よく晴れた春の日だった。
幻想郷の田畑は広い。人が少ないからそう見えるだけかもしれないが、今日はなぜか一人もいないせいで、いつもよりさらに広く見える。あぜ道がまるで廃線のようだ。
名も知らぬ小鳥が鳴いた。と言っても、私が知ってる鳥なんて鳶と鴉と雀くらいだ。興味がないのである。
いつの頃からだったかはもう思い出せないが、気分が晴れないときはこうして木の枝の上で、片あぐらに頬杖を突いて時間が過ぎるのを待つのが癖になっていた。人気のないところで難しい顔をしていると、勝手に消化されていくような感じがある。下げがたい溜飲は時間に溶かしてもらうのが一番だ。
草でもくわえてみたら雰囲気が出るかもしれないと目線を少し落としてみたが、やっぱり汚そうなのでやめた。
広い空を見上げると、つくづく世界と自分の感情とは没交渉なのだと感じる。当たり前のことだが。
「――こんなところにいたんですか」
声は背後からだった。
「椛か?」
「何してるんですか、文さん。こんなところで」
二度も言うことだろうか。短い付き合いでもなかろうに。
「何って……。……なんだろう」
言われてみて気づいたが、この行為に何百年も名前を付けていないままだった。
「祭りの準備で人手が足りないんですよ」
「ああ、そうか。どうかしてるな、そんなことまで忘れるなんて」
人がいなかったのはそのせいか……。
なぜだかまた妙に感傷的になってしまった。
「……退屈していた、というわけではなかったんですか?」
「まあ、うん。そうかな。退屈してたわけじゃない」
「文さんは忙しい方が好きでしたよね」
「それはまあ、そうだけど」
退屈を愚痴るのは妖怪にとって時候の挨拶のようなものだが、いざその退屈を手放してしまうときが来ると思うと、思っていたよりずっと感傷的になってしまった自分に驚いていた。それこそ祭りの日取りを忘れてしまうほどに。
今の生活が送れなくなる時まで、もう幾ばくもない。
「椛、『号令』まであとどれくらいだっけ」
「この祭りが終わって直ぐだから……五日くらいでしょうか」
「はあ……。はあ?」
「そんなに驚くことですか?」
「ずいぶん性急というか、なんというか」
「鬼ほどじゃないでしょう」
「鬼は気まぐれなだけだ」
「変わって欲しくないんですか?」
妖怪の山を創設し、そこに住む我々天狗を含めた妖怪たちを仕切っていた鬼は色々あって(何があったのかは鬼が箝口令を敷いたので詳しくは知らないが)幻想郷を離れることとなった。その後釜には、まあ年功序列というか天魔が収まる運びとなったがこれが少々複雑で、天魔はその昔、人間の為政者だったのだ。今までの、厳しいだけの格差社会とでも言うべき妖怪の山は、外の世界の人間が形作っているそれのような、喧騒の絶えない賑やかな社会に変わっていった。そしてついに天魔は、『妖怪の山の近代化』を掲げたのだ。鬼が幻想郷を去ってから数年余りのことだった。
それはつまり、博麗大結界が張られてからまだ数年しか経っていないということでもある。
しかし、外から流れてくる人妖は明らかに変わっていた。技術も、言語も、文化も。妖怪の山を近代化するといっても富国強兵というほど大袈裟ではなかったし、外の世界ほどの混沌ではないが、幻想郷にも時代の激動の余波が届いていたのだ。組織の強化を図るという天魔の政策に、異論を挟む妖怪はほとんどいなかった。
「やり残したこともたくさんあったんだけどね」
「やり残したこと」
「遊び残したことかな」
「どうせ記者の仕事と言っても遊びみたいなものでしょうに」
「……うん」
椛は私の隣に座って、あぜ道の方を見た。彼女の目にはどんな風に映っているのだろう。
「文さんも議会出入記者団の人みたいになってたりして」
椛は悪戯っぽく笑った。
「怖いこと言うな」
「敬語使うところとか想像できません」
「一応、鬼と大天狗様には礼儀正しくしてたはずなんだが」
「先輩方にもそうされては」
「してるつもりだけど」
「えっ、そうだったんですか?」
「私も明るくにこやかになったりするのかなあ。確かに想像しづらいけど」
