Coolier - 新生・東方創想話

霧の湖夏恋歌―キリノミズウミカレンカ― (後)

2014/04/06 23:55:29
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(注)この作品は、作品集190「霧の湖夏恋歌―キリノミズウミカレンカ― (前)」の後編となっています。
よろしければ前編から読んで頂きますようにお願いします。









―――新しい友達ができたと思っていた。一緒に遊んだり、話したり、とても楽しかった。
でも……『友達』として見ていたのは、あたいだけだった?

ねえ、あたいはどうすればいいのかな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―文月ノ第三月曜日―

窓から差し込む夕日を頬に受けながら、あたいは机に頬杖をついて、ぼうっと過ごしていた。

寺子屋の授業はもう終わり、今教室に居るのはあたいだけ。
けーねには悪いんだけど、今日の授業は半分も耳に入っていない。
大ちゃんにも「チルノちゃん大丈夫?具合悪いの?」と随分心配をかけてしまった。
「大丈夫だよ。でも、今日は少し一人になりたいから」と無理に笑顔を浮かべたら、どうにか納得してくれたみたいだったけど。

―――好きなんです、チルノ。貴女の事が、誰よりも―――

(いきなりそんな事言われても、どうしていいか分かんないよ……)
昨日からずっと、考え続けているのはこの事。
友達になれたと思っていたえーきからの、突然の告白。

えーきは、震えて泣きそうになりながら、あたいに『好きです』と言ってくれた。
恋人になってほしい。こんなことを誰かから言われる日が来るなんて、全然思ってもみなかった。

(……あたいは、どうすればいいんだろ)

考えても考えても答えは浮かばずに、あたいは今日何度目になるか分からないため息をついた。

もちろん、えーきのことはあたいも大好きだ。一緒にいると楽しいし、色んなことを教えてくれるし、かけがえのない人だと思ってる。
でも、その『大好き』という気持ちは……大ちゃんやルーミアと同じように『友達』としてだと思っていたから。

恋についてなんて、考えたこともなかった。自分とは関係ないものだと思っていた。
だから、えーきを大好きだっていうこの気持ちが恋なのかどうか、あたいには全然分からない。

ぐるぐるぐるぐる。
色々なことを考えすぎて目を回しそうになっていると、不意に後ろから、肩をポンッと叩かれた。

「一人で居るなんて珍しいな。どうした?」
「あ、けーね。いたんだ」
「『いたんだ』って、あのなあ。お前たち生徒をここに置いたまま、教師が先に帰れるか?」

振り返ると、そこには、あたいの言葉に少し呆れ顔になったけーねがいた。
その手には、寺子屋中の鍵を一つにまとめた輪っかが握られている。
外を見れば、もう辺りは薄暗い。ついさっきまでは見えていた夕日も、沈みかけていた。

「けーねも、もう帰るの?」
「ああ。それで、もう皆帰っただろうと思って、教室へ鍵をかけに来たんだがな」
「ごめんね、こんな時間まで残ってて。怒ってる?」
「いやいや、別にそんなことはないさ」

けーねは、軽く首を振ってあたいの言葉を否定すると「ま、それはともかくだ」と言いながら、あたいの隣へと座り込む。
そして、その表情を少しだけ真剣なものにしながら、あたいへと訊ねてきた。

「チルノ、本当に何かあったんじゃないか?」
「……何でそう思うの?」
「毎日教え子の様子を見ていれば、そういうことは嫌でも分かるものさ。悩みがあるなら聞くぞ?」

静かな声で、そう言うけーね。
じっと真剣な瞳で見つめられて、あたいは、けーねにだったら話してもいいかなって思った。

「……ん。ありがと、けーね」
「教室では『先生』だろう?」
「いいじゃん。今は皆いないんだし」
「はあ。まったく、困ったやつだな」

けーねはわざとらしくため息をつくと、あたいの頭をポフッとしてきた。
それで、あたいは何だか無駄な力が抜けて話しやすくなった気がして、やっぱりけーねってすごいなって思った。

「授業中から、どうも様子がおかしいとは思っていたんだがな。珍しくぼんやりとしていたようだったし。それで、何があった?」
「うん。あのね――」

そこまで言ってから、あたいははたと気がつく。

(あたいが恋の相談なんてしたら、けーねに笑われないかな)

自分で言うのも何だけど、恋愛なんてあたいのガラじゃない。
ただでさえ訳分かんなくなってるのに、今笑われたりしたら、あたいはすっごく凹むと思う。
そんなことを思ってあたいがためらっていると、けーねは何かに気が付いた様子で、微笑みを浮かべながら言った。

「大丈夫だよ、どんな相談でも絶対笑ったりしないから。
昔は『思いつきで尻にビー玉を詰めたら抜けなくなった』なんて半べそをかきながら相談してきた子だっているんだぞ?もちろん、すぐに医者へ連れて行ったがな」

……あたいは、やっぱりけーねってすごいなって思った。



「……そうか。告白されたのか」
「うん。誰から、って所までは言いたくないんだけど……ごめんね?」
「何、構わないさ」

「むしろ、そこをきちんと尊重できるのは偉いぞ?相手の気持ちをきちんと考えていないとできないことだからな」と言って、けーねはあたいの頭を優しくなでる。
その手はすごく温かくて、あたいは何だかそれだけで、とても安心することができた。

「それで、あたいはどうしていいか分かんなくなっちゃって。『ごめんね、少し考えさせて。せめて一週間くらい』って言ったら、その人は『そうですか。それでは来週の朝、また来ますから』って、逃げるみたいにして行っちゃって」
「なるほどな。返事を来週に保留したのはいいが、どう答えるべきかが分からない」
「うん」

