それが私と貴女の違いだとしても。
「だから、言ったでしょう? さとり、私とアナタでは格が違うと」
朦朧とした意識に厳しい言葉が襲いかかる。
勘弁してほしい。
元々私は戦闘向きじゃないのだ。
それでもなんとか凌いできたっていうのに、こんな弾幕避けれるわけがない。
「いい加減帰りなさい。ここは地上よ? アナタのような地下の存在が長々といて許される場所ではないわ」
うるさいなぁ。
そんなこと知っている。
「レミリアお嬢様、私が始末しましょうか? 地下まで送り届けますわ」
「下がりなさい咲夜。これは私の不始末よ、自身の過ちを部下に投げるなんて上に立つ者の行いではないわ」
「……失礼いたしました」
メイド姿の従者、十六夜咲夜が遠くへ歩いていく。
良かった。いくら心が読めるとは言っても時間を止められたら流石に対応のしようもない。
っと、時間を止めない彼女の上司にさえも対応が追いついていないんだから笑えないのだけれど。
さて、どうやってレミリアの泣きっ面を拝んでやろうかな。
そう思うといくらでも立ち上げれる。
避け損なったさっきの傷だって、別に動けないレベルで受けたわけじゃないし。
「なにまだやるの? いい加減疲れてきたから終わりにしてほしいんだけど」
「冗談。言ったでしょ? 貴女の泣き顔を見に来たってね」
彼女の眼が、確かに吊り上る。
眉が斜を描き、眉間に皺が寄る。
「……いいわ、さとり。そっちがその気なら、手を抜かずに相手してあげる」
それは。
運命を言い放つ神のように厳格な口調で明確に告げられた言の葉。
「私の能力、忘れたわけじゃないでしょうね?」
「運命を操る程度、だっけ? 取るに足らないわ」
「そう、いい度胸ね」
ニヤリと口角をも吊り上げて、赤い紅い悪魔は嗤う。
八重歯とは明らかに違う牙が、ちらりと顔を出している。
ああ、なんだか大技来そうだなぁ。
でも。まあ。
なんとかするしかないか。
「たかだが地霊殿の主をしているアナタに見せてあげるわ。そしてもう一度思い出しなさい」
相対する少女は右手を高くかざす。
その背後には鮮血色に染まった月。
彼女に良く見合う、夜の光。
「私の名前はレミリア・スカーレット。夜の王たる吸血鬼!
さあ、震えるがいいこの恐怖に! さあ、痺れるがいいこの運命に!
アナタと私の違いを――――主と王の違いをその眼に焼き付けなさい!!」
地霊殿の夜は早い。
いつからそうなったのかは最早覚えていないが、各々自由に過ごしているためかそれとも私に統制力が足りないのかは定かではないけれど、夕飯時に集まっても散り散りに解散してしまう。
最近ではお燐もお空もなにやらすることがあるようで気付いたら姿を消している。
こいしに至ってはもう手を付けることが不可能だ。
なので、というか元々そうだったけど、最近の私はかなりの確率で本を開いている。
読むのも当然だが、書くのもしばし行ったりする。
ペットとこいし以外には誰も訪れないここ地霊殿は不気味なほど静かで、読書にも筆書にもうってつけなのだ。
元より人が寄り付かなくなったのも、私の能力のせいではあるけれど。
静かなことにもすっかり慣れてしまった。
慣れてしまったのだが、困ったことが一つだけある。
「また来たわ、お茶を入れて頂戴」
ふてぶてしい来客が、かなりの頻度で来ることだ。
始めはたまたまだったものが、今では三日に一度。下手したら二日に一度は必ず訪れる。
「何よ? 何か言いたげな表情ね。いいわ、聞いてあげるからまずは紅茶を出しなさい」
「……レミリア。何度も言うけどここには日本茶しかないわ。そしてノックくらいはしてほしいけど」
「日本茶は苦いから苦手よ。他の物ないの?」
「ない。嫌なら帰りなさい」
「う、薄めでなら飲めなくないわ」
このやり取りも何度目となるのか。
私は最早すっかり慣れた手つきで薄めのお茶を入れて窓から不法侵入したくせに偉そうな態度でソファーに足を組んで座っている吸血鬼の前に湯呑を出した。
「ありがとう、さとり」
「……いいけど、それより今日は何しに来たの?」
「相変わらず冷たいわね、夜は暇なのよ。部下は寝ちゃうし、親友も出てこないし」
「妹さんは?」
「……フランのことはいいの、あの子はあの子で手一杯だから」
相変わらずなのはそっちだ、と心の中だけで思う。
