紅美鈴は見てしまった。その人間離れした視力をもって眼前の湖を。そして巨大なナマズを釣りあげる一人の老人の姿を。
『わしこそは世に悪名を(r』
「ほっほっほ、こりゃあ大量じゃのお」
実に愉快そうな声をだして糸目の爺さんはわしにかかっていた針を外した。なんてことだ。世に悪名をとどろかす(?)大歳星君の影の一つであるこのわしがただ一介の人間風情に釣られてしまうとは。しかもその人間はよぼよぼの老いぼれときた。まずい。これは非常に忌々しき事態である。これでは大ナマズ様と恐れられたこのわしの威厳が失墜してしまうではないか。どうにかしなければ。感電死でもさせてやろうか。いや待て、聞いたところによると弾幕ごっこなるものが今の決闘の在り方であり、それを無視する輩には妖怪の賢者共のきっつーいお仕置きが待っているのだという。いくら世に悪名をとどろかす(?)大歳星君の影の一つであるわしとてそれは避けたい。となれば穏便に事を済ますのが最良であろう。
「......おい、人間の翁よ」
「今夜はナマズ鍋じゃのお。ほっほっほ」
っておい!わしを食う気だよ、この爺さん!世に悪名を(rこのわしを!
「まっ待て、翁よ。わしを誰と心得る?わしこそ世に悪名を」
「いや、もう腹が減ったしここで刺身にして食おうかの」
「聞けえ!あと最後まで言わせろ!」
「ん?ああ、こりゃあ立派なナマズだと思っとったら妖怪じゃったか」
ようやく話が通じたようである。にしてもわしを妖怪だと気づいても全く恐怖の色を見せないこの人間は一体何者なのだ?それどころかわしを捌くためのナタなんか取りだしているではないか。ヌシは魚をナタで捌くのか?
「うぉっほん。いかにもわしは大妖怪大ナマズ。人間よ、今回は見逃してやる。即刻立ち去るがよい」
立ち去れ。それからナタをしまえ。
「ほっほっほ。釣られた分際で大口を叩く奴じゃのお。とはいえわしも生活がかかっておるのでな。ここでお主を逃がしてしまえば今晩の食事にも事欠いてしまうわ。故にそれはできぬ相談じゃて」
......むっ
「分かっておらぬようじゃな。このわしにかかればおヌシなんぞ一瞬でそこらの木端妖怪の餌となるのだぞ?いったい命と一回の食事どちらが大切だというのだ?」
「分かっておらぬのはそちらでないかの。仮にもわしはお主を釣りあげた身。実力というのならもはや結果は見えとるじゃろ?わしにかかればお主は一瞬でわしの飯となるのじゃぞ?」
......むむむっ。こやつ、できるの。それからナタをふり上げるでない。
わしと翁の間に火花がぶつかり合う。
「人間はまずいから普段は控えておるんじゃが、おヌシをここでひと飲みにしてやることもできるんじゃぞ?」
「それこそ口ばかりじゃな。お主も妖怪だというならごちゃごちゃ言う前にやることやればどうじゃ?」
ばちばちばち。今やわしの目には火花がはっきりと見える。こう着状態が続くかと思われたその時、先に折れたのは人間の翁の方だった。
「......まあよいか、お主はあまりうまそうじゃないからのお。」
ほう、ということは、つ、ま、り、だ!ははは!命拾いしたの、人間!
「だが、ただという訳にはいかんぞ。お主の命を見逃すということじゃから、それ相応の見返りをもらわねば話にならんの」
ん?...なんじゃと。この爺さんどこまでずうずうしいんじゃ。
「お主、妖怪から見返りを取り立てよう何ぞ正気か?こちらはお主の命なんぞどうでもいいと言っているのだぞ?」
「餌」
翁は一言だけズバッと切りこむように言い放った。
「餌?」
「そう、オヌシわしの餌食ったじゃろ?まさか自称大妖怪ともあろうものがよもや人間相手に食い逃げなんてするはずないよのお?のお?」
「ぬううう」
確かに理はあちらにある。それにこれ以上この翁から譲歩を引き出すのは難しいだろう。いたしかたない。
「......仕方ない。ならばこれを持って行け」
そう口から出したのは手のひらサイズの石。
「?なんじゃ、これは?」
「それは要石の一種じゃ。天人のそれよりは力は小さいが、家一軒くらい地震から守るくらいは朝飯前じゃ。このところ緋色の雲が出ておるし、近々大地震が起こるやもしれん」
「ふむ、よくわからんが、地震の権化であるナマズが言うのだったら信用する価値はありそうじゃの。ただし嘘じゃったらただじゃおかんぞ?」
「嘘なんぞ吐きはせん。敷地のどこかに埋めておけばよかろう」
これはいいものを手に入れた、そう言って翁は立ち去ろうとした。
「待て、人間よ。おヌシ名は何という?」
運松じゃ、そう言って翁は魚でいっぱいのかごを持って帰路についた。
......?生活苦?
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「うおおおーーーん、悔しい、悔しいぞ、大ガマ!わしはモーレツに悔しいぞお!」
「ゲコ」
「まさかあんな老いぼれにひと泡吹かせられるとは。もう悔しくて悔しくてたまらん。今なら幻想郷中の家庭をまかなえるだけの電気を発電できそうじゃー!」
「ゲコ、ゲコゲコ」
「うう、そう言ってくれるとわしも助かる。うう」
「ゲッコゲコー」
「あんたたちそれで会話できてるの?」
土着神の頂点である洩矢諏訪子は目の前でむさっくるしい会話を続けるカエルとナマズに問いかける。
「何を申すか、諏訪子神。わしらの仲くらいになれば言葉は不要なのじゃ!」
「ゲコー。ゲゲゲ」
解ってないんじゃないか、そう思わず言いそうになったのをぐっとこらえる。つっこんだら負けだ。それにしてもカエルたちに会いに沼に下りてきたらこんなめんどくさい場面に遭遇するとは思いもしなかった。あと大ガマよ、あんたは人語話せるでしょうに。
「でもさ、話聞く限りあんたの落ち度じゃないの?どうしてまた人間の餌なんかにひっかかちゃったのよ?」
「うぐっ。それは、なんというか、まぁ、えと、そういうことなんじゃ...」
「煮え切らないわね。ここにはわたしたちしかいないんだし、言っちゃいなさいよ」
「ゲコ」
「ぬう、では言うが......その、あれが、おいしそうじゃったんじゃ...」
「へっ?」
「だから、奴の誘う餌が実においしそうに見えたんじゃ...」
「はあ?」
「ゲコ」
「何度も言わすでない!だから餌がおいしそうだったんじゃ!悔しいが大妖怪のわしといえども所詮は魚類!本能には逆らえなかったんじゃーー!」
「...そう......なんだ...」
もう一気に拍子抜けしてしまった。つまりこのナマズは魚としての自分に負けたということなのだろう。人の姿をとる妖怪が多いこの幻想郷でナマズのままの姿でいるのだからそれもまた当然のような気もしないではないが。もう適当に済ませてしまおう。
「はあ。でもそれならこれからの対策も取りやすいでしょう?第一、あの湖に釣りに来る人間なんてそうそういないでしょうし。いかにもな食べ物には警戒するとか、定期的に釣りをしてる素っ頓狂がいない事を確かめるとか」
「ゲコゲコ、ゲコココ」
「うう、しかしそれでは大妖怪としてのわしのメンツが」
大妖怪(笑、ねえ。
「そんなこと言ってるから今回みたいなことになったんじゃないの?というか大妖怪は釣られたりはしないよ」
「うぐぅ」
「メンツばっか気にしてさ、また釣られでもした方が酷いことになると思うけどなー?今度はもうそのメンツとやら修復できないんじゃないかなー?」
「ぬうう......確かに諏訪子神の言う通りじゃ。仕方あるまい、今しばらく食事には注意するとしよう。それによくよく考えればあの人間も随分年をとっていたし、それほど長い間我慢する必要もないじゃろうて」
「やっと納得してくれたねー」
「ゲッコー」
「うむ、わざわざ済まなかったの、大ガマ、諏訪子神。話を聞いてもらっただけでなく、相談にまでのってもらってしまうとは。おかげですっきりしたわい」
それはよかったー、ゲコゲコゲー、はっはっはーと問題が解決したことにわたしたちは三者三様の喜びを表す。というかいくら成り行きとはいえ何で私はナマズのお悩み相談なんて受けているのだろう。確かに神奈子が妖怪からの信仰を集めてはいるけど、このナマズの信仰は薬にも毒にもならなそうだ。
「ところでさー」
話もひと段落ついたところで私はかねてから思っていた疑問をぶつけてみる。
「そんなおいしそうに見えた餌って何だったの?」
「ん?ああ、カエルじゃよ」
ピシッ。
自分の失言に気付いたのか、笑っていたナマズの顔が青ざめ始める。そうだった。私としたことが忘れていた。ナマズは貪欲で小魚はもちろん昆虫、カエルまで幅広く食することを。
「え、あ、ちっ違うんじゃ、これは、その」
しどろもどろになるナマズに私と大ガマはゆっくりと近づいて行く。
「あわ、あわわ、わわ、、、ご、ごごごごめ」
「天誅!!!!」
「ゲコココオオオオオ!!!」
「ぐはあああああ」
私たちの怒りをかった大ナマズは沼の反対側に大きな水しぶきをあげて落下した。悪、滅すべし。
そういや大ガマ、なんで奴と友好もってんのさ?
