※いちおう拙作<Bar, On the Border ~Prelude~>の続編となります。
しかし、ゆかりんの思いつきで、人妖の交流という名目で、藍しゃまがバーテンダーをやらされてるのかー、そうなのかー、と認識頂ければ問題なく読めます。
―――――
時には大物が訪れることもあるのが、ここBar, On the Borderだ。
人妖の交流を目的として建てられたこの店に、顔役が来店することは歓迎だが、それが営業に悪影響を及ぼすなら話は別だ。
「……はぁ、お客様」
「何かしら?」
「本日はこれで2人目です。なんといいますか……いえ、なんでもありません」
「ふふ……言いたいことは口にしないと、健康に悪いわよ?」
そう言ってカウンターの真ん中に陣取る風見幽香は、こちらを見遣ってくすりと笑いながらグラスを揺らして見せた。
……これでこの“大物”が追い返した人間の客は、2人目となる。
少しだけ開かれた後、やっぱりいいですという言葉とともに、そのまま閉められた扉を見遣りながら、私は溜息をついた。
風見幽香はちょっと前から、5日おきという決まった頻度で店を訪れるようになった。
常連といっても差し支えない。
時間も夜更けから閉店間際という、割と暇な時間に訪れ、飲みもケチらずお金を落としてくれる。
酔って愚痴ることもなければ潰れることもあり得ない、店側としては助かる客だった。
ただし……
「それにしてもさっきの彼、どうして帰ってしまったのかしら? かまどの火の消し忘れでも思い出したのかしら?」
「本気でおっしゃってます?」
「何のことだか分からないわ」
そう、この幻想郷の歩く嗜虐心と言われる妖怪は、来店した人間に畏怖を与え帰してしまうのだ。
お酒を飲みに来て命をかける人間はいない。
ここが人里であって、妖怪が人を襲うなど考えられないこと。
そもそも今の幻想郷で、名のある妖怪が人を害するなどあり得ないこと。
そうだと分かっていても、理性が訴えかけてくる悲鳴にわざわざ逆らう道理はない。
「それにもし仮に、彼が私を怖がって帰ったのだとして、それはこの店において人間にとっても友好的な私のせいなのかしら?」
「ですねぇ……」
そうなのだ。
この風見幽香という妖怪、そもそも偏見が先行している嫌いもあるが、それにつけてもこの店では気さくなのだ。
来店の少ない時間帯だが、同席する客があればまず間違いなく話しかける。
それも季節の挨拶から始まり、彼女の花に関する知識で話題を彩り、気分を良くした相手に今度は話させるという完璧な流れだった。
人妖の交流を目的とするこの店において、これほど望ましい客はいないだろう。
「つまり人妖の交流は、まだまだ壁が高いということです」
「そのようね」
そして密やかに笑みを浮かべると、またグラスを傾けてみせる。
その仕草はなんとも幽々としていて、趣深かった。
彼女は美しい。
お世辞ではなくそう思う。
妖怪というのはそも美しいものだが、風見幽香の美しさはひときわのものだろう。
薔薇のように妖艶であり、百合のように秘めやかでもある。
けれどふとした瞬間、向日葵のような無防備な表情を見せる瞬間もあり、それがまた彼女の魅力に深みを与えている。
確かにさっきのお客様が帰ったことは、彼の責任なのだ。
なぜなら少し話を交わしてしまえば、目の前のこぼれるように開かれた可憐さに、心奪われてしまうはずなのだから。
「ねえマスター」
「はい」
「そろそろおかわりをもらおうかしら」
そういって風見幽香は、空になったグラスをすっと差し出してくる。
こちらの手が届くように、けれど客に対して遠慮を感じさせない程度に。
そのあたりのさじ加減は絶妙だった。
「何になさいます?」
私は特に気にしない態度で注文を訊ねる。
グラスを受け取り、それを端へ押しやりながらも目線は外さない。
「う~ん、と、そろそろ閉店だったわね?」
「ん、ええ、まあそうですが、お客様が飲まれるまでは開けておきますよ」
「それも悪いわね。いいわ、締めにしましょう。テキーラをショットで」
「かしこまりました。いつものもので?」
「ええ、お願いするわ」
彼女の抱える印象からか、はたまた彼女の性質がそれを好んでいるのか。
風見幽香が愛飲するスピリットは、テキーラなのであった。
冷凍庫からショットグラスとボトルを取り出して、カウンターに並べる。
銘柄はこの国におけるスタンダードと言える、クエルボ・ゴールドだ。
ただしテキーラ本来の分類から考えると、少々ややこしい名前でもある。
テキーラはテキーラ草とでも言いたくなる、竜舌蘭という種の ある種の 変種という、良くわからない植物の成分(なぜか紫様と橙は、これを謎の白い液体と言いたがる)を糖化し蒸留したものだが、熟成期間によっていくつかのクラスに分けられる。
熟成させないブランコ、1年未満熟成のレポサド、以後アニェホ、エクストラ・アニェホと続き、ブランコと熟成させたものを混ぜ合わせたのがゴールドだ。
そうするとクエルボ・ゴールドは、ミックスと思うのが道理なのだが実はそうではない。
正確にはレポサドであり、よく見るとボトルにもちゃんとReposadoと書いてある。
というよりボトルの名自体、Jose Cuervo Especialと記名されていて、ボトルの表を見ようが裏を見ようが、どこにもゴールドとは書かれていないのだ。
これはこの国に輸入された際、付けられた商品名がゴールドだったからとのことだ。
確かに数あるテキーラの中でも、このボトルの透きとおる金は印象深く美しい。
しかしそれをそのまま名前に付けてしまうあたり、この国の渡来品への大雑把なところは、古代も現代も変わらないわぁ、とは紫様の言だ。
……ちなみにその後、なぜか肩を落とされてブツブツと呟きながらどこかへ去っていったが……式である以上訳は分かってはいけない。
そんなことを思い出しながらも手は休めない。
メジャーに量りとって30ml。
これをショットグラスに注ぐだけの 単純なメイクだ。
しかし小さなショットグラスに全てを注ぎきるのは 存外難しい。
1mlの価値が全体の3%分なのだと思うと、少しこぼしたなんて許されはしない。
「どうぞ」
小皿に盛った塩と、カット・レモンを一緒に。
バーにしては少し珍しい、まるで食事のような光景だ。
風見幽香は少しばかりの礼を示すと、さっそくそれに手を付ける。
まず左手の親指の付け根に塩を少し。
そしてその手でレモンを掴んで、塩をこぼさないよう左手を口元に寄せる。
塩を舐め、レモンを齧り、右手に取ったグラスをすっと一口。
これがテキーラの通な飲み方なのだ。
なんでもメキシコというテキーラの産地の人々は、こうやって何杯も何杯も同じテキーラを飲み続けるという。
その酒豪ぶりは日本には似合わないが、この風見幽香もそれにならい、その日の締めにテキーラのショットを飲むのだった。
ただここに、少しだけ本場の流儀に外れる要素がある。
風見幽香はこの一連の流れを、存外危なっかしい手つきで行うのだ。
だいたい一度試してみると分かるが、指の付け根に塩を盛るなんて、そうとうの不便を生じる。
それをこぼさず、さらに摘んだレモンをかじろうとするなんて、恐る恐るの所作になってしまうに違いないのだ。
風見幽香の印象ともなると、さらっとこなしてみせそうだが、それでも日本の妖怪にバテレンの習慣はなじまないようだった。
飲んだ跡に少し目をつむる癖と、強い酒によって少し上気してくる頬の色も含め、こんな姿を見られるのはここだけだろう。
実は密かに役得とも思っていることでもある。
「やっぱり最後はこれね」
「そうですね。お酒は少しずつ強くしていって、最後にストレートで飲むのが作法といいますし」
「ねえ、あなたもお飲みなさいよ」
風見幽香は割と突然にこう振ってくる。
「はは、お客様。それはバーテンダーにとって、永遠に叶わない願いですよ」
「固いこと言うわね」
彼女は時々私を誘う。
少し首を傾け、眠たげに伏せた目元で、下から射抜くような目線で。
それは彼女の普段の表情なのだが、長身な彼女のその表情を上から見ると、また違った印象を受ける。
それはまあ、有体にそのまま言ってしまえば色気というものだった。
私は彼女に誘われるとき、いつも少しの誘惑を感じてしまう。
とはいえ提案が魅力的か否かとは関係なしに、席をご一緒にというわけにはいかないのだ。
バーテンダーはお客様に、お酒とともに日常を忘れたひと時を提供する。
そのおもてなしに酒気をおびて臨むわけにはいかない。
もちろんお酒が好きだからこそ、バーテンダーはバーテンダーでいるのだと思う。
だからそんなお酒を親愛なるお客様と、まさにお客様がくつろがれているその時にご一緒できないというのは、1つの矛盾なのだ。
私もそんなことを感じる程度には、バーテンダーになって来たのだと思う。
ただともかく、誘いに乗るわけにはいかないのだった。
「まあお酒を飲まずとも、いくらでもご一緒しますから」
「私はこう見えてもね、誰かと飲み交わすほうが酒が美味しくなるたちなの」
「……それは意外ですね」
「ふふ、そう、意外なのよ」
そう言って風見幽香は、差し出した布巾で手を拭くと、そのまま両手を組んでそこに預けた。
浮かべているいかにも面白いというような微笑は、いったい何に対してなのか。
まさか自嘲?
あの風見幽香が?
