Coolier - 新生・東方創想話

オイルに汚れたこの指で

2014/05/04 12:36:33
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 機械いじりの後、オイルで汚れた私の指を見て、文はいつも言っていた。
「私はにとりの指、好きですよ」
 もちろん深い意味があるわけじゃない。それは長い付き合いからくる、私との間にある彼女のクリシェのようなものだ。だから私もそれを言われて何を思うわけでもない。
 けれど。
「にとりの指ってさ、なんか格好いいよね」
 今、私の隣にいるのは文じゃない。だからなのか、その言葉に少しだけどきりとさせられる。私は極力平静を装いながら、彼女に振り返って言う。
「ただ汚れてるだけだと思うけどね」
「あはは、にとりはそう言うと思った」
 彼女――姫海棠はたては静かに笑う。
 私は彼女から目を逸らし、また手元に集中しようとする。そこにあるのはカメラ機能付き携帯電話。というより使用状況で言えば携帯電話型のカメラである。薄さと重さにも気を使った上で防水も施してある、私の自信作だった。
 傷も汚れもほとんどない。見ただけで、大事に使われていることが分かる。いやまあそれははたてが家から出ないことの証明であるのかも知れないけれど。
 そんな大事に使っていたカメラがどうしてか急に動かなくなったとはたてが言うので、一度分解して原因を探ることになった。そしてどうやらバッテリーがおかしいということが分かったので、再発防止の改造をいくつか施して、今は新しいバッテリーの充電中。
 だからまあ、手元のそれを見ても実のところ何もすることがない。困る。
「あ、にとり。ちょっと手出して」
「へ?」
 言われるまま顔の前に右手を出したら、そこにはたての左手が重なった。
「ほー、案外にとりの手って小さいのね」
「まあ、身長相応にね」
 この子はいきなり何をするんだと思いながら、それでも少し慣れてきたのか大して動揺せずに返事をする。それにしてもはたての手は温かい。パン屋とか向いてそうだと言ったら怒るかな。
「それに、機械いじりには丁度いいんだよ」
「……なるほど」
「……なんだい?」
「いや。どうしてにとりの指が格好よく見えたのか、分かったからちょっとね」
「なんだそりゃ」
 そういって私が笑うと、はたても笑う。
 ――はたての笑顔が、やっぱり直視できない。
 私は目線と話を逸らすことにした。
「……そういえばはたては、いつから文の友達なんだい?」
「え、別に友達じゃないわよ? 仲がいいだけ」
 それが友達じゃなかったら何だというのだろうか。今どきの子の感覚はよく分からない。
「……まあいいや。それで、いつから仲良くしてるって?」
「えっと、最初に会ったのが……いつだっけ?」
「…………うん、大体わかった」
 今度文に訊こう。
「でも、にとりと会ったときのことならちゃんと覚えてるわよ?」
「そりゃついこないだのことだからね……」
 いたずらっぽく笑うはたてに、私は呆れるような口調で返す。
 文がちょっと前にはたてを連れてきて紹介してくれたのが最初だ。お互いのことは文を通じて何度か話に聞いていたので、比較的すんなりと……あれ、すんなりと仲良くなれたっけ?
