祭囃子が鳴り響く博麗神社。
今日は人間も妖怪も無礼講、博麗神社の例大祭だ。夏の夜の熱さを上回る熱気が神社を覆いつくしている。屋台が立ち並び、提灯の光がまぶしい。
人妖が闊歩する石畳に沿うように立ち並ぶ屋台は、どこも景気よく自慢の品物を振舞っていた。
一見した上では……。
東風谷早苗が経営する屋台の前には、ぽっかりと空白ができていた。神社の入り口から社殿へと流れていく人がただただ通過していくのみ。
『角屋』と書かれた旗がむなしく揺れる。
店主である早苗は、会計台にひじをつき、大きな溜め息をついた。
「どうして売れないんでしょうか……。やっぱり角屋が浸透してないのかなぁ」
一人ぼやき、商品に視線を送る。
首をちょんぎられ、そのままぽいっと捨てられてしまったかのような頭が三つ。店先に等間隔で並べられていた。早苗から近い順に上白沢慧音、伊吹萃香、星熊勇儀だ。もちろん、彼女等の頭と胴体はしっかり繋がっており、その体はしっかり土の下に埋まっている。その三人は道行く人に笑顔を振りまいているが、通行人は少々引き気味だった。
角屋。そう、それは彼女等の角を売る店だ。
ハクタクと人間のハーフである慧音は、普段角は生えていない。けれど、今日は満月で彼女はハクタク化しており、頭には立派な角が二本はえていた。
通行人に笑顔を振りまいていた慧音が、早苗の物憂げな表情に気付いたようだった。
「売れなくて、困ってるのか?」
雑踏が溢れる中でもしっかり通る教育者らしい声だった。
「はい。しかも目の前であんな大繁盛見せられちゃったら、へこんじゃいます」
早苗の経営する角屋の対面、石畳を挟んだ先にある店、それは博麗霊夢が経営する『羽屋』だ。
ジャンルとしては同じはずだが、羽屋は大繁盛。その屋台の前には人だかりができている。
「あれだけ人が来れば、今年の家計は潤うでしょうね」
早苗がここで彼女等と結託をし、店を出したのは神社の収入を少しでも増やそうと思ったから。
「神奈子様はいろいろ怪しい方面からお金を工面してくれてるのですが……私と諏訪子様は、ううっ……」
「大変なんだな……」
ついつい愚痴っぽくなってしまった。守矢家も、神社の賽銭と神奈子の謎の収入だけでは厳しい。だから、早苗は少しでも手助けしたいと、祭で角屋を出店することを決意した。
だけど……このままでは……。
鬼二匹と教育者の契約にもお金がかからないわけではない。それに場所代等々もある。
このままでは大赤字!
家計を助けるどころか、さらに苦しい状況においやってしまう。
なんとしてでも儲けを出さなくてはならない。
「どうすれば、良いんでしょうか?」
儲けを出すためには、誰の、どんな助言でも聞いていくべきだ。まずは、この状況を打破したい。
「そうだな……。やっぱりライバルだが同系列である羽屋に視察に行って、うちとの違いを考察したらどうだ?」
「! そうですね!」
さすが教育者だ。頼りになる。慧音に一礼し、早苗は羽屋の前にできている人だかりにもぐりこむ。一応、霊夢からは見えない位置を選択し、店の様子をうかがった。
商品の羽を提供するのは三人。
スカーレット姉妹とチルノだ。
みな屋台の裏の森から伸びる木の枝の先に縄で吊るされている。
「はーい、次はだれー?」
霊夢が販売を担当する。
「私ですわ!」
何の事情か里の人間の格好をした、早苗の知る限りメイド服姿しか見たことのない輩が名乗り出る。
「どれが欲しい?」
「おじょ……レミリアの羽を」
「はいはーい。お待ちを」
霊夢がレミリアに歩み寄る。その途端、今までサンドバックのようにおとなしくぶら下がっていたレミリアが暴れ出した。
「ちょっと!? どうして私の羽が売られないといけないの!?」
吸血鬼がいくら暴れようと、縄は切れない。何度となく繰り返されてきたことなのだろう。慣れた様子で霊夢はレミリアの頭にぽんと手を置く。
「私の利益のため」
寒気が走るほどの満面の笑みだった。たとえ紅の悪魔であっても、十二分に脅せるほどの。
「やだやだやだやだ! もう身売りなんてやだー! 咲夜はどこ!?」
見た目相応の言葉をふりまくレミリア。
「あーらお姉様。ここを紹介したのは咲夜でしょ? 引きこもりのパチェに『レミィは働かなくて気楽ねえ』って煽られて、咲夜に働ける場所をせがんだのはお姉様よ」
そう返したのはレミリアの妹であるフラン。そう言うフランも縄でくくられ吊るされているのだが、彼女はこの仕事を楽しんでるようだった。
「はい、ぱきー」
「いやぁあああああああ!?」
「痛くないしすぐに再生できるでしょ、お姉様」
レミリアからもぎ取った羽根の一部を、霊夢は客に渡す。その対価に、瀟洒な女性は小銭を何枚か差し出した。
「こ、これが夢にまで見たお嬢様の羽!」
興奮で正体が見え隠れしている。客は手に持った羽の破片にかぶりつく。しばしの咀嚼。
「お、おいしい! このこりこりした食感! チョコ風味の味! さすが我が主!」
その至福の表情に、対抗店の店主である早苗もよだれをたらしそうになった。
あの吸血鬼の羽だ。まずいはずがない!
その客の反応で、とりまきの人間たちは我先に羽を手に入れようとする。早苗も羽を買いたい衝動に駆られながらも、それを理性で押さえ込む。
今は研究するときだ。
商品は三人。値段は統一で四百円。三種一緒に買えば千円とある。
今こそレミリアの売れ筋が好調だが、一番コンスタントに売れ続けているのはチルノだ。
むせ返るように暑い夏の夜に、あのキンキンに冷えた羽はたまらないだろう!
こちらでも冷えた角を売れれば……。
勝機があるかもしれない。いつの間にか、早苗の中には羽屋への対抗心が芽生えていた。
見えてきた光を見失わないうちに、早苗は角屋の旗の下に戻る。
「どうだった?」
真っ先にそう聞いてきたのは慧音だったが、今度は鬼の二人も関心を寄せていた。
「角を冷やして売りましょう! そうすれば繁盛間違いなしです!」
寺子屋の生徒のように早苗は元気よく受け答える。
「どうやって?」
早苗の案が潰えるのは一瞬だった。
冷えた角を売れば、おそらく売れるだろう。
が、方法を考えていなかった。そこまで頭が回らなかった。舞い上がっていた。
「あ、あらかじめ切って冷水に入れれば……」
「角や羽はもぎたてでないと美味しくないぞ」
教育者は冷静だった。
そうなのだ。角や羽は鮮度が命。もがれて五分たてば、それはもう、本来の味は楽しめない。冷たい羽が出せるのは、それは氷妖精であるチルノだからこそできる芸当。
「なら、どうしたら……」
また振り出しに戻された気分だった。
「まずは私達にも情報を。二店比較する形で頼む」
「私達鬼からもお願いしよう」
そうだ。教育者だけでなく鬼も二人いる。そして早苗自身も。
四人もいればこの状況を打開する策が浮かぶはずだ。
「まず、羽屋から。向こうの羽提供者は三人。スカーレット姉妹と、チルノです。その提供価額は四百円。一番の売れ筋はチルノです」
「だから冷えた角を売ろうとしたんだな」
「はい……。次は私達角屋。角提供者は三人。言うまでもなく、提供者は慧音さん、萃香さん、勇儀さんです。提供価額は五千円。今のところ売り上げはゼロです……」
角の提供者の三人が顔を合わせる。
「すまん早苗。値段がよく聞き取れなかった。もう一度頼む」
「五千円です」
一瞬、祭りの雑踏が消え去った。
「はああああああああああ!?」
妖三体の叫びが響く。
「売れるわけないだろ!」
息も揃っていた。その後もあれよあれよと言葉が飛び出る。
確かにどう売るかは任せてたがそれは……。高すぎる。売れなくては意味がない。などなど。
早苗はそんな三人の反応にあたふたすることしかできなかった。
しばらくして落ち着きを取り戻した三人ははぁ、と溜め息をつく。
「道理で売れないわけだよ」
やれやれと萃香が首を振る。
「いいかい早苗。どう売るのかは、あんたの勝手だとは言ったが……、一応私達にも、角にもプライドがある。あんな五百年程度しか生きてない吸血鬼に、ましてや氷の妖精なんかに売り上げで負けるわけにはいかないんだよ。だから、ここは三百円で売ろう」
「プライド薄そうな価額ですね」
「うるさい!」
結局、角を三百円で売ることになった。
価額を三百円にすることで、角屋にも人が来はじめた。
一度角を味わってもらえばこっちのもの。元々、角自体EX級の味だ。角販売は一気に波に乗った。気付けば角屋の前には、羽屋を越えるほどの人だかりができていた。羽屋にいた連中も大分混ざっている。
同ジャンル故に起こる、顧客奪いだ。
注文を得た角を折り、客に渡す。お金を受け取って、記録を付ける。そんな単純な動作の繰り返しだが、早苗はあわただしく屋台の中を駆け回っていた。
目が回る忙しさの中で早苗は感じる。
これなら利益を出せる! それに売り上げでも羽屋に勝てる!