そう思うことがあっても、本当かもしれないのだ。
なぜならここは境界の上に立つBar。
普段とは少し違う一歩踏み込んだ姿を、誰しも見せるかもしれないところなのだから。
「ごめんください」
来客だった。
こんな遅くに来るのは珍しい。
閉店を告げても良かったが、私はそこで少し迷う。
風見幽香は飲み相手を求めているようだし、どうせすぐ閉めるというわけでもない。
ここは
「はい、いらっしゃいませ」
「まだやっていますか?」
「……もうすぐ閉店ですが、構いませんよ。せっかくいらして頂けたのですし」
「そうですか、ありがとうございます」
そういうと青年は、カウンターの中央あたりまでくると、ちょうど真ん中の席にこしかけた。
こちらに進むうちに、奥に居座る風見幽香に気付いたようだったが、構わないらしい。
少し戸惑うような間はあったが、飲む気が優先というところか。
「どうも一杯やりたくなってしまったんですが、この時間に開いてる店なんてありませんから。ここは遅くまでやっていると聞いていたので。良かったです」
「それはなによりです。ここはだいたい日の終わりまで開けていますからね。里の店は黄昏の刻が過ぎれば閉まり始めますが」
徐々に普及していく電燈と、少しずつ流入する外の文化によって、幻想郷もずいぶん眠らない世界になってきている。
とはいえ日をまたぐような店はないし、人定の刻には人通りもほとんどなくなる。
こんな時刻に酒が飲みたいという彼に、この店以外の選択肢はなかっただろう。
もっとも棲家で飲めばいいというだけの話だが、場所によって味が変わってくるのが酒の不思議というものだ。
青年は見たところ、野良仕事なのかよく日に焼けていて、小柄な身体にもしっかりと肉が付いていた。
けれど身なりは小ざっぱりとしていて、この仕事特有の土臭さがない。
果樹栽培か何かだろうか。
彼が持っていた手荷物を隣の椅子に置くと、かさりと音がした。
ええと、何を持っていただろうか。
風見幽香への反応に気をとられて見ていなかったな。
カウンターの裏に隠れてしまって、こちらからは椅子の上をうかがうことはできない。
別段お客様の素性を知る必要はない。
知ったほうが接客の質は向上するのと、私の趣味から観察を重ねてしまうが、これ以上意識を割くのも良くないか。
私はそこで思考を打ち切って、目の前の客に集中することにした。
「こんばんは……風見幽香さん?」
「あら、ご存知頂けているのかしら」
「ええ、有名でいらっしゃいますから」
「悪名でないことを願うわね。ふふ、こちらこそこんばんは」
席についてそうそう、青年は風見幽香に挨拶をして、天気の挨拶を始めたようだった。
青年が最近の日照りの強さと、植物すら参っている様子であることを述べて、幽香が向日葵すらうなだれる旨を返しているようだ。
どうやらいいパターンに入ったらしい。
こうなれば彼女の社交性の高さは、相手に好感を与えないわけはない。
対する青年も実に紳氏的な態度で、幽香も話し相手として満足しているようだった。
左腕で頬杖を付いて蠱惑的な口元は変わらないが、目元が細くなっているところ、くつろいでいる様子らしい。
洋酒をあまり飲んだことがないという青年には、テコニックを出すことにした。
テキーラをトニックで割るだけのカクテルだが、テキーラ独特の香りがトニックの味わいでまろやかになり、炭酸が爽やかな後味を残すカクテルだ。
和酒に近いというわけではないが、いきなり甘口のカクテルを出すよりかはずいぶん飲みやすいのではないだろうか。
それにテキーラのカクテルを出せば、幽香との会話の種になるだろうという目論見もあった。
現に話の流れはテキーラ談義に移り変わったようだった。
幽香も素直な味わいが特徴のオルメカ・ブランコをショットで注文し、2人の静かな酒盛りが続いていく。
半刻ほどして、これ以上長居しても悪いと、青年は帰り支度を始めた。
とすると店じまいというところだが、幽香はまだ残るらしい。
もともと帰るつもりのはずだったから、相手を先に帰そうというところだろうか。
気が利いていることだと思う。
「ねえ」
それは幽香の呼びかけだった。
立ち上がり既に一歩踏み出していた青年は、それが自身を呼び止めるものだと判断するまで数刻かかった。
「この子達を忘れているのではなくて」
そう言って幽香が掲げて見せたのは、バラの花束だった。
花束というには少し小ぶりで、細身の包み紙からは3輪の赤い花弁が覗いている。
花の印象とは異なり、なんとも慎ましやかな一房だった。
ただ今はその深い真紅の色が、すぐ傍に浮かぶ幽香の瞳の色と反射して、まるで意思を持って青年を見つめているかのように見えた。
青年もその幻想にとらわれたのか、しばしぼうとした表情で幽香と花を見つめるばかり。
しかしその幻惑の数瞬は、幽香がすっと首を傾げたことによって収斂し、後には彼女の疑問だけが残っていた。
「ああ、その花ですか……そうですね、あなたが四季のフラワーマスターだとするならば、その花をもらっていただけないでしょうか?」
「どうして、あなたにとってこの子は、必要なものなのではなくて?」
「いえ……必要だった、ものなのです」
そういって青年は、淡やかな笑みを浮かべた。
花を捨てる……という話の流れになるのではと少し身構えてしまったが、そうはならなかったようだ。
幽香も掲げたそれを少し引き落とすと、視線をそこに落として思案顔だ。
そしてややあって顔を上げると、判別しがたい表情。
説明して、という意味にも取れたが、どうやら青年は了承と解したらしく、踵を返しかけた。
「待ちなさい」
もう一度引き止める幽香。
青年は今度こそ翻ることはなく、半身で次の言葉を伺うに留めている。
「この子の持つ真紅の意味は何かしら? それは“情熱”? それとも“愛情”?」
そう言いながら幽香は、左手にもった薔薇の前に右手をかざす。
そして隠すように花弁をそっと撫でると、その色は白に変わっていた。
「もしかしたら与えられた役目は、“愛の告白”だったかもしれないわね。けれどそれは“不貞”、もしかしたら“友情”に阻まれてしまったかもしれない」
幽香の語りは続く。
そして“けれど”の言葉の後にさっと右手を振るったかと思うと、もう薔薇の花は黄色に染まっていた。
「でもね、そんなことはこの子の価値に関係ないの。確かにあなたが意味を込めた花は、それを含んで美しい。けれどそんなことはお構いなしに、花というのは愛でるべきものなのよ」
そう言って幽香は立ち上がると、ゆっくりと青年のほうに歩いていき、振り返った彼にさっと花束を突き出す。
するとその色は刹那のうちに、青色へと変わっていた。
「それでもあたなが、この花に想いを込めたいというのなら、改めて私から。あなたが願う“奇跡”が起こりますように。“祝福”を込めて」
ぽかんとした表情のままの青年に、丁寧に花束を手渡すと、そのまま幽香は扉に向かっていった。
「また来るわ。マスター」
お代は既にカウンターの上に置かれていた。
私と青年が再び時を取り戻すのに、数瞬を要したことは説明に難くない。
まったく、手加減のない妖怪だった。
それからというもの、その日来店した青年はよく店に訪れるようになった。
閉店少し前の、来店客の少ない時間帯。
目的はすぐに分かった。
何度かの相席を繰り返した後、風見幽香の来店間隔を掴んだらしい彼は、それに合わせてやってくるようになった。
決まった頻度で繰り返される、穏やかな時間。
実は花屋の息子だった青年と、人里に花を卸すこともある幽香とは間接的な知り合いでもあったようだ。
話される内容は、おおむね花の育て方についての柔らかな談話。
日の当て方、水のやり具合、土の作り方。
バーカウンターの上で饗される会話としては、いささか地に着きすぎている気もしないではないが、微笑を絶やさず語らう2人の姿を見ているのは好きだった。
今日も花の抄について幽香が秘めやかに語り、青年がそれに慎ましく耳を傾ける時間が過ぎていく。
教え、学ぶ関係とも言えるのに、その関係に付随するような上下を感じさせない、2人のまとうそんな雰囲気だった。
「ありがとうございます。勉強になります」
「ふふ。いいのよ。私も好きなことを話すのは嫌なものではないわ」
「ええ、花について語る幽香さんの表情、本当に綺麗ですから」
「あらまあ、それは照れるわね」
そう言って手に持ったグラスを持ち上げて、ほんの少しの間、その横顔を青年から隠した。
酔いからか本当に照れからか、上気した頬が花開くように美しい。
対して青年はというと、恥ずかしがっているのは明らかで、なんとも微妙な表情で口元を波の字としていた。
「あはは、ちょっと恥ずかしいことを言いました。大妖怪である幽香さんに、綺麗なんて月並みな言葉でしょう?」
「そんなことを気にする必要はないわ。……ふふ、讃えられる言葉あってこその、妖怪なのだから」
「そんなものですか?」
「ええ」
空気が穏やかに振動し続けるかのような2人の会話だった。
「どうです? おかわりを頼みませんか」
「そうね、頂こうかしら。あなたは何を飲むの?」
「そうですね。私は……マタドールを」
「ふふ、あなたもテキーラ好きになったものね。じゃあ私は……テキーラ・サンライズを」
「マスター」
「かしこまりました。お作りいたします」
そう返事をした頃には、もう準備を始めていた。
マタドールはテキーラを30ml、パイン・ジュース45mlをシェークしたものだ。
