久々に友人と会ったら、人語を喋らなくなってたでござるの巻。
「いやおま……、お前。なんだそれ」
「みょん?」
先述のふざけた喋り方をしながらも、この子、表情は一切変わらない。ちょ、おま。
シュールな笑いの極致に至った存在を間近で眺めながら、しかし私の顔には笑いの感情がひとかけらも浮かんではいない。引き攣った顔が笑いみたいに見えたかもしれんけど。
「待て、落ち着こう。クールになれ、KOOLになるんだ霧雨魔理沙」
そう、私は霧雨魔理沙。
ならあいつは誰だ? 魂魄妖夢だ。
あいつはどんな奴だ? 生真面目が服を着た様な奴だ。
じゃあなんで、あいつはあんな、形容しがたき話し方をするようになったんだ?
――全くわからんッ!
全然クールになってねーじゃん。駄目じゃん。もーだめだ。諦めよう。
そんな弱気な考えが頭に浮かぶが、なんとか打消し、私は目の前のボケ生真面目に問いかけた。
「妖夢」
「みょん」
「その喋り方はなんなんだ?」
「みょみょん、みょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょ、みょみょみょみょみょみょみょん。みょみょっみょみょみょ?」
「はは、まったくわからん」
思わず乾いた笑い声が出た。いかんいかん。
我々はいかなる時でも対話の姿勢を閉ざしてはいけないのだ。未知への挑戦こそ人類の進化への唯一の道である。
とかかっこいいこと言ってみる。目の前に居るのはUMAみたいなもんだしな。
そうだな……。まずは、相手と同じ言語で話してみるところから始めようか。
「妖夢、みょん」
「みょん?」
「みょみょみょんみょみょん、みょみょみょみょみょん」
「みょみょみょ?みょん、みょみょんみょん」
「みょん。みょんみょん。みょみょみょみょん?」
「みょん! みょーん!」
「よーし、時間の無駄だな」
実に無駄な時間だった。私が今まで消費した時間の中でダントツに無駄な時間だったのではなかろうか。
そう、UMAに対して同じ言語で話しかけたところで、帰ってくるのはUMAの言語。
言うなれば、猫に猫語で話しかけても、返ってくるのは猫の鳴き声だけ、みたいなもんだ。
『おっ、猫じゃないか。にゃーん?』
『にゃぁ』
『可愛いなぁもう。にゃんにゃん』
『なぁーお』
『にゃにゃにゃにゃーん』
『ごろごろごろ』
『にゃぁ……』
『……魔理沙、アンタ……』
『ちょおまくぁwせdrft――――
……余計なことまで思い出した。ぶんぶんと頭を振ってつい最近の黒歴史をかき消す。顔が熱い。あの後の事は思い出したくもない。
絶対誰でもやったことあるはずだ。霊夢も絶対やってる。今度見つけ出して仕返ししてやる……。
考えが脱線しかけた、いかんいかん。
次の試み。こちらの言語で話せるか問いかける。
「なあ、普通の話し方で話してくれないか?」
「みょん」
これは否定のみょんである。いや、声色だけじゃ肯定か否定かさっぱりわからんのだが。
なぜ理解できたかと言えば、妖夢の薄い胸の前に、力強くバッテンが組まれているからだ。
どうやら普通に話すことは不可能なようだが、こちらの言語が理解できているのならば、話は早い。
「じゃあ、今から私の言うことに、『はい』ならみょんみょん、『いいえ』ならみょみょんと言ってくれ」
「みょんみょん!」
妖夢は首を振って私の言葉を打ち消すと、怒ったように言った。
「みょみょみょみょ、みょみょん。みょみょみょみょみょ、みょんみょん」
「えぇと……逆ってこと?」
「みょみょん!」
(至極どうでもいいわっ!)
