組み技か、と思った次の瞬間、紅美鈴は頭部に激しい揺れを感じた。意識が遠のく間際、相手のグラデーションのかかった髪を見た。
気づいたら、天井の木目を眺めていた。畳の部屋に布団を敷かれ、横になっていたようだ。
「さすがに早いですね、もう目を醒まされたのですか」
枕元で正座していた雲居一輪が、読みさしの本を閉じ、美鈴の顔を見おろす。
「あ……私、なんでここに」
「まだ動かない方がいいですよ」
「館に帰らなきゃ、仕事……」
起き上がろうとするが、体にうまく力が入らない。
「そんなに慌てなくても。おうちのかたには連絡をしておきましたから。好きなだけお休みください。それにしても、聖にあの技を使わせるなんて、あなたたいした……」
「げ、連絡って今言いました? 連絡、それは、まずい」
美鈴は動揺した。仕事を抜け出して、命蓮寺に寄り道してきたのだ。バレたらまずい。
「なにがまずいものですか。お茶漬けとトースト、どっちがいいですか」
「あ、じゃあトーストで」
美鈴は即答した。動きすぎて、腹が減っていたのだ。
「ジャム。マーガリン」
「蜂蜜があるならマーガリンと一緒で。なければジャムでいいです」
「かしこまりました」
一輪は合唱して、立ち上がり、部屋を出ていくべく障子をひらいた。
「あ」
という一輪の声で、おおむね美鈴は事情を察した。
覚悟する。
見上げると、しかし予想に反し、そこには赤いチェック柄のベストをまとった、緑髪の女が立っていた。なぜ彼女がここにいるのかわからない。美鈴ははじめ怪訝に思い、その次に緊張が全身を巡っていく。これまで、幾度となくその恐ろしさを我が身で味わったことのある、きわめて強大な力を持った妖怪だ。
「かわりに迎えに来てあげたわよ。良かったわね、鬼のような顔をしたメイドさんでなくて」
風見幽香は微笑んだ。
彼女が鬼でないとは限らない。しかし美鈴はもはや従うしかなかった。
幽香の足取りは紅魔館へ向かっていた。美鈴を騙してどこかへ連れていく様子はなかった。
「あの……飛ばなくていいんですか。それから、いったいどうやって咲夜さんを説得して……」
「そういうことが聞きたいんじゃないでしょう」
図星だった。美鈴としては、命蓮寺と風見幽香と紅魔館がどういう関係にあるのかより、もっと大事なことがあった。
「さっきの白蓮さんの技、見てました?」
「ええ、見ていたわ。さすが元人間だけあって、妙な工夫をするのね。敵を倒すなんて、ただ殴って捕まえてひきずって叩きつければ済む話なのに」
「……そういうむちゃなやり方で勝てるような反則的に強い相手を倒すために、人間の技ってのは磨かれていくんですよ」
「あなたも、どっち側かわからないような言い方を時々するわね」
幽香のその言い方には、美鈴は苦笑で応えるばかりだった。
「鼻。あと、目」
幽香から言われて美鈴は服の袖で鼻を拭った。血が出ている。指で目の下に触れたが、やはりぬめりとした感触があった。
「わわ、ひょっとして今、私の顔、ひどいことになっていません」
「そうね、軽く笑えるわ。外傷はたいしたことないと思ったら、脳にダメージが行っていたのね。なんて技」
「ボサツストライクと言ってました。両手が顔の両側に来たところまでは憶えているんですが、殴りかかるような踏み込む勢いではなかった。打撃を相手に当てる場合、ちゃんとこう、腰をひねって、勢いをつけないといけませんよね。それがまったくなかった。組んで投げる気かなと思ったんですが、掌底がコツンとこめかみ辺りに当たって、その後すぐに意識が飛んじゃいました」
「パンチでも関節技でもない。ただ、手のひらを……そう、掌底ね、あなたの頭にそえて軽く触れただけ。あなたの頭は、あの尼さんのかざした両手の間で、左右に揺さぶられた。触れ方は軽くでも、あの尼さんの腕力でなければ不可能なほどガッチリと固定され、あなたの頭の幅よりほんのわずかだけ広い空間の中、一瞬で何十、いえ、おそらくは何百回とね」
「なるほど……バスケットボールをついていて、だんだん地面と手の間を狭めていくと、ダンダンダンダンダダダダダ……ってなる感じの、アレですか」
「そう、アレ」