レモンを加えるスタイルもあるが、以前飲んでもらった際、パインのみの方がおきに召されたためそれで作っている。
テキーラの芳香が強く残る味わいの中に、ふわりとパインの甘さが残るハードカクテルだ。
一方のテキーラ・サンライズは、同じテキーラでもアルコール度数としては弱め。
逆三角錐のスクーナーグラスに、氷を詰めてテキーラを30ml。
そこにオレンジジュースを注ぎ、ストローを挿して、真っ赤なグレナデンシロップを10ml落とす。
ストローを辿って比重の重いシロップが底に沈みこみ、まるで日の出のようなグラデーションを示す中、太陽が顔を出すようにオレンジスライスをデコレーションすれば、テキーラ・サンライズの完成だ。
もちろん味は甘い。
「どうぞ。テキーラ・サンライズと、マタドールです」
「どうも」
青年がそういってショットグラスを受け取る。
幽香はふっと少しだけ微笑んで、黙ってグラスを受け取った。
「それでは」
「ええ」
カチッと、静かにグラスをぶつけ合って、それぞれのカクテルに口をつける。
青年は半分ほどを一気に。
幽香はシロップをストローで混ぜながら、少しずつ。
「ふぅ……それにしても幽香さん、テキーラ・サンライズはお気に入りですね」
青年が幽香に訊ねた。
「そうね。確かにいつも頼んでいる気がするわ」
「理由か何かあるのですか? ただ好きだからというのなら、無粋な質問でしたが」
「ん、そうね……」
幽香が言葉をまとめる時間がほしいとでも言うように、小首を傾ける。
豊かな緑髪がそれにつられて、少しだけふわりと揺れた。
まるで風に揺れる花びらのようだと思ったのは、私だけではないだろう。
確かに幽香はテキーラ・サンライズを愛飲していた。
来店した際は必ず飲んでいるし、迷ったときにはそれと決めているようだった。
そもそもテキーラを好むところも含めて、気にならないと言えば嘘になる。
「もちろん味が好きというのが一番ね。けれど好きだと感じるところも含めて、印象が重要なのかもしれないわ」
「印象、ですか?」
「そう、印象。私たち妖怪の多くが人の念から生まれ、人の畏怖によって維持されていることは知っているわね」
「ええ、知っています」
そも妖怪は、“かくあるだろう”という人の思いがそのまま実体化した者が多い。
境界に対する畏怖感や、暗闇に対する恐怖感、何らかの現象に対する理由付けもこれに含まれる。
だから妖怪は、その“かくあるだろう”という様式に縛られるし、むしろそれを強く好む。
花の妖怪である彼女にとってもそれは、多かれ少なかれ存在するのだろう。
「だからかしらね。花を育む存在への愛着は強いし、太陽の印象へ惹かれるところもある」
「なるほど。サン……は太陽だったでしょうか。見かけもそんな印象ですし」
「ええ。ちなみにライズには昇る、という意味があるのよ。だからサン・ライズ、それが意味するところは日の出、ね」
「まさに幽香さんの妖怪としてありように似合うカクテルなんですね」
「そういうこと」
そう言うと幽香は、再びストローに唇をふれさせ、濃琥珀色の杯のかさを少しさげた。
緑の瑞々しさを示すような彼女の髪、そして大地の深みを示すような彼女の衣装。
それらとあいまって、テキーラ・サンライズは太陽のように光っていた。
「ちなみに私も花を育む存在ですが?」
「ふふ、それは家業を継いでから言うことね。あなたはまだまだよ。人間の尺度で評価したとしても」
「これは手厳しい」
青年は少しだけ罰が悪そうに苦笑して、それから2人は顔を見合わせて笑った。
花を育む存在に愛着があるというのは、どうやら本当らしかった。
「でもね、妖怪として本義、それだけの単純な存在でもないのよ、私たちは」
「と言いますと?」
「人の姿をとっているからか、まるで人間のような感情を抱くときや、積み重なった何かに縛られることもある。けれど決してその傾向に傾ききることはない」
「ふむ」
幽香の語る内容は、かなり根本的な概念を示すものと言えた。
私たちが人の姿を取り、そして人のような時を過ごす時……これらはこの幻想郷では重ねて強いられるものであるが――私たちは少しずつ人間に近似していく。
マツリゴトという、人間そのものな物事に熱意を示す吸血鬼。
医学に研鑽し、何かを身につけていくことを目指す妖怪兎。
むしろ自由に過ごし、望むままに生きる幽香は、この幻想郷で妖怪らしさを維持している方だと言えた。
「何かお困りのことでも?」
「ふふ、そういうわけではないわ。ただね、時々ちょっとだけ、やりきれないような感情に煩わされるだけ」
「その、自分の何かに煩わしいと感じること自体が……妖怪らしくないと」
自由気まま。
唯我独尊。
天衣無縫。
それが私たち妖怪を形容する言葉だろう。
幽香こそこれらに当てはまると考えていたが……はて、彼女を煩わす感情とは何なのだろうか?
「そうよ。理解が早くて助かるわ」
そう言って幽香は、再び笑みを示して青年の方に視線を流した。
青年は軽く笑って返したが、そこからさらに踏み込もうとはしない。
ある意味距離感を守る2人なのだった。
下世話なことだが、私は自身の好奇心が満たされなかったことに少々落胆する。
まあいいだろう、いつかそんな内容が話題にのぼることもあるだろうと、そのときは簡単に考えていた。
そう、その時は。
2人の関係が変化したのは、そんな光景がもっと続くだろうと思っていた私としては、いささか早過ぎる時期のことだった。
その日幽香は、やはり習慣として遅めの時間に、けれど彼に合わせて比較的早めに来店していた。
いつも通りの流れ。
カクテルを1つ頼んで幽香は、静かに青年を待っていた。
青年はその時に抱えていた感情を考えると、それを全く感じさせないほど静かに入店してきた。
室内の気圧が少しだけ変化する感覚。
ささやかなベルの音に気づいて扉の方を見やると、もう彼は店の中へと入ってきていた。
右手にはいつか見たことがあるような、赤い薔薇の花束。
つつましく3輪でまとめられたそれは、暖色の店内にあって、滲み出るような色気があった。
「幽香さん、今日は少しお話があったりします」
「赤い薔薇、ね……そう、何かしら?」
「初めて会ったあの日から、あなたに惹かれておりました。どうかこれから時間を分かつ時は、それを逢引きと呼ばせてくれませんか?」
正直驚いていた。
こんな出来事が起こるかもしれないとは、実は胸中では考えていた。
けれど妖怪と人間とのそれは、多くの場合もっと悲劇的なものなのだ。
それがこのように、まるで普通のことのように、人間のように、抑制の中で。
青年がいったいどういう気持ちの変遷を経て、このような行為をするに至ったのか。
その時の私には全く及びもつかなかった。
ただ呆然とし、私は青年と幽香の方を見ていた。
「……正気とは思えないわね」
「そうかもしれません」
「……告白の文言は悪くないと思うわよ」
「ありがとうございます」
幽香は……その時はまだ、何を考えているのかよく分からなかった。
いつものような少し憂いをおびた静寂に浮かんだ笑み。
けれど少しだけ戸惑っているように見えたことは、強く印象に残っている。
「でもダメよ」
「どうしてですか?」
「理由を説明する必要がある?」
「お聞かせ願えれば」
青年は断りも想定の内とでも言うように、にこやかな表情のまま佇んでいた。
そんな彼に対し、幽香はカウンターの方へと視線を落としたたま、グラスの縁を撫でながら言葉を続けた。
「私は妖怪。あなたは人間。それだけのことよ」
「困難……というのは分かっています」
「そう」
「ですが、あなたが妖怪の生を重視するならば、あなたの元で死するまで。短い人間の生に戯れて下さるならば、ここ人里で」
「………」
「そして、あなたがそのどちらも縛り多いと思うのならば、あなたは願う場のまま、私は人里のまま。お好きな形を選んでもらって構いません」
そう言うと彼は、2歩彼女のもとへと歩みを進め、彼女の傍らに跪いて花束を差し出した。
赤い薔薇が揺れ、それは水面に伝わる振動のように、店内の空気を揺らした。
幽香は少し思案するような表情で、まだ俯いていた。
その手の内にはオレンジスライスが飾られた琥珀色のグラスがあり、彼女の視線を受けとめている。
そしてややあってから、幽香はゆっくりと顔を上げて初めて青年の方を見た。
「……あなたの覚悟がどの程度のものか見ものではあるし、人間というのは強情だものね。いいわ、だったら1つ条件を出してあげる」
「……はい」
「あなたがきちんと理解できているのか、問いかけよ」
「あなたのことを、でしょうか?」
「さあ。……いま私が飲んでいるこのカクテルは、いったい何かしら?」
驚いた。
そしてこれを驚けるのは、いま私だけだろう。
青年がすぐに口を開こうとする。
いけない、なぜならそのカクテルは、そのカクテルは――
「なに、とは……それはテキーラ・サンライズでしょう」
「ふふ、残念ね。大外れよ」
「?!」
無理もないだろう。
やや色が薄く、元の色と様相が違うとはいえ、暗い店内の中で見分けは付き難い。
それにグラスは幽香の手の内にあり、混ざったグレナデンはグラス全体を染めてしまっている。
テキーラ・サンライズとよく似ていて、ある意味全く異なるとも言えるカクテル、それは。
「これはテキーラ・サンセット。セットは終わりや暮れ。日の出を表すサンセットとは真逆の、日暮れを表すカクテルよ」
テキーラ・サンセットはその名の通り、テキーラ・サンライズのアレンジにあたるカクテルだ。