話が通じて嬉しいのか、妖夢が珍しく喜んでいる。私は既に精神的疲労で話す気力すら削がれつつあった。
誰か私に翻訳機をくれ。最高に強力な奴、UMAとでも対話できるぐらい。あ、猫とも話せたら嬉しい。
とにかく、この目の前の頭痛の種を早く何とかしないと、私の今後の幻想郷ライフに関わってきそうだ。
対話の扉は開かれているのである。あとは足を踏み入れるだけだ。
「よし、じゃあ質問を始めるぞ」
「みょみょん」
「その話し方を変えることは出来ない?」
「みょみょん」
二度目だが一応聞いておく。流石に頑固だ。次の質問へ。
「その話し方は自分で考えた?」
「みょんみょん」
まあ、そりゃそうだろうな。あの妖夢が自分でこんなこと思いつく訳がない。となると……
「……幽々子か?」
「みょみょん」
ビンゴッ!まあ大方の予想通りである。
こんなこと考え付きそうな奴は数人に限られるし、その中でも妖夢に近い奴と言えば……、と考えればすぐわかることだ。
とにかく、この生真面目娘をこうした理由を問い詰めに行かなければ。
「じゃあ、今から私に着いて来てくれるか?」
「みょみょん」
珍獣と化した友人を引きつれて、私はこの珍事の元凶の元へ向かうことにした。
◇◇◇ ◇◇◇
幸い、道中では誰とも出会うことはなかった。これはほんとに幸運である。
なぜなら、幻想郷の連中が妖夢の様子を見たら、私の事を変態扱いしかねないからである。そうなったら一貫の終わりだ。
あのパパラッチ天狗にデタラメ記事を書かれて、その後は――あっ、鳥肌立った。
人の噂も七十五日なんて言うが、そんなことわざは幻想郷では通用しない。末代までの恥になる事間違い無しである。
色々考えながら無駄に長い階段を抜けると、無駄にだだっ広い庭が見えてきた。
「ふー。幽々子はどの辺に居るんだ?」
「みょん」
妖夢が指差したのは、庭の入口と丁度対角線上。またまた長い道のりである。
もう見つかる事を気にしなくても良いので、全力でぶっ飛ばして行けばいい。簡単な話だな。
「妖夢、後ろに乗るか?」
「みょみょん」
「うし。しっかり掴まっとけよ。ぶっ飛んでも知らんぞっ!」
全速力でぶっ飛ぶと、あっという間に幽々子が居る場所が近づいてきた。よく見ると、幽々子は縁側で暢気に茶を啜っている。
(こんな珍獣押しつけといて、自分は暢気にティータイムってか。けっ)
驚かせてやろうと思い、幽々子の目前にわざと派手に着地する。しかし、奴は声ひとつ立てず、目を丸くしてこちらを見つめるだけだった。ちくせう。
なんとなくばつが悪かったので、早口でまくしたてた。
「お前っ、これはどういうことだよ!」
「あらあら」
「コイツが人語を喋らなくなってるのはお前が原因だろっ! とっとと直せ!」
「あらあらあらあら」
妖夢はみょん語しか喋らなくなっていたが、こいつはあら語しか喋らなくなってんじゃないのか。
幽々子は扇子で口元を隠しながらあらあらと呟くだけである。笑いながら。うざってぇ。
私が怒りのあまり額に青筋を立てていると、幽々子はなんか知らんが話を始めた。
「いやまぁ、これには色々と理由があるのよ」
「どんな理由だ納得できる理由じゃなきゃぶっ飛ばすぞ」
「妖夢生真面目
かわいくしたいな
じゃあ喋り方変えよう」
「よし、ぶっ飛ばす」
実に下らん理由だった。二度と冥界に居座れないように外界まで吹き飛ばしてやろう。
マジな顔で八卦炉を突きつけると、幽々子もさすがに焦ったのか、真面目に説明を始めた。
「ま、まぁ落ち着きなさいな。どうどうどう」
「人を馬扱いするな」
「あのね、ほら、妖夢って堅苦しいって感じが着いて回ってるじゃない。生真面目だし、冗談もあんまり通じないし。ちょっと前には辻斬り紛いの事するし……」
「まあ、そうだな」
「でも、あの子もかわいいところあるのよ? 生真面目っぽいけど隙だらけっていう、落差が良いのだけれど、他の人はそれを見られないからねぇ。せっかくかわいいのに、もったいないじゃない。だから、何とかして『いめちぇん』させたいなと思ったのよ。だけど……」
「だけど?」
幽々子はそこで一旦言葉を切ると、はぁ、と溜息を吐いて、話を続けた。
「あの子、私が髪型変えようとしたり、化粧させようとしたり、服装をかわいいものに変えようとしても、真顔で拒否するのよねぇ」
「ほう」
