私がお嬢様に呼び出された時、お嬢様にしては珍しく、真剣な顔をしていた。
「お嬢様、何の用ですか?」
「うん…咲夜。ここ最近、人里で紅魔館の評判を知っている?」
人里での評判? 急にどうしたんだろうか。
「いえ…すいません。わかりません」
「そう…人里では、危険極まりないレッドゾーンと呼ばれているのよ」
「レッドゾーン…ですか」
「ええ。思えばあれだけ事件を起こしていれば当然ね」
事件…あぁ、あれらのことか。
確か…全部で4つあって…
「私の友人、パチュリーが関係していた『キリサメ・スキャンダル』
フランは遊びのつもりだったけど、結果として事件になった『フランドール・クライシス』
その2つの事件の汚名返上しようとしたが失敗した『スカーレット・ラプチャー』
寝惚けた美鈴が夢の続きと勘違いして大暴れした『チャイニーズ・インシデント』
これらの事件のせいで、紅魔館はなんとも不服な評価を受けているわ」
まあ…確かに4つも大きな事件を起こしていては、そりゃあレッドゾーンなんても呼ばれるだろう。ていうか、紅霧異変だけでも人里の人達にとっては危険地帯に思われただろうが。
「そこで、私は、いや、紅魔館は今回こそ、汚名返上するべく、人里での評価をあげる活動をするわよ!」
「はぁ…」
何だか、またもや失敗しそうな気もするが、やらないと新たな事件をお嬢様が起こしてしまうだろうと予想できるので乗るしかない。
今にも沈みそうな船に乗るという言葉が身に染みて理解出来る。
「ということで、私はジェネラルルージュとしてこの作戦を引っ張るわよ!」
ジェネラルルージュ…?
血塗れ将軍…あっ、よく血をこぼしては服を血塗れにしているからか。
なるほど、納得。
「なんか咲夜が失礼なことを考えている気がする」
うっ…鋭い。流石お嬢様。
「いえいえ。そんなことは全く思っていませんよ」
「そう…? まあ良いわ。それで、咲夜は何か案はあるかしら」
!?
さっき自分でこの作戦を引っ張るとか言いませんでしたか!? えっ!?
聞き間違い!? えっ、えっ?
「咲夜?」
「あっ、はい。お嬢様」
「どうしたのよ。突然動かなくなって」
「いえ…何でもありません。それで…あの…先程は何と…?」
「ん? 何か案はあるのか聞いたんだけど、疲れてるなら休んでも良いわよ。疲れ過ぎて倒れても本末転倒だし」
やっぱり案を聞いていたか……
作戦立案もするかと思っていたのに…
くぅ…どうするべきか…
「咲夜?」
「はいっ! なんでしょうか!」
「だからどうしたのよ…」
「なんでもないですので、どうかお気になさらずに」
「はぁ…奇行は程々にしてね」
それは私がお嬢様に言いたいです。ご自身で言っていて何か引っ掛からないのでしょうか。
と、まぁ、そんなことは思ったが口には出さない。完璧で瀟洒なメイドは、そんなことを言わないのだ。
「あ、そうそう。前のスカーレット・ラプチャーでは演劇をやろうとしたら、フランがのめり込み過ぎて破壊活動をし始めて、それを止めるべく動いたら余計に破壊してしまうという馬鹿みたいなことになったから演劇は無しね」
…嫌な記憶だ。あの時はパチュリー様も演劇で体力を使い果たして、魔法で雨を降らせることが出来なくてお嬢様が力尽くで止めようとしたら、物凄い抗争になって人里の半分を消し去ったんだっけ……
あれ…涙が出てきた……
「咲夜…うん。泣く気持ちは分かるわ。私も泣けてくるもの……」
「はい…」
「咲夜…」
「お嬢様…」
この後、30分程抱き合って泣きました。
〇 〇 〇
「さて、今度こそ、ちゃんと案を出すわよ」
正直なところ、妹様が出てこなければ事件も起こらないのだが…出さなかった場合に、もし、その事がバレてしまうと洒落にならない事件が起こり、博麗の巫女さんのお世話になってしまうので、出さざるを得ないのだ。