あたいが頷くと、けーねは「うーん」と腕組みをして考え込む。

「チルノとその人というのは、どういう関係なんだ?」
「友達だよ。最近一緒に遊んだり、話したりすることが多くなって」
「という事は、チルノの方もその人に対して、少なからず好意を持っているわけだ」
「うん、大好き。すごく尊敬もしてるし、一緒にいると楽しいし。だけど」
「その『大好き』が、恋愛的なものかどうか分からないという訳だな」

「うんうん」とけーねは納得したように頷いた。
それから、けーねはまた、あたいの頭をポフッとすると

「たしかに難しい問題だが、一つ助言をしよう」
「助言?」
「ああ。上手くいけば、チルノが今その人に抱いている感情の正体が、つかめるかもしれない」
「本当?どうするの?」
「まあ、そう慌てるな」

今、あたいがえーきに抱いている気持ちの正体さえ分かれば、えーきにどう返事をすれば良いのか分かるかもしれない。
そう思って、勢い込んでけーねに迫ると、けーねはそんなあたいを「どうどう」と落ち着かせてから続ける。

「まず、その人と初めて出会った時から今までの出来事を、思い出せるだけ思い出してみるんだ」
「え?そんなことでいいの?」
「大事なことだぞ。騙されたと思ってやってごらん」

本当に、それであたいがえーきに抱いている気持ちの正体が分かるのだろうか。
そんなことを思いながらも、あたいはけーねの言葉を信じて、目を瞑って一つ一つ思い出していく。
えーきと出会ってから、これまでの事を。

~~~~~~~~~~

初めてえーきに会ったのは、幻想郷一面がお花畑になったみたいに、沢山の花が咲いたときの事だった。
会ったばかりのあたいに長々とお説教をしてくるものだから、最初は正直な所むかつくやつだとしか思わなかった。
後から知ったことだけど、みんなもあまりえーきのお説教は好きじゃなかったみたい。そうだよね。誰だって、むやみにお説教されたりするのはいやだもん。

でも、思えば、えーきはあたいの事をきちんと『叱ってくれた』初めての人だった。
あたいは妖精だから、今まで色んな人間に悪戯して、何度も『怒られた』ことはある。
けれど、それは、悪戯された人間がそのことに対して怒っているだけで、あたいの事を考えてくれてたわけじゃなかった。

そんなあたいのことを、えーきは叱ってくれた。
あたいの目をまっすぐに見て、このままじゃいけないんだよってことを伝えるために、厳しい言葉をかけてくれた。

嬉しかった。
もちろんえーきは閻魔様だから、みんなにそうしてるんだって知ってるけど。それでも。
妖怪からも、れーむやまりさみたいな強い人間からも馬鹿にされるあたいに、同じ視線で真っ向からぶつかってくれて、嬉しかった。

それからしばらくして、久しぶりに会ったえーきが元気をなくしてるのを見て、何とかしてあげなきゃって思った。
一緒に鬼ごっこをしたら、すごく疲れてたみたいだけど、最後には笑ってくれた。

甘味屋さんに連れて行ってあげた時は、あたいが皆に氷をあげてるって話を聞いて、とてもびっくりしていた。
えーきのそんな顔を見るのは初めてだったけど、何だか可愛かった。

えーきのおかげで、こうして寺子屋へも通えるようになった。
だから、今まではあまり一緒に遊べなかった、人間の子とだって遊べるようになった。
友達がいっぱい増えて、嬉しかった。

本当に、何度お礼を言っても足りない位、えーきには、ありがとうの気持ちでいっぱいだ。

~~~~~~~~~~

ふと、えーきの笑顔が頭に浮かんだ。えーきは普段真面目な顔をしていることが多いから、あまり見られない表情だけど、とっても可愛いからもっと見せてもらいたい。
一通りえーきとの思い出を振り返ったあと、あたいの心に残ったのは、そんな思いだった。

「……うん、思い出してみたよ。その人とのこと、いっぱい」

あたいが言うと、けーねは真面目な顔で訊ねてくる。

「本当に、もうこれ以上は思い出せないというほど、その人との記憶を辿ってみたか?」
「うん」
「ふむ。それで、どんなことを感じた?」
「やっぱり、あたいにとって、その人は特別な人なんだってことと……もっと笑っていてほしいってこと。大好きな人には、笑っててほしいの」
「そうか。そこまで相手の事を思いやれるとは、チルノは偉いな」

そう言ってあたいの頭を撫でながら、けーねは「では」と言って、とんでもない言葉を続けた。

「次に、その人が、自分以外の誰か別の人……まあ、例えば私だとしよう……と、口付けをしている姿を思い浮かべてみる」
「ええ!?く、口付け?」
「うむ。平たく言えば、キスのことだな」

あくまでも落ち着いてそう言うけーね。
一方のあたいは、けーねのそんな言葉に驚いて、目を白黒させてしまう。

「え、え?誰かと誰かがキスするなんて、あたい、そんなの考えたこともないんだけど」
「いいからいいから。ほら、早く」
「う、うん……」

けーねに急かされて、あたいはさっきと同じように目を瞑った。
でも、そうは言っても、急にけーねとえーきのキスしている所なんて想像することが出来なくて、困ってしまう。

(けーねってば、なんで急にそんなことを言うんだろう……あ、そういえばこの前、図書館で読んだまんがに、デートのシーンがあったっけ)

