心を読むことができなくても、たとえ心が無くなってしまっても大丈夫。誰かを思い出せなくても、誰にも思い出してもらえなくても心配ないない。
お姉ちゃん、大好き。ペット達も大好き。心を読まれて嫌な顔をした人たちも、みんなみんな大好き。
それから、みんなもきっと私のことが大好き。
「お姉ちゃんは私のことだいだい、だーいすきだもんね」
お姉ちゃんはいつも私を待っててくれる、私がいつ帰るかなんて私にもわからないのに。
「なあに? 急にそんなこと言って」
ほら、お姉ちゃん照れちゃって可愛いね。
「ねえ、そうでしょ? 私のこと大好きだもんね」
「うん、大好きよ」
ほらね、やっぱりそう。
「お燐も私のこと大好きだよね、私もお燐大好きだよ」
嫉妬しないようにお燐も構ってあげる、本当は私が構って欲しいだけなんだけど。お燐が目を丸くして私を見つめているのがとっても照れくさいや。
「こいし、あなたどうかしたの? 地上に遊びに行った時に何かあったの?」
もう、心配性なんだから。
「何で? 私はただみんなが大好きなだけよ?」
びっくりしちゃった。お姉ちゃんの膝で丸くなってるお燐を撫でてあげようとしたら、その手をすごい勢いで掴まれたんだもん。
「こいし、あなた感情を取り戻したの?」
あんまり当たり前のことを聞くからすぐに返事を返せなかった、意地悪ね。
「知ってるでしょ? 私に感情なんて無いよ、でも最近毎日が楽しいの。何だかね、これからもずっと楽しいことが待ってる気がするの」
二人して私をじっと見てる。地上でもそうだったけど、最近の私は人気者だね。
「こいし、それが感情なのよ」
抱きしめられるのはとっても気持ちが良い。それにお姉ちゃんの喜びが伝わって来るみたい。何でこんなに喜んでるのかは分かんないけど。
「ねえ、二人ともどうして笑ってるの?」
せっかく大きいソファに座ってるのにこんなにひっついたら狭苦しくてやだな。今日はお燐もお姉ちゃんも妙に甘えん坊だね。
「嬉しい。お姉ちゃんずっと待ってたのよ」
「何を?」
「あなたを」
今日のお姉ちゃんはおかしなことばっかり。お燐も体を擦りつけてくるだけでお話してくれないしつまんない。
「こいし」
「なあに?」
「お姉ちゃんね、嬉しいの」
お姉ちゃんはいつも私の帰りを待っててくれる、知ってるよ。
「こいし、おかえりなさい」
お姉ちゃんが笑うと何だか私まで嬉しくなっちゃうね。
「うん、ただいま」
訳が分からないけど合わせておこう。まるで私の方がお姉ちゃんって感じで気分が良いな。
「お姉ちゃん、お散歩しない?」
立ち上がったらお姉ちゃんがこけそうになって慌てちゃった。でも抑えきれないくらい楽しいの。今見えてる未来も、想像できないくらい先のことも全部楽しみでしょうがないの。
我慢できなくて足が勝手に動き出す、お姉ちゃんが痛いくらいに手を握り締めてる。それがとても気持ち良くて、あったかい。
「どこにいくの?」
「とっても良いとこだよ、お姉ちゃんにも教えてあげる」
お姉ちゃんの手を引いて走っていく。お燐が猫の姿のまま後ろをついてくる。地底の寂しい暗がりに私たちの足音だけが響いていて、何だか快感だね。
「あったあった、あそこだよ」
目印に置いておいた宝物が無事でほっとしちゃった。誰かに拾われてたらやだもんね。
「ここが良いとこなの?」
二人とも不思議そうにしてる。楽しいな。
「ほら、あれだよ」
私がまっすぐ指を突き立てると、二人は同時に上を向いた。
「地底に居ると上を見上げるなんて滅多にないからわかんないでしょ? あそこ、亀裂ができてるんだよ」
二人はしばらく目を細めていたけど、やっと気づいたみたい。やっぱりたまには地上に出ないと目が悪くなっちゃうのかな?
