Coolier - 新生・東方創想話

友情と愛情の境界

2014/03/20 22:03:56
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『人類は生物を脱した』
そんな言葉を聞くようになったのは、いつからだろう。
はっきりしたことは言えないが、平均寿命の三桁突破を厚労省が発表した頃にはすでに使用されていたらしい。
医療が飛躍的に発達し、ほとんどの病気や怪我は克服された。バイオテクノロジーは全人類の食事を七世紀先まで約束し、宇宙産業は広く安定した領土を分配した。
絶対的な生命の保証は人々の心に余裕を生み、人格は優しく丸みを帯びた。建前ではなく真実個人の幸福追求が認められ、生殖による子孫繁栄に執心する時代は終わりを迎えた。
『種』ではなく『個』を重視する思想。
それは確かに、生物を脱したといっても過言ではないのだろう。
多くの自由が認められた。
例えば、人種。
例えば、職業。
例えば―――結婚。
そう、結婚。
婚約が国籍や宗教に縛られることはなくなった。保護者よりも当人の意向が尊重された。
―――同性婚がこの国で認可されたのも、半世紀以上昔の話だ。
法的に認められたとはいえ、当時はまだまだ偏見や固定観念が強く、同性同士の結婚が盛んだったわけではないらしい。
それでも十年を数える頃には自然と受け入れられたそうだ。
それはやはり、人類の精神的な余裕からくる無関心が良い方向に働いたのだろう。他人が誰と愛し合おうが、それを疎むだけの刺々しさは消えつつあったのだ。
『人類は生物を脱した』
余裕が生まれ、自由を得た。

