Coolier - 新生・東方創想話

サクサク☆クッキング

2014/03/17 00:28:04
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起きた。おはようございます。

時計は8時ちょっと過ぎ。
一人で使うにはちょっと大きい私のベッドは窓際に置いてあるから、そのくらいの時間になると直射日光が顔に当たって嫌でも起きれる仕組みになっているのだ。
しかも起きて羽毛布団を半分ペロっと剥がすと、晴れた日には陽が当たって寝具が干される仕組み。
何もしなくても自分の布団くらいは毎日干されるようになっているのだ。この窓とベッドの配置は効率的で気に入っている。

「にゃー」

枕元、というか顔の横に猫がいた。白黒まだらの猫。イケメンのアメリカンショートヘアー。
朝ごはんの催促だ。おはよ。お腹空いたよね。

「ちょっと待ってね」

手を伸ばして小さな頭をコショコショ撫でると、猫はとことこ近づいてきて私の額に小さな頭突きをかましてきた。

ゴッチン。

可愛い。

2〜3歳くらいの若く立派なアメリカンショートヘアー。その名もアメショーは本当に食いしん坊。でも本来の飼い主であるパチュリー様は朝弱いし、ある日フラっとこいつを持ってきてからというもの大してお世話なんてしないもんだから当然ご飯あげたりなんてのもしない。

「名前? …そうね。アメショーでいいんじゃないかしら。だってアメショーだし」

こんな感じで最初っから適当だった。
私がお料理中に屑肉をあげてからというもの完全に懐かれた。今や、私が夜独りの時は必ずベッドに入ってきて一緒に寝る。そして起きては朝食をねだってくる。

メイドの朝は早い。私達の事だ。
部屋のシャワーを浴びて制服に着替え、仕事に向かう。
私にあてがわれた部屋を一歩出たらもうそこは私の仕事場だ。紅魔館。私の、私達の世界。

まずはみんなの朝ごはんを作る事。それが一日の最初の仕事だ。


キッチンに入るまで、アメショーはずっとついて来て足元をチョロチョロしてた。
蹴っちゃう事もたまにある。危ない。

1度に数百人分くらいの食事を作れる規模のレンガ作りの大きなキッチンでは、早起きしたメイド達が既にバタバタと朝の準備を始めていた。
私を見て各々声をかけてくる。

「おはようございまーす」
「ざいまーす!」
「あ!メイド長きた!やっべえ!」

つまみ食いしてる者もいる。

「おはよう。今朝は何だっけ」
「洋食でーす」


キッチンの隅に置いてあるアメショー専用の餌カゴ(といってもただの四角いアルミの空き缶)の中から真っ黒な塊をいくつか、皿に乗せて床に置く。
テコテコと猫が皿に向かい、フガフガ言いながら中のお肉を食べ始めた。

「あー、アメショーだ!かわいいねぇ!」

1人のメイドがパタパタと近寄って来てしゃがみ込み、食事中のアメショーの背中を愛おしそうに撫でる。
若いメイドだ。よく動く細い首筋や腰周りと対照的に、その他の部分は健康的に肉が付いてきている。

「…貴方も可愛くなってきたわね」
「えー!なーに言ってるんですかメイド長w」

アメショーは紅魔館で働くメイド達に大人気だ。
白黒まだらの元気な毛玉は、頭から背中まで撫でくり回すメイドの手に尻尾を絡みつかせながら、盛られた赤い肉片をガツガツと食べ、満足するとどこかに出かけてしまった。


紅魔館の勤務開始は9時半から。
その時間になると、他のメイド達も全員ドヤドヤと集まってきた。



今朝の献立。

お嬢様達用は。
冷たい野菜のスープ。
紅いポタージュスープ。
紅茶。


我々用。
サラダ、ベーコンのスープ、ジャガバター、ゆで卵、パンをいくつか。
紅茶。


朝は軽いものが中心となる。

全員で1日の業務予定の確認等を行う簡単なミーティングを行った後、最初の仕事である朝食作りが始まった。

「A班はサラダとジャガバターお願いできるかしら?B班は卵とスープね。C班は配膳の準備。D班は悪いけど洗い物ね。みんな怪我しないように気をつけなさい」
「はーい」
「はーい!」
「イエスマーム」
「りょーかいでーす」

