「こんにちはー」
「こんにちは」
「え、あ、はあ、こんにち、は」
廊下で蓮メリに出会った。
廊下と言うのは、私が住んでるマンションの廊下で、エレベーター前だ。
私、というのは、23歳独身男性、IT企業に勤めているサラリーマン。
蓮メリは、まさに恋人同士という感じで。
肩が触れ合うほどに、っていうかもう腕をべったり組みあって。
いや正確にはメリーが蓮子の腕にべったり組み付いて、エレベーター待ちでそこに立っていたのだ。
箱から降りた私は蓮メリの横を通り過ぎた形。
要するに二人の後ろ姿を振り返って見ている形。
「こらこらメリー、これ上りのエレベーターでしょ」
「あらホントだ。危うく乗るところだったわ」
こんなことを言っている。
私のガラケーを取り出して静止画撮影機能を起動させ、構え――。
静寂な屋内空間。カメラレンズが作動するわずかな音に蓮メリが反応して振り返った。
パシャリ。
電子のシャッター音が驚くほど大きく、響いた。
肩越しに蓮メリがこちらに振り返っているタイミングだった。
メリーの白く美しい輪郭が、そして薄く開いた朱色の唇が。
蓮子の整った眉毛と茶色の瞳と、そして引き締まった頬が。
ばっちり静止画となって私のガラケーに、“保存しますk”“保存しました”。
「おい」蓮子が剣呑な声を出した。
蓮子はもう少し低いボーイッシュな声だと思ったのだけれど。
しゃがれていない、そして想像していたよりも高い、女の子の声だった。
「おい!」再び、蓮子の声。
子ライオンが雄叫びの練習をしている感じ。
ぶっちゃけ、かわいい。
「撮ったろ! 今! おまえなにやってんだ!」
「ええ、はい、まあ」
「にやにやしてんなよ! 消せ! 今すぐ!」
「えー?」
「えーじゃねぇよおまえ! 自分が何やってんのか分かってんのか!?」
「自分が何をやったって?」
「そうだよおまえ! 何やったんだ言ってみろ!」
「蓮メリを撮影した」
「は、はぁ? ――蓮メリってお前、」
「蓮メリを撮影した、それだけですよ」
「な、おま、は、――はぁ?」
蓮メリとは東方プロジェクトに登場する女子大生二人組の、カップリングのことだ。
要するに、百合でレズでちゅっちゅなのである。秘密を追い求めるちゅっちゅなのだ。
当然の事を言っただけなのに、なぜか蓮子は怯んだ様子である。
そして睨み合い膠着状態に突入した私と蓮子。
不意に様子を眺めていたメリーが一歩、私に近づいてきた。
ふわりと金色の髪が揺れフローラルな香りがした。
私の脳髄は渾身の正拳突きを喰らったかのように。
めっちゃくちゃ良い香りだった。
と、メリーは隙だらけの私からガラケーを奪い取った。
「あ」
「ほい蓮子、消しちゃいましょう」
ご丁寧に私へ背を向けて。
私から見えない様にガラケーを操作し始める二人。
「う、うわぁ、二次元画像ばっかりだわ」
「なにこれキモチワルっ!」
「全部消しましょう。オールデリートよ」
「メリー、こういう時代遅れのガラケーには機能メニューに、ほらここ」
「あらホントだわ。データ一括削除っていうよく分からない機能があるのね」
「ねえお兄さん、暗証番号はなぁに?」
「そんなの教えられるわけ――、」
メリーがこちらに振り返り。
顎の前で両手を合わせて。
モナリザも真っ青になるほどの絶世の笑顔。
「おしえて?」
「7721です」
「蓮子」
「OK消えた」
下りのエレベーターが到着したちーんというベルの音。。
二人は足早に箱へ乗り込み、呆然としている私へガラケーを投げ渡してくる。
「じゃあねお兄さん」メリーがウィンクをしながら言った。
「もう二度と会わないでしょうけど」蓮子は軽くメンチを切る。
そしてがこんと扉が閉まり始める。