だからこそーーー悩む。


「ねぇ、友情と愛情はどこで区別すればいいと思う?」
お昼時のカフェテラス。私は何気ない風を装ってメリーに問いかけた。
メリーはのんびりした動作で紅茶を一口飲み、少し間をおいてティーカップから口を離した。
「心ないのが友情で、下心しかないのが・・・あら、何だったかしら」
「それは友が恋の話でしょ。心ないのは誰なのよ、変なこと言って」
とぼけた顔で答えるメリーに、ため息を溢す。
ちなみに、メリーが今引用しようとしたのは、愛は真心で恋は下心という定番の言葉遊びだろう。
「だって、らしくもないこと言い出すんだもの。感情は繁殖の誘引薬とか言ってたじゃない」
「言ってないよ。どれだけ淡白な人間なのよ私は」
流石に聞き流せずに反論する。メリーときたら真顔でそんなこと言うんだから油断できない。私はどちらかと言えばロマンチックな人間のつもりなのだ。乙女チックとは言わないまでも。
少なくとも、想い人に遠回りなアプローチをかけながら内心のドキドキを必死で隠すくらいには。
「ま、ただの思考ゲームとして考えてよ。暇潰しにはなるでしょう」
澄ました顔を意識しながら、ひとまず話を進めてみる。
「そうねぇ、砂山の境界を語るよりは有意義かしら。ただ―――」
そこでメリーは少し怒ったような目で私を睨んだ。
「私は暇だからではなくて、あなたと話したくてここにいるのよ」
「っ・・・!」
何だその不意討ちは・・・っ!
赤面を隠したくて、咄嗟に俯いた。
メリーはたまに、こんな風に突然心に切り込んでくるから困る。ヒジョーに困る。メリーの一言であっさりと浮き足立ってしまう、自分にほとほと困り果てる。
・・・落ち着け。彼女に『その』気はない。これは単に、友人としての台詞なんだから。
「ふ、ふぅん。そりゃ悪かったわね。最近忙しそうだからちょっと皮肉っただけよ」
う。我ながらヒドイ言い訳。子どもの喧嘩じゃあるまいし。
紅茶をすする振りをしながらメリーの様子を伺うと、不審な者を見る目をしていた。そんな目でも『綺麗だな』とか思ってしまうあたり、私も相当どうかしていた。
「・・・ま、いいんだけどね。最近変に卑屈なんだもの、心配くらいするわよ」
友人として。と、メリーは自然な口調で付け足した。
「・・・友人として、ね」
「そうそう。あぁ友情と愛情の区別だったっけ?んー・・・」
目線を遠くに向けて、思案するような顔をする。
「そうね、例えば・・・役割の違いはどうかしら」
「友人と恋人の役割?」
「そう。どちらも自分を支えてくれる存在という点では同じ。支え方も関係性によって大小様々と考えれば同じといえるかもしれないわ」
「そうだね、どっちも心の栄養源みたいなものだし」
「ええ。だから、違うのは寄りかかり方だと思うの」
「うん?・・・友人には友人用の接し方、恋人には恋人用の接し方をするって話?恋人相手の方がより深く心をさらけ出せるとか」
私なりの解釈を説明する。もっともこういう場合、私がメリーの意図を的中できた例しがないんだけど。
案の定、メリーは首を横に振った。
「違うわ。恋人より友人にこそ深刻な悩みを相談したりするでしょう?私が言ってるのはウエイトの話」
「ウエイト?」
「恋人は1人きりで友人は複数いてもいい、という前提の話だけど。つまり、友人と聞いたら何人かの顔を想起するけど、恋人と聞けば1人の顔しか浮かばない。意識配分の違いよ」
ああ、それなら少しは理解できる。
ウエイトというより密度の問題だ。
自己の中で友人役と恋人役、それぞれに当てはまる人物が何人いるか。
意識する時間と意識する人数との比率。1人と多人数なら、当然1人の方をより重く想うことになる。
役割の違い。
「うーん、でもねぇ。前提を崩すようだけど、友達が1人とか、恋人が複数の場合もあるじゃない?」
「私としては二股を恋愛行為とは認めたくないけどね。・・・まぁ、それなら別の方向にシフトしましょう」
あっさりと持論を撤回する。私の「思考ゲーム」という言を汲んでくれたのか、思いつくまま勢いで発言しているらしい。
「じゃあ契約に至るか否か、はどう?」
「どうって言われてもねぇ」
「友達関係も恋人関係も突き詰めれば単なる口約束じゃない?戸籍や土地の権利みたいに紙面上の証拠はない」
「法的に拘束力がないのは確かね」
「だけど恋人関係は最終的に契約を結ぶこともある」
恋人同士の契約?法的な・・・あぁ。
「そうか、結婚ね」
「そ。同棲でもしてれば内縁関係が認められることもあるしね」
内縁関係。いわゆる事実婚。
「つまり、恋人関係は法的に保証されうるけど、友達関係はそうではないと?」
友達は永遠の口約束。それを寂しいと取るかロマンと取るかに人間性が現れそうだ。
・・・今の私は寂しい以上に恐怖を感じてしまうけど。
「桃園の誓いには憧れるけどね。あとは・・・直接的だけど性的に興奮するか、とかかしら。性別や年齢に関わらず生殖の手段が多様化してるから、セックスは恋人同士のスキンシップという意味合いが強くなったし」
「・・・」
私は紅茶を一気に呷った。
メリーはこの会話を単なる議論と捉えているからだろう、昆虫の交尾を語るように淡々としている。
が、こっちはメリーの口から刺激的なワードが飛び出す度に心臓が跳ね上がるのだ。
うう、アイスティーにしとくんだった。
「んーだけど恋人関係イコール肉体関係でもないわよねぇ。キスくらいなら友達とでもするでしょうし」
「す、するの!?」
「え?」
「だから!・・・その、友達と・・・キ、キス・・・」
少しだけ期待をこめて問う。
メリーの中で、友達とのキスはありなの?
「私?うーん・・・私自身は、ないかなあ」
「・・・ない、んだ」
「そうね。多分、キスできる友達は恋人として意識できる相手に限るんじゃないかしら。少なくともただの友達とそういうことしたいとは思わない」
「・・・・・・そっか」
そっか、としか言えない。
私は?・・・とは、聞けない。
恋人として意識できる相手なのか、どうか。
「そういう自分はどうなの?友達との過剰なスキンシップ。どちらかと言えば同性から好かれるタイプだと思うんだけど」
くすくす、と。悪戯っぽく笑って見せる。
あぁ、もう。
どうしてこいつは、こんなにも魅力的なんだろう。
暖かく光る髪は絹糸のように柔らかく滑らかで。
形良く整った顔は決して凡庸な美しさではなく深みがあって。
小柄な体もふくよかな胸も上品な出で立ちも。
何よりも、あのどこか目の前ではないところを見つめるような瞳―――。
ほんとに、あぁ、もう、だ。
心も体も人格も精神も、私はこんなにもマエリベリー・ハーンという女性に惹かれている・・・。
「あら、赤くなっちゃった。ふふ、可愛いとこあるじゃない」
「も、もう!変な冗談はやめてったら!」
「なら答えてよ。あなたは友達とキスするの?」
「っ・・・し、しない、わよ。私も、同じ。恋人になりたい相手じゃなきゃ、キスなんてしたくない」
声がかすれて消えてしまわないように、精一杯力を振り絞る。
想いを込めて、けれど決して悟られないように、言葉を紡ぐ。
「あらそうなの?・・・意外だわ、あなたってたまに・・・まぁ、いいわ」
メリーはカップに口をつけ、空だったことに気づいたのだろう、そのままテーブルに戻す。
その唇は紅茶のせいか、赤く濡れていた。
艶やかな唇。目が離せない。
吸い込まれるように私は身を乗り出して・・・・・・・・・・・・、

