一人の騒霊が目を開いた。それが彼女の誕生の瞬間だった。薄く埃の積もったテーブル、灯りの消えたシャンデリア、純白のベッド。そして、淀んだ部屋の隅で涙を流す少女。
騒霊は少女に近づき、頬を伝う涙を拭い、尋ねた。
「貴方の名前は?」
少女は少し顔を上げ、震える唇を開き答えた。
「レイラ・プリズムリバー」
騒霊は小さく頷き、二つ目の問いを口にした。
「じゃあ、私の名前は?」
レイラは大きく目を開いたかと思うと、今までの涙が嘘であるかのように、眩しい笑顔を見せた。どこまでも明るく、透き通った笑顔だった。
「・・・ルナサ・・・姉様?」
===
その日から騒霊は、「ルナサ・プリズムリバー」としてレイラ・プリズムリバーと共に暮らすようになった。
「ほら、ルナサ姉様。懐かしいでしょう?」
或る日、レイラは「ルナサ」に一枚の写真を見せた。レイラの他に、三人の少女と一組の男女が映っている。皆溢れんばかりの笑顔で、何度も見返したせいか四隅が欠けてしまっていた。
「懐かしい?」
「ルナサ」は首を捻った。渡された写真は初めて見たものであったし、映っている人々もレイラ以外面識が無かった。
「ほら。ルナサ姉様も笑ってるじゃない」
レイラは写真の中の少女を指差した。ウェーブのかかった栗色の髪と、青い瞳を持った少女だった。
「え?だって私は・・・」
「もう、ルナサ姉様ったら忘れちゃったの!?私ルナサ姉様が帰ってくるまで、毎日見返してたんだから!」
「ルナサ」はレイラから写真を借りて、鏡に映る自分と比べてみた。身長も顔立ちも何一つ似ていない。鏡に映る「ルナサ」は明らかに別人だった。
===
レイラと「ルナサ」が共に暮らし始めて数カ月が過ぎた。二人は庭の花の手入れをしたり、本を読んだりしながら、縷々と流れる日々を過ごしていた。
そんな或る日、二人目の騒霊が生まれた。騒霊は、レイラと「ルナサ」が花を摘んでいる時に生まれた。
「メルラン姉様も、帰ってきてくれたのね!」
レイラは二人目の騒霊を「メルラン」と呼び、満面の笑顔で抱きしめた。「メルラン」は二回大きく瞬きをした後、レイラの髪を撫でながら言った。
「そう!メルランは帰ってきたわよ!」
===
こうして一人の少女と二人の騒霊の生活が始まった。レイラはことある毎に、二人にあの写真を見せた。
「私、この写真が大好きなの!」
写真を眺めるレイラはいつも笑顔だった。
「うん!私もこの写真大好き!」
「メルラン」もレイラと同じように笑う。「ルナサ」だけはうまく笑うことができず、いつも俯いてしまっていた。「メルラン」もまた、写真の中のメルランとは違っていた。
===
三人目の騒霊が生まれたのは、レイラが静かな寝息を立てながら、夢を見ていた時だった。目覚めたレイラは三人目の騒霊を「リリカ」と呼び、彼女にあの写真を見せた。「リリカ」はじっくりと写真を眺めた後
「良い写真だね」
と言った。レイラは嬉しそうに笑い、写真を自分のポケットにしまった。「ルナサ」はもう、その写真を見ようとはしなかった。
===
レイラはゆっくりと、しかし確実に歳を取っていた。動きが鈍くなり、腰が曲がり、髪に白髪が増えた。一日の大半をベッドの上で過ごすようになった。三人の騒霊はいつも、寝転ぶ彼女の傍にいた。
そしてレイラは死んだ。変わらない或る日の始まりに、お気に入りのベッドの上で。「メルラン」は大声で泣き、「リリカ」は冷たくなったレイラの手を握っていた。「ルナサ」は何もすることが出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
===
それから長い時間が過ぎた。三人の騒霊は幻想郷へと移り、プリズムリバー楽団を結成した。
音を奏でる時、「ルナサ」はいつもレイラのことを思い出す。初めてレイラと出会った時のことだ。レイラは大粒の涙を流しながら、たった独りで怯えていた。細い体を震わせていた。
「ルナサ」は鬱の音を奏でる。やり場のない悲しみを奏でる。今日もまた、そこに一つの涙が生まれた。
騒霊は少女に近づき、頬を伝う涙を拭い、尋ねた。
「貴方の名前は?」
少女は少し顔を上げ、震える唇を開き答えた。
「レイラ・プリズムリバー」
騒霊は小さく頷き、二つ目の問いを口にした。
「じゃあ、私の名前は?」