ゲコ
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諏訪子神と大ガマに吹っ飛ばされてから数日。何故だ。何故わしはまたこの人間と顔を合わせているのだ。あれからカエルは控えておるし、他の食べ物も糸の有無を確認している。なにより今わしは湖を離れて川の上流にまで上ってきているのだ。それなのに何故、何故この人間がここにいるのだ!?
「ほっほっほ。また会ったのお」
「………」
「うれしくて声も出ぬか。まあ無理もないのお。ほっほっほっほ」
何が、ほっほっほじゃ。わしは泣きそうじゃというのに。だから早くわしをこの網からだすんじゃ。
「この間は湖で会ったから、てっきりあそこに住んどるもんじゃと思っとったわ。まさかこんな川の上流で会うとはの」
まさかこんなところでと言いたいのはこちらだ。食事の度に水面確認したり糸の有無確認したりしてたおかげで、河童やら人魚やらの視線が痛くなってここに避難してきたというのに。
「おヌシこそ何故ここにおるんじゃ?それにおヌシは釣り師ではなかったのか、えーー、運松だったか」
「いかにも。だが正確には漁師でな、魚を取り過ぎないようにするため普段は竿じゃが、たまにこうやって網も使うのじゃよ。それと普段の仕事場は湖でなくてむしろこっちじゃ」
ぬう、この間がイレギュラーだったということか。避難が裏目に出てしまったようじゃ。それになるほど確かにこの辺りは魚の姿はまばらである。ついでに河童やらなんやらの姿も。だからここに避難してきたのじゃが。
「さて、どうするかの?また何か寄こすというのなら今回も見逃してやらんこともないが?」
こっ、このじじいめ。すっかり味をしめよって。糸目のにやにやの笑みが憎たらしい。
「この間やった要石では不満か?あれは結構な価値のあるものなのじゃが?」
「あのときはあのときじゃ。そんでもって今回は今回。当然じゃろ?それとも今回こそわしの胃袋に収まるかの?」
そんな訳いくはずなかろうて。
ぬう。
「まさかとは思うが、運松よ、おヌシわしをねらってはいやせんか?」
「ほっほっほ、それこそまさかじゃの。こっちは道楽でやってる訳じゃないからの。わざわざお主を探すような手間はかけておられんわ。で、どうする?わしの夕餉となりたいかの?」
まったく冗談ではない。もう我慢ならん。この大妖怪大ナマズ様を恐れぬ人間を生かしておくわけにはいかん。こうなっては大妖怪の意地じゃ!もう妖怪の賢者共の事など知らん、この人間にこのわしの恐ろしさを思い知らせてくれるわ。
「思いあがるでないぞ、人間!いまさら媚びてももう遅いわ!」
――ナマズ「ほらほら世界が震えるぞ?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴと大地が音をあげる。
「ぬ、これは地震かの!?」
「はっはっは!か弱き人間よ!我が地震の前に崩れ去るがよいわ!」
ふふふ、見ろ、耐えきれずに運松の奴め地面にひれ伏しているではないか。ざまあ無いわ!世に悪名を(rこのわしをなめてかかったからじゃ!これに驚いて心臓マヒでも起こしてくれれば御の字なのじゃがな!あとは奴が動けなくなってからこの網を抜け出ればそれでおわりじゃ。そしてわしは以前の栄光あふれる生活に戻れるというものじゃ。はっはっは、っと、揺れが収まってきたの。そろそろかの.........ん?まだわしのスペルは継続中のはずじゃが?
「ふう、まったく驚いたわい。お主ほんとに妖怪だったんじゃのお。すっかり失念しておったわ」
運松が何事もなかったかのように立ち上がる。?一体どういうことだ?
「なななな、何をした!?」
「何をって、お主からもらった要石とやらを使ってみただけじゃ。どうやら本物のようじゃのお。すごいすごい」
ほっほっほと笑う運松の足元には確かにこの間奪われた要石が地面にささっているではないか。
――しまった!墓穴掘った!
というかなんでそれを持ち歩いているじゃ!敷地に埋めておけと言ったのに!
ああ、こうなるんだったらせめて発電を頑張っておくべきだったか。いやエコロジーにオール電化で攻めておけばなんて考えていたわしに運松が近寄ってくる。
「ふむ、どうやらわしの夕餉になりたいようじゃの。安心せい、あまり暴れさせると鮮度が落ちるからの」
糸目だから分かりにくいが、あれ、目が笑っていない。そしてどこからともなく取りだしたナタを振り回すでない。これは本格的にまずいぞお!
「まっ、待て。いっ、今のはほんの冗談ではないか」
「ほっほっほ。実に愉快な冗談じゃ。来世はさらにゆにーくな奴になれるといいの。まあ、今回はわしの血肉となりてその生を全うすることじゃのお」
まずいまずいまずい。この状況で“世に悪名~”のくだりをやっているとじゅげむと同じ末路をたどりそうなくらいまずい状況じゃ!どうにかこの爺さんの気をひかねば!
「まっ、待て!」
「命乞いならもう聞かんぞ」
「おっ、おヌシ竜宮城へ行ってみたくはないか?」
「?、りゅうぐうじょう?」
食いついた!この手は使いたくなかったがこの際仕方ない。
「そうじゃ、あの竜宮城じゃ。興味はないかの?」
「亀に連れて行かれたというやつじゃろ?あれはおとぎ話の類ではなかったのかの?それにそこへの行き方を何故お主が知っておる?お主は亀ではなくナマズじゃろうて」
「わ、わしとてそれなりに長く生きておる。その中で件の亀と知り合ったことがあって、その時に行き方を教えてもらったんじゃ」
「ナマズとウミガメが、のお?」
「ほっ本当じゃ!行きたくないというのなら無理強いはせんがの」
うむむ、と唸っている爺さんをみるに作戦は成功のようじゃ。ありがとう、ウミガメ。正確には教えてもらったんじゃなく無理やり聞きだしたんじゃがの。
少しの間考えていた運松の答えはまさにこちらの考えていた通りのものだった。
「うむ、よし、ならば連れてゆけ。いいか、嘘じゃったっら今度の今度こそ夕餉じゃからの?」
運松はそう言ってわしにかかった網を外していく。
「嘘なんぞついておらん。ただし、わしは連れていくだけじゃからの?向こうでどうするかはお主次第じゃからの?」
わかったわかったという運松を背に乗せ、わしはウミガメから伝授された秘術を行う。
そういやウミガメのやつ、命の保証はしないとか言っていた気がするのお...