レシピの大枠は一緒だが、割り物としてはりんご・ジュースが使われており、味わいも色合いも大きく異なる。
飾りのオレンジスライスもつけない場合がもっぱらだ。
だが幽香はこれを、グレナデンシロップを多め、オレンジスライス付きというオーダーで頼んでいたのだ。
そう、振り返ってみればここ最近ずっと。
「日の出と日の入りの見分けがつかないなんて、あなたもまだまだね」
「で、ですが……」
少し慌てた様子を見せ始める青年。
それもそうだろう、こんなペテンに賭けられて、それで納得しろと言うのも酷なものだ。
しかし彼が抗弁を示す口もとが開かれようかというその時に、幽香はすっと立ち上がり、彼の口元を静かに人差し指で抑えた。
「ねえあなた。夕焼けと朝焼け……始まりと終わりの鮮やかな色は、見分けがつきにくいと思わない?」
「………」
「それはきっと、他の色々なことにもあてはまるのよ。そう、恋の始まりと終わりのように」
「?!」
幽香はそのまま、獲物を吟味するような目を彼に注いだまま、さりげなく右手で彼の左腕を掴むと、その手の薔薇を胸元へと引き寄せた。
「可愛そうな人。終わりの眩しさに目が眩んで、それを始まりと勘違いしてしまったのね。まあ、それはそれでいいかもしれない。けれど私は、誰かの代わりの花なんて、まっぴらごめんよ」
掲げられる幽香の左腕。
彼女はその先、左手を花束の上に掲げると、少し考えるような表情を浮かべた。
「……むき出しの薔薇も悪くはないわ。けれどきっと、期待や切なさも大切だから」
彼女が花束を撫でたかと思うと、そこにはラベンダーとシクラメンの花弁が顔を覗かせていた。
7輪の花束。
少しちぐはぐなはずのその組み合わせは、幽香の力によるものか、美しい調和をもって静かにまとまっていた。
「さっきは騙すようなことをして悪かったわ。だから本当の条件を教えてあげる」
幽香は彼の両肩に手を置くと、そっと静かに彼を突き放しながらこう続けた。
「あなたが本当にその花束を送りたかった人に、もう一度愛を誓って、それでも私に会いたかったら、その時は考えてあげてもいいわ」
それが留保のようで穏やかな断りであったことは、恐らく彼女の瞳を見つめていた、彼も分かっていたことだろう。
「良かったのでしょうか?」
私は幽香に問いかける。
彼が呆然とした表情を示し、そのまま退店してしばらくたってから、私は口火を開いた。
幽香は今もカウンターに座り、一見何事もなかったかのようにくつろいでいる。
しかしそのテキーラ・サンセットは、室内の暖気に当てられきっと薄くなってしまっているだろう。
それでも幽香はその杯を飲みきろうとはせず、思い出したようにまた一口と、静かに杯を進めている。
「花屋の1人息子の噂話、知ってるかしら?」
「いえ、浅学なもので」
「婚約者が間男といるのを見て、破談したとかそうじゃないとか。そういうくだらない話よ」
それは間違いなくあの青年の話なのだろう。
彼が花屋の1人息子であることは知っているとして、婚約者がいるというのは初耳だった。
そういえば初めて来店したときにも、誰かに送るはずの花束を持っていた。
もしかするとそれは……
「それも1人前と認められたその日、結婚を申し込みに行った先でのことと言うじゃない。涙ぐましい話だわ」
「……さようで」
私は言葉少なく返すのが精一杯だった。
青年のことをどうでもいいことのように語る幽香。
別に妖怪として不自然な語り口ではなく、むしろ彼女らしいとさえ言える。
けれどそれが本心とは思えずに、私はただ曖昧な相槌を返していた。
「でも鴛鴦夫婦となるに違いないとも言われていたそうよ。だったら復縁するのも悪くはないと、そういう意見もあるのよ」
「……調べられたので?」
「多少はね」
ほんの少しの内容だったが、私も事の真相が分かり始めた。
恐らくあの日、彼はその破談の原因となった出来事に遭遇したのだろう。
そしてこの店に来て、幽香と出会った。
それは傷心の彼にとって鮮烈と言える出会いで、その心を染め上げるのに訳はなかっただろう。
けれどそれは逃避のための行為でもあり、純粋な想いばかりではなかっただろう。
ただそれでも――
「よかったのですか?」
もしかしたら踏み込み過ぎかもしれない。
けれどそれは義務的な問いかけでもあって、私は幽香に彼を突き放したことの是非を問うた。
そう高慢な彼女であるのだから、人間の代用品にされることが我慢ならないのは分かる。
けれどそこで心を奪ってしまうこともまた、妖怪らしいと言えばそうだと言える。
何より彼はきっかけはどうでも彼女に想いを告げ、将来さえ誓ってみせたのだ。
幽香が彼を少しでも悪からず思っているのなら、彼の願いにまた違った答え方もあったと言える。
「そうね……よかったのかしらね」
「……はい」
付き合いきれなかったのよと、彼女が一笑に付すのを期待していた。
幻想郷の大妖の一角として、人間如きに情をほだされなどはしないと、捨て去ればよいと思っていた。
しかし私は異なる真実があることを予感していた。
彼と楽しげに語らい、わざわざ彼を待つために来店を早め、そして人間的な感情に煩わされると言っていた彼女。
そんな彼女であるのだから、本当の想いは笑ってしまえるようなものではなく――
「……ゆきたいと思う道がいくつかあって、その内のどれかがより幸せになれる道であるのなら、その道を選ぶべきなのよ」
「……?」
「それが蝋燭の火のような人の生であるのならなおさら。わざわざ妖怪に想いを抱いて、険しい道を選ぶ必要はないわ」
やはり彼女の選んだ真意というのは、決して乾ききったものではないらしかった。
確かに妖怪と人の恋は難多きもので、人同士結ばれる道があるならそちらを選ぶべきかもしれない。
青年とその婚約者については、本来は強く結ばれた仲であったという。
ならば再生という選択肢を選ぶことが、彼にとって望ましかったのかもしれない。
「彼を慮って突き放したのですか?」
「……それに対する答えを述べることは、私の矜持からは難しいわね」
そう言うと幽香は再びグラスに口をつけた。
けれど飲むのは少量ばかりで、琥珀色の液体はまだその存在を留めている。
心なしか覇気が薄れたように感じられる彼女の瞳。
その目線の先はグラスに落とされていて、彼女はそこに何を見ているのだろうか。
そのカクテルの名がテキーラ・サンセットであるのなら、彼女と青年という物語の斜陽を、氷の中に投影しているのかもしれなかった。
「ほんと、腹立たしいわね。どうして私たちは、人の姿をとってしまったのかしら」
「………」
「私だってね、大妖と言われて久しいけれど、悠久の時を独り過ごしていくことを、侘しいと思うことだってある……」
「………」
「本当に、腹立たしいわ……」
そうだ、私たちは妖怪で、人とは心のありようが異なる。
けれどこの狭い幻想郷で、まるで人のような関わりを持ち始めた私たちは、ただ妖怪のままではいられない。
この心の寂しさを、いったいどのように処すればいいのか。
人間のようには決して生きられないからこそ、それは消し難い焦燥として心に残り続ける。
元来狐として、むしろ人と関わることを希求していた私には、そのことはよく分かった。
ただ問題は、いまこのカウンターの前に座る幽香に対して何ができるかだろう。
私はバーテンダーであり、彼女は席に付いている客であり、そしてバーテンダーはお客様の心を良い方へとほんのひと押しできるように。
けれど彼女が求めているのは、そういうことではないと分かっていた。
何をしようともカウンターは心の柵であって、そこを越えてのやり取りはどこか間接的だ。
だったら今宵だけ、その決まりを無効としてもいいかもしれない。
「少し、失礼しますね」
そういって私は厨房に戻ると、勝手口から出て店の前へと回り込んだ。
入り口に打ち付けられた梁からぶら下がる、“Bar, On the Border”と書かれた看板。
この場所がBarであるのなら、今から私がすることはルール違反だろう。
けれど同時にこの店は、“境界の上に立つ”店でもある。
ならばバーテンダーが客へと変わってしまうことも、そんな揺らぎが許される日だってあるかもしれない。
私はそんな言い訳をしながら、Closedと書かれた札をかけた。
普段は必要もないのだが、今日は少し早い閉店なのだから、もしかした必要かもしれない。
今日来てくださったかもしれないお客様たちへの謝罪を、バーテンダーのスキマに放り込んでしまいながら、私は目の前のドアを開けた。
「……あら? マスター?」
「呼び方はお任せしますが、今日は閉店にしましたよ。幽香殿」
こちらを向いた幽香の表情は、怪訝という様子のものだった。
そして私の言葉を聞いて、さらに不可解という色が加わっていく。
「閉めるなら帰るけど……今日は早いわね」
「いえ、しばらく前まではよく、一緒に飲まないかとおっしゃってたではないですか。今日はお付き合いしますよ」
「……そう、気を使わせてしまったかしら」
「いえいえ」
そう言って私は、カウンターに並べておいたラフロイグのボトルを取ると、グラスに手酌で注いだ。
アイラ・ウィスキーの炭で焦がしたような強烈なピート臭が、あたりの空気を押しやるように広がる。
「またすごい匂いね、それ」
「ええ、ラフロイグといって、最も香りが強いと言われるウィスキーなんですよ」
「飲めるの?」
「そうですね。あまり飲みやすい部類ではありません。だから夜の長い日に、ゆっくりと語らいながら飲むのに向いているんです」