紅魔館へ遊びに行ったとき見た、何故か図書館の本棚の裏へ隠すように置かれていた、とっても甘い少女まんが。
(へえ、パチュリーってこういうのも読むんだ)と思いながら読んだのを憶えている。
あたいは、そのまんがのキャラをえーきとけーねに置き換えて想像してみた。
えーきと、けーねが、キスしている場面を。

~~~~~~~~~~

舞台は人里。周りに人はいるんだけど、二人は完全に自分たちだけの世界に入っちゃってる。
けーねとえーきは仲良くデートの真っ最中。えーきはお洒落な格好をして、あたいにも滅多に見せてくれないような満面の笑みを浮かべている。
二人はとっても楽しそうに色々なことを話してるんだけど、だんだんと周りの人気がなくなってくると、会話も減って、その代わりにえーきの表情がとってもうっとりしたものになって。
そんなえーきに向かって、けーねは優しく囁いて。

「愛していますよ、映姫」
「ええ、私も……」

そう言って、けーねの唇は、吸い寄せられるようにえーきの唇に重なって……。

~~~~~~~~~~

「……やぁ!!」
「おっと!……危ないな。こんな所で暴れちゃいかんだろう」

ハッと気づいたときには、私の腕はけーねにがっちりと握られていた。
自分でも気が付かない内に、暴れだしそうになっていたらしい。
何だか分からないけれど、あたいはハアハアと息が切れて、喉まで渇いていた。

けーねは、そんなあたいが落ち着くのを待ってくれてから、訊ねてきた。

「どうだった?その人と私がキスをしている姿を想像してみた感想は?」
「何か……うまく言えないんだけどね、すごくいやな気分になった」
「いやな気分というのは、どんな気分だ?なるべく具体的に言ってみろ」
「……うんと、怒ってるのと悲しいのとが、ごちゃ混ぜになったみたいな気分。それで、けーねのことが、一瞬だけ、すごく嫌いになったの」

こんなことを言っていいのかどうか迷いながら、それでもあたいはけーねにそう言った。
本当は言いたくなかったけれど、どうしてもそう思ってしまったから。
けーねは全然悪くないはずなのに、どうしてそんなことを思うのか、分からないけれど。

「けーね、あたい、悪い子になっちゃったの?」
涙が溢れそうになるのを堪えながらあたいがけーねに聞くと、けーねはとても優しい笑顔で「悪い子になんてなっていないさ」と言って、あたいの事をぎゅっと抱きしめてくれた。
けーねに抱きしめられてると、あったかくて、安心できて、あたいは思わず「うわぁん!」と声を上げて泣いてしまった。

けーねは、あたいが泣き止むまでずっと背中をさすってくれていたけど、やがてあたいが落ち着くと、静かな調子で言った。

「覚えておくといい、チルノ。初めて知る感情だろうが、それを『嫉妬』と言ってな」
「しっと……?あの、パルスィがいっつもしてるってやつ?」
「そう。さっきチルノの言った通り、怒りと悲しみがないまぜになったような感情の事だ。不思議なもので、この感情は自分にとって『特別だと思える』者にしか湧かないものでな?
私とその人が口付けしているのを想像しただけで、私に嫉妬してしまうということはだ。つまり、お前はそれだけその人の事が、特別に大好きだという事なんだと、私は思うよ」

「もちろん、恋愛的な意味でな」と言って、けーねは微笑んだ。
あたいは、そんなけーねの言葉に『そっかぁ、あたい、そんなにえーきのことが好きだったんだ』と、どこか他人事みたいに考えていた。



寺子屋を出てみると、外はすっかり暗くなっていた。気付かない内に、ずいぶんけーねと長く話していたらしい。
「湖まで送っていくか?」と言われたけれど、あたいはこれ以上けーねに心配をかけたくなくて「大丈夫だよ」と自分の胸を叩いてみせた。
そんなあたいを見て、けーねは面白そうに笑っていた。

「じゃあ、私は行くからな。気をつけて帰るんだぞ」
「うん。けーねも、遅くまでつきあわせちゃってごめんね?」
「気にするな。教え子の相談に乗るのも教師の仕事だし、お前にも元気になってほしかったし」

そこまで言うと、けーねは「それじゃあな」と言って、空へと飛び立っていく。
あたいはいつもみたいに笑顔で、ブンブンと手を振って、その後ろ姿を見送った。



家に帰りつくと、何だかご飯を作る気にもなれなくて、あたいはベッドの上へどさっと倒れ込んだ。
昨日、今日と、初めて体験することが多すぎて、本当に目が回ってしまいそう。
でも、けーねのおかげではっきりと分かった。あたいは、えーきが好きなんだ。

(友達で終わるんじゃやだ。えーきがあたいに想ってくれているみたいに……あたいも、えーきの恋人になりたい)

ここまで考えていると、もやもやが晴れて、心が軽くなった気がして、すっきりした。
週末になったら、えーきにきちんと「私も好き」と言わなくちゃ。

(えっと、こういう時って、相手のどこが好きっていうの、ちゃんと言った方が良いんだよね。えーきの真面目な所が好きで、笑った顔が可愛くて好きで、負けず嫌いな所も―――)

探しても探してもまだ出てくる気がして、えーきの好きな所探しは終わらない。
そんなことをしているうちに、いつの間にか、あたいは眠ってしまった。



ピカピカと眩しいお日様の光で、あたいは目を覚ました。
枕元の時計を覗くと、最初の授業が始まる時間は既に過ぎている。
(やっちゃった)と思いながらも、ここまで遅れてしまっていると、今更騒いでもどうにもならない。
あたいは昨日の晩ご飯を食べていなかったこともあって、たっぷりと朝ご飯を食べると、昨日とはうって変わって清々しい気持ちで、寺子屋へと飛び立った。

寺子屋へ着いた後で、けーねから思いっきり頭突きされたけど、その日の放課後、けーねは優しく「頑張れよ」って言いながら、こぶの出来た頭をそっと撫でてくれた。
あたいは、昨日言いそびれてしまった分も含めて、けーねに「ありがとう」を、何回も何回も繰り返した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―文月ノ第三土曜日―