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(海の)トンネルを抜けるとそこは雪国、じゃなくて竜宮城(?)じゃった。
「ここが竜宮城なのかの?」
「そ、そのはずじゃが...」
実はわし自身ここへ来るのは初めてなのだ。いつの間にか海水に浸かっているところをみるとどこか遠くへ来たことは確かのようじゃが。にしても海水が身にしみる。
「ほお、想像しておったのと随分違うのお。もっとにぎやかなところだと思っておったわ」
確かに人の気配どころか生き物の気配が全くしない。あまりにも静かすぎる。とりあえず陸を目指すとしよう。この海水から一刻も早く抜け出さなければ身がもたん。
そしてこの呑気に大妖怪であるわしの背に乗っている人間にひと泡ふかせてやるのだ。
「よっと」
陸につくなり軽い身のこなしでわしの背中から降りた運松が辺りを見回す。
「何の招待もないまま来たからの、もしや誰もわしらに気付いておらんのやもしれん。運松よ、少し辺りをみてきたらどうじゃ?」
「そうじゃの。っと言ってるそばからあそこに人影がみえるわい」
なるほど確かに二人分の人影が見える。どうやらあちらもこっちに気付いたようでこちらに向かってくるではないか。
「ほっほっほ。お邪魔してますよ、お姉さん方」
ナンパ男のような声をかける運松に返ってきたのはあしらうのとはまた別の刺々しい返事であった。
「止まりなさい。あなたは何者ですか?どうやら地上人のようですが、どうやってこの月へとやって来たのですか?」
「月?ここは竜宮城ではないのかの?」
状況がいまいち飲み込めない運松翁にポニーテールのお姉さんは刀を突き付ける。
「何をとぼけたことを。ここは穢れ無き月の都。あなたのような穢れにまみれた存在が来ていいところではないのです」
一気にまくしたてたポニーテールのお姉さんは隠そうともせずに警戒のまなざしをぶつけてくる。
「まあまあ、依姫。そんなまくしたてちゃ相手も混乱しちゃうでしょ?」
「しかしお姉さま...」
「ふふっ、ここは私にまかせなさい」
今度は上品な帽子をかぶったお姉さんが話しかける。その手には何故かあふれんばかりの桃。ちなみに胸にも桃がたわわに。
「月へようこそ、お爺さん。まず聞きたいのだけれど、あなたはどうやってここへ来たのかしら?滅多なことではここへは来れないのだけれど。あ、あと桃食べる?」
「どうやってといわれると困るのぉ、わしはこの大ナマズに連れられてきたんじゃよ。あと桃いただくの」
「「大ナマズ?」」
運松翁が指差した先には何の姿も無かった。
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「はっはっは!わしはやってやったぞ、玄爺よ!」
ここ神社の裏の沼に、実に愉快そうな大ナマズが一匹とその隣に実に迷惑そうな顔の亀が一匹。
「それで、大ナマズ殿はその人間をどうされたのです?」
「うむ。竜宮城へ送り届けたのち、そこへ置き去りにしてきてやったのじゃ!いくら大妖怪のわしといえ次またあの秘術を使うには300年は待たねばならん。つまり金輪際あの人間と会うことはないということじゃ!はっはっはっはっ!」
「はあ」
たまらずに溜息をもらす。まったくこのナマズには困ったものだ。このナマズに置いてけぼりにされた人間にはただただ同情するばかりである。話を聞く限りこれの言う竜宮城とやらはおそらく紫殿が昔攻め入った月の事に違いない。月人がこちらへ道をつなぐ手段を持っていないとは考えづらいが、それを言うのも野暮だろう。ちなみにこのナマズに秘術を教えた亀とは私の事ではない。仮に知っていたとしてもこのナマズには教えないくらいの良識は持ち合わせているつもりだし、なによりも私はウミガメではなくリクガメである。
「ところで、大ナマズ殿。もうちっとばかり静かにしてはくれんかの?今ご主人様の機嫌がちとばかり悪いのでの」
「ん?ああ、そう言えば神社が倒壊していたのぉ。例の緋色の雲の事もあるし、何かあったのか?」
まったく大ナマズならそれくらいは分かっていてほしいものじゃがなあ。
「地震じゃよ。ついこの前でかいのがあっての。それで神社はポッキリいってしまったという訳じゃ」
「ぬう、わしは何も感じやせんかったがの。ほんとに地震か?」
「ほんとじゃよ。何も感じなかったのも無理あるまい。どうやらこの神社の周辺しか揺れなかったそうじゃからの」
「ああ、それはおそらく天人の仕業じゃの。名居か比那名居の連中のせいってとこじゃろう。にしてもついに天人にまで嫌われたか、この神社は!はっはっはっは、これは愉快じゃ、はっはっは」
「ぬあ、莫迦者!声が大きいわ。ご主人様に見つかってしまうぞ。ってああ、あれは.....遅かったか。ええい、もうわしは知らん」
そう言って玄爺と呼ばれた亀はそそくさとその場から離れる。
「っておい、どこへ行くのだ、玄爺?住みかへ戻るにしてもそんなあわてることは......」
その時背中から感じた殺気に振りかえることはできなかった。心に浮かんだのは軽い怨嗟の念。玄爺め、一人逃げよったな......
「なまず...地震...神社...倒壊...地震...なまず。......お前のせいかーーーーー!!!!」
「ごっ、誤解じゃ――」
かろうじで振りかえったときには時すでに遅く、巫女の理不尽な制裁が待ち受けていた。
「夢想封印!!」
ぐはああああああ!!!
神社の裏手で泥臭い叫び声が響き渡った。
~-----------------------------------------------------------------------~
「ほんとですって、咲夜さん。わたし見たんですよ、こんなでっかいナマズを。すっかり忘れてましたけど、あれはついこの間の事でした」
「ナマズ、ねぇ」
はあ、神社の落成式の後の宴会に持っていくいい料理は無いかと訊いた私が馬鹿だったかしら。
「でっかいナマズというけれど、あなた今までそんなもの見たことあるの?第一そんなでっかいのが目の前の湖に住んでたら私でも一度くらいは見るでしょう?」
「うっ。で、でもほんとなんです。信じてください!こんなでっかい奴だったんです」
美鈴は両手をいっぱいに広げてその大きさをアピールしてくる。まあ、この娘が嘘をつくとは考えにくいし、おおかた昼寝でもして夢でも見たんでしょう。
「まったく、わかったわよ。今日中にそのナマズを捕って来てくれたらそれを料理して持っていくことにするわ。あとあなたも落成式に連れてってあげる」
「ほんとですか!咲夜さん!約束ですよ!では早速、不肖紅美鈴大ナマズ捕獲の任に行って参ります!!」
言うやいなや美鈴は湖の方へ走り去って行ってしまった。それほどまで落成式、もとい宴会に参加したいのか。そりゃこのところ門番業務で宴会に連れて行ってあげてなかったけど。
.........さて、私は料理を考えなければ。
~-----------------------------------------------------------------------~
―――まったくここしばらくは酷い事ばかりじゃった。おかげで自慢のひげもストレスでボロボロじゃ。
とりあえずまた湖に戻ってきた大ナマズだったが、その身が休まることはなかった。辺りから河童やら人魚やらの視線が止む事はなかったのだ。
つくづく踏んだり蹴ったりじゃ。じゃがこんな鬱憤とした日々ももう終わりじゃ。何といってもあのにっくき運松がもうおらんのだからの。これで安心してこの湖の豊富な食べ物を満喫できるというものよ。はっはっは。よし、ストレスで体重も減ったようだし、食いだめとでもいくかの!
それからの行動ははやかった。早速バクバクと勢いにまかせて食べ進めると、エビ、タガメ、どじょう、アユ、次々と獲物がその巨大な口に吸い込まれていく。その様はまるでパッ○マンのようであったと見ていた河童は言う。そしてカエル。少々迷った末にそのカエルも大ナマズの胃へと消えた。
その時事件は起こった。
―――!!こ、これは釣り針ではないか!?今のカエルにつけられていたのか?
駆け巡る既視感。これはあの時と同じではないか、なによりこんなところでカエルを餌に釣りをする輩なんて奴しかいない。
―――ごぼばばぼぼおおおおお(うんしょおおおおおおお)!!!
水の中で針のささった口から洩れるのは言葉にならない叫び。だがその叫びに応えるかのように強く引っ張られる糸。
またしても!どれほどの恨みがわしあるというのだ!?そう運松への敵対心、怒り、悔しさの情をたぎらせる大ナマズであったが、その一方で運松への敬意もうまれていた。よもや竜宮城から自力で帰還するとは。そして世に悪名をとどろかす大歳星君の影の一つであるこのわしを再び釣りあげようというのだから。
―――面白い。じゃが、わしとてむざむざ三回も捕えられる気など毛頭ないわ!
命をかけた決闘が始まった。弾幕ごっことは違った決闘の形。釣るか釣られるか、食うか食われるか。一瞬でも気を抜けば瞬く間にすべてを持っていかれる、そんな緊張が湖を支配する。
はじめに動いたのは大ナマズの方だった。水中を右へ左へ動きまわる。その巨体が湖の中をかき回す。普段静かな水面がそれにより激しく波打つ。それは互いの体力がそがれる作戦ではあったが、相手は人間の翁、体力勝負ではこちらに分があると読んでいた。
大ナマズの読みは当たっていた。糸ごしに相手の疲弊が確かに伝わってくる。にしても大ナマズのあの巨体である、若い男衆でも耐えられるか怪しいその衝撃に耐えている相手はやはりただ者ではない。
おそらく竿が手から滑ったのだろう。ほんのわずかだが不自然な緩みがあった。
―――ごぼぼ(勝てる)!
こちらの体力はまだ十分に残っている。このままいけば遠くない先、こちらが引き勝つはずだ。
その一瞬の油断がいけなかった。いやそれは油断ではなく糸の先の相手に気を集中しすぎたせいだった。
「きゃっ!」
何かにぶつかる感触とともに聞こえた短い悲鳴。
―――何じゃ?
