Coolier - 新生・東方創想話

秘封倶楽部の最も長い120分間

2014/05/05 03:48:33
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 食べ放題。嗚呼、なんと甘美な響き。貧乏腹ぺこ学生にとり、これほど魅力的な言葉はなかなかない。それが、体を動かしてお腹を空かせた後なら尚更のことだ。
「食べ放題のお店、まだあったのね」
 我がサークル・秘封倶楽部の私を除いた唯一の構成員であるところのメリーが感心したように呟くと、この店を見つけ出した私は得意げに答えた。
「どんなに小さな需要でも、それがあるなら供給は必ずあるのよ」
 昨今、食べ放題のようなスマートさに欠けるものは白眼視される傾向にある。貴重なエネルギーを投じて作り出した食品を徒に浪費するなど何事か、というわけである。だが、禁止されているわけではないのだからあるところにはあるのだ。例えば、学生街の片隅に。
 先頭に立って店内に入ると、これまた時代がかった無闇に愛想の良い店員が私達を迎えてくれた。朗らかな笑顔、元気な返事。今日の廉価な店ならそもそも無人だし、グレードの高い店はより落ち着いた雰囲気を提供している。こうした雰囲気はなかなか珍しい。
「コース、どれにする?」
 メニューを広げながら意見を聞いた。しゃぶしゃぶコース、すき焼きコース、キムチ鍋コース。無数の鍋が紙面に踊る。
「ここはオーソドックスにしゃぶしゃぶが良いわ。蓮子は?」
 ここはメリーの意見を尊重することにした。何より、しゃぶしゃぶはスープに含まれる油脂が少ない。即ち、より沢山肉が食べられる筈だ。
「しゃぶしゃぶのコースお願いします。ドリンクバーとご飯も付けてください」
「かしこまりました!」
 うるさいくらいの声で返事をして去って行く店員の背中を見送った。今日の食事にお酒は要らない。必要なのは肉だ。
「さて、野菜は自分たちで取ってくるみたいね。行きましょ、メリー」
「じゃあ私はドリンクバー先に行ってくるわ。蓮子は何が良い?」
「ウーロン茶で良いわ」
席を立って野菜バーとでも言うべき場所へと向かう。置かれた大皿を手に取り、無造作に置かれた野菜類をこれまた荒っぽく盛っていく。豆腐に白菜、玉葱椎茸、王道めいた食材をこれでもかと積み上げて席に戻る。はてな、メリーがいない。
 ドリンクバーのコーナーに行ってみると、メリーがいた。ドリンクのディスペンサー前に立ち尽くしている。
「メリー?」
「あ、蓮子。ドリンクバーってここみたいなんだけど、どうすればいいの、これ」
 ははあ、そういえば京都でこの形式のドリンクバーはあまり見ない。私は脇に置かれたコップを取って氷を放り込み、そしてディスペンサー下に置く。スイッチを押下。ウーロン茶が機械音と共に落ちる。水位が十分なところに達したら手を離す。
「凄い。こんなマニュアル感漂うドリンクバーがあったのね」
「東京じゃあまだかなり残ってるわよ、こういうの。京都はなんだかんだ都会だからねぇ」
 京都で主流のものはタッチパネル利用の全自動式だ。欲しいドリンクをタッチパネルで注文すると、種々の工程を経て氷と飲み物が注がれたコップが出てくる。原液を水で薄めるだけのこの手のディスペンサーと比べてドリンクに多くの処理を行えるのが特長だ。
 そうして私達が席に戻ると、待ち構えていたように鍋がやってきた。
「ただいまより一二〇分間食べ放題となります。ラストオーダーは三〇分前となりますのでご注意ください」
そんな言葉と共に大きな昆布が漂う鍋が電磁調理器上に置かれ、加熱が始まる。鍋は余熱されていたようで、すぐに沸騰を始めた。直後、店員が箱に盛られた牛肉を持ってくる。どの肉も均一な断面、合成食品の特徴だ。
早速箸で鍋に放り込んでいく。一応菜箸が添えられているが、敢えて使うこともない。
「こういうの、生肉を扱うところだと必ず付いてくるわよね。伝統といえばそうだけど……」
「時代には合ってないわよね」
 生肉がまだ動物から取られていた頃は寄生虫やバクテリアによる汚染を警戒するためにこうした措置が取られていたそうだ。現代のγ線滅菌の後無菌環境で真空パックされる合成食品ではそうした心配は無用だが、気分的に落ち着かない、というような人達のために菜箸は未だに供されている。そうしている内に肉の色が良い具合に変わってきた。メリーと目配せ。
「頂きます」
 その言葉を合図に、思い思いの肉に手を伸ばす。ポン酢を付けて一口に食べる。
「うん、美味しい」
「美味しいわね」
 見解が一致した。こうした「スマートでない」食事を提供することに対する店舗の白々しいエクスキューズが書かれている小冊子にある通り、確かに「検品で撥ねられたB級品」を使っているのは間違いないだろう。しかしそれは味が一回り市販のものより落ちるというだけであって、食べる分にそれほど大きな違いがあるわけではないことがわかった。



