしげた。
一体これはなんなのだろう。なぜこれ見よがしにこんなところに置いてあるのだろう。
不思議に思って近寄ろうとした瞬間、
「それは、私からのプレゼントだよ。聖」
「えっ?」
白蓮の目の前に、天地逆転した少女の顔が出現した。
それは天井からぶら下がるようにして現れた黒衣の正体不明少女、封獣ぬえのものだった。
ともすれば唇さえ触れ合いかねないほどの至近距離に、唐突に出現したその顔。
聖は驚いて、止まるのを忘れてそのままぬえに突っ込んだ。
「ぐぼぁー!?」
ぬえは聖に跳ね飛ばされ、落下して強かに腰を打った。
「何すんだよ!」
「す、すみません」
腰をさすりながら、ぬえは白蓮を恨みがましく見上げる。
「まぁいいや。さぁ、聖。それは私のプレゼントだよ。きっと気に入ってもらえると思う」
そうしてぬえは、にやにやと笑いながら、部屋に鎮座した菓子袋を指差す。
「……この菓子がですか?」
「ああ……うん、そうだよ。きっとおいしいだろう」
ぬえの不自然なまでの笑みは、何かイタズラを企んでいるのだろうという事は容易に見て取れる。
だが、そう決め付けてかかるのもよくはない。
それに、せっかくぬえからのプレゼントだと言うのだから、白蓮自身の拘りとしても、断るわけにもいかなかった。
「わかりました。せっかくですから、ありがたくいただきましょう」
そうして白蓮は菓子袋を抱えるように持ち上げた。
結構ずっしりと来る。本当にこの中に菓子が入っていると言うなら、かなり詰まっているだろう。
その光景を見て、ぬえは目を細めた。
「ああ、大事にしてくれ」
十中八九、これは菓子袋ではない。
決め付けてかかるのは良くないが、ぬえの言動を鑑みれば、正体不明の種をくっつけた何かということは違いないだろう。
イタズラしている雰囲気満々なのはともかく、ぬえはこのプレゼントに対して『大事にしてくれ』とコメントした。
食べてしまうことが意義であるお菓子に対して、そのコメントはありえない。
ただ、その前に『きっとおいしいだろう』という言葉も添えていた。
それは明らかに食物に対してのコメントであり、前述の『大事にしてくれ』とは真っ向から反するコメントだ。
だが、おいしいからって食物であるとも限らない。別の意味でオイシイ何かなのかもしれないし。
「わぁ、おいしそうですね!」
そんなことを考えながら縁側を歩いていると、庭を掃除していた響子が声を弾ませながら駆け寄ってきた。
その視線は、明らかに白蓮の持っている『菓子袋』に注がれている。
「おや響子さん。……そうですか。おいしそうに見えるのですか」
「白蓮さん、一つ貰ってもよいですか?」
「ええ、あっ」
反射的に了承を返してしまったが、正体が判然としていないものを食べさせるのは色々とまずい。
だが、白蓮が気づいたときには既に遅く、響子はなんと、菓子袋に”そのままかじりついた”のだ。
「えっ!?」
「むぃ!? うわぁ、なんですかこれ!!」
白蓮が驚くとともに、響子もまたビクッとしてその場を飛び退る。
「ええと、ごめんなさい。……参考までに、何に見えてました?」
「ドングリだと思ったんですけど、なんかムニュってしました……」
「響子さんには悪いことをしました。とりあえず手持ちの別のお菓子を渡して詫びておきましたが……」
ともかく響子のおかげで、間違いなくこの菓子袋のようなものには、正体不明の種がついていることははっきりとした。
だが、その正体がまったくつかめない。まぁ正体不明の種だし、正体不明で当たり前なのだが。
しかし正体不明の種は見る者のイメージによって見え方が変わるもの。
「私には菓子袋に見えて、響子さんにはドングリに見えた。とすると、お手軽な食べ物、というのが、一番実情に近いかと思うのですが……」
例の『大事にしてくれ』という台詞に加えて、響子がびっくりして飛び退るほどにムニュッとした感触。
この二つの要素が、お手軽な食べものという説に待ったをかけている。
「あ、姐さんじゃありませんか」
「おや一輪さん。ごきげんよう」
廊下を進むうちに次に出会ったのは、一輪だった。当然一輪も、白蓮の抱えているものに注目する。
「一体何を抱えて……っああああああああああああああ!!」
「!?」
突然一輪は顔を真っ赤にして狂乱し、白蓮の抱えているものを奪い取らんと手を伸ばした。
白蓮は驚き戸惑いながらも、身を翻して一輪のアタックを避ける。
「ちょっと姐さん! なんでそんな物持ってるんですか! 返してくださいよ!」
「ええええ!?」
正体を知っていれば、正体不明の種の効果は働かない。
一輪にはこれの正体が見えているのか、もしかして一輪から盗まれたものだったのか……?