「……ひっく、ひっく、うえぇ……」

泣きながら酒を呷る四季様を見ながら、あたいは頭を抱えていた。
職場から少し離れた居酒屋に着いて、はじめの一杯を飲むなり、四季様は「好きな子にフラれた」と泣き出してしまったのだ。

思えば「明日、時間空いていませんか。一緒に飲みましょう」などと昨日言われた時から、何か嫌な予感はしていた。
四季様は滅多にそんなことを言うお方じゃないのに、一体どうしたんだろう、と。
まあ、最近四季様にも好きな人ができたと恋人のさとりから聞いていたから、多少それ絡みではないかとは思っていたけれど、まさかこんな話とは。

「どうせ、私なんて、私なんて……ぐすっ」
「泣かないでくださいよ、四季様。それに、飲みすぎですって」
「これが、泣かずに、飲めずに、いられますかっ。……ひっく、うぇぇ……私なんかじゃ、あの子とは釣り合わないって、分かってたけど、分かってはいたけど……」
「まだフラれたと決まったわけじゃないんでしょう?返事は来週まで待ってくれって、そう言われただけなんでしょう」
「……ダメですよ。あの子は、恋愛になんて興味がないって。自分とは縁がないって、そんな風に言っていたんですからあ!」

そう言ってオイオイと泣き崩れる四季様を、周りで飲んでいる鬼たちは珍しそうな目で眺めていた。
そんな奴らの視線をしっしっと手で追い払うも、無理もないだろうなあとあたいも思う。
長い事この人の部下をやってきたが、こんな姿を見るのは初めてだ。

「ほら、皆から見られちゃってますって。まず、一旦落ち着いてくださいよ」

このままでは、ますます注目を浴びてしまいかねない。
お店にも迷惑だし、後で恥をかくのは四季様だ。
そう思ってあたいが言っても、四季様は止まらない。

「小町はいいですよね……聞きましたよ。さとりとラブラブなんでしょう?」
「ラブラブって、そんな。いえ、そうじゃないと言ったら嘘になりますけど」
「そうなんでしょう?うぅ……何で、こんな、ズボラで、いい加減で、仕事をしない子にまで恋人がいて、私には……」
「いやあ、さとりはそんな私に尽くすのが喜びだって言ってくれてますし」
「のろけるんじゃありません!何ですか、分かりやすく鼻の下を伸ばして!」

だんっ!と四季様が机を叩き、机の上の徳利が倒れる。
いけないいけない。今の四季様に恋人の話なんてしたら、火に油を注ぐようなものだ。
すわ、このままお説教タイムに突入かと、あたいはハラハラしながら四季様の言動を見守っていたが、四季様はそのまま俯いて、黙ってしまった。
どう声をかければいいのかあたいが計りかねていると、四季様はポツリ、ポツリと漏らしだす。

「……分かってます。貴女は一見ズボラなようで、実はきちんと周りを見て、気配りの出来る子なんです。
それに、誰に対しても偏見を持たずに、公平な目で見ることができますし、さとりが惹かれるのも納得なんですよ」
「……四季様?」
「人が恋に落ちる人というのは……当然ですが、皆、何かしらの魅力を持っているものなんです。貴女も、あの子も、そう……それに比べて、私は……」

この人は、一体誰だろう?いつもあたいが仕えている、あの四季様でいいんだよね?
自分に自信を失くし、いつになく弱々しい様子の四季様を見ながら、あたいの頭にそんな疑問が浮かんでしまう。
一方の四季様は、そこまで言うと、目に涙をいっぱい溜めながら続けた。

「ぐすっ。あの子は、可愛いし、優しいし、皆から好かれている子ですし……私は、説教ばかりだし、あまり周りから好かれる方ではないですし……こんな私が、あの子の恋人になんて、初めからなれるわけが……」

……むっ。
酔っているのもあるのだろうが、さすがに今の言葉は聞き捨てならない。
人には、言っていいことと悪いこととある。今の四季様の発言は、完全に後者だ。

「……お言葉ですが四季様。その台詞はいただけません」
「……そのって、どのですか?」
「『あまり周りから好かれる方ではない』です」

あたいが言うと、四季様は一旦泣き止み、きょとんとした顔を浮かべた。
長年四季様の部下を務めているあたいには分かるが、あの顔は『私、何か間違っていますか?』の顔だ。

(ええ間違ってますよ、間違いなく、って何だかややこしいな)

そんなくだらないことを思いつつ、あたいは続ける。

「たしかに四季様は説教くさいですよ。ええ、それはあたいだってそう思います」
「うっ」
「でもそれは、相手の事を本気で思っているから、敢えてそうしている訳でしょう?」
「は、はい……」

自分でも、最後にこんな声色を出したのはいつだったかというくらい、真剣な声であたいは四季様に語りかける。
すると四季様は、まるであたいの勢いに気圧されるようにして、頷いた。

「今時、そこまで相手の事を考えて叱れる大人がどれくらいいます?少なくとも、あたいには到底無理なことです」
「ですが、それは私が閻魔だからで」
「あたいだって色んな上司に仕えてきましたけどね、四季様ほどそれができるお方はただの一人も見たことがありません」

これは、詭弁でもなんでもない事実だ。
この方ほど、折角の休日を犠牲にしてまで、あちこちへ説教に出向ける上司を、あたいはついぞ見たことがない。
普段は照れくさくて言えないけれど、あたいはそんな四季様の事を、深く尊敬しているのだ。