販売の合間に、人混みの隙間からちらりと羽屋のほうを見る。人こそいるものの、角屋にいる早苗からでも店の中が見えるほどに少ない。店主の霊夢はねたましげな視線をこちらに放っているが、羽の提供者であるレミリアはほっとしている様子だった。
しばらく販売に忙殺されていた。
「そこのあんた」
その途中、早苗は自分を呼んでいるらしい声に手を止める。声のほうを見ると、羽屋のレミリアが縄を体に巻いたままの姿で立っていた。
「霊夢が話あるんだってさ」
一拍置いて、レミリアは早苗の耳元に口を寄せる。
「変な用件出されるだろうけど、受けたらだめだから。私は角屋が繁盛してる方がつご、うっー!?」
急に縄のしまりが強くなり、変な声を出したレミリアは言葉半ばに羽屋の方に引きずられていった。
なんだろう、と早苗は首を傾げる。呼ばれたからには行かないのは申し訳ない。
だが、この忙しさ。今は手を離せない。
「行ってくると良い」
今の話を聞いていた勇儀が言った。
「萃香のやつを引っこ抜いて店番をさせれば大丈夫だ」
「なんで私が!?」
「引っこ抜くのに一番引っ掛かりがないからねぇ」
そう言い勇儀は萃香の土中に視線をそそぐ。
埋まっているのは首から下。勇儀と慧音。この二人と比べ萃香が引っ掛かりがない。……明白だった。
哀れむように早苗は萃香を見下ろす。
「それじゃ、抜きますよ。萃香さん」
「やだやだやだやだ! 私だって引っかかるところくらいあるんだよ! 抜かないで――」
「はい、すぽー」
萃香の頭をわっしと持って早苗は思いっきり引っ張る。恐ろしいほどすんなり抜けた。
「う、うう……」
力なくしゃがみこむ萃香を横目に、勇儀が早苗に言った。
「さぁ、行っても良いぞ。ここは萃香に任せて大丈夫だ」
ただ、と勇儀の目が光る。
「一応、用心はしといた方がいい」
この時だけ、鬼が冗談を言っているようには見えなかった。
羽屋に行くと、霊夢にその屋台の裏に案内された。そこは森の入り口で、木々が立ち並んでいる。屋台一つ挟んだだけなのだが、森は薄暗く人妖の騒ぐ声がやけに遠く聞こえた。
紅白の巫女服を着た霊夢が、早苗を見やる。
「私の羽屋と、早苗の角屋。同じジャンルの店が対面にあると、利益を食い合っちゃうと思わない?」
特に深く考えず、「そうですね」と早苗は頷いた。
霊夢の左手には縄が握られており、それが時折生物的に動いていた。霊夢に代わりレミリアが店番をしているのだ。
「だからね、勝負しない?」
「勝負?」
「最終的に店にある金の総額で勝負して、負けた方が勝った方にその全てを渡す」
「ッ!?」
「簡単でしょう?」
「そう……ですけど……」
羽屋の屋台には壁がなく、木々の中からでも角屋の様子がうかがえた。
「良いんですか?」
現時点で、角屋の前には人で溢れ、羽屋の前は閑散としている。今こそ序盤のリードで霊夢の方が稼いでいるだろうが、この流れが続けば逆転は容易い。
「良いわよ」
もちろん霊夢には策があるのだろう。
けれど、早苗にとってこの勝負は魅力的だった。二つの店の売り上げを得れれば、この一年の家計はまず間違いなく安泰。霊夢は策を用意しているだろうが、今の流れを簡単に変えれるだろうか。それに、霊夢が策を出せば早苗も対抗する。例えば霊夢が値下げをして客寄せをすれば、早苗も値下げをすれば良い。勝負となれば策が実る前に潰す権利もある。そう考えれば勝てない勝負ではない。むしろ、今角屋に来ている流れを考えれば、有利と言って良い。
「わかりました。受けましょう」
「じゃ、まぁ、ちょうど祭に来てる閻魔様に宣誓して勝負をはじめましょう」
閻魔に勝負することを言ってしまえば、後からなかったことにはできない。
「良いでしょう」
それでも早苗は頷く。
「戦いましょう。お互いの神社の運命を賭けて」
あながち言いすぎではなく、これには神社の命運がかかっていた。
閻魔に宣誓をすました早苗は、自分の屋台に戻る。そして、穴に埋まっている二人にそのことを説明する。二人とも、あきれて声も出ないようだった。少ししてようやく慧音が口を開く。
「その勝負を受けるのは早苗の勝手ではあるが、勝算は?」
「もちろんあるから受けました。だって、今こんなにお客さんが来てくれてますもの。維持すれば絶対に勝てます」
「金が絡む場合、対策もなくあの巫女が勝負に出るとは思えないが……」
「それもそうです。まぁまずは出方をうかがいましょう。これは角と羽の戦いでもあります。負けられません!」
共通する戦う理由を言って、全員勝負に巻き込む。
「ほら、萃香さんもふてくされてないで仕事はじめますよ」
早苗が帰ってきたのを良いことに萃香は屋台の奥で酒をあおっていた。顔が真っ赤になっており、ほんの二、三分で相当飲んだようだ。彼女は伊吹瓢をぽいっと投げ出す。
「はいはい。どうせわたしゃ穴に戻るのも簡単ですよー」
完全にへそを曲げていた。先ほど自分が埋まっていた穴に、萃香は再びすっぽりと収まる。抵抗なく。
真っ赤な顔だけが出ているので、それはもう熟れたりんごが地面に落ちているようだ。
萃香も穴に戻り、早苗は再び販売をはじめる。忙しさはまったくかわらなかった。だが、しばらくして早苗の手に余裕が出始めた。それは早苗が角販売に慣れただけではない。客が、減っていた。反対に目の前の羽屋が勢いを取り戻しつつある。
「仕掛けてきましたね」
「当然だろう」
「なにをしたのか、わかります?」
「ちらっと見えたが、値下げしただけだ。一つ二百五十円。単純だが、効果的だな」
「あれはまだ想定内、です」
祭自体、終わりまであと一時間のところまで迫っている。屋台もそれまでに撤退しなければならない。そろそろ値下げしても良い頃だ。
「値下げには値下げを。こちらも二百円で対抗しましょう」
いくら売ろうと、早苗が負担する角代は契約時に払った金額のみ。極論、契約時に払った金額さえ越えれば、角を一円で売っても利益は出る。ノルマ自体は優に超えていた。
ただ、やはり販売数×値段で、得れる額が多ければ多いほど良い。まず売れなければ話にならない。と、慧音が言っていた。
二百円にしても、数売れば良い。
二百円にしてすぐに客は角屋に流れてきた。それに胸をなでおろす早苗。
けれど、それは三分と続かなかった。
すぐに人が羽屋に流れていく。見ると、羽屋が百五十円で羽を売りに出しているではないか!