思いおもいの返事を返し、メイド達はそれぞれの持ち場に散って行った。
今日使う野菜は、人参、トマト、きゅうり、パプリカ、セロリ、玉ねぎ。

A班の皆にはそれらをそれぞれ食べやすい適当な大きさに切ってもらう。
私はそれらの野菜をいくつか使ってお嬢様の野菜スープを作るのだ。

巨大な臼が水場の脇に設置されている。人の胴体くらいもある大きなもので、特性だ。
あれを使って食材をすり潰す。

この大きな臼はほとんど毎食使用する。
お嬢様用のレシピは全て食材を細かく擦り潰す必要がある。


メイド達が切っていく野菜のうち、人参、トマト、パプリカ、セロリ、玉ねぎをいくつか水と一緒に臼に放り込むと、大きな石の隙間から綺麗な赤い野菜のスープが溢れ出し、据えられた小さな鍋に注ぎ込んだ。
鍋を取ってオリーブオイルと白ワイン少々とコンソメ塩コショウを加え、カマドの火口に置いて少し火にかける。
グツグツ沸騰してくると、キッチン中に野菜の豊かな匂いが漂い始めた。
赤いスープを1すくいボールに取って、お水で冷やしたらお嬢様達専用の冷たい野菜のスープの出来上がり。お皿に注いで中心にパセリを散らせば、ほら、彩りも良くて美味しそう。
鍋の残りはポタージュに使う。



お嬢様と妹様は、そもそも基本的に固形物を消化できない。
私は、吸血鬼という種族には胃がほとんど無いのだと思う。開いて見た事がないから本当のところはわからないけど。
たくさん食べられないし。食べるというか飲むんだけど。たくさん飲めないし。

飲み過ぎたりするとたまに吐く。
自分ではコントロールできないみたいで、お嬢様は嘔吐の度に服を汚してしまうのだ。
そして凄く申し訳なさそうな顔をしてこっちを見てくる。
その表情がたまらなく可愛いのだ。それはもう。

「咲夜さん、またニヤニヤしてますよー」
「あー鼻血w」
「ほんとだーきもーいww」
「何だとこのやろう」
「きゃー!」

ついつい興奮してしまった。
失礼なメイドを折檻しつつ反省する。
私は鼻の粘膜が弱いのか、はたまた血圧が上がりやすいのか、過度に興奮するとたまに鼻から血が出る。


私達の食事は、お嬢様のお料理の食材と基本的には同じだ。というより、数で言うと圧倒的に我々の方が多いので、お嬢様用の献立は我々の料理を工夫してスープ状にしたものとなる、と言った方が正しい。
私達メイドなどの職員と、地下にいる人間達やゴブリン達の食事の準備。
この量が尋常ではなく多いのだ。全部で300食以上になろうか。
大量のジャガイモを複数の大きな蒸し器で熱して皿に取り、バターを乗せていく。
その他の野菜は食べやすい大きさに切り、お酢とオリーブオイルと塩コショウを混ぜたドレッシングをかけてサラダの出来上がり。
簡単。
簡単な事は、教育の乏しいメイドにだってできるのだ。


お嬢様の変わった体質は、お嬢様の父君である御館様の代から現れたという。
御館様。
私は直接お会いした事はない。
ただ、直接お仕えしていた美鈴からは話を聞いている。
お嬢様よりずっと酷い体質だったそうだ。
御館様は充分成長してからも、食物は完全な液状でないと身体が受け付けなかったらしい。
また、日光に当たるとすぐに火傷する程、肌が弱かった。
そして、なぜか極端に水を怖がった。

紅魔館はもともと、外の世界にあり、人の中で暮らしていた。
お嬢様の御家族は、見た目は普通の人間なのだ。普通、ではない。肌が白くて細いため、病的に美しかった。
人の中で産まれ、人として育った。
しかし、人と同じ様には生きられなかったのだ。

この体質は慢性的にタンパク質が不足しがちだ。
タンパク質は動物にとって、最も重要な栄養素のうちの一つ。
御館様はすりつぶした豆くらいでしかタンパク質を摂れなかった。
肉はなかなかスープにならないのだ。
その身体に筋肉はほとんど無かった。
また、鉄分その他の栄養素の不足から、小さい頃から様々な病気にかかったと聞く。
水分も不足する。色かトロミが付いていれば安心するのだが、透明でサラサラとした水は怖くて近くに置けないのだ。慢性的な水分不足のため、身体はカラカラに乾いていた。
運動などできたはずは無い。
御館様は、屋敷の中で1人、外をじっと見つめ続ける青春時代を過ごした。
それはあまり明るい人生だったとは言い難かっただろうと思う。




