Coolier - 新生・東方創想話

正邪の後進

2014/03/20 19:15:13
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 "せーねぇちゃん"

 ある日出会った妖怪のことを、僕はそう呼んでいます。

 とってもとっても静かなお姉ちゃんです。







 梅の花が咲き始めたくらいの、まだ寒い日。
 いつものようにお仕事で町に向かっていると、僕はギョッとした。

 道端に、妖怪が突っ立っている。
 風変わりな服に、赤と白の筋が通った髪、そしてその頭には2本の小さな角。
 僕よりちょっと大きいくらいのお姉ちゃんだけど、間違いなく妖怪。

 ――目を合わせると大変!
 そう思って下を向きながら歩いていると、向かいの草陰に何か落ちているのが見えた。
 きれいな小槌。昔話で見た、打ち出の小槌みたいな。

 ――落し物? おねぇちゃんのかな……。
 チラッと、妖怪のほうを見る。
 困ったように目を瞑ったまま、ピクリとも動かず、置物みたいに突っ立っているだけ。目の前に落ちているのに、取れないのかな。妖怪のすることはよく分からない。
 なんだか素通りするのも悪い気がして。

「……はい」

 そう言って、小槌を拾って差し出した。
 しかし、どうしたことか。反応がない。

「……はいっ、落し物! おねぇちゃんのでしょ?」

 やっぱり、ピクリとも動かず、受け取ってくれない。
 ――手に握らせておけばいいかな。
 そう思って、小槌の柄をおねぇちゃんの手に触らせると。

 ビクッ――!

 びっくりした様子で手を引込められた。
 いきなり動くものだから、つられて僕もびっくり。
 ……なんだか受け取ってもらえないのも悔しいから、今度はおねぇちゃんの手を掴んで、ギュッと小槌を握らせた。

「はいっ! 渡したからね!」

 おねぇちゃんが小槌を握ったのを確認して、僕は小走りでその場を去った。

 ――なんて変な妖怪なんだろう。

 振り返ってみると、両手で小槌の感触を確かめているおねぇちゃん。
 やっぱり、その場から動かず、一言もしゃべらず、目を瞑ったまま。
 変な妖怪がいるものだ。







 その日の帰り道。

「まだいる……」

 行きがけと全く同じところにいる、妖怪のおねぇちゃん。渡した小槌を両手に抱えて座り込み、微動だにしない。
 この道は、町からずいぶん外れていて、僕以外には誰も通らない。一日中誰にもかまってもらえずああしていたのかと思うと、なんだかちょっと可哀想にも見えてきた。

「おねぇちゃん、大丈夫?」

 目の前で話しかけても無反応。頭を垂れて、目を開けることなく、弱弱しくへたれこんでいる。捨て猫みたいで、ちょっと面白い。

 ツンツン――。と手をつついてみる。

「わっ、危ない!」

 びっくりした様子で、持っていた小槌で僕の手を振り払ってきた。怒らせちゃったみたい。猫みたいだなんて思うから。
 でも、その振り払い方にも、なんだか力が入ってない。

 グゥゥゥ――。

 お腹の音。
 僕じゃないなら、このおねぇちゃんのだ。お腹が減ってるんだ。

「あ、ちょっと待ってて!」

 背負っていたカバンを下ろす。取り出したのは、町で買ったお饅頭。食べるかな。
 ……どうやって食べさせよう。

「ほら、いいにおいでしょ? 食べていいよ」

 お饅頭を、おねぇちゃんの鼻に近づける。ちょっと反応があった。匂いは分かるみたい。
 それを確認すると、おねぇちゃんの手をしっかり握って、お饅頭を持たせた。

 びっくりして固まってる、おねぇちゃん。
 僕も、根気よく眺めてみる。

 しばらくすると、おねぇちゃんがお饅頭をゆっくりと口に運んだ。

「あ、食べた! どう、おいしい?」

 捨て猫が餌を食べたみたいで、なんだか嬉しくなる。
 聞こえてないのかもしれないけど、尋ねてみる。

 笑顔……じゃない。

 どんどん表情が歪んでいく。
 お饅頭食べられなかった!?


 グスッ――。


 ……泣いてる。
 モグモグと口を動かしながら、閉じた目から涙を流している。泣くほどおいしかったんだ!

「わぁ! えらいえらい! お水もあるよ!」

 そういって、おねぇちゃんの頭をなでる。もう片方の手にお水も持たせる。
 残りのお饅頭も食べ終わるまで、おねぇちゃんの頭をずっとなで続けた。







 そんな日がしばらく続いた、ある日。

 雨が降った。

 おねぇちゃんのことが心配になった僕は、仕事を早めに切り上げて、いつもの場所に急いだ。
 やっぱり、ずぶ濡れで佇んでるおねぇちゃんがいた。

「風邪ひいちゃうよ、おねぇちゃん!」

 小さな傘だけど、急いで一緒に入ってあげる。
 雨粒が当たらなくなったことに気づいて、手をさまよわせるおねぇちゃん。その手が傘にぶつかって、そのまま下にたどっていき、僕の手に到達した。ふわっと嬉しそうな顔を浮かべるおねぇちゃん。

 最近は、僕のことを覚えてくれたみたいだった。
 お饅頭やおにぎりを差し入れて、頭をなでてあげる。食べ終わると、その手を取られて、おねぇちゃんの手に包み込まれる。僕のより少し大きなおねぇちゃんの手に包み込まれると、なんだかちょっと恥ずかしくなる。

