Coolier - 新生・東方創想話

「聖」人のこころは正体明瞭

2014/04/19 23:53:35
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※前作の「聖」人と指輪の約束。から流れを汲んでいたり、前作の話もちらほらありますが、
 なんやかんやあって、命蓮寺と神霊廟の仲が良いと、それだけ頭に入れて頂ければ、本作はお読み頂けるかと思います。



 明日がとっても楽しみなんだろうな~。耳みたいな髪の毛がずっとピコピコ揺れてるんだもん。
 私にとってはこんな嬉しそうな表情は勉強になるけれども、人里の往来でニヨニヨしながら歩いていると、
 すれ違う人達からは怪訝な顔をされるので結構恥ずかしい。
 
 そんな具合に里の外れまで来た所で、私の神様、豊聡耳神子さんは思い出したように私へ振り返った。

「あぁ。すまない、こころ。それでここからはどっちへ進めば良い?」

 彼女はさっきまで嬉しそうに緩めていた顔を引き締めて、大きな瞳をこちらへと向けた。
 でも嬉しさが所々からにじみ出てるのが、面霊気の私、秦こころには分かる。
 私は人気の少な…全く無い林へ指をさして言った。

「この道を進んでいくと御面堂が見えてきます。そんなに遠く無いですよ。
 ただ、ちょっと坂を登るのと道が整備されて無いので少し疲れるかもしれません」

「なるほどね。今度この道も何とかしておこうか。
 布都にでも頼んだら綺麗にしてくれそうだ」

 …炎で綺麗さっぱり。と言う意味では無い事を祈ります。



 坂を登って行くと開けた所に出る。
 里にある広場と余り変わらない大きさの敷地と、私のマイホームである御面堂が目の前に現れた。
 右手を見ると、ちょっとした高台になっているので里が良く見渡せる。

「良い眺めだね。でも里からは死角になっててこっちは見えないのか。
 …以前の騒ぎで君の存在も知れ渡ったし、いつかここで能楽披露も出来るかもしれないね」

「あ、駄目です。能楽披露は博麗神社でって事になってるんです。
 霊夢さんとそういう契約をしました」

「…あの巫女にも一言いっておかないと」

 神子さんはふっと溜息をつくと再び御面堂へと目を向ける。
 御面堂の横から奥へ真っ直ぐ地割れが起きていた。
 希望のお面…古い方の希望のお面が落ちて言った地割れだ。

「ふむ、思ったより酷いな」神子さんが観察しながら言う。「あそこの部分は丸ごとだな。
 それに住居スペースも確保しないと。確かあの河童なら便利な道具を持ってたから今度相談するとして…」

 全体を見渡す様に、必要な建築材等を独り言で呟きながら考えてくれている。
 でも夢中になっている様で暫く待っても動く気配が無かった。

「あの、神子さん。御面堂の修理を見繕って貰えるのは嬉しいのですが」

 私が困った様に言うと、神子さんが「あぁ、すまない」と言って御面堂へと向かって歩いて行く。
 堂へと入る入り口を通り過ぎ、入り口に向かって左奥に少し進んだ所で、
 「ん。ここが丁度良い」と呟いて鞘から宝剣を引き抜いた。
 そこはさっきの人里が見える崖とは反対側。神子さん二人分程の高さの岩壁が地面から出っ張っていた。

 神子さんは岩壁をその宝剣で縦に斬り裂く。
 宝剣が折れると一瞬思ったが、直ぐ心配する事は無いのを思い出す。
 彼女が斬ったのは『空間』だ。

 岩壁に黄金色に輝く一筋の光が出来上がった。

「よし。あとは君の霊気をこの入り口に覚えさせるのと…そうだな。
 念の為に鍵代わりの合言葉でも決めておこうか?こころ」

「う~ん。急に言われても…後でも良いですか?」

「あぁ。急ぎじゃないからね。
 そうだな。明日の朝はこの入り口へ向かって私の名前を呼んでくれれば良い。
 一応、中の仙界まで声は届くよ。私でなければ聞こえはしないと思うけれどね」

 ふむふむ。合言葉を決めるの面倒くさいし、このまま…

「それと!それならずっと呼んで開けて貰おうだなんて思わない事だ。
 私だって仙界の外に居ることも多いし、一々私が開けたり君も待ったりするのは面倒だろう?
 直ぐじゃなくても良いからちゃんと決めておく事。わかった?」

「あぅ…。わかりました」

 欲を聞き、機微を観察する彼女は相手の考え…どころか素質や未来までをも見抜く。
 下手な隠し事はもうよそう。

「よろしい。…それにしてもお花見。楽しみだね。
 でも、初めてだとやっぱり不安になったりするかな?」

「えぇ。何をすればいいんだろう…。能楽以外はまだよく分かんないや」

「これから色々学べば良いさ。ま、明日は桜と食事と例のあれを楽しむ事だけ頑張るんだ。
 屠自古も張り切ってたよ。寺よりも美味しい料理を持って行くんだってね」

「おぉ…!それは希望溢れますね」

「期待すると良いよ。…よし、私はそろそろ戻ろうかな」

 気が付くと空が赤くなっていた。一日ってなんでこんなにも短いのだろう。
 神子さんはそのまま崖の方へ歩き出す。人里へ飛んで行くのかな?

「使わないんですか?この入り口」

「最初に使うのは明日だ。君の為に作ったんだから、最初に使うのは君が通る為にしよう」

「えっと、はい。その…ありがとうございます」

 「ん。それじゃあ明日」といって神子さんは里に向かって飛んで行った。
 姿が見えなくなった後、振り返って黄金色の光に触れる。ほんのり暖かい気がした。
 面霊気として、一人の妖怪として活動できるようになってから、色んな人にお世話になったな。
 明日のお花見で頑張って良い能楽を演じよう。お世話になってる人達へ少しでも恩返しになるのなら良いけれど。

 それにしても楽しみだな。明日の初めてのお花見と…

 命蓮寺と神霊廟の決戦。






 * * *






「皆、明日の決戦の準備は整ったね?」

 知能派の舟幽霊、村紗水蜜が薄暗い寺の居間で、真剣な表情をして周りの寺の者へ目配せしました。

「勿論。いよいよ決着をつける時が来たのね…。あいつらと」

 実力派の入道使い、雲居一輪が不敵な笑みを浮かべます。
 部屋を照らしきれない、蝋燭の小さな明りと相まって少し気味が悪いです。
 って、なんでこんな暗くしてるのでしょう。

「あの、皆さん。やっぱりいつも通り明るくしませんか?」

 私がそう言うと、正統派の毘沙門天代理、寅丸星が言いました。

「いえ、聖。これは作戦会議です。一体どこで彼女達の目が光っているかはわかりません。
 念には念を。戦勝司る毘沙門天代理の私が言うのです。どうか信じて下さい」

「…わかりました。」

 私はそう言って背後へ振り返り、明日の決戦の道具を見渡します。






 トランプ、花札、囲碁に将棋。見た事も聞いたことも無い『まーじゃん』と言うのもあります。
 これらは明日のお花見で、神霊廟の皆さんと決戦…もとい遊戯対決をする為の道具です。