「言われてみればって感じね。でもあの亀裂がどうかしたの?」
お姉ちゃんが後ろ手にくるっと私の方へ振り向いたのが、とっても可愛らしい。いたずらっぽく笑いながら、優しく質問してくれる。お姉ちゃんはいつも優しいけど、こんなに機嫌が良いのは久しぶりな気がする。
「ふふっ、あの亀裂はねえ、地上まで繋がってるんだよ」
お姉ちゃんの眉が少しだけ動いたのが分かる。やっぱり地上が怖いのかな?
「そう、それがどうかしたの?」
それでもすぐに表情を隠してしまう。それがお姉ちゃん自身を苦しめ続けてるんだろうなあ。
「あのね、これが落ちてきたの。私の宝物にしたんだ」
目印にしてたお面を見せてあげると、二人とも変な顔をした。
「こいし様、このお面は何ですか?」
「良いでしょお」
「ただのお面みたいですけど」
「かわいいじゃん。お姉ちゃんもそう思うよねえ?」
わ、お姉ちゃんてばすっごい苦笑い。二人ともセンス無いなあ。
「あのねえ、これは大事なものなんだよ。これを失くした人が言ってたもん」
だから目印には他の物を置いて、このお面は部屋に飾ろう。何で今までそうしなかったんだろ? 宝物にしようって決めたのに。
「その元の持ち主に返さなくて良いの?」
「弾幕ごっこで勝ったんだもん、良いの」
「ふうん、それでそのお面、どんな風に大事なの?」
ん?
「だって・・・・・・大事だって言ってたもん」
「そう、どんな人だったの? お姉ちゃんにお話し聞かせて?」
ん? あれ?
「えっとね、んとね」
どんな人だっけ?
「このお面がすごく大事なものだって言っててね、それで私に返してって言うから私は嫌って言ってね、それで」
何で返したくなかったんだろう?
「私は」
何でこんなに楽しい気持ちになったんだろう?
「私、疲れちゃった。そろそろ帰ろう?」
そう、疲れちゃった。お姉ちゃん達もお燐も呆れた顔で、それでも笑ってる。私も笑ってるんだと思う。
でも、何で笑ってるのか分かんない。何だかさっきまであったものが無くなっちゃったみたいで、寂しいな。
お面はやっぱりここに置いておこうっと。じゃないと手が塞がっちゃうもんね。
「それ、持って帰らないの? 宝物なんでしょう?」
「いいの、この場所が私の宝物なんだもん。ここは地上と繋がってる特別なとこなんだよ? 私が見つけたんだから!」
お姉ちゃんがまたクスクスしてる。「飽きっぽいわね」なんて言って、お燐も笑顔で頷いてる。良いんだもん、お面なんかより、二人と手を繋いで帰るほうが大事なんだもん。
「二人とも、この亀裂のこと誰にも教えちゃだめだよ? 特別に教えてあげたんだからね」
「こいし様、お空には教えてあげても良いですか?」
お燐は友達思いだね、良い子だね。
「良いよ、他の子には言いふらさないようにね」
「はあい」
いつの間にか大きくなってたお燐が、にっこりしながら飛び跳ねてる。そんなに喜んでくれるなんて。
私ったらもしかして幸せを運ぶ妖怪なのかな。
「嬉しい。こいしに特別に思ってもらえて、お姉ちゃん嬉しい」
ぎこちないなあ。
おどおどしながら私のこと見てる。姉妹なんだからそれくらい意識しないで良いとおもんだけど。
「はい!」
こうすればきっと喜んでくれる、それが分かる。目は閉じちゃったけど、もしかしてまた心が読めるようになったのかな?