妖精メイドに茹でたジャガイモを少し臼で砕いてもらう。お嬢様用のポタージュスープにするためだ。

「よーいしょ!」

可愛い掛け声と共に石の擦り合わさる大きな音がして、ジャガイモがペーストに変わっていく。
設置された鍋に投下される潰れた芋を見て、メイドが何か素敵な事を思いついたかの様に目を輝かせた。

「今のここからジャガイモがプリプリッて出てくるの、どう見てもうん」
瀟洒に殴る。
景気良く吹っ飛んだ。
頭から食器棚へ一直線に突入し、大量の破片をばら撒いて動かなくなった妖精メイドを尻目に、私はジャガイモと赤い野菜スープの残りを混ぜ合わせて火にかける。
赤いポテトのポタージュスープだ。

「い、いたいですよ〜」
「わ、もう復活してきた」

すぐ隣にさっきの妖精がフラフラしながら現れた。
妖精はタフだ。これだけは人間はかなわない。
目を『><』みたいな形にしたその妖精はフラフラと自分の持ち場へ向かって行った。

ポタージュスープが沸騰してきたので、火から下ろす。

脳は糖分を必要とする。
糖分は、基本的には炭水化物から摂取するものだ。
お嬢様は固形物がそんなに食べられないから、炭水化物もスープ状にしなければならない。
炭水化物は、主に米、麦、トウモロコシ、ジャガイモ、等に多く含まれる。
これらをスープ状にしたものが、お嬢様の主食になる。
主にお粥、オートミール、ポタージュなどがそれだ。
今日はポテトのポタージュスープになります。



どういうタイミングかは分からない。だけどある時、御館様は血の味を知った。
血液は栄養が豊富だ。なにしろ、胃で消化して腸で吸収した栄養は血液に乗って全身を流れるのだ。人が摂取した栄養素が全て入っていると言っても過言ではない。
慢性的に栄養不足だった身体には、さぞかし美味しく感じた事に違いない。
御館様は人の血の味に夢中になった。
血を飲み、飲み続け、栄養が満ちると、貧弱だった身体は本来あるべき頑強さを取り戻していた。
欠点だらけの体質と引き替えだったのか、その身体は実は強大な力が宿っていた。
細い筋肉は鋼鉄の様に堅くなり、その精神力は物理的に影響が出るまでに至っていた。

それからだ。吸血鬼というものが誕生したのは。




紅魔館の職員と地下の囚人達用の食事を作る。
囚人の食事も我々の食事も同じものだ。別々のものを作る余裕はない。

水を張った大鍋に大量の卵を放り込み、かまどの火にかける。
沸騰してしばらくしたら鍋を火から下ろし、ザルで卵を取り出して水に晒して冷やす。

「あっち!」

ドジな子が鍋のお湯を流す際に自分の指を茹でた。

「ちょっと大丈夫?気をつけなさいよ?」
「ふぁーい…」

涙目になったロリメイドの指を卵と一緒に水で冷やす。
卵は栄養が豊富である。なにしろ鶏が1羽、これから作られるのだ。
これを食べていれば人間はだいたい生きていけるんじゃないかと思っている。
お嬢様は、固形のゆで卵は食べられないけど。



吸血鬼の体質は遺伝した。
ただし、お嬢様達は御館様よりも若干ましだと聞く。
それでもまだ日光に当たるとすぐ火傷するし、ちゃんとした固形物は食べられないし、お水もやっぱり怖いみたいだけど。
でも食べ物は完全な液体じゃなくても、お粥とかなら余裕だし、スイーツもムースとかなら何とか食べられる。
お嬢様は不都合の多い己の運命を克服しようと努力されいて、最近はトロトロツブツブした食材を食べる事に挑戦している。

こないだ試しに挽き割りの納豆を与えてみたら、頑張って食べていた。
顔をベタベタにしながら真剣に納豆をその小さなお口に運ぶ姿は、それはそれは可愛らしいものだった。
思い出すだけで笑みがこみ上げてくる。


周りのメイド達がちょっと引いた。


配膳班が手際良く大量のトレイに、ゆで卵、サラダ、ジャガバター、スープ、パンのそれぞれの皿を載せていく。
綺麗に盛り付けられた朝食は、配膳用のワゴンに次々と乗せられていき、運ばれるのを待つ。
全ての準備が整うと、キッチンの奥にある搬入用の大きなエレベーターに入るだけのワゴンとメイド達を乗せて、地下に向かった。
私は血液を回収する小鍋を忘れずに持っていかねばならない。