 分かったこともあった。
 おねぇちゃんは、やっぱり目が見えない。耳が聞こえない。喋ることができない。
 いくら僕が耳元でしゃべりかけようと、大きな音を立てようと、全然気づかない。手をツンツンとつつかれて初めて、僕だと分かるみたいだった。

 おねぇちゃんを見る。
 冷たい雨を全身に受けて、髪も服もベッタリと張り付いている。足元は跳ね返りの泥で汚れていた。

「こっちに来て!」

 おねぇちゃんの手を引っ張る。
 急な力に驚いて、動こうとしないおねぇちゃん。

「ウチに来て! 大丈夫だから!」

 妖怪を家に入れるなんて、ちょっと怖いけど。
 おぼつかない足取りのおねぇちゃんの手を引っ張って、家に向かった。




 着いたところが僕の家だってことは、おねぇちゃんも分かったみたい。
 靴を脱がせて足を拭いて座らせると、僕はお風呂を焚き始めた。

 僕にはもう両親がいない。
 ちょっと訳あってこんな辺鄙なところに住んでたけど、数年前に死んでしまった。
 残された僕は一人でこの家に住み、町へ出稼ぎに行って生計を立てている。
 どうせ誰も来ない、誰にも見られない家だから、ちょっとぐらい妖怪がいてもたぶん大丈夫。誰にも文句は言われない。

 しばらくして、冷え切ったおねぇちゃんの手を取り、お風呂場へ連れて行く。

「おふろ! 入っていいよ!」

 聞こえない。
 手を取ってお湯につけてあげると、ようやくこれが、おねぇちゃんのために用意されたお風呂だと気付いてくれた。
 ……同時に、みるみる顔が赤くなっていく。すごく何かを言いたそうに、慌てて首を横に振った。

「入らないと風邪ひくよ! ぼ、僕だって恥ずかしいんだから!」

 もう一回おねぇちゃんの手を取って、パチャパチャとお湯を叩く。
 どうせおねぇちゃん一人じゃ入れないから、僕が手伝ってあげることになる。おねぇちゃんも恥ずかしいだろうけど、僕だっておねぇちゃんの裸を見るのはとっても恥ずかしい。

 すごく困った顔でしばらく俯いた後、観念したかのように、服に手をかけ始めた。
 今度は僕が慌てて、後ろを向いた。







 お風呂に入れて、お母さんの服を着せて、ご飯を食べさせて、おねぇちゃんの服を洗って。
 雨はまだまだやみそうにないから、今日はここで泊ってもらうことにした。

 おねぇちゃんは、隣に敷いた布団に座って、ボーっとしている。
 この家で誰かと一緒に寝るなんて、ずいぶん久しぶり。なんだか懐かしい気分になった。
 
「もう寝よう。明かり消すよ」

 おねぇちゃんを布団に寝かしつけて、明かりを消しに行くと。

 ゴソゴソ――。

 振り返ると、おねぇちゃんが慌てて手をさまよわせている。離れた僕を探していた。

「なぁに?」

 近寄って、手を握ってあげる。
 ホッとした顔を見せると、僕の手を広げて、人差し指を乗せた。

 そのまま、しばらくの時間が流れる。なんだか難しい顔をしているおねぇちゃん。
 ……何なんだろう。


 乗せた人差し指が、手のひらを走りはじめた。



 "あ り が と う"



 5文字。
 たったそんなことを、顔を真っ赤にしながら書いてくれた。
 なんだかそれが嬉しくて、恥ずかしくて、可笑しかった。

 お返しに、僕もおねぇちゃんの手を広げて、指を走らせる。

 "な ま え"

 そう書いて、続けて自分の名前を綴った。
 おねぇちゃんの口元が綻ぶ。あ、今初めて……



 "せ い じ ゃ"



 そう書いたおねぇちゃんが、にっと笑った。

正邪が後ろに進むって、どういうことでしょうね。
ゲスロリあまのじゃくをひっくりかえしたいです。
いろいろ設定は考えてますが、このお話は続けるかちょっと分かりません。
blendy
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コメント



0.360簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
何これ気になる。
素敵な正邪ちゃん。
3.70奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
4.80絶望を司る程度の能力削除
こんな正邪は嘘だぁ!!!!!!!!!
と思ってましたが、それをひっくり返しましたか。……ナイスです。みていて保護欲に動かされました。ついでになんか悶えました。
続編は……?
6.70名前が無い程度の能力削除
タイトルは聖者の行進が元でしょうね
好きでしたあのドラマ
7.80名前が無い程度の能力削除
いい…
8.80名前が無い程度の能力削除
あの饒舌な正邪が言葉を発しないあたりが、後進です。
11.100リペヤー削除
正邪のキャラ設定そのものをひっくり返すとはなんと斬新な。
続きを期待してます。
主人公の少年もたくましいですねw
13.90さとしお削除
心の中の悪いものがすっと消え去ったようなすがすがしい気分になりました
14.80名前が無い程度の能力削除
一体どういう事なのか、続きが気になる。
16.90名前が無い程度の能力削除
着眼点はおもしろいのだけど、正邪は風呂より前に「僕」の事をとうやって男だと分かったのでしょうか?