 はたては新聞記者のくせに、かなりの人見知りだ。そして自分で言うのもなんだけど、私だって負けず劣らず人見知りだったりする。そんな私たちが、簡単に仲良くなれただろうか。
 最近のことであるはずなのに、どうしてかすぐに思い出すことが出来ない。
 まあ最近のこととはいっても、あくまで妖怪基準なのでそういうことはたまにある。
「ねえはたて、私たちって初めて会ったときどんな感じだったっけ?」
「え、にとり覚えてないの?」
 マジかよこいつ信じらんねぇ、って顔でこっちを見ている。その、なんだろう、ごめん。
 正直に言えば、全く覚えていないわけではない。むしろ鮮明に覚えていることだってある。
 逆にその記憶が強く印象に残っているせいで、細かい部分が思い出せないだけなのだ。
「いや、ちょっと待ってよ……確か文が普段と変わらない感じでやってきて、それで私は振り返りもせず機械いじりをしてて――」
 ――そんな私を、文が作業台から引き剥がして。そして初めて、私ははたてと出会った。
 そこまではいい。そのあと、何か、とんでもないことを言ってしまった気が――。
「――ああ!」
「うわっ、な、何?」
「思い出した! あーうわーだめだめだめだめ!」
 私は手で自分の顔を覆いながら悶絶する。
 思い出した。思い出してしまった。私があのとき何と言ったのか。
「えー、いいじゃん。あれで人見知りの私がすぐにとりと仲良くなれたんだし」
「でも、だって、だって!」
 だって、あれは。
 いくらなんでもあれは、恥ずかしすぎる。
「いやー、他人にあんなことを真顔で言われたのは初めてだったからなー」
 はたてはそういってニヤニヤとこっちを見てくる。
「――はたてはイジワルだね。私なんかからかったって別に面白くないだろう?」
 私は拗ねた。
 あるいは、甘えたのかも知れない。
「あはは、だってにとり、からかうと表情がころころ変わってかわいいじゃん? 普段の真剣な顔も格好いいけどね」
「…………へ?」
「ん? 私なんか変なこと言った?」
「や、変っていうか……なんでもないです」
「そう? ふふーん」
 ――ああ、はたてはわざとやっているんだ。
 私たち河童はそもそも、褒められることに慣れていない。だからどうしても気恥ずかしく感じて、照れが顔に出てしまう。
 単純なメカニズム。しかし単純であるからこそ、対策のしようもない。照れていると悟られる前ならいつものように目線を逸らしたりも出来ただろうけど、もう手遅れだ。
 こうなればこちらも単純な直球を返すしかないだろう。
「はたては――」
「ん、何?」
「私のこと好きなのかい?」
「なっ――」
 はたては顔を真っ赤にして絶句した。
「ぷっ、あはははは」
「ちょっとにとり! 今のはずるいでしょ!」
「ずるいって、何がだい? くくく」
 慌てるはたてがおかしくて、私は笑いがこらえられなかった。
「そんなこと言ったら、にとりだって私のこと大好きなくせに!」
「ほへっ?」
 変な声が出た。
「最初に私の顔を見て真顔で《天使がいる》とか言ったくせに」
「わーわー! だめだって言ってるじゃんそれ! 死ぬよ! 恥ずか死するよ!」
「そんな死因今まで聞いたことないわよ!」
「ないなら私が作る!」
「出た、物作り中毒!」
 ――――――
 ――――
 ――