 …はぁ。別にこんな雰囲気作りまでしなくても良いのに、なんだか星までその気になっちゃって…。
 この幻想郷で勢力同士の対決が殆ど無いからでしょう。
 毘沙門天の代理として働ける少ない機会と思って、張り切っているのね。

 私がちょっとやる気の無い態度を見せたからでしょうか?
 最近色々反射派の山彦、幽谷響子が(どこから持って来たのか)サングラスを掛けて叫びます。

「聖様っ!そんな気持ちでは奴らを打ち倒すことなどできませんぞ!」

 できません…ぞ?またどこかで変な事を覚えて来たのですね。
 響子を落ち着かせるように、饅頭は粒餡派の化け狸、二ッ岩マミゾウが言います。因みに私は漉し餡派。

「まあまあ、響子。落ち着くがよい。その元気は明日、奴らへぶつける為においておくんじゃ。
 聖殿も、あまり皆のやる気を削ぐような態度は感心せんぞ?皆、真剣なのじゃ」

 どうみても真剣には見えない、面白おかしいのを必死に堪えた目をした彼女がそう言うと、
 どうみてもまた変な事に付き合わされた、という顔をしたキュートよりセクシー派のダウザー、ナズーリンが続けて話します。

「で?皆は明日、何か対策でも用意して来たのかい?私は特に何も…」

 響子が二度目の注意をナズーリンへ叫んだ所で、私、脱がなくても凄い派…でしたっけ?一輪に指示された名乗りは。
 もといこの命蓮寺の住職、聖白蓮は数日前の昼頃を…神子さんとの会話を思い出していました。






 いよいよ桜が八分咲きという頃に、神子さんとこころさんの三人で、人里の茶屋でお茶をしていた時です。

「紹介して貰えて助かったよ白蓮。建築が得意な土蜘蛛の黒谷ヤマメ。
 彼女が手伝ってくれるなら御面堂の修理も早くなりそうだ」

「…報酬が少し怖い所ですけれどね」

 こころさんの御面堂の修理並びに増築。
 以前から話をされていましたが、こころさんが余り必要無い、と仰っていたので遅れる形になりました。
 でも、また他の御面が何かの拍子に地割れに落ちる可能性もありますし、なにより壊れた建物に住むのは危険ですもんね。
 こころさんの承諾を得て、やっと本格的に話が進み始めたのです。

「お二方、本当にありがとうございます。
 なんだか色々お世話になってしまって…」

 恐縮しているこころさんに神子さんが笑いかけます。

「気にしない。それより希望の面は馴染んできたかい?必要ならまた所々改良するが」

「や、あの、大丈夫です。はい。完璧です。これ以上変に…個性的にするのも如何なものかと」

「ん?そうか。まあ何かあったらちゃんと言うんだぞ?口に出さなくても欲で聞こえるけれどね」

 ………本当に聞こえているのかしら、欲。
 あ、いえ。良いと思いますよ?あのお面。えぇ、はい。
 こころさんが茶屋の席から大通りに目を向けて言いました。

「それよりも、人里の皆さんからなんだか希望を感じます。幸せふわふわ?的な」

「あぁ。そういえばそろそろお花見の頃ですね」寺にくる檀家の皆さんの話を思い出して言いました。
「博麗神社は妖怪が沢山居るので、以前のこころさんの能楽の様な催しでも無ければ里の人間は寄り付きませんが、
 幻想郷にはいくつも隠れた桜の名所があるそうです。きっとそういった場所へお出掛けをされるのでしょう」

「お花見か…。里の人達には危険な場所へ余り行って欲しく無いが、こうもぽかぽか陽気だと浮かれるのも分かる気がするよ」

 神子さんも目を瞑って、周りの欲を聞きながら言います。
 「もっとも、花より団子、御酒が楽しみな人も多い様だけれどね」と苦笑いの一言を後ろに加えて。
 寺や道観の人達やこころさんも一緒に、皆でお花見へ行きたいですね。

「お花見ってなんですか?」

 数拍、私と神子さんが固まりました。

「…すみません。まだまだ知らない事が多いので」

 そう言って悲しそうな表情のお面に変えたこころさん。
 なんとなく彼女の無表情も悲しげに見えました。

「あぁ、いえこちらこそ。そうよね、貴女にとっては初めての季節ですもんね」

 慌てて言う私は、冬の雪に感動している彼女を思い出しました。
 「顔を霜焼けしてしまった人の表情っ!」ってのは二度として欲しく無い表情でしたね。

「良い機会じゃないか」神子さんが嬉しそうに言います。
「里のお祭り騒ぎも普段大人しい妖怪たちの暴走もすっかり懐かしいと感じるぐらい落ち着いたんだ。
 息抜きに皆で出掛けたいと思ってたしね。よし、花見へ行こう。 
 …その、白蓮。寺の者達も忙しく無ければ…」

「えぇ。最近はすっかり落ち着いてますよ。準備が必要なので数日後になりますけれど」

 「決まりだね」と、神子さんが微笑みます。
 あぁ、それなら今日は帰ってすぐ持って行く料理について話し合わないと。
 
「あの、それで結局お花見とは?」

 こころさんは困った表情を表す(らしい)猿のお面で質問します。
 お花見とは…まぁ、ここは桜を観賞する事と答えたいのですが、神子さんが聞いた欲の通り、
 騒いで飲食を楽しむというのも大きいですね。あと、御酒。こと幻想郷においては特に御酒。
 神子さんが少し悩んで答えます。

「桜を観賞しながら、周りの者と食事して親睦を深める。みたいな感じかな」

 そして弾幕ごっこへと発展します。博麗神社では。

「なるほど。喜びと楽しみの表情が溢れそうなお話ですが…。それだけだと少し退屈ではありませんか?
 せっかく皆で行くのですし、もっと色々しましょうよ。例えば弾幕ごっことか」

 こころさん。一輪だけでなく、とうとう霊夢さんからも影響されてしまったのですね…。

「…ふむ、他に催しか。それなら白蓮、こころの宿泊先の話は覚えてる?」

「えっ?えぇ、覚えてますけれど、それがどうかしましたか?」

 御面堂の修理の間、こころさんは他の所に寝泊まりする予定です。
 作業の間は作業具が色々な場所を埋めますし、こころさんも落ち着かないでしょう。
 寺か道観か、はたまた麓の神社に宿泊する予定でした。

「それならこうしよう。お花見を楽しみながら寺と我が道観で勝負をする。
 内容は…お花見しながらだしね、弾幕ごっこは周りを荒らしてしまう可能性が高いから今回はよそう。
 他に遊具や道具を使った勝負をするんだ。札や駒なんかを使った様な奴でね。
 そして、勝利した側の住居にしばらく…」






「こころさんが命蓮寺に泊まって貰う為にも、神霊廟の奴らに必ず勝たなければいけないのよ!」

 立ちあがった一輪の顔は、蝋燭の明かりでは良く見えませんでしたが、どんな顔か簡単に予想できます。
 こころさんを妹の様に可愛がっていますしね、特に気合が入っているのでしょう。
 水蜜も屠自古さんとは、亡霊同士で競い合っている仲です。あ、良い意味でって事ですよ?
 二人からは負けられない気迫を強く感じますね。
 そして、断固妖怪派の正体不明、封獣ぬえからも静かな闘気が…。