やだな。
「こいし、お姉ちゃんね、嬉しいの」
肩が外れそうなくらい伸ばした両手に、お姉ちゃんの細い指が少しだけ触れる。くすぐったいのとお姉ちゃんの内気さに、声を出して笑いそうになっちゃう。
白くて、細くて、とっても綺麗な指。私を触ってくれる指。
お姉ちゃんのはにかんだ顔を見てると、何かを思い出しそうになる。でも、きっと忘れたままの方が良いんだと思う。
疲れ切っていて、それでも希望を捨てきれない瞳。私を見てくれる瞳。私にとってはお日様みたいに大事だけど、自分がそんな風に生きることはできないもん。
「ねえねえ、何してるの? あなたはだあれ?」
ほら、いつもこう。せっかくお姉ちゃん達と過ごしてたのに、気がついたらもう知らない場所、知らない時間。無意識ってやあね。
「ねえ、お姉ちゃんだあれ?」
子供は無邪気で良いね。私はお姉ちゃんじゃないのに。
「私はねえ、誰だと思う?」
かわいいね、何の意味もないのに、どうせすぐに忘れちゃうのに考え込んじゃって。
「わかんない。お姉ちゃんだあれ?」
なあんにも言わないで頭を撫でてあげるだけで良いんだから、子供って単純。まんまるでお地蔵さんみたいなお顔がとっても可愛いね。私の宝物にそっくりよ。
「お姉ちゃん、またね。お母さんが呼んでるから」
あん、行っちゃった。
何となく物足りないのは向かい側で手を振ってるおばさんが私を見てくれないからかな。まだ日も高くてたくさんの人達が行ったり来たりしてるのに、誰も私に気づかない。少し前はあんなに注目されたのに、今はもう、誰も意識しない。
いいもん、全然平気だもん。なんたって私にはお姉ちゃんがいるからね。
「こいし、昨日はどこに行ってたの? 急に居なくなるから心配しちゃった」
空から人間を眺めてたと思ったら、今度はお姉ちゃんが目の前にいてびっくり。
「また地上に遊びに行ってたの? 何日も帰ってこないからお姉ちゃん・・・・・・あのね、心配しちゃうの。あなたがどうしてるかなって」
そっか、そんなに地上にいたんだ。
「寂しくないのかなって、ちゃんと帰って来るのかなって、心配になるの」
あっ枝毛みっけ。
「ねえ、あなたは寂しくない? お姉ちゃんは、寂しい」
意味もなくはしゃいで、理由もなく希望に満ちていた気がする。何でだろう? 今は気だるいだけ。楽しい気持ちになった後は、いつも空しくなるだけ。
私は知ってる。こうして布団から出ないでいるともっと嫌なものがやって来て、体をどんどん重くしていくんだ。不安が降り積もる前に起きないといけないんだ。でもそれが辛いことも知ってるの。
こんな気持ちはもうずっと前に捨ててしまったはずなのに。目を閉じて、心を捨てて、その代わりに楽になったはずなのにどうして? なんでまたこんな気持ちにならないといけないの?
「こいし、そろそろ起きた?」
まるで撫でるような優しいノックの音、それ以上に優しい声がする。そうだ、私はお姉ちゃんとお話をしてたんだ。いつの間に寝てしまったんだろう。見慣れた自分の部屋には埃一つ落ちてない。
枕からはお日様の代わりにお姉ちゃんの匂いがする。
「まだ寝てるの? お寝坊さんね」
まるで私が目を閉じる前みたいにお姉ちゃんの声が明るい。ずっと忘れていたのに、あの頃のことを思い出してしまう。どうしてしまったんだろう。
「こいし、目が覚めたら台所においで、一緒に朝ごはん食べようね。久しぶりに、一緒に食べようね」
返事を返さない私に声をかけ続けてくれる。このまま起きるまで扉の前に居るつもりなのかな。もう少ししたら起きるよ、まだ体が重いの。
足音が遠ざかっていく、目を開けたままどんどん時間が過ぎていく。誰かの話し声や、衣擦れの音が聞こえる。急に体が軽くなって、ふわふわ浮かんでるみたい。
なんだか変な感じ。もうずっと前から自分の意思で体を動かすことなんて無かったのに、今こうして立ち上がってる。寂しそうな声で私を呼んでるお姉ちゃんに会いに行こうとしてる。
行かなきゃ。ドアを開けて、お姉ちゃんと一緒に朝ごはんを食べよう。
起きたばかりなのにもうクタクタ。足が棒になったみたい。それでも玄関のドアを開けて、台所へ歩いていく。お姉ちゃんが一人で椅子に座ってる。
「お姉ちゃん、おはよう」
心配させたくなくて精一杯の元気を振り絞った。
「こいし」
なあに?
