河童は幻想郷の技術者である。
数多の実験を行い、失敗を繰り返し、技術や道具を生み出す。
河童は少し変わりものでもある。
「必要は発明の母」とは、人間が生み出した諺である。求められてこそ、新たな技術が生まれるものだ。
しかし彼らにとっては。
発明の母たるものはすなわち己自身に他ならず。技術は需要を飛び越して、てんでばらばらなほうへ枝分かれをして、実生活の不便などには目もくれず、彼らは夢と興味を追い続けるのだ。
河童とは、そんなやつらである。
川の底では日夜、新型の歯車や水中発火装置や超水圧兵器について熱い議論が交わされ、しかしその熱はあぶくほども外界には伝わらない。
一見穏やかなこの川底では、河童たちの情熱と汗と涙の結晶が、砂金の光をもかき消して、それはそれはぎらぎらと輝いているのだ。
さて、一匹の河童が戦いに敗れ、川の底へと帰ってきたところである。
玄武の沢から少し離れた、流れも速く水深の深い、流れの曲がり角。その底に、彼女、河城にとりの工房はある。
「ううむ、しかし派手にやられたもんだ」
ボロボロになった装備を引きずって、耐水コーティングの施された木製の扉を開く。
石を組み上げ、野蒜を編み、ススキを内壁に張り巡らし、藻を植えつけたその建造物は、彼女の言葉を借りれば、「違和と調和を兼ね備えた」彼女の秘密基地である。
外壁の内側には、彼女自身の水を操る能力を保持する結界が張られており、室内に水が入ることはない。現状こればかりは能力を使うしか無いが、彼女はそれをすら内心悔しく思っている。
「強度の面で改良が必要かな。耐熱性……いやしかしアレは例外だろうか……」
迷彩機構はあとかたもなくなり、ところどころ焦げ付いた光学迷彩スーツを作業台へ放り出し、四角い木製の、無骨な椅子にどかりと腰をかける。
先刻、彼女はこの、新作の光学迷彩スーツの性能を試しに里へ降りようとしたところ、一人の人間と出会った。
河童は、げげ、と、それは驚いた。こんな山奥に立ち入る人間などいない。
噂の異変解決業者の巫女かと思ったが、どうやらそうではないようだった。
「あいつは本当に人間だったろうか」
更にそいつは、人間とは思えない強さの持ち主であった。
彼女と遭遇した際、にとりは驚きのあまり身を隠してしまった。河童は人見知りなのである。
山へ迷い込んだわけではないらしい。そのまま草陰から、白黒の人間の様子を見ていると、次から次へ飛び出す妖精たちを蹴散らし、ずんずんと上流へ、里へ帰るどころか山奥へと進んでゆくではないか。
もしかすると、こいつは。
この人間は、巫女ではないにしろ、その同業者だろうか。
だとすれば、あのやっかいな神様をどうにかしにきたのか。ならば好都合だ、しかし――
この上は天狗様の領域だ。そこへ人間がひょっこり現れれば、当然騒ぎになるだろう。追い返されるだけで済めばそれでいいが、無残に食料になるかもしれないのを見過ごすわけにもいかない。
それに警告を怠れば、天狗様からおとがめを受けるかもしれない。それも嫌だと河童は思った。
ならば仕方あるまい、私の出番だと、にとりは意を決し、スーツの迷彩機構を働かせ、こっそりと近づき、そして――
惨敗である。こてんぱんである。
あの様子なら、たとえ天狗様に追われても、少なくとも逃げおおせることくらいはできるだろう。安心と落胆をかかえて、にとりは帰途についたのである。
その道中頭も冷え、図らずもスーツの実験を兼ねることとなった、さきほどの戦闘を思い返してみる。
迷彩機構が上手く働かなかったのだろうか。いや、
自ら弾幕を放てば位置が発覚するのは、あたりまえのことである。それに気付いたのは、川面を跳ねる小魚の水しぶきを見たときであった。
これが、現在までのいきさつである。
「一体何者なんだろう。あの白黒は」
河童は困惑していた。あまりに理解し難い。あの人間のことだ。
見たところ、あいつは正真正銘の魔法使いというわけではなさそうだ。本物の魔法使いというものはあんなに騒がしくないはずだし、異変を解決しに山へ登るほど活動的でもないはずだ。
ならばただの人間ということになるが、あんな魔法をそんじょそこらの人間が使うはずもない。
そう、あんな魔法。
光と熱をぶちまけて、馬鹿力でもって四方まとめて照らしあげてふき飛ばすような、あんな魔法をはたして人間が扱えるものだろうか。そもそも扱おうとすら思わないかもしれない。
しかし素人目ではあるが、この河童の目にそれらの魔法は、
無骨ながらも美しく、そう映ったのである。
河童は激しく好奇心をかきたてられた。あのまばゆい魔法に、あの白黒の人間に。
知りたい、調べてみたい。それはまさに未知への探究心とでもいうべきものだった。
こうなったら止まらないのも、また河童である。
しばらく山は騒がしかろうな、そう思ったせいもあるかも知れない。彼女は荷物をすばやくまとめ、ふたたび里へと川を下り始めた。
霧雨魔理沙、その人間が、山の神様と対面している、ちょうどそのときてあった。
なぜ河童は山頂へと向かわないのだろう。
「真実へは徐々にアプローチしていくものさ。まずは外堀を埋めることだよ」
河童は人見知りであり、また、天狗様は恐ろしいものなのだ。
数多の実験を行い、失敗を繰り返し、技術や道具を生み出す。
河童は少し変わりものでもある。
「必要は発明の母」とは、人間が生み出した諺である。求められてこそ、新たな技術が生まれるものだ。
しかし彼らにとっては。