「そ、そうでしょうか……。でも、普段から、貴女に対してもそうですけど……私はお説教ばかりですよ?嫌われても当然でしょう」
「ええ。たしかに、四季様の事を『説教くさい、嫌な奴だ』と思う輩もいるでしょうけどね。でも、少なくともあたいは、嫌いな上司に誘われたって、飲みになんか来ませんよ」

ぐいっと四季様に迫りながらそう言うと、ようやく四季様は少しだけ微笑んでくれた。

「……ありがとう、小町。そんな風に言ってくれるのは、貴女と、チルノくら……い……」

そこまで言うと、四季様はかくっと崩れ落ちてしまった。もうずいぶんと飲んでいたし、仕方のない話だろう。
すっかり寝てしまった四季様を抱え上げつつ、あたいは店への支払いを済ませると、外へと出る。夏のこの時期、昼間は暑いが、夜はまだそこまででもない。
このまま四季様を抱えて帰っても、汗だくになるようなことはないだろう。

「それじゃ、帰りますよ。四季様」

一言呟くと、あたいは空へと飛び立つ。四季様を起こしてしまわないように、出来る限りゆっくりと。
さて、まず目指すべきは四季様の家。それと、四季様を送り届けたら、さっき四季様の言っていた『あの子』の家にも行かなくては。さっきの話によれば、明日が勝負だというのに、この人はまったくもう。
どうやら、今夜の帰りは遅くなってしまいそうだ。

「むにゃ……チルノ……それでも、私は、貴女が……好きなんです……」
「……やれやれ。さとりから聞いたときは本当かと思って疑ってましたけど、やっぱり『あの子』って……」

そう呟きながら、あたいは少しだけ速度を上げて、四季様の家へと向かうのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―文月ノ第四日曜日―

ズキズキとした頭痛で、私は目を覚ました。当然、目覚めて早々から、気分は最悪である。
布団から起き上がり、周りを見渡せば、そこは自分の部屋。いつの間に寝てしまったのか、全く記憶がない。
胸がムカムカとするような気持ち悪さもあり、どうやら、昨夜はかなりひどい酔い方をしてしまったようだ。

「夕べは、どうしたんでしたっけ……たしか、小町と一緒に飲んでいて、私の愚痴を聞いてもらって……」

痛む頭に鞭を打ち、私は少しずつ昨日の出来事を回想していく。

小町に、チルノにフラれたという話をしたこと。
小町に、どうせ私なんてと自虐をしたこと。
小町が「四季様は周りから好かれないような人ではない」と言ってくれて、嬉しかったこと。



……それからの記憶が、すっぽりと抜けている。
一生懸命思い出そうとすると、一際強く頭が『ズキリ』と痛んだ。

「うっ」と一つ呻き、布団の中で体を丸めてどうにか痛みをやり過ごす。
こんな調子では、今日一日は、部屋から出られないかもしれない。
まったく、今日は折角の日曜日だというのに。

……日曜日。

何故か、その単語が頭に引っかかった。



―――ごめんね、少し考えさせて。せめて一週間くらい―――



「あぁ!そうですよ!チルノ……うぐっ」

布団からガバリと身を起こし叫んだが、頭の痛みと気分の悪さに耐えられず、またすぐに私は布団へと倒れ込む。
こんな所でうずくまっている場合じゃない。例えあの子の答えが分かりきったものだとしても、それでも私は行かなければならないのだ、と思いつつも、身体は言うことを聞いてくれなかった。
起きあがることすらままならないのだ。とても、霧の湖まで飛んでいくのは無理だろう。

(……ごめんなさい、チルノ)

不意に、涙が一粒こぼれ落ちた。
頭がズキズキと痛むせいなのか、約束の場所に行けない悔しさからなのか、それとももっと別の感情からなのか。
涙は一度出始めると止まらず、ポロポロと流れていく。

(最低です、私は。閻魔なのに、約束を破ってしまうなんて。チルノ、本当にごめんなさい)

「うぅ……喉が乾きました。お水、飲みたいですね……」

ようやく涙も止まり、少しだけ気分も落ち着いてきたところで、私はひどい喉の渇きに気付いた。
服の袖で目尻にたまった涙をごしごしと拭き取ると、よろめきながらもどうにか立ち上がって、台所で水を飲む。
けれど、生ぬるいだけの水は、全然と言って良い程私の乾きを癒してはくれなかった。



(チルノは、今頃どうしているでしょうか)

布団まで戻り、倒れ込むようにして横になると、私は、彼女のことが気にかかった。

今頃、どうしているだろう。まだ、一人で私を待ちぼうけているのだろうか。
それとも、いつまで経っても来ない私に怒ってしまっただろうか。
いずれにしても、申し訳ないという気持ちばかりが溢れてくる。

(本当に、駄目な閻魔ですね。私は。好きな人との約束一つ、守ることができないんですから)

見るともなく天井を眺めながら、私は自己嫌悪の気持ちでいっぱいになる。
ふと、チルノの笑顔が頭に浮かんだ。明るくて社交的で、何より他者への優しさというものを覚えたチルノ。
今の私に、その隣に並ぶ権利なんて、とてもあるとは思えなかった。

(……でも、もしかしたら行けなくて良かったのかもしれませんね。もし今日行ったとしても、あらためてフラれてしまうだけで。何しろ、私なんか、あの子とは釣り合わないんですから)

フッと、そんな気持ちがこみ上げ、私が自嘲していた時だった。

どんどん!どんどん!と、家のドアが大きな音をたて、数回ノックされる。
わざわざ私の所へ訪ねてくる客なんて滅多にいないのに、誰だろうと、私は辛さを押し堪え、玄関へと向かう。