『それ』が、視界に入ってしまった。

「結構時間経ってたのねえ。ちょうどいいわ。仮定が自分に降りてきたところで。あなたの意見はどうなの?散々語らせておいて、考えなしではないのでしょう?」
「・・・考えって」
「自分で言い出したんじゃない。友達と恋人の区別」
「・・・私は・・・・・・考えてない」
ただ。
「ただ、聞きたかっただけ」
メリーの気持ちを知りたかっただけ。
あぁ、体に力が入らない。せっかくのメリーとの会話なのに。
「えー何よそれ。そもそも何を聞きたかったのかよくわからないけど」
聞きたかったこと。
聞きたかったことは1つだけ。
知りたかったことは1つだけ。
「最初に言った通りよ。友情と愛情の境界について」
どこに、境界があったのか。
私は、どうすればよかったのか。
つまり。
「どうして、あなたは―――」
メリーは―――、


私を・・・・・・選んでくれなかったのか。


「ごめんメリー!おまたせ!」
テラスに女が駆け込んできた。
息を切らせて、メリーにごめんと手を振りながら。
「あら、構わないわよ。蓮子の遅刻なんて毎度のことですし。私は私の友人と有意義な議論を交わしていたもの」
ねえ?と。
メリーが私に同意を求める。
私は小さくうなずいた。
「あぁそう。だったら出直すことにするわ。お友だちに悪いものね」
宇佐見蓮子は肩をすくめてそう言った。
「・・・いえ、大丈夫よ。私の方から誘ったんだし、お茶も飲み干してしまったしね」
いいの?
いいのよ。
本当に?
本当よ。
そんな会話をメリーと交わす。
メリーは謝罪を口にして、申し訳なさそうに席を立った。
だけど、メリーの中に嬉しさが生まれていることが、私にはわかってしまう。
恋人との遠出に浮き足立つ心が。
好きな人のことだもの、わからないはずがない。
「ほんと悪いわね。埋め合わせはさせてもらうから」
「気にしなくていいって。・・・ああ、それなら。宇佐美さんに質問していい?」
口に出してから、しまったと思った。
だけど、もう遅い。ずっと、胸の内で燻っていた疑問。聞きたかったこと。
言葉にしてしまったら、聞かずにはいられなかった。
「何の話か知らないけど、いいわよ。邪魔しちゃったお詫びに」
「・・・さっきの議題よ。友情と愛情の境界はどこにあるのか?」
「あ、そういう話なの?流石心理畑の学生さんね、メリーと気が合うわけだわ。私は抽象的なディスカッションは苦手なんだけど・・・ふむ」
少しだけ思案して、宇佐見蓮子は口を開く。
「行動、じゃないかな。好きだなって思ったら、それを示す行動に移せばいいのよ。想いは現実にしなくちゃ、どんな気持ちを抱えてたって違いなんて生まれないじゃない?」
境界は踏み越えてなんぼよ。
そう言って、彼女は笑った。
「・・・そう、ありがとう。引き留めてごめんなさい」
頭を下げる私に、宇佐見蓮子は快活な笑顔で手を振った。
「いいのよ。ほんとごめんね、さようなら」
「さようなら、また明日講義でね」
「ええ、さようなら・・・『マエリベリーさん』」