 ――それからどれくらいの時間が経ったのか、気付けば私たちは心に致命的なダメージを負っている。死因恥ずか死も案外あり得るのではないかというくらいの精神的焼け野原。
 そうして二人床を転がって悶絶し飽きたところで、風を切る音が聞こえてくる。
 もう何度聞いたか分からないその音と共に現れたのは当然のように射命丸文だ。
「こんにちは、にとり……あや、はたてもいましたか……で、二人ともどうかしましたか?」
「やあ文。何があったかは、訊かないでくれるとうれしいかな」
「そう言われると気になるのが記者の性なのですが……まあいいでしょう。あ、これ早苗さんからの差し入れです」
 そういって容器に入ったきゅうりの塩麹漬けを渡してくる。
「で、はたては何をしにここへ?」
「あー、何でだっけ……そうだ、カメラの修理だった」
「ああ、そういえば調子が悪いって言ってましたね」
「それよりあんたこそ何しに来たのよ。きゅうり届けに来ただけ?」
「まさか。にとり、こないだ言ってた写真が――」
「わーわーわー! それ今だめ! 今度にして!」
「え、いいじゃないですか。ちょうどはたてもいることですし」
「ん、何? 私?」
「ええ、にとりがあなたと映ってる写真が欲しいというので焼き増ししてきたんですよ」
「へ、へー。にとりが、私との写真を、ねぇ……」
 あ。これあかんやつや。
 急に関西弁が出てくるくらい、今の状況は正直、まずい。
 今すぐ逃げたい。でも私の家、ここなんだよなぁ。
「うー、あーもう! 別にいいじゃんか! 友達の写真を欲しがったら何かおかしい?」
 仕方がないので開き直った。こうなったら自棄っぱち。英語で言うとバーニングエイト。もちろん嘘だけど。
 そうして私は内心ドキドキしながらはたての言葉を待つ。
「いや、別におかしくはないけど、さ。何かこう、照れくさい、というか――」
 ……あれ?
 なんかもっとこう、いやらしくニヤニヤ笑いながら私をからかってくるはたてを想像していたのだけれど。今のはたては何やら気恥ずかしそうにもじもじとしている。
 というか、誰だこれ。
「あー、はたては友達というものに免疫がありませんからね」
「……まさか文まではたてとは友達じゃないとか言い出すの?」
「私とはたてはただのライバルなので、友達らしいことはしたことがないですね」
 やはり私にはこの天狗たちの考え方がよく分からない。
 しかし、文まではたてとは友達じゃないと言い出すということは、もしかして。
「じゃあ何。はたてにとって、もしかして私が最初の友達、とか?」
「おそらくはそうでしょうね。はたてはちょっと前まで筋金入りの引きこもりでしたから」
 はたてはそういった文に対して、特に否定する気配もない。
 ということは――。
「――はたて、やっぱり友達、いなかったんだね」
「ちょっ、そういう反応は傷つくんだけど!」
「本当に困ったものです。記者にとって人脈は命、そんなことではいつまで経っても私に追いつけませんよ?」
「うるさいわよ、ちょっとリア充は黙ってて」
「そうだよリア充。あんまりあちこちにいい顔ばかりしてると今度浮気してるって早苗にリークするからな」
「え、何で私が責められる流れに?」
「だって私とにとりは友達だもん、ねー」
「ねー」
「あれ、にとりは私とも友達ですよね? ですよね?」
「ん、そんなこと言ったことあったっけ?」
「酷い! 酷い裏切りですよこれ!」
「もう、別にいいじゃん。あんたには愛しの早苗ちゃんがいるでしょ?」
「いや、確かにそれはそうですが、それとこれは別の話でしょう」
「真顔でさらりと認めやがるし……。まあ、私にもにとりがいるけどねっ」
「へ?」
 負けず嫌いのはたてが文に張り合った結果、なんかさらりと嬉しいことを言われた気がする。
「ねえはたて」
「何よ、にとり?」
「今のもう一回言ってくれないかい?」
「今のって……あ」
「ほらもう一回! もう一回!」
 気付いたのか、はたての顔は急激に真っ赤になっていく。
 そうしてしどろもどろになりながら、言った。
「あ、えっと、その、うー……にとりのバカ! カメラ修理してくれてありがとう! もう知らない! またね!」
 はたては罵倒とお礼を述べ、愛想が尽きたと言いながら再開を約束して文に匹敵する速さでカメラを持ってこの場から逃げ出した。
 ……ふむ。あまりからかいすぎると逃げられてしまうのか。
 私でははたてに追いつくことは出来ないし、逆の立場で私が逃げ出しても瞬時に追いつかれてしまう。これはずるい。
「次は水中で勝負するかな」
「いや、あの子泳げませんよ?」
「うん? ああ、文はまだいたのか」
「酷い! ……まあ、いいですけど」
「いいのか」
「いや、そうじゃなくてですね。……にとりが元気になって、良かったという意味です」
「あー……そっか。だからはたてを紹介してくれたんだっけ?」
「まあ、そういうつもりが全くなかったといえば、嘘になりますね。あの子の明るさというか騒がしさには、どうしてかこちらを巻き込むエネルギーがありますし」
「ふーん……」
 一時期、私は些細なことで落ち込んでいた。いや、正確に言うなら悲しみに心を慣らそうとしていた。
 私たち河童と人間は盟友という関係にある。それゆえに私は人間と深く関わり、協力しあって生きてきた。何百年――そう、何百年もの間、私はずっとそうして生きてきた。
 人間が当たり前のように死に、何代も世代を重ねていく中で、私は当たり前のように生き続けている。寿命を持たない妖怪だからだ。
 当然だった。それはどこまでも当たり前のことで、疑問を挟む余地なんてなかった。だから私は人間と死に別れることも当然だと思い、何も感じることはなかった。そう、なかったのだ。
「まあ、あの時は私も不安定だったよね。妖怪らしくもない」
「妖怪らしく、ですか」
「………………」
 だからあの時のあれは、ほんの些細な気の迷いとでも言うべきものだ。