「むぅ……厄介ですね、白蓮さん、普通に打撃が強いから、ああいう力の入らない動きをされると、警戒が後回しになっちゃうんですよ」
「手伝ってあげましょうか。対策」
美鈴は意外な申し出に、首を横に回して、幽香をしげしげと眺めた。
「なによ」
「なんだか気味悪いなぁ」
「今のあなたの顔ほどじゃない。私の気が変わらないうちに決めた方がいいと思うけど」
白蓮は部屋でひとり、書見台に向かっていた。一輪がお茶を持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう、一輪。説法の時間が来たら教えてくださいね」
「ええ……」
一輪は立ち上がりかけて、書見台の本のページが、一時間ほど前に来たときからほとんど進んでいないのを見た。
「姐さん」
「あら、ばれてしまいましたか」
白蓮は舌を出して微笑んでみせる。その無邪気な様子と、白蓮の中で勢いを増しつつある血液の流れとのギャップに、一輪は不覚にもときめいてしまう。白蓮は今、戦いたくて戦いたくて仕方ないのだ。
「たぶん、美鈴さん今日もいらっしゃるだろうな、と思っていて、ついそっちのことばかり。いけませんね。体がうずいて」
「あの妖怪、次は必ず対策を立ててきますよ」
「でしょうね」
「使うふりをしていきなり別の技を使ったらどうですか。両腕を広げてみせて、いきなり下から蹴り上げるとか」
「それは……」
「後ろめたい、ですか」
「いえ、そうじゃなくて……おもしろくないじゃないですか、それだと」
白蓮は立ち上がった。姿勢が変わったために、服の中に閉じ込められていた空気が押し出され、部屋全体に、ほのかに汗ばんだ体臭が漂った。一輪は陶然としかけたが、慌てて理性の帯を締め直す。
「いらっしゃったようです」
一輪が障子をひらくと、表の門のところに美鈴が立っていた。中華式の礼、左手のひらに右拳を当てている。
白蓮は沓脱石で靴を履く。美鈴は屈伸運動をする。
白蓮が靴を履き終ったと同時に、両者はその場を蹴って、瞬時に接近した。風が巻き起こり、部屋から眺めている一輪の頭巾をはためかせる。
「シュッ」
美鈴の直進する右拳をかがんで交わしながら、白蓮は足払いを放つ。美鈴は両膝を胸に引き寄せる形で跳び、態勢の低くなった白蓮の頭に向かって曲げた右足を一気に伸ばす。
「フゥッ」
白蓮は無理にかわそうとせず、右腕を美鈴の右足に触れさせ、最小限の力でその勢いをそらした。美鈴の右足が地につき、白蓮に背面を見せた形になる。白蓮の左手が美鈴の後頭部を狙う。これは美鈴、飛び退いてかわす。さらに白蓮の右足が蹴り上げを放つが、これもかわす。だがもはや大きくはさがらない。白蓮が隙を見せればいつでも前進する構えだ。その勢いをくじくように、跳ねあがった白蓮の右足がそのまま踵落としに変化する。前のめりになりかけた美鈴の額をかすめた。
「っと……」
美鈴は反射的に瞬きしてしまう。
白蓮が詰め寄る。縦の動きに目が慣れた美鈴の左右から掌底が迫る。
修羅「ボサツストライク」
終わった、と見ている一輪は思った。白蓮の両手は、しっかりと美鈴の頭の左右を捉えていた。ただし、隙間なく。その白蓮の両手をおさえるように、さらに上から美鈴の両手がかぶさっている。
「あっ」
一輪は思わず叫んだ。美鈴は白蓮の技のカラクリを見抜いていた。あの両手のひらの間に、恐ろしい震動空間が生じる前に、美鈴はみずから敵の手を押さえつけ、その隙間を閉ざしたのだ。これでは美鈴の脳は揺さぶられない。
美鈴はそのまま白蓮の手首を握りしめる。
白蓮は近づきすぎた。
「ちェェェェエエイイ!」
美鈴渾身の頭突きが白蓮の美しい顔面に炸裂した。グラデーションのかかった長髪が大きく乱れる。さらに手首に力を込め、白蓮を引っ張り込む。白蓮相手に下手に間合いを離すと、手やら足やら、何が飛んでくるかわからない。再度の頭突きを警戒するように、白蓮は踏みとどまろうとする。完全な密着ではないが、手足を振りかぶるほどでもない、中途半端な間合いができあがった。美鈴は白蓮の脇腹に拳を添える。
虎放「紅寸剄」
地面を踏みしめ、大地の重さを乗せた零距離からの拳撃が、白蓮の脇腹を撃った。白蓮は弾かれたように後ろへ吹き飛ぶ。
――あれ?