本当は心配なくせに嫌われているかどうか不安でどうせまた会いに行けないのだ。
サードアイを使うまでもない。
この少女・レミリアは意地っ張りで強がりな性格だから、今日もまたきっと妹の部屋の前まで足を運んでノックしようとして。でも結局できなくて仕方なくこんなところにまで足を運んできて時間潰しをするのだ。
「で、今日は何をするの?」
「なんで私が不法侵入者をもてなさないといけないの?」
「だって暇だからしょうがないじゃない」
ついでにいうとワガママである。
いや、正確にはさびしがり屋なのかな。
不安になりすぎてしまうらしい。
「仕方ないわね……将棋でいい?」
「東洋版チェスね! それなら得意よ」
「じゃあ今日は待ったもハンデもなしでやりますか」
「ふふん、私は手を抜いてあげるわ。運命が見えちゃうもの!」
「はいはい、お願いします」
「かかってきなさい!」
そうして夜空け前まで付き合うのが、私・古明地さとりの日課となりつつあった。
今宵も月が沈んでいく。
「レミリア、そろそろ朝になるわよ」
「まだよ! まだ私の飛車は生きているわ!」
「なら速やかに王を差し出しなさい」
「負けちゃうじゃない!」
「もう詰みだって言ってるのよ」
「うー、仕方ないわね」
両手を組み、体の上部で伸びをするレミリア。
胸元の赤いリボンが小さく揺れ、全身をほぐすかのようにふっと脱力した。
「早く帰りなさい。じゃないと怖いメイドさんがここまで来ちゃうわよ?」
「それは流石にマズイわね……、ここまでにして帰ろうかしら」
決めたことは即時に行うタイプの少女だ、支度をしてすぐに窓際まで向かった。
それを見送るのにも、そろそろ慣れてしまった。
「それじゃ、また来るわ」
「はいはい。ああ、忘れるところだったわ」
「うん?」
「妹さんによろしく」
可愛いらしく包装されたお土産を確かにレミリアに手渡してみると、彼女は呆然とした顔のまま固まっていた。
「どうかした?」
「以外だったから驚いて動けなかったわ。一体どういう風の吹き回しなのかしら?」
今度は訝しむ表情になるレミリア。
ころころとよく表情が変わるものだなあ。
「おいしいお菓子らしいわ」
「らしいって変なものを渡すものね」
「ただし、そのお菓子呪いがかかっているのよ」
「……うん?」
「それね、妹と一緒に食べないと死んじゃうお菓子」
「……私、不死なんだけど」
「ええ、知っているわ。死ぬのは貴女じゃない」
「何を言っているの?」
「死ぬのはレミリア、貴女のカリスマよ」
「なっ……!?」
「というわけだから、妹さんによろしく」
「…………はぁ、おせっかいなものね地下の住人は。いいわ、ありがたくフランと食べてくるから、感想と愚痴くらい聞かないと承知しないわよ」
「はいはい、お茶でも用意するから」
「今度は紅茶よ、絶対だからねー!」
そういってレミリアはようやく帰って行った。
そろそろ私も寝ようかしら。
「お姉ちゃん、ご飯食べるー?」
「あらこいし、いつからいたの?」
「また来てしまったわ、ってとこから」
「最初からじゃない……全く気付かなかったわ」
「まあまあ。で、食べれる?」
んー、いやこの睡魔には勝てそうにない。
おとなしく寝いてしまおう。
「せっかくだけど寝るわ、眠くて仕方ないし」
「そっか、じゃあおやすみー」
「ええ、おやすみなさい」
扉を開けてくるりとこいしが振り返る。
「ねえ、お姉ちゃん?」
「なにかしら」
「私が消えたら、探しに来てくれる?」
一体どうしたのだろうと今度は私が思う番だった。
ああ、そっか。
レミリアにあれだけ妹に構えとアピールしたのだ、こいしも気になっているのだろう。
「当たり前よ。幻想郷を大声で捜し歩いてこいしが恥ずかしい思いをしながら出てくるのを待っているわ」
「それやったら絶交だからね?」
にっこり笑顔で言われてしまった。
こんなにいい笑顔のこいし、久しぶりかもしれない。
「じゃあ、おやすみー」
長い長い夜が、終わってくれたらしかった。
私が違和感に気付いたのは三日後のこと。つまりは数時間前。
どうにも穏やか過ぎる夜が続いていると思ったら、来客がないからなのだと思い出す。
……いつの間にか。
本当にいつの間に、私はあの来客を。
封印された地下空間にある地霊殿にふさわしくない妖怪の来訪を楽しみにしてしまったのだろう。
滅多に人も妖怪も寄り付かないから?
