『大きくて、すごくきれい……』
それが、氷の妖精、チルノが抱いた最初の感想だった。
目の前に広がる背が高くて大きな黄色い花々。彼女は一瞬でその花の虜になってしまった。いつ見ても綺麗で、明るい。まるで、太陽のようなその花は、いつも明るくほがらかなチルノの性格によく似ていた。
でも、チルノはその花に近づくことができなかった。なぜなら、そこにはとても怖い妖怪が住んでいたからだ。妖怪の名は、風見幽香。花をこよなく愛する妖怪。チルノは彼女に一度ヒドイ目に遭わされている。それが、チルノが花に近づけない理由だった。
だけど、チルノはあの花達をずっと忘れることができなかった。目を閉じれば、いつでもその風景を思い浮かべられる。そして心の中の『見たい』という願望はいつしか『触れたい』という願望に変わり、それは、日に日に膨らんでいった。そしてついに、願望を抑える感情が限界を超えて、彼女は勇気を振り絞り再びその地、太陽の畑に、幽香に見つからぬようこっそりと訪れた。……そして、見た。堂々とそこに咲き誇り、極上の美の感動を見る者に植えつける花、向日葵を。
――その日は、夏の面影残す残暑が一際厳しい日だった。
「……いない、かな?」
チルノは恐る恐る辺りを見回す。目の前には、見たいと願っていた花々が咲き誇っている。やっと見ることができたという嬉しさが彼女の中に込み上げていたが、それ以上に、風見幽香と鉢合わせることが何よりも恐かった。
幸い、自分の近くに幽香はいないようだ。チルノは緊張で溜め込んだ息をゆっくりと吐き出す。ここで見つかれば、今度はいつここに来られるか分からない。触れるために来たのに、見ることすら叶わなくなっては元も子もない。
「……よしっ!」
チルノは覚悟を決めて太陽の畑に近づいていき、一番近くにあった向日葵の前までやってきた。自分の身長より少し高いその花はやっぱり綺麗で、チルノは一瞬で見とれてしまった。そして、彼女は花弁に右手を伸ばす。傷付けぬように優しく。
(あと、ちょっと……)
チルノの指先は期待で震え、表情には自然と笑みが浮かんでいた。
(もう……少し……っ!)
「何をしているのかしら?」
チルノの指先の震えが凍り付いたように止まり、チルノの表情も一気に凍った。もう少しで花弁に届くというところで、チルノの耳に、一番聞きたくなかった人の、嫌に澄んだ声が聞こえてきた。あれほど慎重にいないかどうか確認したのに、近づいてくる足音すらチルノは気づくことが出来なかった。
チルノは冷や汗を流しながら、声のした方へと振り向く。
「あ、あぁ……」
そこには、薄らと笑みを浮かべた風見幽香が立っていた。
「人の畑に踏み込んで、何のつもりかしら?」
整った美しい顔とは裏腹に、彼女が醸し出すオーラは見る者を震え上がらせる程の威厳を備えていた。それ故、チルノは逃げるどころか、動くことさえできない。彼女は本能で危険を察知していた。
「うっ……うわぁぁぁあああっ!!!!!」
チルノは幽香から目を逸らし、一目散に逃げ出そうとする。しかし、覚束ない足取りでは当然逃げ出すことは叶わず、彼女はつまずき、その場に倒れこんだ。後ろから徐々に聞こえてくる足音に、心臓は激しい鼓動を彼女に伝え、喉は砂漠の如き渇きを訴えていた。
(どんどん近付いてくる……)
彼女の耳は、近付く足音をはっきりと捉え、
(もう……逃げられない……)
彼女を、絶望の淵へと追いやる。
(痛いのは……もう嫌……っ!)
足音は、一番大きくなったところで途絶えた。
(大ちゃん、リグル、みすちー……みんなぁ……っ!)
