Coolier - 新生・東方創想話

天狗座談

2014/04/12 13:46:08
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春の陽気が弥が上にも感じられる。
月も風も鳥も花も、全てがこの時期を待っていたかのようにのびのびしている。
さわやかな空気が躍るように流れていく。
その春の夜の中で、射命丸文と姫海棠はたては、新聞の執筆を行っていた。

「文~ そっちの記事書いといてね、『丁寧に』」
「はいはい……なんでこんなのしなきゃいけないんだか……」
頬杖を突きながら文が原稿を書く。
「コンペが近いから、より力を入れてかないと」
前に一度、合同で新聞を作った時に意外と好評だったもので、彼女たちは味を占めたのか再び合作しようとしているらしい。
「というか何であんたのおまけみたいな扱いになってるのよ」
執筆者の筆頭にははたての名があり、文は制作協力として名前が書かれている。
「新聞のランキングで賭けをしたら何故か私が勝っちゃったからね~なんで勝っちゃったのかしら~」
「今日の夜食は鴉天狗の丸焼きね」
文が明らかに不快な顔をして返す。
「どっちの? まぁいいわ、今度は追い抜かれないようにするだけよ」
「ああそうかい、結構な真実でも探し求めてることね」
「よく真実なんて言えたものねぇ」
大げさに肩をすくめる。
「私はいつでもそれを追ってきたつもりよ、目に見えたものをありのまま書く」
お互い脇目も振らずに話し合う。
「あんたの書く真実は捏造された真実よ、そんな記者に新聞の正義を語る資格は無いわ」
はたては相手がだれであろうと真実を求めるその真摯な姿勢を変えないようである。
それはいいことかもしれないし悪いことかもしれない。
ただ、文の方針とは相容れないため、しょっちゅう論争の議題になったりする。
「はぁ…ここはひとつ講釈でも垂れてやろうかしら」

ペンを置いて文はひとり呟くように話し始めた。
「真実は誰かを通ると主観になるの。客観的な真実は存在こそすれ、手に触れてしまえば『そいつにとっての真実』に変質してしまうのよ。
主観は生物が生物たる存在として過ごすために必要なもの。自分の解釈、意識という概念でモノを視られなければ、考える葦は只の葦。生けるものとしてこの世に生まれた以上考えることは放棄できない。
だから誰が見ても同じ感想を抱くものは存在しない。それは客観による真実が各々の主観や概念で歪められた結果」
そこまで言って文は机に置いてあったカップを手に取る。モカチーノの呆れるほど芳しい香りが拡がる。
湯煙が風を呼んでいる。夜独特の落ち着く静けさが心地よい。
「同じように正義も」
一口飲んでカップを置く。
「各々の解釈の仕方がある。一方が正義でもう一方が悪なんて片側から見た主観でしかない。正義は突然逆転するし、多数派が正義じゃないときだっていつだってあったわ。正義の対義語は悪じゃなく別の正義よ。もし揺るがない正義なんてものがあれば前の夏の宗教戦争なんて無かったし霊夢は今頃大富豪だったわ」
「ふぅん……」
少しばかり神妙な面持ちではたてが声を出す。

「でも、それを認めたら夢と現実が同じことにならない?主観が真実なら、目に見えないモノは嘘のことになるじゃない。世界は事実の上に成り立ってる。事実の産物が真実を歪めてしまうなんて、そんなことがあっていいわけないじゃない」
「青いわねぇ」
文が続ける。
「此処は外からしたら夢でしょうね。でも嘘の存在じゃない。だって主観が真実にならなければ幻想は真実にならないもの。幻想は私たちにとって真実、そして正義。私たちは幻想という主観を産み出して外の世界の主観と決別したのよ。妖怪を否定した世界から己が身を守るために」
幻想郷は非常識の秘境である。外の世界の常識と幻想郷の常識が結界を通して隔てられている。
確かに150年近く前、世界は隔離されたのだった。
その人外魔境と共に生き、その眼に様々な出来事を焼き付けてきた文の言葉は、ぶっきらぼうだが不思議な重みがあった。

やがて感服したような声がはたてから漏れた。
「……あんたはその眼でいろんなことを見てきたのねぇ……」
「伊達に何千年も生きてないわよ」
「大年増」
「捻り潰すわよ」
そういって二人は猫のように笑った。

「あーあ、話しながらなんか新聞なんて書いてらんないわー」
ペンを投げる様に置き、はたては大きく伸びをした。
「あら、私はとっくに職務を放り投げたわよ?仕事を投げ出す快感は何事にも代えがたいわね」
優雅にカップを取り仕事を棄てる。怠惰の見本の様だ。

「その分を誰が代わりにやってあげてるっていうのよ」
「まぁまぁ。珈琲くらいは淹れてあげるわよ」
「うーん、じゃあマキアートでよろしく」
「はいはい」
よっこいしょ、と文が立ち上がって珈琲を淹れに行く。
「悔しいけど珈琲淹れるのは上手なのよね」
「新聞を書くのも上手なのよ」
「新聞紙に文字を書くのと新聞を書くのは別よ?」
「お湯混ぜて薄めてやるわよ」
そんな憎まれ口とは裏腹に、文はとても丁寧にマキアートを淹れていく。


色んな温もりが伝わってくる。
「はい」
カップを見ると、器用なことに姫海棠の花らしき絵が描かれていた。
「……ん、ありがと」


はたては暫くの間カップを眺めて、そして静かに飲んだ。
やがてカップがソーサーに触れ、無機質な音を立てた。
「文、あんた、主観が真実になる、って言ったわよね」
「?それがどうかしたの」
はたての手に握られたスプーンが文の方を向く。

「例えば、私があんたのことを嫌いじゃないと言ったら、真実はどうなるのかと思って」
はたてはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「もしそうなら、もっと敬ってほしいわねぇ」
「例え話よ」
「まぁ、それが真実でいいんじゃない?」
あまりにも文が素っ気なく言うので不意を突かれた感じがした。
「……ああそうかい」





「ところでさ」
「何」
「ちょっと甘くしすぎたかな」
「……かもね」

二つの湯煙が近くなる。
不自然な暖かさは果たして珈琲のせいだけだろうか。


__夜がさらに更けていく。妖怪の時間はまだまだ続くだろう。
読了有難うございます。
珈琲片手に昼下がりを過ごすのが似合う人に憧れます。
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コメント



0.480簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
作業が延々と続く中の深夜テンションという感じの会話で、設定とうまくマッチしています。
5.80絶望を司る程度の能力削除
なんか和みました。微糖ですね。
6.70奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気
10.8019削除
深夜業務で仲の良い同僚と居ると、これに近いような和んだ雰囲気になりますね。