考えながら、とりあえず白蓮はとっさに一輪の腕をとり、ひねって動きを止める。
「ぐううっ、い、一体何が目的なんですか、金ですか!」
「いや、そもそもあなたにはこれが一体何に見えているのですか?」
「何を白々しい! 私がこっそり趣味で書き溜めていた、既存音楽に勝手に詞をつけて綴った恥ずかしい歌詞集を!」
「ん?」
正体不明の種であることを伝え、実際に触感を確かめてもらうと、一輪は「もうお嫁にいけない」と叫びながら逃げ出してしまった。
「南無阿弥陀仏……。あの子、そんなもん作ってたのね……」
恥ずかしいと思っている趣味を自ら暴露していくスタイルになってしまった一輪に念仏を送りつつ、白蓮は再びこの正体不明物質に思いをめぐらせる。
「菓子袋、ドングリと来て、歌詞集……? ここに来てガラッと変わってきたわね」
とりあえず一輪はこれを食べ物とは認識しなかった。
あるいは正体を知っているのかとも思ったが、触感が食い違っていたようなので、やはり正体不明に幻惑された結果、歌詞集に見えていたのだろう。
「菓子……歌詞……ん」
奇しくもその二つは音が一緒。
「だけれど、それだとドングリが関係なくなってしまうわね……いや?」
ふと気づく、ドングリとはどういう木に成る果実だったか。
「クヌギ、ナラ、カシワ……そして、樫(カシ)……!」
白蓮はついに見出した。今までの三つの事例に見出せる共通項。
「おーいおい、何の騒ぎじゃ?」
その時、さきほど一輪とやりあった騒ぎを聞きつけたのか、化け狸の二ッ岩マミゾウがひょっこりと顔を出した。
「……なんじゃ聖、嫁に行くのか?」
「はい?」
「そういえば一輪が『もうお嫁にいけない』とか騒いでおったの。……もしやその嫁入り道具、一輪から奪ったのか?」
「よ、嫁入り道具?」
「いかんのう、弟子の祝い事くらい素直に認めてやったらどうじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください。重大な勘違いが!」
「なんじゃ、そういうことであったか」
しばしマミゾウから説教を喰らいながら、白蓮はなんとか誤解を解いた。
「ぬえの奴も暇じゃのう。あまり真面目に付き合ってやることもないぞい。ともあれ、勘違いとはいえ、手間を取らせてすまんかったのう」
「いえいえ、こちらこそ騒がしくして申し訳ありませんでした」
白蓮はそうしてぺこりと頭を下げる。
誤解を解くために、再び一輪の秘密は犠牲になったのだ。白蓮は再び心の中で念仏を唱える。
そうしてマミゾウを見送ると、白蓮は再び正体不明の物体について思案した。
「……嫁入り道具?」
先ほど導き出した共通項を元に記憶を探り、白蓮はぽん、と手を打った。
「嫁資(カシ)か!」
とにかく、この正体不明物質のキーワードが『かし』であることは判明した。
見る人見る人がそれぞれの『かし』を連想するこの物体の正体がなんなのかは、いまだ判然としないが、『かし』と名のつく何かには違いないだろう。
「ムニュッとしてて、おいしそうで、大事にするべき『かし』……?」
前進したようで、相変わらずよくわからないまま白蓮は歩を進める。
菓子でも樫でも歌詞でも嫁資でもないとすると、何だろう。いくらなんでも『かし』に無限の意味はない。
「おや聖」
「あ、星さん」
少し歩いただけなのに、よりにもよって今日は住人によく会う日だ。
次に出会ったのは命蓮寺の本尊であらせられる、毘沙門天代理こと、寅丸星。
彼女もまた、正体不明物体を見て、彼女なりの感想を漏らした。
「なんですか聖、その派手派手な物体は」