Bar, On the Borderの夜は更けていく。
戯れに人間のことを話題に上げながら、妖怪同士2人で。
こんな風な交流をもたらす夜というのも、悪くはないだろう。
それが永遠につづくと思われるような無為の中、何かを忘れられる一時であるのなら、そうなおさらに……
★
しかし、ゆかりんの思いつきで、人妖の交流という名目で、藍しゃまがバーテンダーをやらされてるのかー、そうなのかー、と認識頂ければ問題なく読めます。
―――――
時には大物が訪れることもあるのが、ここBar, On the Borderだ。
人妖の交流を目的として建てられたこの店に、顔役が来店することは歓迎だが、それが営業に悪影響を及ぼすなら話は別だ。
「……はぁ、お客様」
「何かしら?」
「本日はこれで2人目です。なんといいますか……いえ、なんでもありません」
「ふふ……言いたいことは口にしないと、健康に悪いわよ?」
そう言ってカウンターの真ん中に陣取る風見幽香は、こちらを見遣ってくすりと笑いながらグラスを揺らして見せた。
……これでこの“大物”が追い返した人間の客は、2人目となる。
少しだけ開かれた後、やっぱりいいですという言葉とともに、そのまま閉められた扉を見遣りながら、私は溜息をついた。
風見幽香はちょっと前から、5日おきという決まった頻度で店を訪れるようになった。
常連といっても差し支えない。
時間も夜更けから閉店間際という、割と暇な時間に訪れ、飲みもケチらずお金を落としてくれる。
酔って愚痴ることもなければ潰れることもあり得ない、店側としては助かる客だった。
ただし……
「それにしてもさっきの彼、どうして帰ってしまったのかしら? かまどの火の消し忘れでも思い出したのかしら?」
「本気でおっしゃってます?」
「何のことだか分からないわ」
そう、この幻想郷の歩く嗜虐心と言われる妖怪は、来店した人間に畏怖を与え帰してしまうのだ。
お酒を飲みに来て命をかける人間はいない。
ここが人里であって、妖怪が人を襲うなど考えられないこと。
そもそも今の幻想郷で、名のある妖怪が人を害するなどあり得ないこと。
そうだと分かっていても、理性が訴えかけてくる悲鳴にわざわざ逆らう道理はない。
「それにもし仮に、彼が私を怖がって帰ったのだとして、それはこの店において人間にとっても友好的な私のせいなのかしら?」
「ですねぇ……」
そうなのだ。
この風見幽香という妖怪、そもそも偏見が先行している嫌いもあるが、それにつけてもこの店では気さくなのだ。
来店の少ない時間帯だが、同席する客があればまず間違いなく話しかける。
それも季節の挨拶から始まり、彼女の花に関する知識で話題を彩り、気分を良くした相手に今度は話させるという完璧な流れだった。
人妖の交流を目的とするこの店において、これほど望ましい客はいないだろう。
「つまり人妖の交流は、まだまだ壁が高いということです」
「そのようね」
そして密やかに笑みを浮かべると、またグラスを傾けてみせる。
その仕草はなんとも幽々としていて、趣深かった。
彼女は美しい。
お世辞ではなくそう思う。
妖怪というのはそも美しいものだが、風見幽香の美しさはひときわのものだろう。
薔薇のように妖艶であり、百合のように秘めやかでもある。
けれどふとした瞬間、向日葵のような無防備な表情を見せる瞬間もあり、それがまた彼女の魅力に深みを与えている。
確かにさっきのお客様が帰ったことは、彼の責任なのだ。
なぜなら少し話を交わしてしまえば、目の前のこぼれるように開かれた可憐さに、心奪われてしまうはずなのだから。
「ねえマスター」
「はい」
「そろそろおかわりをもらおうかしら」
そういって風見幽香は、空になったグラスをすっと差し出してくる。
こちらの手が届くように、けれど客に対して遠慮を感じさせない程度に。
そのあたりのさじ加減は絶妙だった。
「何になさいます?」
私は特に気にしない態度で注文を訊ねる。
グラスを受け取り、それを端へ押しやりながらも目線は外さない。
「う~ん、と、そろそろ閉店だったわね?」
「ん、ええ、まあそうですが、お客様が飲まれるまでは開けておきますよ」
「それも悪いわね。いいわ、締めにしましょう。テキーラをショットで」
「かしこまりました。いつものもので?」
「ええ、お願いするわ」
彼女の抱える印象からか、はたまた彼女の性質がそれを好んでいるのか。
風見幽香が愛飲するスピリットは、テキーラなのであった。
冷凍庫からショットグラスとボトルを取り出して、カウンターに並べる。
銘柄はこの国におけるスタンダードと言える、クエルボ・ゴールドだ。
ただしテキーラ本来の分類から考えると、少々ややこしい名前でもある。
テキーラはテキーラ草とでも言いたくなる、竜舌蘭という種の ある種の 変種という、良くわからない植物の成分(なぜか紫様と橙は、これを謎の白い液体と言いたがる)を糖化し蒸留したものだが、熟成期間によっていくつかのクラスに分けられる。
熟成させないブランコ、1年未満熟成のレポサド、以後アニェホ、エクストラ・アニェホと続き、ブランコと熟成させたものを混ぜ合わせたのがゴールドだ。
そうするとクエルボ・ゴールドは、ミックスと思うのが道理なのだが実はそうではない。
正確にはレポサドであり、よく見るとボトルにもちゃんとReposadoと書いてある。
というよりボトルの名自体、Jose Cuervo Especialと記名されていて、ボトルの表を見ようが裏を見ようが、どこにもゴールドとは書かれていないのだ。
これはこの国に輸入された際、付けられた商品名がゴールドだったからとのことだ。
確かに数あるテキーラの中でも、このボトルの透きとおる金は印象深く美しい。
しかしそれをそのまま名前に付けてしまうあたり、この国の渡来品への大雑把なところは、古代も現代も変わらないわぁ、とは紫様の言だ。
……ちなみにその後、なぜか肩を落とされてブツブツと呟きながらどこかへ去っていったが……式である以上訳は分かってはいけない。
そんなことを思い出しながらも手は休めない。
メジャーに量りとって30ml。
これをショットグラスに注ぐだけの 単純なメイクだ。
しかし小さなショットグラスに全てを注ぎきるのは 存外難しい。
1mlの価値が全体の3%分なのだと思うと、少しこぼしたなんて許されはしない。
「どうぞ」
小皿に盛った塩と、カット・レモンを一緒に。
バーにしては少し珍しい、まるで食事のような光景だ。
風見幽香は少しばかりの礼を示すと、さっそくそれに手を付ける。
まず左手の親指の付け根に塩を少し。
そしてその手でレモンを掴んで、塩をこぼさないよう左手を口元に寄せる。
塩を舐め、レモンを齧り、右手に取ったグラスをすっと一口。
これがテキーラの通な飲み方なのだ。
なんでもメキシコというテキーラの産地の人々は、こうやって何杯も何杯も同じテキーラを飲み続けるという。
その酒豪ぶりは日本には似合わないが、この風見幽香もそれにならい、その日の締めにテキーラのショットを飲むのだった。
ただここに、少しだけ本場の流儀に外れる要素がある。
風見幽香はこの一連の流れを、存外危なっかしい手つきで行うのだ。
だいたい一度試してみると分かるが、指の付け根に塩を盛るなんて、そうとうの不便を生じる。
それをこぼさず、さらに摘んだレモンをかじろうとするなんて、恐る恐るの所作になってしまうに違いないのだ。
風見幽香の印象ともなると、さらっとこなしてみせそうだが、それでも日本の妖怪にバテレンの習慣はなじまないようだった。
飲んだ跡に少し目をつむる癖と、強い酒によって少し上気してくる頬の色も含め、こんな姿を見られるのはここだけだろう。
実は密かに役得とも思っていることでもある。
「やっぱり最後はこれね」
「そうですね。お酒は少しずつ強くしていって、最後にストレートで飲むのが作法といいますし」
「ねえ、あなたもお飲みなさいよ」
風見幽香は割と突然にこう振ってくる。
「はは、お客様。それはバーテンダーにとって、永遠に叶わない願いですよ」
「固いこと言うわね」
彼女は時々私を誘う。
少し首を傾け、眠たげに伏せた目元で、下から射抜くような目線で。
それは彼女の普段の表情なのだが、長身な彼女のその表情を上から見ると、また違った印象を受ける。
それはまあ、有体にそのまま言ってしまえば色気というものだった。
私は彼女に誘われるとき、いつも少しの誘惑を感じてしまう。
とはいえ提案が魅力的か否かとは関係なしに、席をご一緒にというわけにはいかないのだ。
バーテンダーはお客様に、お酒とともに日常を忘れたひと時を提供する。
そのおもてなしに酒気をおびて臨むわけにはいかない。
もちろんお酒が好きだからこそ、バーテンダーはバーテンダーでいるのだと思う。
だからそんなお酒を親愛なるお客様と、まさにお客様がくつろがれているその時にご一緒できないというのは、1つの矛盾なのだ。
私もそんなことを感じる程度には、バーテンダーになって来たのだと思う。
ただともかく、誘いに乗るわけにはいかないのだった。
「まあお酒を飲まずとも、いくらでもご一緒しますから」
「私はこう見えてもね、誰かと飲み交わすほうが酒が美味しくなるたちなの」
「……それは意外ですね」
「ふふ、そう、意外なのよ」
そう言って風見幽香は、差し出した布巾で手を拭くと、そのまま両手を組んでそこに預けた。
浮かべているいかにも面白いというような微笑は、いったい何に対してなのか。
まさか自嘲?
あの風見幽香が?