「こいし」
なあにってば。
「どこに行ってたの?」
「・・・・・・」
「こいし、どうしたの? お話しましょ?」
お姉ちゃんおかしいね、ずっとお喋りしてるのに。
「ねえ、こっちを向いてちょうだい。またお姉ちゃんのこと大好きって言ってちょうだい」
人里のみんな、もう誰も私を気にしてくれないんだ。少し前まであんなに注目してくれてたのに。
「また来たの? もうあのお面は要らないよ、新しい希望の面があるから」
なあにその変なお面。私の宝物の方がずっとかわいいよ。
でも私の宝物って何だっけ?
「かわいそうに、もう消えかけているのね」
そう言ってどこかに行っちゃった。あの子は誰だろう。
「こいし、あなたどこに行ってたの? 心配したのよ」
泣きそうな顔、ずっと前にもお姉ちゃんのこんな表情を見た気がする。私が目を閉じた時、こんな顔しながら私を見つめてた。唇をぎゅっと噛みながら何も言わずに私を見てた。おかしいね、何でこんなこと思い出すんだろう。
「お姉ちゃん、お腹すいちゃった」
違うのに。こんなことが言いたいんじゃ無いのに。私の口は勝手にお話して、体は勝手に動いてしまう。
「お願いだから返事をしてちょうだい、この前みたいにお姉ちゃんとお話してちょうだい」
お燐がおろおろしてるのが分かる。でも私はもうどこも見ていない。また勝手に足が動き出して、どこかに行ってしまう。
地底の生温い風、静かで広いだけの空間に馬鹿みたいに響く足音、走っている私。何だか楽しく無いや。
夢も希望も無い私がどこかに行こうとしてる。私は私に溶けていく。もう誰にも思い出してもらえない、みんなみんな嫌い。私のこともだいっきらい。
でもお姉ちゃんは私のこと大好きなんだ。それだけは忘れない。
私には希望がある。
ここ数日のこいしには変化があったようにみえたけれど、それはただ自分が勝手に思い込んで浮かれてしまっただけだと思うことにした。
それで良かった。それでも傍に居てくれるなら十分だから。冷え切った朝食をかたづけた後、当てもなくこいしを探しに出かける。
賑やかな場所、怨霊一匹いない場所、最後に行きついたのはこいしが教えてくれた特別な暗がりだった。
「こいし」
広い広い暗闇の中にこいしは居た。普段なら見つけることはできないはずの妹は、突っ立ったまま真上を見上げている。
「こいし」
地上に繋がっていると言っていた亀裂、小さなそれを食い入るように見上げている。これが意識でなくてなんだろう。
「お姉ちゃん、あそこからお日様の光がここまで届くかな?」
「届くといいね。でももう塞がってるんじゃないかしら」
「ふうん」
「こいし、帰りましょう? 晩御飯を食べましょう、一緒に」
妹の手は白くて、愛らしくて、暖かい。この子にいつか希望が芽生えてほしい。私の希望はここにある。
「お姉ちゃん、私のこと好き?」
こいしの足元に、真っ白な子供の顔をしたお面が転がっている。宝物だと言っていたのに忘れてしまったんだろうか。
「大好きよ。こいしもお姉ちゃんのこと、大好きだもんね」
行ってしまおうとするこいしの手を掴んだ。引っ張られるようにして歩きながら、宝物を拾っておこうとしたけれど、そのために手を放すことはできなかった。
暗がりに取り残された子供の顔が遠ざかっていく。もう誰にも思い出されることは無いんだろう。
お姉ちゃん、大好き。ペット達も大好き。心を読まれて嫌な顔をした人たちも、みんなみんな大好き。