そして、二人は去っていった。
軽口を叩きあいながら、でも、とても幸せそうに。
そう見えるのは、敗者の僻みだろうか。
行動に移せなかった、精々彼女だけの特別な愛称を頭の中で真似るぐらいしかしなかった、情けない負け犬の。
「・・・あーあ」
私はテーブルに突っ伏した。空のティーカップがカチャンと音を立てる。
恋人の役割を望む相手は一人だけで、
結婚できるならこれ以上なく幸せで、
性的に興奮したことは数えきれない。
私の気持ちは明白だ。・・・それなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。
もし、私も告白していたら?
何度目か分からないifの妄想をする。
そうしたら、私たちの関係が逆転する可能性はあったのかしら。
・・・分からない。分かるはずもない。
分かることは、行動しなかったから、今があるということだけ。
首を横に曲げてみる。
二人の背中は混ざり合うようにどんどん小さくなっていく。
「境界はどこにあるのか見えやしないのに・・・どっちに立っているのかは、痛いぐらい目に焼きつくのね」
同性同士のカップルを、奇異の目で見る者はいない。
今の世界は、とても自由だ。
自由だから―――悩む。
言い訳もできず、悩むことしか許されない。

私はそっと目を閉じる。
暗闇にも境界は見つけられなかった。
初投稿です。
思いつくまま書いてみましたがモノを書くって楽しいもんですね。
いつか自分だけでなく他人を楽しませられるようになれればいいなぁ。
ここまで読んでいただけた方、本当にありがとうございました!

あ、見様によっては蓮子がやな奴っぽく映るかもしれませんが、
私の中で、蓮子はへたれんこであり、男前であり、そしてとっても優しい人だと思います。
syaguma
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コメント



0.560簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
『私』さんがメリーって呼称使ってるのは蓮子が使ってるのが広まってる感じですかね
2.90ojou削除
やられた(笑)
面白かったです。
恋愛って相手のあるものだから、ビビって行動しないでいるとどんどん置いていかれちゃうんですよね。漫画みたいに内心相手も自分を…………みたいなのはそうそう無いわけで。「彼女」が新しい恋を見つけられることを願ってます。
3.100名前が無い程度の能力削除
見えてしまった「それ」が何だったのかあれこれ想像を膨らませました。
ごくありふれた切ないワンシーンが綺麗に切り取られていたように思えます。
4.70絶望を司る程度の能力削除
最初蓮子かと思った……
7.70奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良く面白かったです
9.90非現実世界に棲む者削除
燻る恋心って結構しこりになるんですよね。夢中であればあるほど。
にしても一本取られたw
14.100名前が無い程度の能力削除
うぼぁー!初々しい蓮メリだと思っていたら、見事にやられてしまいました!
蓮子は嫌な奴には見えず、むしろこのくらいサバサバしていた方が彼女らしいと感じました