「一回、寝てる間に化粧してやろうと思って妖夢の所に行ったら、危うく白楼剣で斬られかけたわ。あの時は死を覚悟したわぁ……」
「……」
「妖夢の私服を全部可愛いのに入れ替えておいたら、次の日全部綺麗に畳んで返されたわ。ちなみに妖夢はサラシに袴姿。冬よ?」
「えー……」
「『人里の床屋で髪を切ってきなさいな』って言ったら、『坊主にすればよろしいでしょうか?』って真顔で言われたし。慌てて止めたけど」
「あー、なんというか……」
「あの子、『みょん』っていう変な口癖あったから、あ、これが語尾に着いてたら可愛いかなぁ、と思って『それを使って話してみなさい。これは命令よ』って言ったら、ああなったわ」
「お前も、苦労してるんだな……」
なんというか居た堪れなくなって、幽々子の肩をポン、と叩くと、幽々子は更に大きな溜息を一つ吐いた。あ、ちょっと目尻が光ってる。
なんか更に可哀想になって来たのでハンカチを幽々子に渡すと、涙を拭いた後に鼻もかみやがった。前言撤回、こいつら主従揃ってアホだわ。
とにかくこのままでは状況は悪くなるばかりなので、幽々子に提案することにした。
「まあとにかく、今度お前が同伴して床屋にでもいけばいいじゃないか。とりあえずあの話し方やめさせてくれ、頭がおかしくなりそうだ」
「そうね。妖夢ー?」
私たちが話している間、庭の掃除をしていた妖夢が、こちらへ歩いてくる。ああ、ようやく珍獣からいつもの生真面目娘に戻ってくれるのか。
万感胸に迫って、ちょっと涙が出そうになった。仕方ないよな、私、乙女だもん。……自分で思って自分をキモイと思ったのは初めてだ。
とにかく、嬉しいことに変わりはない。妖夢がこちらに歩いてくるのを、ぼーっと眺めていると……
……後ろから、なにやら全力で飛んでくる人物が居ることに気が付いた。
猛烈に嫌な予感がする。ようやく収まりつつあった状況が更に悪化しそうな気がする。
私はとにかく目的だけは遂げようと、幽々子に早く言うように急かそうと進言することにした。
「幽々子、早く命令を『妖夢さあああああん、助けてえええええ!』うわあああ最悪だあああああ!」
その人物の姿を見て、私は頭を抱えた。その人物は、幻想郷一、二を争うトラブルメーカー、ドジっ虎こと寅丸星だったからである。
今回、どんな珍事を抱えてここにやって来たのか、想像も付かない。ましてや妖夢はあの様子である。状況は最悪だ。挽回の余地はない。
アホのトラブルメーカーは、肩で大きく息をしながら、話を始めた。
「たっ、大変なんです! 宝塔が、宝塔が!」
希望の光が見えた。なんだ、宝塔を無くしただけか。ドジっ虎がやらかすトラブルの中でも最も軽いものである。大方、あのネズミに愛想を尽かされて、ここに逃げ込んできたってとこだろう。私は安堵のため息を――
「宝塔がっ、おでんだったんです!」
「ハアアアアアアア!? オデン!? オデンナンデ!?」
もうこれはダメかもわからんね。思わず片言になってしまうほどわけわかめ。なんか私の思考も段々ヤバくなってきてる気がするんだぜ、うふふ。
「昨日は確かに宝塔だったんです! だけど今日の昼ごはんがおでんで、おでんを食べたら、宝塔で、おでんで、あわわわわわ」
「みょっみょん、みょみょみょみょみょん」
「そっ、そうですね。一旦落ち着くべきですね」
「何でわかるんだよっ!?」
アホ同士波長が合うからなのか!? みょん語を理解できる奴がこの世に存在するなんて、生まれてこの方知った中で最大の衝撃である。
「昼ごはんがおでんで、おでんを食べたら、それが宝塔だったんです。ナズーリンに、『ご主人……』って、まるで闘技場に送られる前の虎を見るようなすんごく冷たい目で見られたんです。『可哀想だけど明日には剣闘士に殺される運命なのね』って感じの。でも、確かに昨日までは宝塔だったんです! もうわけがわかりません……。何を信じればいいのかも……」
「みょん」
妖夢が星の肩を叩いて、すんごいキメ顔で言った。
「みょみょみょみょ、みょみょみょん」
(私を、信じてください)
「……妖夢さんっ!」
収拾がつかなくなってきたせいで下に字幕まで出てきやがった。もうだめだ、おしまいだぁ……。
妖夢は何かに気付いたかと思えばいきなり刀を抜き放ち、庭を睨んだ。
「みょみょみょ……みょみょみょみょん!」
(来ます……四天王がっ!)
