この話は前作の設定を使っていますが『レミリアが紅霧異変の際に不慮の事故で全裸になって霊夢と紫にドン引きされた』ということさえ理解してれば問題ないです。
この世には知らないほうが幸せな事が数多くある。
それは感動的な劇場の舞台裏であったり、親友がこっそり作っていた黒歴史な物語であったり、どこぞの人形使いの人形製造方法だったり。あるいはそれは、自分が尊敬している人物の存在すら脅かす秘密かもしれない。
私達は、こういった苦い思い出を経験していくたびに少しずつ大人になっていくのである。本人にとってはみな悲劇的な話なのだが、周りの人間から見れば、ついからかってしまいたくなるような滑稽な物であったり、気が付かないほど些細な出来事だったりする。それは人間の何倍も生きている妖怪でも例外ではないのだ。これは、一匹の幼獣の身に起こったある物語である。
・ ・ ・
「どうしたんだ橙?全然ご飯食べてないじゃないか。今日の魚はいい焼き加減だぞ?」
「え?あ、えっとそのぅ―――ちょっとお腹の調子が悪くて・・・」
藍様の唐突な問いかけに咄嗟に嘘をつく。主人の心配そうな顔に残念さが上乗せされるのを見て、心がチクリと痛んだ。
「そうか、最近めっきり寒くなってきたからそのせいかもな。今日は早く寝たほうがいい。私は布団を敷いてくるから、台所にある薬を飲んでなさい。確か腹痛に効くやつは――」
「白くて平べったいのよね。まったく藍ったら、橙に直接取りに行かせる事もないじゃない。もう少し私を頼ってくれても良いんじゃないかしら?最近藍が家事とか仕事ばっかりでつまんないわ」
そう言って私の主人の主人、紫様が錠剤を1錠取り出す。どうやらスキマを使って取ってくれたみたいだ。
「おや、意外ですね紫様。家にある薬の種類なんて知らないかと思ってましたよ。あと明日は洗濯物の取り込みと風呂場の掃除をお願いしますね」
「知らないわよ薬の種類なんて。面倒だから永遠亭から持ってきたのよ。あと明日は紅魔館で遊んでくるから自分でやってちょうだいね」
うふふ、と笑いながら紫様は懐から今度はぎっしりと錠剤が詰った大瓶を取り出した。『妖怪用:腹痛・下痢』と手書きで書かれたラベルが貼ってある。
「・・・お支払いは?」
「ツケってヤツ?」
「向こうはなんと?」
「なんにも。というか気付いて無いみたいだったし」
はあ、と軽くは無いため息をつきながら藍様は寝室へ歩いて行った。
「あらあら、また藍に嫌われちゃったかしらね。ーーはい橙、産地直送の鮮度抜群よ?」
「あ、ありがとうございます、紫様」
「良いのよ私の可愛い式神のためだもの。それに妖怪用の薬は強いからね。副作用なんかでこんな面白いイベントがふいになったら最悪だと思わない?」
「?なんの話ですか?」
「用量・用法を守って正しくお使いくださいって話よ」
「はあ・・・」
紫様の話は良く分からなかったけど、とりあえず麦茶で錠剤を流し込む。貰った薬はお菓子みたいな味がした。
・ ・ ・
翌日の昼下がり。昨日は早く寝たはずなのに調子は良くなってくれなかった。それもそのはず、睡眠不足が原因じゃないと分かっている。もちろん腹痛なんかでもない。『アレ』を見てしまったショックからまだ立ち直れてないだけなんだ。鼻歌混じりで洗濯物を干している藍様を見て、気付かれない程度にため息を付く。今でも信じられない。信じたくない、と言った方が正しいかもしれない。そう、あれは昨日の夕方頃――
「藍様ーお腹が空いたんで戸棚のおやつ勝手に食べちゃったんですけど・・・ってあれ?藍様?」
居間にいた藍様はちゃぶ台に突っ伏していた。どうやら家計簿をつけている途中で寝てしまったようだ。余程疲れてたのか、気持ちよさそうな寝顔がよだれまみれの家計簿に張り付いている。普段は見せない主人の一面を見て、くすぐったいような気持ちになる。
「もぉ~藍様ったら。こんなところで寝てたら風邪引いちゃいますよ?全くしょーがないんだからぁ」
これじゃいつもと立場が逆だな、なんて笑いながら上着を藍様に掛けてあげる。藍様を真上から見下ろす姿勢になった。
藍様のしっぽにチャックがついてた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
藍様のしっぽにチャックがついていた。
「えええええええええええええええ!?」
藍様のもふもふのしっぽが、完璧な弾力感触温度を誇っていた八雲家の宝が、鉛色の一線に無惨に凌辱されている。夕暮れで金属部分がよだれと一緒にきらめいてまるで夕日の宝石箱やわぁって何言ってんだれれ冷静になれ私!