エレベーターの扉が開くと、巨大な地下施設が広がっていた。
石とレンガで作られた重苦しい空間は、地上部分より遥かに大きい。
中には大小の部屋がずらりと並んでおり、人が入っているものも多かった。

ここはかつて御館様の食材となる者達を閉じ込めていた場所である。
現在は、幻想郷中の囚人達がここに収容されていた。

「ご飯ですよー!」

皆で通路をガラガラカツカツ進みながら声をかけると、施設の奥からワラワラと牢番のゴブリン達が集まってきた。
幸い、ゴブリン達にもうちの食事は好評だ。

メイド達はエレベーターを何度か使い、朝食を満載した大量のワゴンを牢番のゴブリン達に引き渡す。

「こっちが地下のご主人様達のものでーす。こっち側はゴブリンさん達のね」

メイド達には地下の囚人達を「地下のご主人様」と呼ばせ、しっかりと仕える様に教育している。
囚人などという概念は彼女達には無い。

メイド達の朝の仕事はひと段落ついた。次の業務まで少し休憩時間があるから、食堂でご飯にするのだ。
私は彼女達に声をかけた。

「さて。お疲れ様。先に食事にしてて良いわよ」
「お疲れ様ですー」
「お先にいただきまーす」
「やー終わったねえ」
「お腹空いた〜!」

メイド達はドヤドヤともどって行った。これから残りのワゴンを食堂に運び、他の職員と共に食事にするのだろう。
私には、まだここでの仕事が残っている。
お嬢様達の食材を持ち帰らないといけない。


囚人達は、お嬢様の飲む血液を生み出す大切な財産だった。
勝手に逃げる事は叶わない。
そもそもこの紅魔館は、もともと御館様の食材を効率良く保管するために作られていたのだ。
その構造はお嬢様の代になり、様々な魔術的な要素を加え、より完璧なものになっていった。
巨大な地下収容施設。その上に位置するトラップだらけの魔道図書館。空間を歪め増築した不自然な屋敷の内部。周囲に目を光らせている警備隊達。
よく勘違いされがちだが、美鈴を代表とする紅魔館警備隊は別に侵入者撃退のためにあるのではない。中に収容されている人間達を監視し、逃がさないために存在している。
紅魔館の全てが人間の監禁を目的にして作られているのであった。



ある日、三面鏡の隙間から突如出現した八雲紫がお嬢様と取引を行い、紅魔館は犯罪者の収容施設となるべく紅魔館に移転してきた。
契約により、収容されている人間は、その期間紅魔館の財産となる。

「人間を有限、無限問わずに預かって下さればよろしいですわ」

現れた妖怪は駆けつけた警備の者達を一瞬で全員液状にした。固体と液体の境界を操ったのだと言う。
屈強な警備兵達の身体が突如形をくずし、なすすべなく頭の上からとろけて落ちた。顔が、溶けていく顔が目に焼きつく。
肉色や服の色、骨の白など、多様な色彩がまだらになった液体は床でウゾウゾと蠢いていてたが、 しばらくすると全員が溶け合ってしまっていた。
固体に戻したらどうなるんだろうと少し興味が湧いた。

「人間を?そんな美味い話があるか。どんな人間だ」

調理上最も難しい肉の液状化。不可能と言っても良い。
お嬢様の理想の食べ物だ。
痛烈な皮肉。しかも複雑な意味を持つ。

「主に犯罪者、囚人達です。私からもたまに預けさせてもらいますが」

お嬢様は私をかばうようにして、得体の知れない妖怪を睨みつける。

「条件はそれだけなのか。人間がどうなろうと構わないんだな?」
「あとは如何様にでもなさって頂いて結構です」
「…うちでもルールを作らせてもらう。厄介者達を預かるのであれば規律が必要だ。当然罰則も」
「貴方の敷地に入った時点で、人間を貴方の所有物とします。その期間は何をしても構いません。
貴方達は、人間を無駄に食い潰したりはしませんものね。これ以上無い適役ですわ」



幻想郷の囚人は、犯した罪の重さによって刑期が決まる。
裁判が人里で行われ刑の期間が定められた後、紅魔館に囚人が送られてくる。
罪人は、しばらく労働と献血の期間を檻の中で過ごした後に釈放される。まれに一生出れない期間を指定されていたりする者もいるが。