「まさかっ……ここに四天王が!?」
「急展開過ぎんだろっ! 誰だよ!? 四天王って誰!?」
四天王とかいう設定は何処から現れたんだ。伏線も何も張ってなかっただろうが! そんな私の心の叫びは誰にも届かない。
雷鳴と共に、何やら四天王とやらが現れた。ついでに幽々子が気に入っていた盆栽の塊がまとめて消し炭になった。
「あああああ! 私の盆栽コレクションがっ!」
幽々子の悲しみの声は超展開にかき消された。哀れだ。
『ふふふふふ……くーっくっくっく……あーっはっはっはっは!』
「ベタすぎるっ!」
三段笑いで登場とか、今時小学生でももう少しマシな登場の仕方考えるわっ!
煙が晴れた後には……果たして四人の敵の姿があった。
「私たちの登場に気が付くとは……」
「流石は魂魄流の後継者、侮れぬわ……」
「しかし、貴様の快進撃もここで終わりよ!」
「貴様はここで死ぬのだからなァ!」
全員見知った顔であった。しかもセリフもベタだった。もう突っ込むのもめんどくさくなってきたので人名は割愛する。
同時に、私の頭の中で音がした。
――プッツン――
(きっ、切れた。私の中で何かが切れた。決定的な何かが――)
「妖夢さん! あの凶悪な四天王を一人で相手するなんて無茶です! ここは、逃げてくださいっ!」
「みょん」(いえ)
「みょみょみょんみょみょみょみょみょみょみょみょん、みょみょみょみょみょみょみょんみょん」
(仲間を見捨てて逃げるなんて、剣士の恥ですから)
「妖夢さんっ……」
「みょみょ、みょみょっみょみょみょみょん!」
(さあ、かかってきなさい!)
「フンっ、生意気な!」
「叩き潰してくれるわ!」
『いくぞっ! 妖夢!』
「みょみょみょみょ、みょみょみょみょんみょんみょっみょみょみょみょみょん」
(私は、貴方たちには絶対負けない)
「みょみょみょみょ――」
(なぜなら――)
(体の中に残っているツッコミエネルギーを一気に放出する。微かでいい!)
(これが、最後のツッコミ。私の、今回最後の……)
(弱すぎて、この物語のオチが弱くなってしまうけど)
(オチ無しだけは……オチ無しだけは避けなくてはっ!)
妖夢がキメ台詞を放つ、一瞬! その一瞬を狙え!
妖夢はキメ顔で、口を開いた。
「みょみょみょみょみょみょみょみょみょん、みょみょみょみょみょみょみょ――」
(この白楼剣に、切れぬものなど――)
「みょんみょみょみょんっ!」
(あんまりないっ!)
(……今だっ!)