「派手派手な物体? いや、なんですかと問われましても、私も何だかよくわからないんですが」
「ふぅん? じゃあ置物か何かなんでしょうか。財宝の集めの能力でまたなんか変なもの引き寄せちゃいましたかね」
などと星が首をかしげていると。
「星ー、おっぱいを揉ませてくれませんかー」
変なものが引き寄せられてくるとともに、星の鉄拳がどごすと唸り、廊下の彼方へと吹っ飛ばされた。
一瞬見えたあいつこそは、舟幽霊、村紗水蜜。
星のことが大好きな淑女である。愛があるなら仕方ない。
「もう、星ったら相変わらず激しいですね!」
水蜜はたんこぶ作っただけで、満面の笑顔であっさり復帰してくる。
「村紗さん、人前では少し控えめにして下さいね?」
「あっ、聖。申し訳ありません……」
「その代わり二人きりのときなら、何しても黙認しますからね」
「はーい!」
「聖ィ!!」
白蓮も一緒になって星の反応を楽しんでいたが、ふと水蜜が白蓮の持つ物体に目をやると、ぽっと赤くなったのが目に留まる。
「うわぁ、それは……」
「村紗さん、一体何に見えたのですか?」
気になって尋ねるが、水蜜は「乙女の口からはとても言えません!」と口ごもっていた。
「星! この際おっぱいはいいですから、太もも舐めさせてくださいよ!」
「ぬぅんりゃあああああ!!」
咲くような笑顔で変態要求を飛ばす水兵さんな幽霊に、星は毘沙門天の代理の面目躍如といった気合でそれを殴り飛ばしていた。
「今日は新記録ですかね……」
「うーん、派手派手な何か、というと『華侈(カシ)』ですかねえ……」
華侈とは派手でぜいたくなことを意味する単語で、寺としては節制すべき事象ではある。
「村紗さんには一体何が見えていたのか気になりますが……まぁ、聞かない方がいいのでしょう」
しかしいい加減、推理もどん詰まりになりつつある。
正体を考えるのは楽しかったが、いい加減答えを知りたくなってきた。
「惜しいところには行ってると思うので、このまま部屋に持って帰って、法力で強引に種を引き剥がしてみてもいいかもしれませんねぇ……」
結局のところ、白蓮も割とパワータイプな考え方の持ち主であった。
「お久しぶり、聖」
「よう、邪魔してるぜー」
そうして白蓮の部屋の前まで来たところで、またまた人妖と出会う。今度は寺の住人というわけではないが。
今は無縁塚に住んでいる寅丸星の部下、ナズーリン。そしてそのナズーリンと気が合うらしく、よくつるんでトレジャーハントに出かけている霧雨魔理沙である。
「って聖! なんだそれは!」
「うわ、死に掛けじゃないか!?」
「えっ」
そしてネズミ二人組は、正体不明物体を見て仰天する。
「手当てをするつもりだったのかい!? 早く入れないと!」
「こいつはやばいぜ!」
「えっ、あの……」
二人して同じものが見えていると言うことは、おそらく、魔理沙とナズーリンにはこの正体が見えている。
そしてその反応からすると、この物体が内包する概念は……
――『仮死』。
ムニュッとした感触。妖怪の感想としての『おいしそう』。『大事にしてくれ』という台詞。結構ずっしりとした感覚。
白蓮の頬を、嫌な汗が伝う。
死に掛けの生物。
それも、人間の……子供か?
そのようなものを抱えて、自分はここまで歩いてきたと言うのか?
白蓮の焦りをよそに、魔理沙とナズーリンはてきぱきと準備を整え、布団に横たわる菓子袋というわけのわからない光景が白蓮の目の前に現出していた。
しかし、仮説が真実だとしたら、なぜわざわざ死に掛けの子供に正体不明の種をつけた? 封獣ぬえはそのようなえげつないイタズラをする妖怪だというのか?
(だとするなら、だとするならば。私は……!)