だが、ここに収容されている間は皆幸せだと思う。
仕事もあり、食事にありつけ、健康的な生活を行い、自由恋愛の末に伴侶と子供を設ける事ができるようにしているのだから。


囚人達は、ここではとても丁寧に管理されている。
人間は赤い乳を出す牛の様なものだ。彼らがいないと、お嬢様達が飢える。だから大切に扱われるのだ。

しかしこの状況、幻想郷から囚人の配給が滞ると簡単に破綻する。
それが意図的なものであれ偶発的なものであれ、我々にとっては致命的になる。
紅魔館は幻想郷の仕組みとは別に、秘密裏に食料を確保する方法を確立しなければならなかった。

簡単な話だった。たまに来る女の囚人で刑期が1年以上の者を、単独室でも共同室でも構わないから男の部屋に収容し、同じ様な仕事を与えておく。
うまくすると、1年後くらいに部屋の人間が1人増えているのだ。
男女同室にするのはあくまで自由恋愛を促進するためだ。
勘違いした馬鹿が女を傷つけたりなどしたらすぐに「違反者」として処分される。
産まれた子供は半年くらいで離乳食を食べられるまでに成長するから、それからは紅魔館が引き取って育てていく。

女は今度はまた別の男の部屋に収容する。こうすることで、女1人を預かるごとに約1年に1人づつ、紅魔館財産の人間が増えていく。
紅魔館で産まれた人間は、男は美鈴の管理する農園で、女はメイドとして館で働く事になる。
今働いているうちのメイドの十数人は、妖精ではない。
人間である。
メイドの身体つきが良くなってくると、別の血を迎えるためこの地下牢で囚人の奉仕をすることになる。後はその繰り返しだ。

アメショーが好きなあのメイドは、そろそろ適齢期かもしれないな、と思った。




献血役の囚人は、通常はローテーションで決められている。
1日に摂取できる血液の量は1人あたり大体ジョッキ1杯。この1杯をお嬢様と妹様が毎食分け合って消費している。
だから1日3人は血を抜かれるという計算だ。1度血を取ったら何日かおかないと体調を崩したりする事もあるから、連続して献血させてはならない。
体調が悪化して死なれるともったいない。囚人達はなるべく健康な状態で保管されている事が望ましいのだ。



ただ、ここ最近はそれとは少し異なる、特別な方法で血液を入手していた。

ちょっと前に「違反者」が出たのだ。


彼らの健康と刑期後の解放は約束されているが、紅魔館で誰かを傷つける等して扱いが難しいと判断されると、違反者とされ処理される。
誰であれ紅魔館の大事な財産を傷つける者は、迅速に処理される。


私は、漏れ聞こえてくる囚人達の多種多様な声を聞き流しながら、灯りはあれど仄暗い通路を進み、施設の奥の倉庫に到着した。

ガランとしたその部屋から、金属製のベッドを通路に引っ張り出して、ガラガラと通路を進む。

ベッドには大きな黒い塊が乗っていた。
通る先々で小窓越しに囚人達の視線が集中し、ざわめきが大きくなる。
黒い物体に訝しんでいるのだろう。人間の形をしている。

適当な箇所にてベッドを止める。
周囲に囚人達の入った部屋がたくさんある箇所の、通路の真ん中だ。

そして声を張り上げる。

「これより違反者の処刑を行う。だれもこの儀式を穢すことは許さない。儀式の間は口を開いてはならない!違えた者は違反者とみなす!」

私の声は暗い通路に響きわたり、水が引くように囚人達のざわめきが消え去った。

緊張と静寂が地下を包み込んだ事に満足して、宣言する。

「黙祷!」

能力を解除する。
ベッドの上の黒い物体は段々と色を表し、見えてきたのは大口を開いて目を血走らせる、必死な形相の男の姿だった。
全裸である。
両手両足が金属の枷でベッドに固定された状態で、なお身をよじってもがく不自然な体勢のまま、凍りついたようにピクリとも動かない。


そして、赤い。
赤いのも無理はない。腹が、腹筋があるべき部分にぽっかり穴が空いており、中にはいくつか内臓のかけらが見えていた。
腹の中身はほとんどが無くなっていた。