気を取られながらも目を向けてみるとそこには目を回した河童の少女が一人。どうやら暴れまわってるうちにぶつかったらしい。
―――ぬう、悪いが今は面倒見ておられ、ってごばばあばば!??
何かが口の中に入ってきたせいでその思考も中断させられる。思わず飲み込んでしまったそれが何かは分からなかったが、その一瞬を相手が見逃すはずなかった。
―――!!??まずい!
ぐいぐいと湖面まで引き上げられる。態勢を崩してしまったせいで抗うすべはない。細い一本の糸がまるでピアノ線のような強さをもって大ナマズを引き寄せる。湖面がすぐ目の前へ迫ってくる。そして――
ザパッ―――――――!!
水しぶきとともに湖上へと跳ね上がった大ナマズの目はこちらへあの糸目を向ける運松の姿をしっかりととらえていた。
―――やはりおヌシか!!
互いに視線をぶつけあったのち、大ナマズは再び水中へ戻る。形勢はだいぶ不利になったがまだ釣られてはいない。それに運松の方にも脂汗を滲ませて疲弊の色がうかがえる。
―――まだじゃ!次こそ苦汁をなめるのはおヌシの方じゃ、運松!
一人と一匹の命がけの決闘は簡単には終わらない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「見つけた…」
美鈴の目には飛びあがる大ナマズの姿が映っていた。紅魔館を飛び出してはや数刻。どうやって大ナマズを見つけようかと考えあぐねていたその矢先の出来事であった。その大ナマズの表情からは緊張感と闘志があふれていて、少し先の人間を睨みつけていた。
「あれは、あのときのお爺さん!っまずい!あれを釣りあげられる訳にはいかないんです!私の宴会がかかっているんですから!!」
美鈴は速度を上げて走った。あのナマズを我がものにするために。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――しぶといのお...
前二回が上手くいきすぎたのだと改めて認識する。くさっても奴は湖のヌシに匹敵する存在なのだと。さすがに体力勝負にもちかけられた時はひやりとしたが、どうにか一瞬の隙をついて今の状況へもってこられた。あと一手で奴を釣りあげることができる。
―――じゃが、その一手にかけるの
釣り具は月からもらって帰ってきたフェムトファイバー製の釣り具だ。事情を話してナマズを成敗すると言ったら快く譲ってくれたものであり、糸が切れる心配はしなくてもいい。問題は体力である。また持久戦に持ち込まれたら次はもう耐えられないだろう。月の姉妹に成敗すると言った手前ここであきらめるわけにもいかない。
―――ならば、勝負!!
一旦張り詰めた糸を緩め、こちらが弱った風を演出する。予想通り一瞬の空白の後、大ナマズが強くひき始める。
―――ここが正念場じゃ......
じっと耐える。ひたすらにじっと耐え続ける。竿を握る手が汗で滑る。握力も無くなってきた。糸の切れる心配はないが、竿が持っていかれる心配がある。限界が近いことを悟りつつもひたすらに耐え続ける。
―――まだ。まだ。まだ。もう、少し......
永遠にも思しきその時間を耐え忍ぶ。呼吸が上手く出来ていないせいで、頭に酸素が足りていない。意識がうすれてきたその時。
―――来た!
弱ったと思っていた相手が一向に竿を手放さないことを疑問に感じた大ナマズのひきが一瞬弱くなる。そのタイミングに合わせ最後の力を振り絞ってめいっぱい竿を引き上げる。ジャーマン・スープレックスの態勢になりながらも竿を引くのをやめない。これ以上は――そう思ったのと糸にひかれた大ナマズが天へと舞いあがったのは同時であった。
運松の勝利であった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そのナマズ待ったああああーーー!!!」
「ん?なんじゃ?」
運松が声のした方向をみると中華風の服を着た少女が空中を舞う大ナマズに向かって行くではないか。
「そいつには私の宴会がかかっているんです!!もう留守番はこりごりなんだからーーー!!」
それは一瞬の出来事だった。
少女は叫びながら飛びあがって大ナマズに蹴りをくらわせた。
「ぐえ゛っ」
腹を思いっきり蹴られた大ナマズが口から飲み込んでいたものを勢いよく吐き出す。
「いたっ!」
それは中華風娘に直撃し、
「あたっ」
落下してきたところで運松にもぶつかる。さらにそれで軽い脳震とうを起こした運松が無意識にさらに竿を引っ張り、空中の大ナマズの態勢が崩れる。
「って、へ?」
態勢の崩れた大ナマズの尾は強力な張り手となって美鈴を吹き飛ばす。もとより巨大な体格を有するナマズである。無意識とは言えその一撃は強力であることに違いはない。
吹き飛ばされた美鈴は紅魔館の門に激突。気を失った。
大ダメージを負いながらも湖に落下した大ナマズは一連の騒ぎで口にかかっていた針がはずれた事に気が付き、その姿をふらふらと水中奥深くへと消していった。
こうして最終的に勝者不在となって勝負はその幕を下ろした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あたたたた、全くとんだ災難じゃった。とこれは一体?」
脳震とうから回復した運松が見たものは誰もいなくなった湖と脳震とうの原因である自分にぶつかってきた物体。確か大ナマズの奴が吐きだしたものじゃったか。にしても先ほどまでの騒ぎが嘘のような静けさじゃな。
改めてその物体に目をみやる。
「えーー、何々?河童の腕?なんじゃこれは?」
これが何かよくわからんが河童と言えば妖怪の中でも高い技術力を持つ存在じゃったはず。ならばこれはとっておいても損はないじゃろうて。
「大ナマズの奴は釣れんかったが、これはいいもんを拾ったのお、ほっほっほっほ」
大ナマズは釣れなかった。しかしこれが奴の寄こした選別品だとでも考えればあながち負けたわけでもないじゃろう。
「また今度奴を釣ってやるとするかのお、ほっほっほっほ」
そんな運松に河童やら仙人やらの訪問が相次ぐのはもう少し先の事である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うーん、うーん。っは!」
「あ、美鈴気がついた?」
「え、ああフランお嬢様。ここはいったい?」
頭が痛い。私はどうやら気を失っていたらしい。にしてもその理由が思い出せない。なんでだったかな?
「美鈴ったら門の前で気を失ってて、三日も寝てたんだよ?心配したんだからね」
「み、三日もですか?妹様にまで心配かけてしまったようですみませんでした」
「あはは、いーからいーから今日は休んでなって。それにしても何があったの?美鈴がそんなにやられるなんて珍しいね」
「それが私もよく思い出せなくてですね...なんとなくナマズと戦ってたような気がするんですけど、どうにもはっきりしないんですよ」
ナマズ、ナマズ、うーん何か思い出しそうなんだけどなあ。
「ナマズ?美鈴をコテンパンにできるようなナマズがいるの?私より強いのかな?」
「ナマズに関してはよく覚えてませんけど、妹様より強い妖怪なんてそうはいませんよ。あえて言えば私の故郷に大歳星君っていう妖怪が伝わってるんですけどそれも伝説上の存在でしかないですから」
「えーー、つまんなーい。そのナマズがたいさいせーくんって奴だったら面白かったのにぃ」
「ははは。そうだったら私の手には負えませんよ。それに伝説の妖怪がナマズってのも威厳に欠けますし、せいぜい配下の一人ってところじゃないですかねー」
「だよねー」
あははとひとしきり笑い合ったところで私は思った。なんか忘れてるんだけど、まあいっかと。それよりも今はこのフランお嬢様の笑顔に癒されておこうと。
むろん忘れていたのはナマズの事でも宴会の事でもなく、咲夜さんのお仕置きだったことは言うまでもない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「引っ越そう」
わしもこの湖に住んで長いが今回の出来事はそう決意するのに十分だった。今度は運松のやつが絶対に来れないようなところがいいの。そう言えば諏訪子神が湖ごと引っ越してきたと言っていたか。守矢神社は妖怪の山の上の方だし、一般の人間はまあまず来れまい。よし、善は急げじゃ、早速あちらに向かうとするか。
今回のせいでこの湖ではわしの権威は失墜した。河童も人魚もわしを見る目が冷たい。というか露骨に邪魔そうに扱ってくる。わしこそは世に悪名を(r大ナマズ様だというのに。
はあ。
ああ、守矢の湖は平穏だといいのお。
「神奈子様!諏訪子様!うちの湖にこんなでっかいナマズの目撃情報が!!!」
ん?