幽香の手の平が、チルノの頭を捕える。
彼女は、覚悟を決めて、目をつむった。
――――貴女、花、好きなの?――――
絶望の淵で震えていた彼女に問いかけられたのは、その言葉だった。チルノは溢れんばかりに涙を溜め込んだ瞳を、強張って戻らぬ表情を、恐る恐る……幽香に向けた。
「えっ……?」
信じられなかった。
あんなに会いたくなかったのに……
あんなに震えたのに……
あんなに、怖かったのに……
――笑顔が、きれいって思えるなんて……
「お花、好きなの?」
幽香は、もう一度、優しくチルノに問いかける。
チルノは呆けた顔で、一つ覚えに何回も頷いた。
そして、幽香はチルノの手を取り、チルノはその手を頼りに立ち上がった。
幽香の手はお日様のように暖かで、温かく。チルノの手は北風のように冷たくも、柔らかだった。
お互いが触れ合い、ともに感じたこと。
正反対な二人だったけれど、幽香の笑顔に釣られて笑うチルノがそこに居た。
そんな二人の、二度目の邂逅。
最強の妖怪とさいきょーの妖精が、やっと出会えた瞬間だった。
「ごめん、勝手に入って……」
チルノは幽香の家の中に招待されていた。目の前に置かれているアイスティーに目を奪われ、欲望を剥き出しにして手を出しそうになるが、必死でこらえて向かいに座る幽香を見ていた。
「最初は何をしでかすのかと思ったわ」
幽香の目の前には、柔らかな湯気とともに香り立つ紅茶が、白のシンプルな陶器のティーカップに注がれていた。
「……ごめん」
チルノはそう言うと、コップの中の氷が渇いた音を立てて崩れた瞬間に、欲望に耐えきれなくなってそれに手を出し、一口飲んだ。
「うっ!」
「……?」
「……にげぇ」
苦悶の表情を浮かべるチルノを見て、幽香はクスクスと笑っていた。苦味に抵抗があると思い、幽香は砂糖を多めに入れたようだが、それでもまだチルノには苦かったようだ。
幽香はキッチンまで足を運び、引き出しからガムシロップを取り出す。以前、紅茶好きのよしみで紫から外界の物だと貰ったものだ。無糖派の彼女からすれば不要なゴミにしかならないのだが、取っておいて正解だったようだ。
「ここから開けられるわ」
幽香は、チルノにそれをそっと差し出す。チルノは戸惑いながらもそれを受け取り、先端をパキッという音とともに折り、彼女が見たこともない形状をした紙を開いていく。そして、その中に入っていた液体を不思議そうに見た。
「これ、何?」
「お砂糖よ」
「さとうっ!?」
中に入っていた液体が砂糖だとは、自然の中でしか暮らしたことのないチルノにとって予想できるものではなかったであろう。テーブルから乗り出すほど驚くと幽香は思っていなかったようだが。
「何だと思ったのかしら?」
「水、苦いのを薄めるのかなって」
発想は悪くない、だが、薄めるにはちょっとばかし量が足りない。
「あら、予想が外れて残念ね」
「そうでもないよ」
「うん?」
「甘いのは大好きだから!」
そう言って嬉しそうにチルノはシロップを入れていく。アイスティーの中に入っていくそれは、陽炎のように模様を浮かべ、トロリとした粘っこさを思わせながら、混ざっていった。
「おおぅ……ねぇ!」
「なに?」
「これ、まだある?」
チルノにはそれが珍しかったようで、もう一つ手に取り、同じように入れていく。シロップも、同じように混ざっていく。……チルノの瞳が関心で輝き始めた。それから、幽香が持ってきた分も含めて何個も何個も入れていき、コップの隣には、本物の小さなゴミ山が完成していた。入れていくたびチルノの瞳は輝き、楽しそうにはしゃいでいた。
「すげぇっ!!」
「ふふっ! 氷、溶けちゃうわよ?」
消えそうな程小さくなってしまった氷が、小さな気泡を作り、浮かんでいた。チルノにとっての適温が保てなくなってきている証拠だった。チルノは慌ててそれを、一気に自分の口へと流し込む。
「……うっ!」
「あらあら」
チルノはまたしても苦悶の表情を浮かべた。幽香はこの結果が目に見えていただけに、面白そうにその様子を見ていた。
「……あめぇ。ものすごく」
チルノの言葉に笑みを浮かべる幽香は、チルノとは対照的に、無糖の紅茶を舌に浮かべるようにそっと含み、味わって喉を潤していた。
その紅茶は、淹れたての温度を、少し、奪われていた。
「ねぇ、幽香。あたいがここに初めて来た時、なんで追い返したの?」
「さぁ、なんでかしらね」
「理由ないのっ!?」
窓から見える向日葵が咲き誇る畑をテーブルに肘を着いて見ながら、チルノは幽香に尋ねたが、幽香の方はいたって平然としたまま、答えになっていない答えを返していた。しかし、チルノにとっては大きな問題だった。なにせ、ここに来られなかった主な理由が、尋ねたことなのだから。
「ホントに……ないの?」
「そうね……強いて言うなら」
「言うなら?」
「ちょっと、五月蝿かったから……かしらね」