からっぽの真っ赤な腹の奥にうっすらと背骨の白い筋が見える。

「…ぉぉぁぁああアアアッ!」

突然男が動き始めた。
ガクガクガクと身を震わせ、それに合わせて金属の枷がけたたましい音を奏でる。

男の息が切れたところで、その脂汗にまみれた顔を覗き込んだ。
目が合う。

「おはよう」

男が再び絶叫した。

その視線。
苦痛と恐怖に歪んだ視線をしっかりと捕らえたまま、私は男の放つ叫びの衝撃とも言うべき振動を全身で受けとめた。

その響きは私の身体を突き抜けて、胸をいっぱいに満たし、下半身の奥を痺れさせる。

情動に小さく火が灯るのを感じた。

「今日はどこだっけ」

大きく空いた腹に手とナイフを突っ込んで、中を覗きこむ。
下腹部のあたりにまだ赤く脈打つ肉が残っているのを見つけた。

男が細かく身を震わせながら激しく喘ぎ、血混じりの唾を飛ばす。

「この膜から上の方だと死んじゃうからねあなた。今日は膀胱かな」

男の身体は文字通りほじくられていた。
横隔膜から下をきれいに開いて、内蔵を一部ずつ摘出している。
主要な器官はもうほとんど残っていないため、今日は骨盤の中身を回収することにした。私なら子宮が入っている位置だ。

開けた腹の中に小鍋を突っ込んで、温かくて触り心地の良い膀胱やその周辺の筋肉等を部位ごとに引っ張ってナイフで切断し、溢れる血液と共に鍋の中に落として行く。

男は全身を震わせ、目を見開き、声にならない声で叫び続けた。
その度に私の背骨にゾクゾクと興奮の波が走る。

断続的に続く叫びは地下中に響き渡り、各々の部屋の中で黙して控える囚人達の耳の中で暴れまわった。


鍋にお肉と血液が溜まったので、腹から抜き出す。
思ったよりもたくさん取れた。豊作だ。
収穫に満足した私は、ちょっとした悪戯心から、腹に手を入れナイフで剥き出しの腰骨をカリカリと抉り取り、男の表情を楽しんだ。
神経を直になぞるナイフの刺激に、喉を仰け反らせながら叫び悶える男の姿が情動をあおる。

「ここがいいの? ここ?」

カリカリ。悲鳴。震える。

楽しいが、だんだん声に張りが無くなってきたようだ。
あまり無駄に長く動かしていると死んでしまう。

「今日はこれまで。また明日ね」

血と肉の満ちた小鍋を抱えてベッドから離れ、男の身体の時間を止める。

「アアアッアあぁぁ…ぁぁ…ぉぉ…ぉ… ぉ」

男の身体はだんだん色を失って、また真っ黒になっていった。
よじれた身体がピクリとも動かなくなる。

「 ぅ… 」

なぜかはわからないけど、時間を止めた物は真っ黒になる。
パチュリー様は「時間を止めることで光の粒子も止まるのかしら。その境界は…なんたらかんたら」とか言ってたけど、私にはよく分からなかった。
金切り声と金属音で騒々しかった地下が、嘘だったかのように再び静寂をとりもどす。

…コホ、と、どこかで誰かが控えめに咳をした音が聞こえた。

ふー。
満足した。心なしか少しお肌がツヤツヤしたように感じる。

さて。
私は背筋をただし、暗い通路の奥に向け、施設中に聞こえる様に言い放つ。


「黙祷やめ」


地下にサワサワとざわめきが戻ってきた。
今回の違反者のおかげで、囚人達はより模範的になる。
血も蓄えられる。私は楽しい。いいことづくめだ。今回の違反者も、なるべく長生きして欲しい。
私はゴブリン達にベッドを片付けて血痕を掃除するように頼み、その場を後にした。

内臓はもうほとんど無くなってしまったから、明日は足でも取ってみるか。

内臓は簡単に取れるけど、足とかは骨を切断しなければならないため、結構重労働なのだ。
ノミとハンマーが必要だな。ゴブリンにも手伝ってもらおう。
きっといい声で泣くに違いない。ベーコンも楽しみだ。




私はここでしか生きていけないな、といつも思う。
私は人を殺さずにはいられない。
いや殺す事が目的ではない。
人の必死な声を、主張を、聞きたくて聞きたくて仕方がないのだ。

満足する程の声を出させると結果的に人が死ぬだけであって、本当は長生きしてもらいたいのだ。

人の叫びは私の魂を貫き、その生を強烈に私に訴えかけてくる。
もっと生きていきたい、もっと生きたいという強烈な主張。
そんなに良いものなのか、生きるというのは。そうか、そうなのか。もっと聞かせて、もっと、もっと。