そう思うことがあっても、本当かもしれないのだ。
なぜならここは境界の上に立つBar。
普段とは少し違う一歩踏み込んだ姿を、誰しも見せるかもしれないところなのだから。
「ごめんください」
来客だった。
こんな遅くに来るのは珍しい。
閉店を告げても良かったが、私はそこで少し迷う。
風見幽香は飲み相手を求めているようだし、どうせすぐ閉めるというわけでもない。
ここは
「はい、いらっしゃいませ」
「まだやっていますか?」
「……もうすぐ閉店ですが、構いませんよ。せっかくいらして頂けたのですし」
「そうですか、ありがとうございます」
そういうと青年は、カウンターの中央あたりまでくると、ちょうど真ん中の席にこしかけた。
こちらに進むうちに、奥に居座る風見幽香に気付いたようだったが、構わないらしい。
少し戸惑うような間はあったが、飲む気が優先というところか。
「どうも一杯やりたくなってしまったんですが、この時間に開いてる店なんてありませんから。ここは遅くまでやっていると聞いていたので。良かったです」
「それはなによりです。ここはだいたい日の終わりまで開けていますからね。里の店は黄昏の刻が過ぎれば閉まり始めますが」
徐々に普及していく電燈と、少しずつ流入する外の文化によって、幻想郷もずいぶん眠らない世界になってきている。
とはいえ日をまたぐような店はないし、人定の刻には人通りもほとんどなくなる。
こんな時刻に酒が飲みたいという彼に、この店以外の選択肢はなかっただろう。
もっとも棲家で飲めばいいというだけの話だが、場所によって味が変わってくるのが酒の不思議というものだ。
青年は見たところ、野良仕事なのかよく日に焼けていて、小柄な身体にもしっかりと肉が付いていた。
けれど身なりは小ざっぱりとしていて、この仕事特有の土臭さがない。
果樹栽培か何かだろうか。
彼が持っていた手荷物を隣の椅子に置くと、かさりと音がした。
ええと、何を持っていただろうか。
風見幽香への反応に気をとられて見ていなかったな。
カウンターの裏に隠れてしまって、こちらからは椅子の上をうかがうことはできない。
別段お客様の素性を知る必要はない。
知ったほうが接客の質は向上するのと、私の趣味から観察を重ねてしまうが、これ以上意識を割くのも良くないか。
私はそこで思考を打ち切って、目の前の客に集中することにした。
「こんばんは……風見幽香さん?」
「あら、ご存知頂けているのかしら」
「ええ、有名でいらっしゃいますから」
「悪名でないことを願うわね。ふふ、こちらこそこんばんは」
席についてそうそう、青年は風見幽香に挨拶をして、天気の挨拶を始めたようだった。
青年が最近の日照りの強さと、植物すら参っている様子であることを述べて、幽香が向日葵すらうなだれる旨を返しているようだ。
どうやらいいパターンに入ったらしい。
こうなれば彼女の社交性の高さは、相手に好感を与えないわけはない。
対する青年も実に紳氏的な態度で、幽香も話し相手として満足しているようだった。
左腕で頬杖を付いて蠱惑的な口元は変わらないが、目元が細くなっているところ、くつろいでいる様子らしい。
洋酒をあまり飲んだことがないという青年には、テコニックを出すことにした。
テキーラをトニックで割るだけのカクテルだが、テキーラ独特の香りがトニックの味わいでまろやかになり、炭酸が爽やかな後味を残すカクテルだ。
和酒に近いというわけではないが、いきなり甘口のカクテルを出すよりかはずいぶん飲みやすいのではないだろうか。
それにテキーラのカクテルを出せば、幽香との会話の種になるだろうという目論見もあった。
現に話の流れはテキーラ談義に移り変わったようだった。
幽香も素直な味わいが特徴のオルメカ・ブランコをショットで注文し、2人の静かな酒盛りが続いていく。
半刻ほどして、これ以上長居しても悪いと、青年は帰り支度を始めた。
とすると店じまいというところだが、幽香はまだ残るらしい。
もともと帰るつもりのはずだったから、相手を先に帰そうというところだろうか。
気が利いていることだと思う。
「ねえ」
それは幽香の呼びかけだった。
立ち上がり既に一歩踏み出していた青年は、それが自身を呼び止めるものだと判断するまで数刻かかった。
「この子達を忘れているのではなくて」
そう言って幽香が掲げて見せたのは、バラの花束だった。
花束というには少し小ぶりで、細身の包み紙からは3輪の赤い花弁が覗いている。
花の印象とは異なり、なんとも慎ましやかな一房だった。
ただ今はその深い真紅の色が、すぐ傍に浮かぶ幽香の瞳の色と反射して、まるで意思を持って青年を見つめているかのように見えた。
青年もその幻想にとらわれたのか、しばしぼうとした表情で幽香と花を見つめるばかり。
しかしその幻惑の数瞬は、幽香がすっと首を傾げたことによって収斂し、後には彼女の疑問だけが残っていた。
「ああ、その花ですか……そうですね、あなたが四季のフラワーマスターだとするならば、その花をもらっていただけないでしょうか?」
「どうして、あなたにとってこの子は、必要なものなのではなくて?」
「いえ……必要だった、ものなのです」
そういって青年は、淡やかな笑みを浮かべた。
花を捨てる……という話の流れになるのではと少し身構えてしまったが、そうはならなかったようだ。
幽香も掲げたそれを少し引き落とすと、視線をそこに落として思案顔だ。
そしてややあって顔を上げると、判別しがたい表情。
説明して、という意味にも取れたが、どうやら青年は了承と解したらしく、踵を返しかけた。
「待ちなさい」
もう一度引き止める幽香。
青年は今度こそ翻ることはなく、半身で次の言葉を伺うに留めている。
「この子の持つ真紅の意味は何かしら? それは“情熱”? それとも“愛情”?」
そう言いながら幽香は、左手にもった薔薇の前に右手をかざす。
そして隠すように花弁をそっと撫でると、その色は白に変わっていた。
「もしかしたら与えられた役目は、“愛の告白”だったかもしれないわね。けれどそれは“不貞”、もしかしたら“友情”に阻まれてしまったかもしれない」
幽香の語りは続く。
そして“けれど”の言葉の後にさっと右手を振るったかと思うと、もう薔薇の花は黄色に染まっていた。
「でもね、そんなことはこの子の価値に関係ないの。確かにあなたが意味を込めた花は、それを含んで美しい。けれどそんなことはお構いなしに、花というのは愛でるべきものなのよ」
そう言って幽香は立ち上がると、ゆっくりと青年のほうに歩いていき、振り返った彼にさっと花束を突き出す。
するとその色は刹那のうちに、青色へと変わっていた。
「それでもあたなが、この花に想いを込めたいというのなら、改めて私から。あなたが願う“奇跡”が起こりますように。“祝福”を込めて」
ぽかんとした表情のままの青年に、丁寧に花束を手渡すと、そのまま幽香は扉に向かっていった。
「また来るわ。マスター」
お代は既にカウンターの上に置かれていた。
私と青年が再び時を取り戻すのに、数瞬を要したことは説明に難くない。
まったく、手加減のない妖怪だった。
それからというもの、その日来店した青年はよく店に訪れるようになった。
閉店少し前の、来店客の少ない時間帯。
目的はすぐに分かった。
何度かの相席を繰り返した後、風見幽香の来店間隔を掴んだらしい彼は、それに合わせてやってくるようになった。
決まった頻度で繰り返される、穏やかな時間。
実は花屋の息子だった青年と、人里に花を卸すこともある幽香とは間接的な知り合いでもあったようだ。
話される内容は、おおむね花の育て方についての柔らかな談話。
日の当て方、水のやり具合、土の作り方。
バーカウンターの上で饗される会話としては、いささか地に着きすぎている気もしないではないが、微笑を絶やさず語らう2人の姿を見ているのは好きだった。
今日も花の抄について幽香が秘めやかに語り、青年がそれに慎ましく耳を傾ける時間が過ぎていく。
教え、学ぶ関係とも言えるのに、その関係に付随するような上下を感じさせない、2人のまとうそんな雰囲気だった。
「ありがとうございます。勉強になります」
「ふふ。いいのよ。私も好きなことを話すのは嫌なものではないわ」
「ええ、花について語る幽香さんの表情、本当に綺麗ですから」
「あらまあ、それは照れるわね」
そう言って手に持ったグラスを持ち上げて、ほんの少しの間、その横顔を青年から隠した。
酔いからか本当に照れからか、上気した頬が花開くように美しい。
対して青年はというと、恥ずかしがっているのは明らかで、なんとも微妙な表情で口元を波の字としていた。
「あはは、ちょっと恥ずかしいことを言いました。大妖怪である幽香さんに、綺麗なんて月並みな言葉でしょう?」
「そんなことを気にする必要はないわ。……ふふ、讃えられる言葉あってこその、妖怪なのだから」
「そんなものですか?」
「ええ」
空気が穏やかに振動し続けるかのような2人の会話だった。
「どうです? おかわりを頼みませんか」
「そうね、頂こうかしら。あなたは何を飲むの?」
「そうですね。私は……マタドールを」
「ふふ、あなたもテキーラ好きになったものね。じゃあ私は……テキーラ・サンライズを」
「マスター」
「かしこまりました。お作りいたします」
そう返事をした頃には、もう準備を始めていた。
マタドールはテキーラを30ml、パイン・ジュース45mlをシェークしたものだ。
レモンを加えるスタイルもあるが、以前飲んでもらった際、パインのみの方がおきに召されたためそれで作っている。
テキーラの芳香が強く残る味わいの中に、ふわりとパインの甘さが残るハードカクテルだ。
一方のテキーラ・サンライズは、同じテキーラでもアルコール度数としては弱め。
逆三角錐のスクーナーグラスに、氷を詰めてテキーラを30ml。
そこにオレンジジュースを注ぎ、ストローを挿して、真っ赤なグレナデンシロップを10ml落とす。