「でも神子さんって相手の心を聞き解くのですよね。その辺はどうするのでしょう?」

 星の質問に私が答えます。

「耳当てに能力制限も掛けられるそうですが…神子さん曰く、出来るだけお互いの能力を発揮できる勝負が良い。
 将棋や囲碁では流石に自分の能力が有利過ぎるので、その辺りは決まった勝負相手と相談しながら決めたい、との事です」

 『本気で戦うために決闘前に理由は言わない』。
 故に、夏のお祭り騒動では布都さんに事情説明のアフターケアを頼んだ神子さんらしいですね。
 
「ふ~ん。じゃあ私の能力で誰かを溺れさせても良いんだね」

 眩しい笑顔で言い放つ水蜜。しんっと静まった寺の居間。
 しゅ、修行不足ですよ?






 * * *






「ふ~む。じゃあ私の能力で誰かを感電させても良いのですね」

「いや、それは流石に駄目だろう…」

 神の末裔の雷、蘇我屠自古の一言に、太古の風水、物部布都が答える。
 そんな二人を見て、意地の悪い仙道、霍青娥が優しく言った。

「そうですよ。蘇我様の爆雷は強力です。安易に使うと相手を滅してしまいます。
 故にきちんと抑えて相手を感電させないといけませんよ?」

 違う。そうじゃない。

 仙界に存在する道観、神霊廟。
 私達の食事は仙人食と言う穀物を中心にしているが、まだ人間の頃の名残がある私と布都の為に、
 屠自古と青娥が時々こうして普通の料理を用意してくれる。勿論ナマグサは禁止だが。
 大陸風の装飾と灯りの下、人里の弟子達が全員帰った静かなこの夜。
 食事をしながら皆で明日のお花見について話し合っていたのだ。

「冗談です、太子様。でも負ける気は毛頭無いですよ。
 持って行く遊具、自分の能力、対戦相手。色々なパターンを考えて相手に勝利しましょう」

 その言葉を証明するがの如く、彼女から強い勝利欲が聞こえてきた。
 うむ、良い事だ。例え関係が良好な相手であっても。全力で勝ちにいくのは礼儀でもある。
 
「そして勝利して奴らにあの甘味屋のパフェを奢らせるのです。遠慮なく。
 新しい奴といつもの奴と時々食べる奴と我慢してた奴を!」

 …こころは?

「お~。おやつを食べる事なら誰にも負けないぞ~!」

 好き嫌いの無い死人、宮古芳香も屠自古に続いて吠える。
 段々とズレてきたね…。
 布都が芳香を横目に見て言う。

「でもまあ、大食い勝負なんかだったら芳香も負ける事は無さそうだのう。
 我も将棋や囲碁と言った勝負なら負ける気はしないがな。
 そういう意味で寺で手強そうなのは…やはりあの化け狸か」

 私もそう思っていたので布都に続いて言う。

「きっとあの手この手と沢山用意してくるだろうね。
 でも、今回はあの狸の媼…マミゾウの企みは十欲を聞いても、私は敢えて黙って置く事にする」

 少し驚く屠自古と布都。続けて理由を伝えよう。

「今回はあくまで遊戯対決だ。
 折角向こうが用意したネタを披露する前にバラしてしまうのはお互いの為じゃないし、何よりつまらない。
 昔の様な命の奪い合いは(まあ多分)無いのだから、危険な企みでない限り皆に伝えないようにする。
 そもそも…」

「たかがお遊戯のトリックを見破れぬようでは修行不足…ですわね。豊聡耳様」

 青娥が楽しそうに言った。
 意味を理解したのだろうね。屠自古と布都が不敵に微笑む。
 うんうん。私の門徒はこうでなくっちゃ。

「お~。私だって負けないぞぉ!」

 芳香も気合十分に再び吠える。勿論貴女にもきちんと期待して

「寺の奴らの料理を一杯喰ってやるぞ~!」

 ………布都、屠自古。そして意外にも青娥。
 寺の料理と聞いた途端、彼女達からちょっとした食欲が聞こえてきた。
 今まさに食事中なの忘れてるんじゃないかしら。






 食事を終え、自室で作業をしていると、扉から声を掛けられた。

「太子様。今、よろしいですか?」

 屠自古の声だった。

「ん、構わないよ」

「失礼します」

 足音もたてずに彼女が部屋に入って来た。
 手にはお盆を持っていて、湯呑みが二つ載せられている。
 彼女は小さくため息をついて言う。

「やはり、少し部屋を大きくされてはどうですか?
 昔の御面を作成、修理する道具や習作の御面まで引っ張り出したのです。
 元々道具の多くて狭く感じた部屋が更に窮屈に感じますよ」

 私の部屋はあまり大きく作らなかった。
 自室を大きくするぐらいなら修行用の広場や他の設備のスペースを確保したかったし、
 私の仲間の部屋を大きくさせてあげたかった。昔の様な身分に合わせた部屋作りは嫌いだったしね。
 まあ…一番の理由は。

「いいじゃないか。欲しい物が直ぐ手に届いて」

「…はぁ。まあ、貴女様が良いのならそれでいいですけれど」

 呆れた屠自古が道具の少ない方へ向かった。
 少なくとも来客用のスペースは確保している。この前来た山の仙人様を迎えた場所ね。
 そちらへ屠自古がお茶を運んだので、私もそっちへと向かった。

「今日の夕方に見に行かれたのですよね。どうです?修理まで大分掛かりそうですか?」

「いや、大丈夫。建物は一部酷い部分があったけれど、まだ大丈夫な部分は多かったよ。
 本当は地割れを諏訪子さんに塞いで欲しかったのだけれど、こころがさ。
 『皆と知り合えた切っ掛けなので、記念に残しておきたいのです』なんて言うからね。
 仕方無いから、地面は今の状態のまま、建物を修理に加えて改築するつもり」

「ふふっ。あの子らしいですね」

 椅子に座り、湯呑みを手に取り一口。うん、いつも通り美味しい。
 …さっきの食事での会話を思い出したので聞いてみた。

「明日、私達が勝利したとして、こころが道観で寝泊まりするようになるとしたら?」

「先ず部屋は青娥殿から一番遠い部屋にします」

 大いに同意。

「それもそうだけれど、なんて言えば良いかな?
 屠自古はあまり、こころに興味がなさそうだったから…」

 私がそう言うと屠自古は意外そうに、少し目を見開いた。
 そしてすぐに微笑んでその目を細める。

「そんなことありませんよ。興味津津です。太子様のお造りになった能面が妖怪化した存在。
 まるで、貴女様のお子様のようではありませんか」

 …まぁ、えっと。正面からそう言われるとちょっと気恥ずかしいというか。

「まあ、それとは別にあの子そのものも放っておけません。
 素直な部分は美点ですが、なんだか危なっかしい」

「確かにね。だからこそ、きちんと見守ってあげたい存在だよ。あの子は」

「…こころ。ここで寝泊まりできると良いですね。
 寺だって悪くは無いと思いますよ。でもやっぱり、ね」

「うん。その為にも明日に備えて今日はゆっくり休もう」

 クスッと笑った屠自古は、私がさっきまで作業をしていた机を見つめた。
 彼女の言いたい事を察して、思わず誤魔化す様に笑ってしまった。
 そうだね。そろそろ私も休もうか。