それから、みんなもきっと私のことが大好き。
「お姉ちゃんは私のことだいだい、だーいすきだもんね」
お姉ちゃんはいつも私を待っててくれる、私がいつ帰るかなんて私にもわからないのに。
「なあに? 急にそんなこと言って」
ほら、お姉ちゃん照れちゃって可愛いね。
「ねえ、そうでしょ? 私のこと大好きだもんね」
「うん、大好きよ」
ほらね、やっぱりそう。
「お燐も私のこと大好きだよね、私もお燐大好きだよ」
嫉妬しないようにお燐も構ってあげる、本当は私が構って欲しいだけなんだけど。お燐が目を丸くして私を見つめているのがとっても照れくさいや。
「こいし、あなたどうかしたの? 地上に遊びに行った時に何かあったの?」
もう、心配性なんだから。
「何で? 私はただみんなが大好きなだけよ?」
びっくりしちゃった。お姉ちゃんの膝で丸くなってるお燐を撫でてあげようとしたら、その手をすごい勢いで掴まれたんだもん。
「こいし、あなた感情を取り戻したの?」
あんまり当たり前のことを聞くからすぐに返事を返せなかった、意地悪ね。
「知ってるでしょ? 私に感情なんて無いよ、でも最近毎日が楽しいの。何だかね、これからもずっと楽しいことが待ってる気がするの」
二人して私をじっと見てる。地上でもそうだったけど、最近の私は人気者だね。
「こいし、それが感情なのよ」
抱きしめられるのはとっても気持ちが良い。それにお姉ちゃんの喜びが伝わって来るみたい。何でこんなに喜んでるのかは分かんないけど。
「ねえ、二人ともどうして笑ってるの?」
せっかく大きいソファに座ってるのにこんなにひっついたら狭苦しくてやだな。今日はお燐もお姉ちゃんも妙に甘えん坊だね。
「嬉しい。お姉ちゃんずっと待ってたのよ」
「何を?」
「あなたを」
今日のお姉ちゃんはおかしなことばっかり。お燐も体を擦りつけてくるだけでお話してくれないしつまんない。
「こいし」
「なあに?」
「お姉ちゃんね、嬉しいの」
お姉ちゃんはいつも私の帰りを待っててくれる、知ってるよ。
「こいし、おかえりなさい」
お姉ちゃんが笑うと何だか私まで嬉しくなっちゃうね。
「うん、ただいま」
訳が分からないけど合わせておこう。まるで私の方がお姉ちゃんって感じで気分が良いな。
「お姉ちゃん、お散歩しない?」
立ち上がったらお姉ちゃんがこけそうになって慌てちゃった。でも抑えきれないくらい楽しいの。今見えてる未来も、想像できないくらい先のことも全部楽しみでしょうがないの。
我慢できなくて足が勝手に動き出す、お姉ちゃんが痛いくらいに手を握り締めてる。それがとても気持ち良くて、あったかい。
「どこにいくの?」
「とっても良いとこだよ、お姉ちゃんにも教えてあげる」
お姉ちゃんの手を引いて走っていく。お燐が猫の姿のまま後ろをついてくる。地底の寂しい暗がりに私たちの足音だけが響いていて、何だか快感だね。
「あったあった、あそこだよ」
目印に置いておいた宝物が無事でほっとしちゃった。誰かに拾われてたらやだもんね。
「ここが良いとこなの?」
二人とも不思議そうにしてる。楽しいな。
「ほら、あれだよ」
私がまっすぐ指を突き立てると、二人は同時に上を向いた。
「地底に居ると上を見上げるなんて滅多にないからわかんないでしょ? あそこ、亀裂ができてるんだよ」
二人はしばらく目を細めていたけど、やっと気づいたみたい。やっぱりたまには地上に出ないと目が悪くなっちゃうのかな?