「・・・ふぁ・・・」
「ひいぃっ!?」
むくり、と藍様が顔を上げた。私の声で目が覚めたようだ。丸まっていた背中としっぽの間にチャックが隠れるように収まる。
「・・・ん、橙か。どうやら私は眠ってしまっていたようだな。ふっ、自分の式神にこんな姿を晒しているようじゃあ、私もまだまだだな」
目を擦りながら自嘲気味に笑う藍様。私が滝のように汗をかいてるのには気づいてないみたいだ。
「いえいえそんな事無いですよ藍様!!今の藍様はとっても輝いて見えます!なんていうかもうホント輝きすぎて目に、染み・・て・・・っ・・・」
あれ?訳も分からずに視界が滲んできた。まずい、早くこの場から逃げないと頭がどうにかなりそうだ。
「えっと・・・あ、あー!つ、机の上が大変なことになってるぞー!」
「机?ってうわ!なんだこれ!!橙、布巾、布巾とってきてくれ!」
ようやく惨状に気付いたらしい藍様は慌てて袖で家計簿を拭い始めた。
計 算 通 り 。脇目も振らずに台所へ走る。主人から離れられるのがこんなにも嬉しく思えるのは生まれてはじめてだった。
「くっ・・・」
駄目だ。いまだに思い返すだけで体が強張る程のショックを感じる。なんでチャック。なんで金属。刺青とかピアスだとかそんなチャチなもんじゃねえもっと恐ろしい物の片鱗を感じるシロモノだ。まああれをアクセサリーと考えている時点で逃げてるだけなんだけど。認めざるをえない。あれは体としっぽを繋げているんだ。つまり藍様のしっぽは作り物ってことになって、ということは藍様の正体は、
「・・・妖獣じゃない?」
妖獣の最高峰、九尾の妖狐。それが藍様の種族だったはずだ。藍様のそんな所も私は一妖獣として深く尊敬していた。将来は藍様みたいな立派な妖獣になる。聞いてくれる人がいれば誰かれ構わずそう話していた。そんな私を、藍様は照れくさそうに頭を撫でてくれたり、紫様は『ええ、橙は将来藍そっっっくりになるわよぉ。私が保証するわぁ。』と、なんというか、すごく紫様らしい笑顔で言ったりしてくれた。
確かめなくちゃ、藍様の正体を。そうしないと、私はもう以前のような目で藍様を見ることができない。
「藍様!」
「ああ橙。そこにいたのか。もう体調は大丈夫か?」
「はい、あの・・・そのですね・・・」
「うん?」
「えっと、藍様の」
「うん」
「その、しっ・・・」
「し?」
「・・・・・」
「・・・橙?」
ーーもし。もしこれが、絶対に誰にも知られちゃいけないことだったとしたら?
十分にあり得る話だ。藍様は幻想郷の管理人の式なのだ。当然幻想郷のパワーバランスを担っている。そんな藍様の強さを象徴しているのは、九尾の狐である証の九本のしっぽといっても過言でもないだろう。もしそれが嘘だったとしたら、それは大変な弱点になる。絶妙な力の均衡の瓦解。そうなればスペルカード無用の全面戦争は免れられない。つまりあのチャックは八雲家の、いや幻想郷の平和の崩壊の切っ掛けになりうるのだ。そんな秘密を自分の式に知られたと分かったらどうなる?結界の外に追放したり地底深くに封印したり、最悪の場合私はーー
「殺されるっ・・・!」
「殺!?だだだ誰にだ!!誰であろうと私が守ってやるからな!な?」
こうなってしまっては迂闊に打ち明けることは出来ない。こういう時に一番頼りになるのは紫様だ。 紫様なら、何か知っている可能性が一番高いし、仮に重大な秘密であってもさ、最悪記憶を操作とかでなんとかしてくれる、と思う。
「さあ橙!そこは危険だ!早く私の胸に飛びこんでこい!!」
でも紫様は外出中。確か行き先は紅魔館だったっけ――
「・・・おーいちぇーん、こっちみてー。ふふっ橙のほっぺはやーらかいなー」
「っらんひゃま!!!」
「は、はい!」
「ちょっと出かけてきます!!!」
「はい、いってらっしゃいませ!・・・ってえええ!?」
目指すは紅魔館の大図書館。あそこなら藍様が何の種族なのかを調べることも出来るし、紫様が帰ってくるまで時間を稼げるし、運が良ければ紫様に会うことができる。別にここで待ち続けるのが気まずいとか、そういうのじゃない。
・ ・ ・
気まずい。熱すぎてとても飲めやしない紅茶を前に、私はただただテーブルにあるお菓子を食べることしか出来なかった。
原因は向かいに座っている動かない大図書館ことパチュリーさんと、その隣にいる小悪魔さんのせいだ。
パチュリーさんは険しい顔で、小悪魔さんは不安げにこっちを見つめてる。というか睨んでる。
一体どうしてこんなことに?眠っている美鈴さんを素通りして門をくぐった途端、小悪魔さんが慌てて飛んで来て、案内されるがままにこの図書館奥のテーブルに座らされて、今に至る。
一応案内されている間に、何冊か参考になりそうな本を持ってくることは出来たけど、二人の視線が気になってまるで内容が頭に入って来ない。ーーあ、今のお菓子美味しかった。
そんな状態で数時間たったけど分かったのは、しっぽが着脱可能な生き物は存在しないことと、私は全く歓迎されてないということだけだった。
そうこうしてるうちにもパチュリーさんの視線の圧力が強くなってくる。とにかく、なんとか二人の気をそらさないと精神的に持たない。
「・・・あの」
「っ!」
「何か?」
飛び上がる小悪魔さんとピクリとも動かないパチュリーさん。どちらにも話し辛い。
「えっと、紫様はーー」
「それは言わないで頂戴。もう話し合いの段階じゃないことぐらい分かるでしょう?」
「す、すみません」
急に喋るなとか言われた。わけがわからないけどなんか吐きそうだ。
「他に何か?私達もそこまで暇じゃないんだけど」
あからさまに敵意を見せてくるパチュリーさん。正直このまま走って逃げ出したい。でもそれって相手に失礼になのでは?ここは、ちょっとでもこの場を和ませる努力をするべきだ。席を立つのはその後にしよう。
「え、えっと!」
「「・・・?」」
「なんか足元があったかいですね!私、ネコ科だから、ついテーブルの下に潜り込みたくなっちゃいますよ〜あはは!」
「や、やめてください!!」
「変なマネしたらどうなるか・・・分かってるわよね」
「ご、ごめんなさい・・・」
・・・よし、帰ろう。ダッシュで。
「・・・・・・行ったわ。もう平気よレミィ」
「ぶはあ!危なかったぁ!!」
「そんなとこに隠れるからよ。テーブルの下なんてベタを通り越してただのバカのじゃない。あとビビりすぎ」