唇を噛み、早苗は地団駄を踏む。
「なら、うちは百円で!」
「待て、早苗。このまま付き合ったらジリ貧だ」
「どうしてですか!?」
値下げを止められた。こうしている間にも、羽屋に人が流れていく。
「値下げ競争に付き合わせることが、相手の目論見じゃないか?」
教育者に言われ、早苗は一度落ち着いて情報を整理する。
勝負を受けた時点で早苗が勝機を感じたのは、客の流れからであって金の量ではない。あの時点で、早苗は勿論、そして霊夢も売り上げは羽屋が勝っていると思ってただろう。
現時点でまだ霊夢の方が持ち金が多いとして、このまま値下げ競争に付き合えば……、早苗は負ける。
怖いくらいに明白だった。
値下げ競争に付き合えば、もともと持っている金額が多い方が断然有利なのはわかりきっている。十稼げる時に金を積み上げた霊夢に、一ずつしか金を積み上げれない状態で勝たなければならない状態に陥るのだ。
「ま、負ける……」
実際は、差がどの程度かわからない。けれど、霊夢が強気に値下げを強いてくるということは、リードに自信を持っているということだ。
「値下げは想定内でした……。その先まで考えてなかった……」
冷えた角の時と同じ。目先のことしか考えなかった故の失敗。
少なくなっていく客を逃がさないように、販売を続けながら早苗は頭を働かせる。
一度でも客足が途絶えれば早苗に勝ち目はない。かといって、値下げをして客を寄せれば霊夢もさらに値下げしてくるだろう。
値下げとはまた別の形で、客を寄せる方法を考えなくてはならない。だが、商売自体に疎い早苗はどうすれば良いか、検討もつかなかった。
情けないが、また慧音に頼る。
教育者はいろんな学問に精通しているようで、考えるしぐさを見せるが、顔色は良くない。
「同ジャンルというのが問題だ。角と羽。形は違うが、中身はよく似てる。それが問題。中身を差別化できれば、値下げせずとも戦える。と、まぁこれは卓論上の話であって、その上にさらに角を差別化する案があるわけじゃあない」
体が地面に埋まっていても、慧音が肩を落とすのがわかった。
角と羽の差別化……。
角に付加価値をつける。羽屋のチルノが良い例だ。
『冷えた』の一つの特性で、角屋に客足が向いたときでもチルノの羽だけはコンスタントに売れ続けていた。角と羽の差別化ではなく、正しくは商品としての差別化、か。
方法を教えてもらえば、それに基づいて早苗も考えることができる。
まず落ち着いて、状況を分析しよう。
販売をしながら、逆転の一手を探す。時間もまた早苗を圧迫している。
販売の隙間に、書き込んでいたメモ。それに目を留める。
そこには販売数を個人別で記録していた。一番上に三人の名前を書き、その下に売れた数だけ正の棒を字を書いていく形で記録を取っていた。
早苗は目をむく。
そこに異変が起きていた。
萃香の正の字が、異常に多い。
たしか、萃香は途中販売役になったため、他の二人より売れた数は少なかったはずだ。それを盛り返し、いつの間にか販売数一位を独走している。
萃香が販売員になる前、一人際立って売れていたなんてことはない。三人ともほぼ同じ数しか売れていなかった。それが急激に伸びているということは……。
萃香さんの角は、なぜか差別化されてる?
そしてその差別化は成功。圧倒的に売り上げを伸ばしている。
「萃香さんッッ!」
「ん……ぁあ? なんだい大きな声を出して」
「なにをしたんですか!?」
「わたしゃ悪いこたぁなにもしてないよ」
まだ少々不機嫌気味な萃香。
「いじわるしないで、ぜひ教えてください!」
「なにを言ってるんだい?」
赤くなった顔が横に垂れる。萃香が売れている秘密を隠している様子はない。
ならば、本人の意図しないところで――。
「失礼」
萃香の角をぽきっと折り、早苗はそれにかぶりつく。
「うっ……」
その秘密は角に隠れていた。
口に入れた瞬間に溢れる強烈な酒の風味。強烈だが、それ故に癖になる。酒が好きな輩の多いこの幻想郷で、売れないわけがない。これが萃香の角が売れている理由。
「おーい姉ちゃん。萃香ちゃんの角をもう十本くれんかね」
「あ、はーい」
客に呼ばれ、早苗は止まっていた手足を再稼動させる。客の親父の顔を見る。記憶の隅を探る。たしか、この親父はさっきも来ていた。
リピーターを呼び込むほど、酒の風味を帯びた角は強力。萃香の角が、酒の風味を帯びたのはおそらく早苗が霊夢に呼ばれた後、萃香が機嫌を損ね自棄酒をしたからだ。そのせいで、萃香の角は酒の風味を帯びた。売り上げの変動を見ても、そう考えるのが妥当。
満足そうに萃香の角をかかえた親父の背中を見送り、早苗は三人に向けて言う。
「お酒です!」
「酒?」
鬼二匹が敏感に反応する。
「萃香さんの角が、さっきから異常に売れてるんです! その理由がお酒です!」
嬉しさのあまり飛び飛びになってしまう話を、一度巻き戻し、三人に説明する。
それを聞いた慧音はなるほどと唸る。
「これをアピールして、売る以外にないと思います!」
「だから、私と勇儀にも酒を飲めと?」
その話を、勇儀と萃香は嬉々として聞いていた。
博麗神社の例大祭にあまり子供はいない。一応、安全は紫と霊夢によって保証されているが、野良妖怪が溢れる中に子供を連れて行くのは心配だろう。よって子供の姿をしているのは、萃香のような、実は妖怪で歳を食ったやつである場合が大半だ。そしてこれは酒好きが圧倒的に市場を占めることを意味する。だが、勿論酒を好まない人がいるのも理解している。早苗自身、酒は嫌いではないのだが、あまり飲めない。そういう需要もある。値段では現状羽の方が安いが、ついでで角を買っていく人もいるだろう。
「慧音さんはまだお酒は我慢してください。お酒風味は、鬼二人に任せます」
早苗の意図を理解したうえでだろう、慧音は頷く。
「あと萃香さん。お酒、どれだけ飲みました?」
「十升以上は飲んだね」
あの短時間で、よくもまぁ……。
時間を考えずとも、凄まじい量だ。鬼の体はアルコールでできているのだろうか。とにかく、そのおかげであの強烈な酒の風味を帯びた。
早苗は羽屋のほうを見る。吸血鬼二体に、氷の妖精。鬼と酒で張り合えるのは、天狗くらいだろう。おそらく向こうの面子では、酒をこれほど飲むのは不可能。結果的に慧音も無理だろうが問題ない。羽屋にあの強烈な酒風味を出すことはできない。完全に差別化できる!