「言われてみればって感じね。でもあの亀裂がどうかしたの?」
お姉ちゃんが後ろ手にくるっと私の方へ振り向いたのが、とっても可愛らしい。いたずらっぽく笑いながら、優しく質問してくれる。お姉ちゃんはいつも優しいけど、こんなに機嫌が良いのは久しぶりな気がする。
「ふふっ、あの亀裂はねえ、地上まで繋がってるんだよ」
お姉ちゃんの眉が少しだけ動いたのが分かる。やっぱり地上が怖いのかな?
「そう、それがどうかしたの?」
それでもすぐに表情を隠してしまう。それがお姉ちゃん自身を苦しめ続けてるんだろうなあ。
「あのね、これが落ちてきたの。私の宝物にしたんだ」
目印にしてたお面を見せてあげると、二人とも変な顔をした。
「こいし様、このお面は何ですか?」
「良いでしょお」
「ただのお面みたいですけど」
「かわいいじゃん。お姉ちゃんもそう思うよねえ?」
わ、お姉ちゃんてばすっごい苦笑い。二人ともセンス無いなあ。
「あのねえ、これは大事なものなんだよ。これを失くした人が言ってたもん」
だから目印には他の物を置いて、このお面は部屋に飾ろう。何で今までそうしなかったんだろ? 宝物にしようって決めたのに。
「その元の持ち主に返さなくて良いの?」
「弾幕ごっこで勝ったんだもん、良いの」
「ふうん、それでそのお面、どんな風に大事なの?」
ん?
「だって・・・・・・大事だって言ってたもん」
「そう、どんな人だったの? お姉ちゃんにお話し聞かせて?」
ん? あれ?
「えっとね、んとね」
どんな人だっけ?
「このお面がすごく大事なものだって言っててね、それで私に返してって言うから私は嫌って言ってね、それで」
何で返したくなかったんだろう?
「私は」
何でこんなに楽しい気持ちになったんだろう?
「私、疲れちゃった。そろそろ帰ろう?」
そう、疲れちゃった。お姉ちゃん達もお燐も呆れた顔で、それでも笑ってる。私も笑ってるんだと思う。
でも、何で笑ってるのか分かんない。何だかさっきまであったものが無くなっちゃったみたいで、寂しいな。
お面はやっぱりここに置いておこうっと。じゃないと手が塞がっちゃうもんね。
「それ、持って帰らないの? 宝物なんでしょう?」
「いいの、この場所が私の宝物なんだもん。ここは地上と繋がってる特別なとこなんだよ? 私が見つけたんだから!」
お姉ちゃんがまたクスクスしてる。「飽きっぽいわね」なんて言って、お燐も笑顔で頷いてる。良いんだもん、お面なんかより、二人と手を繋いで帰るほうが大事なんだもん。
「二人とも、この亀裂のこと誰にも教えちゃだめだよ? 特別に教えてあげたんだからね」
「こいし様、お空には教えてあげても良いですか?」
お燐は友達思いだね、良い子だね。
「良いよ、他の子には言いふらさないようにね」
「はあい」
いつの間にか大きくなってたお燐が、にっこりしながら飛び跳ねてる。そんなに喜んでくれるなんて。
私ったらもしかして幸せを運ぶ妖怪なのかな。
「嬉しい。こいしに特別に思ってもらえて、お姉ちゃん嬉しい」
ぎこちないなあ。
おどおどしながら私のこと見てる。姉妹なんだからそれくらい意識しないで良いとおもんだけど。
「はい!」
こうすればきっと喜んでくれる、それが分かる。目は閉じちゃったけど、もしかしてまた心が読めるようになったのかな?