「うっさい!こんなにいっぱいの資料をあの短時間で押し込むので精一杯だったんだから。って、ああ!!あの猫カントリーマ◯ムのバニラ味だけ食って帰りやがった!!」
「それにしても・・・まさか八雲の式の式とはね、全くの予想外だったわ」
「てっきり来るなら本人だと思ってましたからね。なにか理由があったんでしょうか?」
「愚問ね小悪魔。あの妖怪の賢者に理由のない行動なんてないわ。恐らく自分の式に任せたのは自分は裏で行動するためと、私達を油断させて館に盗聴・盗撮系の術をかける為ね。まあ少なくとも図書館には細工されていないわ」
「ととと盗撮!?まさかそれで撮った私のあんな写真やこんな写真を人里にばら撒いて、それを弱味に私はっ・・・ああ、ダメよそんなことっ!今すぐ館中を咲夜に調べさせなくちゃ!」
「いや、そういうのじゃないと思いますけど・・・ああ、あと咲夜さんは仮眠中ですよ」
「仮眠んん!?なんでこんな大事な時に寝てんのよ!つーかあの子時間止められんじゃん!なに普通に寝てんの!?」
「この前『寝過ごしたと分かった時の絶望感、遅れを取り戻そうとあがく時の焦燥感が私に息吹を与えてくれるのよ』とか言って一人で爆笑してるの見ましたよ」
「・・・レミィ、あの子にはちゃんと休暇をあげた方がいいと思うわ」
「・・・そうね。私達咲夜にちょっときつくしすぎたかもしれないわ・・・」
「ま、まあそれももう少しの辛抱じゃないですか!作戦ももう大詰めなんですよね?確か――」
「幻想郷中に衣服だけを溶かす霧を散布する異変。略して溶霧異変よ」
「ふふふ・・・これで私の忌むべき逸話は確実に消えるわけね。そして私は紅魔館の屋上に立って裸体と化した霊夢と紫にむかってあの日の屈辱をそっくりそのまま返す。まさに完璧ね!」
「ここまで来るまで長かったわね・・・幻想郷中のありとあらゆる衣服の繊維の調査(咲夜が)、それに対する溶解薬の材料の調達(咲夜が)と製薬(私が)、霧の噴出口を各地に設置(咲夜が)、私達用の特殊な衣服の裁縫(咲夜が)と思ったより手間がかかってしまったわ。でも障害はもう何も無いわ」
「あの式神、あからさまな時間稼ぎ役でしたものね」
「ええ。今頃妖怪の賢者は必死に噴出口を探してることでしょうよ」
「ハッ!あなたらしくもない滑稽な姿ね紫!!もう私の合図一つで全ての噴出口が作動できる段階。加えて今紅魔館に侵入者がいれば小悪魔が感知出来る状態。完璧な防御に歯噛みする姿が目に浮かぶようだわ!ひゃーはっはっはっは!っ、ゲホっゲホっみ、水・・・」
「あらあら大丈夫かしら。麦茶しかないけど良かったらどうぞ?」
「ん・・・っぷはー、いやーありがとう紫。今熱い紅茶しかなくて困ってた所だったの」
「いいのよ、『合図』とやらに支障が出たら大変ですものねぇ」
「ええそう・・・ね・・・ゆか・・り・・・?」
「うふふ♪」
「・・・ア・・・」
「あ?」
「アイエエエエエエエユカリ!?ユカリナンデ!?」
「ハイクをよめ。カイシャクしてやる」
「あ、橙さんが帰ってから感知魔法掛け直すの忘れてました」
「このアホ小悪魔!何やってんのよ!」
「本当は霊夢に任せてスキマで寝ていたかったんだけど、今回の異変はかなり悪質だったし、橙が随分とお世話になったみたいだな、なんて藍に騒がれても困るし、ね」
「いやいやいやいや落ち着け私、これも想定内のことよ・・・ふ、ふっ残念だったわね紫!仮にここで私を捕らえたとしても噴出口は紅魔館の住人なら誰でも作動ことができる、つまり私とパチェと小悪魔を同時に倒さなければ私の勝利は変わらないわ!!」
「あれ?そんな話ありましたっけ?」
「愚問ね小悪魔。あれはレミィが咄嗟に考えた嘘よ。ああやって相手の行動を制限するのがレミィの狙いみたいね」
「テメェらのせいで全部パーだけどな!!分かっててやってるだろそれ!・・・・・・・紫?やあねぇこんな異変、嘘に決まってるじゃない、ちょっとした冗談、そうジョークみたいなもんよ!まさか本気にしちゃってた?あははっまったく紫たらぁ~ほらカントリ◯アム(ココア味)あげるから機嫌直して?後スキマの中に引っ張ろうとしないで?カントリー◯アムは凄いんだから!食べるだけで魔力妖力霊力が補給される上にアンチエイジング効果や更年期障害の緩和にもなるって最近話題に、っていたたたたたギブ、ギブ!!どこに連れて行く気・・・・・・って原液!?原液はヤバいって!そんなの被ったら服どころか・・・ままままってまって誰かっ誰か助けてえええぇぇ・・・」
「ーー行っちゃいましたね」
「ええ、これで作戦もお終いね・・・」
「今更ですけど、どうして今回はお嬢様に協力を?大抵面倒くさがって何もしないのに」
「実はね、咲夜に頼んでレミィの服だけ溶けるままにしておいてもらったの」
「それはまた何故?」
「なんでって溶けかけの服を着て恥ずかしがるレミィが見られるからに決まってるでしょう?いい加減、盗撮系の魔法も飽きてきたし」
「・・・よく咲夜さんが許してくれましたね」
「あの子、一着作る手間が省けるって涙流して喜んでたわよ」
「・・・・・」
・ ・ ・
マヨヒガのお気に入りの木の上。もう日も暮れかけてきてるけど、私は家に帰る気になれなかった。
「はあ・・・今日はここで寝ようかな」
季節的に外で寝るにはちょっと肌寒いけど、藍様と会った時にいつも通りにできる気がしない。そうしたら藍様はきっと私を心配して色々声を掛けてくれるに違いない。それが私には耐えられない。そうすればもう私始末ルート一直線だろう。
昨日の昼頃までは幸せな日々だったのに、たった一日でこのありさまだ。どうして私はこんなところにいるんだろう?いつもなら今頃は晩御飯の準備を手伝いながら、こっそりつまみ食いをして藍様にちょっぴり怒られて、そんな藍様を紫様がからかって、それがなんだか面白くって・・・あヤバいまた泣きそうになってきた。
「あら、しょんぼりしちゃってどうしたのかしら」
足元に向けていた視線を上げるとスキマから上半身だけ乗り出した紫様がいた。何かをスキマの中で無理やり押さえつけてる様に見えるけど、多分気のせいだと思う。
「ゆ、紫様!?いつからそこに?」
「『はあ・・・今日はここでねようかな・・・ひぐっ・・・うえーん!!』って所から」
「なっ!?ななな泣いてなんかないですよ!!」
「あらあら?それにしては随分目元が真っ赤だけど見間違いかしら」