了
『わしこそは世に悪名を(r』
「ほっほっほ、こりゃあ大量じゃのお」
実に愉快そうな声をだして糸目の爺さんはわしにかかっていた針を外した。なんてことだ。世に悪名をとどろかす(?)大歳星君の影の一つであるこのわしがただ一介の人間風情に釣られてしまうとは。しかもその人間はよぼよぼの老いぼれときた。まずい。これは非常に忌々しき事態である。これでは大ナマズ様と恐れられたこのわしの威厳が失墜してしまうではないか。どうにかしなければ。感電死でもさせてやろうか。いや待て、聞いたところによると弾幕ごっこなるものが今の決闘の在り方であり、それを無視する輩には妖怪の賢者共のきっつーいお仕置きが待っているのだという。いくら世に悪名をとどろかす(?)大歳星君の影の一つであるわしとてそれは避けたい。となれば穏便に事を済ますのが最良であろう。
「......おい、人間の翁よ」
「今夜はナマズ鍋じゃのお。ほっほっほ」
っておい!わしを食う気だよ、この爺さん!世に悪名を(rこのわしを!
「まっ待て、翁よ。わしを誰と心得る?わしこそ世に悪名を」
「いや、もう腹が減ったしここで刺身にして食おうかの」
「聞けえ!あと最後まで言わせろ!」
「ん?ああ、こりゃあ立派なナマズだと思っとったら妖怪じゃったか」
ようやく話が通じたようである。にしてもわしを妖怪だと気づいても全く恐怖の色を見せないこの人間は一体何者なのだ?それどころかわしを捌くためのナタなんか取りだしているではないか。ヌシは魚をナタで捌くのか?
「うぉっほん。いかにもわしは大妖怪大ナマズ。人間よ、今回は見逃してやる。即刻立ち去るがよい」
立ち去れ。それからナタをしまえ。
「ほっほっほ。釣られた分際で大口を叩く奴じゃのお。とはいえわしも生活がかかっておるのでな。ここでお主を逃がしてしまえば今晩の食事にも事欠いてしまうわ。故にそれはできぬ相談じゃて」
......むっ
「分かっておらぬようじゃな。このわしにかかればおヌシなんぞ一瞬でそこらの木端妖怪の餌となるのだぞ?いったい命と一回の食事どちらが大切だというのだ?」
「分かっておらぬのはそちらでないかの。仮にもわしはお主を釣りあげた身。実力というのならもはや結果は見えとるじゃろ?わしにかかればお主は一瞬でわしの飯となるのじゃぞ?」
......むむむっ。こやつ、できるの。それからナタをふり上げるでない。
わしと翁の間に火花がぶつかり合う。
「人間はまずいから普段は控えておるんじゃが、おヌシをここでひと飲みにしてやることもできるんじゃぞ?」
「それこそ口ばかりじゃな。お主も妖怪だというならごちゃごちゃ言う前にやることやればどうじゃ?」
ばちばちばち。今やわしの目には火花がはっきりと見える。こう着状態が続くかと思われたその時、先に折れたのは人間の翁の方だった。
「......まあよいか、お主はあまりうまそうじゃないからのお。」
ほう、ということは、つ、ま、り、だ!ははは!命拾いしたの、人間!
「だが、ただという訳にはいかんぞ。お主の命を見逃すということじゃから、それ相応の見返りをもらわねば話にならんの」
ん?...なんじゃと。この爺さんどこまでずうずうしいんじゃ。
「お主、妖怪から見返りを取り立てよう何ぞ正気か?こちらはお主の命なんぞどうでもいいと言っているのだぞ?」
「餌」
翁は一言だけズバッと切りこむように言い放った。
「餌?」
「そう、オヌシわしの餌食ったじゃろ?まさか自称大妖怪ともあろうものがよもや人間相手に食い逃げなんてするはずないよのお?のお?」
「ぬううう」
確かに理はあちらにある。それにこれ以上この翁から譲歩を引き出すのは難しいだろう。いたしかたない。
「......仕方ない。ならばこれを持って行け」
そう口から出したのは手のひらサイズの石。
「?なんじゃ、これは?」
「それは要石の一種じゃ。天人のそれよりは力は小さいが、家一軒くらい地震から守るくらいは朝飯前じゃ。このところ緋色の雲が出ておるし、近々大地震が起こるやもしれん」
「ふむ、よくわからんが、地震の権化であるナマズが言うのだったら信用する価値はありそうじゃの。ただし嘘じゃったらただじゃおかんぞ?」
「嘘なんぞ吐きはせん。敷地のどこかに埋めておけばよかろう」
これはいいものを手に入れた、そう言って翁は立ち去ろうとした。
「待て、人間よ。おヌシ名は何という?」
運松じゃ、そう言って翁は魚でいっぱいのかごを持って帰路についた。
......?生活苦?
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「うおおおーーーん、悔しい、悔しいぞ、大ガマ!わしはモーレツに悔しいぞお!」
「ゲコ」
「まさかあんな老いぼれにひと泡吹かせられるとは。もう悔しくて悔しくてたまらん。今なら幻想郷中の家庭をまかなえるだけの電気を発電できそうじゃー!」
「ゲコ、ゲコゲコ」
「うう、そう言ってくれるとわしも助かる。うう」
「ゲッコゲコー」
「あんたたちそれで会話できてるの?」
土着神の頂点である洩矢諏訪子は目の前でむさっくるしい会話を続けるカエルとナマズに問いかける。
「何を申すか、諏訪子神。わしらの仲くらいになれば言葉は不要なのじゃ!」
「ゲコー。ゲゲゲ」
解ってないんじゃないか、そう思わず言いそうになったのをぐっとこらえる。つっこんだら負けだ。それにしてもカエルたちに会いに沼に下りてきたらこんなめんどくさい場面に遭遇するとは思いもしなかった。あと大ガマよ、あんたは人語話せるでしょうに。
「でもさ、話聞く限りあんたの落ち度じゃないの?どうしてまた人間の餌なんかにひっかかちゃったのよ?」
「うぐっ。それは、なんというか、まぁ、えと、そういうことなんじゃ...」
「煮え切らないわね。ここにはわたしたちしかいないんだし、言っちゃいなさいよ」
「ゲコ」
「ぬう、では言うが......その、あれが、おいしそうじゃったんじゃ...」
「へっ?」
「だから、奴の誘う餌が実においしそうに見えたんじゃ...」
「はあ?」
「ゲコ」
「何度も言わすでない!だから餌がおいしそうだったんじゃ!悔しいが大妖怪のわしといえども所詮は魚類!本能には逆らえなかったんじゃーー!」
「...そう......なんだ...」
もう一気に拍子抜けしてしまった。つまりこのナマズは魚としての自分に負けたということなのだろう。人の姿をとる妖怪が多いこの幻想郷でナマズのままの姿でいるのだからそれもまた当然のような気もしないではないが。もう適当に済ませてしまおう。
「はあ。でもそれならこれからの対策も取りやすいでしょう?第一、あの湖に釣りに来る人間なんてそうそういないでしょうし。いかにもな食べ物には警戒するとか、定期的に釣りをしてる素っ頓狂がいない事を確かめるとか」
「ゲコゲコ、ゲコココ」
「うう、しかしそれでは大妖怪としてのわしのメンツが」
大妖怪(笑、ねえ。
「そんなこと言ってるから今回みたいなことになったんじゃないの?というか大妖怪は釣られたりはしないよ」
「うぐぅ」
「メンツばっか気にしてさ、また釣られでもした方が酷いことになると思うけどなー?今度はもうそのメンツとやら修復できないんじゃないかなー?」
「ぬうう......確かに諏訪子神の言う通りじゃ。仕方あるまい、今しばらく食事には注意するとしよう。それによくよく考えればあの人間も随分年をとっていたし、それほど長い間我慢する必要もないじゃろうて」
「やっと納得してくれたねー」
「ゲッコー」
「うむ、わざわざ済まなかったの、大ガマ、諏訪子神。話を聞いてもらっただけでなく、相談にまでのってもらってしまうとは。おかげですっきりしたわい」
それはよかったー、ゲコゲコゲー、はっはっはーと問題が解決したことにわたしたちは三者三様の喜びを表す。というかいくら成り行きとはいえ何で私はナマズのお悩み相談なんて受けているのだろう。確かに神奈子が妖怪からの信仰を集めてはいるけど、このナマズの信仰は薬にも毒にもならなそうだ。
「ところでさー」
話もひと段落ついたところで私はかねてから思っていた疑問をぶつけてみる。
「そんなおいしそうに見えた餌って何だったの?」
「ん?ああ、カエルじゃよ」
ピシッ。
自分の失言に気付いたのか、笑っていたナマズの顔が青ざめ始める。そうだった。私としたことが忘れていた。ナマズは貪欲で小魚はもちろん昆虫、カエルまで幅広く食することを。
「え、あ、ちっ違うんじゃ、これは、その」
しどろもどろになるナマズに私と大ガマはゆっくりと近づいて行く。
「あわ、あわわ、わわ、、、ご、ごごごごめ」
「天誅!!!!」
「ゲコココオオオオオ!!!」
「ぐはあああああ」
私たちの怒りをかった大ナマズは沼の反対側に大きな水しぶきをあげて落下した。悪、滅すべし。
そういや大ガマ、なんで奴と友好もってんのさ?