心を読まれて避けらることもないから?
ううん、どれも正解ではないのだろう。
答えは私がきっと――。
「あれ、お姉ちゃん今夜も一人?」
開いているページがどれだけの間止まっていたのだろうか。
気付いたら私の向かい側の席には妹のこいしが座っていた。
「私はいつも一人よ」
「またまた。最近は楽しい夜を……ごほん。毎晩お楽しみでしたね!」
「どこでそんな言葉を憶えてくるの……」
「上!」
私の妹に変なことを吹き込んでいる連中は誰かしら。
今度姉としてお礼に行かなきゃいけないかしらね。
「守矢神社で教わった!」
「だめよこいし。あそこは幻想郷でも屈指の魔窟よ。近づいてはいけないわ」
やっぱり守矢だった。
本当にあの神様どもは。
「そういえばこいしは今か帰ってきたの?」
「ううん、お姉ちゃん知ってるかなーっと思って」
「ええと? 一体何を?」
「紅魔館? だっけ? あそこ、なくなってたよ」
なくなって――た?
ええと、紅魔館って確か、そう。
間違いなく。
「あの吸血鬼さんの住処だよね?」
レミリア・スカーレット。
永遠に紅い幼き月。
運命を操る程度の能力を持っている。
それが私に対する一般的解釈だろう。
吸血鬼という種族ゆえに苦手なものも少なくはないが、それを上回るほどの身体能力と魔法があるから日常生活でも非日常生活でも対して困った試しはない。
一つだけ挙げるとすれば不老不死における退屈だけが自身の敵だということくらいか。
もっとも今は退屈だなんていうこともなく、というか言える状況でもない。
私の城が。
愛すべき根城の紅魔館が。
崩壊してしまっているのだ。
「お嬢様、お気を確かに」
「……ええ、大丈夫よ。それより咲夜、皆は?」
「パチュリー様の安全は美鈴と小悪魔で確保しています」
「そう。……フランは?」
「申し訳ございません、見つけることが不可能でした」
咲夜は謝罪してくる。
頭をこちらにきちんと下げて、謝罪してくれている。
「そう。…………フランの仕業なのね」
「……! い、いえ、そんなことは」
「いいの、こんなことができるのはあの子くらいだもの。それは姉である私が一番よく知っているわ」
咲夜はばつが悪そうに眼を伏せ、何も語らない。
完全で瀟洒な従者な彼女のことだ。きっと主である私の面子とフランのこと両方を慮って何も口にしないのだろう。
本当に、真面目すぎるくらいの忠誠心にはこちらの方が頭が下がる。
「で。あの子は?」
「それがどこかへ飛び去ってしまって、現在の位置は皆目見当もつきません」
「ふう、仕方ないわね。とりあえずフランはいいわ、咲夜パチェたちと合流できるかしら」
「ええ、滞りなく。分散したのちに集合する地点は決めてありますので」
「さすがね。で、その場所は?」
咲夜は遠くの空へ目を配らせた。
同じ方角へと私も視線を飛ばす。
一瞬だけ視界に入った月は、黄金色だった。
その端から僅かに紅が浸食しているなど、気付くこともできなかった。
「落ち合う地点は大結界の根源」
「――博麗神社」
遠くで、聞き覚えのある声が。
聞こえた。そんな気がした。
「人の家を勝手に集合場所にしてるんじゃない」
博麗神社にやってきた私たちに浴びせられたのは文句だった。
開口一番に発せられた言葉、その発生源は博麗の巫女・博麗霊夢。
博麗大結界の当代管轄者であり、幻想郷で最も恐ろしい巫女。
「仕方ないわ、緊急時だったんだもの」
「家は子ども110番かっつーの、いいけど」
「ごめんさない霊夢。この件は私が独断で行ったことよ、お嬢様に非はないのよ」
「咲夜が? ふーん、そっか……で、待ち人来てるけど上がるでしょ?」