「……あ」
「……おはよ、えーき」

そこには、明らかに機嫌の悪そうな、しかめっ面をしたチルノの姿があった。



まさか彼女がここに来るとは思っておらず、すっかり動転してしまった私は、彼女の顔を見つめたまま固まってしまった。
一方彼女は、そんなこちらの様子は全て分かっていると言わんばかりの様子で、私へ話しかけてくる。

「……お酒」
「え?」
「夕べ、こまちとお酒飲みすぎて、体調崩しちゃったんでしょ」
「な、何で貴女がそんなことを」
「今日は、色々話したい事があって来たんだけどさ。横になってた方が楽だよね?」
「ま、待ってください。折角来てもらったんですし、まずはお茶でも淹れますから」
「いいから」

有無を言わさぬといった様子の彼女の口調に、私は「はい……」と情けない返事を返すことしか出来なかった。

寝室まで辿りつくと、チルノは手に持っていたバッグの中から大きめの水筒を取り出し、その中身をコポコポとコップへと注ぐと、私へと差し出してくれた。
水筒からはカラカラと小気味良い音が聞こえ、おそらくは彼女お手製の氷がいくつか入っていることが、容易に想像できる。
チルノのくれた、キンキンに冷やされた麦茶はとても美味しくて、私は、さっきのぬるい水を飲んだ時とは全く違う満足感を味わうことができた。

「ありがとう、チルノ。とても美味しいです。良ければ、もう一杯頂けませんか?」

そう私が言うと、チルノは今日会ってから初めて、少しだけ笑みを見せてくれた。



「今日は、本当にすみませんでした」

お茶を飲み終えて、ようやく一息つくと、私はまず謝罪の言葉を口にした。
何しろ、彼女との約束を、こちらの一方的な都合で破ってしまったのだ。
謝って許されることではないと分かってはいるが、それでも謝らなければ気が済まない。

チルノは、私の言葉を聞くと、また機嫌の悪そうな表情に戻り、ぷいっとそっぽを向いた。

「何で謝るのさ」
「だって、チルノとの約束を破ってしまって」
「それはもう、別にいいよ。昨日こまちに会った時言われたから」
「こ、小町ですか?」

予想外の言葉に私が戸惑っていると、チルノは「うん」と頷いて続ける。

「昨日の夜遅くにうちまで来てさ。こう言ってたの。『四季様は、多分今日飲みすぎて明日は動けそうにないだろうから、申し訳ないけどチルノの方から四季様の家まで出向いてやってほしい。頼む』って」

「こまちがあたいに向かって、あんな真剣に頭を下げたのなんて初めてだよ」とチルノは笑うでもなくそう言ってみせる。

そういえば、昨晩の記憶は未だ戻らないけれど、家まで戻った記憶すら全くないのだから、もしかすると小町が送り届けてくれたのかもしれない。
その上、さりげなくチルノにフォローまで入れてくれて―――

って。

「ちょ、ちょっと待ってください!どうして、小町が私とチルノが約束していたことを知ってるんですか!?」
「え?えーきが言ったんじゃないの?」
「言ってませんよ!」

むう。これはどういうことか。どうして私の好きな子がチルノと分かっていたのか、あとで小町に問い詰めなくては。
……もっとも、彼女がフォローを入れてくれたおかげで、今日こうしてチルノに会えたのだから、お礼も言わないといけないけれど。

「それよりもさ」

ブツブツと私が呟いていると、今まで聞いたこともないような、チルノの真剣な声に意識を引き戻される。
チルノは改めて私の方に向き直ると、明らかに怒気を含んだ声で

「ひどいよ。えーき」
「……はい」

申し開きもしようがなくて、私はシュンと俯いた。

「本当に、ごめんなさい」
「その『ごめんなさい』は、何に対してのごめんなさいなの?」
「だから、今日の」
「さっきも言ったでしょ?今日の事は、あたいは怒ってないの。そうじゃなくて、怒ってるのは昨日の事だよ」
「昨日?」

こくりと、チルノは頷いた。

「昨日ね、こまちが来た時に言われたの。『四季様は、もうあんたにフラれたものだと思い込んで、ひどく落ち込んでる』って。
『だから告白を受けてくれとは言えないが、せめてこれからも、四季様の良い友人であってくれ』って。これ、本当のことだよね。それで、えーきは今日、湖に来れなくなるくらいお酒を飲んじゃったんでしょ?」
「……はい」
「あたい、先週言ったよね。『返事はせめて来週まで待ってね』って。それは、あたいにとってえーきはとっても大事な人で、でも、それが恋っていうのかどうか分からなかったから、だからそう言ったんだよ。
簡単に答えが出せるようなことじゃなかったから。なのに、えーきは勝手にあたいにフラれたと思い込んで、次の日寝込んじゃう位お酒まで飲んで……」

そこまで言うと、チルノはプイっと頬を膨らませて、私から顔を逸らす。

「だから、あたいは怒ってるの。まだ返事もしてないのに、えーきったら勝手なんだもん」
「……チルノ」

彼女の言葉に、ズキリと胸が痛んだ。
―――ああ、そうか。この子は、こんなにも真剣に、私の事を考えてくれていたんだ。
私の告白を受け入れるにせよ受け入れないにせよ、軽はずみに返事をしたくなかったから、少し待ってくれと言っていただけなんだ。
それなのに私は、一体何をしていたんだろう。

(……なんてバカなことをしていたんでしょう、昨日までの私は)

一人で勝手にフラれたと思い込んで、落ち込んで、小町にもチルノにもひどい迷惑をかけて、心配させてしまった。
あまりの申し訳なさに、胸がはちきれそうになり、私はチルノに向かって自然と頭を下げていた。

「……あらためて、ごめんなさい。チルノ」
「その『ごめんなさい』は」
「貴女の気持ちも考えないで、一人でヤケになってしまって。本当に、ごめんなさい」
「……ん。もう怒ってないよ」