美鈴は拳の違和感に気づく。これは、吹っ飛ばすような技ではない。衝撃を百パーセント相手の体内だけに残す、そういう技だ。
吹っ飛んでは、いけないのだ。
「やばっ」
白蓮は地面に倒れかかる寸前、両手をつき、体全身をたわめ、反動で伸びあがった。美鈴はとっさに飛び退くことはできない。紅寸剄は出すときの隙は少ないが、地面を踏みしめてパンチを撃ち放つので、特に下半身はすぐには次の行動に移れない。多少のダメージを覚悟で受けるしかない。美鈴は腕をかざした。
飛んでくる白蓮の両足が、獣のあぎとのように、大バサミのように、ひらく。美鈴の背筋に瞬時に怖気が走る。これはただのドロップキックではない。左右からあの蹴りで挟み込まれればただでは済まないし、もし防ぎきってもそのまま絡まった足から寝技に持っていかれる。馬乗りにでもなられたら最悪だ。
かわすしかない。
美鈴は動かぬ下半身をあきらめ、上半身を思い切り反らした。白蓮の左右から挟み込むような蹴りは空を切った。美鈴の顎から首にかけて、甲高い空を切る音とともに、ひんやりとした風が吹きつけた。
風、だけではなく。
修羅「ドラゴンウェーブ」
「あ」
美鈴の視界が己の鮮血で染められる。首が、かぁっと熱くなる。頭が重くなり、膝の力が抜ける。気づいたら体を倒され、馬乗りになられていた。白蓮はにっこりと笑う。
「タップしてください」
嫌だと言えば、美鈴の意識がなくなるまで、にっこり笑ったまま殴り続けるだろう。
「はい、降参します」
「よろしい。一輪、首の手当てを」
白蓮が立ち上がると同時に、一輪はすぐさま駆け寄り、美鈴の首にタオルを当てた。
幽香は垣根の隙間から目を離した。口元には笑みが浮かんでいる。
「幽香ぁー、もういいのー」
幽香の両手に頭を挟まれ、目と耳と鼻から血を垂れ流しながらルーミアは尋ねた。両の目玉は飛び出して、頬のあたりにぶら下がっている。
「もういいわ、ありがとう。今度何か持ってくるわね」
「うれしいな、愉しみ」
「もう帰っていいわ。目玉は早めに治しておきなさい。その顔、軽くホラーよ」
「了解ー」
ふらふらと頼りなげにルーミアは空へ飛んでいく。普通なら大騒ぎになるところだが、あまりにも幽香が堂々としているのと、もともと命蓮寺周辺は妖怪だらけなので、周囲の人間も、かえって妙な安心感を抱いていた。幽香はルーミアの去りゆく背中を見ながら、何気ない風に跳び上がった。
「ルーミア」
呼びかけ、そして両足をひらき、勢いよく交差させる。さっきの白蓮と同じように。
牡丹の花が切断され、そのまま鋭い風圧に飛ばされ、ちょうどルーミアの頭に乗った。
「あなたにはちょっと派手かもしれないけれど」
「わあ、ありがと」
今度こそ去っていくルーミアの後姿を見ながら、幽香はぽつりと呟いた。
「人間って――」
昨日と同じ部屋で、同じ布団にくるまり、同じ天井を見上げながら、美鈴はぽつりと呟いた。
「――やっぱりおもしろいわ」
気づいたら、天井の木目を眺めていた。畳の部屋に布団を敷かれ、横になっていたようだ。
「さすがに早いですね、もう目を醒まされたのですか」
枕元で正座していた雲居一輪が、読みさしの本を閉じ、美鈴の顔を見おろす。
「あ……私、なんでここに」
「まだ動かない方がいいですよ」
「館に帰らなきゃ、仕事……」
起き上がろうとするが、体にうまく力が入らない。
「そんなに慌てなくても。おうちのかたには連絡をしておきましたから。好きなだけお休みください。それにしても、聖にあの技を使わせるなんて、あなたたいした……」
「げ、連絡って今言いました? 連絡、それは、まずい」
美鈴は動揺した。仕事を抜け出して、命蓮寺に寄り道してきたのだ。バレたらまずい。