沈痛な面持ちで膝を突く白蓮に、すっかりと治療の準備を整えた魔理沙とナズーリンが急かす。
「おい白蓮、早く治療してやれよ!」
「事は一刻を争うんだよ!?」
「ちなみにお二方、一体何に見えているんです?」
「死に掛けの人間だろ!?」
「死に掛けのネズミだろう!?」
「「……ん?」」
よかった。死に掛けの子供はいなかったんだ。
「なるほど。正体不明の種だったのか……」
「おいしそうで、ムニュッとしていて、子供くらいの重さで、大事にするべき『かし』……? 何が何だかわからんぞ」
白蓮が魔理沙とナズーリンに事情を説明すると、やはり二人とも正体がぴんと来ないらしく、首をかしげていた。
「それでもう、法力で種を外しちゃおうと思うんですが」
「ああ、いいんじゃないか?」
「どっちにしろそれ、私たちには死に掛けの同属に見えてるもんで、精神衛生上とてもよろしくないので、とっとと解除してやってくれ」
二人ともノリノリで解除策を推したため、白蓮も覚悟を決めて、正体不明の種の除去に当たる。
「では行きますよ。破ぁーーーーーー!!!」
白蓮の力の波動に、謎の物体から蛇のようなものがぴょんと弾き出され、そして鳥になって飛んでいった。
正体不明の種が外れたのである。やっぱり寺生まれって凄い。
そして、そこに残された『かし』の正体は……。
「うわっ、なんだこりゃ!?」
「これは……作り物だね。しかし、精巧な……」
魔理沙が驚き、ナズーリンは冷静に観察しながら、呆れたような声をあげる。
そうして、白蓮は。
「ぷっ、くっ、うふふふふふふふっ!」
もう何だかわからないが、笑いが止まらなかった。
「あはははははなんなんですかこれっ! バカ! ぬえさんバカですよ! あはははははははははははっ! バーカ!」
そこに敷かれた白い布の上に、これ見よがしに大きな菓子袋が置かれている。
「あら、これは一体」
なんでもない日の昼下がり。ふと命蓮寺の一室に入った聖白蓮は、その菓子袋をみて首をかしげた。
一体これはなんなのだろう。なぜこれ見よがしにこんなところに置いてあるのだろう。
不思議に思って近寄ろうとした瞬間、
「それは、私からのプレゼントだよ。聖」
「えっ?」
白蓮の目の前に、天地逆転した少女の顔が出現した。
それは天井からぶら下がるようにして現れた黒衣の正体不明少女、封獣ぬえのものだった。
ともすれば唇さえ触れ合いかねないほどの至近距離に、唐突に出現したその顔。
聖は驚いて、止まるのを忘れてそのままぬえに突っ込んだ。
「ぐぼぁー!?」
ぬえは聖に跳ね飛ばされ、落下して強かに腰を打った。
「何すんだよ!」
「す、すみません」
腰をさすりながら、ぬえは白蓮を恨みがましく見上げる。
「まぁいいや。さぁ、聖。それは私のプレゼントだよ。きっと気に入ってもらえると思う」
そうしてぬえは、にやにやと笑いながら、部屋に鎮座した菓子袋を指差す。
「……この菓子がですか?」
「ああ……うん、そうだよ。きっとおいしいだろう」
ぬえの不自然なまでの笑みは、何かイタズラを企んでいるのだろうという事は容易に見て取れる。
だが、そう決め付けてかかるのもよくはない。
それに、せっかくぬえからのプレゼントだと言うのだから、白蓮自身の拘りとしても、断るわけにもいかなかった。
「わかりました。せっかくですから、ありがたくいただきましょう」
そうして白蓮は菓子袋を抱えるように持ち上げた。
結構ずっしりと来る。本当にこの中に菓子が入っていると言うなら、かなり詰まっているだろう。
その光景を見て、ぬえは目を細めた。
「ああ、大事にしてくれ」
十中八九、これは菓子袋ではない。
決め付けてかかるのは良くないが、ぬえの言動を鑑みれば、正体不明の種をくっつけた何かということは違いないだろう。
イタズラしている雰囲気満々なのはともかく、ぬえはこのプレゼントに対して『大事にしてくれ』とコメントした。
食べてしまうことが意義であるお菓子に対して、そのコメントはありえない。
ただ、その前に『きっとおいしいだろう』という言葉も添えていた。