「わかりました。それでは、お酒を持ってきます」
この戦いは負けられない。
なにせ守矢神社の運命がかかっているのだから。
「神社の運命、か……」
そうつぶやいて、早苗は酒を売っている屋台の元へ駆けて行ったのだった。
結果として差別化は大成功。羽屋に来ていた客の大部分もやはり酒好きで、角屋の売り上げのうちに取り込めた。差別化した分、羽屋に残る客も多少なりいたが、残り一時間は全体として角屋が圧倒的優勢で幕を閉じた。
互いの売り上げが見えないので、勝敗の行方はまだ不透明だ。
早苗の最後の追い上げに対して、霊夢は対策を取れなかった。角屋の商品が差別化されたから、霊夢側は羽を元の値段に……とはいかない。客の精神面もあるし、なにより慧音が普通の角として二百円で残っていた。これより上の価額で売れば、さらに角屋に客が流れる。これは早苗の予期せぬ効果だった。
各々の屋台が販売をやめ、片付けも半ばに打ち上げをはじめる。庭の人通りは随分少なくなったが、社殿は大いに盛り上がっていた。各々が屋台のあまり物を持ち寄ってつまみ合っている。
その一角を占拠して、ひそかなにぎわいを見せているのが、早苗と霊夢もとい角屋と羽屋のバトルだ。
長机を挟み、両陣営が対峙する。
「ルールは、私がはじめに言ったとおり」
「はい……」
取り巻きが酒を片手にはやし立てる。すぐにでも刺激的な勝敗を見せろ、と騒いでいた。
「霊夢さん、あの、勝負は良いのですが……、売り上げ全部没収はやめにしません?」
店にある売り上げ総賭け。これが今回の勝負の面白いところ。それを肴に酒を飲もうとしていた周りから早苗はバッシングをくらう。
「霊夢さんも神社の経営が苦しいんでしょう? 私もです。だからこの売り上げは大事なんです!」
この勝負、早苗は自分のことしか考えずに受けた。けれど、早苗が勝ったら霊夢はどうなる? そこまで考えていなかった。潰し合いをしたかったわけではない。もともと、家計の足しになればよかった。霊夢から取る必要は全くなかった。
「霊夢さん。私が最後に出た酒角作戦。あれは霊夢さんも見てた通り、大成功しました。序盤にいくら霊夢さんが稼いでいても、勝てません。だから、やめましょう」
「勝てるなら、勝負すれば良いじゃない」
霊夢の言うとおり、ではある。
長机に置かれている、互いの稼ぎが入った木箱。まだお互い封がされており、中身は見えない。
最後の早苗の追い上げを見てなお、霊夢は自分の売り上げに揺るがぬ自信がある。負ける気なぞ、微塵もない。
「良いんですね……」
「ええ、良いわ」
肩を落として、早苗はため息をついた。
勝負から降ろせなかった……。
「では、互いの売り上げを確認しましょう」
「売り上げぇ?」
霊夢が声を張る。
「私は『店にあるお金の総額』で勝負を提案したわ」
「なッッ!?」
声を上げたのは、早苗の後ろに控えていた慧音だった。
「売り上げじゃないのか!?」
「ええ、そうよ。ねぇ、閻魔さん」
見学に来ていた閻魔に、霊夢が尋ねる。
「そうですね」
そして、裁判長は首を縦に振る。
「ということは……」
慧音が歯噛みする。
「戦うふりをするのには苦労したわ。値下げはあなた達の売り上げも下がるからしたくなかったんだけど……二回の値下げでちゃんと深読みしてくれたみたいね」
慧音が言わんとする現場が、霊夢によって明かされる。
羽屋にある金が全て入った木箱が開けられる。千円が主だが、木箱には大量の札が入っていた。その量は、あきらかに今日の売り上げだけでは稼げない額、つまり、どこからか引っ張ってきた金がありったけつまっていた。
「ははッ! 私は! 絶対に負けない!」
「こんな額……一日店をやっただけで稼げるわけない……早苗……」
早苗がいくら最後に売り上げを伸ばしたといっても、それは高が知れている。いくら稼いだかなんて関係ない。売上金だけで戦っている早苗に勝ち目なんてはなからないのだから。店にある総額での戦い。持ち込みオーケー。これに気付かれなければ良い。これが霊夢の計画。そしてそれに早苗はまんまと嵌められた。
売り上げ勝負だったら、角屋は間違いなく勝っていた。
うまく嵌められた人間に、なんと言葉をかけていいのか、慧音は迷っているようだった。
今日一日、共に商売をした仲間であり、情に厚い慧音なら戸惑って当然だ。
「完敗ですよ。霊夢さん」
勝てるわけがない。あんな大量の札を提示されたら。
だからこそ、早苗は笑いをこらえ切れなかった。霊夢が勝つことに全力を注いでいることに対して。
「あは、あはははは! どうぞ! 私の店にある全額持ってってください!」
角屋の木箱を開ける。
それはすかすかだった。箱の隅に、ぽつんと五円があるだけ。
「え――?」
「どうしたんですかレイムさん。遠慮なんてしなくて良いんですよ。私が今日角屋をやった結果です! どうぞどうぞ」
「そんな……はずないでしょ!」
烈火のごとく霊夢が怒る。
「あはははは! あんなに売り上げてたから? ぜーんぶ勇儀さんと萃香さんの酒代に消えちゃいましたよ!」
早苗は立ち上がり、神社の庭のほうを指す。指がさすのは角屋の旗。その下には、大量の酒瓶が転がっていた。
「どうです? あれ全部ミスチーさんのとこの酒瓶ですから、数えて総額計算してみます? きっとすごい額になりますよ。あはははは!」
霊夢一人だけは唖然とし、早苗と取り巻きの妖怪たちはその趣旨は違えど、この結果に満足し大笑い。
「私は負けることに全力を尽くしてたんですよ。霊夢さん」
丑三つ時を越え、宴会の熱気が引いた頃。
博麗神社の賽銭箱に座って、早苗は一人ちびちびと酒を飲んでいた。あまり飲めないが、酒が嫌いなわけではない。すぐに酔いつぶれてしまうので、あまり飲みたくないのだ。普段なら真っ先に酔い潰されるのだが、今日は運よく満月を肴にこんな時間にでも酒が飲めている。
社殿の方から一人、早苗の方に歩み寄ってくる妖がいた。慧音だ。
「お疲れ様です」
賽銭箱に置いた酒瓶をかかげ、どうですか? と尋ねる。
いや、いい。そう慧音は断り、神妙な顔で告げた。
「神社は……大丈夫なのか? なんだったら、契約のときの――」
「ああ、大丈夫ですよ慧音さん!」
つくづく良い人だなぁ、と思いながら早苗は慧音に笑いかける。早苗の手に残った金はゼロ。誰の目から見てもそうだろう。そうなれば、場所代や、契約料を差し引けば早苗の大損。
早苗は自分の胸元に手を突っ込み、一塊の千円、五千円の札束を取り出した。
「実はですねぇ、売り上げはちゃんと私の元に残ってるんですよ」
「なっ……どう、やって?」
「簡単なことです。私、お酒買ってないんです」
今日の売り上げに頬ずりをしながら早苗は言った。
「確かに私は、お酒を売ってる屋台に行きましたが、酒瓶をもらってきただけなんです。お酒はぜーんぶ、萃香さんの伊吹瓢からいただきました」
「そういう……ことか」
「そういうことか!」
「そういうことだったのか」
「うわっ!? 萃香さんに勇儀さん。いつの間に」
突如早苗の背後に現れた鬼二人。
「道理で私の酒虫が弱ってたわけだよ」
「みなさん、騙してごめんなさい。言い分けさせてもらうと、はじめちゃった勝負を引き分けで終わらせる方法が、これしか思いつかなかったんです。まぁ、霊夢さんが下りてくれるのが一番なんですけど、勝負になると霊夢さんは引きませんからねえ。それにあんな必勝法があったとなれば……私が欲を出して勝負してた時を考えたらぞくっとしますよ」
苦笑いをしながら、早苗は頬をかく。
「ん、いや、そういう理由なら仕方ないさ」
「嘘をついてるのは私と萃香はわかってたんだが、そういうことだと思ったよ」
一応、許しを得れて早苗はほっとする。
稼ぎを元の場所にしまい、早苗は改めて酒瓶を持つ。
「そういうわけで、お酒、どうですか?」
「ん、そういうことならもらおう」
「勿論私達も!」
鬼二人はこうなることがわかっていたかのように、コップを三つ取り出す。
全員に酒を注いで、早苗は笑う。
「なにに乾杯します?」
「決まってる」
四人は互いに笑みを浮かべる。
「売り上げじゃ角屋は間違いなく勝ってましたからね。そういうわけで、角屋の勝利に、乾杯!」
今日は人間も妖怪も無礼講、博麗神社の例大祭だ。夏の夜の熱さを上回る熱気が神社を覆いつくしている。屋台が立ち並び、提灯の光がまぶしい。
人妖が闊歩する石畳に沿うように立ち並ぶ屋台は、どこも景気よく自慢の品物を振舞っていた。
一見した上では……。
東風谷早苗が経営する屋台の前には、ぽっかりと空白ができていた。神社の入り口から社殿へと流れていく人がただただ通過していくのみ。
『角屋』と書かれた旗がむなしく揺れる。
店主である早苗は、会計台にひじをつき、大きな溜め息をついた。
「どうして売れないんでしょうか……。やっぱり角屋が浸透してないのかなぁ」
一人ぼやき、商品に視線を送る。
首をちょんぎられ、そのままぽいっと捨てられてしまったかのような頭が三つ。店先に等間隔で並べられていた。早苗から近い順に上白沢慧音、伊吹萃香、星熊勇儀だ。もちろん、彼女等の頭と胴体はしっかり繋がっており、その体はしっかり土の下に埋まっている。その三人は道行く人に笑顔を振りまいているが、通行人は少々引き気味だった。
角屋。そう、それは彼女等の角を売る店だ。
ハクタクと人間のハーフである慧音は、普段角は生えていない。けれど、今日は満月で彼女はハクタク化しており、頭には立派な角が二本はえていた。
通行人に笑顔を振りまいていた慧音が、早苗の物憂げな表情に気付いたようだった。
「売れなくて、困ってるのか?」
雑踏が溢れる中でもしっかり通る教育者らしい声だった。
「はい。しかも目の前であんな大繁盛見せられちゃったら、へこんじゃいます」
早苗の経営する角屋の対面、石畳を挟んだ先にある店、それは博麗霊夢が経営する『羽屋』だ。
ジャンルとしては同じはずだが、羽屋は大繁盛。その屋台の前には人だかりができている。
「あれだけ人が来れば、今年の家計は潤うでしょうね」
早苗がここで彼女等と結託をし、店を出したのは神社の収入を少しでも増やそうと思ったから。
「神奈子様はいろいろ怪しい方面からお金を工面してくれてるのですが……私と諏訪子様は、ううっ……」
「大変なんだな……」
ついつい愚痴っぽくなってしまった。守矢家も、神社の賽銭と神奈子の謎の収入だけでは厳しい。だから、早苗は少しでも手助けしたいと、祭で角屋を出店することを決意した。
だけど……このままでは……。
鬼二匹と教育者の契約にもお金がかからないわけではない。それに場所代等々もある。
このままでは大赤字!