「でも、こんな遅くまで新しい御面堂の図面を作成されるとは、
 太子様もこころには随分甘いのではありませんか?」

「そう見えるかな?」

「えぇ。昔を思い出します」

 ………………。

「懐かしいね。屠自古」

「鮮明に思い出せますよ。河勝様の事は今でも」






 * * *






 割れた天井から朝日が差しこむ。
 これはこれでロマンチックだと思うけれどね。
 でも神子さんの言った通り、近くの床が割れているのは落ち着かない。
 今回は皆に甘えて、新しい御面堂での生活を楽しみにしておこう。

 布団を畳んで、堂の近くに作って貰った井戸で顔を洗う。
 本当は食事の必要は無いけれども、『何かを食べて元気になる』という気持ちは妖怪にも効果があるらしい。
 普段はこのまま人里へ降りて食堂か、妖怪が開いている屋台なんかに行くのだけれど今日は違う。
 いつもの服に着替えて昨日出来たばかりの、岩壁の光へ叫んだ。

「屠自古さ~ん!お腹すいた~っ!」

 暫くすると黄金色の光が少し激しくなって、岩壁の色んな部分が手前と奥に別れて動き、
 人一人は余裕で通れるぐらいの洞窟が出来た。
 奥から良く知った声が聞こえる。

「…全く。合言葉はその台詞にしておこうか?」

 神子さんの呆れた声が奥から木霊するように響く。
 今の台詞、ここを通るたびに言うのは恥ずかしい。とっても。

「あぅ、その…」

「冗談。おはよう、こころ。はやくこっちへいらっしゃい。
 朝餉はもう少ししたら出来るらしいよ」

 ほっと一息。意気揚々と奥へと歩いて行った。






 今日、皆でお花見する場所は妖怪の山の手前の小山だ。
 殆ど丘と言っても良いぐらいの大きさ。博麗神社や私の御面堂の場所より少し大きいぐらい。
 北東部分がちょっとした崖になっており、その場所以外はなだらかな坂になっている。
 今日はその崖まで行くらしい。

 待ち合わせ場所は人里近くの辻。
 朝餉(また食べたい)を終えて、道観の皆と待っていると、寺の方から白蓮さん達がやって来た。
 一瞬、神子さんが身構えたような気がした。

「神霊廟の皆さん、おはようございます」聖さんの良く通る声が朝の辻に響いて気持ち良い。
「あの、神子さん?いつかの時みたいなのはありませんから」

 白蓮さんが少し拗ねて言うと、神子さんも困った様な笑顔で「分かってるんだけれど身体がね…」と答える。
 何があったんだろう。この辻で。

 小山までは平原とちょっとした林しか無い。だから大人数で歩いても、道を塞ぐ事は無い。
 そして人数が人数だからとっても騒がしく歩いている。
 私の隣には、よく私を驚かせる傘、多々良小傘さんがいる。いつかだったか彼女に驚かされた事があった。
 その時、とっても吃驚して驚いたお面を被ったのだけれど、彼女は御面では無く私の顔を見て「や、やるじゃない…」と呟いた。
 それから良く絡んでくる事が多い。…同じ付喪神だからかな?

「ふっふっふ。こころちゃん?今日はあっと驚く仕掛けを用意してきたからね。楽しみにしておくと良いよ」

「あの、小傘ちゃん。いつも貴女に驚かされているんだけれど…」

「そんなこと言って~。今日こそはそのポーカーフェイスをぎゃふんと言わせてやるんだからね」

 それは私が、感情を御面に依存する状態から脱却した時、そう、一人の妖怪として確立できた時だ。
 彼女がそんな嬉しい事を言ってくれるとは思わなかったので感動した。

「うん、そうなると嬉しいよ」

 素直にそう言うと小傘ちゃんは、「そ、そんな口が聞けるのは今の内なんだからねっ!」と言って、
 先へと歩いて行ってしまった…どうしたんだろう。

 後ろの方では、水蜜さんと一輪さんが、屠自古さんと料理について話し合っていて、
 お弁当は私と遊んでくれる入道、雲山さんが運んでいる。いつもお世話になってます。
 前の方では、星さんに絡んでる布都さんを邪魔するようにナズーリンさんが歩き、
 響子ちゃんが芳香さんと笑いあっていて、一緒に居た青娥さんに小傘ちゃんが追いついて声を掛けた。
 一番前に、神子さんと白蓮さんにマミゾウさん。今から行く場所について話している。

 振り返ると一番後ろ。少し距離を開けて、ぬえちゃんがそっぽを向いて歩いていた。
 少し寂しそうに見えたから、私が彼女に話しかけようとした時、
 マミゾウさんが私を呼んだので仕方無く前の方へ向かった。
 
 一番前に来た時、ちょうど丘の入り口を通って坂を登り始めた所だった。

「どうしました?マミゾウさん」

「『さん』はいらんと言っておろうに…。
 ともかく、前を見ると良いぞ。そろそろ見えてくる頃じゃ」

 前を見ると、坂道の脇に桜が綺麗に咲いていて、ここでも十分綺麗だと思えた。
 中腹に近づくにつれて桜の数も増えてくる。進んでいると、道の向こうに開けた場所が見えてきた。
 その開けた場所に出ると、思わず駈け出していた。

「…凄い」

 目的地の崖は様々な所に桜が咲いており。下から見上げるとちょっとした桜の壁が出来ている様に見えた。
 真ん中辺りを小さな滝が、丘の頂上から崖を伝う様に流れて、下にはちょっとした滝壺もある。
 風が吹くと、桜の花弁が滝と交わって、とても幻想的な風景を創りだしていた。

 振り返ると、マミゾウさん以外は皆見上げてポカンとしていた。
 勿論、お弁当を運んでいる雲山さんも…って!