「わっ……」
「私たちの戦いは、これからだ……」
――魔理沙は――
物語をオトすことに失敗した――。
この物語はオチ無しとなり、永遠に作品集をさまようのだ――。
そして終わりたいと思っても終われないので――
――そのうち魔理沙は、考えるのをやめた。
「いやおま……、お前。なんだそれ」
「みょん?」
先述のふざけた喋り方をしながらも、この子、表情は一切変わらない。ちょ、おま。
シュールな笑いの極致に至った存在を間近で眺めながら、しかし私の顔には笑いの感情がひとかけらも浮かんではいない。引き攣った顔が笑いみたいに見えたかもしれんけど。
「待て、落ち着こう。クールになれ、KOOLになるんだ霧雨魔理沙」
そう、私は霧雨魔理沙。
ならあいつは誰だ? 魂魄妖夢だ。
あいつはどんな奴だ? 生真面目が服を着た様な奴だ。
じゃあなんで、あいつはあんな、形容しがたき話し方をするようになったんだ?
――全くわからんッ!
全然クールになってねーじゃん。駄目じゃん。もーだめだ。諦めよう。
そんな弱気な考えが頭に浮かぶが、なんとか打消し、私は目の前のボケ生真面目に問いかけた。
「妖夢」
「みょん」
「その喋り方はなんなんだ?」
「みょみょん、みょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょ、みょみょみょみょみょみょみょん。みょみょっみょみょみょ?」
「はは、まったくわからん」
思わず乾いた笑い声が出た。いかんいかん。
我々はいかなる時でも対話の姿勢を閉ざしてはいけないのだ。未知への挑戦こそ人類の進化への唯一の道である。
とかかっこいいこと言ってみる。目の前に居るのはUMAみたいなもんだしな。
そうだな……。まずは、相手と同じ言語で話してみるところから始めようか。
「妖夢、みょん」
「みょん?」
「みょみょみょんみょみょん、みょみょみょみょみょん」
「みょみょみょ?みょん、みょみょんみょん」
「みょん。みょんみょん。みょみょみょみょん?」
「みょん! みょーん!」
「よーし、時間の無駄だな」
実に無駄な時間だった。私が今まで消費した時間の中でダントツに無駄な時間だったのではなかろうか。
そう、UMAに対して同じ言語で話しかけたところで、帰ってくるのはUMAの言語。
言うなれば、猫に猫語で話しかけても、返ってくるのは猫の鳴き声だけ、みたいなもんだ。
『おっ、猫じゃないか。にゃーん?』
『にゃぁ』
『可愛いなぁもう。にゃんにゃん』
『なぁーお』
『にゃにゃにゃにゃーん』
『ごろごろごろ』
『にゃぁ……』
『……魔理沙、アンタ……』
『ちょおまくぁwせdrft――――
……余計なことまで思い出した。ぶんぶんと頭を振ってつい最近の黒歴史をかき消す。顔が熱い。あの後の事は思い出したくもない。
絶対誰でもやったことあるはずだ。霊夢も絶対やってる。今度見つけ出して仕返ししてやる……。
考えが脱線しかけた、いかんいかん。
次の試み。こちらの言語で話せるか問いかける。
「なあ、普通の話し方で話してくれないか?」
「みょん」
これは否定のみょんである。いや、声色だけじゃ肯定か否定かさっぱりわからんのだが。
なぜ理解できたかと言えば、妖夢の薄い胸の前に、力強くバッテンが組まれているからだ。
どうやら普通に話すことは不可能なようだが、こちらの言語が理解できているのならば、話は早い。
「じゃあ、今から私の言うことに、『はい』ならみょんみょん、『いいえ』ならみょみょんと言ってくれ」
「みょんみょん!」
妖夢は首を振って私の言葉を打ち消すと、怒ったように言った。
「みょみょみょみょ、みょみょん。みょみょみょみょみょ、みょんみょん」
「えぇと……逆ってこと?」
「みょみょん!」
(至極どうでもいいわっ!)