家計を助けるどころか、さらに苦しい状況においやってしまう。
なんとしてでも儲けを出さなくてはならない。
「どうすれば、良いんでしょうか?」
儲けを出すためには、誰の、どんな助言でも聞いていくべきだ。まずは、この状況を打破したい。
「そうだな……。やっぱりライバルだが同系列である羽屋に視察に行って、うちとの違いを考察したらどうだ?」
「! そうですね!」
さすが教育者だ。頼りになる。慧音に一礼し、早苗は羽屋の前にできている人だかりにもぐりこむ。一応、霊夢からは見えない位置を選択し、店の様子をうかがった。
商品の羽を提供するのは三人。
スカーレット姉妹とチルノだ。
みな屋台の裏の森から伸びる木の枝の先に縄で吊るされている。
「はーい、次はだれー?」
霊夢が販売を担当する。
「私ですわ!」
何の事情か里の人間の格好をした、早苗の知る限りメイド服姿しか見たことのない輩が名乗り出る。
「どれが欲しい?」
「おじょ……レミリアの羽を」
「はいはーい。お待ちを」
霊夢がレミリアに歩み寄る。その途端、今までサンドバックのようにおとなしくぶら下がっていたレミリアが暴れ出した。
「ちょっと!? どうして私の羽が売られないといけないの!?」
吸血鬼がいくら暴れようと、縄は切れない。何度となく繰り返されてきたことなのだろう。慣れた様子で霊夢はレミリアの頭にぽんと手を置く。
「私の利益のため」
寒気が走るほどの満面の笑みだった。たとえ紅の悪魔であっても、十二分に脅せるほどの。
「やだやだやだやだ! もう身売りなんてやだー! 咲夜はどこ!?」
見た目相応の言葉をふりまくレミリア。
「あーらお姉様。ここを紹介したのは咲夜でしょ? 引きこもりのパチェに『レミィは働かなくて気楽ねえ』って煽られて、咲夜に働ける場所をせがんだのはお姉様よ」
そう返したのはレミリアの妹であるフラン。そう言うフランも縄でくくられ吊るされているのだが、彼女はこの仕事を楽しんでるようだった。
「はい、ぱきー」
「いやぁあああああああ!?」
「痛くないしすぐに再生できるでしょ、お姉様」
レミリアからもぎ取った羽根の一部を、霊夢は客に渡す。その対価に、瀟洒な女性は小銭を何枚か差し出した。
「こ、これが夢にまで見たお嬢様の羽!」
興奮で正体が見え隠れしている。客は手に持った羽の破片にかぶりつく。しばしの咀嚼。
「お、おいしい! このこりこりした食感! チョコ風味の味! さすが我が主!」
その至福の表情に、対抗店の店主である早苗もよだれをたらしそうになった。
あの吸血鬼の羽だ。まずいはずがない!
その客の反応で、とりまきの人間たちは我先に羽を手に入れようとする。早苗も羽を買いたい衝動に駆られながらも、それを理性で押さえ込む。
今は研究するときだ。
商品は三人。値段は統一で四百円。三種一緒に買えば千円とある。
今こそレミリアの売れ筋が好調だが、一番コンスタントに売れ続けているのはチルノだ。
むせ返るように暑い夏の夜に、あのキンキンに冷えた羽はたまらないだろう!
こちらでも冷えた角を売れれば……。
勝機があるかもしれない。いつの間にか、早苗の中には羽屋への対抗心が芽生えていた。
見えてきた光を見失わないうちに、早苗は角屋の旗の下に戻る。
「どうだった?」
真っ先にそう聞いてきたのは慧音だったが、今度は鬼の二人も関心を寄せていた。
「角を冷やして売りましょう! そうすれば繁盛間違いなしです!」
寺子屋の生徒のように早苗は元気よく受け答える。
「どうやって?」
早苗の案が潰えるのは一瞬だった。
冷えた角を売れば、おそらく売れるだろう。
が、方法を考えていなかった。そこまで頭が回らなかった。舞い上がっていた。
「あ、あらかじめ切って冷水に入れれば……」
「角や羽はもぎたてでないと美味しくないぞ」
教育者は冷静だった。
そうなのだ。角や羽は鮮度が命。もがれて五分たてば、それはもう、本来の味は楽しめない。冷たい羽が出せるのは、それは氷妖精であるチルノだからこそできる芸当。
「なら、どうしたら……」
また振り出しに戻された気分だった。
「まずは私達にも情報を。二店比較する形で頼む」
「私達鬼からもお願いしよう」
そうだ。教育者だけでなく鬼も二人いる。そして早苗自身も。
四人もいればこの状況を打開する策が浮かぶはずだ。
「まず、羽屋から。向こうの羽提供者は三人。スカーレット姉妹と、チルノです。その提供価額は四百円。一番の売れ筋はチルノです」
「だから冷えた角を売ろうとしたんだな」
「はい……。次は私達角屋。角提供者は三人。言うまでもなく、提供者は慧音さん、萃香さん、勇儀さんです。提供価額は五千円。今のところ売り上げはゼロです……」
角の提供者の三人が顔を合わせる。
「すまん早苗。値段がよく聞き取れなかった。もう一度頼む」
「五千円です」
一瞬、祭りの雑踏が消え去った。
「はああああああああああ!?」
妖三体の叫びが響く。
「売れるわけないだろ!」
息も揃っていた。その後もあれよあれよと言葉が飛び出る。
確かにどう売るかは任せてたがそれは……。高すぎる。売れなくては意味がない。などなど。
早苗はそんな三人の反応にあたふたすることしかできなかった。
しばらくして落ち着きを取り戻した三人ははぁ、と溜め息をつく。
「道理で売れないわけだよ」
やれやれと萃香が首を振る。
「いいかい早苗。どう売るのかは、あんたの勝手だとは言ったが……、一応私達にも、角にもプライドがある。あんな五百年程度しか生きてない吸血鬼に、ましてや氷の妖精なんかに売り上げで負けるわけにはいかないんだよ。だから、ここは三百円で売ろう」
「プライド薄そうな価額ですね」
「うるさい!」
結局、角を三百円で売ることになった。
価額を三百円にすることで、角屋にも人が来はじめた。
一度角を味わってもらえばこっちのもの。元々、角自体EX級の味だ。角販売は一気に波に乗った。気付けば角屋の前には、羽屋を越えるほどの人だかりができていた。羽屋にいた連中も大分混ざっている。
同ジャンル故に起こる、顧客奪いだ。
注文を得た角を折り、客に渡す。お金を受け取って、記録を付ける。そんな単純な動作の繰り返しだが、早苗はあわただしく屋台の中を駆け回っていた。
目が回る忙しさの中で早苗は感じる。
これなら利益を出せる! それに売り上げでも羽屋に勝てる!