「なにがまずいものですか。お茶漬けとトースト、どっちがいいですか」
「あ、じゃあトーストで」
美鈴は即答した。動きすぎて、腹が減っていたのだ。
「ジャム。マーガリン」
「蜂蜜があるならマーガリンと一緒で。なければジャムでいいです」
「かしこまりました」
一輪は合唱して、立ち上がり、部屋を出ていくべく障子をひらいた。
「あ」
という一輪の声で、おおむね美鈴は事情を察した。
覚悟する。
見上げると、しかし予想に反し、そこには赤いチェック柄のベストをまとった、緑髪の女が立っていた。なぜ彼女がここにいるのかわからない。美鈴ははじめ怪訝に思い、その次に緊張が全身を巡っていく。これまで、幾度となくその恐ろしさを我が身で味わったことのある、きわめて強大な力を持った妖怪だ。
「かわりに迎えに来てあげたわよ。良かったわね、鬼のような顔をしたメイドさんでなくて」
風見幽香は微笑んだ。
彼女が鬼でないとは限らない。しかし美鈴はもはや従うしかなかった。
幽香の足取りは紅魔館へ向かっていた。美鈴を騙してどこかへ連れていく様子はなかった。
「あの……飛ばなくていいんですか。それから、いったいどうやって咲夜さんを説得して……」
「そういうことが聞きたいんじゃないでしょう」
図星だった。美鈴としては、命蓮寺と風見幽香と紅魔館がどういう関係にあるのかより、もっと大事なことがあった。
「さっきの白蓮さんの技、見てました?」
「ええ、見ていたわ。さすが元人間だけあって、妙な工夫をするのね。敵を倒すなんて、ただ殴って捕まえてひきずって叩きつければ済む話なのに」
「……そういうむちゃなやり方で勝てるような反則的に強い相手を倒すために、人間の技ってのは磨かれていくんですよ」
「あなたも、どっち側かわからないような言い方を時々するわね」
幽香のその言い方には、美鈴は苦笑で応えるばかりだった。
「鼻。あと、目」
幽香から言われて美鈴は服の袖で鼻を拭った。血が出ている。指で目の下に触れたが、やはりぬめりとした感触があった。
「わわ、ひょっとして今、私の顔、ひどいことになっていません」
「そうね、軽く笑えるわ。外傷はたいしたことないと思ったら、脳にダメージが行っていたのね。なんて技」
「ボサツストライクと言ってました。両手が顔の両側に来たところまでは憶えているんですが、殴りかかるような踏み込む勢いではなかった。打撃を相手に当てる場合、ちゃんとこう、腰をひねって、勢いをつけないといけませんよね。それがまったくなかった。組んで投げる気かなと思ったんですが、掌底がコツンとこめかみ辺りに当たって、その後すぐに意識が飛んじゃいました」
「パンチでも関節技でもない。ただ、手のひらを……そう、掌底ね、あなたの頭にそえて軽く触れただけ。あなたの頭は、あの尼さんのかざした両手の間で、左右に揺さぶられた。触れ方は軽くでも、あの尼さんの腕力でなければ不可能なほどガッチリと固定され、あなたの頭の幅よりほんのわずかだけ広い空間の中、一瞬で何十、いえ、おそらくは何百回とね」
「なるほど……バスケットボールをついていて、だんだん地面と手の間を狭めていくと、ダンダンダンダンダダダダダ……ってなる感じの、アレですか」
「そう、アレ」
「むぅ……厄介ですね、白蓮さん、普通に打撃が強いから、ああいう力の入らない動きをされると、警戒が後回しになっちゃうんですよ」
「手伝ってあげましょうか。対策」
美鈴は意外な申し出に、首を横に回して、幽香をしげしげと眺めた。
「なによ」
「なんだか気味悪いなぁ」
「今のあなたの顔ほどじゃない。私の気が変わらないうちに決めた方がいいと思うけど」