「……。……文さんは、ぶっきらぼうなままの方がいいです」
「……」
草木の揺れる音がして、風が吹いていたことに気づいた。
木陰から出ていれば、風が髪を撫でて気持ちよかったかもしれない、と思った。
でも今の私には、少しだけ日差しが強すぎる。
「何もかも変わってしまうわけじゃないだろうしさ」
椛は小さく「そうですね」と応えた。よく聞き取れなかったが、不思議と、何か別の言葉であるような気はしなかった。
「もう、行こうか」
私は待たせてしまったことを一言詫びて、木から降りた。日の光を浴びると、そのまま崩れ落ちて眠ってしまいたいような衝動に襲われた。
「文さん?」
私は椛の方へ振り向いて、田畑を指さした。どうやらちゃんと伝わったようで、椛も木から降りて私の後を追いかけた。一緒に飛ぶのはしょっちゅうだが、並んで歩くのは久しぶりだ。
二本の線がまっすぐ続く広めのあぜ道の上。
歩を進めるごとに少しづつ、足音が一つに重なっていった。少なくともこの道が続くまでは、その音も途切れることはないだろう。
しばらく会話もなく歩いていたが、道の半分ほど来たところで椛が「人が全然いないと、なんだか廃線みたいですね」と言った。少し驚いたが、その内くすぐったいほど嬉しくなってしまって、私は椛に抱きついた。
「どうしたんですか、文さん」
「んー? そうだねえ」
椛は私の手に触れて言った。
「体温が高いんですね、文さんは」
「暑い?」
「そんなことはないですけど」
「そっか」
「でも本当にあったかいですよ」
「そう?」
「子供みたいです」
「そっか」
1840年 阿片戦争勃発
1842年 上海租界設定
1867年 王政復古の大号令発令
1884年(明治十七年) 清仏戦争勃発
1885年 博麗大結界創造
1890年 議会出入記者団結成
1894年 日清戦争勃発
幻想郷の田畑は広い。人が少ないからそう見えるだけかもしれないが、今日はなぜか一人もいないせいで、いつもよりさらに広く見える。あぜ道がまるで廃線のようだ。
名も知らぬ小鳥が鳴いた。と言っても、私が知ってる鳥なんて鳶と鴉と雀くらいだ。興味がないのである。
いつの頃からだったかはもう思い出せないが、気分が晴れないときはこうして木の枝の上で、片あぐらに頬杖を突いて時間が過ぎるのを待つのが癖になっていた。人気のないところで難しい顔をしていると、勝手に消化されていくような感じがある。下げがたい溜飲は時間に溶かしてもらうのが一番だ。
草でもくわえてみたら雰囲気が出るかもしれないと目線を少し落としてみたが、やっぱり汚そうなのでやめた。
広い空を見上げると、つくづく世界と自分の感情とは没交渉なのだと感じる。当たり前のことだが。
「――こんなところにいたんですか」
声は背後からだった。
「椛か?」
「何してるんですか、文さん。こんなところで」
二度も言うことだろうか。短い付き合いでもなかろうに。
「何って……。……なんだろう」
言われてみて気づいたが、この行為に何百年も名前を付けていないままだった。
「祭りの準備で人手が足りないんですよ」
「ああ、そうか。どうかしてるな、そんなことまで忘れるなんて」
人がいなかったのはそのせいか……。
なぜだかまた妙に感傷的になってしまった。
「……退屈していた、というわけではなかったんですか?」
「まあ、うん。そうかな。退屈してたわけじゃない」
「文さんは忙しい方が好きでしたよね」
「それはまあ、そうだけど」
退屈を愚痴るのは妖怪にとって時候の挨拶のようなものだが、いざその退屈を手放してしまうときが来ると思うと、思っていたよりずっと感傷的になってしまった自分に驚いていた。それこそ祭りの日取りを忘れてしまうほどに。
今の生活が送れなくなる時まで、もう幾ばくもない。
「椛、『号令』まであとどれくらいだっけ」
「この祭りが終わって直ぐだから……五日くらいでしょうか」
「はあ……。はあ?」
「そんなに驚くことですか?」
「ずいぶん性急というか、なんというか」