ゲコ
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諏訪子神と大ガマに吹っ飛ばされてから数日。何故だ。何故わしはまたこの人間と顔を合わせているのだ。あれからカエルは控えておるし、他の食べ物も糸の有無を確認している。なにより今わしは湖を離れて川の上流にまで上ってきているのだ。それなのに何故、何故この人間がここにいるのだ!?
「ほっほっほ。また会ったのお」
「………」
「うれしくて声も出ぬか。まあ無理もないのお。ほっほっほっほ」
何が、ほっほっほじゃ。わしは泣きそうじゃというのに。だから早くわしをこの網からだすんじゃ。
「この間は湖で会ったから、てっきりあそこに住んどるもんじゃと思っとったわ。まさかこんな川の上流で会うとはの」
まさかこんなところでと言いたいのはこちらだ。食事の度に水面確認したり糸の有無確認したりしてたおかげで、河童やら人魚やらの視線が痛くなってここに避難してきたというのに。
「おヌシこそ何故ここにおるんじゃ?それにおヌシは釣り師ではなかったのか、えーー、運松だったか」
「いかにも。だが正確には漁師でな、魚を取り過ぎないようにするため普段は竿じゃが、たまにこうやって網も使うのじゃよ。それと普段の仕事場は湖でなくてむしろこっちじゃ」
ぬう、この間がイレギュラーだったということか。避難が裏目に出てしまったようじゃ。それになるほど確かにこの辺りは魚の姿はまばらである。ついでに河童やらなんやらの姿も。だからここに避難してきたのじゃが。
「さて、どうするかの?また何か寄こすというのなら今回も見逃してやらんこともないが?」
こっ、このじじいめ。すっかり味をしめよって。糸目のにやにやの笑みが憎たらしい。
「この間やった要石では不満か?あれは結構な価値のあるものなのじゃが?」
「あのときはあのときじゃ。そんでもって今回は今回。当然じゃろ?それとも今回こそわしの胃袋に収まるかの?」
そんな訳いくはずなかろうて。
ぬう。
「まさかとは思うが、運松よ、おヌシわしをねらってはいやせんか?」
「ほっほっほ、それこそまさかじゃの。こっちは道楽でやってる訳じゃないからの。わざわざお主を探すような手間はかけておられんわ。で、どうする?わしの夕餉となりたいかの?」
まったく冗談ではない。もう我慢ならん。この大妖怪大ナマズ様を恐れぬ人間を生かしておくわけにはいかん。こうなっては大妖怪の意地じゃ!もう妖怪の賢者共の事など知らん、この人間にこのわしの恐ろしさを思い知らせてくれるわ。
「思いあがるでないぞ、人間!いまさら媚びてももう遅いわ!」
――ナマズ「ほらほら世界が震えるぞ?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴと大地が音をあげる。
「ぬ、これは地震かの!?」
「はっはっは!か弱き人間よ!我が地震の前に崩れ去るがよいわ!」
ふふふ、見ろ、耐えきれずに運松の奴め地面にひれ伏しているではないか。ざまあ無いわ!世に悪名を(rこのわしをなめてかかったからじゃ!これに驚いて心臓マヒでも起こしてくれれば御の字なのじゃがな!あとは奴が動けなくなってからこの網を抜け出ればそれでおわりじゃ。そしてわしは以前の栄光あふれる生活に戻れるというものじゃ。はっはっは、っと、揺れが収まってきたの。そろそろかの.........ん?まだわしのスペルは継続中のはずじゃが?
「ふう、まったく驚いたわい。お主ほんとに妖怪だったんじゃのお。すっかり失念しておったわ」
運松が何事もなかったかのように立ち上がる。?一体どういうことだ?
「なななな、何をした!?」
「何をって、お主からもらった要石とやらを使ってみただけじゃ。どうやら本物のようじゃのお。すごいすごい」
ほっほっほと笑う運松の足元には確かにこの間奪われた要石が地面にささっているではないか。
――しまった!墓穴掘った!
というかなんでそれを持ち歩いているじゃ!敷地に埋めておけと言ったのに!
ああ、こうなるんだったらせめて発電を頑張っておくべきだったか。いやエコロジーにオール電化で攻めておけばなんて考えていたわしに運松が近寄ってくる。
「ふむ、どうやらわしの夕餉になりたいようじゃの。安心せい、あまり暴れさせると鮮度が落ちるからの」
糸目だから分かりにくいが、あれ、目が笑っていない。そしてどこからともなく取りだしたナタを振り回すでない。これは本格的にまずいぞお!
「まっ、待て。いっ、今のはほんの冗談ではないか」
「ほっほっほ。実に愉快な冗談じゃ。来世はさらにゆにーくな奴になれるといいの。まあ、今回はわしの血肉となりてその生を全うすることじゃのお」
まずいまずいまずい。この状況で“世に悪名~”のくだりをやっているとじゅげむと同じ末路をたどりそうなくらいまずい状況じゃ!どうにかこの爺さんの気をひかねば!
「まっ、待て!」
「命乞いならもう聞かんぞ」
「おっ、おヌシ竜宮城へ行ってみたくはないか?」
「?、りゅうぐうじょう?」
食いついた!この手は使いたくなかったがこの際仕方ない。
「そうじゃ、あの竜宮城じゃ。興味はないかの?」
「亀に連れて行かれたというやつじゃろ?あれはおとぎ話の類ではなかったのかの?それにそこへの行き方を何故お主が知っておる?お主は亀ではなくナマズじゃろうて」
「わ、わしとてそれなりに長く生きておる。その中で件の亀と知り合ったことがあって、その時に行き方を教えてもらったんじゃ」
「ナマズとウミガメが、のお?」
「ほっ本当じゃ!行きたくないというのなら無理強いはせんがの」
うむむ、と唸っている爺さんをみるに作戦は成功のようじゃ。ありがとう、ウミガメ。正確には教えてもらったんじゃなく無理やり聞きだしたんじゃがの。
少しの間考えていた運松の答えはまさにこちらの考えていた通りのものだった。
「うむ、よし、ならば連れてゆけ。いいか、嘘じゃったっら今度の今度こそ夕餉じゃからの?」
運松はそう言ってわしにかかった網を外していく。
「嘘なんぞついておらん。ただし、わしは連れていくだけじゃからの?向こうでどうするかはお主次第じゃからの?」
わかったわかったという運松を背に乗せ、わしはウミガメから伝授された秘術を行う。
そういやウミガメのやつ、命の保証はしないとか言っていた気がするのお...