レイラは大きく目を開いたかと思うと、今までの涙が嘘であるかのように、眩しい笑顔を見せた。どこまでも明るく、透き通った笑顔だった。
「・・・ルナサ・・・姉様?」
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その日から騒霊は、「ルナサ・プリズムリバー」としてレイラ・プリズムリバーと共に暮らすようになった。
「ほら、ルナサ姉様。懐かしいでしょう?」
或る日、レイラは「ルナサ」に一枚の写真を見せた。レイラの他に、三人の少女と一組の男女が映っている。皆溢れんばかりの笑顔で、何度も見返したせいか四隅が欠けてしまっていた。
「懐かしい?」
「ルナサ」は首を捻った。渡された写真は初めて見たものであったし、映っている人々もレイラ以外面識が無かった。
「ほら。ルナサ姉様も笑ってるじゃない」
レイラは写真の中の少女を指差した。ウェーブのかかった栗色の髪と、青い瞳を持った少女だった。
「え?だって私は・・・」
「もう、ルナサ姉様ったら忘れちゃったの!?私ルナサ姉様が帰ってくるまで、毎日見返してたんだから!」
「ルナサ」はレイラから写真を借りて、鏡に映る自分と比べてみた。身長も顔立ちも何一つ似ていない。鏡に映る「ルナサ」は明らかに別人だった。
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レイラと「ルナサ」が共に暮らし始めて数カ月が過ぎた。二人は庭の花の手入れをしたり、本を読んだりしながら、縷々と流れる日々を過ごしていた。
そんな或る日、二人目の騒霊が生まれた。騒霊は、レイラと「ルナサ」が花を摘んでいる時に生まれた。
「メルラン姉様も、帰ってきてくれたのね!」
レイラは二人目の騒霊を「メルラン」と呼び、満面の笑顔で抱きしめた。「メルラン」は二回大きく瞬きをした後、レイラの髪を撫でながら言った。
「そう!メルランは帰ってきたわよ!」
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こうして一人の少女と二人の騒霊の生活が始まった。レイラはことある毎に、二人にあの写真を見せた。
「私、この写真が大好きなの!」
写真を眺めるレイラはいつも笑顔だった。
「うん!私もこの写真大好き!」
「メルラン」もレイラと同じように笑う。「ルナサ」だけはうまく笑うことができず、いつも俯いてしまっていた。「メルラン」もまた、写真の中のメルランとは違っていた。
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三人目の騒霊が生まれたのは、レイラが静かな寝息を立てながら、夢を見ていた時だった。目覚めたレイラは三人目の騒霊を「リリカ」と呼び、彼女にあの写真を見せた。「リリカ」はじっくりと写真を眺めた後
「良い写真だね」
と言った。レイラは嬉しそうに笑い、写真を自分のポケットにしまった。「ルナサ」はもう、その写真を見ようとはしなかった。
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レイラはゆっくりと、しかし確実に歳を取っていた。動きが鈍くなり、腰が曲がり、髪に白髪が増えた。一日の大半をベッドの上で過ごすようになった。三人の騒霊はいつも、寝転ぶ彼女の傍にいた。
そしてレイラは死んだ。変わらない或る日の始まりに、お気に入りのベッドの上で。「メルラン」は大声で泣き、「リリカ」は冷たくなったレイラの手を握っていた。「ルナサ」は何もすることが出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
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それから長い時間が過ぎた。三人の騒霊は幻想郷へと移り、プリズムリバー楽団を結成した。
音を奏でる時、「ルナサ」はいつもレイラのことを思い出す。初めてレイラと出会った時のことだ。レイラは大粒の涙を流しながら、たった独りで怯えていた。細い体を震わせていた。
「ルナサ」は鬱の音を奏でる。やり場のない悲しみを奏でる。今日もまた、そこに一つの涙が生まれた。