「う・・・こ、これはですね花粉症のせいでして・・・」
「うっそぴょ~ん。誰が見ても変には見えないわよ」
「ああもう!からかわないでーー」
「藍から見ても、ね」
「あ・・・」
いつの間にか紫様は真剣な目になっている。
「全く、そのうち収まるかと思ってたら、まさかここまで悪化するとはね。一体何があったのか話してみなさい」
どうやら紫様は私が何か隠してることに最初から気付いてたみたいだ。
「はい・・・実は―」
私は今までのわだかまりを吐き出すように全部を打ち明けた。藍様のしっぽにチャックがついているのを見てしまったこと。藍様が自分の正体を偽っているんじゃないかと思ったこと。私が知ってしまったことは取り返しがつかないような事なんじゃないかと思ったら、どうしようもなく怖くなってしまったこと。
「・・・なるほど。状況は良く分かったわ」
話している間に紫様は扇子を取り出して口元に当てて顔を伏せていた。
「 あなたの推察は、あながち間違いでは無いわ。確かにあれは彼女の弱点にもなりうるもの」
「なら、知ってしまった私はもうっーー」
「でもそれがなに?そんな事で藍があなたを害すると思う?」
「・・・藍様から公私を混同するのは間違いだと教わりました」
「その藍に私はこう教えたわ。いかなる人妖であろうと受け入れなさい、と。橙、私達は管理者としての責任があるわ。でもあなたはその事に重きを置きすぎてる。まあ、あの責任感の塊みたいな藍をずっと見てきたんだから仕方が無いけどね。」
「・・・・・」
「大丈夫よ、藍はそういうのを全部ひっくるめた物よりも橙の方が大事に決まってる。保証するわ。なんたって私の式なんだから、ね」
「紫様・・・」
「さっ早く藍の所に行ってきなさい!今頃あなたが帰ってこないから心配してるに違いないわ」
「はい!!!・・・って紫様は帰らないんですか?」
「ええ、私はちょっとやり残したことがあってね」
そう紫様が言ってニヤリと笑った瞬間、スキマの中からくぐもった悲鳴が聞こえてきた。
「さあて、どうしてくれようかしら。ああそういえば永遠亭から貰った薬が、かなり余ってたわね。邪魔だったし、お嬢さんに処分してもらうとしましょうか?うふふふふふふふ・・・」
なんだか良く分からないけど、早くここから移動したほうが良いと第六感が叫んでるから深く聞かないことにしとこう。
・ ・ ・
「藍様!!!」
「ああ橙!!遅かったじゃないか!一体どこに行ってたんだ?」
家に着くや否や、玄関に藍様が飛び出してきた。その心配そうな姿を見ているだけで、体中から安堵があふれてくる。そのまま藍様の胸に飛び込みたくなるけど、こらえてその場でひざまずく。
「すいません藍様!私は藍様のしっぽにチャ、チャックが付いてるのを見てしまいました!」
「・・・え?」
一瞬ポカンと口を開けてた藍様だったが、ハッと目を見開くと恐る恐るといったように手をしっぽに回した。
「・・・お前、みたのか」
「はい。昨日の夕方ごろに」
「そうか・・・本当はお前に知って欲しくは無かった・・・私と紫様しか知らない秘密だしな」
「・・・ごめんなさい」
「いや、謝らなくていい。ただこれを知られるということは私の品格が下がることにもなる。それが八雲家の妖怪として許せないだけだ。ま、見つかってしまっては仕方ない。」
そういって藍様はしっぽのチャックを開けて
「・・・・・え?」
しっぽの中に肘まで手を突っ込んで
「あの・・・・藍様?」
「一緒に食べようか!」
油揚げを二枚取り出した
「いやーほんとにこればっかりは手放せないからなー。紫様に頼み倒したかいがあったよ」
「あの、藍様・・・これは?」
「ん?橙はごま油のほうがよかったか?」
「いえ!そっちじゃなくてチャックのほうです!」
「これ?これはいつでも新鮮な油揚げが食べられるようにってことで揚げ物屋と専属契約して、お店の倉庫とこれを紫様にスキマでつなぐ許可を貰ったんだ」
「し、しっぽは?」
「しっぽには何もないぞ?まあチャックが少し冷たくて冬場はつらいけどな」
「藍様の正体は!?八雲家としての責任は!?」
「?さっきから何言ってるんだ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・?」
「ゆかりさまあああああああああああああああ!!!!!!」
「どうした橙!?もう外は暗いぞ!!帰って来いちぇえええええええええん!!!!!」
・ ・ ・
「紫様」
「なにかしら」
「橙が帰ってこないのですが」
「それは大変ねぇ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いやいやいやいや」
「ん?」
「ん?、じゃないですよ。紫様何か知ってるでしょ」
「ええ知ってるわよ?橙は今ね、耐えがたいほどの羞恥に襲われてるの。近づいても『ゔわー!』とか言って逃げるだけだから、そっとしておくのが一番ね」
「多分ですけど、そういう状況にしたの紫様ですよね」
「だってすっごく面白かったんだもの。それに悪いことだけじゃないでしょ?これを期に橙も一歩大人に成長すると思うわ」
「はあ・・・大人に、ですか」
「あら想像付かない?橙だっていつかはあなたよりも背が高くなって、平気で悪口とか不満をぶつけてきたり、私利私欲のために魚屋と勝手に変な交渉したり、仕事漬けで疲れた体を癒すために自分の式とキャッキャうふふするようになるのよ?楽しみね」
「・・・・・・ちょっと外行ってきます」
「待ちなさい」
「離してください!橙をそんな汚れた大人にするわけには行きません!」
「はいはいしばらくスキマの中で頭冷やしてなさい」
「うおおおおおおちぇえええええええええん!!!もう一度私の懐にいいいいいぃぃぃ・・・・・」
「まったく・・・私は汚れた大人さんも悪くないと思うんだけどねえ」
この世には知らないほうが幸せな事が数多くある。
それは感動的な劇場の舞台裏であったり、親友がこっそり作っていた黒歴史な物語であったり、どこぞの人形使いの人形製造方法だったり。あるいはそれは、自分が尊敬している人物の存在すら脅かす秘密かもしれない。
私達は、こういった苦い思い出を経験していくたびに少しずつ大人になっていくのである。本人にとってはみな悲劇的な話なのだが、周りの人間から見れば、ついからかってしまいたくなるような滑稽な物であったり、気が付かないほど些細な出来事だったりする。それは人間の何倍も生きている妖怪でも例外ではないのだ。これは、一匹の幼獣の身に起こったある物語である。