「ねえ、蓮子。何もそこまでして……」
「メリーは黙ってて。これは戦いなの。私と、店との」
 相当苦しくなったお腹を努めて意識しないようにしながら、私は今まさに新たに届けられた肉を鍋に投じた。メリーが心配するほどなのだから、私の表情は余程思わしくないのだろう。
「別にお店は敵じゃないわよ。店と戦う前に自らの煩悩と戦うことをお勧めするわ」
 メリーがわからないことを言う。勿論これは自分との戦いだ。ここで屈して可能な限り元を取るという悠久の大義を投げ捨ててしまっては、敗北主義者との誹りを免れないだろう。一二〇分最後まで肉を頼み続けることを諦めたなら、あの笑顔を貼り付けた店員達からもこう言われるに違いない。「欲に眩んでこの店に来たあの二人も、無限の量の肉の前には膝を屈した。所詮人間は欲望を無制限に満たされる場では身を滅ぼすのだ」と。これは人間性に対する挑戦だ。私は断固として一二〇分間肉と野菜を食べ続け、この店の会計を赤字にしなくてはならないのだ。というようなことをメリーに伝えようとしたが、お腹が苦しくて上手く言葉にならない。
「何を言いたいかはわからないけど、敢えて聞く価値がないような論理を並べようとしてることだけはわかるわ」
 メリーの冷淡な言葉が満身創痍の私の心を苛む。私はまるで虚ろな敵に向かって突進するドンキホーテではないか。私は負けない。負けるわけにはいかない。負けた方がきっと幸せになれるに違いないが、今更負けることはプライドが許さない。私はなんとかウーロン茶で肉を流し込むと、メリーに啖呵を切った。
「いかにメリーが私を愚かだと見なしても、歴史は私を認めてくれる。そう、あのガリレオ・ガリレイのように!」
「『ガリレオを自分に投影する奴に碌な奴はいない』って言ってたわよね、蓮子?」
 負けない。



 勝てない。私の目の前には、新たに置かれた二つの皿がある。私の胃は既に異常を訴え、緊急停止を要求していた。残るはあと五分。これを食べきれば私は勝利できる。しかしこの勝利はあまりに近く、あまりに遠いものだった。
「……ねえ」
 メリーの声が聞こえる。見ると、先程まで端末で何かを見ていたメリーが今や私を見つめている。
「残り、私が食べてあげようか? まだちょっと余裕あるし」
 それはまさに女神の言葉だった。嗚呼、メリー。貴方は天が地上に使わした存在だったのね。私の視線を同意と受け取ったらしく、メリーは残された肉を瞬く間に平らげてしまった。
 やり遂げたのだ。私は一一五分ぶっ通しで食べ続けた。途中からあからさまに不安げな表情を浮かべるようになった店員を無視し、ひたすら食べた。呆れ果ててメロンソーダを飲んでいたメリーは最早いない。メリーは私の唯一無二のパートナー、共に勝利を掴み取った同盟者だ。私は、否、私達は勝ったのだ。自分に、人間性への挑戦に、そして金勘定に。間違いなく店側は赤字だろう。あからさまに異常を訴える喉から下の諸器官をなだめすかしながら私は支払いを済ませ、メリーの肩を借りながら店を出た。