「鬼ほどじゃないでしょう」
「鬼は気まぐれなだけだ」
「変わって欲しくないんですか?」
妖怪の山を創設し、そこに住む我々天狗を含めた妖怪たちを仕切っていた鬼は色々あって(何があったのかは鬼が箝口令を敷いたので詳しくは知らないが)幻想郷を離れることとなった。その後釜には、まあ年功序列というか天魔が収まる運びとなったがこれが少々複雑で、天魔はその昔、人間の為政者だったのだ。今までの、厳しいだけの格差社会とでも言うべき妖怪の山は、外の世界の人間が形作っているそれのような、喧騒の絶えない賑やかな社会に変わっていった。そしてついに天魔は、『妖怪の山の近代化』を掲げたのだ。鬼が幻想郷を去ってから数年余りのことだった。
それはつまり、博麗大結界が張られてからまだ数年しか経っていないということでもある。
しかし、外から流れてくる人妖は明らかに変わっていた。技術も、言語も、文化も。妖怪の山を近代化するといっても富国強兵というほど大袈裟ではなかったし、外の世界ほどの混沌ではないが、幻想郷にも時代の激動の余波が届いていたのだ。組織の強化を図るという天魔の政策に、異論を挟む妖怪はほとんどいなかった。
「やり残したこともたくさんあったんだけどね」
「やり残したこと」
「遊び残したことかな」
「どうせ記者の仕事と言っても遊びみたいなものでしょうに」
「……うん」
椛は私の隣に座って、あぜ道の方を見た。彼女の目にはどんな風に映っているのだろう。
「文さんも議会出入記者団の人みたいになってたりして」
椛は悪戯っぽく笑った。
「怖いこと言うな」
「敬語使うところとか想像できません」
「一応、鬼と大天狗様には礼儀正しくしてたはずなんだが」
「先輩方にもそうされては」
「してるつもりだけど」
「えっ、そうだったんですか?」
「私も明るくにこやかになったりするのかなあ。確かに想像しづらいけど」
「……。……文さんは、ぶっきらぼうなままの方がいいです」
「……」
草木の揺れる音がして、風が吹いていたことに気づいた。
木陰から出ていれば、風が髪を撫でて気持ちよかったかもしれない、と思った。
でも今の私には、少しだけ日差しが強すぎる。
「何もかも変わってしまうわけじゃないだろうしさ」
椛は小さく「そうですね」と応えた。よく聞き取れなかったが、不思議と、何か別の言葉であるような気はしなかった。
「もう、行こうか」
私は待たせてしまったことを一言詫びて、木から降りた。日の光を浴びると、そのまま崩れ落ちて眠ってしまいたいような衝動に襲われた。
「文さん?」
私は椛の方へ振り向いて、田畑を指さした。どうやらちゃんと伝わったようで、椛も木から降りて私の後を追いかけた。一緒に飛ぶのはしょっちゅうだが、並んで歩くのは久しぶりだ。
二本の線がまっすぐ続く広めのあぜ道の上。
歩を進めるごとに少しづつ、足音が一つに重なっていった。少なくともこの道が続くまでは、その音も途切れることはないだろう。
しばらく会話もなく歩いていたが、道の半分ほど来たところで椛が「人が全然いないと、なんだか廃線みたいですね」と言った。少し驚いたが、その内くすぐったいほど嬉しくなってしまって、私は椛に抱きついた。
「どうしたんですか、文さん」
「んー? そうだねえ」
椛は私の手に触れて言った。
「体温が高いんですね、文さんは」
「暑い?」
「そんなことはないですけど」
「そっか」
「でも本当にあったかいですよ」
「そう?」
「子供みたいです」
「そっか」
1840年 阿片戦争勃発
1842年 上海租界設定
1867年 王政復古の大号令発令
1884年(明治十七年) 清仏戦争勃発
1885年 博麗大結界創造
1890年 議会出入記者団結成
1894年 日清戦争勃発
タイトルの意味は申し訳ないわからなかったです。"What an extraordinary era !", and even this remark hasn't found it's way to this place.てな感じでしょうか?わかりません。