話が通じて嬉しいのか、妖夢が珍しく喜んでいる。私は既に精神的疲労で話す気力すら削がれつつあった。
誰か私に翻訳機をくれ。最高に強力な奴、UMAとでも対話できるぐらい。あ、猫とも話せたら嬉しい。
とにかく、この目の前の頭痛の種を早く何とかしないと、私の今後の幻想郷ライフに関わってきそうだ。
対話の扉は開かれているのである。あとは足を踏み入れるだけだ。
「よし、じゃあ質問を始めるぞ」
「みょみょん」
「その話し方を変えることは出来ない?」
「みょみょん」
二度目だが一応聞いておく。流石に頑固だ。次の質問へ。
「その話し方は自分で考えた?」
「みょんみょん」
まあ、そりゃそうだろうな。あの妖夢が自分でこんなこと思いつく訳がない。となると……
「……幽々子か?」
「みょみょん」
ビンゴッ!まあ大方の予想通りである。
こんなこと考え付きそうな奴は数人に限られるし、その中でも妖夢に近い奴と言えば……、と考えればすぐわかることだ。
とにかく、この生真面目娘をこうした理由を問い詰めに行かなければ。
「じゃあ、今から私に着いて来てくれるか?」
「みょみょん」
珍獣と化した友人を引きつれて、私はこの珍事の元凶の元へ向かうことにした。
◇◇◇ ◇◇◇
幸い、道中では誰とも出会うことはなかった。これはほんとに幸運である。
なぜなら、幻想郷の連中が妖夢の様子を見たら、私の事を変態扱いしかねないからである。そうなったら一貫の終わりだ。
あのパパラッチ天狗にデタラメ記事を書かれて、その後は――あっ、鳥肌立った。
人の噂も七十五日なんて言うが、そんなことわざは幻想郷では通用しない。末代までの恥になる事間違い無しである。
色々考えながら無駄に長い階段を抜けると、無駄にだだっ広い庭が見えてきた。
「ふー。幽々子はどの辺に居るんだ?」
「みょん」
妖夢が指差したのは、庭の入口と丁度対角線上。またまた長い道のりである。
もう見つかる事を気にしなくても良いので、全力でぶっ飛ばして行けばいい。簡単な話だな。
「妖夢、後ろに乗るか?」
「みょみょん」
「うし。しっかり掴まっとけよ。ぶっ飛んでも知らんぞっ!」
全速力でぶっ飛ぶと、あっという間に幽々子が居る場所が近づいてきた。よく見ると、幽々子は縁側で暢気に茶を啜っている。
(こんな珍獣押しつけといて、自分は暢気にティータイムってか。けっ)
驚かせてやろうと思い、幽々子の目前にわざと派手に着地する。しかし、奴は声ひとつ立てず、目を丸くしてこちらを見つめるだけだった。ちくせう。
なんとなくばつが悪かったので、早口でまくしたてた。
「お前っ、これはどういうことだよ!」
「あらあら」
「コイツが人語を喋らなくなってるのはお前が原因だろっ! とっとと直せ!」
「あらあらあらあら」
妖夢はみょん語しか喋らなくなっていたが、こいつはあら語しか喋らなくなってんじゃないのか。
幽々子は扇子で口元を隠しながらあらあらと呟くだけである。笑いながら。うざってぇ。
私が怒りのあまり額に青筋を立てていると、幽々子はなんか知らんが話を始めた。
「いやまぁ、これには色々と理由があるのよ」
「どんな理由だ納得できる理由じゃなきゃぶっ飛ばすぞ」
「妖夢生真面目
かわいくしたいな
じゃあ喋り方変えよう」
「よし、ぶっ飛ばす」
実に下らん理由だった。二度と冥界に居座れないように外界まで吹き飛ばしてやろう。
マジな顔で八卦炉を突きつけると、幽々子もさすがに焦ったのか、真面目に説明を始めた。
「ま、まぁ落ち着きなさいな。どうどうどう」
「人を馬扱いするな」
「あのね、ほら、妖夢って堅苦しいって感じが着いて回ってるじゃない。生真面目だし、冗談もあんまり通じないし。ちょっと前には辻斬り紛いの事するし……」
「まあ、そうだな」
「でも、あの子もかわいいところあるのよ? 生真面目っぽいけど隙だらけっていう、落差が良いのだけれど、他の人はそれを見られないからねぇ。せっかくかわいいのに、もったいないじゃない。だから、何とかして『いめちぇん』させたいなと思ったのよ。だけど……」
「だけど?」
幽々子はそこで一旦言葉を切ると、はぁ、と溜息を吐いて、話を続けた。
「あの子、私が髪型変えようとしたり、化粧させようとしたり、服装をかわいいものに変えようとしても、真顔で拒否するのよねぇ」
「ほう」