そして、妹様が出るということは危険度が一気に跳ね上がるということ。
迂闊に演劇をしてしまうとテンションの上がった妹様が大暴れしてしまう。それだけは何としても避けなければ。
「あ、浮かんだわ。咲夜がストリップでもすれば里の男共も紅魔館側につ―――」
普通ならお嬢様にナイフを向けるなどは死んでもしないと誓えるが、流石に今回ばかりは良いだろう。ということで時を停めて、ナイフをお嬢様の周りに並べて、ナイフの時間だけ止めてから時を進めた。
「何か仰りましたか?」
「いや…なんでもないわ。なんでもないから取り敢えず落ち着いて…ね?」
お嬢様が汗をだっらだら流しながら引き攣った笑みを浮かべているので、ナイフを仕舞った。
「さて…何かあるかしら?」
「そうですね…紅魔館でカフェでも開きますか?」
「カフェ? でも、それはイメージを回復しないと駄目じゃないかしら」
「あっ…」
確かにそうだ。全く気付かなかった。
「咲夜にしては珍しいミスね。気にしないで、良いアイデアだと思うから」
うぅ…お嬢様に慰められてしまった。なんたる不覚。
「んー…あっ、お菓子を売り込みに行かない?」
「売り込みですか?」
「ええ。ほら、竹林の薬屋は里に売りに行ってるでしょ? 私達もお菓子を売りに行けばいいんじゃないかしら。霊夢とかにも評判いいし」
ふむ…確かに良いかもしれない。妖精メイド達の腕もあがってるし…悪くないかも。
「良いですね。お菓子なら比較的簡単に多量を作れますから。それに格安で売って味も良ければ評判になること間違いなしでしょうから賛成です」
「やっぱりよね! 」
ふむ…となると、誰が売りに行くか……
「咲夜ー?」
やはり、ここはお嬢様が行くべきよね…
「咲夜ってば!」
後は…妹様もウケが良さそうだし…
「さーくーやー?」
あれ? お嬢様が怖い顔で見てる。どうしたんだろう。
「はい?」
「全く…1度呼んだらすぐに返事してよね」
「すいません…」
「売り込みに行くのは良いとして、誰が売りに行く?」
どうやらお嬢様も同じことを考えていたみたいだ。
「私も考えてましたが、やはりお嬢様は欠かせないですね」
「私?」
「ええ、お嬢様はこの紅魔館の当主。そのお嬢様が直々に売るというのは、とても宣伝になりますし、その可愛らしいさで里の人達も虜になりますよ!」
「んぅ…なるほど…」
「後は妹様ですね」
「フランも? でもフランは里の人には恐怖の根源じゃないの?」
「だからこそです。その妹様がにこにこと可愛らしい笑顔で無邪気にお菓子を売りに来たらどう思いますか?」
「え? うーん…何か裏があるのか怪しむわね」
あれ、予想してたのと違うな。私の予想では、ギャップ萌えとか来ると思ったのに、何で怪しむのかなぁ…
「えーっと…そんな捻くれた考え方をするのはお嬢様だけだと思います」
「捻くれたって何よ捻くれたって」
「それは置いといて、普通の方は最初は驚くでしょうが、次第に妹様の可愛さに気付くでしょう。そうなればこっちのものです。後はそこに居るだけで、ばんばん売れますよ」
「そうかしらね…まあ…咲夜がそう言うなら間違いなさそうね」
「ふふん、そうでしょう。では妹様も呼んできて、売り込みの練習をしましょう」
「そうね…(ノリノリで少し怖い…)」
〇 〇 〇
「完璧です。では、売り込みに行ってきてください」
私は着替え終わり、商品のお菓子、クッキーやらフィナンシェやら飴やら色々だ、を持ったお嬢様達を見て指を立てながら言った。
「え? 咲夜は一緒に来てくれないの?」
「私が居ては駄目なのです。ここはお嬢様方だけで行かないといけません」
本当なら一緒に行って頑張って売り込みをするお嬢様を見たくてたまらないのだが、ぐっと我慢する。