自然の中で自由気ままに生きているチルノが、見知らぬ地へ来て騒がしくないはずがない。それは、妖精の性とも呼べた。しかし、それがその時の幽香には酷く鬱陶しく思われた。花とともに過ごす優雅な時間を邪魔されたということもあるのだろう。
「……そっか。この花がきれいで……つい……」
はしゃぎ過ぎたのがいけなかったのか。と、しおらしくなってしまった今のチルノは思う。自覚がない訳ではなかったようだ。魔理沙や他の妖怪にも馬鹿と言われてきた彼女であったが、今の彼女に、そんなことを感じさせる要素など微塵も存在してはいなかった。
「でも、花が好きなら話は別よ?」
幽香は立ち上がり、チルノが外を覗いている窓に寄りかかるようにして、チルノと同じように外を見る。その眼差しは、まるで自分の子を見守る母親のように、しっかりとしていてどこか優しく、そして、愛に満ちていた。幽香にとって『花が好き』という言葉は、我が子を褒められることと同義なのだ。花の生、花の死、花の美、花の醜。その全てを見続けてきた彼女だからこその、うわべではない、深く、重みのある言葉なのだ。
幽香は見ていた。チルノが向日葵に触れようとしている時の真剣な顔を。触れたい一心のその一生懸命な表情を。でも、他人に自分の子を触れさせることに抵抗を覚えない母親などいない。最初は疑心だった。チルノは本当に花が好きなのか? いたずらの種を見つけただけなのではないのか? 確かめたかった故に、チルノのその行為を止めさせたのだ。
「ねぇ、チルノ」
「うん?」
「一つ、やって欲しいことがあるの」
「やって……欲しいこと?」
そして、確かめた。チルノは純粋に花が好きだった。自分の存在を恐れていても、自分の威厳の強さで心が折れそうになっていても、チルノの瞳は濁らなかった。
「ええ、付いて来てくれるかしら?」
そこまで好きでいてくれるのならば、彼女に託してみようと幽香は思った。
「う、うん」
――我が子を。
幽香の家から少し歩いた先、歩道を挟むように咲き誇る幾千もの向日葵の中に、その子はいた。
「あなたには、このお花、どう見える?」
「どうって……」
チルノが言い淀むのも無理はなかった。二人の立つ前にあるのは、確かに向日葵だ。しかし、
「寝てる?」
咲いていないのだ。
他の兄弟たちは大輪の輝かしい花弁を目一杯開いているのに、一人だけ小さくすぼまっているのだ。太陽はどの花にも等しく、優しい。しかし、まだ咲かない我が子。花を愛でる風見幽香の最大の悩みであった。
「……そう、ちょっとお寝坊さんで、困ったさんなの」
幽香の手が優しくその子に触れる。彼女の力が及んでいないわけではないのだろうし、この子が拗ねくっているわけでもないのだろう。風に揺れる姿に弱々しさはほとんど感じられない。むしろ、力強さでは他の兄弟に劣らず強靭だ。
「この子はね……臆病なの」
「臆病?」
「そう……ねえ、チルノ」
「ん?」
「この子の御世話……してくれないかしら?」
チルノの表情が驚愕に染まった。幽香がどれだけ花を大切にしているかチルノは分かっている。そう感じられる程の幽香の花に対する愛情は伝わって来ていた。それなのに花を自分に預けると本人は言ってきたのだ。チルノでなくとも驚くには十分な理由だった。幽香は返答を待ち、チルノの顔を覗き込んだ。呆けて立っている彼女の表情を見ていると、不意に笑いそうになる。ここまで驚くとは幽香自身思っていなかったらしい。
時間の流れる中で風が吹き、咲く花の花弁は揺れ、二人のスカートの裾が揺れ、流れるように髪が揺れる。
「あたいで……本当にいいの?」
ふと、氷精が口を開く。表情は彼女に似つかわしくない曇ったものであった。それでも言葉は風に溶け込んで、幽香の耳に流れていく。その言葉を聞いて、幽香の表情は一際輝く笑みに包まれていた。
二人は、もっと早く、この子に、この人に出会うべきだったと思った。
しかし、時は当然のように彼女達を置いていった。
――もっと、早く……出会うべきだった。
その日から、彼女の奮闘は始まった。
「うーん……」
彼女はうな垂れる向日葵を見ながら途方に暮れるように唸った。受けたみたはいいものの、何をすればいいのか分からないのだ。とりあえず水をやりながら考えてみても、こんなことは日々欠かさず幽香がしてきただろうし、特に変化が期待できるというものではなかった。
「……なぁ、お前はどうして咲かないんだ?」
返ってくるはずのない返事を期待しながらチルノは呟く。返ってこないと分かっていても、彼女は呟き続けた。自分には妖精や妖怪の友達がいること、幽香が恐くてちびりそうだったこと、最近楽しいことが見つからなくて困っていたこと、話せることはなんでも話していた。彼女が話している間も向日葵は、揺れはするが、頭を上げる様子も気配もなく、花弁も開かぬ変わらない様を晒していた。
「……よし、こんなものか」