 歴史が私達に教えてくれるように、戦いは絶えることがない。ある戦いにおけるある陣営の勝利は、巡り巡って破滅的な戦争の種となることすらあるのだ。それは、私が経験した偉大な戦いにおいても同様であった。翌日消化器系の異常を訴えた私は、家に丸一日閉じこもらざるを得なかった。これは、月曜三限にある必修科目のレポート提出が不可能になることを意味する。勝利に犠牲はつきものだ。しかし、この犠牲は私にとってあまりにも大きなものだった。英雄の帰還の影には屍の山がある。そんな言葉を、私は身をもって実感することになったのだった。
 食べ放題の店で苦しくてもついつい注文してしまうというのはままある話です(経験者談) ということで、科学世紀のしゃぶしゃぶ食べ放題を考えてみました。正直γ線殺菌で食中毒の危険なしはちょっと羨ましいです。
10式戦車
type10tk@kahi-sv.info
http://kahi-sv.info/
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
2時間食い放題は大体3回ぐらいの波で大食いして後は休憩&ちょい食いするのが自分のスタンス
3.100絶望を司る程度の能力削除
そもそもそんな悪口いう店員さんなんかいねーよwww 途中から心配そうだったし。
蓮子の努力に乾杯です。学業に支障をきたさなければ完璧だったのに……。
5.100名前が無い程度の能力削除
面白い。日常的ななんでもないことに面白おかしく理屈をこねまわす文章って好きです。蓮子はそういうの似合いますね。
6.90名前が無い程度の能力削除
呆れ顔ながらも付き合うメリーは肉食系女子の鑑です。
9.100奇声を発する程度の能力削除
こういう日常の1コマのお話は面白いですね
10.90名前が無い程度の能力削除
蓮子は元を取ろうとして詰め込む偏食タイプ
メリーは腹六分目で我慢しておいて、最後残った肉を処理する良妻タイプ
教授はデザートバーのあらゆるイチゴ系デザートをテーブルに並べるイチゴタイプ
そして店長であるオレは遠巻きからそれを眺めて楽しむ秘封民タイプ
17.100片隅削除
おもしろかったです。蓮子よく頑張った。
女の子二人で元取るのはよっぽど食わないと無理よね……
18.100名前が無い程度の能力削除
戦略を違えた者に勝利はない。合成である以上、投入コストにおいて野菜と肉のいずれが収率良いかは不明だが、既に研究が始まっている肉に比較し、秘封の時代においても野菜の方がより効果であることは疑いようがない。蓮子は美辞麗句で国民を酔わせ奈落へいざなう指導者となろう。この場合は秘封倶楽部だが。だがそんなことはどうでもよく、もっとお肉を美味しそうに描いて欲しかった。
あと、ご飯を注文するくだりがあるのにお米を食っている描写がないとは何事だ。
21.100キリク削除
見ててクスクス笑えたから、OK!
野菜とご飯の部分もあったら、もっと笑えたかもという程度
いいよね、こういうの
22.100名前が無い程度の能力削除
蓮子・・・・・・無茶しやがって・・・・・・
こういうバカなことできるのは大学生の特権だと思います。
23.100名前が無い程度の能力削除
こういう理論めいた文章いいですね〜
文才の無い自分には真似できませぬ
25.80名前が無い程度の能力削除
設定を活かした日常の一コマということで良かったです。無茶する蓮子と呆れるメリーというのは絵になりますね
28.100名前が無い程度の能力削除
『食べ放題』いつの時代になっても惹かれてしまう言葉ですね
くそうお腹減ってきた…
30.90名前が無い程度の能力削除
読んでて何故か親近感が……。
普段の食べ放題の時の行動が蓮子とまるっきり一緒でした。
まぁメリーがいないので寂しくモリモリ食べますけど。
35.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
次回作も期待してます
36.80名前が無い程度の能力削除
ちゃうねん、別に戦ってるわけじゃないねん
ただ、一度食べ始めたら元取らないと損した気分になるだけやねん
あと限界まで食べないと満足した気にならないねん……
45.100名前が無い程度の能力削除
こっちまでお腹いっぱいになりました
野菜のほうが元が取れそう