 ――私の目の前で、人間が生まれたばかりの我が子を河に捨てて殺した。

 当人は見られているなんて思いもしなかっただろう。けれどたまたま、私はそれを見ていた。見ていて――最後まで、見ているだけだった。
 河童は人間の盟友といえど、人間同士の争いには不干渉が鉄則だ。手は貸すが、耳は貸さない。手伝うことはあっても、どちらか一方だけに肩入れすることはない。
 それがたとえ一方的な虐殺であっても、基本的には我関せず。河童は人間社会にイデオロギーを持ち込まない。ずっと昔からそういうものだった。
 けれど――あのときすぐに助ければ、もしかしたらあの赤ん坊は助かったかも知れない。
 どうしてか、そのことがずっと心に残っていた。
 間引きされる子供なんて珍しくも何ともない。そうしたことは過去に幾度となく行われてきたのだ。
 そのことについて、今まで何も思わなかったわけではない。けれどそれは仕方のないことであり、私とは関係のない人間の問題でしかないのだと、私の中で答えは出ていたはずなのだ。
 だからこそあれは一時の気の迷いでしかないのだろう。
「前言撤回ですね。元気になったと思っていましたが、やっぱり貴方はまだ無理をしているように思えます」
「………………」
 文はやっぱり鋭い。これが記者の嗅覚だというなら、はたてが文に追いつくのはまだまだ先の話になるだろう。しかしこれは、私との付き合いの長さに由来するものだ。
 文には隠し事が許されない。強がることが、だから出来ない。
「……人間ってのはさ、やっぱり弱い存在なんだと思うんだよ。弱いから、生きるというただそれだけのことが難しい。だから必死に生きようとする。そうした必死の決断なんだから、私たち妖怪がそれに口を出すのは、やっぱりいけないことなんだよね」
「……そうですね。人間と私たちの感覚は、どこか致命的にずれているのでしょう。だから私たちが人間の決断に軽々しく口を挟むべきではない。人間たちの選択は最大限尊重すべきです」
 だったら、やはり私は間違っていない。悲しむことこそが間違いだ。完全に冷たくなった赤ん坊を水底から掬い上げ、小さな墓を作って。手を合わせたときに、静かに流れた涙――。
 ――それこそが間違いなのだと。
「どうして……頭では分かっているんだけどさ。本当に、何でかな。後で人間たちと面倒なことになるって分かっていても、それでも私はあの子を――」
「助けるべきではありませんでした。だから貴方は間違っていませんよ、にとり」
「でも、でも!」
「――それでも、貴方は助けたかった」
「っ!」
「こうすべきだ、そういうものなのだ。そうした誰かの決めた正義は往々にして正しいものです。けれど、それを理解した上で貴方がそうしたかったというなら、それは誰にも止められません。人間が我が子を殺す苦渋の決断を下したことと同様に、貴方の心だって尊重されなければなりません」
「けど、そんなの妖怪らしくないだろ」
「誰かの決めた妖怪らしさより、貴方はにとりらしくあるべきですよ」
「………………」
 それが、私の心を締め付ける鎖なのか。
 私は私らしくあることを、私がしたいと思ったことを、心の中で押し殺した。そうしてあの子を助けたいと思った自分を殺した。それを妖怪らしさという言葉で正当化しようとして、無理をした。
「にとりはにとりらしく、自分のやりたいことをやったらいいんですよ。そういうときのにとりはやっぱり格好いいですよ。悔しいですが」
「ぷっ……悔しいって何だよ?」
「そりゃもう悔しいですよ? 自分より背の低いにとりが格好よく見えることも、にとりの指を好きだなって思うことも」
 ――そう思う心は、自分ではどうしようもないことだから。