チルノが水をやり終わり、じょうろを元の場所に戻してきて、向日葵の隣に両手を着いて座り込んだ。とても静かだった。そよぎ、通り抜けていく風が草を撫でる音。溶けそうなほど照りつける日差し。揺れる向日葵。
「なぁ、お前もあんな風に咲きたくないの?」
そう言って咲き誇る兄弟達を指差す。花弁は名の通り日の差す方へと向き、力強くその輝きを浴びていた。本来なら隣に咲くこの向日葵もそうあらなければならない。
チルノは不安げに続けた。
「お前……枯れちゃうぞ?」
その向日葵は意に介していないかのように、うな垂れたままだった。
ふと、チルノにあの衝動が湧きあがる。そういえばまだ、彼女はそれを成し得ていなかった。チルノはゆっくりと立ち上がり――咲いていない花弁に手を伸ばす。あの時の緊張感や高揚感こそないものの、やはり、気になる。彼女の指が花弁にかかろうとしていた。
「こんにちは」
その時、不意に、彼女の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。チルノは驚き慌てて後ろを振り返る。そこに、女の人が日傘を差して立っていた。長い金髪の髪、紫の服、白い帽子。幻想郷の賢者、八雲 紫だった。
「風見幽香はいるかしら?」
チルノはきょとんとしながら一回頷いた。なぜ彼女がここにいるのか、幽香に何の用なのか、それより二人はどういう関係なのか、それらの疑問がぐるぐるとチルノの頭を駆け巡っていた。その様子がどこかおかしいのか、紫もクスッと笑みを零していた。その笑みでチルノは我に返り、先ほどよりも慌てて紫に近づいた。
「勝手に入っちゃダメ! ここには恐い妖怪が――」
「あら? 誰かと思えば……」
「ごきげんよう」
紫の存在に気付いたのか、幽香が自身の家から出てきた。部外者が入ってきたのに、特に敵意を示していないようだ。幽香なら怒ると思っていただけに、チルノは不思議そうに幽香を見詰めていた。それに気付いた幽香がにっこりと笑う。チルノはますます訳が分からなくなっていた。
「チルノ、もうお昼過ぎちゃったけど、友達と約束とかしてないの?」
「えっ?……あっ」
幽香に言われ、チルノは思い出す。昨日ルーミア達と遊ぶ約束をしていた。それに日の高さを見ると、約束の時間もかなり迫ってきているようだ。今から行けばギリギリ間に合うだろうが、チルノは踏ん切りがつかない様子で向日葵を見た後、困った顔をしながら幽香を見た。
「ゆっくりでいいのよ。またいつでも会いに来てくれれば」
笑みを浮かべながら彼女はそう言い、閉じた向日葵に目を移す。
チルノは幽香に手を振り、その場から飛び立とうとする。しかし、急に動きを止め、振り返った。チルノの目に写っているのは閉じた向日葵。先程と何ら変わらぬ向日葵。
「またねっ!」
チルノはそう言い残し、今度こそ飛び立っていった。どんどんと姿が遠退いていく。幽香はその様子を、姿が消え去るまでずっと見つめていた。笑みは消えぬままに。
「紫、入って」
「……ええ」
しかしその笑みは、決して紫に向けられることはなかった。紫自身、それを不思議とも思わず、ただ幽香に促されるまま、差していた傘を閉じ、家の中に入って行った。
――――――――――――――
振り返ってみれば、なんとも私意を貫き通した生き方をしてきたのだろう。近づく者を退いては独りを演じ、弾を弾き合えばまた独りとなり、そして誰も私の傍には居られなくなる。何処までも独りだ。私はそこまで独りになりたかったのだろうか。この地があれば幸せだったのだろうか。思い返せど思い返せど、答えなど見つからない。私は強大すぎたのか、はたまた陶酔を重ね、自己を欺き、偽りを自分に見せつけているのか。
今はもう、どうでもいいことだ。
あの掴みどころのない魔女は今頃どうしているだろうか。いつものように神社の裏でどうでもいいことを考えながら過ごしているのか、はたまた、案外、寂しがっているのか。あいつもどうせ独りなのだろう。私とはどこか異なる『独り』だが。
――もうこれも、どうでもいいか。
もう、どうしたって変えることなど出来やしないのだから。私はこのまま独りでいるのだろう。味のしない無糖の紅茶も必要なく、過ぎる時間に意味を持たせず、ずっと、ずっと……独りでいるものだと思っていたのに。
なのに、どうしたことだろうか。
小さな小さな青い幼子が、私の子ども達に近づいてきた。あんなに必死な眼をして。
あんなに必死な眼を浮かべたことなど、きっと私にはないのだろう。故に、私は少し、その眼に見とれてしまった。純粋とは形として見ることが出来るのだと知った。
しかしいつまでも放って置くわけにもいかない。
――ならばいっそ、誰かを受け入れ、独りなどやめてしまおうか。どうせこの身だ、それも悪くはないのかもしれない。
こんなことを考えている私を、あの巫女は笑うだろうか?
氷精と過ごしている私を、あの魔法使い達はどう思うのだろうか?