ストローを辿って比重の重いシロップが底に沈みこみ、まるで日の出のようなグラデーションを示す中、太陽が顔を出すようにオレンジスライスをデコレーションすれば、テキーラ・サンライズの完成だ。
もちろん味は甘い。
「どうぞ。テキーラ・サンライズと、マタドールです」
「どうも」
青年がそういってショットグラスを受け取る。
幽香はふっと少しだけ微笑んで、黙ってグラスを受け取った。
「それでは」
「ええ」
カチッと、静かにグラスをぶつけ合って、それぞれのカクテルに口をつける。
青年は半分ほどを一気に。
幽香はシロップをストローで混ぜながら、少しずつ。
「ふぅ……それにしても幽香さん、テキーラ・サンライズはお気に入りですね」
青年が幽香に訊ねた。
「そうね。確かにいつも頼んでいる気がするわ」
「理由か何かあるのですか? ただ好きだからというのなら、無粋な質問でしたが」
「ん、そうね……」
幽香が言葉をまとめる時間がほしいとでも言うように、小首を傾ける。
豊かな緑髪がそれにつられて、少しだけふわりと揺れた。
まるで風に揺れる花びらのようだと思ったのは、私だけではないだろう。
確かに幽香はテキーラ・サンライズを愛飲していた。
来店した際は必ず飲んでいるし、迷ったときにはそれと決めているようだった。
そもそもテキーラを好むところも含めて、気にならないと言えば嘘になる。
「もちろん味が好きというのが一番ね。けれど好きだと感じるところも含めて、印象が重要なのかもしれないわ」
「印象、ですか?」
「そう、印象。私たち妖怪の多くが人の念から生まれ、人の畏怖によって維持されていることは知っているわね」
「ええ、知っています」
そも妖怪は、“かくあるだろう”という人の思いがそのまま実体化した者が多い。
境界に対する畏怖感や、暗闇に対する恐怖感、何らかの現象に対する理由付けもこれに含まれる。
だから妖怪は、その“かくあるだろう”という様式に縛られるし、むしろそれを強く好む。
花の妖怪である彼女にとってもそれは、多かれ少なかれ存在するのだろう。
「だからかしらね。花を育む存在への愛着は強いし、太陽の印象へ惹かれるところもある」
「なるほど。サン……は太陽だったでしょうか。見かけもそんな印象ですし」
「ええ。ちなみにライズには昇る、という意味があるのよ。だからサン・ライズ、それが意味するところは日の出、ね」
「まさに幽香さんの妖怪としてありように似合うカクテルなんですね」
「そういうこと」
そう言うと幽香は、再びストローに唇をふれさせ、濃琥珀色の杯のかさを少しさげた。
緑の瑞々しさを示すような彼女の髪、そして大地の深みを示すような彼女の衣装。
それらとあいまって、テキーラ・サンライズは太陽のように光っていた。
「ちなみに私も花を育む存在ですが?」
「ふふ、それは家業を継いでから言うことね。あなたはまだまだよ。人間の尺度で評価したとしても」
「これは手厳しい」
青年は少しだけ罰が悪そうに苦笑して、それから2人は顔を見合わせて笑った。
花を育む存在に愛着があるというのは、どうやら本当らしかった。
「でもね、妖怪として本義、それだけの単純な存在でもないのよ、私たちは」
「と言いますと?」
「人の姿をとっているからか、まるで人間のような感情を抱くときや、積み重なった何かに縛られることもある。けれど決してその傾向に傾ききることはない」
「ふむ」
幽香の語る内容は、かなり根本的な概念を示すものと言えた。
私たちが人の姿を取り、そして人のような時を過ごす時……これらはこの幻想郷では重ねて強いられるものであるが――私たちは少しずつ人間に近似していく。
マツリゴトという、人間そのものな物事に熱意を示す吸血鬼。
医学に研鑽し、何かを身につけていくことを目指す妖怪兎。
むしろ自由に過ごし、望むままに生きる幽香は、この幻想郷で妖怪らしさを維持している方だと言えた。
「何かお困りのことでも?」
「ふふ、そういうわけではないわ。ただね、時々ちょっとだけ、やりきれないような感情に煩わされるだけ」
「その、自分の何かに煩わしいと感じること自体が……妖怪らしくないと」
自由気まま。
唯我独尊。
天衣無縫。
それが私たち妖怪を形容する言葉だろう。
幽香こそこれらに当てはまると考えていたが……はて、彼女を煩わす感情とは何なのだろうか?
「そうよ。理解が早くて助かるわ」
そう言って幽香は、再び笑みを示して青年の方に視線を流した。
青年は軽く笑って返したが、そこからさらに踏み込もうとはしない。
ある意味距離感を守る2人なのだった。
下世話なことだが、私は自身の好奇心が満たされなかったことに少々落胆する。
まあいいだろう、いつかそんな内容が話題にのぼることもあるだろうと、そのときは簡単に考えていた。
そう、その時は。
2人の関係が変化したのは、そんな光景がもっと続くだろうと思っていた私としては、いささか早過ぎる時期のことだった。
その日幽香は、やはり習慣として遅めの時間に、けれど彼に合わせて比較的早めに来店していた。
いつも通りの流れ。
カクテルを1つ頼んで幽香は、静かに青年を待っていた。
青年はその時に抱えていた感情を考えると、それを全く感じさせないほど静かに入店してきた。
室内の気圧が少しだけ変化する感覚。
ささやかなベルの音に気づいて扉の方を見やると、もう彼は店の中へと入ってきていた。
右手にはいつか見たことがあるような、赤い薔薇の花束。
つつましく3輪でまとめられたそれは、暖色の店内にあって、滲み出るような色気があった。
「幽香さん、今日は少しお話があったりします」
「赤い薔薇、ね……そう、何かしら?」
「初めて会ったあの日から、あなたに惹かれておりました。どうかこれから時間を分かつ時は、それを逢引きと呼ばせてくれませんか?」
正直驚いていた。
こんな出来事が起こるかもしれないとは、実は胸中では考えていた。
けれど妖怪と人間とのそれは、多くの場合もっと悲劇的なものなのだ。
それがこのように、まるで普通のことのように、人間のように、抑制の中で。
青年がいったいどういう気持ちの変遷を経て、このような行為をするに至ったのか。
その時の私には全く及びもつかなかった。
ただ呆然とし、私は青年と幽香の方を見ていた。
「……正気とは思えないわね」
「そうかもしれません」
「……告白の文言は悪くないと思うわよ」
「ありがとうございます」
幽香は……その時はまだ、何を考えているのかよく分からなかった。
いつものような少し憂いをおびた静寂に浮かんだ笑み。
けれど少しだけ戸惑っているように見えたことは、強く印象に残っている。
「でもダメよ」
「どうしてですか?」
「理由を説明する必要がある?」
「お聞かせ願えれば」
青年は断りも想定の内とでも言うように、にこやかな表情のまま佇んでいた。
そんな彼に対し、幽香はカウンターの方へと視線を落としたたま、グラスの縁を撫でながら言葉を続けた。
「私は妖怪。あなたは人間。それだけのことよ」
「困難……というのは分かっています」
「そう」
「ですが、あなたが妖怪の生を重視するならば、あなたの元で死するまで。短い人間の生に戯れて下さるならば、ここ人里で」
「………」
「そして、あなたがそのどちらも縛り多いと思うのならば、あなたは願う場のまま、私は人里のまま。お好きな形を選んでもらって構いません」
そう言うと彼は、2歩彼女のもとへと歩みを進め、彼女の傍らに跪いて花束を差し出した。
赤い薔薇が揺れ、それは水面に伝わる振動のように、店内の空気を揺らした。
幽香は少し思案するような表情で、まだ俯いていた。
その手の内にはオレンジスライスが飾られた琥珀色のグラスがあり、彼女の視線を受けとめている。
そしてややあってから、幽香はゆっくりと顔を上げて初めて青年の方を見た。
「……あなたの覚悟がどの程度のものか見ものではあるし、人間というのは強情だものね。いいわ、だったら1つ条件を出してあげる」
「……はい」
「あなたがきちんと理解できているのか、問いかけよ」
「あなたのことを、でしょうか?」
「さあ。……いま私が飲んでいるこのカクテルは、いったい何かしら?」
驚いた。
そしてこれを驚けるのは、いま私だけだろう。
青年がすぐに口を開こうとする。
いけない、なぜならそのカクテルは、そのカクテルは――
「なに、とは……それはテキーラ・サンライズでしょう」
「ふふ、残念ね。大外れよ」
「?!」
無理もないだろう。
やや色が薄く、元の色と様相が違うとはいえ、暗い店内の中で見分けは付き難い。
それにグラスは幽香の手の内にあり、混ざったグレナデンはグラス全体を染めてしまっている。
テキーラ・サンライズとよく似ていて、ある意味全く異なるとも言えるカクテル、それは。
「これはテキーラ・サンセット。セットは終わりや暮れ。日の出を表すサンセットとは真逆の、日暮れを表すカクテルよ」
テキーラ・サンセットはその名の通り、テキーラ・サンライズのアレンジにあたるカクテルだ。
レシピの大枠は一緒だが、割り物としてはりんご・ジュースが使われており、味わいも色合いも大きく異なる。
飾りのオレンジスライスもつけない場合がもっぱらだ。
だが幽香はこれを、グレナデンシロップを多め、オレンジスライス付きというオーダーで頼んでいたのだ。
そう、振り返ってみればここ最近ずっと。
「日の出と日の入りの見分けがつかないなんて、あなたもまだまだね」
「で、ですが……」
少し慌てた様子を見せ始める青年。
それもそうだろう、こんなペテンに賭けられて、それで納得しろと言うのも酷なものだ。
しかし彼が抗弁を示す口もとが開かれようかというその時に、幽香はすっと立ち上がり、彼の口元を静かに人差し指で抑えた。
「ねえあなた。夕焼けと朝焼け……始まりと終わりの鮮やかな色は、見分けがつきにくいと思わない?」
「………」
「それはきっと、他の色々なことにもあてはまるのよ。そう、恋の始まりと終わりのように」
「?!」
