Coolier - 新生・東方創想話

宇宙蛍

2014/03/30 17:48:40
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「ねえ、ほら、見えてきた、博麗神社」
「うん」
「さあ、覗いてみましょう」
「うん」

 何かおかしかった。
 今、私の目の前には神社がある。
 紛う事無き博麗神社が聳えている。
 神社におかしなところは何処にも無い。いつもの様に博麗神社までやって来て、そしていつもの様にメリーを訪問する日常の筈だった。それなのに神社を前にした自分がおかしな状況にある気がしてならなかった。何かが掛け違っているという不安が胸の中から滲み出てくる。その齟齬が何かははっきりと分からない。目の前にある神社もじっと眺めていると歪な感じがしてくる。いつも見ている神社である筈なのに、今まで私はこの神社を見た事が無い様な気がしていた。
 神社は手入れが行き届いている。とことんまで突き詰める巫女の人柄が良く現れていて、汚れ一つとして許されていない。いつもの通りの博麗神社に他ならない。それがどうにも心の奥底に引っかかる。本当にそうだったろうか。博麗神社とは今に崩れそうな打ち捨てられた廃墟ではなかっただろうか。
 神社に入るとメリーが知り合いと話し合っていた。二人は私に気がつくと会話を止めて立ち上がった。
「ああ、蓮子、いらっしゃい」
「お邪魔しますっと。はい、これ」
 手に持っていた荷物をおみやげとしてメリーに渡す。メリーは嬉しそうに微笑んで、早速茶色い紙袋を開けだした。
 気に入ってくれれば良いけど。
 紙袋の中身を覗きこんだメリーを、緊張しながら見つめていたが、メリーの顔がほころんだのでほっと安堵した。メリーが喜んでくれた事が嬉しい。それを選んで良かったと思う。だが何を渡したのか、自分で分からない事にふと気が付いた。自分が取ってきた物だというのは分かる。けれど自分の記憶の中を幾ら探ってみても、それが何なのか分からなかった。メリーがこたつの上に紙袋を置いている様を眺めながら私は何だか片付かない気持ちがした。
「蓮子の分のお茶を用意するから二人共座っててよ」
 私が同意して座ろうとすると、もう一人が手を振って辞退した。
「私はもう行かないと。時間だから」
 私とメリーに向かってそう笑うと、そのまま何処かへ消えてしまった。忙しないなと思いつつ、私はこたつにもぐりこむ。一人になった私が手持ち無沙汰になって視線を彷徨わせていると、こたつの上の紙袋の横に木箱が置かれている事に気が付いた。底の浅い桐箱には何の飾り付けもない。こたつの上にぽんとぞんざいに置かれている。
 戻ってきたメリーに桐箱の事を尋ねてみると、さっきの客が忘れていったのだろうと説明してくれた。
「返して来ようか?」
「良いわよ。どうせまたすぐに会うんだし」
 中は何だと尋ねてみたが、知らないと言う。興味本位で開けてみると、中にはお面が入っていた。ぼんやりと口を開け笑っているんだが泣いているんだか分からない表情の面で、あまりにも歪過ぎて神神しさすら感じられた。
「何、これ。何でこんな物持ってたの、あいつ」
「知らないわよ。どうしてだろう」
 二人して不思議がっていると、やがて日が暮れてきた。じわりじわりと部屋の光量が少なくなって、影が色濃くなっていく。私は立ち上がって電灯を付け、雨戸を閉める為に窓際に立った。すると庭の向こうからちょこちょことした足取りでこちらに歩いてくる生き物が見えた。なめした様に毛の無い皮膚で全身が覆われ、禿頭の頭には角が一本、凶暴な野犬の頭の口の部分を切り落として人間の顎を嵌めた様な顔をしている。見た事の無い生き物だったが、何故だか私にはそれが鬼だと分かった。鬼は千鳥足で縁側の傍まで近寄ってくると、手に持った徳利を指さしながらきーきーと鳴いた。どうやらお酒が欲しいらしい。振り返ると、既にメリーが酒瓶を持って立っていた。それを受け取って鬼に渡すと、鬼は全く表情を変えずに踵を返し、また千鳥足で鎮守の森を分け入って消えた。
 一体何だったのだろうと思いながら、雨戸を閉めてこたつに戻る。博麗神社に来てからずっと感じていたちぐはぐとした何かに対する不安が更に増して、今や心臓が痛い程鼓動していた。電灯の中でメリーを見る。そののっぺりとした白い顔に白い襟の赤い服、そしてトレードマークの赤いリボン。それ等の一つ一つは何らおかしくないのに、一つに集まると何かが掛け違っている気がしてならない。
 この勘違いを振り払いたい一心で、私は首を横に振り、目に入ったお面をもう一度話題にした。
「そのお面、結局何なんだ?」
「だから分からないって。あいつがまた来た時に聞いてみれば良いじゃない」
「全くあいつはいつもいつも変な物を」
 そう愚痴りながら、お面を持ってきた者を思い浮かべ様としたが、思い出せなかった。
「あれ?」
「どうしたの?」
 そんな訳が無い。さっき見たばかりだし、それにいつも見ている顔の筈だ。いつもいつも胡散臭い雰囲気を撒き散らしているあいつは。