「ええ、お願いするわ」
「こっちよ、ついてらっしゃい」
大きくて赤色の鳥居をくぐりぬけ、博麗神社の敷地内を霊夢の後をただただついていく。
朝日がちらりと昇り始めてきている。
もうすっかり今日という日が始まっているのだと知らすかのように太陽は昇る。
「お嬢様? どうかされました?」
憎き存在へ意識を向けていると、それに気付いた咲夜が心配して訪ねてきた。
「何でもないわ。やっぱり太陽は嫌いだと再認識したに過ぎないから」
「そうでしたか」
「ええ、太陽は嫌い。夜を連れ去ってしまうから」
夜が来るのはまだまだ先のことになりそうだ。
そう。
あのやけに居心地が良い夜が遠いものに感じられた。
地霊殿の夜は早い。
いつからそうなったのかは最早覚えていないが、各々自由に過ごしているためかそれとも私に統制力が足りないのかは定かではないけれど、夕飯時に集まっても散り散りに解散してしまう。
最近ではお燐もお空もなにやらすることがあるようで気付いたら姿を消している。
こいしに至ってはもう手を付けることが不可能だ。
なので、というか元々そうだったけど、最近の私はかなりの確率で本を開いている。
読むのも当然だが、書くのもしばし行ったりしていた。
でも、筆が乗らない。
気分も、しばらく乗ってくれそうにない。
頭の中に居座っている違和感の正体は知っているけれど、私に何ができるだろうか。
コンコン。
この部屋の出入り口である扉ではなく、窓の方からノックの音が聞こえた。
なんだ。
ようやくノックしてくれるようになったのか。
そんな期待を込めて。
いつもの来客になんて言ってあげようか考えながら、窓を勢いよく開いた。
「へぇ、不用心なんだね。アナタがお姉ちゃんを誑かした犯人ね?」
色鮮やかな羽。
眩く輝く黄金色の髪の毛。
そして――――臨んだ来客と同じ、ナイトキャップ。
「初めまして、そしてさようなら。私はフラン。フランドール・スカーレット。悪魔の妹と言えば伝わるよね! よろしくしなくていいよ、だってすぐに、終わっちゃうから」
無邪気に笑う、その口元に見覚えのある牙を見た。
不気味に笑う、その笑顔に見覚えのある彼女を求めたところで私の意識は消えていった――。
「だから、言ったでしょう? さとり、私とアナタでは格が違うと」
朦朧とした意識に厳しい言葉が襲いかかる。
勘弁してほしい。
元々私は戦闘向きじゃないのだ。
それでもなんとか凌いできたっていうのに、こんな弾幕避けれるわけがない。
「いい加減帰りなさい。ここは地上よ? アナタのような地下の存在が長々といて許される場所ではないわ」
うるさいなぁ。
そんなこと知っている。
「レミリアお嬢様、私が始末しましょうか? 地下まで送り届けますわ」
「下がりなさい咲夜。これは私の不始末よ、自身の過ちを部下に投げるなんて上に立つ者の行いではないわ」
「……失礼いたしました」
メイド姿の従者、十六夜咲夜が遠くへ歩いていく。
良かった。いくら心が読めるとは言っても時間を止められたら流石に対応のしようもない。
っと、時間を止めない彼女の上司にさえも対応が追いついていないんだから笑えないのだけれど。
さて、どうやってレミリアの泣きっ面を拝んでやろうかな。
そう思うといくらでも立ち上げれる。
避け損なったさっきの傷だって、別に動けないレベルで受けたわけじゃないし。
「なにまだやるの? いい加減疲れてきたから終わりにしてほしいんだけど」
「冗談。言ったでしょ? 貴女の泣き顔を見に来たってね」
彼女の眼が、確かに吊り上る。
眉が斜を描き、眉間に皺が寄る。