――また、どうでもいいことを考えてしまった。他人の事を考えることなどあまりなかったというのに。
何故か、あいつらの顔が浮かぶ。
誘われているのか、はたまた拒絶か。
案外、心配してくれているのか。
……そこまで心配するようなことはもう、なにも残っていない。私にあるのは、紅茶と、日差しと、愛すべき、朽ちる運命を背負う子ども達だけだ。でも、そんな子ども達を彼女は愛してくれているのだろう。それをどこかで、嬉しく感じている自分がいる。
きっとすぐに、彼女はまたここへやってくるのだろう。
出来ることなら、察して欲しくはない。何も考えず、ただ、あの子には私の子どもに向き合って欲しい。
出来るかぎり――
―――――――――――――――
「夕日が綺麗ね」
「ええ」
紫と話に耽っていると時間を忘れて話し込んでしまう。いつの間にか、日が沈みかける時間になるまで話し込んでしまう日も少なくはない。
しかし、彼女と私は決して仲がいいというには程遠い関係だ。あの独特の胡散臭さが昔から鼻につくのだ。
それでも私が彼女といるのには、それなりに理由がある。
「……」
「……」
一言呟いてから彼女は何も言葉を紡ごうとはしない。私からも特に話すこともなく、むしろ出し尽してしまっているから言葉を紡げないでいた。
「……四日後、嵐がくるわ。八坂神奈子からの情報よ」
「……そう」
彼女が沈黙を破り、私に伝えた言葉は、別れの始まりだった。別れなどと謳ってみても紫なんかに悲しさなど浮かんでくるはずなどないのだが。やはり、知る者なだけ、何かが込み上げてくるのは否めなかった。
「どうするかは、貴女が決めるといいわ」
随分と大きな口を叩くものだ。いくらあの時の私とは天と地程の存在になってしまったとしても、それは余りに馬鹿げた問いだ。当然、どうするかなんて……そんなの、決まっている。私に残された最後の選択を選ぶだけ。いつもと何ら変わらない決められた選択を選ぶだけ。たったそれだけのことだ。意味ありげに彼女が紡いでも、結局、私に選択肢など有って無いようなものなのだ。
「いつもの様に、するだけよ……」
「……もう、会う事はないわね」
「ええ――さようなら」
「……」
いつもと変わらぬ様子でスキマに入り、彼女は去って行く。振り返ることなどあるわけもなく。まして、憐れみの表情を向けることなく。当然私もそんな顔など向けられたくはない。私の尊厳は最後まで貫き通す。
――最後の最後まで。
次の日、チルノはあの笑みで私の所へやってきた。
―――――――――――――――――――
「う~ん……」
チルノは頭を抱えていた。あの日から三日の月日は流れたが、毎日来ては咲かそうと何回も考えてはいるものの、どうしてもこの花を咲かせる手段が浮かばないでいた。一方、向日葵はチルノの悩みなど露ほども知らず、いつものように花弁を閉じたままだった。
チルノは少しムッとした表情を浮かべて向日葵へと向く。こちらがこんなに頭を悩ませているというのに、この花は花の宿命など忘れたかのようにそこに突っ立っているのだ。
「なぁ、お前なにがしたいんだよ!」
しかしチルノの問いに花が答える訳もなく、やはり、どうしようもないのが現実だった。返ってこないことなど分かり切っているのに、チルノのイライラは募っていくばかりで、終にはチルノまでそっぽを向いてしまった。
「チルノ、お茶にしましょ」
あれから数刻、チルノと向日葵はそっぽを向いたまま時間が流れていた。それを見かねた幽香がチルノをお茶に誘ったのだ。
「いらない」
「クッキーもあるわよ」
「……いらない」
「あ、そうそう。紫がアイスクリームをくれ――」
幽香が言い終わる前にチルノは幽香の家の中に全力で飛び込んでいた。
「……あらら」
粋がっている割には可愛い所があるものだ。幽香は朗らかな笑みを浮かべてそう思った。
幽香も家の中に入り、チルノのためにアイスティーをいれ、側にクッキーを置いた。そして、
「はい、どうぞ」
「お、うおう」
チルノの前にひんやりとしたアイスクリームが置かれた。それは少し溶けだそうとしていて、表面を甘く白い液となって滑り落ちていった。チルノの自制心では到底敵わない強敵だった。
「い、いただきます」
「ふふ、ええどうぞ」
チルノはひと匙掬い、口へ運んだ。
瞬間、チルノの顔がとろけて肩の力がどんどんと抜けていき、夢でも見ているかのような顔を浮かべていた。
「ガムシロップは知らないのにアイスクリームは知っているのね」
「レミリアのとこで食った」
「ああ、なるほどね」
「あっそうだ! そのレミリアがね――」
それからチルノの長い話が始まった。自分の話せることなら何でも話すような勢いだった。自分の周りのこと、友達のこと、いろんなことを幽香に話していた。幽香はそれを嫌な顔一つせず、むしろ喜んでいるかのように聞いていた。こうして話す者が今までほとんどいなかったからなのだろうか、幽香は新鮮な気持ちで聞いていた。しかし話し込んでいく内に、今まで自分がどれだけ孤独だったのかを思い知らされているような気持ちを彼女は感じていた。
1時間ほど経っただろうか。チルノの話がやっと終わり、二人に沈黙が流れていた。
チルノはふと、窓から外を覗く。いつ見ても綺麗な向日葵が堂々と咲き誇っている。どれだけ苦労すればこれだけの花を咲かせることができるのだろうか。
「ねえ、この花、全部幽香が咲かせたんだよね」
「違うわよ?」
「ふうん……へっ?」
チルノから変な声が聞こえてきた。というよりは漏れた。意外だったのだろう。