私は素早くエレベーターへ接近。下のボタンを押下する。
閉まりかけた扉が開く。私は上体を傾け、扉の向こうを覗き込んだ。
箱の中は空っぽ。無人だった。二人は消えていた。
フローラル系の香水の香りが鼻孔をくすぐった。
「……………………」
自身のガラケーを見下ろす。すっからかんになった“画像フォルダ”。
ようするに私はガラケーの二次元フォルダのデータと引き換えに。
蓮メリのビデオグラフィックメモリーを入手したのだった。
「肖像権って言葉、知ってる?」
「知ってます。ごめんなさい」
「いや私に謝られても困るんだけれどね」
六時間後。幕張イオンモール、パンケーキ店。
向かい側に座るのは私の彼女。付き合ってから1年になる、24歳。
司法系人材派遣会社に勤めるキャリアウーマンである。
司法書士試験を今年の四月にパスした、いわゆるホワイトカラーだ。
彼女の趣味はBL系SSの執筆。
ゾ□とかリボー二とか、大好きなのである。
「おい今わたしの悪口考えたでしょ」
「いいや、とんでもない」
「わたしの事、“おくされ様”だって思ったでしょ」
「いやいや、とぉんでもない」
「あなただって百合大好きじゃん」
「まあの」
「わたしに東方SS書かせるし」
「長編完結させないの?」
「当分の間は忙しいから無理」
「えー」
「あんたが書けばいいじゃん」
「文才無いからムリっす」
こんな関係なのである。
「で? なんで見ず知らずの人の写メなんて撮ったワケ?」
「いやだって、蓮メリだったわけだし」
「蓮メリは二次元。それはただの絵だ」
「ゾ□だってただの絵だよ?」
「おまえぶち殺すぞ」
彼女はゾ□が初期に付けていた黒色のバンダナを欲しがっている。
今回イオンモールにはそれを買いに来たのだった。
「で? メリーさんはキレイだったの?」
「アイドルみたいだったよ」
「蓮子は幸せ者だね」
「二次元は否定してもレズは否定しないんだね」
「いや結構いるよ。2014年のこのご時世、驚くことじゃないし」
「性を超えた愛っていいよね」
「あんたの場合はかわいい女の子同士がちゅっちゅしてればそれでいいんでしょ?」
「なにを言う失礼なやつめ。ああ変な事言わなかったかなぁ、それが心配だなぁ」
「写メ撮った時点でかなり失礼だと思うのですがそれは」
「蓮メリ。まさか同じマンションに住んでるとは思わなかった。もう一度会えないかなぁ」
「もう一度会って、どうするつもりよ」
「そりゃ、謝るんだよ。変なことしてゴメンなさいって」
「それだけ?」
「まああとはちょっと会話したいかな」
「ふぅん」
彼女はティーポットからダージリンをカップへ注ぎ、一口。
「ねえ、まじめに言わせてもらうけれどさ」
「お、おう」
「ただのコスプレよ」
「エレベーターから消えたのは?」
「もしくは白昼夢ってやつ」
「コスプレの白昼夢?」
「でもあんた、まさか本当に蓮メリがいるとでも思ってるの?」
「分かってるよそれくらい」
これを言われてしまうと言葉を返せない。
「じゃあなんで写メ撮ったの?」
「いや夜勤明けだったし、ハイになってるんだよ」
「それで?」
「バックアップが失敗してさ、夜9時に電話かかって来てさ」
「ふむ?」
サーバ運用系の案件担当者はぶっちゃけ昼も夜も関係が無い。
真夜中だろうとサーバからクリティカルなメッセージが上がれば平気で電話がかかってくるし。
それがHDDの故障となればベンダーさんを呼んで即時交換修理に立ち会い、という事もザラだ。
「でも今はあんまり眠くなさそうに見えるけれど?」
「いやぶっちゃけかなり眠いけどね。がんばって起きてるんだよ」
「寝ちゃえばいいのに」
「ゾ□のバンダナ、買いに来たんでしょ?」
「………………まあ、そうね」