それは明らかに食物に対してのコメントであり、前述の『大事にしてくれ』とは真っ向から反するコメントだ。
だが、おいしいからって食物であるとも限らない。別の意味でオイシイ何かなのかもしれないし。
「わぁ、おいしそうですね!」
そんなことを考えながら縁側を歩いていると、庭を掃除していた響子が声を弾ませながら駆け寄ってきた。
その視線は、明らかに白蓮の持っている『菓子袋』に注がれている。
「おや響子さん。……そうですか。おいしそうに見えるのですか」
「白蓮さん、一つ貰ってもよいですか?」
「ええ、あっ」
反射的に了承を返してしまったが、正体が判然としていないものを食べさせるのは色々とまずい。
だが、白蓮が気づいたときには既に遅く、響子はなんと、菓子袋に”そのままかじりついた”のだ。
「えっ!?」
「むぃ!? うわぁ、なんですかこれ!!」
白蓮が驚くとともに、響子もまたビクッとしてその場を飛び退る。
「ええと、ごめんなさい。……参考までに、何に見えてました?」
「ドングリだと思ったんですけど、なんかムニュってしました……」
「響子さんには悪いことをしました。とりあえず手持ちの別のお菓子を渡して詫びておきましたが……」
ともかく響子のおかげで、間違いなくこの菓子袋のようなものには、正体不明の種がついていることははっきりとした。
だが、その正体がまったくつかめない。まぁ正体不明の種だし、正体不明で当たり前なのだが。
しかし正体不明の種は見る者のイメージによって見え方が変わるもの。
「私には菓子袋に見えて、響子さんにはドングリに見えた。とすると、お手軽な食べ物、というのが、一番実情に近いかと思うのですが……」
例の『大事にしてくれ』という台詞に加えて、響子がびっくりして飛び退るほどにムニュッとした感触。
この二つの要素が、お手軽な食べものという説に待ったをかけている。
「あ、姐さんじゃありませんか」
「おや一輪さん。ごきげんよう」
廊下を進むうちに次に出会ったのは、一輪だった。当然一輪も、白蓮の抱えているものに注目する。
「一体何を抱えて……っああああああああああああああ!!」
「!?」
突然一輪は顔を真っ赤にして狂乱し、白蓮の抱えているものを奪い取らんと手を伸ばした。
白蓮は驚き戸惑いながらも、身を翻して一輪のアタックを避ける。
「ちょっと姐さん! なんでそんな物持ってるんですか! 返してくださいよ!」
「ええええ!?」
正体を知っていれば、正体不明の種の効果は働かない。
一輪にはこれの正体が見えているのか、もしかして一輪から盗まれたものだったのか……?
考えながら、とりあえず白蓮はとっさに一輪の腕をとり、ひねって動きを止める。
「ぐううっ、い、一体何が目的なんですか、金ですか!」
「いや、そもそもあなたにはこれが一体何に見えているのですか?」
「何を白々しい! 私がこっそり趣味で書き溜めていた、既存音楽に勝手に詞をつけて綴った恥ずかしい歌詞集を!」
「ん?」
正体不明の種であることを伝え、実際に触感を確かめてもらうと、一輪は「もうお嫁にいけない」と叫びながら逃げ出してしまった。
「南無阿弥陀仏……。あの子、そんなもん作ってたのね……」
恥ずかしいと思っている趣味を自ら暴露していくスタイルになってしまった一輪に念仏を送りつつ、白蓮は再びこの正体不明物質に思いをめぐらせる。
「菓子袋、ドングリと来て、歌詞集……? ここに来てガラッと変わってきたわね」
とりあえず一輪はこれを食べ物とは認識しなかった。
あるいは正体を知っているのかとも思ったが、触感が食い違っていたようなので、やはり正体不明に幻惑された結果、歌詞集に見えていたのだろう。
「菓子……歌詞……ん」
奇しくもその二つは音が一緒。
「だけれど、それだとドングリが関係なくなってしまうわね……いや?」
ふと気づく、ドングリとはどういう木に成る果実だったか。
「クヌギ、ナラ、カシワ……そして、樫(カシ)……!」
白蓮はついに見出した。今までの三つの事例に見出せる共通項。