「お、おべ、お弁当!!」

 私が指さして叫ぶと、雲山さんは落としそうになったお弁当を持ち直した
 危なかった…。



「大陸の料理ですか?」

 白蓮さんの質問に青娥さんが答える。

「味付けはこちらの国の方に合わせているので、味に吃驚する事はありませんわ」

 私はその料理が美味しい事を知っている。青娥さんに今朝こっそり一口貰ったからだ。
 小傘ちゃんが今の会話を聞いて、「料理で吃驚…ふふ」と不穏な呟きを洩らす。
 寺の料理も皆美味しそう。お寺って質素な食事のイメージだったから意外と豪勢なのに吃驚した。

 広い広い食事用のシート。
 流石に全員一か所で、という訳にはいかなかったから数人に別れて食事している。
 私がいるシートには神子さんと白蓮さんに、青娥さんと小傘さんの五人だ。
 美味しそうな料理が目の前に沢山広がっている。先ずはどれから…。

「あっ。神子さん、これ。今朝私が作った一品です。良かったら食べてみてくれませんか?」

 白蓮さんが手を添えて進めたのは飛龍頭の揚げ出しだ。因みに飛龍頭はがんもどきの事。
 ほぉほぉ。中々美味しそう。私も一個貰おうかな。

「豊聡耳様。迷いの竹林から取って来た筍で作った若竹煮です。
 しっかり味が染み込んでて美味しいので、さぁ」

 おぉ。こちらも美味しそうだ。
 青娥さんの言うとおり、今朝の料理の中で時間を掛けて調理されていたのを知っている。
 私も少し貰おう。それにしてもこんなに色々勧められるなんて、神子さんも幸せな人だなぁ。
 そう思って彼女の顔を見たら、なんとまあ、とても参考になる気まずそうな顔をしていた。
 どうしてそんな顔をしているのかな?って私が思っていると、

「…青娥さん。私が勧めている所に他の料理を出してくるのは少し失礼ではありませんか?」

「あら、聖様。申し訳ありません。
 でもこちらの料理が手前にあったので先にぱくっと召し上げられます。ですので先に…」

「いえいえ、もう私の手元にありますよ」本当だ。いつのまに…。「さ、神子さん先に」

 「いや…あの」そういって神子さんは一層気まずそうに。
 私がぼんやりとそんなやり取りを見ていると、隣から「はいっ!こころちゃん!」と、
 小傘ちゃんから何かを差し出された。

「…?小傘ちゃん。なにこれ」

「えへへ~。私もね?こころちゃんに料理作って来たんだ~」

 彼女はそういって、おにぎりを私に再度差し出した。
 そのおにぎりは『気を付けて!私の中には何かがあるよ!』と、形と大きさで私に警告している。

「がぶっと!がぶっと大きく一口食べてみて!」

「小傘ちゃん。あのね?」

「ささ、どうぞどうぞ」

 …今から誰かと場所交代できないかな?

「白蓮、青娥。私はちゃんと両方食べるから周り見て。あと小傘ちゃん。
 こころに変な物を食べさせようとするのは止めてもらえるかな?」

 神子さんが落ち着いた声で皆に声を掛けると、白蓮さんが慌てて、

「ごめんね、こころさん、小傘ちゃん。ほら、色々な料理を用意してきたから沢山食べてね」

 そういって白蓮さんはさっきの一品と他にも、私と小傘ちゃんの取り皿に色々よそってくれた。
 青娥さんも「…いつかの時みたいに子供っぽいことしましたね、私」と言うと、
 振り返って全員分のお茶を用意し始めてくれた。
 
 小傘ちゃんは、その手元にあるおにぎりの仕掛けを(まぁ誰でも可能だが)見破られて慌ててる。
 そんな彼女に神子さんは続ける。

「小傘ちゃん。君が他者を驚かせる妖怪だと勿論知っている。
 が、あまり食べ物を粗末に扱うのは感心しないな?」

 やっぱり何かあったんだ。

「少し説教臭くなるけれどね、私が転生する前の時代はとても食べ物が貴重だったんだ。
 食べ物が食べられなくてひもじい思いをする人達を沢山見て来た。本当に沢山。
 でもそんな人達が頑張って、この国を発展させて来たんだ。今こうして味を楽しめられるぐらいにね。
 だから…」

 そこまで神子さんが言うと、小傘さんが理解した事を現すように、
 しゅんと項垂れて反省した顔をして言った。
 
「…ごめんなさい。その人たちに悪いことしました。
 このおにぎり、持って帰って中身を分けて、ちゃんと食べれる状態にして食べます」

「ん。解ってくれてありがとう。さ、もう気にしないで食事を楽しもう。
 本当に色々用意してきてくれたんだね」

 そういって神子さんが料理を食べた。
 私もよそってくれたのを一口……美味しいっ!






 * * *






 崖の景色を丁度良く見れる、先程の場所から少し離れた木の根元。
 食事を終えて、そこに一緒に座っている隣の神子さんに話しかけました。

「そういえば、『悲田院』はかの聖徳太子が建立したという伝承がありましたね」

「…そんな事まで伝承になったんだ。良く知ってるね、白蓮」

 遊戯対決をする前に、せっかくこんな綺麗な場所に来たのだから少し遊んで見て周ろうと、
 布都さんや響子が言ったので、こうしてしばらく自由な時間にしました。
 ですので、こうして近くでゆっくりする者と、頂上に遊びに行ったりブラブラ周る者と別行動にしました。

「勿論。仏教の考えや思想のそれ、ですからね。…なんだか昔を思い出しました」

 弟の事、昔の寺の事、自分が若返りの法を求めた事、封印される時の事。
 …目の前の光景がとても不思議に思えます。
 妖怪の格好の餌となる仙人と、その妖怪が山の頂上に一緒に登ろうとしている。
 昔じゃとても考えられません。

「昔か…」神子さんが、頂上へと続く山道を登って行ったこころさんを見て言います。
「私は最近よく思い出すよ。昔の事。よく修理をせがまれるしね」

「こころさんですか。貴女の作成された御面の付喪神…確か、御面はどなたかに差し上げたのですよね」

「そう、秦河勝…猿楽の祖。
 とても面白い奴だったよ。こころに似てるね。いや、こころが似ているのか」

「えっと、直情的な方だったのでしょうか?」

「ふふっ。そんな所かな。昔ね、『常世神』っていう神を祭る民間の新興宗教が流行ったの。
 民衆は常世虫という虫を祭ってね、財産や捨てさせて踊り騒がせた。
 勿論、そこには神性なんて無くて、被害は甚大だった。
 そんな時、河勝が黒幕を討伐したのよ。
 それ以降は常世神信仰は無くなったし、河勝も『神の中の神』と呼ばれる事となった」

「まぁ。素晴らしい人ではありませんか」

「いや、その。今白蓮が言った通りとても感情的な奴でね。
 今の常世神の討伐も、民衆に被害があると聞くとあっという間に飛び出していってね…。
 私や布都のフォローが無かったらどうなっていた事やら…」

 なんとなく察しました。神子さんはそれでも懐かしそうに微笑んで続けます。

「そういった部分を含めて、一緒に居て楽しかったし、頼れる奴だった。
 こころを見ているとね?なんだか、河勝の忘れ形見の様に思えて来て…懐かしいんだ。
 あの子もきっと、河勝と同様に他者の表情の深い所まで観察して理解できる。
 そんな風になると思う」

「…こころさん。これから一杯色んな事を覚えます。
 面霊気とは言え、きっと子供みたいに成長して行きますよ」

「うん。ちゃんと見守ってあげようね」

 そこで会話が途切れて、二人でゆっくり崖を見上げます。
 何度見ても飽きない絶景ですね。

 そういえば、頂上に向かった子たちは大丈夫でしょうか。
 あの子には皆を見て貰うよう頼んだけれど、あの子自身もさっきの食事ではあまり食べて無かったし…。
 こころさん達は今どの辺りに居るのでしょうか。