「だからさ、ちょっとくらい幻想を見てもいいじゃん」
「寝不足で幻覚症状? それが言い訳?」
「言い訳じゃないよ。自己批判だよ」
「ふぅん」
彼女はパンケーキの最後の一切れを口に入れ、ダージリンを飲み干して。
「まあそう言う事だったら、許してあげるわ」と、驚くほど色っぽい声で言った。
「? 許してあげるって、何を?」
「あなたを、許してあげるって、そう言ったのよ」
私はぱちくりとしてしまった。
彼女は、こんな喋り方をしない。
まるで全くの別人になったかのように。
人が変わってしまったかのように。
いや、“もともと最初から別人だったかのように”。
「マエリベリー・ハーン! 見つけたぞ!」
男性の怒号が店内に響き渡った。
驚くほど迫力のこもった声だった。
振り返ると、スーツ姿の成人男性が足早にこちらへ向かってくるのが見えた。
片手を裏ポケットに差し込み、そして取り出したものをこちらへ突きつけてくる。
黒光りした――。
片手に収まる大きさの――。
拳銃だ。
ぱん、と乾いた音が鳴った。
ついで、かぁん、と金属質な衝突音。
目の前に、半透明の薄いブルーがかった壁が出来ていた。
それが、成人男性と私たちを隔てていた。
私が構想して、彼女が下書きした、東方SSの設定。
それに登場させた結界壁にそっくりだなと、暢気にそう思った。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。続いて四発。
見る見るうちに壁へひびが走る。
蜘蛛の巣状に細かくでたらめな放射線が広がる。
間違いない。目の前の盾が弾丸を受け止めているのだった。
と、なにが起きているのか唐突に理解した私。
とにかく、彼女をつれてこの場から逃げなければならない。
咄嗟に横を見ると、そこには彼女の服装をしたメリーと。
お馴染みの巫女装束を着た霊夢が、私の襟首を掴んで無理やり頭を低くさせた。
「蓮子が来るまで10秒よメリー!」
「了解!」
成人男性は拳銃を投げ捨て、両手で何か印を結んでみせる。
なにかごにょごにょと言った後に、そわか、と聞こえた。
ごうと暴風が吹き荒れた。
店内の机を、椅子を、皿を、そして一般客を。
綿埃の様に吹き飛ばしてここから退場させた。
私と、メリーと霊夢は無事だった。
だが壁は無事ではなかった。
ばりんとガラスが割れるような音が聞こえた。
持ち物の私のカバンが軽々と吹き飛ばされた。
咄嗟に手を伸ばそうとする私は「諦めなさい!」と霊夢に制止された。
次の光景に目を疑った。
空中に浮いたカバンは宙に持ち上げられたかと思うと。
その場で揉みくちゃにされて、細かい破片になって空間に溶けて消えた。
一歩間違えれば自分がああなると瞬時に理解した。
嵐の中で霊夢が叫ぶ。
暴風が耳たぶを打つ。
シャツがばたばたとはためいて体を叩いている。
私のシャツを掴む霊夢の手。もはや右も左も分からない。
「お待たせ二人!」と蓮子の声。
「さあ行くよ! ジャ――、ン――――、プ――――――………
水あめを練って伸ばした様に、音が細長く延長されて。
1秒が永久に拡張されて、星々が再構成された。
ぱちり、と目をあけた。
ちーんというエレベーターのベルの音。
ここはイオンモールのパンケーキ屋さんではない。
私が住んでいるマンションの、廊下だった。
周囲を見る。蓮メリはいない。
霊夢もいない。暴風も無い、静寂な空間だった。
「なにそれ」と彼女が笑った。
「白昼夢でも見たの?」
「君に化けたメリーも、同じこと言ってたよ」
「言葉選びのセンスが私そのものだね」
「? それってどういうこと?」
「わたしが秘封倶楽部に協力したって事」