「おーいおい、何の騒ぎじゃ?」
その時、さきほど一輪とやりあった騒ぎを聞きつけたのか、化け狸の二ッ岩マミゾウがひょっこりと顔を出した。
「……なんじゃ聖、嫁に行くのか?」
「はい?」
「そういえば一輪が『もうお嫁にいけない』とか騒いでおったの。……もしやその嫁入り道具、一輪から奪ったのか?」
「よ、嫁入り道具?」
「いかんのう、弟子の祝い事くらい素直に認めてやったらどうじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください。重大な勘違いが!」
「なんじゃ、そういうことであったか」
しばしマミゾウから説教を喰らいながら、白蓮はなんとか誤解を解いた。
「ぬえの奴も暇じゃのう。あまり真面目に付き合ってやることもないぞい。ともあれ、勘違いとはいえ、手間を取らせてすまんかったのう」
「いえいえ、こちらこそ騒がしくして申し訳ありませんでした」
白蓮はそうしてぺこりと頭を下げる。
誤解を解くために、再び一輪の秘密は犠牲になったのだ。白蓮は再び心の中で念仏を唱える。
そうしてマミゾウを見送ると、白蓮は再び正体不明の物体について思案した。
「……嫁入り道具?」
先ほど導き出した共通項を元に記憶を探り、白蓮はぽん、と手を打った。
「嫁資(カシ)か!」
とにかく、この正体不明物質のキーワードが『かし』であることは判明した。
見る人見る人がそれぞれの『かし』を連想するこの物体の正体がなんなのかは、いまだ判然としないが、『かし』と名のつく何かには違いないだろう。
「ムニュッとしてて、おいしそうで、大事にするべき『かし』……?」
前進したようで、相変わらずよくわからないまま白蓮は歩を進める。
菓子でも樫でも歌詞でも嫁資でもないとすると、何だろう。いくらなんでも『かし』に無限の意味はない。
「おや聖」
「あ、星さん」
少し歩いただけなのに、よりにもよって今日は住人によく会う日だ。
次に出会ったのは命蓮寺の本尊であらせられる、毘沙門天代理こと、寅丸星。
彼女もまた、正体不明物体を見て、彼女なりの感想を漏らした。
「なんですか聖、その派手派手な物体は」
「派手派手な物体? いや、なんですかと問われましても、私も何だかよくわからないんですが」
「ふぅん? じゃあ置物か何かなんでしょうか。財宝の集めの能力でまたなんか変なもの引き寄せちゃいましたかね」
などと星が首をかしげていると。
「星ー、おっぱいを揉ませてくれませんかー」
変なものが引き寄せられてくるとともに、星の鉄拳がどごすと唸り、廊下の彼方へと吹っ飛ばされた。
一瞬見えたあいつこそは、舟幽霊、村紗水蜜。
星のことが大好きな淑女である。愛があるなら仕方ない。
「もう、星ったら相変わらず激しいですね!」
水蜜はたんこぶ作っただけで、満面の笑顔であっさり復帰してくる。
「村紗さん、人前では少し控えめにして下さいね?」
「あっ、聖。申し訳ありません……」
「その代わり二人きりのときなら、何しても黙認しますからね」
「はーい!」
「聖ィ!!」
白蓮も一緒になって星の反応を楽しんでいたが、ふと水蜜が白蓮の持つ物体に目をやると、ぽっと赤くなったのが目に留まる。
「うわぁ、それは……」
「村紗さん、一体何に見えたのですか?」
気になって尋ねるが、水蜜は「乙女の口からはとても言えません!」と口ごもっていた。
「星! この際おっぱいはいいですから、太もも舐めさせてくださいよ!」
「ぬぅんりゃあああああ!!」
咲くような笑顔で変態要求を飛ばす水兵さんな幽霊に、星は毘沙門天の代理の面目躍如といった気合でそれを殴り飛ばしていた。
「今日は新記録ですかね……」
「うーん、派手派手な何か、というと『華侈(カシ)』ですかねえ……」
華侈とは派手でぜいたくなことを意味する単語で、寺としては節制すべき事象ではある。
「村紗さんには一体何が見えていたのか気になりますが……まぁ、聞かない方がいいのでしょう」
しかしいい加減、推理もどん詰まりになりつつある。