 * * *






 頂上まであともう少しという所で、後ろから布都さんが私に声を掛ける。

「のぅ。こころ。その、我はあの ぬえ とやらに何か悪い事でもしてしまったのか?」

「…?布都さんはいつも通りでしたけれど、どうかしましたか?」

「さっきから…その、こちらを睨んでおってな?」

 布都さんがそう言うので、私も振り返る。響子ちゃんと小傘ちゃんが笑いあってる向こう。
 確かにぬえちゃんはこっちを睨んでいるように見えたが、視線に気が付いたのか直ぐに顔を伏せたので良く見えなかった。

「我も幻想郷に復活した時は、妖怪達とのトラブルは少なく無かった。
 だから誰かの恨みを買っている事もあるだろう。
 我が忘れているだけであやつに何か悪い事をしていたのであれば、謝りたいのだが…」

「う~ん。でも私は最近皆と関わり始めたので、少し心当たりが…」

「あっ。そうだったな。変な事を聞いてしまった」

「いえいえ、気にしないで」

 さっきの表情。あれは布都さんへ睨んでいると言うより…。



 山の頂上も桜の気が咲いてる。
 崖の下とは違い、木が少なくて空が広く感じる様な気がした。
 見渡せる光景には、先程の人里への道の他に、もっともっと高い山が見える。 
 妖怪の山だ。幻想郷においては、妖怪の山以外は小山や丘ぐらいしかないけれど、
 きっと外の世界でも、この山より大きいのなんてそうそうないと思うな。

 小傘ちゃんが気持ちよさそうに駆け出して伸びをする。
 響子ちゃんは「やっほ~!」と大声を妖怪の山へ向かって叫んだ。
 本家本元の山彦の声はやはり一味違う…気がする。
 辺りを見回すと、なるほど。それほど広くは無い小山の頂上だ。
 北東の方を見ると先程の絶景を味わった崖がある。覗くと皆が居るのかな?
 ん~…でも草が邪魔だな。

 そちらを見ていると、赤と青の羽…ぬえちゃんが崖の方へと歩いて行った。

「待てっ。崖には気を付けた方が良いぞ!」

 布都さんの注意に、ぬえちゃんは機嫌悪そうに答える。

「…私達が飛べる事忘れたの?
 確かに意識しないと駄目だから、不意に落ちてしまった時は飛べるまで少し時間が掛かるけれど、
 そんな子供みたいに簡単に落ちないわよ」

「それは、そうだが」

「あと、あまり私に話しかけないでよ。
 こっちに来たのは人数が少なかったからだし、私はあんた達仙人なんて嫌いなんだから」

「…むっ」

 そこまで言われると、布都さんも流石に一言いいたそうになったみたい。
 でもその前に、私がぬえちゃんに言った。

「ぬえちゃん。白蓮さんに頼まれてたよね。
 崖の方は危ないから、私や小傘ちゃんに響子ちゃんがそっちへ走り寄らないように見ててって」

 布都さんが少し意外そうな顔をする。
 彼女も神子さんに皆を見ておくように言われていたからだ。
 それに…。

「あと、仙人が嫌いってのは少し違うよね。
 道観の皆が嫌いなんて風には…少なくともそんな表情には私には見えないよ」

 そこまで言うと、ぬえちゃんが少し怒ったような表情をして私を睨む。
 布都さんはそんな彼女を警戒して、私より半歩前にでた。
 不穏な空気だけど…ここで言わないといけない気がしたから、続けて言った。

「ぬえちゃん。さっき白蓮さんに頼まれ事をしていた時、面倒臭そうな表情してたけれど嬉しさが滲み出てたよ。
 でも、白蓮さんが神子さんと一緒に休むところ見てなんだか寂しそうな顔をしたよね」

「別にそんなんじゃ…」

「水蜜さんから聞いたことあるの。白蓮さんが道観の人達と関わるようになってから、
 ぬえちゃんが不機嫌な顔をする事が多くなったって。
 さっきだって布都さんを、嫌っていると言うよりも妬んで睨む様に見えた。
 大丈夫だよ。白蓮さんはちゃんと貴女の事…」

「もういいっ!」

 ぬえちゃんの声に響子ちゃんと小傘ちゃんも気が付いて、こちらを心配そうに見つめていた。
 すると布都さんが一歩前に出て、ぬえちゃんに話しかける。

「なるほどな、ぬえ。驚いたぞ。妖怪も仙人も変わらないではないか。
 似た者同士だな。我らは、うむ」

「…?」

「我もな。随分前に一人で勘違いをして道観を飛び出した事があった。
 あっちの方が良いんだ。もう自分は必要されて無いんだ…といった風にな」

 後ろに居た響子ちゃんが何かを思い出したように頭をさする。

「人も妖怪も不便だな。どんなに相手を想っても、想われても、
 言葉や行動にしなければ、またはそれに気が付かなければ伝わらない。
 それこそ、太子様や地底に居ると言う妖怪、古明地さとりの様な能力があれば良いのだがな」

「知った風に言わないでよ。今の聖が…」

「勿論我はわからん。そのような能力は我には無い。
 だから唯一お主に言える事は、自分の経験談だけだ。
 我は…我は自分の頭の中だけで答えを出していた。悪い方へ、望まない結果の方へ、苦しい方へ。 
 答えを知った時、そう前もって考えていた方が…まだ痛く無いからな。
 でも、そんな風に考えていると行動もそれに準ずる様になる。問題は解決しなかった」

「…だったらどうすればいいのよ」

「聞くしか無かろう?教えて貰えば良い。思い切ってな」

 ケロっとした表情で布都さんが言うので、私や皆も少し驚いたような顔をした。
 でも…うん。大丈夫。

「大丈夫だよ。ぬえちゃん」私も一歩前に出て言った。
「白蓮さん、困った人だよね。色んな人を、妖怪を大切にする人だもん。
 だから時々、ちゃんと見てくれるのか不安になるよね。でも、変わらないよ。
 神子さんを相手に話す時の表情も、私が寺の修行に行った時に迎えてくれた表情も、
 さっきぬえちゃんに頼みごとをしていた時の表情も。
 作ってなんかいない、みんなちゃんと優しい笑顔。
 …本当に困った人だよね。でも、ちゃんと聞いたら答えてくれる。
 ちゃんと真っ直ぐ目を見て言ってくれるよ」

「………どんな顔をして聞けばいいのよ、今更」

「ひょんなはお」

 私は言いながら頬を左右に摘み上げた。
 (多分)口の形が完璧に笑顔になっているに違いない。
 苦労して作り上げたアルカイックスマイル(意味はよく知らない)だ。
 きっと新しい希望のお面の様なすばらしい笑顔となっているに違いない。
 …あれ、という事は不気味?