・ ・ ・
「どうしたんだ橙?全然ご飯食べてないじゃないか。今日の魚はいい焼き加減だぞ?」
「え?あ、えっとそのぅ―――ちょっとお腹の調子が悪くて・・・」
藍様の唐突な問いかけに咄嗟に嘘をつく。主人の心配そうな顔に残念さが上乗せされるのを見て、心がチクリと痛んだ。
「そうか、最近めっきり寒くなってきたからそのせいかもな。今日は早く寝たほうがいい。私は布団を敷いてくるから、台所にある薬を飲んでなさい。確か腹痛に効くやつは――」
「白くて平べったいのよね。まったく藍ったら、橙に直接取りに行かせる事もないじゃない。もう少し私を頼ってくれても良いんじゃないかしら?最近藍が家事とか仕事ばっかりでつまんないわ」
そう言って私の主人の主人、紫様が錠剤を1錠取り出す。どうやらスキマを使って取ってくれたみたいだ。
「おや、意外ですね紫様。家にある薬の種類なんて知らないかと思ってましたよ。あと明日は洗濯物の取り込みと風呂場の掃除をお願いしますね」
「知らないわよ薬の種類なんて。面倒だから永遠亭から持ってきたのよ。あと明日は紅魔館で遊んでくるから自分でやってちょうだいね」
うふふ、と笑いながら紫様は懐から今度はぎっしりと錠剤が詰った大瓶を取り出した。『妖怪用:腹痛・下痢』と手書きで書かれたラベルが貼ってある。
「・・・お支払いは?」
「ツケってヤツ?」
「向こうはなんと?」
「なんにも。というか気付いて無いみたいだったし」
はあ、と軽くは無いため息をつきながら藍様は寝室へ歩いて行った。
「あらあら、また藍に嫌われちゃったかしらね。ーーはい橙、産地直送の鮮度抜群よ?」
「あ、ありがとうございます、紫様」
「良いのよ私の可愛い式神のためだもの。それに妖怪用の薬は強いからね。副作用なんかでこんな面白いイベントがふいになったら最悪だと思わない?」
「?なんの話ですか?」
「用量・用法を守って正しくお使いくださいって話よ」
「はあ・・・」
紫様の話は良く分からなかったけど、とりあえず麦茶で錠剤を流し込む。貰った薬はお菓子みたいな味がした。
・ ・ ・
翌日の昼下がり。昨日は早く寝たはずなのに調子は良くなってくれなかった。それもそのはず、睡眠不足が原因じゃないと分かっている。もちろん腹痛なんかでもない。『アレ』を見てしまったショックからまだ立ち直れてないだけなんだ。鼻歌混じりで洗濯物を干している藍様を見て、気付かれない程度にため息を付く。今でも信じられない。信じたくない、と言った方が正しいかもしれない。そう、あれは昨日の夕方頃――
「藍様ーお腹が空いたんで戸棚のおやつ勝手に食べちゃったんですけど・・・ってあれ?藍様?」
居間にいた藍様はちゃぶ台に突っ伏していた。どうやら家計簿をつけている途中で寝てしまったようだ。余程疲れてたのか、気持ちよさそうな寝顔がよだれまみれの家計簿に張り付いている。普段は見せない主人の一面を見て、くすぐったいような気持ちになる。
「もぉ~藍様ったら。こんなところで寝てたら風邪引いちゃいますよ?全くしょーがないんだからぁ」
これじゃいつもと立場が逆だな、なんて笑いながら上着を藍様に掛けてあげる。藍様を真上から見下ろす姿勢になった。
藍様のしっぽにチャックがついてた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
藍様のしっぽにチャックがついていた。
「えええええええええええええええ!?」
藍様のもふもふのしっぽが、完璧な弾力感触温度を誇っていた八雲家の宝が、鉛色の一線に無惨に凌辱されている。夕暮れで金属部分がよだれと一緒にきらめいてまるで夕日の宝石箱やわぁって何言ってんだれれ冷静になれ私!
「・・・ふぁ・・・」
「ひいぃっ!?」
むくり、と藍様が顔を上げた。私の声で目が覚めたようだ。丸まっていた背中としっぽの間にチャックが隠れるように収まる。
「・・・ん、橙か。どうやら私は眠ってしまっていたようだな。ふっ、自分の式神にこんな姿を晒しているようじゃあ、私もまだまだだな」
目を擦りながら自嘲気味に笑う藍様。私が滝のように汗をかいてるのには気づいてないみたいだ。
「いえいえそんな事無いですよ藍様!!今の藍様はとっても輝いて見えます!なんていうかもうホント輝きすぎて目に、染み・・て・・・っ・・・」
あれ?訳も分からずに視界が滲んできた。まずい、早くこの場から逃げないと頭がどうにかなりそうだ。
「えっと・・・あ、あー!つ、机の上が大変なことになってるぞー!」
「机?ってうわ!なんだこれ!!橙、布巾、布巾とってきてくれ!」
ようやく惨状に気付いたらしい藍様は慌てて袖で家計簿を拭い始めた。
計 算 通 り 。脇目も振らずに台所へ走る。主人から離れられるのがこんなにも嬉しく思えるのは生まれてはじめてだった。
「くっ・・・」
駄目だ。いまだに思い返すだけで体が強張る程のショックを感じる。なんでチャック。なんで金属。刺青とかピアスだとかそんなチャチなもんじゃねえもっと恐ろしい物の片鱗を感じるシロモノだ。まああれをアクセサリーと考えている時点で逃げてるだけなんだけど。認めざるをえない。あれは体としっぽを繋げているんだ。つまり藍様のしっぽは作り物ってことになって、ということは藍様の正体は、
「・・・妖獣じゃない?」
妖獣の最高峰、九尾の妖狐。それが藍様の種族だったはずだ。藍様のそんな所も私は一妖獣として深く尊敬していた。将来は藍様みたいな立派な妖獣になる。聞いてくれる人がいれば誰かれ構わずそう話していた。そんな私を、藍様は照れくさそうに頭を撫でてくれたり、紫様は『ええ、橙は将来藍そっっっくりになるわよぉ。私が保証するわぁ。』と、なんというか、すごく紫様らしい笑顔で言ったりしてくれた。
確かめなくちゃ、藍様の正体を。そうしないと、私はもう以前のような目で藍様を見ることができない。
「藍様!」
「ああ橙。そこにいたのか。もう体調は大丈夫か?」
「はい、あの・・・そのですね・・・」
「うん?」
「えっと、藍様の」
「うん」
「その、しっ・・・」
「し?」
「・・・・・」
「・・・橙?」
ーーもし。もしこれが、絶対に誰にも知られちゃいけないことだったとしたら?