正体を考えるのは楽しかったが、いい加減答えを知りたくなってきた。
「惜しいところには行ってると思うので、このまま部屋に持って帰って、法力で強引に種を引き剥がしてみてもいいかもしれませんねぇ……」
結局のところ、白蓮も割とパワータイプな考え方の持ち主であった。
「お久しぶり、聖」
「よう、邪魔してるぜー」
そうして白蓮の部屋の前まで来たところで、またまた人妖と出会う。今度は寺の住人というわけではないが。
今は無縁塚に住んでいる寅丸星の部下、ナズーリン。そしてそのナズーリンと気が合うらしく、よくつるんでトレジャーハントに出かけている霧雨魔理沙である。
「って聖! なんだそれは!」
「うわ、死に掛けじゃないか!?」
「えっ」
そしてネズミ二人組は、正体不明物体を見て仰天する。
「手当てをするつもりだったのかい!? 早く入れないと!」
「こいつはやばいぜ!」
「えっ、あの……」
二人して同じものが見えていると言うことは、おそらく、魔理沙とナズーリンにはこの正体が見えている。
そしてその反応からすると、この物体が内包する概念は……
――『仮死』。
ムニュッとした感触。妖怪の感想としての『おいしそう』。『大事にしてくれ』という台詞。結構ずっしりとした感覚。
白蓮の頬を、嫌な汗が伝う。
死に掛けの生物。
それも、人間の……子供か?
そのようなものを抱えて、自分はここまで歩いてきたと言うのか?
白蓮の焦りをよそに、魔理沙とナズーリンはてきぱきと準備を整え、布団に横たわる菓子袋というわけのわからない光景が白蓮の目の前に現出していた。
しかし、仮説が真実だとしたら、なぜわざわざ死に掛けの子供に正体不明の種をつけた? 封獣ぬえはそのようなえげつないイタズラをする妖怪だというのか?
(だとするなら、だとするならば。私は……!)
沈痛な面持ちで膝を突く白蓮に、すっかりと治療の準備を整えた魔理沙とナズーリンが急かす。
「おい白蓮、早く治療してやれよ!」
「事は一刻を争うんだよ!?」
「ちなみにお二方、一体何に見えているんです?」
「死に掛けの人間だろ!?」
「死に掛けのネズミだろう!?」
「「……ん?」」
よかった。死に掛けの子供はいなかったんだ。
「なるほど。正体不明の種だったのか……」
「おいしそうで、ムニュッとしていて、子供くらいの重さで、大事にするべき『かし』……? 何が何だかわからんぞ」
白蓮が魔理沙とナズーリンに事情を説明すると、やはり二人とも正体がぴんと来ないらしく、首をかしげていた。
「それでもう、法力で種を外しちゃおうと思うんですが」
「ああ、いいんじゃないか?」
「どっちにしろそれ、私たちには死に掛けの同属に見えてるもんで、精神衛生上とてもよろしくないので、とっとと解除してやってくれ」
二人ともノリノリで解除策を推したため、白蓮も覚悟を決めて、正体不明の種の除去に当たる。
「では行きますよ。破ぁーーーーーー!!!」
白蓮の力の波動に、謎の物体から蛇のようなものがぴょんと弾き出され、そして鳥になって飛んでいった。
正体不明の種が外れたのである。やっぱり寺生まれって凄い。
そして、そこに残された『かし』の正体は……。
「うわっ、なんだこりゃ!?」
「これは……作り物だね。しかし、精巧な……」
魔理沙が驚き、ナズーリンは冷静に観察しながら、呆れたような声をあげる。
そうして、白蓮は。
「ぷっ、くっ、うふふふふふふふっ!」
もう何だかわからないが、笑いが止まらなかった。
「あはははははなんなんですかこれっ! バカ! ぬえさんバカですよ! あはははははははははははっ! バーカ!」
いやはやその「かし」とは。なるほどねぇ……。あれ?キャプテン正解してね?
外出中だったのですがオチに吹き出してしまいました。
ぬえちゃんバカかわいい!
実に楽しめました。
というかストーカー事件でありそうな変な贈り物みたいな感じ
やはり妖怪は妖怪というか
それを気持ち悪がらずに笑える聖もやっぱ妖怪坊主の資格アリアリだと思う
あと、村紗がみなみつ!でなんか安心しました