きっとダブルデートだったんだね、と彼女が言った。
私は、彼女に化けたメリーとデートをして。
彼女は、私に化けた蓮子とデートをした。
それで互いの所作や口ぶりや言葉選びをリアルタイムで情報交換したのだ。
だが彼女はきっと、すぐに蓮子だと見破ったのだろう。
それで蓮子は彼女にワケを説明し、協力を願い出たのだ。
「はあ」と私は感嘆した。
「よくそんなこと思いつくね」
「でも劇的だし、ドラマチックでしょ」
「やっぱりオレはダメだな、話を作る発想力が足りないよ」
「まあ全部妄想だけどね。精神的には健康じゃん」
乱入してきた男は結界省の役員で。
次元跳躍を繰り返す秘封倶楽部を捕まえるために、日夜追跡している。
それで私が蓮メリの写メを撮影したから、蓮子がこう言ったのだ。
――「自分が何やってんのか分かってんのか!?」」――
「次元跳躍をするには、結界師に接近しなきゃダメって、私だったらそうするわ。
それであんたへ一芝居打って、やつらをおびき寄せた。
あんたに写メを取られた時点でその世界では活動が出来ないから」
「それも妄想?」
「うん、妄想」
でも良かったじゃん、蓮メリが実在するって分かったんだし。
と彼女はなんの悪びれる様子もなく言って見せる。
「ところで」と彼女。
「ん?」
「私が蓮子だったらあなたに怒鳴っちゃった報いをするけれどね」
「えー? オレは全然気にしないし、むしろご褒美だけどなぁ」
「まあまあ、そう言わずに。携帯見てみたら?」
私はガラケーを取出し、カメラ写真フォルダを開いた。
「こんにちは」
「え、あ、はあ、こんにち、は」
廊下で蓮メリに出会った。
廊下と言うのは、私が住んでるマンションの廊下で、エレベーター前だ。
私、というのは、23歳独身男性、IT企業に勤めているサラリーマン。
蓮メリは、まさに恋人同士という感じで。
肩が触れ合うほどに、っていうかもう腕をべったり組みあって。
いや正確にはメリーが蓮子の腕にべったり組み付いて、エレベーター待ちでそこに立っていたのだ。
箱から降りた私は蓮メリの横を通り過ぎた形。
要するに二人の後ろ姿を振り返って見ている形。
「こらこらメリー、これ上りのエレベーターでしょ」
「あらホントだ。危うく乗るところだったわ」
こんなことを言っている。
私のガラケーを取り出して静止画撮影機能を起動させ、構え――。
静寂な屋内空間。カメラレンズが作動するわずかな音に蓮メリが反応して振り返った。
パシャリ。
電子のシャッター音が驚くほど大きく、響いた。
肩越しに蓮メリがこちらに振り返っているタイミングだった。
メリーの白く美しい輪郭が、そして薄く開いた朱色の唇が。
蓮子の整った眉毛と茶色の瞳と、そして引き締まった頬が。
ばっちり静止画となって私のガラケーに、“保存しますk”“保存しました”。
「おい」蓮子が剣呑な声を出した。
蓮子はもう少し低いボーイッシュな声だと思ったのだけれど。
しゃがれていない、そして想像していたよりも高い、女の子の声だった。
「おい!」再び、蓮子の声。
子ライオンが雄叫びの練習をしている感じ。
ぶっちゃけ、かわいい。
「撮ったろ! 今! おまえなにやってんだ!」
「ええ、はい、まあ」
「にやにやしてんなよ! 消せ! 今すぐ!」
「えー?」
「えーじゃねぇよおまえ! 自分が何やってんのか分かってんのか!?」
「自分が何をやったって?」
「そうだよおまえ! 何やったんだ言ってみろ!」
「蓮メリを撮影した」
「は、はぁ? ――蓮メリってお前、」
「蓮メリを撮影した、それだけですよ」
「な、おま、は、――はぁ?」
蓮メリとは東方プロジェクトに登場する女子大生二人組の、カップリングのことだ。