「……いいわ、さとり。そっちがその気なら、手を抜かずに相手してあげる」
それは。
運命を言い放つ神のように厳格な口調で明確に告げられた言の葉。
「私の能力、忘れたわけじゃないでしょうね?」
「運命を操る程度、だっけ? 取るに足らないわ」
「そう、いい度胸ね」
ニヤリと口角をも吊り上げて、赤い紅い悪魔は嗤う。
八重歯とは明らかに違う牙が、ちらりと顔を出している。
ああ、なんだか大技来そうだなぁ。
でも。まあ。
なんとかするしかないか。
「たかだが地霊殿の主をしているアナタに見せてあげるわ。そしてもう一度思い出しなさい」
相対する少女は右手を高くかざす。
その背後には鮮血色に染まった月。
彼女に良く見合う、夜の光。
「私の名前はレミリア・スカーレット。夜の王たる吸血鬼!
さあ、震えるがいいこの恐怖に! さあ、痺れるがいいこの運命に!
アナタと私の違いを――――主と王の違いをその眼に焼き付けなさい!!」
地霊殿の夜は早い。
いつからそうなったのかは最早覚えていないが、各々自由に過ごしているためかそれとも私に統制力が足りないのかは定かではないけれど、夕飯時に集まっても散り散りに解散してしまう。
最近ではお燐もお空もなにやらすることがあるようで気付いたら姿を消している。
こいしに至ってはもう手を付けることが不可能だ。
なので、というか元々そうだったけど、最近の私はかなりの確率で本を開いている。
読むのも当然だが、書くのもしばし行ったりする。
ペットとこいし以外には誰も訪れないここ地霊殿は不気味なほど静かで、読書にも筆書にもうってつけなのだ。
元より人が寄り付かなくなったのも、私の能力のせいではあるけれど。
静かなことにもすっかり慣れてしまった。
慣れてしまったのだが、困ったことが一つだけある。
「また来たわ、お茶を入れて頂戴」
ふてぶてしい来客が、かなりの頻度で来ることだ。
始めはたまたまだったものが、今では三日に一度。下手したら二日に一度は必ず訪れる。
「何よ? 何か言いたげな表情ね。いいわ、聞いてあげるからまずは紅茶を出しなさい」
「……レミリア。何度も言うけどここには日本茶しかないわ。そしてノックくらいはしてほしいけど」
「日本茶は苦いから苦手よ。他の物ないの?」
「ない。嫌なら帰りなさい」
「う、薄めでなら飲めなくないわ」
このやり取りも何度目となるのか。
私は最早すっかり慣れた手つきで薄めのお茶を入れて窓から不法侵入したくせに偉そうな態度でソファーに足を組んで座っている吸血鬼の前に湯呑を出した。
「ありがとう、さとり」
「……いいけど、それより今日は何しに来たの?」
「相変わらず冷たいわね、夜は暇なのよ。部下は寝ちゃうし、親友も出てこないし」
「妹さんは?」
「……フランのことはいいの、あの子はあの子で手一杯だから」
相変わらずなのはそっちだ、と心の中だけで思う。
本当は心配なくせに嫌われているかどうか不安でどうせまた会いに行けないのだ。
サードアイを使うまでもない。
この少女・レミリアは意地っ張りで強がりな性格だから、今日もまたきっと妹の部屋の前まで足を運んでノックしようとして。でも結局できなくて仕方なくこんなところにまで足を運んできて時間潰しをするのだ。
「で、今日は何をするの?」
「なんで私が不法侵入者をもてなさないといけないの?」
「だって暇だからしょうがないじゃない」
ついでにいうとワガママである。
いや、正確にはさびしがり屋なのかな。
不安になりすぎてしまうらしい。
「仕方ないわね……将棋でいい?」
「東洋版チェスね! それなら得意よ」
「じゃあ今日は待ったもハンデもなしでやりますか」