販売の合間に、人混みの隙間からちらりと羽屋のほうを見る。人こそいるものの、角屋にいる早苗からでも店の中が見えるほどに少ない。店主の霊夢はねたましげな視線をこちらに放っているが、羽の提供者であるレミリアはほっとしている様子だった。
しばらく販売に忙殺されていた。
「そこのあんた」
その途中、早苗は自分を呼んでいるらしい声に手を止める。声のほうを見ると、羽屋のレミリアが縄を体に巻いたままの姿で立っていた。
「霊夢が話あるんだってさ」
一拍置いて、レミリアは早苗の耳元に口を寄せる。
「変な用件出されるだろうけど、受けたらだめだから。私は角屋が繁盛してる方がつご、うっー!?」
急に縄のしまりが強くなり、変な声を出したレミリアは言葉半ばに羽屋の方に引きずられていった。
なんだろう、と早苗は首を傾げる。呼ばれたからには行かないのは申し訳ない。
だが、この忙しさ。今は手を離せない。
「行ってくると良い」
今の話を聞いていた勇儀が言った。
「萃香のやつを引っこ抜いて店番をさせれば大丈夫だ」
「なんで私が!?」
「引っこ抜くのに一番引っ掛かりがないからねぇ」
そう言い勇儀は萃香の土中に視線をそそぐ。
埋まっているのは首から下。勇儀と慧音。この二人と比べ萃香が引っ掛かりがない。……明白だった。
哀れむように早苗は萃香を見下ろす。
「それじゃ、抜きますよ。萃香さん」
「やだやだやだやだ! 私だって引っかかるところくらいあるんだよ! 抜かないで――」
「はい、すぽー」
萃香の頭をわっしと持って早苗は思いっきり引っ張る。恐ろしいほどすんなり抜けた。
「う、うう……」
力なくしゃがみこむ萃香を横目に、勇儀が早苗に言った。
「さぁ、行っても良いぞ。ここは萃香に任せて大丈夫だ」
ただ、と勇儀の目が光る。
「一応、用心はしといた方がいい」
この時だけ、鬼が冗談を言っているようには見えなかった。
羽屋に行くと、霊夢にその屋台の裏に案内された。そこは森の入り口で、木々が立ち並んでいる。屋台一つ挟んだだけなのだが、森は薄暗く人妖の騒ぐ声がやけに遠く聞こえた。
紅白の巫女服を着た霊夢が、早苗を見やる。
「私の羽屋と、早苗の角屋。同じジャンルの店が対面にあると、利益を食い合っちゃうと思わない?」
特に深く考えず、「そうですね」と早苗は頷いた。
霊夢の左手には縄が握られており、それが時折生物的に動いていた。霊夢に代わりレミリアが店番をしているのだ。
「だからね、勝負しない?」
「勝負?」
「最終的に店にある金の総額で勝負して、負けた方が勝った方にその全てを渡す」
「ッ!?」
「簡単でしょう?」
「そう……ですけど……」
羽屋の屋台には壁がなく、木々の中からでも角屋の様子がうかがえた。
「良いんですか?」
現時点で、角屋の前には人で溢れ、羽屋の前は閑散としている。今こそ序盤のリードで霊夢の方が稼いでいるだろうが、この流れが続けば逆転は容易い。
「良いわよ」
もちろん霊夢には策があるのだろう。
けれど、早苗にとってこの勝負は魅力的だった。二つの店の売り上げを得れれば、この一年の家計はまず間違いなく安泰。霊夢は策を用意しているだろうが、今の流れを簡単に変えれるだろうか。それに、霊夢が策を出せば早苗も対抗する。例えば霊夢が値下げをして客寄せをすれば、早苗も値下げをすれば良い。勝負となれば策が実る前に潰す権利もある。そう考えれば勝てない勝負ではない。むしろ、今角屋に来ている流れを考えれば、有利と言って良い。
「わかりました。受けましょう」
「じゃ、まぁ、ちょうど祭に来てる閻魔様に宣誓して勝負をはじめましょう」
閻魔に勝負することを言ってしまえば、後からなかったことにはできない。
「良いでしょう」
それでも早苗は頷く。
「戦いましょう。お互いの神社の運命を賭けて」
あながち言いすぎではなく、これには神社の命運がかかっていた。
閻魔に宣誓をすました早苗は、自分の屋台に戻る。そして、穴に埋まっている二人にそのことを説明する。二人とも、あきれて声も出ないようだった。少ししてようやく慧音が口を開く。
「その勝負を受けるのは早苗の勝手ではあるが、勝算は?」
「もちろんあるから受けました。だって、今こんなにお客さんが来てくれてますもの。維持すれば絶対に勝てます」
「金が絡む場合、対策もなくあの巫女が勝負に出るとは思えないが……」
「それもそうです。まぁまずは出方をうかがいましょう。これは角と羽の戦いでもあります。負けられません!」
共通する戦う理由を言って、全員勝負に巻き込む。
「ほら、萃香さんもふてくされてないで仕事はじめますよ」
早苗が帰ってきたのを良いことに萃香は屋台の奥で酒をあおっていた。顔が真っ赤になっており、ほんの二、三分で相当飲んだようだ。彼女は伊吹瓢をぽいっと投げ出す。
「はいはい。どうせわたしゃ穴に戻るのも簡単ですよー」
完全にへそを曲げていた。先ほど自分が埋まっていた穴に、萃香は再びすっぽりと収まる。抵抗なく。
真っ赤な顔だけが出ているので、それはもう熟れたりんごが地面に落ちているようだ。
萃香も穴に戻り、早苗は再び販売をはじめる。忙しさはまったくかわらなかった。だが、しばらくして早苗の手に余裕が出始めた。それは早苗が角販売に慣れただけではない。客が、減っていた。反対に目の前の羽屋が勢いを取り戻しつつある。
「仕掛けてきましたね」
「当然だろう」
「なにをしたのか、わかります?」
「ちらっと見えたが、値下げしただけだ。一つ二百五十円。単純だが、効果的だな」
「あれはまだ想定内、です」
祭自体、終わりまであと一時間のところまで迫っている。屋台もそれまでに撤退しなければならない。そろそろ値下げしても良い頃だ。
「値下げには値下げを。こちらも二百円で対抗しましょう」
いくら売ろうと、早苗が負担する角代は契約時に払った金額のみ。極論、契約時に払った金額さえ越えれば、角を一円で売っても利益は出る。ノルマ自体は優に超えていた。
ただ、やはり販売数×値段で、得れる額が多ければ多いほど良い。まず売れなければ話にならない。と、慧音が言っていた。
二百円にしても、数売れば良い。
二百円にしてすぐに客は角屋に流れてきた。それに胸をなでおろす早苗。
けれど、それは三分と続かなかった。
すぐに人が羽屋に流れていく。見ると、羽屋が百五十円で羽を売りに出しているではないか!