顔を上げると、優しい笑顔を浮かべるチルノが見えた。
そんなチルノの笑顔につられるようにして、思わず、私も微笑んでしまった。




「ねえ、えーき。あのさ」
「何ですか?」

ひとまず落ち着いて、もう一杯チルノのいれてくれた麦茶を飲んで一息ついていると、チルノが何やらもじもじとしながら私へ話しかけてくる。

「まだしてなかったよね。告白の、返事」

ピシリ。

チルノの怒りも解けて、ようやく落ち着いたと思ったのに、私の心臓の鼓動が急速に早くなっていく。
そうだ。ついつい、約束を破ってしまったことばかりを気にしていたけれど、今日の本題はそこではないか。

(ああ、チルノと仲直りできて良かったですけど、いよいよもってフラれてしまうんですね……)

内心で逃げ出したいような気持ちに駆られるも、もしここでそんなことをすれば、さっきの仲直りが台無しだ。
布団を被って耳を塞いでしまいたいのをどうにか堪え、私は精一杯の勇気を出してチルノへと返事をする。

「……はい。チルノの気持ち、聞かせてくれますか?」
「うん。今日はそのために、ここまで来たんだもん」

チルノはそう言ってニコリと笑うと、しっかりと私の目を見つめて語り始める。

「えーきから告白されたあの後ね、一生懸命考えたの。あたいにとって、えーきはどんな人なんだろうって」
「……ええ」
「それで、やっぱりあたいにとってえーきはとっても大事な人で、大好きな人だって所までは分かってたんだけど、それが恋愛って意味なのかどうかまでは分からなくてさ。
 一人で考えてたんじゃどうしても分かんなかったから、けーねにも相談したりしてね。それで、ようやくあたいも自分の気持ちが分かったんだけど」

そこまで言うと、チルノは私から一瞬、ふいっと視線を逸らす。
だけどすぐに、顔を若干赤らめながらも私へと視線を向け直して続けた。

「あたいもね、えーきが好き。恋愛の意味で、大好き。えーきの恋人になれるんなら、すごく嬉しいよ!だから……こんなあたいだけど、恋人にしてくれますか?」
「……ええ、その返事は分かっていましたよ、チルノ。でもせめて、これからも、良い友人として、一緒に居られたらと……」
「……へ?」
「……え?」

一瞬の、静寂。
それはまるで、二人の時が止まってしまったかのように、静かな空気が場を包む。
そして、全くと言っていい位噛み合っていない会話に気づき、私とチルノは同時に間の抜けた声を上げた。

「あたいは、えーきと恋人になりたいって言ったんだよ?」
「ええ、ですから断られるのは分かっていましたから、せめて良い友人としてと」
「友達じゃやだよ!えーきには、恋人になってほしいんだってば!」
「……え?」



「えええええっ!?」

言葉の意味を理解した瞬間、頭の中がスパークして、白く弾けたようなショックが、私の脳裏を駆け巡った。
正直に言って、嬉しさよりも信じられなさの方が先立ってしまい、私は自分自身の耳を疑ってしまう。
(チ、チルノが……私に、恋人になってほしいって……たしかにそう言ってましたよね。間違いないですよね!?)

「い、いいのですか?私なんて、全然、チルノの恋人としてふさわしくないのに」
「何言ってるのさ!えーきのおかげでできるようになったこと、いっぱいあるんだよ!?むしろ、あたいこそえーきから恋人になってほしいなんて、言われるなんて思ってなかったのに」
「チルノほど可愛くて優しい子と接したら、それは好きにもなってしまいますよ!それに比べて私なんて、説教くさいし、可愛くないし」
「そんなことないよ!えーきと遊ぶのすっごい楽しいし、人の事もものすごく考えられるし、笑顔だってすっごく可愛いし、あたいはえーきが大好きなんだからね!?」

カアッ。
チルノからのあまりにも嬉しい言葉に、私は自分の顔が、音をたてて赤くなっていくのを自覚する。

「……本当にいいのですか?」

最後にもう一度だけ。
確認の意味も込めてそう訊ねると、チルノは赤面して俯きながらもこう答えてくれた。

「は、恥ずかしいからあんまり何度も言わせないでよ……。あたいは、えーきが大好きです。だから、こんなあたいでよければ、恋人になってください」
「……チルノ」

彼女の体を抱きしめながら、私は囁くように返事をする。

―――ありがとう。私と末永く、一緒に居てください―――

そう言うと、チルノは何も言わずに、私の体をギュッと抱きしめ返してくれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―翌年 文月ノ第四土曜日―

―――それから。

私たちの日常は少しずつ変わっていったけれど、概ねそれは全て上手くいっていて、私もチルノも満ち足りた日々を送っていた。


チルノと大妖精は『四月の始めから十月の終わり頃まで』という条件で、寺子屋へと通うことになった。
大妖精は一年ずっと通っていても良さそうなものだけど、彼女は空いた期間で他の妖精たちに、自分の学んだ知識を少しずつ教えているらしい。
私の想い描いた理想通りの図になっていて、それを聞いたときは嬉しい気持ちになったものだ。

私も一ヶ月に一度ほど有給を取って、慧音の寺子屋で道徳の授業をしている。
チルノがいつも世話になっているから、そのお礼の意味も込めてだ。
慧音によると『チルノは割と普段から真面目に授業を受けているけれど、貴女が来た時は特段だ』とのこと。
喜べばいいのやら、照れれば良いのやら。思わず赤面してしまった。
冬が来ればチルノは寺子屋へは通えなくなってしまうけれど、また次の春になれば通えるようになる。精一杯、色々な知識を吸収してほしい。