「全部じゃないわ。自分達で咲いた者もいれば、私が咲かせた者もいる。逆に――咲くことができなかった者もいるわ」
「それは……分かるよ」
――寒いと枯れるんだよね……この花。
「……気付いているのね」
チルノは一つ頷いた。
彼女は気付いていた。本当は自分が近づいてはいけない存在だと。彼女とて、花を知らない訳では当然ない。季節が移ろいで行く内に、枯れていった花もたくさん知っている。
「もう、来ない方がいいのかな」
「どうして」
「このままじゃ……あたいはあの花を枯らす。絶対に」
彼女が手を伸ばし、触れてしまえばその花は枯れる。命を奪う。しかし彼女の衝動は、もう、抑えられない所まで来ていた。今までの彼女ならば何のためらいもなくそれに触れていただろう。今だって幽香がお茶に誘わなければ、きっとあのまま触れていたに違いない。しかし、彼女にはためらいがあった。いや、生まれていた。
「幽香……あの花、咲かせてあげて」
「それは……もう、できないの」
「えっ……」
「あなたの流れる時間と私の流れる時間は違うわ」
「幽香……?」
「あなたには、今の私と昔の私、同じに見える?」
不意に問いかけられたことにチルノはざわめきを覚えていた。同じに見えるかなど聞かれても、同じにしか彼女には見えない。故にどう答えていいのかも分からず戸惑いは隠せない。
幽香の顔は今までに見たこともないような真剣な表情を浮かべてチルノを見つめていた。だけれど威圧などない。ただ、見つめている。ゆったりとしているのはいつものことだが、今回はどこか儚さを覚える。
「……分から、ないよ」
その言葉を、チルノは詰まりながらもようやく紡ぐ。
幽香は、そっと目を閉じた。
互いの沈黙が続いていく。息苦しさはない。しかし、気分は優れない。
時間は動いているはずなのに、この場だけ置いて行かれたような感覚。
チルノは少し――風見幽香に恐怖していた。
幽香の口が開く。チルノは身構え、目を瞑った。
「まだまだね!」
しかし聞こえてきたのは緊張感のない声。それに、朗らかな笑みをチルノへと向けている幽香だった。
チルノは当然、呆然とする。幽香の意図が掴めない。一体何が言いたかったのだろうか。
「さ、今日はもうお帰りなさい」
「えっ? まだ来たばっかりだよ?」
「それでもよ。今日は『用事』があってね」
それでもチルノは納得がいかず居座ろうとしたが、幽香に優しく諭され、このまま帰ることになってしまった。
チルノは渋々ドアに近づき、ドアノブに手をかけ開けようとする。
それと同時に幽香の方へと振り返った。
そこにはいつもと変わらない幽香の姿があった。
結局、幽香の言いたいことが一体何だったのかは分からず仕舞いとなってしまった。チルノの胸につっかかったわだかまりのせいで良い気分では到底なかった。心の中は曇っていく一方で、自分の体よりも冷えた何かと化していた。
チルノは振り向かずにそのまま家を飛び出していった。
この時、チルノは気付いていなかった。
遠くに、暗くうごめく暗雲が迫っていることに。
「――今までありがとう、チルノ」
遠くなっていく小さな体を見つめながら、幽香は呟いた。
――――――――――――――――
花は枯れる。何処までも生き続ける花など存在するはずもなく、ただただ自らの命の意味を次に生まれる花へと紡いでいく。愚かで美しく、華やかで、時に醜いものだ。
私は誰かへと紡ぐことは出来たのだろうか。
ただ惰性に生きてきたのではない。と、はっきり言い切ることは出来る。
でも、心残りはある……
きっと、あの子はもうここへはやってこないだろう。私にまた、恐怖を覚えてしまったから。
あの子に命を分からせることは出来たのだろうか。私が残したかったメッセージは届いたのだろうか。
分からずとも、すぐに理解してくれることだろう。
――私の身をもって。
さあ、この記しも閉じることにしよう。
思えば、記しを付けて長い時が過ぎたものだ。それはもう、目が霞むくらいの長い時が。
――――時間が来たみたい。
私の畑に咲く子達よ。私に出来ることは全てした。後は自分自身で生き残って欲しい。散るも生きるも。あなた達次第。
ただ、生きて。いつか失われてしまうものであっても。
それが私の、最後の願い。
さっき伝えたからもういいわね。私にはまだ、書かなければならないことが残っているから。
さっきからペンがすり落ちていく。握る力も……もう、残っていないの。
さようなら、愛すべき我が子たちよ。
そして……
次の日、記録に残る嵐が、幻想郷を襲った。
大粒の雨が、チルノの住処を殴りつけていた。
本来なら今の時間、チルノは幽香の畑に行き、あの花の世話をしている時間だ。しかしこの雨と風では出ることはできず、引きこもっているしかできなかった。
晴れていても行くことなどないだろうが……
チルノに残ったわだかまりが今でも彼女の行動力を奪っていた。幽香に会いたくないのではない。
ただ、こわい。
出会った頃の震え上がる怖さではない、別の怖さ。原因がはっきりしている前者よりも質の悪いそれがチルノ自身、嫌でいやで仕方がなかった。
(幽香がわからない。あの時浮かべた幽香の表情が嫌だった)
チルノは机に突っ伏して、何かをするでもなく、外で荒れ狂う風雨をぼんやりと見つめていた。
(会いたくないわけじゃないのに、幽香に会うのがいやだ)
自分の矛盾する感情がどういったものなのか全く分からないが、彼女は懸命に考えていた。
(幽香は私に会いたいのかな。それとも会いたくないのかな。確かに幽香は笑っていたけれど、どこか悲しそうに見えたのは気のせい……なの?)