十分にあり得る話だ。藍様は幻想郷の管理人の式なのだ。当然幻想郷のパワーバランスを担っている。そんな藍様の強さを象徴しているのは、九尾の狐である証の九本のしっぽといっても過言でもないだろう。もしそれが嘘だったとしたら、それは大変な弱点になる。絶妙な力の均衡の瓦解。そうなればスペルカード無用の全面戦争は免れられない。つまりあのチャックは八雲家の、いや幻想郷の平和の崩壊の切っ掛けになりうるのだ。そんな秘密を自分の式に知られたと分かったらどうなる?結界の外に追放したり地底深くに封印したり、最悪の場合私はーー
「殺されるっ・・・!」
「殺!?だだだ誰にだ!!誰であろうと私が守ってやるからな!な?」
こうなってしまっては迂闊に打ち明けることは出来ない。こういう時に一番頼りになるのは紫様だ。 紫様なら、何か知っている可能性が一番高いし、仮に重大な秘密であってもさ、最悪記憶を操作とかでなんとかしてくれる、と思う。
「さあ橙!そこは危険だ!早く私の胸に飛びこんでこい!!」
でも紫様は外出中。確か行き先は紅魔館だったっけ――
「・・・おーいちぇーん、こっちみてー。ふふっ橙のほっぺはやーらかいなー」
「っらんひゃま!!!」
「は、はい!」
「ちょっと出かけてきます!!!」
「はい、いってらっしゃいませ!・・・ってえええ!?」
目指すは紅魔館の大図書館。あそこなら藍様が何の種族なのかを調べることも出来るし、紫様が帰ってくるまで時間を稼げるし、運が良ければ紫様に会うことができる。別にここで待ち続けるのが気まずいとか、そういうのじゃない。
・ ・ ・
気まずい。熱すぎてとても飲めやしない紅茶を前に、私はただただテーブルにあるお菓子を食べることしか出来なかった。
原因は向かいに座っている動かない大図書館ことパチュリーさんと、その隣にいる小悪魔さんのせいだ。
パチュリーさんは険しい顔で、小悪魔さんは不安げにこっちを見つめてる。というか睨んでる。
一体どうしてこんなことに?眠っている美鈴さんを素通りして門をくぐった途端、小悪魔さんが慌てて飛んで来て、案内されるがままにこの図書館奥のテーブルに座らされて、今に至る。
一応案内されている間に、何冊か参考になりそうな本を持ってくることは出来たけど、二人の視線が気になってまるで内容が頭に入って来ない。ーーあ、今のお菓子美味しかった。
そんな状態で数時間たったけど分かったのは、しっぽが着脱可能な生き物は存在しないことと、私は全く歓迎されてないということだけだった。
そうこうしてるうちにもパチュリーさんの視線の圧力が強くなってくる。とにかく、なんとか二人の気をそらさないと精神的に持たない。
「・・・あの」
「っ!」
「何か?」
飛び上がる小悪魔さんとピクリとも動かないパチュリーさん。どちらにも話し辛い。
「えっと、紫様はーー」
「それは言わないで頂戴。もう話し合いの段階じゃないことぐらい分かるでしょう?」
「す、すみません」
急に喋るなとか言われた。わけがわからないけどなんか吐きそうだ。
「他に何か?私達もそこまで暇じゃないんだけど」
あからさまに敵意を見せてくるパチュリーさん。正直このまま走って逃げ出したい。でもそれって相手に失礼になのでは?ここは、ちょっとでもこの場を和ませる努力をするべきだ。席を立つのはその後にしよう。
「え、えっと!」
「「・・・?」」
「なんか足元があったかいですね!私、ネコ科だから、ついテーブルの下に潜り込みたくなっちゃいますよ〜あはは!」
「や、やめてください!!」
「変なマネしたらどうなるか・・・分かってるわよね」
「ご、ごめんなさい・・・」
・・・よし、帰ろう。ダッシュで。
「・・・・・・行ったわ。もう平気よレミィ」
「ぶはあ!危なかったぁ!!」
「そんなとこに隠れるからよ。テーブルの下なんてベタを通り越してただのバカのじゃない。あとビビりすぎ」
「うっさい!こんなにいっぱいの資料をあの短時間で押し込むので精一杯だったんだから。って、ああ!!あの猫カントリーマ◯ムのバニラ味だけ食って帰りやがった!!」
「それにしても・・・まさか八雲の式の式とはね、全くの予想外だったわ」
「てっきり来るなら本人だと思ってましたからね。なにか理由があったんでしょうか?」
「愚問ね小悪魔。あの妖怪の賢者に理由のない行動なんてないわ。恐らく自分の式に任せたのは自分は裏で行動するためと、私達を油断させて館に盗聴・盗撮系の術をかける為ね。まあ少なくとも図書館には細工されていないわ」
「ととと盗撮!?まさかそれで撮った私のあんな写真やこんな写真を人里にばら撒いて、それを弱味に私はっ・・・ああ、ダメよそんなことっ!今すぐ館中を咲夜に調べさせなくちゃ!」
「いや、そういうのじゃないと思いますけど・・・ああ、あと咲夜さんは仮眠中ですよ」
「仮眠んん!?なんでこんな大事な時に寝てんのよ!つーかあの子時間止められんじゃん!なに普通に寝てんの!?」
「この前『寝過ごしたと分かった時の絶望感、遅れを取り戻そうとあがく時の焦燥感が私に息吹を与えてくれるのよ』とか言って一人で爆笑してるの見ましたよ」
「・・・レミィ、あの子にはちゃんと休暇をあげた方がいいと思うわ」
「・・・そうね。私達咲夜にちょっときつくしすぎたかもしれないわ・・・」
「ま、まあそれももう少しの辛抱じゃないですか!作戦ももう大詰めなんですよね?確か――」