やだな。
「こいし、お姉ちゃんね、嬉しいの」
肩が外れそうなくらい伸ばした両手に、お姉ちゃんの細い指が少しだけ触れる。くすぐったいのとお姉ちゃんの内気さに、声を出して笑いそうになっちゃう。
白くて、細くて、とっても綺麗な指。私を触ってくれる指。
お姉ちゃんのはにかんだ顔を見てると、何かを思い出しそうになる。でも、きっと忘れたままの方が良いんだと思う。
疲れ切っていて、それでも希望を捨てきれない瞳。私を見てくれる瞳。私にとってはお日様みたいに大事だけど、自分がそんな風に生きることはできないもん。
「ねえねえ、何してるの? あなたはだあれ?」
ほら、いつもこう。せっかくお姉ちゃん達と過ごしてたのに、気がついたらもう知らない場所、知らない時間。無意識ってやあね。
「ねえ、お姉ちゃんだあれ?」
子供は無邪気で良いね。私はお姉ちゃんじゃないのに。
「私はねえ、誰だと思う?」
かわいいね、何の意味もないのに、どうせすぐに忘れちゃうのに考え込んじゃって。
「わかんない。お姉ちゃんだあれ?」
なあんにも言わないで頭を撫でてあげるだけで良いんだから、子供って単純。まんまるでお地蔵さんみたいなお顔がとっても可愛いね。私の宝物にそっくりよ。
「お姉ちゃん、またね。お母さんが呼んでるから」
あん、行っちゃった。
何となく物足りないのは向かい側で手を振ってるおばさんが私を見てくれないからかな。まだ日も高くてたくさんの人達が行ったり来たりしてるのに、誰も私に気づかない。少し前はあんなに注目されたのに、今はもう、誰も意識しない。
いいもん、全然平気だもん。なんたって私にはお姉ちゃんがいるからね。
「こいし、昨日はどこに行ってたの? 急に居なくなるから心配しちゃった」
空から人間を眺めてたと思ったら、今度はお姉ちゃんが目の前にいてびっくり。
「また地上に遊びに行ってたの? 何日も帰ってこないからお姉ちゃん・・・・・・あのね、心配しちゃうの。あなたがどうしてるかなって」
そっか、そんなに地上にいたんだ。
「寂しくないのかなって、ちゃんと帰って来るのかなって、心配になるの」
あっ枝毛みっけ。
「ねえ、あなたは寂しくない? お姉ちゃんは、寂しい」
意味もなくはしゃいで、理由もなく希望に満ちていた気がする。何でだろう? 今は気だるいだけ。楽しい気持ちになった後は、いつも空しくなるだけ。
私は知ってる。こうして布団から出ないでいるともっと嫌なものがやって来て、体をどんどん重くしていくんだ。不安が降り積もる前に起きないといけないんだ。でもそれが辛いことも知ってるの。
こんな気持ちはもうずっと前に捨ててしまったはずなのに。目を閉じて、心を捨てて、その代わりに楽になったはずなのにどうして? なんでまたこんな気持ちにならないといけないの?
「こいし、そろそろ起きた?」
まるで撫でるような優しいノックの音、それ以上に優しい声がする。そうだ、私はお姉ちゃんとお話をしてたんだ。いつの間に寝てしまったんだろう。見慣れた自分の部屋には埃一つ落ちてない。
枕からはお日様の代わりにお姉ちゃんの匂いがする。
「まだ寝てるの? お寝坊さんね」
まるで私が目を閉じる前みたいにお姉ちゃんの声が明るい。ずっと忘れていたのに、あの頃のことを思い出してしまう。どうしてしまったんだろう。
「こいし、目が覚めたら台所においで、一緒に朝ごはん食べようね。久しぶりに、一緒に食べようね」
返事を返さない私に声をかけ続けてくれる。このまま起きるまで扉の前に居るつもりなのかな。もう少ししたら起きるよ、まだ体が重いの。
足音が遠ざかっていく、目を開けたままどんどん時間が過ぎていく。誰かの話し声や、衣擦れの音が聞こえる。急に体が軽くなって、ふわふわ浮かんでるみたい。
なんだか変な感じ。もうずっと前から自分の意思で体を動かすことなんて無かったのに、今こうして立ち上がってる。寂しそうな声で私を呼んでるお姉ちゃんに会いに行こうとしてる。
行かなきゃ。ドアを開けて、お姉ちゃんと一緒に朝ごはんを食べよう。
起きたばかりなのにもうクタクタ。足が棒になったみたい。それでも玄関のドアを開けて、台所へ歩いていく。お姉ちゃんが一人で椅子に座ってる。
「お姉ちゃん、おはよう」
心配させたくなくて精一杯の元気を振り絞った。
「こいし」
なあに?