 「ぶふっ。こころ、なんだその顔は」布都さんが噴き出して、
 「…あははっ。こころちゃん凄いよっ。そんなにほっぺ伸びるんだ!」響子ちゃんが覗きこんで笑い、
 「おおっ!この顔、夜道でばったり会ったら驚きそうねっ!」同じく覗きこむ小傘ちゃんが感心した。

「ふっ。くくっ」

 ぬえちゃんが小さく噴き出したかと思えば、「はぁ~」と力を抜くように溜息を吐く。
 疲れたような、でも、どこかリラックスした表情になる。うん、良い表情だ。

 その時だ。
 トサッと小さな音がしたかと思ったら、小傘ちゃんの小さなバックからさっきのおにぎりが落ちた。
 覗きこんで落としちゃったんだろうけれど、おにぎりはちゃんと包みに入っているので問題無く食べれる…が。

「あっ、ちょっと!」

 おにぎりはころころと崖の方へ転がって行く。
 子傘ちゃんは慌ててそれを追いかける。

「小傘、気を付け……っ!」

 ぬえちゃんが注意を掛けようとした瞬間、おにぎりを掴んだ小傘ちゃんの身体が草に沈んだ!
 あそこ、草が庇みたいに伸びてたんだ!

「っ!」

 瞬間弾き飛ぶ様にぬえちゃんが、私の隣に居た布都さんが駆け出す。
 私と響子ちゃんも、ほんの一瞬遅れて駆け出した。
 そのまま崖から飛び出すと、なんとか小傘ちゃんの腕をぬえちゃんが掴んでいた。
 けれど…

「あっ…あっ」

 いけない。小傘ちゃんパニックになって飛翔できないんだ。

「こが…っ!」

 急な飛翔の所為とパニック状態の小傘ちゃんを支えきれず、
 ぬえちゃんの身体も勢いを付けて引っ張られていく。
 このままじゃ岩壁に…!

「はぁっ!」

 一歩間に合わなかった布都さんが小さな竜巻を起こした。
 二人の身体は風に飛ばされて岩壁から距離が開いた。
 今すぐの衝突の心配は無くなったけれど、それでもこの距離じゃあまた岩にぶつかってしまう!

「どりゃぁ!」

 私は怒声の大蜘蛛面を発動した。糸を射出して相手をとらえる技だ。
 でも…蜘蛛の糸が届かな…

「ふっ!」

 ぬえちゃんが蜘蛛の糸を掴んだ…けれど、糸が!

「切れ…」

「っ誰かぁ~!」









「全く、人間を驚かせる程度の能力とは良く言ったものだよ」

「本当ですよ。でも、間に合って良かった」

 御面堂の岩壁に作られた黄金色の輝き。
 それと同じ輝きが空中で煌めいたかと思うと、神子さんが現れて小傘ちゃんを抱きかかえた。
 と、同時に崖の下から幾筋かの直線がぬえちゃんに伸びたかと思えば、
 白蓮さんが現れて、彼女を抱きとめた。

 「響子の叫びで何とか間に合いましたよ」白蓮さんが微笑み、
 「私はちょっと聞こえすぎたけれどね」神子さんが笑って耳当てをさすった。



 そのまま飛翔して崖下に降り立った私達。
 小傘ちゃんは地面に下ろされると、生まれたての小鹿みたいに足がガクガク震えてた。
 地面だと思ったら次の瞬間空中、しかも岩壁スレスレだもんね。仕方が無い。
 他の寺や道観の皆もその場に集って、心配そうに見つめていた。

「あ、ありが…じゃな、ごめ…なさ…」

「大丈夫。少し腰を下ろすと良いよ。それより怪我とかは…」

「な…なない…でござり…ます」

 神子さんに言われて小傘さんはしゃがみ込む。
 すると安心したのか、大声で泣き出してしまった。
 うん、怪我が無さそうで良かった。

 …そして。

「ぬえ。怪我はありませんか?痛い所とか違和感がある所とかっ」

 白蓮さんはぬえちゃんを抱きかかえたまま真剣な表情をして聞いていた。
 ぬえちゃんは…白蓮さんの顔を、目をじっと見つめたかと思うと、じんわりと眼が潤んだ。

「ど、どこか怪我をしたのですねっ。神子さん、急いで仙界への入り口を…」

「ち、違うよ。大丈夫!大丈夫だから…!」

 ぬえちゃんはそう言って、白蓮さんの腕から離れた。

「……もう、大丈夫だから。わかったから」

 そういって、彼女は私と布都さんを交互に見た。
 …うん。もう大丈夫だよね。

「それにしても、小傘。あんたってば本当にドジなんだからさ~」

 ぬえちゃんが困った様に笑って小傘さんに言う。
 「ごべんべ~」と泣き顔で答える彼女に、その場に居た全員が笑いあった。
 すると、ぬえちゃんはさっき小傘ちゃんの掴んでたおにぎりを見た。

「あ、ねぇねぇ小傘。私さっきあんまり食べて無かったんだよね。
 これ余ってたんでしょ?私が貰っちゃうね」

「べっ?(えっ?)ひぐっ、ぞべばばめ~(それはだめ~)」

「へ?あぁ、いいの?んじゃ遠慮なく」

 私、白蓮さん、神子さん、青娥さんが声を上げる前に、
 『やめて!私の中には何かがあるよ!』と、形と大きさで私達に警告していたそれを、

 ぬえちゃんは思い切りがぶっといった。






 * * *






「あ~…それでは~…その、あれじゃ。
 命蓮寺ヴァーサス神霊廟の…その、最終決戦を、始め…られるかのぅ?」

 マミゾウがそう言うと、振り返ってぬえを見る。
 確かクジの結果は、最終決戦は私と彼女だ。
 …うん駄目だ。まだ木の下で白蓮に膝枕されて休んでいる。目が虚ろで凄く脱力している。
 それはそうだ。なんたってあんなのを食べたんだから。

「あ、じゃあ代わりに私が神子と勝負するよ」一輪がそう言ってこちらへと来る。
「あのお祭り騒ぎの時みたいにはいかないからね」

 不敵に微笑む彼女は先程、にらめっこで芳香に勝利していた。
 流れが来ていると思っているのだろう。自信が感じられる。

「あれから修行したんだろう?君の十欲がそう言っている。
 遠慮する事は無い。全力で掛かってくるがいい!」

「両者、準備は良い様じゃな…よし!お題はこれじゃ!」

 三本先取勝負。今のところお互い二本。これが最後。
 色んなお題の紙が入れられた箱から、マミゾウが…今引いた!