要するに、百合でレズでちゅっちゅなのである。秘密を追い求めるちゅっちゅなのだ。
当然の事を言っただけなのに、なぜか蓮子は怯んだ様子である。
そして睨み合い膠着状態に突入した私と蓮子。
不意に様子を眺めていたメリーが一歩、私に近づいてきた。
ふわりと金色の髪が揺れフローラルな香りがした。
私の脳髄は渾身の正拳突きを喰らったかのように。
めっちゃくちゃ良い香りだった。
と、メリーは隙だらけの私からガラケーを奪い取った。
「あ」
「ほい蓮子、消しちゃいましょう」
ご丁寧に私へ背を向けて。
私から見えない様にガラケーを操作し始める二人。
「う、うわぁ、二次元画像ばっかりだわ」
「なにこれキモチワルっ!」
「全部消しましょう。オールデリートよ」
「メリー、こういう時代遅れのガラケーには機能メニューに、ほらここ」
「あらホントだわ。データ一括削除っていうよく分からない機能があるのね」
「ねえお兄さん、暗証番号はなぁに?」
「そんなの教えられるわけ――、」
メリーがこちらに振り返り。
顎の前で両手を合わせて。
モナリザも真っ青になるほどの絶世の笑顔。
「おしえて?」
「7721です」
「蓮子」
「OK消えた」
下りのエレベーターが到着したちーんというベルの音。。
二人は足早に箱へ乗り込み、呆然としている私へガラケーを投げ渡してくる。
「じゃあねお兄さん」メリーがウィンクをしながら言った。
「もう二度と会わないでしょうけど」蓮子は軽くメンチを切る。
そしてがこんと扉が閉まり始める。
私は素早くエレベーターへ接近。下のボタンを押下する。
閉まりかけた扉が開く。私は上体を傾け、扉の向こうを覗き込んだ。
箱の中は空っぽ。無人だった。二人は消えていた。
フローラル系の香水の香りが鼻孔をくすぐった。
「……………………」
自身のガラケーを見下ろす。すっからかんになった“画像フォルダ”。
ようするに私はガラケーの二次元フォルダのデータと引き換えに。
蓮メリのビデオグラフィックメモリーを入手したのだった。
「肖像権って言葉、知ってる?」
「知ってます。ごめんなさい」
「いや私に謝られても困るんだけれどね」
六時間後。幕張イオンモール、パンケーキ店。
向かい側に座るのは私の彼女。付き合ってから1年になる、24歳。
司法系人材派遣会社に勤めるキャリアウーマンである。
司法書士試験を今年の四月にパスした、いわゆるホワイトカラーだ。
彼女の趣味はBL系SSの執筆。
ゾ□とかリボー二とか、大好きなのである。
「おい今わたしの悪口考えたでしょ」
「いいや、とんでもない」
「わたしの事、“おくされ様”だって思ったでしょ」
「いやいや、とぉんでもない」
「あなただって百合大好きじゃん」
「まあの」
「わたしに東方SS書かせるし」
「長編完結させないの?」
「当分の間は忙しいから無理」
「えー」
「あんたが書けばいいじゃん」
「文才無いからムリっす」
こんな関係なのである。
「で? なんで見ず知らずの人の写メなんて撮ったワケ?」
「いやだって、蓮メリだったわけだし」
「蓮メリは二次元。それはただの絵だ」
「ゾ□だってただの絵だよ?」
「おまえぶち殺すぞ」
彼女はゾ□が初期に付けていた黒色のバンダナを欲しがっている。
今回イオンモールにはそれを買いに来たのだった。
「で? メリーさんはキレイだったの?」
「アイドルみたいだったよ」
「蓮子は幸せ者だね」
「二次元は否定してもレズは否定しないんだね」
「いや結構いるよ。2014年のこのご時世、驚くことじゃないし」
「性を超えた愛っていいよね」
「あんたの場合はかわいい女の子同士がちゅっちゅしてればそれでいいんでしょ?」
「なにを言う失礼なやつめ。ああ変な事言わなかったかなぁ、それが心配だなぁ」