「ふふん、私は手を抜いてあげるわ。運命が見えちゃうもの!」
「はいはい、お願いします」
「かかってきなさい!」
そうして夜空け前まで付き合うのが、私・古明地さとりの日課となりつつあった。
今宵も月が沈んでいく。
「レミリア、そろそろ朝になるわよ」
「まだよ! まだ私の飛車は生きているわ!」
「なら速やかに王を差し出しなさい」
「負けちゃうじゃない!」
「もう詰みだって言ってるのよ」
「うー、仕方ないわね」
両手を組み、体の上部で伸びをするレミリア。
胸元の赤いリボンが小さく揺れ、全身をほぐすかのようにふっと脱力した。
「早く帰りなさい。じゃないと怖いメイドさんがここまで来ちゃうわよ?」
「それは流石にマズイわね……、ここまでにして帰ろうかしら」
決めたことは即時に行うタイプの少女だ、支度をしてすぐに窓際まで向かった。
それを見送るのにも、そろそろ慣れてしまった。
「それじゃ、また来るわ」
「はいはい。ああ、忘れるところだったわ」
「うん?」
「妹さんによろしく」
可愛いらしく包装されたお土産を確かにレミリアに手渡してみると、彼女は呆然とした顔のまま固まっていた。
「どうかした?」
「以外だったから驚いて動けなかったわ。一体どういう風の吹き回しなのかしら?」
今度は訝しむ表情になるレミリア。
ころころとよく表情が変わるものだなあ。
「おいしいお菓子らしいわ」
「らしいって変なものを渡すものね」
「ただし、そのお菓子呪いがかかっているのよ」
「……うん?」
「それね、妹と一緒に食べないと死んじゃうお菓子」
「……私、不死なんだけど」
「ええ、知っているわ。死ぬのは貴女じゃない」
「何を言っているの?」
「死ぬのはレミリア、貴女のカリスマよ」
「なっ……!?」
「というわけだから、妹さんによろしく」
「…………はぁ、おせっかいなものね地下の住人は。いいわ、ありがたくフランと食べてくるから、感想と愚痴くらい聞かないと承知しないわよ」
「はいはい、お茶でも用意するから」
「今度は紅茶よ、絶対だからねー!」
そういってレミリアはようやく帰って行った。
そろそろ私も寝ようかしら。
「お姉ちゃん、ご飯食べるー?」
「あらこいし、いつからいたの?」
「また来てしまったわ、ってとこから」
「最初からじゃない……全く気付かなかったわ」
「まあまあ。で、食べれる?」
んー、いやこの睡魔には勝てそうにない。
おとなしく寝いてしまおう。
「せっかくだけど寝るわ、眠くて仕方ないし」
「そっか、じゃあおやすみー」
「ええ、おやすみなさい」
扉を開けてくるりとこいしが振り返る。
「ねえ、お姉ちゃん?」
「なにかしら」
「私が消えたら、探しに来てくれる?」
一体どうしたのだろうと今度は私が思う番だった。
ああ、そっか。
レミリアにあれだけ妹に構えとアピールしたのだ、こいしも気になっているのだろう。
「当たり前よ。幻想郷を大声で捜し歩いてこいしが恥ずかしい思いをしながら出てくるのを待っているわ」
「それやったら絶交だからね?」
にっこり笑顔で言われてしまった。
こんなにいい笑顔のこいし、久しぶりかもしれない。
「じゃあ、おやすみー」
長い長い夜が、終わってくれたらしかった。
私が違和感に気付いたのは三日後のこと。つまりは数時間前。
どうにも穏やか過ぎる夜が続いていると思ったら、来客がないからなのだと思い出す。
……いつの間にか。
本当にいつの間に、私はあの来客を。
封印された地下空間にある地霊殿にふさわしくない妖怪の来訪を楽しみにしてしまったのだろう。
滅多に人も妖怪も寄り付かないから?