週末の過ごし方もすっかり変わった。
以前は休みの日といえば、とにかく幻想郷を回って説教しかしていなかったが、今ではそれは土曜日だけのものになっている。
日曜日には、のんびりしたり、チルノとデートをしたりするようになった。やっぱり、いくら閻魔といえど、週に一日位はそんな日が必要なのだ。

ただ、土曜日の説教巡りも、愛しい恋人は同伴の上でだけど。



「れーむー。遊びに来たー」
「チルノが『今日はどうしても神社で遊びたい』というもので。あ、私の事はお構いなく」
「うっとうしい!」

「霊夢!説教に来ました!」
「あたいの目から見ても、最近のれーむはダラダラしすぎだと思う」
「帰れ!」

相変わらず私たちの話はきちんと聞いてもらえないことも多いけど。
前よりは理解してもらえるようになったし、一人で回るよりずっと楽しいし。これはこれで良いかと納得している。



今日も今日とて、一通り幻想郷を巡った私たちは、霧の湖のほとりで休憩を取っていた。
あちこちを飛び回った心地良い疲れを、湖の冷たい水で癒す。以前は一人で行っていたそれも、二人でならば尚更疲れが取れる気がする。

「今日も暑いですね」などと言いつつ、ふと隣を見てみれば、チルノが何やら言いたげな様子でウズウズとした表情を浮かべていた。

「ねえ、えーき」
「何です?チルノ」
「あたいさ、この前寺子屋で歌を習ったの。今日みたいな夏の日に出会って、恋人同士になった二人の歌」

まるであたいたちみたいだよね、と笑いながら、チルノは可愛く「聞いてくれる?」と訊ねてくる。
その様子が微笑ましくて「ええ。私もチルノの歌、聞きたいもの」と頷きながら返事をすると、彼女ははにかみながら、湖に向けて朗々と歌いだした。
運命的な出会いを果たし、惹かれあっていく二人の歌。
私は目を瞑り、その優しい歌声をただ静かに聞いていた。

―――恋の歌は、夏の空に響いていく。
―――私たちの想いを乗せて、響いていく。




この先。
秋が来て、冬が来て、春が来て、また夏が来ても、私の想いは変わることはないだろう。
来年もその先も、五年、十年と時間が過ぎていっても。
『いつまでも貴女と一緒に』と願いながら、今、こうして隣に座る彼女を、ずっと大切にし続けるだろう。

チルノ。

誰よりも大好きで、誰よりも大切な、チルノ。





貴女に出会えて、本当に良かった。
ここまで読んで下さった皆様へ。

まずは、後編の投稿がこんなに遅くなってしまってすみませんでした。
自分の執筆力のなさが情けない……。正直、完成して良かったと、肩を撫で下ろしているレベルです。
その分、精一杯の思いは込めて書いたつもりですが。

それと、この作品を書いているうちに、この二人と、それにまつわる幻想郷のエピソードがいくつか浮かんできましたので、しばらくはえーき様とチルノにイチャイチャしてもらうつもりでいます(笑)
"映チル"なんて見たことないけど、増えるといいなあ(願望)

それでは。
ワレモノ中尉
http://yonnkoma.blog50.fc2.com/
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コメント



0.540簡易評価
1.100むーと削除
待ってました待ってました
読めて嬉しいです

ガラでもないしこれが恋なのかどうかわからない、でもバカにされたら傷ついてしまうかも、と悩むチルノはなんて乙女なんでしょう。好きな人と自分が釣り合うかをまず考えてしまう映姫様もなんて女の子らしい。
本気で自分を叱ってくれる人
本気で言葉を聞いてくれる人。
そんな二人は結ばれてしかるべきです。二人で説教して幻想郷を回るとかもう、のろけ可愛い……

>貴女と出会えて、本当に良かった。

色んな意味を含ませた、説得力のある締めですね。映姫様にとっても、チルノにとっても本当に良い出会いだったと思います。

ありがとうございました。
2.100絶望を司る程度の能力削除
来た……続きが来たー!!!!!!!!!!!
とリアルに叫びかけましたよww
二人とも幸せになってよかったです。ほっとしましたね。もっといちゃつく予定?いいぞもっとやれ!
次回作、楽しみに待ってます。
3.80奇声を発する程度の能力削除
とても面白くて良かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
いい百合だ 実にいい百合だ
11.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい映チルをありがとう
13.90ななな削除
他人と関わることでより良い生き方になる

ええ話や
15.100名前が無い程度の能力削除
うおおおおお、更新されてた!!
いい! 映チル素晴らしい!! 感想遅れましたが、素晴らしい作品ありがとうございます。
16.90名前が無い程度の能力削除
二人は幸せなキスをして終了
17.100名前が無い程度の能力削除
霊夢「お説教が分かりやすくなったと感心していたらいつの間にか恋人同伴でお説教が始まっていた。何をいt(ry」
最後までお説教喰らう霊夢に思わず笑ってしまいましたw
可愛らしい二人がどうなるのか楽しみです
21.100SS削除
SS版を読ませて戴いたのですがどこに感想を書けばいいのか分からなかったので此方に

恋愛に興味なさそうなチルノが何を理由に映姫様に惹かれるのかと思いながら読み進めていましたが、なるほど。
お互いがお互いの価値観を変える大きなきっかけになり、そんな二人で末永く幸せになって欲しいと願います。

マイナーカプの沼に嵌まるきっかけの一つは、最初にそのカプを見た作品が強烈に魅力的だった時。
貴方の作品が最初に見る映チルで本当に良かったです。
22.100ブロリー削除
いいぞ
23.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。目覚めました
24.100名前が無い程度の能力削除
映チル・・・最高です!