 必死で頭を働かせたが、どうしてもお面を持ってきた人物の顔を思い出す事が出来なかった。そもそも自分とどんな関係があったのかすら思い出せない。まるで、あの人物に関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちたみたいに。
「なあ、メリー」
「何?」
「このお面持ってきたの。誰だか覚えているか?」
「はあ? それはあいつでしょ。あの」
 そこでメリーは言葉を止め、訝しむ様に眉を顰めた。
「ほら、いつも来てる……あの、ほら!」
 メリーは思い出そうとしている様だが、結局口ごもる様な言葉しか出てこない。きっと私と同じだ。確かに会った覚えがあるのに、どうしてかその人物の事を思い出せない。
「変よ。だって、さっきまで会ってたのに」
「私もそうなんだ。確かにいつも会っていて、さっきまでは覚えていた筈なのに、どうしても思いだせない」
 例えるならそれは、夢。ついさっきまで見ていた筈の夢を、起き抜けた後思い出そうとするとどうしても思い出せないあの感覚。さっき見ていた人物が夢の中にしか存在しない虚ろな存在に思えた。
 あの人物は本当に居たのだろうか。
 考えるまでもなく、こたつの上にはお面が載っている。ぼんやりと口を開け笑っているんだが泣いているんだか分からない不気味なお面は確かに存在している。だからこれを持ってきた人物は確かに居た筈なのに、どうしても思い出せない。思い出せない筈が無いのに。
 酷く不気味だった。
 しばらくしてメリーが言った。
「私、このお面返してくる」
 メリーの言いたい事は分かるが、それは不可能だ。
「何処へ返すんだ?」
 あの人物を覚えていないのと同じ様に、あの人物の住処だって分からない。
 どうする事も出来なくて、二人して不気味なお面を前に黙りこんでいると、不意に玄関から声が聞こえてきた。はっとして顔を上げる。もしやこのお面を持ってきた人物が戻ってきたのだろうかと、期待を込めて立ち上がる。メリーも立ち上がろうとしていたのを制して私だけが玄関へ向かうと、玄関先に少女が立っていた、
 少女、と言っていいのか正確には分からない。何故ならその人影には顔が無かったから。薄暗い夕焼けの中、青みがかって黒ずんだチェック柄のシャツに夕焼けの所為で色の抜け落ちたスカートを穿いている。そして紫がかった長い髪の中に顔は無かった。ぽっかりと真っ黒な空洞だけがある。
「私のお面取りに来た」
 少女がぞっとする様な声でそう言った。まるで古びた廃墟が立てる家鳴の様な軋んだ声をしていた。
「あなたが盗んだって聞いた」
 少女の腕が弓の様に引き絞られて肘が私に向けられる。その行為が何を意味しているのか分からなかったが、私が慌てて居間へと駆け戻った。焦りとも、恐れとも、怒りともつかない、何だか分からない感情が胸の中に渦巻いていた。とにかくあの不気味な面を少女に返してしまおうと思って、お面のある居間へ飛び込んだ瞬間、部屋の中でメリーが悲鳴を上げた。
 最初は慌てて飛び込んだ私に驚いたのかと思ったが、メリーは部屋の隅で震えながら、部屋の中央から体を背けて悲鳴をあげていた。メリーの視線を追ってこたつの上に目をやる。それを見た途端、一気に肌が粟立った。こたつの上の紙袋に大量の虫が集まっていた。箪笥の裏から甲虫も芋虫も羽虫も蜘蛛も蟻も、数多の虫達が畳の上を這って行列を成している。それが次から次へと紙袋に集い、山を作り、瞬く間に虫が紙袋を覆い尽くした。虫団子となった紙袋を気味の悪い思いで見つめていると、やがて虫団子が横に倒れて、その拍子に虫達が卓の上に散らばった。あまりの気味悪さにぞっとして吐き気を覚える。
 散らばった虫達は再度紙袋に取り付き、やがて中から虫籠を引っ張り出してきた。虫籠の中に何か黒い虫が収まているのが見えたのも束の間で、あっという間に虫達の大群が虫籠に取り付いて、ぎいごぎごと削り切る様な音が聞こえ出した。それもしばらくすると止み、虫団子が何度かたわんだかと思うと、虫籠の蓋が弾かれる様に上へと放り上げられ天井に当たって大きな音を立てた。
 目の前で行われている虫達の蠢きが何一つとして理解出来ずに慄いていると、虫達が今度は私の足元に移動し始めた。黒い甲虫の大群に近寄られて思わず後摺さると、後から後から他の虫達も集まってきて、それが積み重なり、山を作り、息の詰まる様な恐怖の中、虫達が私の目の高さにまで積み上がった。そしてあろう事か、虫達の山の中腹に居る虫達が蠢き始め、一匹が出っ張る様に飛び出したかと思うと、それに二匹目が続き、三匹四匹と覆いかぶさり、一本の触手へと変じていった。まるで腕の様に飛び出た触手は私の手へと伸びて来る。
 恐怖に足の震えるのが自分でも分かった。見たく無いのに、強張った目を閉じる事が出来ず、少しずつ伸びてくる虫達の触手から目を逸らせない。触手の表面を数多の虫が伝い、それが触手の先頭に引っ付くと手の一部となって、また次の虫が更に先へへばりつく。それが繰り返し繰り返し重なって、私の握り締められた手へと近付いく。私の緊張は限界に達して恐慌するが、身体は呪縛された様に動かず、ただただ気味の悪さだけに頭を支配されていた。何もかもが分からなくなって、ただただ不気味で涙が零れそうになった時、遂に触手が伸びきって、私の手に触れた。
 途端に凄まじい嫌悪感が全身を嘗め尽くして、意識の遠のくのがわかった。