発明の母たるものはすなわち己自身に他ならず。技術は需要を飛び越して、てんでばらばらなほうへ枝分かれをして、実生活の不便などには目もくれず、彼らは夢と興味を追い続けるのだ。
河童とは、そんなやつらである。
川の底では日夜、新型の歯車や水中発火装置や超水圧兵器について熱い議論が交わされ、しかしその熱はあぶくほども外界には伝わらない。
一見穏やかなこの川底では、河童たちの情熱と汗と涙の結晶が、砂金の光をもかき消して、それはそれはぎらぎらと輝いているのだ。
さて、一匹の河童が戦いに敗れ、川の底へと帰ってきたところである。
玄武の沢から少し離れた、流れも速く水深の深い、流れの曲がり角。その底に、彼女、河城にとりの工房はある。
「ううむ、しかし派手にやられたもんだ」
ボロボロになった装備を引きずって、耐水コーティングの施された木製の扉を開く。
石を組み上げ、野蒜を編み、ススキを内壁に張り巡らし、藻を植えつけたその建造物は、彼女の言葉を借りれば、「違和と調和を兼ね備えた」彼女の秘密基地である。
外壁の内側には、彼女自身の水を操る能力を保持する結界が張られており、室内に水が入ることはない。現状こればかりは能力を使うしか無いが、彼女はそれをすら内心悔しく思っている。
「強度の面で改良が必要かな。耐熱性……いやしかしアレは例外だろうか……」
迷彩機構はあとかたもなくなり、ところどころ焦げ付いた光学迷彩スーツを作業台へ放り出し、四角い木製の、無骨な椅子にどかりと腰をかける。
先刻、彼女はこの、新作の光学迷彩スーツの性能を試しに里へ降りようとしたところ、一人の人間と出会った。
河童は、げげ、と、それは驚いた。こんな山奥に立ち入る人間などいない。
噂の異変解決業者の巫女かと思ったが、どうやらそうではないようだった。
「あいつは本当に人間だったろうか」
更にそいつは、人間とは思えない強さの持ち主であった。
彼女と遭遇した際、にとりは驚きのあまり身を隠してしまった。河童は人見知りなのである。
山へ迷い込んだわけではないらしい。そのまま草陰から、白黒の人間の様子を見ていると、次から次へ飛び出す妖精たちを蹴散らし、ずんずんと上流へ、里へ帰るどころか山奥へと進んでゆくではないか。
もしかすると、こいつは。
この人間は、巫女ではないにしろ、その同業者だろうか。
だとすれば、あのやっかいな神様をどうにかしにきたのか。ならば好都合だ、しかし――
この上は天狗様の領域だ。そこへ人間がひょっこり現れれば、当然騒ぎになるだろう。追い返されるだけで済めばそれでいいが、無残に食料になるかもしれないのを見過ごすわけにもいかない。
それに警告を怠れば、天狗様からおとがめを受けるかもしれない。それも嫌だと河童は思った。
ならば仕方あるまい、私の出番だと、にとりは意を決し、スーツの迷彩機構を働かせ、こっそりと近づき、そして――
惨敗である。こてんぱんである。
あの様子なら、たとえ天狗様に追われても、少なくとも逃げおおせることくらいはできるだろう。安心と落胆をかかえて、にとりは帰途についたのである。
その道中頭も冷え、図らずもスーツの実験を兼ねることとなった、さきほどの戦闘を思い返してみる。
迷彩機構が上手く働かなかったのだろうか。いや、
自ら弾幕を放てば位置が発覚するのは、あたりまえのことである。それに気付いたのは、川面を跳ねる小魚の水しぶきを見たときであった。
これが、現在までのいきさつである。
「一体何者なんだろう。あの白黒は」
河童は困惑していた。あまりに理解し難い。あの人間のことだ。
見たところ、あいつは正真正銘の魔法使いというわけではなさそうだ。本物の魔法使いというものはあんなに騒がしくないはずだし、異変を解決しに山へ登るほど活動的でもないはずだ。
ならばただの人間ということになるが、あんな魔法をそんじょそこらの人間が使うはずもない。
そう、あんな魔法。
光と熱をぶちまけて、馬鹿力でもって四方まとめて照らしあげてふき飛ばすような、あんな魔法をはたして人間が扱えるものだろうか。そもそも扱おうとすら思わないかもしれない。
しかし素人目ではあるが、この河童の目にそれらの魔法は、
無骨ながらも美しく、そう映ったのである。
河童は激しく好奇心をかきたてられた。あのまばゆい魔法に、あの白黒の人間に。
知りたい、調べてみたい。それはまさに未知への探究心とでもいうべきものだった。
こうなったら止まらないのも、また河童である。
しばらく山は騒がしかろうな、そう思ったせいもあるかも知れない。彼女は荷物をすばやくまとめ、ふたたび里へと川を下り始めた。
霧雨魔理沙、その人間が、山の神様と対面している、ちょうどそのときてあった。
なぜ河童は山頂へと向かわないのだろう。
「真実へは徐々にアプローチしていくものさ。まずは外堀を埋めることだよ」
河童は人見知りであり、また、天狗様は恐ろしいものなのだ。
でもまあ文章は良かったよ、センス感じたね。
ちょっと読点が多いかなって思ったけど面白くなりそう
「てんで〜」は一応方言だから、特に意識してないなら地の文では使わない方が良いかも
続きが楽しみです
文章も堅すぎず柔らかすぎず、すらすらと読みやすい
ただし、すらすら読めるが故に、この量では短すぎる
コメントやら何やらが勿体ないと感じるなら、この作品は削除せずとも、本編を投稿する時に、こちらの作品に「序章」などと銘打ってリンクを張ったりすれば良いと思います
続きをお待ちしてます