心を読まれて避けらることもないから?
ううん、どれも正解ではないのだろう。
答えは私がきっと――。
「あれ、お姉ちゃん今夜も一人?」
開いているページがどれだけの間止まっていたのだろうか。
気付いたら私の向かい側の席には妹のこいしが座っていた。
「私はいつも一人よ」
「またまた。最近は楽しい夜を……ごほん。毎晩お楽しみでしたね!」
「どこでそんな言葉を憶えてくるの……」
「上!」
私の妹に変なことを吹き込んでいる連中は誰かしら。
今度姉としてお礼に行かなきゃいけないかしらね。
「守矢神社で教わった!」
「だめよこいし。あそこは幻想郷でも屈指の魔窟よ。近づいてはいけないわ」
やっぱり守矢だった。
本当にあの神様どもは。
「そういえばこいしは今か帰ってきたの?」
「ううん、お姉ちゃん知ってるかなーっと思って」
「ええと? 一体何を?」
「紅魔館? だっけ? あそこ、なくなってたよ」
なくなって――た?
ええと、紅魔館って確か、そう。
間違いなく。
「あの吸血鬼さんの住処だよね?」
レミリア・スカーレット。
永遠に紅い幼き月。
運命を操る程度の能力を持っている。
それが私に対する一般的解釈だろう。
吸血鬼という種族ゆえに苦手なものも少なくはないが、それを上回るほどの身体能力と魔法があるから日常生活でも非日常生活でも対して困った試しはない。
一つだけ挙げるとすれば不老不死における退屈だけが自身の敵だということくらいか。
もっとも今は退屈だなんていうこともなく、というか言える状況でもない。
私の城が。
愛すべき根城の紅魔館が。
崩壊してしまっているのだ。
「お嬢様、お気を確かに」
「……ええ、大丈夫よ。それより咲夜、皆は?」
「パチュリー様の安全は美鈴と小悪魔で確保しています」
「そう。……フランは?」
「申し訳ございません、見つけることが不可能でした」
咲夜は謝罪してくる。
頭をこちらにきちんと下げて、謝罪してくれている。
「そう。…………フランの仕業なのね」
「……! い、いえ、そんなことは」
「いいの、こんなことができるのはあの子くらいだもの。それは姉である私が一番よく知っているわ」
咲夜はばつが悪そうに眼を伏せ、何も語らない。
完全で瀟洒な従者な彼女のことだ。きっと主である私の面子とフランのこと両方を慮って何も口にしないのだろう。
本当に、真面目すぎるくらいの忠誠心にはこちらの方が頭が下がる。
「で。あの子は?」
「それがどこかへ飛び去ってしまって、現在の位置は皆目見当もつきません」
「ふう、仕方ないわね。とりあえずフランはいいわ、咲夜パチェたちと合流できるかしら」
「ええ、滞りなく。分散したのちに集合する地点は決めてありますので」
「さすがね。で、その場所は?」
咲夜は遠くの空へ目を配らせた。
同じ方角へと私も視線を飛ばす。
一瞬だけ視界に入った月は、黄金色だった。
その端から僅かに紅が浸食しているなど、気付くこともできなかった。
「落ち合う地点は大結界の根源」
「――博麗神社」
遠くで、聞き覚えのある声が。
聞こえた。そんな気がした。
「人の家を勝手に集合場所にしてるんじゃない」
博麗神社にやってきた私たちに浴びせられたのは文句だった。
開口一番に発せられた言葉、その発生源は博麗の巫女・博麗霊夢。
博麗大結界の当代管轄者であり、幻想郷で最も恐ろしい巫女。
「仕方ないわ、緊急時だったんだもの」
「家は子ども110番かっつーの、いいけど」
「ごめんさない霊夢。この件は私が独断で行ったことよ、お嬢様に非はないのよ」
「咲夜が? ふーん、そっか……で、待ち人来てるけど上がるでしょ?」
「ええ、お願いするわ」