 文はそう言って、はにかむように笑った。
「昔、まだ天狗が山の神として存在していた頃、人間の手に負えない妖怪を退治することがあったそうです。その記録の中の一つに、こんな記述がありました。《その妖怪の姿はまるで帰る家を探す童のようであった》と」
 文が何を言いたいのか、それだけで私には分かった。
「その妖怪は、河童だったんだね」
「ご明察」
 そもそもの天狗の起源は、一説には流れ星だったという。空を狐が駆けていると考えて、それを《天狗(アマキツネ)》と呼んだ。平安以降、空を飛ぶ妖怪全般を天狗と呼ぶようになった。鎌倉以降になって、僧侶などが修行を積んで天狗となった。これが現在の天狗の原型らしい。
 まともに修行して妖怪にまでなった僧侶たちは、とても大きな力を持っていた。その力に人間は畏敬の念を持って山の神として崇めた。
 ――それなら河童の起源は?
 私はそれを知っている。
「河童の起源は、間引きされて河に流された子供とする説もあるからね」
 だから――だから私はあの子を助けたいと思ったのだろうか?
「そうではないでしょう。それなら河童全体として、間引きで河に流される子供を救おうという動きがなくてはおかしい。だからそういうことではなくて、私が言いたいのは単純に、妖怪らしい妖怪などというものがそもそも存在しない、ということです」
 ああ、そういうことか。
 迷子の子供のような妖怪。それをいくら妖怪らしくないと言ったところで、妖怪であるという事実は動かない。妖怪らしさというバイアスが、全ての元凶だと文は言っているのだ。
「そもそもにとりは優しすぎるんですよ。私と早苗さんのときもそうでした。貴方が悩まなくていいことまで一緒に背負って悩んでしまう。死んだ子供のことも、貴方はきっと子供のことだけでなく、親の気持ちなんかも考えてしまったのでしょう? そんなことをしながら無理を続けていたら、貴方の方が先に潰れてしまいますよ」
 文がそういって私の心配をしてくれる。
 その事実は嬉しい。
 けれど――。
「――けど、そんな心配性な部分こそ、文がさっき言った《にとりらしさ》なんだよ。だから分かっていても、私にはどうしようもない」
「そうですね。だから私はそこを直せとは言いません」
 そんなことを言いながら、文はまっすぐ私を見る。
 そして一呼吸置いて、言った。
「にとり……正しく強くあろうと、無理をしないでください」
 ――ああ。
 やっぱり文は全部、お見通しか。
 正しく強く――そんな理想を追って。
 悲しいという気持ちを、嘘だと自分に言い聞かせた。
 悲しみや絶望を飼い慣らすなんて、私にそんなことは不可能だと知りながら。
 自分の心から目を背けて、人間を遠ざけることで強くあろうとした。
 そんなことは間違っていると、とっくに気付いていたのに。
 でも、やっぱり――。
「――悔しいな。どうして私はこんなに弱いんだろうね……いつだって間違ってばかりだ。……本当に、どうして」
 強くありたいと、そう思えば思うほど、私の心は蝕まれ、弱っていく。
 どうして強くなれないのだろう。そう思うことは罪だとでもいうのか。
 この山で天狗様たちに守られて生きていく、弱い河童のままでいなければならないとでもいうのだろうか。
「弱くてもいいなんて、無責任なことは私には言えません。それでも、一つだけ――泣きたいときに素直に泣けるのも、強さだと思いますよ」
「うぅ……文ぁぁぁ」
 私は文に抱きついて、思いっきり泣いた。
 文は私が泣き止むまで、静かに、優しく見守っていてくれた。
 ――ああもう、悔しいな。
 こんな格好悪い姿、はたてには見せられないよ。