チルノは考えてみるも、だんだん重くなっていく頭に疲労を感じ、そのままウトウトし始め、窓の外を見つつも、視界がぼやけていった。雨はやむことなく、轟音を響かせていた。
瞬間、窓に何かが通り過ぎる。
雨とは違う、異質なもの。
風が狩りとっていった一つの命。
チルノの眠気など吹き飛び、自分の愚かさを嘆くより先に彼女は自分の住処を飛び出していた。
彼女は気付いた。枯らしてしまうのは何も自分だけではないのだと。
窓に写ったあの花弁のように、この嵐も命を摘み取るのだと。
突き刺すような豪雨の中、自分の髪が乱れようと、固く結んだはずのリボンが解けて彼方に飛んでしまおうと、飛ぶ枝葉で服が破れ、皮膚に刺さり痛みを体が訴えても、彼女は気にも留めず幽香とあの向日葵の元へと渾身を込めて急いだ。
彼女はその地へと辿り着く。
――彼女の瞳から、雨粒に交じって、雫が一粒、風に飛ばされ消えて行った。
彼女が見た光景は、信じがたい光景だった。根ごと飛ばされ、泥水に浸る折れた向日葵。荒れた土。風に引き裂かれた無数の花弁。彼女が知る場所は、もうそこには存在していなかった。
しかし、彼女は驚愕さえすれど、絶望はしなかった。
(まだ、生きてるっ!!)
死屍累々としている中にも、命の限り根を張り、儚くも立ち続けるその者達も確かに存在していた。
生きようとしている。彼らのその想いがチルノを奮い立たせていた。
チルノは真っ先に幽香の元へと走って行った。この状況で彼女が何かしていないわけがない。彼女とて、何か策を講じているはずだ。
泥だらけになりながらも彼女は幽香の家の中に飛び込んだ。
――しかし、彼女の姿はどこにもなかった。
あれほどうるさく荒れ狂っていた嵐の音が、彼女から消え失せた。
困惑を隠しきれない。この状況で幽香がいないなど、チルノの頭の中で描けているはずもなく、ただ頭の中が真っ白になっていく。
――彼女に絶望が訪れた。
チルノは振り返る。呆然とする頭で見る目の前の光景は、心に、深く、苦く、染み込んでいく。泣いている状況ではないと分かっていても、見ていることしかできないこのちっぽけな自分にできることが浮かんでこない。支える足が、膝が、脆く崩れる。脱力し、為す術のない状況に俯く。その間にも、ひとつ、またひとつ、抗う命は無残に狩り取られていく。
――その中でも、彼女の目の前に、希望が、一つ。
冷たい涙で滲んだ瞳に映った。自分が育ててきた、向日葵。
チルノは崩れた脚を震わせながら立ち上がり、一歩ずつ、一歩ずつ、それに近づいて行く。大事な大事な、向日葵に。
「……遅いよ、バカ」
荒れ狂う風の中で、消えゆく仲間の中で、その向日葵はしっかりと地に根をはり巡らせて、チルノが、幽香が、望んだ姿でそこにいた。
……消させない。
チルノは大きく息を吸い込んだ。幽香はいない。助けなど無い。今、ここにいるのは自分だけ。ちっぽけな……自分だけ。でも……
「……お前だけは、消させない!」
チルノは、向日葵の前で背を向け両手を突きだし、氷の壁を作り出した。それは大きなものとは、とてもじゃないが言えない。しかし、その小さな壁は確かに背に咲く命を自然の暴挙から凌いでいた。
「勇気出して咲いたんだ!」
しかし、凌いでいた暴挙が勢いを増し氷の壁を端から削って行く。チルノ自身も勢いに押され、一歩後ろへと下げられる。
「お前に見せたい景色は、ものは、こんなんじゃない!」
全力を出して、下がった一歩を前に出し、踏み止まる。彼女の隣を狩られた命が通り過ぎる。彼女はギュッと目を瞑り、それでも容赦なく襲う暴挙に閉じた目を見開き、捕え、耐える。
「あたいは……私は!」
――絶対に、お前の勇気を無駄にさせない! させてたまるかっ!