「じゃあ…フラン、行きましょうか」
お嬢様はそう言うと屋敷からトコトコと妹様と仲良く出ていった。
因みにだが、私は射命丸文と話を通し、このことを記事にする許可と引き換えにお嬢様の写真を融通してもらうことにしてある。それに何かあれば、彼女程のスピードがあれば私にもすぐ、知らせてくれるだろうから一石二鳥だ。
それとお二人には私の作った特製メイド服を着せてある。これこそが、ギャップ萌えだ。普段の格好でも充分可愛いのだが、幼女がメイド服というギャップに人は惹かれるものだ。完璧で瀟洒な私が言うのだから間違いない。
〇 〇 〇
お嬢様達が売り込みに行ってから約3時間経った時、遂に屋敷に帰ってきた。
2人のその手には行く時に持っていたお菓子は無かったが、お嬢様の顔は暗く、落ち込んでいた。
しかし、妹様の顔は、とても爽やかな達成感に満ちていて、それかまた、お嬢様の落ち込み具合を際立たせていた。
「あの…お嬢様?」
「フランに…取られた…」
お嬢様はそう言うと自室にトボトボと歩いていってしまった。
「妹様? 何かあったのですか?」
「んー?何も無かったと思うよ?」
「そうなのですか…では、売り込みの様子を聞かせてくださいませんか?」
「うん。えっとね…最初はね、白衣を着た背の高くてカッコイイ男の人が飴を咥えてたから、飴を買ってほしいな…って言ったら『ふむ…偶にはチュッパチャップス以外のも食べようかな…』って言って全部買ってくれたの!」
「ほう…凄いですね」
確か飴は一番多かったのに…
よっぽど飴好きだったんだろうか。それとも妹様の可愛さに惚れた変態さんか…多分前者だろうけど。
「えへへ…褒めて褒めて」
「妹様偉い偉いです」
「えへへー♪」
暫く妹様をなでなでしました。うん、可愛かったです。
「それからね、歩いてたら色んな人が見てくるから『お菓子はいりませんか?』って笑顔で言ったら皆が買ってくれて嬉しかった!」
ふむふむ…やはり、この作戦は成功だったか。
でもなんでお嬢様は、あんなに落ち込んでいたんだろう。
「それからはどうしたんですか?」
「んーっと…あ、それからお姉さまと会ったからお姉さまの分も売ってあげたの! 優しいでしょー」
あぁ…なるほど…
お嬢様は、自分で完売させたかったのに、妹様に全部取られたから…
「妹様、お疲れ様でした。夕飯を作りますのでお部屋でゆっくり休んでてくださいね」
「うん! じゃーねー!」
〇 〇 〇
……さて、お嬢様の前に居るけど…どうしようか。
空気が重い。お嬢様から負のオーラが、びしびし伝わってくる。
「あの…お嬢様?」
「ふふふ…私なんてどうせ妹に出番取られて回想だけで終わる姉なのよ…
愛想もよくて男受けする明るい妹の引き立て役よ…ふふふふふ」
やっべぇ、めっさ病んでいらした。これどうしよう。私の手には負えない気がするんですがこれは。
「咲夜」
「あ、パチュリー様」
「ああなったレミィは、放っておくのが一番早い回復方法だから放っておいた方が良いわよ」
「そうなんですか?」
「ええ、何もせずにいるのも優しさよ」
「分かりました。そうしますね」
「ええ」
〇 〇 〇
それから2週間が経って、今や紅魔館のテラスには色んな人で溢れかえっていて、妖精メイド達がてんてこ舞いで働いているの、当初の目的は達成したのだが…お嬢様が全然立ち直ってない。
パチュリー様どういうことですか!!
全然言ってた事と違いますよ!!!
その気持ちを込めながら視線を向けるもパチュリー様は我関せずといった様子で黙々と本を読んでいて…何かもう諦めたよね。うん、普段のキャラじゃないけど、いいや。あの紫萌やしの言う事は話半分で聞いておこう。うんそうしよう。
そのように私は決意して、最近の日課であるお嬢様の話相手になりに、部屋へと向かった。