「一回、寝てる間に化粧してやろうと思って妖夢の所に行ったら、危うく白楼剣で斬られかけたわ。あの時は死を覚悟したわぁ……」
「……」
「妖夢の私服を全部可愛いのに入れ替えておいたら、次の日全部綺麗に畳んで返されたわ。ちなみに妖夢はサラシに袴姿。冬よ?」
「えー……」
「『人里の床屋で髪を切ってきなさいな』って言ったら、『坊主にすればよろしいでしょうか?』って真顔で言われたし。慌てて止めたけど」
「あー、なんというか……」
「あの子、『みょん』っていう変な口癖あったから、あ、これが語尾に着いてたら可愛いかなぁ、と思って『それを使って話してみなさい。これは命令よ』って言ったら、ああなったわ」
「お前も、苦労してるんだな……」
なんというか居た堪れなくなって、幽々子の肩をポン、と叩くと、幽々子は更に大きな溜息を一つ吐いた。あ、ちょっと目尻が光ってる。
なんか更に可哀想になって来たのでハンカチを幽々子に渡すと、涙を拭いた後に鼻もかみやがった。前言撤回、こいつら主従揃ってアホだわ。
とにかくこのままでは状況は悪くなるばかりなので、幽々子に提案することにした。
「まあとにかく、今度お前が同伴して床屋にでもいけばいいじゃないか。とりあえずあの話し方やめさせてくれ、頭がおかしくなりそうだ」
「そうね。妖夢ー?」
私たちが話している間、庭の掃除をしていた妖夢が、こちらへ歩いてくる。ああ、ようやく珍獣からいつもの生真面目娘に戻ってくれるのか。
万感胸に迫って、ちょっと涙が出そうになった。仕方ないよな、私、乙女だもん。……自分で思って自分をキモイと思ったのは初めてだ。
とにかく、嬉しいことに変わりはない。妖夢がこちらに歩いてくるのを、ぼーっと眺めていると……
……後ろから、なにやら全力で飛んでくる人物が居ることに気が付いた。
猛烈に嫌な予感がする。ようやく収まりつつあった状況が更に悪化しそうな気がする。
私はとにかく目的だけは遂げようと、幽々子に早く言うように急かそうと進言することにした。
「幽々子、早く命令を『妖夢さあああああん、助けてえええええ!』うわあああ最悪だあああああ!」
その人物の姿を見て、私は頭を抱えた。その人物は、幻想郷一、二を争うトラブルメーカー、ドジっ虎こと寅丸星だったからである。
今回、どんな珍事を抱えてここにやって来たのか、想像も付かない。ましてや妖夢はあの様子である。状況は最悪だ。挽回の余地はない。
アホのトラブルメーカーは、肩で大きく息をしながら、話を始めた。
「たっ、大変なんです! 宝塔が、宝塔が!」
希望の光が見えた。なんだ、宝塔を無くしただけか。ドジっ虎がやらかすトラブルの中でも最も軽いものである。大方、あのネズミに愛想を尽かされて、ここに逃げ込んできたってとこだろう。私は安堵のため息を――
「宝塔がっ、おでんだったんです!」
「ハアアアアアアア!? オデン!? オデンナンデ!?」
もうこれはダメかもわからんね。思わず片言になってしまうほどわけわかめ。なんか私の思考も段々ヤバくなってきてる気がするんだぜ、うふふ。
「昨日は確かに宝塔だったんです! だけど今日の昼ごはんがおでんで、おでんを食べたら、宝塔で、おでんで、あわわわわわ」
「みょっみょん、みょみょみょみょみょん」
「そっ、そうですね。一旦落ち着くべきですね」
「何でわかるんだよっ!?」
アホ同士波長が合うからなのか!? みょん語を理解できる奴がこの世に存在するなんて、生まれてこの方知った中で最大の衝撃である。
「昼ごはんがおでんで、おでんを食べたら、それが宝塔だったんです。ナズーリンに、『ご主人……』って、まるで闘技場に送られる前の虎を見るようなすんごく冷たい目で見られたんです。『可哀想だけど明日には剣闘士に殺される運命なのね』って感じの。でも、確かに昨日までは宝塔だったんです! もうわけがわかりません……。何を信じればいいのかも……」
「みょん」
妖夢が星の肩を叩いて、すんごいキメ顔で言った。
「みょみょみょみょ、みょみょみょん」
(私を、信じてください)
「……妖夢さんっ!」
収拾がつかなくなってきたせいで下に字幕まで出てきやがった。もうだめだ、おしまいだぁ……。
妖夢は何かに気付いたかと思えばいきなり刀を抜き放ち、庭を睨んだ。
「みょみょみょ……みょみょみょみょん!」
(来ます……四天王がっ!)
