Coolier - 新生・東方創想話

洗濯物

2014/04/20 13:32:36
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 雲がちらりちらり浮かんでいる、暖かな日だった。私は神社の縁側で昼酒を飲んでいた。霊夢が洗濯物を干しているのを肴にして、ちゃんと酔っている。
 今日はいつもの魔法使いも来ないまま静かに過ごしている。風が気持ち悪いくらいに快適だった。
「霊夢、今日は暇だねえ」
 霊夢が背を向けているのが何となく嫌で、話しかけた。彼女は振り向きもせず、いつもの様に自分のやることをやっている。それでも意識がこっちに向いているのが分かって嬉しい。
「ねえ、一緒に飲もうよ」
 あくまで無視しているけれど、それもまた一つの反応だから会話が続いていく。気持ちのいい空に、楽しい会話。酒がおいしくなる要素に溢れている。
「ねえ、天気も良いし、お花見でもしようよ」
 霊夢はゆっくりと振り向いて、馬鹿にした顔をしている。年相応の少女らしい生意気で、愛くるしい表情が酒を美味くしてくれる。

「大丈夫、散っちゃった桜を萃めて来るよ、いつもの連中もついでにさ。だから宴会やろうよ」
「馬鹿ねえ。散った桜なんか誰も見に来ないし、そんなもの無くたってあいつらは勝手に集まるんじゃないの」
 霊夢はそう言ってまた物干竿に向かって背伸びを始めた。
 彼女の言う通り、霊夢の周りには勝手に色んなやつが集まってくる。その大半が妖怪なので本人はうんざりしているけれど、私には羨ましい。私のそれは能力であって、それが私の本質では無いから。

他の鬼たちはどこに行ってしまったんだろう、彼女たちが帰ってくれば寂しくなんか無いのに。どうしてもそのことを考えてしまうけれど、もう叶わないだろう。
 変わることのない幻想の中でも少しづつ変わっていくものがあって、それについていけなくなることがある。出戻りのように姿を見せた私すら幻想郷は受け入れるけれど、住人たちはどうだろうか。無理やり宴会を続けたりしても、自分から正体を現すようなまねをしてみても、少なくとも今どきの人間は鬼への興味が薄いみたいだった。
 力の無い人里の奴らを食って、鬼の存在を思い出させてやろうと何度も思ったけれど、それは出来なかった。本人は気づいていないけれど、霊夢は本当に不思議な力を持っている。

 そんな彼女がとても気に入っていた。でも、もしかしたらその力が私を寂しくさせているのかもしれないと思うと、素面で接することが出来ないでいる。もっとも酔ってない時なんてほとんど無いけれど。
 酔いが醒めることが怖いというより、つまらない。酔っている間はずっと終わらないと勘違いしているわけじゃないけれど、もうずっと酩酊の中にいる。
 それ自体は良い。とても幻想らしくて、鬼らしい。
 鬼らしいというのはとても大切だから、それでいい。けれどいつか醒めた眼で、冷めた現実を見ることになるのだろうか、それが堪らない。

「はい」
 いつの間にか霊夢が私を見下ろしていた。ぼうっとしている間に洗濯を終えたのだろうか、そんなに時間が経ったように思えないけれど。
「ちょうだいよ」
 そういって彼女は手を突き出してくる、すぐに酒のことだと気づいて盃を手渡した。
「付き合ってくれるのかい、嬉しいね」
 酒を注ぎながらどんどん気が昂ぶるのを感じていた。ただ友人と呑むだけなのに私はこんなにも嬉しい。
「だってひとが呑んでるのに、やってらんないじゃない」
 そう言いながら心配そうに、こぼれそうな酒を見つめているのが何となくおかしい。だって、顔色ひとつ変えないのだから。洗濯物はまだカゴの中に半分は残っている、それが可笑しくて、嬉しかった。よっぽど我慢できなかったんだろうか。
「待ちきれなかったのかい? そういうの依存って言うんだよ」
「あんたに言われたくないわよ」
 そう言いながらゆっくりと、でも一息に飲み干すと、寝そべっている私の隣に腰を下ろした。
「ん」
「何だい、もういいの?」
「あんたも呑むでしょ」
 返された盃に何となく霊夢の香りが残っている。鬼と呑み比べをするつもりなのかと面喰ったけれど、思えばこの巫女はいつもそうだ。また欲しくなれば「ん」っと手を差し出すだけのことだろう。