彼女の後ろで、向日葵が小さく、揺らいだ。
―――――――――――――――
そして……チルノ。
今まで、本当にありがとう。
お陰であの子は咲くことができた。勇気を振り絞って。
ねぇ、咲いたあの子、最初になんて言ったと思う?
――「チルノは来てないの?」ですって。思わずちょっと叱っちゃった。
私よりもあの子に咲く姿を見せなきゃいけないでしょ! って。
……でも、私はすごく嬉しかった。一緒に喜んであげられなくてごめんね、チルノ。
私は、思い残すことなく逝くことができる。
あなたと会う事ができて本当によかった。
――さようなら、チルノ。また、巡り巡って、あなたに会いたい。今度は、『友達』として。
――――――――――――――――
――日差しが眩しい。さっきまで嵐と戦っていたはずなのに、こんなにも日差しが差し込んできてる。あたい、なんで地面に寝っ転がっているんだろう。
日差しに目が慣れてきた。あたりを見回してみたら、向日葵があたり一面に咲いていた。あたいは心の底から驚いた。急いで体を起こして、向日葵の中を走り回った。太陽の匂いがする畑が、こっちだよと言ってくれているような気がして。方向なんて分からないのに、どこに向かっているのか、どこに行けばいいのかが分かる。
走りながら、あたいは泣いていた。あたいは――私は、みんなを助けることはできなかった。みんな刈り取られていってしまった。
「――ごめんなさい!」
それなのに、みんなは私を導いてくれている。一番会いたい彼女のもとへ。
涙が止まらない。前を向いて走れない。目をぎゅっと瞑って、一目散に走ることしかできない。それでも目の淵から流れる雫を止められない。それでも私は走り続けた。
ふと、向日葵の畑を抜けた。そこは、ただただ真っ白な空間が広がっていて、差し込んでいた日差しも消えていた。ただ、
「……幽香」
振り向く彼女がそこにいた。彼女は優しく微笑んでそこに立っているけれど、私は目を合わせられないでいた。どんな顔をすればいいかも、どんな言葉を掛ければいいのかも分からない。
「……もう、言えないかと思ったわ」
不意に、幽香が言った。
「おいで、チルノ」
私は、ゆっくりと進んでいく。目はまだ合わせられない。言葉は少し見つかった。けど、すぐに消えた。
私は、幽香の両腕に包まれていた。見つけた言葉は消えて行って、幽香の腕の中でしゃくり上げることしかできなくなった。
「泣かないで……」
無理だよ、幽香。
「あなたはできたじゃない」
できてないよ、幽香。だってあたしは幽香も願いを叶えてあげられなかった。それどころか私は幽香から逃げたんだよ……それなのに、一体私に何ができたってのさ。
「ここにいるみんなはあなたに感謝しているわ」
なんで……なんでなのさ……みんなが飛ばされているのをただ泣いて見ていただけ、守るどころか、私は何もできなかった。そんな私に……感謝なんて……
「……ありがとう」
――胸が苦しくなる。
「最後にこの言葉を伝えられてよかった」
――締め付けられる。
「……幽香」
「なに?」
その笑顔が、その言葉が、その優しさが、そのあたたかさが。私を、包んで離してくれない。いっそ、責めてくれれば楽になれるのに。
「幽香」
「だから、なに?」
「……ありがとう」
「……」
だから私は応えなきゃいけない。
「幽香といられて、向日葵と一緒にいられて、すごく――」
死んでしまった向日葵と一緒にいる幽香が、いなくなってしまう前に。
「――すごく、楽しかった」
まだまだ伝えたいことがある。なのに、うまく言葉が繋がらない。もどかしい。
ふと、私から幽香の手が離れた。もう掴むことができない、その手が。
顔を上げて見てみれば、やっぱり幽香は――笑っていた。
「幽香……幽香!」
消えてしまいそうな幽香に、私は懸命に叫んだ。
「また会おうね! 今度は、友達として!」
多分、今は、これが伝えられる精一杯の言葉なのだろう。でも、
――伝わって、くれるといいな。
目が覚めたら、強い日差しが飛び込んできた。体を起こせば、爽やかな風が頬を撫でて、花のいい匂いがした。触れることばかり考えていたけれども、向日葵はこんなにもいい匂いがするものなんだと知った。
「……大丈夫?」
その向日葵は、優しく揺れた。
面白かったです。とてつもなく。
「あなただけを見つめます」
確かそんな感じの花言葉だったはず。
楽しみに正座をしております(`・∀・´)