「こっちよ、ついてらっしゃい」
大きくて赤色の鳥居をくぐりぬけ、博麗神社の敷地内を霊夢の後をただただついていく。
朝日がちらりと昇り始めてきている。
もうすっかり今日という日が始まっているのだと知らすかのように太陽は昇る。
「お嬢様? どうかされました?」
憎き存在へ意識を向けていると、それに気付いた咲夜が心配して訪ねてきた。
「何でもないわ。やっぱり太陽は嫌いだと再認識したに過ぎないから」
「そうでしたか」
「ええ、太陽は嫌い。夜を連れ去ってしまうから」
夜が来るのはまだまだ先のことになりそうだ。
そう。
あのやけに居心地が良い夜が遠いものに感じられた。
地霊殿の夜は早い。
いつからそうなったのかは最早覚えていないが、各々自由に過ごしているためかそれとも私に統制力が足りないのかは定かではないけれど、夕飯時に集まっても散り散りに解散してしまう。
最近ではお燐もお空もなにやらすることがあるようで気付いたら姿を消している。
こいしに至ってはもう手を付けることが不可能だ。
なので、というか元々そうだったけど、最近の私はかなりの確率で本を開いている。
読むのも当然だが、書くのもしばし行ったりしていた。
でも、筆が乗らない。
気分も、しばらく乗ってくれそうにない。
頭の中に居座っている違和感の正体は知っているけれど、私に何ができるだろうか。
コンコン。
この部屋の出入り口である扉ではなく、窓の方からノックの音が聞こえた。
なんだ。
ようやくノックしてくれるようになったのか。
そんな期待を込めて。
いつもの来客になんて言ってあげようか考えながら、窓を勢いよく開いた。
「へぇ、不用心なんだね。アナタがお姉ちゃんを誑かした犯人ね?」
色鮮やかな羽。
眩く輝く黄金色の髪の毛。
そして――――臨んだ来客と同じ、ナイトキャップ。
「初めまして、そしてさようなら。私はフラン。フランドール・スカーレット。悪魔の妹と言えば伝わるよね! よろしくしなくていいよ、だってすぐに、終わっちゃうから」
無邪気に笑う、その口元に見覚えのある牙を見た。
不気味に笑う、その笑顔に見覚えのある彼女を求めたところで私の意識は消えていった――。
それと厳しい事を言っているかもしれませんが、続編をたぶんで投稿するなら、最初から投稿しない方が良いと思いますよ?少なくとも私はそう思うというだけですがね……。
口調だとかは後回しにして、まずは読ませる努力が第一ではないでしょうか。
ここで諦めずに次も頑張ってください。
書き終えたらしばらく置いてから読み直した方がいいですよ
たしかに場面転換で分かりづらいところはありましたが、自分は続きが読みたいと思ったのでどうか頑張ってください!ヽ(´▽`)ノ
まぁ頑張ってください
これから盛り上がるとこだと思ったのに
雰囲気は好きなんだけども打ち切り臭が
人にお節介なり親切なりをかけるときこそ緊張感を持って望むべきということですかね
思えばフランが紅魔館を破壊する程暴走したというのに皆の対応も呑気な気もします レミリアもまずフランが他所の勢力に喧嘩売らないかを全力で阻止すべきだったと思いました
気違いで凶暴で力のある相手はこちらと思考回路が違うし嫌悪感を覚えるものが違うし、単純に暴力に飢えているだけ調子にのっているだけかも知れないから接触には十二分に気をつけないといけない
馬鹿な狂人にとったら相手こそグロテスクな思想を押しつけ人を不快にさせて平然としている殺されて当然のクズである自覚すらない馬鹿に見えるのだから
まあ難しいところですね 狂った相手の気持ちがわかればこっちの従来の考えを否定することになりますし