白蓮は部屋でひとり、書見台に向かっていた。一輪がお茶を持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう、一輪。説法の時間が来たら教えてくださいね」
「ええ……」
一輪は立ち上がりかけて、書見台の本のページが、一時間ほど前に来たときからほとんど進んでいないのを見た。
「姐さん」
「あら、ばれてしまいましたか」
白蓮は舌を出して微笑んでみせる。その無邪気な様子と、白蓮の中で勢いを増しつつある血液の流れとのギャップに、一輪は不覚にもときめいてしまう。白蓮は今、戦いたくて戦いたくて仕方ないのだ。
「たぶん、美鈴さん今日もいらっしゃるだろうな、と思っていて、ついそっちのことばかり。いけませんね。体がうずいて」
「あの妖怪、次は必ず対策を立ててきますよ」
「でしょうね」
「使うふりをしていきなり別の技を使ったらどうですか。両腕を広げてみせて、いきなり下から蹴り上げるとか」
「それは……」
「後ろめたい、ですか」
「いえ、そうじゃなくて……おもしろくないじゃないですか、それだと」
白蓮は立ち上がった。姿勢が変わったために、服の中に閉じ込められていた空気が押し出され、部屋全体に、ほのかに汗ばんだ体臭が漂った。一輪は陶然としかけたが、慌てて理性の帯を締め直す。
「いらっしゃったようです」
一輪が障子をひらくと、表の門のところに美鈴が立っていた。中華式の礼、左手のひらに右拳を当てている。
白蓮は沓脱石で靴を履く。美鈴は屈伸運動をする。
白蓮が靴を履き終ったと同時に、両者はその場を蹴って、瞬時に接近した。風が巻き起こり、部屋から眺めている一輪の頭巾をはためかせる。
「シュッ」
美鈴の直進する右拳をかがんで交わしながら、白蓮は足払いを放つ。美鈴は両膝を胸に引き寄せる形で跳び、態勢の低くなった白蓮の頭に向かって曲げた右足を一気に伸ばす。
「フゥッ」
白蓮は無理にかわそうとせず、右腕を美鈴の右足に触れさせ、最小限の力でその勢いをそらした。美鈴の右足が地につき、白蓮に背面を見せた形になる。白蓮の左手が美鈴の後頭部を狙う。これは美鈴、飛び退いてかわす。さらに白蓮の右足が蹴り上げを放つが、これもかわす。だがもはや大きくはさがらない。白蓮が隙を見せればいつでも前進する構えだ。その勢いをくじくように、跳ねあがった白蓮の右足がそのまま踵落としに変化する。前のめりになりかけた美鈴の額をかすめた。
「っと……」
美鈴は反射的に瞬きしてしまう。
白蓮が詰め寄る。縦の動きに目が慣れた美鈴の左右から掌底が迫る。
修羅「ボサツストライク」
終わった、と見ている一輪は思った。白蓮の両手は、しっかりと美鈴の頭の左右を捉えていた。ただし、隙間なく。その白蓮の両手をおさえるように、さらに上から美鈴の両手がかぶさっている。
「あっ」
一輪は思わず叫んだ。美鈴は白蓮の技のカラクリを見抜いていた。あの両手のひらの間に、恐ろしい震動空間が生じる前に、美鈴はみずから敵の手を押さえつけ、その隙間を閉ざしたのだ。これでは美鈴の脳は揺さぶられない。
美鈴はそのまま白蓮の手首を握りしめる。
白蓮は近づきすぎた。
「ちェェェェエエイイ!」
美鈴渾身の頭突きが白蓮の美しい顔面に炸裂した。グラデーションのかかった長髪が大きく乱れる。さらに手首に力を込め、白蓮を引っ張り込む。白蓮相手に下手に間合いを離すと、手やら足やら、何が飛んでくるかわからない。再度の頭突きを警戒するように、白蓮は踏みとどまろうとする。完全な密着ではないが、手足を振りかぶるほどでもない、中途半端な間合いができあがった。美鈴は白蓮の脇腹に拳を添える。
虎放「紅寸剄」
地面を踏みしめ、大地の重さを乗せた零距離からの拳撃が、白蓮の脇腹を撃った。白蓮は弾かれたように後ろへ吹き飛ぶ。
――あれ?