「お題は…ダジャレ対決じゃ!」






 お互い二本同士で勝負を終えた私達は、そのまま帰路についていた。
 夕日が明るい今も、帰る頃には暗くなっているだろうね。
 私達は仙界の入り口は作らずに、今朝の辻まで一緒に帰る事にしていた。
 
「あぁ、そうだ。こころ、これを」

 こころに一枚の紙を手渡す。ちょうど七夕にでも使えそうなサイズの紙だ。

「ん~?願い事でも書くのでしょうか」

 彼女も同じことを連想したのか、それをまじまじと見つめた。
 
「書いても良いがよく考えるんだよ?
 なんたって、あの岩壁の入り口を通るたびに言わなきゃいけないんだから」

「えっ?」

「昨日言ってた合言葉。それに書いて燃やすんだ。
 その灰をあの岩壁の入り口にふりかけると、次からその言葉を鍵にして開くようになる」

「…願い事は書けませんね」

「だね」

 そろそろ、うっすらと辻が見えてきた。

「こころ。今日はどうだった?楽しかったかい?」

「えぇ、とっても!希望があふれる一日でした!」

 その声に、後ろで他の皆が微笑む気配がした。
 ぬえも…まあなんとか回復した。なんとか。

 こころはこれから、御面堂が完成するまで寺と道観を数日ずつに分けて生活する。
 今日から数日は寺暮らしだ。
 そして早速明日からは御面堂の工事開始。
 私の木工の神様としての一面を発揮しよう。

「白蓮、今日は楽しかったよ。決着が付かなかったけれど、また勝負しようね」

「つけようがありませんでしたからね…。
 またどこかへ皆で出掛けましょう。夏辺りにまた」

 各々、挨拶を済ませ終わると、彼女達は寺の方へと歩き出す。
 もうすぐ暗くなるが、なんとかその前に寺には帰れるだろうね。

「さっ、私達も入ろう」

 辻の一角にある、岩肌の地面の隙間に手をかざすと光があふれる。
 ゴゴッと重そうな音を出しながら、その岩戸が開いた。

 「明かりを灯してきます」と布都が最初に入る。
 続けて「さぁ、先ずは身体を洗いましょうね、芳香」と青娥が芳香と一緒に入った。

「…どうしたの?屠自古」

 屠自古は入らずに寺の方をじっと見つめていた。

「いえ、本当に楽しい一日でした。
 こころ…あの子。見る度に成長している気がして楽しいですね」

「そうだね。将来、霊夢や魔理沙に代わって異変を解決してしまうかもしれない」

「それは頼もしいです」

「…布都が言ってたよ。
 今日の山の頂上での出来事。こころが河勝みたいだったって」

「…そうですか」

 また、屠自古は寺を見つめる。慈しむように。懐かしむように。
 しばらく待ってあげると、「すみません」と一言いって彼女は仙界へと入った。

 私も見てみたかったな、こころのその姿を。






 まだ朝も早いというのに御面堂にはヤマメの他に、
 御酒を報酬に手伝って貰う事になった四天王の鬼、伊吹萃香や、寺からの手伝いに来た一輪と水蜜が準備をしていた。
 空を見上げると幻想郷最速の文屋、射命丸文もいる。萃香に言われて建物の損壊状況の記録係として来て貰った。

「おや、我らは遅れる形になってしまいましたな」

「そうだね。急ごうか」

 布都に答えると、広場へと出る。
 …すると、予定には居ない一人の妖怪がいた。

「おや?ぬえ。君も修理に加わってくれるのかい?」

 ぬえは少しそっぽを向いて、「別に。暇だったから…」と、気恥ずかしそうに言った。
 周りの皆は、そんなわかりやすい彼女の態度にクスクスと笑う。

 すると、御面堂からこころが出てきた。

「神子さん、布都さん。おはようございます!」

 いつも通りの無表情で、楽しそうな表情の御面を被って、元気な声で挨拶をする。

「おはよう、こころ。みんな。今日は様子見も兼ねているからのんびり行こう。
 さ、布都。昨日渡した図面を…」

「はっ」

 布都が荷物を漁っている。…暫く待っても漁っている。

「布都…まさか」

「あ、あのその。あ、あはは」

 誤魔化す様に布都が笑った。…まったく。

「こころ。悪いけれどそこの入り口を使って仙界の扉を開いてくれ。
 布都も、急ぐ必要はないから落ち着いて持ってきてね?」

 「了解です。神子さん」と、こころ。
 「申し訳ありません。太子様。それに皆の者も…」と布都。
 二人が岩壁に走って行くと、ぬえがニヤっと笑って私を見る。

「案外早く来たね」

「…?何がかな?」

「忘れたの?私ってば悪戯が好きなんだよね」






 * * *






 布都に火を借りて、こころは皿に載った紙を燃やす。
 そのまま灰を入り口に振りかけると、黄金色の輝きは応える様に輝いた。

「うむ、それではこころ。頼んだぞ」

「はい」

 御面堂に一番早く到着したのはぬえだった。
 こころは彼女から色々教わった。ある事無い事を1:9の割合で。
 その後で、こころは合言葉を決めた。
 言葉の意味は二人の幸せを願うという意味…と聞いている。
 広場に響き渡る様に、彼女は叫ぶ。



「神子さんと白蓮さんのラブラブチュッチュ!」



 呆気に取られた神子は、文の特ダネを聞いた時の様なスピードにも、
 悪戯の完遂をやりとげたぬえの逃げ足にも追いつけなかった。
 ぬえが遠くから耳の良い神子にだけ聞こえるよう叫ぶ。

「そうなるように精々頑張るんだなっ!」
白蓮「えっと?『次回作は来年になると思うので』…でしたっけ?」
「いえ、あの。色々と時間が取れなくて」
こころ「話を作ったりはしたけれども、どれも完成させられなかったんだよね。
    …そこが絶望という名のゴールだ!」
「言い返せません。はい」
神子「で?流石にもう変な事は言わないよね?」
「勿論です。はい。それにしても以前の作品では青娥さんが神子さんの親みたいに書きましたよね。
 今、こころさんが居る事を考えると、少なくとも私の作品では青娥さんっておb入魔「ゾウフォルゥモォ」」
 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
大変お久しぶりです。フデローです。もはや初めまして、の方が良いかもしれません。
上記の通り、昨年中にも書かせては頂いたのですが、どれも完結できずに終えてしまいました。
新年度にはいってからはまた書けそうになるので、これからも読んで頂ければ幸いです。

さて、東方心綺楼ですがもうすぐ一年ですね。あっという間過ぎて怖いです。
発売前には不安もありましたが、色々サプライズがあって驚きました。ひじみこ派としては非常に美味しい内容だったと思います。
続きがでるのであれば、今度は共闘ストーリーなんかを期待してしまいそうですね。
それでは稚拙な部分も多かったでしょうが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
フデロー
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コメント



0.450簡易評価
4.30名前が無い程度の能力削除
あとがきが寒い。
7.60名前が無い程度の能力削除
丁寧でやさしい素敵な文体だと思います。でも主語が分かりにくいのが少し気になります。
8.70名前が無い程度の能力削除
ちっ、なんだよ百合じゃねーか!(歓喜)
でも言うほど百合してなかったので減点だっ!
9.90名前が無い程度の能力削除
ひじみこ成分が少ないけど、これはこれで良いですな!
13.100名前が無い程度の能力削除
フヒャホハァ!!ひじみこだぁ!!良いよ良いよもっとやってくれ〜!俺最近暗証番号は 1435 に変えたんだ
14.100名前が無い程度の能力削除
こころちゃん可愛い
次回作ではひじみこがもっとイチャイチャしたら嬉しい
あとこの作品のむらとじには地味に期待してるんでよろしくお願いします
18.100名前が無い程度の能力削除
嗚呼…隠岐奈がいれば…
19.100評価する程度の能力削除
ラルバも居たら完璧(違
あ、あと私は濾し餡派ですが聖かマミゾウさんかだとマミゾウさんです