 私が何杯か呑む合間に一杯、そんなペースで霊夢は徐々に顔を赤くしていく。一人酒よりずっと心地良いけれど、人間は馬鹿みたいに弱いからもうすぐこの時間も終わってしまうだろう。まだ日も高いのに、こんなに気持ちの良い天気なのに。
「ねえ」
「ん?」
「やっぱり、宴会しましょうか?」
 その声があんまり優しげで、彼女らしくないと思った。
「良いねえ、じゃあひとっ走り声かけてくるよ」
「いいのよ、どうせ勝手に集まるから、それに」
 少しだけ間を置いて霊夢は言った。
「別に二人でも良いのよ。宴会の人数なんて決まって無いんだから」
 その言葉が、年相応に聞こえる。少し恥ずかしそうに、たくさんの勇気を振り絞ったような、少女の声だった。
 私は何だか気に入らなかった。意味もなく、汚されたように感じた。
「どうしたんだい? やけにすり寄ってくるじゃないか、気味悪いね」
 冗談っぽく言ったけれど、本当に気持ち悪かった。そして腹立たしかった。
「別にそんなんじゃないわ。ただ」
「いや、よしてよ。聞きたくない」
 この少女は私を慰めようとしているんだと解った。鬼を、人間が慰めようとしている。
「何でよ、自分で言うのもなんだけど、私こんな風には滅多に」
 起き上がって、今度は手を使って彼女の言葉を遮った。すぐには言葉にならなかったから。
「あのね、だからこそ余計に嫌なんだよ。そんな風に気を使われたんじゃ堪らないよ」
「なんで?」
「だって、私は鬼だもの」
 霊夢の顔を見たくなくて、俯いたまま言った。
「あんた、寂しいんでしょ?」
 もう腹は立たなくなって、ただ惨めだった。本当のことではあっても、そう見られていることに我慢できない。
「だからずっと宴会をさせて、まぎれこんでたんでしょ?」
 顔を上げることも、何か言い返すことも出来ずしばらく黙り込んでいると、霊夢も何も言わなくなった。私は酒を注いでは飲み干すことを繰り返していた。

 そのまましばらくの間、私たちは黙って杯のやり取りだけを重ねていた。もう日が暮れようとする頃になって、洗濯物の残りを見つめたまま霊夢がまた口を開いた。
「私もね、寂しい」
 その言葉が少しの嘘やごまかしも感じられなくて、自然と霊夢の顔を見上げていた。まるでその言葉を待っていたみたいで恥ずかしい。
「でも、霊夢の周りにはいつも誰かがいるじゃないか」
「そうね、今日もあんたがいるしね」
「そういうのはやめとくれよ。そういうことを言ったんじゃ無いよ」
「でもね、寂しいの。誰かと居る時も、私はどこにも行けないで、私の中に居るだけなのよ。」
「どういうこと?」
「私は誰も好きじゃないのかもしれない。同じ人間の魔理沙のことさえ、どうでもいいのかもしれない。今日あの子来なかったでしょ?」
「そうだね、おかげで静かでつまんなかったね」
 霊夢が笑った。色んな事を諦めているように感じる微笑みだった。
「こんな神社に来る人間なんてあの子くらいなのに、別に来ても来なくても良いって思ってるの。心の底からそう思ってるのが寂しいの」

 ようやく霊夢が言いたいことが少しだけわかった気がした。私なら・・・・・・。
「私なら、来てほしいと思うだろうね」
 鬼は嘘をつかないものだ。
「そうよね、そのほうが良い。そのほうがあったかいもの」
「霊夢は冷たいのかい?」
「かもしれないけど、もしかしたら何も無いのかもしれない」
 そう言って差し出された掌に杯を乗せてやる。ゆっくり注がれる酒を見もせずに幾つか瞬きする様が、大人なのか子供なのかわからなくさせる。
「さっき私が洗濯物ほったらかして飲み始めた時、あんたすごく嬉しそうだった」
 あらためて言われると気恥ずかしいけれど、そのとおりだ。
「かまって欲しいんだなって思った」
 普段ならそんな風に言われれば何か嫌な気持ちになるものだけど、今は素直に受け止められた。
「それが好意とか、関心とか、なんて言うんだろう・・・・・・他人っていうものを受け入れることなんだろうなって思ったの。他人と交わって、広がっていくことなのかなって」
「霊夢も寂しいと思うんだろう? じゃあ同じじゃないか、誰かを求めてるってことじゃないの?」
「寂しいと思う癖に、誰かに居てほしいと思えないことが寂しいのよ」
 なみなみと注がれた酒はそのまま残っている。どこからか人の声がして、すぐに魔理沙だとわかった。
「良かったわね、宴会の人数が増えるじゃない」
 そういって霊夢は一息に飲み干した。そしてやっと私へ赤くなった顔を向けた。
「あんたは辛いわね、寂しさに長い時間耐えなきゃいけないんだもの。私は精々何十年で良いんだから」
 そういって立ち上がり、また洗濯物の方へ歩いていく。もう干すまでもないんじゃないだろうかと思ったけれど、何て言ってやればいいのだろう。何となく置かれた杯を取る気にならない。 
 すっかり辺りは暗くなっている。私は無性にこの少女をさらってやりたくなった。どこか誰もいない処へ連れ去ってしまいたい、食っても良い。そうすれば彼女は寂しさから逃れられるんじゃないだろうかと思った。

 でも霊夢は結局、幼いだけなのかもしれない、これから変わっていけるかもしれない。できることならその方がきっと良いことなんだろう、そんなことを考えながら彼女の背中から星空へと目を移した。今度天界にでも遊びに行ってみようか、もしかしたら昔の旧友たちが居るかもしれないし、良さそうな所ならそこへ連れて行っても良い。
 参道から白黒の魔法使いがやって来る。あるいはあいつが霊夢をさらってやってくれるんだろうか。
格闘ゲームは難しいですね。なかなかクリアできなくて。
つつみ
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コメント



0.510簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
お見事でした。
2.100絶望を司る程度の能力削除
寂しい雰囲気ですね……。
4.90奇声を発する程度の能力削除
うーむ、何とも
14.100名前が無い程度の能力削除
最後の締めがすごく良い。