「こいし」
なあにってば。
「どこに行ってたの?」
「・・・・・・」
「こいし、どうしたの? お話しましょ?」
お姉ちゃんおかしいね、ずっとお喋りしてるのに。
「ねえ、こっちを向いてちょうだい。またお姉ちゃんのこと大好きって言ってちょうだい」
人里のみんな、もう誰も私を気にしてくれないんだ。少し前まであんなに注目してくれてたのに。
「また来たの? もうあのお面は要らないよ、新しい希望の面があるから」
なあにその変なお面。私の宝物の方がずっとかわいいよ。
でも私の宝物って何だっけ?
「かわいそうに、もう消えかけているのね」
そう言ってどこかに行っちゃった。あの子は誰だろう。
「こいし、あなたどこに行ってたの? 心配したのよ」
泣きそうな顔、ずっと前にもお姉ちゃんのこんな表情を見た気がする。私が目を閉じた時、こんな顔しながら私を見つめてた。唇をぎゅっと噛みながら何も言わずに私を見てた。おかしいね、何でこんなこと思い出すんだろう。
「お姉ちゃん、お腹すいちゃった」
違うのに。こんなことが言いたいんじゃ無いのに。私の口は勝手にお話して、体は勝手に動いてしまう。
「お願いだから返事をしてちょうだい、この前みたいにお姉ちゃんとお話してちょうだい」
お燐がおろおろしてるのが分かる。でも私はもうどこも見ていない。また勝手に足が動き出して、どこかに行ってしまう。
地底の生温い風、静かで広いだけの空間に馬鹿みたいに響く足音、走っている私。何だか楽しく無いや。
夢も希望も無い私がどこかに行こうとしてる。私は私に溶けていく。もう誰にも思い出してもらえない、みんなみんな嫌い。私のこともだいっきらい。
でもお姉ちゃんは私のこと大好きなんだ。それだけは忘れない。
私には希望がある。
ここ数日のこいしには変化があったようにみえたけれど、それはただ自分が勝手に思い込んで浮かれてしまっただけだと思うことにした。
それで良かった。それでも傍に居てくれるなら十分だから。冷え切った朝食をかたづけた後、当てもなくこいしを探しに出かける。
賑やかな場所、怨霊一匹いない場所、最後に行きついたのはこいしが教えてくれた特別な暗がりだった。
「こいし」
広い広い暗闇の中にこいしは居た。普段なら見つけることはできないはずの妹は、突っ立ったまま真上を見上げている。
「こいし」
地上に繋がっていると言っていた亀裂、小さなそれを食い入るように見上げている。これが意識でなくてなんだろう。
「お姉ちゃん、あそこからお日様の光がここまで届くかな?」
「届くといいね。でももう塞がってるんじゃないかしら」
「ふうん」
「こいし、帰りましょう? 晩御飯を食べましょう、一緒に」
妹の手は白くて、愛らしくて、暖かい。この子にいつか希望が芽生えてほしい。私の希望はここにある。
「お姉ちゃん、私のこと好き?」
こいしの足元に、真っ白な子供の顔をしたお面が転がっている。宝物だと言っていたのに忘れてしまったんだろうか。
「大好きよ。こいしもお姉ちゃんのこと、大好きだもんね」
行ってしまおうとするこいしの手を掴んだ。引っ張られるようにして歩きながら、宝物を拾っておこうとしたけれど、そのために手を放すことはできなかった。
暗がりに取り残された子供の顔が遠ざかっていく。もう誰にも思い出されることは無いんだろう。
情緒不安定だったり存在と意識がぶれてたり血が繋がっていなかったりと。
でも障害があるからこそつながりが生まれたりするんですよね。
そう再認識した作品でした。