ロンドンの夜の街に産み落とされ、小さい頃夜な夜な聞いた子守唄によく似ている。それは母の叫び声だった。

小さい時は貧しく惨めで、母からは日常的に辛くあたられ、話し合える知人もおらず、環境を恨み、親を恨んだ。
成長すると結局自分も母と同じ仕事をするしかなく、自分を恨んだ。
男達は恐かった。
自分も含めた売春婦全てへの憎しみはつのり、最初に女を殺した時、女が切られながら絶叫したその声を聞き、その眼差しに撃たれ、私は人生ではじめて達した。

絶叫は私に生きる事の意味を教えてくれた。

その叫びに、その目にやみつきになり、それからしばらくは相手を探して回っていた。
人生が初めて楽しいと思えた時だった。
私としては、無限に人が暮らしている大きな街の片隅の暗闇で、名もない女のたかが数人がいなくなると言う事に、大して重大性を感じていなかった。
しかし、程なくなんだか大事になってきてしまって、しばらく私の遊びは自重せざるを得なくなってしまった。
私の犯行はジャックという男のせいにされた。日本語では「太郎」みたいなものだ。ジャックって誰だ。
誰だかわからないからジャックなのだという。
これがやたら有名になってしまったのだ。

一応、それなりの隠蔽をしようとはしていた。
せっかく楽しい遊びを覚えたのに、辞めさせられる訳にはいかない。
犯行に当たっては時間を止めたりもしていて、誰にもバレるわけが無いはずだった。

それなのに、私の周りに怪しい男がうろつき始めた。

長身で、ステッキを持ち、目付きが鋭い、ワシの様な鼻を持った見なりの良い男だった。

警察ではない様だった。では何なのか。なぜ私の周りで見かけるようになったのか。
訳が分からない恐ろしさがあった。

私は怖くなり、街を抜け出した。その頃にはいつのまにか母親も死んでいた。もしかしたら殺していたのかもしれない。よく覚えていない。

幸いにして、私が追われる事はなかった。


お嬢様に会ってからも、このエピソードから面白半分でジャックと呼ばれ続けていたのだが、八雲紫の導きで地球の反対側にある幻想郷に来るにあたって、お嬢様から現地に相応しい名前を付けてもらった。
十六夜咲夜。私の名前を。

「夜な夜な人を切り裂いてまわるお前には相応しい名前だろう」
「お恥ずかしいですわ」
「…恥ずかしい?」

地下に監禁されていた食材との毎晩の私の情事がお嬢様に筒抜けだという事を私は恥じらったのだが、お嬢様はよく分からないという顔をした。
その日から、私は十六夜咲夜と名乗る事になった。



メイド達はみんな食堂に行ってしまった。
誰もいないキッチンで、程よく冷えた赤いジャガイモのスープに鍋の中の血液を適量加え混ぜ合わせる。
芳醇な良い香りが立ち上る。
スープ皿に品良くよそい、真ん中に生クリームで小さな白い四つ葉のクローバーを描く。
これにて紅いポタージュスープの出来上がり。
血液も入っており、栄養もバッチリだ。


血の溜まった小鍋から、真っ赤なお肉を取り出してアメショーの餌カゴに放り込んで、痛まないよう時間を止める。
まだ鍋の中に残っている血液は時間を止め、キッチンの隅に置いておいた。


お皿を豪奢な食台に乗せ、お盆を被せて準備万端。
これまた時間を止めて鮮度を保つ。
朝食はお嬢様のお部屋にお運びする事になっている。

何とかの一つ覚えというなかれ。逆の事もできるのだ。
時間を早回しすることで、ワインとかの口当たりを変えたりもできる。
以前、人間を早回しすることで赤ん坊から急速に繁殖可能な年齢にならないかと思って1度やってみたが、急速に赤ん坊のミイラが出来てしまって反省した。そりゃそうだ。栄養がないと人は育たないよね。
栄養。そうだ私もお腹がすいてきた。
私もご飯を頂こう。
食堂に向かった。



陽も高くなろうという頃、お部屋の扉を開けるとお嬢様がベッドの上で身を起こし、何やらむにゃむにゃ言っていたところだった。
かわいい(確信)
口に出さずにそう叫んでから、私は何食わぬ顔をして、朝食の乗ったワゴンを瀟洒にお嬢様のベッドの脇に持って行く。

「…おはよう」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「うん…」
「それは良いことでございました。今日もいい天気ですよ」
「んー。。」