唇を噛み、早苗は地団駄を踏む。
「なら、うちは百円で!」
「待て、早苗。このまま付き合ったらジリ貧だ」
「どうしてですか!?」
値下げを止められた。こうしている間にも、羽屋に人が流れていく。
「値下げ競争に付き合わせることが、相手の目論見じゃないか?」
教育者に言われ、早苗は一度落ち着いて情報を整理する。
勝負を受けた時点で早苗が勝機を感じたのは、客の流れからであって金の量ではない。あの時点で、早苗は勿論、そして霊夢も売り上げは羽屋が勝っていると思ってただろう。
現時点でまだ霊夢の方が持ち金が多いとして、このまま値下げ競争に付き合えば……、早苗は負ける。
怖いくらいに明白だった。
値下げ競争に付き合えば、もともと持っている金額が多い方が断然有利なのはわかりきっている。十稼げる時に金を積み上げた霊夢に、一ずつしか金を積み上げれない状態で勝たなければならない状態に陥るのだ。
「ま、負ける……」
実際は、差がどの程度かわからない。けれど、霊夢が強気に値下げを強いてくるということは、リードに自信を持っているということだ。
「値下げは想定内でした……。その先まで考えてなかった……」
冷えた角の時と同じ。目先のことしか考えなかった故の失敗。
少なくなっていく客を逃がさないように、販売を続けながら早苗は頭を働かせる。
一度でも客足が途絶えれば早苗に勝ち目はない。かといって、値下げをして客を寄せれば霊夢もさらに値下げしてくるだろう。
値下げとはまた別の形で、客を寄せる方法を考えなくてはならない。だが、商売自体に疎い早苗はどうすれば良いか、検討もつかなかった。
情けないが、また慧音に頼る。
教育者はいろんな学問に精通しているようで、考えるしぐさを見せるが、顔色は良くない。
「同ジャンルというのが問題だ。角と羽。形は違うが、中身はよく似てる。それが問題。中身を差別化できれば、値下げせずとも戦える。と、まぁこれは卓論上の話であって、その上にさらに角を差別化する案があるわけじゃあない」
体が地面に埋まっていても、慧音が肩を落とすのがわかった。
角と羽の差別化……。
角に付加価値をつける。羽屋のチルノが良い例だ。
『冷えた』の一つの特性で、角屋に客足が向いたときでもチルノの羽だけはコンスタントに売れ続けていた。角と羽の差別化ではなく、正しくは商品としての差別化、か。
方法を教えてもらえば、それに基づいて早苗も考えることができる。
まず落ち着いて、状況を分析しよう。
販売をしながら、逆転の一手を探す。時間もまた早苗を圧迫している。
販売の隙間に、書き込んでいたメモ。それに目を留める。
そこには販売数を個人別で記録していた。一番上に三人の名前を書き、その下に売れた数だけ正の棒を字を書いていく形で記録を取っていた。
早苗は目をむく。
そこに異変が起きていた。
萃香の正の字が、異常に多い。
たしか、萃香は途中販売役になったため、他の二人より売れた数は少なかったはずだ。それを盛り返し、いつの間にか販売数一位を独走している。
萃香が販売員になる前、一人際立って売れていたなんてことはない。三人ともほぼ同じ数しか売れていなかった。それが急激に伸びているということは……。
萃香さんの角は、なぜか差別化されてる?
そしてその差別化は成功。圧倒的に売り上げを伸ばしている。
「萃香さんッッ!」
「ん……ぁあ? なんだい大きな声を出して」
「なにをしたんですか!?」
「わたしゃ悪いこたぁなにもしてないよ」
まだ少々不機嫌気味な萃香。
「いじわるしないで、ぜひ教えてください!」
「なにを言ってるんだい?」
赤くなった顔が横に垂れる。萃香が売れている秘密を隠している様子はない。
ならば、本人の意図しないところで――。
「失礼」
萃香の角をぽきっと折り、早苗はそれにかぶりつく。
「うっ……」
その秘密は角に隠れていた。
口に入れた瞬間に溢れる強烈な酒の風味。強烈だが、それ故に癖になる。酒が好きな輩の多いこの幻想郷で、売れないわけがない。これが萃香の角が売れている理由。
「おーい姉ちゃん。萃香ちゃんの角をもう十本くれんかね」
「あ、はーい」
客に呼ばれ、早苗は止まっていた手足を再稼動させる。客の親父の顔を見る。記憶の隅を探る。たしか、この親父はさっきも来ていた。
リピーターを呼び込むほど、酒の風味を帯びた角は強力。萃香の角が、酒の風味を帯びたのはおそらく早苗が霊夢に呼ばれた後、萃香が機嫌を損ね自棄酒をしたからだ。そのせいで、萃香の角は酒の風味を帯びた。売り上げの変動を見ても、そう考えるのが妥当。
満足そうに萃香の角をかかえた親父の背中を見送り、早苗は三人に向けて言う。
「お酒です!」
「酒?」
鬼二匹が敏感に反応する。
「萃香さんの角が、さっきから異常に売れてるんです! その理由がお酒です!」
嬉しさのあまり飛び飛びになってしまう話を、一度巻き戻し、三人に説明する。
それを聞いた慧音はなるほどと唸る。
「これをアピールして、売る以外にないと思います!」
「だから、私と勇儀にも酒を飲めと?」
その話を、勇儀と萃香は嬉々として聞いていた。
博麗神社の例大祭にあまり子供はいない。一応、安全は紫と霊夢によって保証されているが、野良妖怪が溢れる中に子供を連れて行くのは心配だろう。よって子供の姿をしているのは、萃香のような、実は妖怪で歳を食ったやつである場合が大半だ。そしてこれは酒好きが圧倒的に市場を占めることを意味する。だが、勿論酒を好まない人がいるのも理解している。早苗自身、酒は嫌いではないのだが、あまり飲めない。そういう需要もある。値段では現状羽の方が安いが、ついでで角を買っていく人もいるだろう。
「慧音さんはまだお酒は我慢してください。お酒風味は、鬼二人に任せます」
早苗の意図を理解したうえでだろう、慧音は頷く。
「あと萃香さん。お酒、どれだけ飲みました?」
「十升以上は飲んだね」
あの短時間で、よくもまぁ……。
時間を考えずとも、凄まじい量だ。鬼の体はアルコールでできているのだろうか。とにかく、そのおかげであの強烈な酒の風味を帯びた。
早苗は羽屋のほうを見る。吸血鬼二体に、氷の妖精。鬼と酒で張り合えるのは、天狗くらいだろう。おそらく向こうの面子では、酒をこれほど飲むのは不可能。結果的に慧音も無理だろうが問題ない。羽屋にあの強烈な酒風味を出すことはできない。完全に差別化できる!