「幻想郷中に衣服だけを溶かす霧を散布する異変。略して溶霧異変よ」
「ふふふ・・・これで私の忌むべき逸話は確実に消えるわけね。そして私は紅魔館の屋上に立って裸体と化した霊夢と紫にむかってあの日の屈辱をそっくりそのまま返す。まさに完璧ね!」
「ここまで来るまで長かったわね・・・幻想郷中のありとあらゆる衣服の繊維の調査(咲夜が)、それに対する溶解薬の材料の調達(咲夜が)と製薬(私が)、霧の噴出口を各地に設置(咲夜が)、私達用の特殊な衣服の裁縫(咲夜が)と思ったより手間がかかってしまったわ。でも障害はもう何も無いわ」
「あの式神、あからさまな時間稼ぎ役でしたものね」
「ええ。今頃妖怪の賢者は必死に噴出口を探してることでしょうよ」
「ハッ!あなたらしくもない滑稽な姿ね紫!!もう私の合図一つで全ての噴出口が作動できる段階。加えて今紅魔館に侵入者がいれば小悪魔が感知出来る状態。完璧な防御に歯噛みする姿が目に浮かぶようだわ!ひゃーはっはっはっは!っ、ゲホっゲホっみ、水・・・」
「あらあら大丈夫かしら。麦茶しかないけど良かったらどうぞ?」
「ん・・・っぷはー、いやーありがとう紫。今熱い紅茶しかなくて困ってた所だったの」
「いいのよ、『合図』とやらに支障が出たら大変ですものねぇ」
「ええそう・・・ね・・・ゆか・・り・・・?」
「うふふ♪」
「・・・ア・・・」
「あ?」
「アイエエエエエエエユカリ!?ユカリナンデ!?」
「ハイクをよめ。カイシャクしてやる」
「あ、橙さんが帰ってから感知魔法掛け直すの忘れてました」
「このアホ小悪魔!何やってんのよ!」
「本当は霊夢に任せてスキマで寝ていたかったんだけど、今回の異変はかなり悪質だったし、橙が随分とお世話になったみたいだな、なんて藍に騒がれても困るし、ね」
「いやいやいやいや落ち着け私、これも想定内のことよ・・・ふ、ふっ残念だったわね紫!仮にここで私を捕らえたとしても噴出口は紅魔館の住人なら誰でも作動ことができる、つまり私とパチェと小悪魔を同時に倒さなければ私の勝利は変わらないわ!!」
「あれ?そんな話ありましたっけ?」
「愚問ね小悪魔。あれはレミィが咄嗟に考えた嘘よ。ああやって相手の行動を制限するのがレミィの狙いみたいね」
「テメェらのせいで全部パーだけどな!!分かっててやってるだろそれ!・・・・・・・紫?やあねぇこんな異変、嘘に決まってるじゃない、ちょっとした冗談、そうジョークみたいなもんよ!まさか本気にしちゃってた?あははっまったく紫たらぁ~ほらカントリ◯アム(ココア味)あげるから機嫌直して?後スキマの中に引っ張ろうとしないで?カントリー◯アムは凄いんだから!食べるだけで魔力妖力霊力が補給される上にアンチエイジング効果や更年期障害の緩和にもなるって最近話題に、っていたたたたたギブ、ギブ!!どこに連れて行く気・・・・・・って原液!?原液はヤバいって!そんなの被ったら服どころか・・・ままままってまって誰かっ誰か助けてえええぇぇ・・・」
「ーー行っちゃいましたね」
「ええ、これで作戦もお終いね・・・」
「今更ですけど、どうして今回はお嬢様に協力を?大抵面倒くさがって何もしないのに」
「実はね、咲夜に頼んでレミィの服だけ溶けるままにしておいてもらったの」
「それはまた何故?」
「なんでって溶けかけの服を着て恥ずかしがるレミィが見られるからに決まってるでしょう?いい加減、盗撮系の魔法も飽きてきたし」
「・・・よく咲夜さんが許してくれましたね」
「あの子、一着作る手間が省けるって涙流して喜んでたわよ」
「・・・・・」
・ ・ ・
マヨヒガのお気に入りの木の上。もう日も暮れかけてきてるけど、私は家に帰る気になれなかった。
「はあ・・・今日はここで寝ようかな」
季節的に外で寝るにはちょっと肌寒いけど、藍様と会った時にいつも通りにできる気がしない。そうしたら藍様はきっと私を心配して色々声を掛けてくれるに違いない。それが私には耐えられない。そうすればもう私始末ルート一直線だろう。
昨日の昼頃までは幸せな日々だったのに、たった一日でこのありさまだ。どうして私はこんなところにいるんだろう?いつもなら今頃は晩御飯の準備を手伝いながら、こっそりつまみ食いをして藍様にちょっぴり怒られて、そんな藍様を紫様がからかって、それがなんだか面白くって・・・あヤバいまた泣きそうになってきた。
「あら、しょんぼりしちゃってどうしたのかしら」
足元に向けていた視線を上げるとスキマから上半身だけ乗り出した紫様がいた。何かをスキマの中で無理やり押さえつけてる様に見えるけど、多分気のせいだと思う。
「ゆ、紫様!?いつからそこに?」
「『はあ・・・今日はここでねようかな・・・ひぐっ・・・うえーん!!』って所から」
「なっ!?ななな泣いてなんかないですよ!!」
「あらあら?それにしては随分目元が真っ赤だけど見間違いかしら」
「う・・・こ、これはですね花粉症のせいでして・・・」
「うっそぴょ~ん。誰が見ても変には見えないわよ」
「ああもう!からかわないでーー」
「藍から見ても、ね」
「あ・・・」
いつの間にか紫様は真剣な目になっている。
「全く、そのうち収まるかと思ってたら、まさかここまで悪化するとはね。一体何があったのか話してみなさい」
どうやら紫様は私が何か隠してることに最初から気付いてたみたいだ。
「はい・・・実は―」