「どうです? すっきりしましたか?」
「おかげさまでね。……それにしても、文は本当にお節介が好きだね」
「あやや? お節介とは心外ですね。まあ早苗さんに私が浮気しているなどと嘘でも吹き込まれたら困りますからね。早苗さんの困る顔はともかく、悲しむ顔は見たくありませんので」
「あーそうですか。全くお熱いことで」
「ところでにとりは、はたてのどこが好きなんですか?」
「ぶっ、な、何いきなり変なこと言ってるのさ」
「変ってことはないでしょう。私だって《天使がいる》事件のときに居合わせていたのですから、もちろん全部分かっていますよ?」
 あーもう、文は卑怯だ。
 けれど情報の為なら手段を選ばないのも、きっと文らしさなのだろう。
 悔しいけれど、こうなった以上は観念して言うしかない。
 ――多分、笑われるけど。
「……顔」
「ぷっ、か、顔ってにとり」
「じゃあ顔面?」
「同じです!」
「外見」
「何が違うんですか!」
「……笑顔」
「……あー、それなら分からなくもないですね」
「一目ぼれなんだよ。だから正直、初めて会ったときのことははたての顔しか覚えてなかったし」
「それであの《天使がいる》に繋がるわけですか」
「そのことも忘れてたからね。さっきはたてにからかわれて思い出したけど」
「ああ、だから私が来たとき床に転がって悶絶していたんですね」
「そういうこと」
 これで文が聞きたかったことは一通り話しただろうか。
「では情報のお礼と言っては何ですが、にとりに教えてあげます。はたては現状、にとりのことをただの友達としか思っていないようです」
「言われなくても知ってるよ!」
「あやや、それならもっと積極的にアプローチしてみてはどうですか?」
「……ま、考えとくよ」
 そうして文が帰った後一人で、私は機械いじりを始める。
 はたては今のところ、文を追いかけることに全力をかけている。だからおそらく、現状私が何かをしたところで、あまり意味があるとは思えない。
 だからとりあえずは現状維持。文たちとは違って、私には時間ならたっぷりある。焦る必要はどこにもない。
 焦って強くなる必要も、だからない。私はまず自分の弱さを知るべきだ。
 そうして弱さを知って、受け入れて。強くなるのはそこからだ。一歩ずつ、確実に。
 大きなことをするには、準備が大切だ。それは物を作る場合と同じ。焦ったって出来るのは失敗作でしかない。
 のんびりと、自分のペースでやりたいことをやる。
 そんな私の指を好きだと言ってくれる文、格好いいと言ってくれるはたて。
 私はそんな彼女たちの言葉に恥じない私であろう。
 少しずつオイルで汚れていく指を見ながら、私は静かにそう誓う。
 ――ふと、文の置き土産に目が行く。
 机の端に置かれた写真立て。
「全く、こんな写真いつの間に撮ったんだか」
 文は本当に抜け目がない。

 ――そこには私とはたての笑顔が咲いていた。







こんにちは、鈴木々々(すずききき)です。

この作品は時系列的には過去作『天狗と河童とシャボン玉』の続編にあたりますが、独立した一本の話として成立していると思いますので過去作の方は別に読まなくても大丈夫かと。
一方で過去作の方を読まれた方には、なるほどと思っていただける部分もあるかと思います。

本来は別の作品が行き詰った結果の息抜きで、気軽に書き始めた作品でした。
で、こっちも行き詰るといういつもどおりの結果になりました。学習しないな!

まあそういうわけですが、今回の作品の方、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
鈴木々々
http://twitter.com/kiki_suzuki_29
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コメント



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2.100J削除
にとはたも良いものですね。
9.100奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も素敵でとても良かったです
10.100非現実世界に棲む者削除
お久しぶりです作者さん。
今回も素晴らしい作品でした。
にとはたもアリですね。
11.100名前が無い程度の能力削除
地の文のにとりの語り口調がかわいい。独特の空気が流れる作品でとても良かったです。もっと読んでいたくなりました。
13.90名前が無い程度の能力削除
にとはたいいゾ~
15.80愚迂多良童子削除
はたては天使じゃないよ、女神だよ。
はたては社交性あると思うんですけどねえ。文とはたての関係もなんか妙だったな。仲良いのに友達じゃないって。
19.100名前が無い程度の能力削除
よかった
21.100名前が無い程度の能力削除
三人の関係がとても素敵だなぁ…