「わかりました。それでは、お酒を持ってきます」
この戦いは負けられない。
なにせ守矢神社の運命がかかっているのだから。
「神社の運命、か……」
そうつぶやいて、早苗は酒を売っている屋台の元へ駆けて行ったのだった。
結果として差別化は大成功。羽屋に来ていた客の大部分もやはり酒好きで、角屋の売り上げのうちに取り込めた。差別化した分、羽屋に残る客も多少なりいたが、残り一時間は全体として角屋が圧倒的優勢で幕を閉じた。
互いの売り上げが見えないので、勝敗の行方はまだ不透明だ。
早苗の最後の追い上げに対して、霊夢は対策を取れなかった。角屋の商品が差別化されたから、霊夢側は羽を元の値段に……とはいかない。客の精神面もあるし、なにより慧音が普通の角として二百円で残っていた。これより上の価額で売れば、さらに角屋に客が流れる。これは早苗の予期せぬ効果だった。
各々の屋台が販売をやめ、片付けも半ばに打ち上げをはじめる。庭の人通りは随分少なくなったが、社殿は大いに盛り上がっていた。各々が屋台のあまり物を持ち寄ってつまみ合っている。
その一角を占拠して、ひそかなにぎわいを見せているのが、早苗と霊夢もとい角屋と羽屋のバトルだ。
長机を挟み、両陣営が対峙する。
「ルールは、私がはじめに言ったとおり」
「はい……」
取り巻きが酒を片手にはやし立てる。すぐにでも刺激的な勝敗を見せろ、と騒いでいた。
「霊夢さん、あの、勝負は良いのですが……、売り上げ全部没収はやめにしません?」
店にある売り上げ総賭け。これが今回の勝負の面白いところ。それを肴に酒を飲もうとしていた周りから早苗はバッシングをくらう。
「霊夢さんも神社の経営が苦しいんでしょう? 私もです。だからこの売り上げは大事なんです!」
この勝負、早苗は自分のことしか考えずに受けた。けれど、早苗が勝ったら霊夢はどうなる? そこまで考えていなかった。潰し合いをしたかったわけではない。もともと、家計の足しになればよかった。霊夢から取る必要は全くなかった。
「霊夢さん。私が最後に出た酒角作戦。あれは霊夢さんも見てた通り、大成功しました。序盤にいくら霊夢さんが稼いでいても、勝てません。だから、やめましょう」
「勝てるなら、勝負すれば良いじゃない」
霊夢の言うとおり、ではある。
長机に置かれている、互いの稼ぎが入った木箱。まだお互い封がされており、中身は見えない。
最後の早苗の追い上げを見てなお、霊夢は自分の売り上げに揺るがぬ自信がある。負ける気なぞ、微塵もない。
「良いんですね……」
「ええ、良いわ」
肩を落として、早苗はため息をついた。
勝負から降ろせなかった……。
「では、互いの売り上げを確認しましょう」
「売り上げぇ?」
霊夢が声を張る。
「私は『店にあるお金の総額』で勝負を提案したわ」
「なッッ!?」
声を上げたのは、早苗の後ろに控えていた慧音だった。
「売り上げじゃないのか!?」
「ええ、そうよ。ねぇ、閻魔さん」
見学に来ていた閻魔に、霊夢が尋ねる。
「そうですね」
そして、裁判長は首を縦に振る。
「ということは……」
慧音が歯噛みする。
「戦うふりをするのには苦労したわ。値下げはあなた達の売り上げも下がるからしたくなかったんだけど……二回の値下げでちゃんと深読みしてくれたみたいね」
慧音が言わんとする現場が、霊夢によって明かされる。
羽屋にある金が全て入った木箱が開けられる。千円が主だが、木箱には大量の札が入っていた。その量は、あきらかに今日の売り上げだけでは稼げない額、つまり、どこからか引っ張ってきた金がありったけつまっていた。
「ははッ! 私は! 絶対に負けない!」
「こんな額……一日店をやっただけで稼げるわけない……早苗……」
早苗がいくら最後に売り上げを伸ばしたといっても、それは高が知れている。いくら稼いだかなんて関係ない。売上金だけで戦っている早苗に勝ち目なんてはなからないのだから。店にある総額での戦い。持ち込みオーケー。これに気付かれなければ良い。これが霊夢の計画。そしてそれに早苗はまんまと嵌められた。
売り上げ勝負だったら、角屋は間違いなく勝っていた。
うまく嵌められた人間に、なんと言葉をかけていいのか、慧音は迷っているようだった。
今日一日、共に商売をした仲間であり、情に厚い慧音なら戸惑って当然だ。
「完敗ですよ。霊夢さん」
勝てるわけがない。あんな大量の札を提示されたら。
だからこそ、早苗は笑いをこらえ切れなかった。霊夢が勝つことに全力を注いでいることに対して。
「あは、あはははは! どうぞ! 私の店にある全額持ってってください!」
角屋の木箱を開ける。
それはすかすかだった。箱の隅に、ぽつんと五円があるだけ。
「え――?」
「どうしたんですかレイムさん。遠慮なんてしなくて良いんですよ。私が今日角屋をやった結果です! どうぞどうぞ」
「そんな……はずないでしょ!」
烈火のごとく霊夢が怒る。
「あはははは! あんなに売り上げてたから? ぜーんぶ勇儀さんと萃香さんの酒代に消えちゃいましたよ!」
早苗は立ち上がり、神社の庭のほうを指す。指がさすのは角屋の旗。その下には、大量の酒瓶が転がっていた。
「どうです? あれ全部ミスチーさんのとこの酒瓶ですから、数えて総額計算してみます? きっとすごい額になりますよ。あはははは!」
霊夢一人だけは唖然とし、早苗と取り巻きの妖怪たちはその趣旨は違えど、この結果に満足し大笑い。
「私は負けることに全力を尽くしてたんですよ。霊夢さん」
丑三つ時を越え、宴会の熱気が引いた頃。
博麗神社の賽銭箱に座って、早苗は一人ちびちびと酒を飲んでいた。あまり飲めないが、酒が嫌いなわけではない。すぐに酔いつぶれてしまうので、あまり飲みたくないのだ。普段なら真っ先に酔い潰されるのだが、今日は運よく満月を肴にこんな時間にでも酒が飲めている。
社殿の方から一人、早苗の方に歩み寄ってくる妖がいた。慧音だ。
「お疲れ様です」
賽銭箱に置いた酒瓶をかかげ、どうですか? と尋ねる。
いや、いい。そう慧音は断り、神妙な顔で告げた。
「神社は……大丈夫なのか? なんだったら、契約のときの――」
「ああ、大丈夫ですよ慧音さん!」
つくづく良い人だなぁ、と思いながら早苗は慧音に笑いかける。早苗の手に残った金はゼロ。誰の目から見てもそうだろう。そうなれば、場所代や、契約料を差し引けば早苗の大損。
早苗は自分の胸元に手を突っ込み、一塊の千円、五千円の札束を取り出した。
「実はですねぇ、売り上げはちゃんと私の元に残ってるんですよ」
「なっ……どう、やって?」
「簡単なことです。私、お酒買ってないんです」
今日の売り上げに頬ずりをしながら早苗は言った。
「確かに私は、お酒を売ってる屋台に行きましたが、酒瓶をもらってきただけなんです。お酒はぜーんぶ、萃香さんの伊吹瓢からいただきました」
「そういう……ことか」
「そういうことか!」
「そういうことだったのか」
「うわっ!? 萃香さんに勇儀さん。いつの間に」
突如早苗の背後に現れた鬼二人。
「道理で私の酒虫が弱ってたわけだよ」
「みなさん、騙してごめんなさい。言い分けさせてもらうと、はじめちゃった勝負を引き分けで終わらせる方法が、これしか思いつかなかったんです。まぁ、霊夢さんが下りてくれるのが一番なんですけど、勝負になると霊夢さんは引きませんからねえ。それにあんな必勝法があったとなれば……私が欲を出して勝負してた時を考えたらぞくっとしますよ」
苦笑いをしながら、早苗は頬をかく。
「ん、いや、そういう理由なら仕方ないさ」
「嘘をついてるのは私と萃香はわかってたんだが、そういうことだと思ったよ」
一応、許しを得れて早苗はほっとする。
稼ぎを元の場所にしまい、早苗は改めて酒瓶を持つ。
「そういうわけで、お酒、どうですか?」
「ん、そういうことならもらおう」
「勿論私達も!」
鬼二人はこうなることがわかっていたかのように、コップを三つ取り出す。
全員に酒を注いで、早苗は笑う。
「なにに乾杯します?」
「決まってる」
四人は互いに笑みを浮かべる。
「売り上げじゃ角屋は間違いなく勝ってましたからね。そういうわけで、角屋の勝利に、乾杯!」
狂気しか感じねぇのはどういうこったい……
あと、角と羽の売り方がすごく狂気に満ちていてシュールw
隠し球を見せられてからの大逆転には目を見張りました
角と羽って食べられるのか・・・。
それとも角って羽って、美味しいものなのか…?けーねさんが真面目だから特別変なことしてるように感じないのが悔しい
ものすごく突飛な話だったけど、とにかく面白かったです。
でも面白かった!
レミリアの翼はチョコ味・・・?
カオスで笑いました。
・・・え?
こういう騙し合いというか商売する東方少女は好きですね
というか霊夢汚いw
そしてそれに対応する早苗さん素敵
汚いことをして奪うのは嫌いだしかっこいいとも思いませんが、汚いことされたら汚いこと仕返して奪わせないというのは好きというスタンスなので
しかしぱっと見恐ろしい光景だわ
角屋や羽屋のイカレ具合と冷静な文章のミスマッチが奥ゆかしかったです
話もしっかりハッピーエンド(?)で終わっているのがまた憎いですね
すごい面白かった