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(海の)トンネルを抜けるとそこは雪国、じゃなくて竜宮城(?)じゃった。
「ここが竜宮城なのかの?」
「そ、そのはずじゃが...」
実はわし自身ここへ来るのは初めてなのだ。いつの間にか海水に浸かっているところをみるとどこか遠くへ来たことは確かのようじゃが。にしても海水が身にしみる。
「ほお、想像しておったのと随分違うのお。もっとにぎやかなところだと思っておったわ」
確かに人の気配どころか生き物の気配が全くしない。あまりにも静かすぎる。とりあえず陸を目指すとしよう。この海水から一刻も早く抜け出さなければ身がもたん。
そしてこの呑気に大妖怪であるわしの背に乗っている人間にひと泡ふかせてやるのだ。
「よっと」
陸につくなり軽い身のこなしでわしの背中から降りた運松が辺りを見回す。
「何の招待もないまま来たからの、もしや誰もわしらに気付いておらんのやもしれん。運松よ、少し辺りをみてきたらどうじゃ?」
「そうじゃの。っと言ってるそばからあそこに人影がみえるわい」
なるほど確かに二人分の人影が見える。どうやらあちらもこっちに気付いたようでこちらに向かってくるではないか。
「ほっほっほ。お邪魔してますよ、お姉さん方」
ナンパ男のような声をかける運松に返ってきたのはあしらうのとはまた別の刺々しい返事であった。
「止まりなさい。あなたは何者ですか?どうやら地上人のようですが、どうやってこの月へとやって来たのですか?」
「月?ここは竜宮城ではないのかの?」
状況がいまいち飲み込めない運松翁にポニーテールのお姉さんは刀を突き付ける。
「何をとぼけたことを。ここは穢れ無き月の都。あなたのような穢れにまみれた存在が来ていいところではないのです」
一気にまくしたてたポニーテールのお姉さんは隠そうともせずに警戒のまなざしをぶつけてくる。
「まあまあ、依姫。そんなまくしたてちゃ相手も混乱しちゃうでしょ?」
「しかしお姉さま...」
「ふふっ、ここは私にまかせなさい」
今度は上品な帽子をかぶったお姉さんが話しかける。その手には何故かあふれんばかりの桃。ちなみに胸にも桃がたわわに。
「月へようこそ、お爺さん。まず聞きたいのだけれど、あなたはどうやってここへ来たのかしら?滅多なことではここへは来れないのだけれど。あ、あと桃食べる?」
「どうやってといわれると困るのぉ、わしはこの大ナマズに連れられてきたんじゃよ。あと桃いただくの」
「「大ナマズ?」」
運松翁が指差した先には何の姿も無かった。
~-----------------------------------------------------------------------~
「はっはっは!わしはやってやったぞ、玄爺よ!」
ここ神社の裏の沼に、実に愉快そうな大ナマズが一匹とその隣に実に迷惑そうな顔の亀が一匹。
「それで、大ナマズ殿はその人間をどうされたのです?」
「うむ。竜宮城へ送り届けたのち、そこへ置き去りにしてきてやったのじゃ!いくら大妖怪のわしといえ次またあの秘術を使うには300年は待たねばならん。つまり金輪際あの人間と会うことはないということじゃ!はっはっはっはっ!」
「はあ」
たまらずに溜息をもらす。まったくこのナマズには困ったものだ。このナマズに置いてけぼりにされた人間にはただただ同情するばかりである。話を聞く限りこれの言う竜宮城とやらはおそらく紫殿が昔攻め入った月の事に違いない。月人がこちらへ道をつなぐ手段を持っていないとは考えづらいが、それを言うのも野暮だろう。ちなみにこのナマズに秘術を教えた亀とは私の事ではない。仮に知っていたとしてもこのナマズには教えないくらいの良識は持ち合わせているつもりだし、なによりも私はウミガメではなくリクガメである。
「ところで、大ナマズ殿。もうちっとばかり静かにしてはくれんかの?今ご主人様の機嫌がちとばかり悪いのでの」
「ん?ああ、そう言えば神社が倒壊していたのぉ。例の緋色の雲の事もあるし、何かあったのか?」
まったく大ナマズならそれくらいは分かっていてほしいものじゃがなあ。
「地震じゃよ。ついこの前でかいのがあっての。それで神社はポッキリいってしまったという訳じゃ」
「ぬう、わしは何も感じやせんかったがの。ほんとに地震か?」
「ほんとじゃよ。何も感じなかったのも無理あるまい。どうやらこの神社の周辺しか揺れなかったそうじゃからの」
「ああ、それはおそらく天人の仕業じゃの。名居か比那名居の連中のせいってとこじゃろう。にしてもついに天人にまで嫌われたか、この神社は!はっはっはっは、これは愉快じゃ、はっはっは」
「ぬあ、莫迦者!声が大きいわ。ご主人様に見つかってしまうぞ。ってああ、あれは.....遅かったか。ええい、もうわしは知らん」
そう言って玄爺と呼ばれた亀はそそくさとその場から離れる。
「っておい、どこへ行くのだ、玄爺?住みかへ戻るにしてもそんなあわてることは......」
その時背中から感じた殺気に振りかえることはできなかった。心に浮かんだのは軽い怨嗟の念。玄爺め、一人逃げよったな......
「なまず...地震...神社...倒壊...地震...なまず。......お前のせいかーーーーー!!!!」
「ごっ、誤解じゃ――」
かろうじで振りかえったときには時すでに遅く、巫女の理不尽な制裁が待ち受けていた。
「夢想封印!!」
ぐはああああああ!!!
神社の裏手で泥臭い叫び声が響き渡った。
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「ほんとですって、咲夜さん。わたし見たんですよ、こんなでっかいナマズを。すっかり忘れてましたけど、あれはついこの間の事でした」
「ナマズ、ねぇ」
はあ、神社の落成式の後の宴会に持っていくいい料理は無いかと訊いた私が馬鹿だったかしら。
「でっかいナマズというけれど、あなた今までそんなもの見たことあるの?第一そんなでっかいのが目の前の湖に住んでたら私でも一度くらいは見るでしょう?」
「うっ。で、でもほんとなんです。信じてください!こんなでっかい奴だったんです」
美鈴は両手をいっぱいに広げてその大きさをアピールしてくる。まあ、この娘が嘘をつくとは考えにくいし、おおかた昼寝でもして夢でも見たんでしょう。
「まったく、わかったわよ。今日中にそのナマズを捕って来てくれたらそれを料理して持っていくことにするわ。あとあなたも落成式に連れてってあげる」
「ほんとですか!咲夜さん!約束ですよ!では早速、不肖紅美鈴大ナマズ捕獲の任に行って参ります!!」
言うやいなや美鈴は湖の方へ走り去って行ってしまった。それほどまで落成式、もとい宴会に参加したいのか。そりゃこのところ門番業務で宴会に連れて行ってあげてなかったけど。
.........さて、私は料理を考えなければ。
~-----------------------------------------------------------------------~
―――まったくここしばらくは酷い事ばかりじゃった。おかげで自慢のひげもストレスでボロボロじゃ。
とりあえずまた湖に戻ってきた大ナマズだったが、その身が休まることはなかった。辺りから河童やら人魚やらの視線が止む事はなかったのだ。
つくづく踏んだり蹴ったりじゃ。じゃがこんな鬱憤とした日々ももう終わりじゃ。何といってもあのにっくき運松がもうおらんのだからの。これで安心してこの湖の豊富な食べ物を満喫できるというものよ。はっはっは。よし、ストレスで体重も減ったようだし、食いだめとでもいくかの!
それからの行動ははやかった。早速バクバクと勢いにまかせて食べ進めると、エビ、タガメ、どじょう、アユ、次々と獲物がその巨大な口に吸い込まれていく。その様はまるでパッ○マンのようであったと見ていた河童は言う。そしてカエル。少々迷った末にそのカエルも大ナマズの胃へと消えた。
その時事件は起こった。
―――!!こ、これは釣り針ではないか!?今のカエルにつけられていたのか?
駆け巡る既視感。これはあの時と同じではないか、なによりこんなところでカエルを餌に釣りをする輩なんて奴しかいない。
―――ごぼばばぼぼおおおおお(うんしょおおおおおおお)!!!
水の中で針のささった口から洩れるのは言葉にならない叫び。だがその叫びに応えるかのように強く引っ張られる糸。
またしても!どれほどの恨みがわしあるというのだ!?そう運松への敵対心、怒り、悔しさの情をたぎらせる大ナマズであったが、その一方で運松への敬意もうまれていた。よもや竜宮城から自力で帰還するとは。そして世に悪名をとどろかす大歳星君の影の一つであるこのわしを再び釣りあげようというのだから。
―――面白い。じゃが、わしとてむざむざ三回も捕えられる気など毛頭ないわ!
命をかけた決闘が始まった。弾幕ごっことは違った決闘の形。釣るか釣られるか、食うか食われるか。一瞬でも気を抜けば瞬く間にすべてを持っていかれる、そんな緊張が湖を支配する。
はじめに動いたのは大ナマズの方だった。水中を右へ左へ動きまわる。その巨体が湖の中をかき回す。普段静かな水面がそれにより激しく波打つ。それは互いの体力がそがれる作戦ではあったが、相手は人間の翁、体力勝負ではこちらに分があると読んでいた。
大ナマズの読みは当たっていた。糸ごしに相手の疲弊が確かに伝わってくる。にしても大ナマズのあの巨体である、若い男衆でも耐えられるか怪しいその衝撃に耐えている相手はやはりただ者ではない。
おそらく竿が手から滑ったのだろう。ほんのわずかだが不自然な緩みがあった。
―――ごぼぼ(勝てる)!
こちらの体力はまだ十分に残っている。このままいけば遠くない先、こちらが引き勝つはずだ。
その一瞬の油断がいけなかった。いやそれは油断ではなく糸の先の相手に気を集中しすぎたせいだった。
「きゃっ!」
何かにぶつかる感触とともに聞こえた短い悲鳴。
―――何じゃ?
気を取られながらも目を向けてみるとそこには目を回した河童の少女が一人。どうやら暴れまわってるうちにぶつかったらしい。
―――ぬう、悪いが今は面倒見ておられ、ってごばばあばば!??