 目を覚ますと、木の幹に寄りかかって倒れていた。メリーも同じ格好で隣に倒れていて、すぐに目を覚ました。二人して起き上がると、森はすっかりと夜になっていた。蒸し暑い熱帯夜だった。
 ふと遠くに光の灯るのが見えた。全く光源の無い森の中にどうして光が灯ったのか不思議に思っていると光が消えた。かと思うとまた別の場所に光が灯る。それが消える。また別の場所に光が灯る。何度も何度もあちらこちらで光の点滅が起こり、段段と一度に灯る光の数が増えていった。一つ、二つ、四つ、八つ。瞬く間に十を超え、百を超え、とてつもない勢いで増えていく光に翻弄されて呆然としている内に、初めはばらばらだった光の点滅がやがて全く同じ間隔に揃い始め、同時にその数を更に増やしていった。今や森全体に光が灯り、森自体が明滅しているかの様だった。
 私の前を一欠片の光が横切りそして消える。
 その虫達は自らの力を誇示するかの様に、森の全てを瞬かせていた。
我我の業界ではご褒美です。
本当にありがとうございました。
烏口泣鳴
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コメント



0.180簡易評価
2.80絶望を司る程度の能力削除
こころこえぇ……
6.80名前が無い程度の能力削除
タグにリグル。本編にもリグル。何もおかしいところはありません。良い感じに恐ろ気味悪いホラーに仕上がっていました。
7.80名前が無い程度の能力削除
不思議、不気味な雰囲気の話でした。
リグルの能力の有効活用……想像すると鳥肌が立ちます