美鈴は拳の違和感に気づく。これは、吹っ飛ばすような技ではない。衝撃を百パーセント相手の体内だけに残す、そういう技だ。
吹っ飛んでは、いけないのだ。
「やばっ」
白蓮は地面に倒れかかる寸前、両手をつき、体全身をたわめ、反動で伸びあがった。美鈴はとっさに飛び退くことはできない。紅寸剄は出すときの隙は少ないが、地面を踏みしめてパンチを撃ち放つので、特に下半身はすぐには次の行動に移れない。多少のダメージを覚悟で受けるしかない。美鈴は腕をかざした。
飛んでくる白蓮の両足が、獣のあぎとのように、大バサミのように、ひらく。美鈴の背筋に瞬時に怖気が走る。これはただのドロップキックではない。左右からあの蹴りで挟み込まれればただでは済まないし、もし防ぎきってもそのまま絡まった足から寝技に持っていかれる。馬乗りにでもなられたら最悪だ。
かわすしかない。
美鈴は動かぬ下半身をあきらめ、上半身を思い切り反らした。白蓮の左右から挟み込むような蹴りは空を切った。美鈴の顎から首にかけて、甲高い空を切る音とともに、ひんやりとした風が吹きつけた。
風、だけではなく。
修羅「ドラゴンウェーブ」
「あ」
美鈴の視界が己の鮮血で染められる。首が、かぁっと熱くなる。頭が重くなり、膝の力が抜ける。気づいたら体を倒され、馬乗りになられていた。白蓮はにっこりと笑う。
「タップしてください」
嫌だと言えば、美鈴の意識がなくなるまで、にっこり笑ったまま殴り続けるだろう。
「はい、降参します」
「よろしい。一輪、首の手当てを」
白蓮が立ち上がると同時に、一輪はすぐさま駆け寄り、美鈴の首にタオルを当てた。
幽香は垣根の隙間から目を離した。口元には笑みが浮かんでいる。
「幽香ぁー、もういいのー」
幽香の両手に頭を挟まれ、目と耳と鼻から血を垂れ流しながらルーミアは尋ねた。両の目玉は飛び出して、頬のあたりにぶら下がっている。
「もういいわ、ありがとう。今度何か持ってくるわね」
「うれしいな、愉しみ」
「もう帰っていいわ。目玉は早めに治しておきなさい。その顔、軽くホラーよ」
「了解ー」
ふらふらと頼りなげにルーミアは空へ飛んでいく。普通なら大騒ぎになるところだが、あまりにも幽香が堂々としているのと、もともと命蓮寺周辺は妖怪だらけなので、周囲の人間も、かえって妙な安心感を抱いていた。幽香はルーミアの去りゆく背中を見ながら、何気ない風に跳び上がった。
「ルーミア」
呼びかけ、そして両足をひらき、勢いよく交差させる。さっきの白蓮と同じように。
牡丹の花が切断され、そのまま鋭い風圧に飛ばされ、ちょうどルーミアの頭に乗った。
「あなたにはちょっと派手かもしれないけれど」
「わあ、ありがと」
今度こそ去っていくルーミアの後姿を見ながら、幽香はぽつりと呟いた。
「人間って――」
昨日と同じ部屋で、同じ布団にくるまり、同じ天井を見上げながら、美鈴はぽつりと呟いた。
「――やっぱりおもしろいわ」
今2部はどうなってんのかな…
美鈴にも活躍の場面ほしかった
……どうせなら、ひじりんには肘でそれを迎え撃って欲しかったw
彼女たちからの好奇を正面から受け止められる聖が凄いです
こういう小ネタ好きです
菩薩掌にイグナシオのけりに虎砲に龍波。
川原ファンの俺得だわw
笑うような作品ではないのに笑っちゃいました。