幽香はそのまま、獲物を吟味するような目を彼に注いだまま、さりげなく右手で彼の左腕を掴むと、その手の薔薇を胸元へと引き寄せた。
「可愛そうな人。終わりの眩しさに目が眩んで、それを始まりと勘違いしてしまったのね。まあ、それはそれでいいかもしれない。けれど私は、誰かの代わりの花なんて、まっぴらごめんよ」
掲げられる幽香の左腕。
彼女はその先、左手を花束の上に掲げると、少し考えるような表情を浮かべた。
「……むき出しの薔薇も悪くはないわ。けれどきっと、期待や切なさも大切だから」
彼女が花束を撫でたかと思うと、そこにはラベンダーとシクラメンの花弁が顔を覗かせていた。
7輪の花束。
少しちぐはぐなはずのその組み合わせは、幽香の力によるものか、美しい調和をもって静かにまとまっていた。
「さっきは騙すようなことをして悪かったわ。だから本当の条件を教えてあげる」
幽香は彼の両肩に手を置くと、そっと静かに彼を突き放しながらこう続けた。
「あなたが本当にその花束を送りたかった人に、もう一度愛を誓って、それでも私に会いたかったら、その時は考えてあげてもいいわ」
それが留保のようで穏やかな断りであったことは、恐らく彼女の瞳を見つめていた、彼も分かっていたことだろう。
「良かったのでしょうか?」
私は幽香に問いかける。
彼が呆然とした表情を示し、そのまま退店してしばらくたってから、私は口火を開いた。
幽香は今もカウンターに座り、一見何事もなかったかのようにくつろいでいる。
しかしそのテキーラ・サンセットは、室内の暖気に当てられきっと薄くなってしまっているだろう。
それでも幽香はその杯を飲みきろうとはせず、思い出したようにまた一口と、静かに杯を進めている。
「花屋の1人息子の噂話、知ってるかしら?」
「いえ、浅学なもので」
「婚約者が間男といるのを見て、破談したとかそうじゃないとか。そういうくだらない話よ」
それは間違いなくあの青年の話なのだろう。
彼が花屋の1人息子であることは知っているとして、婚約者がいるというのは初耳だった。
そういえば初めて来店したときにも、誰かに送るはずの花束を持っていた。
もしかするとそれは……
「それも1人前と認められたその日、結婚を申し込みに行った先でのことと言うじゃない。涙ぐましい話だわ」
「……さようで」
私は言葉少なく返すのが精一杯だった。
青年のことをどうでもいいことのように語る幽香。
別に妖怪として不自然な語り口ではなく、むしろ彼女らしいとさえ言える。
けれどそれが本心とは思えずに、私はただ曖昧な相槌を返していた。
「でも鴛鴦夫婦となるに違いないとも言われていたそうよ。だったら復縁するのも悪くはないと、そういう意見もあるのよ」
「……調べられたので?」
「多少はね」
ほんの少しの内容だったが、私も事の真相が分かり始めた。
恐らくあの日、彼はその破談の原因となった出来事に遭遇したのだろう。
そしてこの店に来て、幽香と出会った。
それは傷心の彼にとって鮮烈と言える出会いで、その心を染め上げるのに訳はなかっただろう。
けれどそれは逃避のための行為でもあり、純粋な想いばかりではなかっただろう。
ただそれでも――
「よかったのですか?」
もしかしたら踏み込み過ぎかもしれない。
けれどそれは義務的な問いかけでもあって、私は幽香に彼を突き放したことの是非を問うた。
そう高慢な彼女であるのだから、人間の代用品にされることが我慢ならないのは分かる。
けれどそこで心を奪ってしまうこともまた、妖怪らしいと言えばそうだと言える。
何より彼はきっかけはどうでも彼女に想いを告げ、将来さえ誓ってみせたのだ。
幽香が彼を少しでも悪からず思っているのなら、彼の願いにまた違った答え方もあったと言える。
「そうね……よかったのかしらね」
「……はい」
付き合いきれなかったのよと、彼女が一笑に付すのを期待していた。
幻想郷の大妖の一角として、人間如きに情をほだされなどはしないと、捨て去ればよいと思っていた。
しかし私は異なる真実があることを予感していた。
彼と楽しげに語らい、わざわざ彼を待つために来店を早め、そして人間的な感情に煩わされると言っていた彼女。
そんな彼女であるのだから、本当の想いは笑ってしまえるようなものではなく――
「……ゆきたいと思う道がいくつかあって、その内のどれかがより幸せになれる道であるのなら、その道を選ぶべきなのよ」
「……?」
「それが蝋燭の火のような人の生であるのならなおさら。わざわざ妖怪に想いを抱いて、険しい道を選ぶ必要はないわ」
やはり彼女の選んだ真意というのは、決して乾ききったものではないらしかった。
確かに妖怪と人の恋は難多きもので、人同士結ばれる道があるならそちらを選ぶべきかもしれない。
青年とその婚約者については、本来は強く結ばれた仲であったという。
ならば再生という選択肢を選ぶことが、彼にとって望ましかったのかもしれない。
「彼を慮って突き放したのですか?」
「……それに対する答えを述べることは、私の矜持からは難しいわね」
そう言うと幽香は再びグラスに口をつけた。
けれど飲むのは少量ばかりで、琥珀色の液体はまだその存在を留めている。
心なしか覇気が薄れたように感じられる彼女の瞳。
その目線の先はグラスに落とされていて、彼女はそこに何を見ているのだろうか。
そのカクテルの名がテキーラ・サンセットであるのなら、彼女と青年という物語の斜陽を、氷の中に投影しているのかもしれなかった。
「ほんと、腹立たしいわね。どうして私たちは、人の姿をとってしまったのかしら」
「………」
「私だってね、大妖と言われて久しいけれど、悠久の時を独り過ごしていくことを、侘しいと思うことだってある……」
「………」
「本当に、腹立たしいわ……」
そうだ、私たちは妖怪で、人とは心のありようが異なる。
けれどこの狭い幻想郷で、まるで人のような関わりを持ち始めた私たちは、ただ妖怪のままではいられない。
この心の寂しさを、いったいどのように処すればいいのか。
人間のようには決して生きられないからこそ、それは消し難い焦燥として心に残り続ける。
元来狐として、むしろ人と関わることを希求していた私には、そのことはよく分かった。
ただ問題は、いまこのカウンターの前に座る幽香に対して何ができるかだろう。
私はバーテンダーであり、彼女は席に付いている客であり、そしてバーテンダーはお客様の心を良い方へとほんのひと押しできるように。
けれど彼女が求めているのは、そういうことではないと分かっていた。
何をしようともカウンターは心の柵であって、そこを越えてのやり取りはどこか間接的だ。
だったら今宵だけ、その決まりを無効としてもいいかもしれない。
「少し、失礼しますね」
そういって私は厨房に戻ると、勝手口から出て店の前へと回り込んだ。
入り口に打ち付けられた梁からぶら下がる、“Bar, On the Border”と書かれた看板。
この場所がBarであるのなら、今から私がすることはルール違反だろう。
けれど同時にこの店は、“境界の上に立つ”店でもある。
ならばバーテンダーが客へと変わってしまうことも、そんな揺らぎが許される日だってあるかもしれない。
私はそんな言い訳をしながら、Closedと書かれた札をかけた。
普段は必要もないのだが、今日は少し早い閉店なのだから、もしかした必要かもしれない。
今日来てくださったかもしれないお客様たちへの謝罪を、バーテンダーのスキマに放り込んでしまいながら、私は目の前のドアを開けた。
「……あら? マスター?」
「呼び方はお任せしますが、今日は閉店にしましたよ。幽香殿」
こちらを向いた幽香の表情は、怪訝という様子のものだった。
そして私の言葉を聞いて、さらに不可解という色が加わっていく。
「閉めるなら帰るけど……今日は早いわね」
「いえ、しばらく前まではよく、一緒に飲まないかとおっしゃってたではないですか。今日はお付き合いしますよ」
「……そう、気を使わせてしまったかしら」
「いえいえ」
そう言って私は、カウンターに並べておいたラフロイグのボトルを取ると、グラスに手酌で注いだ。
アイラ・ウィスキーの炭で焦がしたような強烈なピート臭が、あたりの空気を押しやるように広がる。
「またすごい匂いね、それ」
「ええ、ラフロイグといって、最も香りが強いと言われるウィスキーなんですよ」
「飲めるの?」
「そうですね。あまり飲みやすい部類ではありません。だから夜の長い日に、ゆっくりと語らいながら飲むのに向いているんです」
Bar, On the Borderの夜は更けていく。
戯れに人間のことを話題に上げながら、妖怪同士2人で。
こんな風な交流をもたらす夜というのも、悪くはないだろう。
それが永遠につづくと思われるような無為の中、何かを忘れられる一時であるのなら、そうなおさらに……
★
まあ実質そうなのでしょう。お蔵入りは寂しいですし読めて良かったです。
花屋の倅と幽香嬢の距離感にはハラハラさせられました。
しかしこの青年度胸ありますね。美しすぎる高嶺の花である彼女の相手はとても私などでは務まりそうもありません。
そしてカウンター越しには傾国の美女(かも知れない)マスター藍。うん、胃に穴空くわ。
誤字:字抜けかな?
>は正直驚いていた。
実質最終話とはさみしいですが、もしかしたら、また何時か、このBarをのぞくことが出来ればいいな、と思います
このシリーズの雰囲気がすごく好きだったので今回もとても楽しめました。
とてもいいお話でした。
こんなお店に行ってみたいものです。
以前はこの物語に出てくるようなお店はあったんですが、最近は多くのお店で客層が変わって少し寂しい、なんて考えに浸って郷愁というか懐古の念で涙腺が刺激されました。20代なのですが歳なんですかね?
それはともかくお酒が飲みたくなりました。
今日はギムレットですかね。
ギムレットにはまだ早い?
そんなことはないでしょう。
あえて言うのであればギムレットではなく、この物語の終わりにはまだ早いんじゃないですかね?