何かが口の中に入ってきたせいでその思考も中断させられる。思わず飲み込んでしまったそれが何かは分からなかったが、その一瞬を相手が見逃すはずなかった。
―――!!??まずい!
ぐいぐいと湖面まで引き上げられる。態勢を崩してしまったせいで抗うすべはない。細い一本の糸がまるでピアノ線のような強さをもって大ナマズを引き寄せる。湖面がすぐ目の前へ迫ってくる。そして――
ザパッ―――――――!!
水しぶきとともに湖上へと跳ね上がった大ナマズの目はこちらへあの糸目を向ける運松の姿をしっかりととらえていた。
―――やはりおヌシか!!
互いに視線をぶつけあったのち、大ナマズは再び水中へ戻る。形勢はだいぶ不利になったがまだ釣られてはいない。それに運松の方にも脂汗を滲ませて疲弊の色がうかがえる。
―――まだじゃ!次こそ苦汁をなめるのはおヌシの方じゃ、運松!
一人と一匹の命がけの決闘は簡単には終わらない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「見つけた…」
美鈴の目には飛びあがる大ナマズの姿が映っていた。紅魔館を飛び出してはや数刻。どうやって大ナマズを見つけようかと考えあぐねていたその矢先の出来事であった。その大ナマズの表情からは緊張感と闘志があふれていて、少し先の人間を睨みつけていた。
「あれは、あのときのお爺さん!っまずい!あれを釣りあげられる訳にはいかないんです!私の宴会がかかっているんですから!!」
美鈴は速度を上げて走った。あのナマズを我がものにするために。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――しぶといのお...
前二回が上手くいきすぎたのだと改めて認識する。くさっても奴は湖のヌシに匹敵する存在なのだと。さすがに体力勝負にもちかけられた時はひやりとしたが、どうにか一瞬の隙をついて今の状況へもってこられた。あと一手で奴を釣りあげることができる。
―――じゃが、その一手にかけるの
釣り具は月からもらって帰ってきたフェムトファイバー製の釣り具だ。事情を話してナマズを成敗すると言ったら快く譲ってくれたものであり、糸が切れる心配はしなくてもいい。問題は体力である。また持久戦に持ち込まれたら次はもう耐えられないだろう。月の姉妹に成敗すると言った手前ここであきらめるわけにもいかない。
―――ならば、勝負!!
一旦張り詰めた糸を緩め、こちらが弱った風を演出する。予想通り一瞬の空白の後、大ナマズが強くひき始める。
―――ここが正念場じゃ......
じっと耐える。ひたすらにじっと耐え続ける。竿を握る手が汗で滑る。握力も無くなってきた。糸の切れる心配はないが、竿が持っていかれる心配がある。限界が近いことを悟りつつもひたすらに耐え続ける。
―――まだ。まだ。まだ。もう、少し......
永遠にも思しきその時間を耐え忍ぶ。呼吸が上手く出来ていないせいで、頭に酸素が足りていない。意識がうすれてきたその時。
―――来た!
弱ったと思っていた相手が一向に竿を手放さないことを疑問に感じた大ナマズのひきが一瞬弱くなる。そのタイミングに合わせ最後の力を振り絞ってめいっぱい竿を引き上げる。ジャーマン・スープレックスの態勢になりながらも竿を引くのをやめない。これ以上は――そう思ったのと糸にひかれた大ナマズが天へと舞いあがったのは同時であった。
運松の勝利であった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そのナマズ待ったああああーーー!!!」
「ん?なんじゃ?」
運松が声のした方向をみると中華風の服を着た少女が空中を舞う大ナマズに向かって行くではないか。
「そいつには私の宴会がかかっているんです!!もう留守番はこりごりなんだからーーー!!」
それは一瞬の出来事だった。
少女は叫びながら飛びあがって大ナマズに蹴りをくらわせた。
「ぐえ゛っ」
腹を思いっきり蹴られた大ナマズが口から飲み込んでいたものを勢いよく吐き出す。
「いたっ!」
それは中華風娘に直撃し、
「あたっ」
落下してきたところで運松にもぶつかる。さらにそれで軽い脳震とうを起こした運松が無意識にさらに竿を引っ張り、空中の大ナマズの態勢が崩れる。
「って、へ?」
態勢の崩れた大ナマズの尾は強力な張り手となって美鈴を吹き飛ばす。もとより巨大な体格を有するナマズである。無意識とは言えその一撃は強力であることに違いはない。
吹き飛ばされた美鈴は紅魔館の門に激突。気を失った。
大ダメージを負いながらも湖に落下した大ナマズは一連の騒ぎで口にかかっていた針がはずれた事に気が付き、その姿をふらふらと水中奥深くへと消していった。
こうして最終的に勝者不在となって勝負はその幕を下ろした。
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「あたたたた、全くとんだ災難じゃった。とこれは一体?」
脳震とうから回復した運松が見たものは誰もいなくなった湖と脳震とうの原因である自分にぶつかってきた物体。確か大ナマズの奴が吐きだしたものじゃったか。にしても先ほどまでの騒ぎが嘘のような静けさじゃな。
改めてその物体に目をみやる。
「えーー、何々?河童の腕?なんじゃこれは?」
これが何かよくわからんが河童と言えば妖怪の中でも高い技術力を持つ存在じゃったはず。ならばこれはとっておいても損はないじゃろうて。
「大ナマズの奴は釣れんかったが、これはいいもんを拾ったのお、ほっほっほっほ」
大ナマズは釣れなかった。しかしこれが奴の寄こした選別品だとでも考えればあながち負けたわけでもないじゃろう。
「また今度奴を釣ってやるとするかのお、ほっほっほっほ」
そんな運松に河童やら仙人やらの訪問が相次ぐのはもう少し先の事である。
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「うーん、うーん。っは!」
「あ、美鈴気がついた?」
「え、ああフランお嬢様。ここはいったい?」
頭が痛い。私はどうやら気を失っていたらしい。にしてもその理由が思い出せない。なんでだったかな?
「美鈴ったら門の前で気を失ってて、三日も寝てたんだよ?心配したんだからね」
「み、三日もですか?妹様にまで心配かけてしまったようですみませんでした」
「あはは、いーからいーから今日は休んでなって。それにしても何があったの?美鈴がそんなにやられるなんて珍しいね」
「それが私もよく思い出せなくてですね...なんとなくナマズと戦ってたような気がするんですけど、どうにもはっきりしないんですよ」
ナマズ、ナマズ、うーん何か思い出しそうなんだけどなあ。
「ナマズ?美鈴をコテンパンにできるようなナマズがいるの?私より強いのかな?」
「ナマズに関してはよく覚えてませんけど、妹様より強い妖怪なんてそうはいませんよ。あえて言えば私の故郷に大歳星君っていう妖怪が伝わってるんですけどそれも伝説上の存在でしかないですから」
「えーー、つまんなーい。そのナマズがたいさいせーくんって奴だったら面白かったのにぃ」
「ははは。そうだったら私の手には負えませんよ。それに伝説の妖怪がナマズってのも威厳に欠けますし、せいぜい配下の一人ってところじゃないですかねー」
「だよねー」
あははとひとしきり笑い合ったところで私は思った。なんか忘れてるんだけど、まあいっかと。それよりも今はこのフランお嬢様の笑顔に癒されておこうと。
むろん忘れていたのはナマズの事でも宴会の事でもなく、咲夜さんのお仕置きだったことは言うまでもない。
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「引っ越そう」
わしもこの湖に住んで長いが今回の出来事はそう決意するのに十分だった。今度は運松のやつが絶対に来れないようなところがいいの。そう言えば諏訪子神が湖ごと引っ越してきたと言っていたか。守矢神社は妖怪の山の上の方だし、一般の人間はまあまず来れまい。よし、善は急げじゃ、早速あちらに向かうとするか。
今回のせいでこの湖ではわしの権威は失墜した。河童も人魚もわしを見る目が冷たい。というか露骨に邪魔そうに扱ってくる。わしこそは世に悪名を(r大ナマズ様だというのに。
はあ。
ああ、守矢の湖は平穏だといいのお。
「神奈子様!諏訪子様!うちの湖にこんなでっかいナマズの目撃情報が!!!」
ん?
了
運松翁は四天王すらヒヤリとさせる職漁師ですからね。たくましいものです。
大ナマズのボスとしての威厳が・・・
ごちそうさまでした。
原作ネタとの絡め方がうまくマイナーキャラ達以外も関わってくるのも面白い。最後まで展開も滑らかだしタイトルとキャラ選の割に謎の技量
誰得と言えば俺得
水草の根妖怪ネットワーク、そういうのもあるのですね。しかも大ナマズ様、意外と顔が広い。