「写メ撮った時点でかなり失礼だと思うのですがそれは」
「蓮メリ。まさか同じマンションに住んでるとは思わなかった。もう一度会えないかなぁ」
「もう一度会って、どうするつもりよ」
「そりゃ、謝るんだよ。変なことしてゴメンなさいって」
「それだけ?」
「まああとはちょっと会話したいかな」
「ふぅん」
彼女はティーポットからダージリンをカップへ注ぎ、一口。
「ねえ、まじめに言わせてもらうけれどさ」
「お、おう」
「ただのコスプレよ」
「エレベーターから消えたのは?」
「もしくは白昼夢ってやつ」
「コスプレの白昼夢?」
「でもあんた、まさか本当に蓮メリがいるとでも思ってるの?」
「分かってるよそれくらい」
これを言われてしまうと言葉を返せない。
「じゃあなんで写メ撮ったの?」
「いや夜勤明けだったし、ハイになってるんだよ」
「それで?」
「バックアップが失敗してさ、夜9時に電話かかって来てさ」
「ふむ?」
サーバ運用系の案件担当者はぶっちゃけ昼も夜も関係が無い。
真夜中だろうとサーバからクリティカルなメッセージが上がれば平気で電話がかかってくるし。
それがHDDの故障となればベンダーさんを呼んで即時交換修理に立ち会い、という事もザラだ。
「でも今はあんまり眠くなさそうに見えるけれど?」
「いやぶっちゃけかなり眠いけどね。がんばって起きてるんだよ」
「寝ちゃえばいいのに」
「ゾ□のバンダナ、買いに来たんでしょ?」
「………………まあ、そうね」
「だからさ、ちょっとくらい幻想を見てもいいじゃん」
「寝不足で幻覚症状? それが言い訳?」
「言い訳じゃないよ。自己批判だよ」
「ふぅん」
彼女はパンケーキの最後の一切れを口に入れ、ダージリンを飲み干して。
「まあそう言う事だったら、許してあげるわ」と、驚くほど色っぽい声で言った。
「? 許してあげるって、何を?」
「あなたを、許してあげるって、そう言ったのよ」
私はぱちくりとしてしまった。
彼女は、こんな喋り方をしない。
まるで全くの別人になったかのように。
人が変わってしまったかのように。
いや、“もともと最初から別人だったかのように”。
「マエリベリー・ハーン! 見つけたぞ!」
男性の怒号が店内に響き渡った。
驚くほど迫力のこもった声だった。
振り返ると、スーツ姿の成人男性が足早にこちらへ向かってくるのが見えた。
片手を裏ポケットに差し込み、そして取り出したものをこちらへ突きつけてくる。
黒光りした――。
片手に収まる大きさの――。
拳銃だ。
ぱん、と乾いた音が鳴った。
ついで、かぁん、と金属質な衝突音。
目の前に、半透明の薄いブルーがかった壁が出来ていた。
それが、成人男性と私たちを隔てていた。
私が構想して、彼女が下書きした、東方SSの設定。
それに登場させた結界壁にそっくりだなと、暢気にそう思った。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。続いて四発。
見る見るうちに壁へひびが走る。
蜘蛛の巣状に細かくでたらめな放射線が広がる。
間違いない。目の前の盾が弾丸を受け止めているのだった。
と、なにが起きているのか唐突に理解した私。
とにかく、彼女をつれてこの場から逃げなければならない。
咄嗟に横を見ると、そこには彼女の服装をしたメリーと。
お馴染みの巫女装束を着た霊夢が、私の襟首を掴んで無理やり頭を低くさせた。
「蓮子が来るまで10秒よメリー!」
「了解!」
成人男性は拳銃を投げ捨て、両手で何か印を結んでみせる。
なにかごにょごにょと言った後に、そわか、と聞こえた。
ごうと暴風が吹き荒れた。
店内の机を、椅子を、皿を、そして一般客を。