「まさかっ……ここに四天王が!?」
「急展開過ぎんだろっ! 誰だよ!? 四天王って誰!?」
四天王とかいう設定は何処から現れたんだ。伏線も何も張ってなかっただろうが! そんな私の心の叫びは誰にも届かない。
雷鳴と共に、何やら四天王とやらが現れた。ついでに幽々子が気に入っていた盆栽の塊がまとめて消し炭になった。
「あああああ! 私の盆栽コレクションがっ!」
幽々子の悲しみの声は超展開にかき消された。哀れだ。
『ふふふふふ……くーっくっくっく……あーっはっはっはっは!』
「ベタすぎるっ!」
三段笑いで登場とか、今時小学生でももう少しマシな登場の仕方考えるわっ!
煙が晴れた後には……果たして四人の敵の姿があった。
「私たちの登場に気が付くとは……」
「流石は魂魄流の後継者、侮れぬわ……」
「しかし、貴様の快進撃もここで終わりよ!」
「貴様はここで死ぬのだからなァ!」
全員見知った顔であった。しかもセリフもベタだった。もう突っ込むのもめんどくさくなってきたので人名は割愛する。
同時に、私の頭の中で音がした。
――プッツン――
(きっ、切れた。私の中で何かが切れた。決定的な何かが――)
「妖夢さん! あの凶悪な四天王を一人で相手するなんて無茶です! ここは、逃げてくださいっ!」
「みょん」(いえ)
「みょみょみょんみょみょみょみょみょみょみょみょん、みょみょみょみょみょみょみょんみょん」
(仲間を見捨てて逃げるなんて、剣士の恥ですから)
「妖夢さんっ……」
「みょみょ、みょみょっみょみょみょみょん!」
(さあ、かかってきなさい!)
「フンっ、生意気な!」
「叩き潰してくれるわ!」
『いくぞっ! 妖夢!』
「みょみょみょみょ、みょみょみょみょんみょんみょっみょみょみょみょみょん」
(私は、貴方たちには絶対負けない)
「みょみょみょみょ――」
(なぜなら――)
(体の中に残っているツッコミエネルギーを一気に放出する。微かでいい!)
(これが、最後のツッコミ。私の、今回最後の……)
(弱すぎて、この物語のオチが弱くなってしまうけど)
(オチ無しだけは……オチ無しだけは避けなくてはっ!)
妖夢がキメ台詞を放つ、一瞬! その一瞬を狙え!
妖夢はキメ顔で、口を開いた。
「みょみょみょみょみょみょみょみょみょん、みょみょみょみょみょみょみょ――」
(この白楼剣に、切れぬものなど――)
「みょんみょみょみょんっ!」
(あんまりないっ!)
(……今だっ!)
「わっ……」
「私たちの戦いは、これからだ……」
――魔理沙は――
物語をオトすことに失敗した――。
この物語はオチ無しとなり、永遠に作品集をさまようのだ――。
そして終わりたいと思っても終われないので――
――そのうち魔理沙は、考えるのをやめた。
なんだこれ
みょん
魔理沙お疲れ様!
みょん
(こんなことしなくても、妖夢はかわいいよ!)
みょん、みょみょみょんみょみょみょみょみょんみょみょみょんみょみょみょみょみょん
みょみょん、、みょみょみょみょみょん
みょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょみょん
みょみょん、みょみょみょみょん
面白かったあ