ゴシゴシ。目をこする。

「あ、お着替えなさいますか?」
「うん…」
「本日のお召し物はこちらになります。ささ、両手を上げて下さい」
「自分でできるからいい」
「…」

ガビーンとショックを受ける。
しかし、いつまでたっても着替えるそぶりをみせず、顔をむにゃむにゃこすっていたので、辛抱堪らなくなりお嬢様の寝間着を剥ぎ取る作業にかかった。

「ひゃあ!」
「陽がくれてしまいますよお嬢様。早く目を覚まして下さい」
「くすぐったいよ咲夜、あはは、やめて」

プニプニのお肌から溢れるバラのような香りの甘い体臭に脳が痺れる。

「なんだ咲夜、そんな甘えてきて。昨日かまってやらなかったのが寂しかったのか?」

お嬢様の細い腰に絡みつきながら、上目遣いで瀟洒に甘えてみた。

「ええ。昨夜、咲夜は寂しくて死んでしまいそうでしたのん」



「…可愛くないぞ」

「…」

「…あ、今気づいたんだが、昨夜と咲夜でシャレのつもりなのか?」

「…」

「咲夜のその壊滅的なギャグセンスは、何というか逆に感動さえ覚えるレベル」

「…まあお嬢様、そんなに激しく笑わなくてもよろしいですわ」

「笑ってないよ?とうとう頭がおかしくなったのか?」

「いいえ、笑いますわ。お嬢様。そのあと鳴き声を上げますわ」

「…見えたぞ。よせ」

「……こしょこしょこしょ!!」
「あは、あはは、あはははは!これ!咲夜!あはは!」
「運命を操る能力ぅー!」
「あははは!!お前がやってるだけじゃん!!そーゆーのじゃねーからこれ!!あははははは!!!」

お嬢様をひん剥いて、ついでに自分も一肌脱いで、なんか色々とやってから、お昼過ぎ位にお嬢様は御飯を食べてくれた。
美味しかったと言ってくれた。
東方SS2作目です。
咲夜さんは切り裂きジャックの正体だと言うことを、もっと何かこう表現したかった。
楽しかったです。
しっかしなぜか長くなったなー。大して面白くもないものを。分ければよかったか。反省。
キリイとプセル
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コメント



0.520簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
相変わらず独特な世界観と設定ですが面白かったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね、この感じ
3.90名前が無い程度の能削除
ほのぼのお約束日常シーンの中に、日常の一部として人体解体ショーを混ぜることで生まれる強烈なギャップ。咲夜さんの調子がメイドと戯れている時と変わらないのが恐ろしいです。
5.70絶望を司る程度の能力削除
どこか歪んでる紅魔館ですね。
8.80名前が無い程度の能力削除
かわいい(確信)で草
それまで迫真のグロ描写でガクガクしてたので衝撃が大きすぎんよ~
9.90名前が無い程度の能力削除
この世界観、好きです
咲夜さんがいい味出してる
11.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんの歪さと、本当は怖い紅魔館。
とても面白かったです。
13.90桜田ぴよこ削除
ほのぼのやってる中にえろいとことグロいとこちゃんと見えるのがいいとおもいました粉蜜柑。
箱庭世界に生きる時点で人間も妖怪もどちらも相互依存に飼われてるようなもんですけど、とりあえず紅魔館の涙ぐましい努力は稼ぐだけ支給の減る生活保護みたいなもんで、しっかり紫に人間の頭数帳簿控えられててもしものことがあった際の緊急備蓄人体はそのぶん配給減らされたりしそう。
各大妖怪勢力に対する大事な手綱として人間の配給はよく挙げられますけど、綱渡りでよく破綻しないなっていつも思いますね。
それにしても、本当に夢の様な刑務所。模範囚にならざるを得ない(逸脱すれば死ぬ)から他の囚人に迷惑かけられて揉めることはほぼ無いし、健康管理もされてるから最低限運動だの仕事だのも出来る、娯楽は他の囚人と交流することくらいだろうけど連帯感結束感はどうしても強まるだろうから余程コミュ障でもなければよくて、頑張って自力で女囚人口説けば嫁さんもできるしさらにあわよくば初潮迎えて間もないような年頃の洗脳教育された紅魔産メイドからご奉仕も受けられるとあっちゃあ、外部に知られたらわざと収監されにくる奴も居そうなもんです。
産めよ、増えよ、地に満ちよ。近親姦くらいは避けてるのかな?
16.90名前が無い程度の能力削除
グッドな咲夜さんですね!