綿埃の様に吹き飛ばしてここから退場させた。
私と、メリーと霊夢は無事だった。
だが壁は無事ではなかった。
ばりんとガラスが割れるような音が聞こえた。
持ち物の私のカバンが軽々と吹き飛ばされた。
咄嗟に手を伸ばそうとする私は「諦めなさい!」と霊夢に制止された。
次の光景に目を疑った。
空中に浮いたカバンは宙に持ち上げられたかと思うと。
その場で揉みくちゃにされて、細かい破片になって空間に溶けて消えた。
一歩間違えれば自分がああなると瞬時に理解した。
嵐の中で霊夢が叫ぶ。
暴風が耳たぶを打つ。
シャツがばたばたとはためいて体を叩いている。
私のシャツを掴む霊夢の手。もはや右も左も分からない。
「お待たせ二人!」と蓮子の声。
「さあ行くよ! ジャ――、ン――――、プ――――――………
水あめを練って伸ばした様に、音が細長く延長されて。
1秒が永久に拡張されて、星々が再構成された。
ぱちり、と目をあけた。
ちーんというエレベーターのベルの音。
ここはイオンモールのパンケーキ屋さんではない。
私が住んでいるマンションの、廊下だった。
周囲を見る。蓮メリはいない。
霊夢もいない。暴風も無い、静寂な空間だった。
「なにそれ」と彼女が笑った。
「白昼夢でも見たの?」
「君に化けたメリーも、同じこと言ってたよ」
「言葉選びのセンスが私そのものだね」
「? それってどういうこと?」
「わたしが秘封倶楽部に協力したって事」
きっとダブルデートだったんだね、と彼女が言った。
私は、彼女に化けたメリーとデートをして。
彼女は、私に化けた蓮子とデートをした。
それで互いの所作や口ぶりや言葉選びをリアルタイムで情報交換したのだ。
だが彼女はきっと、すぐに蓮子だと見破ったのだろう。
それで蓮子は彼女にワケを説明し、協力を願い出たのだ。
「はあ」と私は感嘆した。
「よくそんなこと思いつくね」
「でも劇的だし、ドラマチックでしょ」
「やっぱりオレはダメだな、話を作る発想力が足りないよ」
「まあ全部妄想だけどね。精神的には健康じゃん」
乱入してきた男は結界省の役員で。
次元跳躍を繰り返す秘封倶楽部を捕まえるために、日夜追跡している。
それで私が蓮メリの写メを撮影したから、蓮子がこう言ったのだ。
――「自分が何やってんのか分かってんのか!?」」――
「次元跳躍をするには、結界師に接近しなきゃダメって、私だったらそうするわ。
それであんたへ一芝居打って、やつらをおびき寄せた。
あんたに写メを取られた時点でその世界では活動が出来ないから」
「それも妄想?」
「うん、妄想」
でも良かったじゃん、蓮メリが実在するって分かったんだし。
と彼女はなんの悪びれる様子もなく言って見せる。
「ところで」と彼女。
「ん?」
「私が蓮子だったらあなたに怒鳴っちゃった報いをするけれどね」
「えー? オレは全然気にしないし、むしろご褒美だけどなぁ」
「まあまあ、そう言わずに。携帯見てみたら?」
私はガラケーを取出し、カメラ写真フォルダを開いた。
よくこういう話思いつきますね凄いです
あとがきこそ白昼夢みたいな出来事ですね。
それに2番さんの10点っのコメントはどういう意味?
確かに文章は荒削りでアレだけど無視できない程には楽しかった。不思議
不思議ちゃんの世界が具現化した世界みたいな
秘封倶楽部自体そんな世界観ですけど
この作者もちょいメンヘラよふふん感をそれとなく演出するやり方は面白いですね メタフィクション感が出て
何分不規則な生活をしているのに加え、土日も予定が入ってしまい、家にはほぼ居ません。
もし返却するつもりがあるのならば、ポストにでも投げ込んでおいてくれればあとで回収します。