私は今までのわだかまりを吐き出すように全部を打ち明けた。藍様のしっぽにチャックがついているのを見てしまったこと。藍様が自分の正体を偽っているんじゃないかと思ったこと。私が知ってしまったことは取り返しがつかないような事なんじゃないかと思ったら、どうしようもなく怖くなってしまったこと。
「・・・なるほど。状況は良く分かったわ」
話している間に紫様は扇子を取り出して口元に当てて顔を伏せていた。
「 あなたの推察は、あながち間違いでは無いわ。確かにあれは彼女の弱点にもなりうるもの」
「なら、知ってしまった私はもうっーー」
「でもそれがなに?そんな事で藍があなたを害すると思う?」
「・・・藍様から公私を混同するのは間違いだと教わりました」
「その藍に私はこう教えたわ。いかなる人妖であろうと受け入れなさい、と。橙、私達は管理者としての責任があるわ。でもあなたはその事に重きを置きすぎてる。まあ、あの責任感の塊みたいな藍をずっと見てきたんだから仕方が無いけどね。」
「・・・・・」
「大丈夫よ、藍はそういうのを全部ひっくるめた物よりも橙の方が大事に決まってる。保証するわ。なんたって私の式なんだから、ね」
「紫様・・・」
「さっ早く藍の所に行ってきなさい!今頃あなたが帰ってこないから心配してるに違いないわ」
「はい!!!・・・って紫様は帰らないんですか?」
「ええ、私はちょっとやり残したことがあってね」
そう紫様が言ってニヤリと笑った瞬間、スキマの中からくぐもった悲鳴が聞こえてきた。
「さあて、どうしてくれようかしら。ああそういえば永遠亭から貰った薬が、かなり余ってたわね。邪魔だったし、お嬢さんに処分してもらうとしましょうか?うふふふふふふふ・・・」
なんだか良く分からないけど、早くここから移動したほうが良いと第六感が叫んでるから深く聞かないことにしとこう。
・ ・ ・
「藍様!!!」
「ああ橙!!遅かったじゃないか!一体どこに行ってたんだ?」
家に着くや否や、玄関に藍様が飛び出してきた。その心配そうな姿を見ているだけで、体中から安堵があふれてくる。そのまま藍様の胸に飛び込みたくなるけど、こらえてその場でひざまずく。
「すいません藍様!私は藍様のしっぽにチャ、チャックが付いてるのを見てしまいました!」
「・・・え?」
一瞬ポカンと口を開けてた藍様だったが、ハッと目を見開くと恐る恐るといったように手をしっぽに回した。
「・・・お前、みたのか」
「はい。昨日の夕方ごろに」
「そうか・・・本当はお前に知って欲しくは無かった・・・私と紫様しか知らない秘密だしな」
「・・・ごめんなさい」
「いや、謝らなくていい。ただこれを知られるということは私の品格が下がることにもなる。それが八雲家の妖怪として許せないだけだ。ま、見つかってしまっては仕方ない。」
そういって藍様はしっぽのチャックを開けて
「・・・・・え?」
しっぽの中に肘まで手を突っ込んで
「あの・・・・藍様?」
「一緒に食べようか!」
油揚げを二枚取り出した
「いやーほんとにこればっかりは手放せないからなー。紫様に頼み倒したかいがあったよ」
「あの、藍様・・・これは?」
「ん?橙はごま油のほうがよかったか?」
「いえ!そっちじゃなくてチャックのほうです!」
「これ?これはいつでも新鮮な油揚げが食べられるようにってことで揚げ物屋と専属契約して、お店の倉庫とこれを紫様にスキマでつなぐ許可を貰ったんだ」
「し、しっぽは?」
「しっぽには何もないぞ?まあチャックが少し冷たくて冬場はつらいけどな」
「藍様の正体は!?八雲家としての責任は!?」
「?さっきから何言ってるんだ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・?」
「ゆかりさまあああああああああああああああ!!!!!!」
「どうした橙!?もう外は暗いぞ!!帰って来いちぇえええええええええん!!!!!」
・ ・ ・
「紫様」
「なにかしら」
「橙が帰ってこないのですが」
「それは大変ねぇ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いやいやいやいや」
「ん?」
「ん?、じゃないですよ。紫様何か知ってるでしょ」
「ええ知ってるわよ?橙は今ね、耐えがたいほどの羞恥に襲われてるの。近づいても『ゔわー!』とか言って逃げるだけだから、そっとしておくのが一番ね」
「多分ですけど、そういう状況にしたの紫様ですよね」
「だってすっごく面白かったんだもの。それに悪いことだけじゃないでしょ?これを期に橙も一歩大人に成長すると思うわ」
「はあ・・・大人に、ですか」
「あら想像付かない?橙だっていつかはあなたよりも背が高くなって、平気で悪口とか不満をぶつけてきたり、私利私欲のために魚屋と勝手に変な交渉したり、仕事漬けで疲れた体を癒すために自分の式とキャッキャうふふするようになるのよ?楽しみね」
「・・・・・・ちょっと外行ってきます」
「待ちなさい」
「離してください!橙をそんな汚れた大人にするわけには行きません!」
「はいはいしばらくスキマの中で頭冷やしてなさい」
「うおおおおおおちぇえええええええええん!!!もう一度私の懐にいいいいいぃぃぃ・・・・・」
「まったく・・・私は汚れた大人さんも悪くないと思うんだけどねえ」
まあ、レミリアに関しては…インガオホー!
いいドタバタっぷりでした