Coolier - 新生・東方創想話

零れ桜、残り桜

2014/03/06 21:56:07
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 幽々子様がこの世を去ってからもうすぐ一年が経つ。
 その事実を私はどのような気持ちで受け止めればいいのだろうか。
 悲しみ?
 虚しさ?
 後悔?
 諦め?
 どれも違う気がする。けれど、どれが正しいのかは分からない。算数の計算みたいに明確な答えがあれば良いのだけれど、この疑問には答えなんてものは存在しない。だから悩んでしまう。
 紫様は、ありのままでいいのよ、とアドバイスをしてくれた。けれど、この事実を「ありのまま」の気持ちで受け止める事は、とても難しい話だ。
 幽々子様は私にとって凄く大きな存在だった。それこそ太陽のような存在で、幽々子様を中心に私の世界は回っていた。だから、幽々子様の居ないこの世界を受け入れる事に抵抗を感じてしまう。
 なら、私は一体どうすればいいのだろうか?

 そんな疑問を呈したとこで、答えが出ない事は分かりきっていた。私は小さく息を吐いて立ち上がり、障子を開け放った。強い日差しが部屋の中に差し込み、陰鬱な空気を締め出す。大きく伸びをして、気分を切り替える。
 季節は夏。開け放った障子を通して、いつもと変わらない白玉楼の庭が見える。透き通るような白石を敷き詰めた枯山水、それを囲むように梅や松などの庭木が植えられている。視界の端には立派な桜の木が植えられていて、それは春になると満開の桜を咲かせてくれる。いつもと変わらない風景。
 けれども、まったく変わらないという訳ではない。耳を澄ませば使用人たちの生活音が聞こえてくるし、鼻腔に意識を集中すれば様々な者の生活臭を嗅ぎ取ることができる。幽々子様と二人きりで生活していた日々がまるで嘘のように思えてしまう。
 幽々子様が去って、この白玉楼での生活も大きく変わった。多くの使用人たちが白玉楼で働くようになった。冥界にいる幽霊たちの管理を行うためだ。以前までは、幽霊たちを従わせる能力を持つ幽々子様が、幽霊たちの管理を取り仕切っていた。けれど、幽々子様はもう居ない。そのため、幽々子様の能力の代わりに大勢の使用人たちを使って冥界の管理を行う事になったのだ。
 今や、この白玉楼には十数人の使用人たちが働いている。彼らの大半は是非曲直庁から派遣された鬼や死神たちで、残りは私と同じ一族の者だった。この機に合わせて、各地に散り散りとなっていた一族の者たちが白玉楼に戻ってきてくれたのだ。
 ここでの私の仕事といえば、そんな彼らのリーダー役となる事だった。仕事を割り当てたり、予算を編成したり。管理職のような仕事だ。
 正直に言うと、根っからの従者気質な私にはこの仕事が向いているとは思えない。けれど、やりがいは感じている。この仕事を通して、幽々子様と過ごした思い出を守っているような気がするのだ。

 私は椅子に座り、今日のスケジュールに目を通す。定例の報告会やら冥視の視察やらで、予定はびっしりと埋まっている。午後の予定は立て込んでいるが、午前中はゆっくりできそうだ。
 私は午前中に用事がない事を確認すると、身支度を始めた。寝間着を脱いで、顔を洗い、髪をとかす。
 服は……、少し迷ったが、いつも着ている青緑色のベストとスカートではなく、紫様が仕立ててくれた着物を着ることにした。青緑色ベースに散り桜の模様があしらわれていて、胸元には魂魄のマークが入っている。私がいつも着ていた洋服をそのまま着物につくり変えたような趣向の着物だ。
「貴方は実質的に冥界のトップな訳だから、それらしい恰好をしないとね」
 紫様はそう言って、この着物を私にプレゼントしてくれた。まだ着慣れている訳ではないけれど、今日はなんとなくこちらを着ている方が良い気がしたのだ。

 着付けが終わると、枕元の小物入れから桜がびっしりと入った小瓶を取り出し、それを持って縁側に出た。
 縁側は少しひんやりとしていた。夏といえど、冥界の夏は驚くほど過ごしやすい。幽霊たちが発する冷気のせいか、あまり気温が上がらないのだ。その代わり日差しが強い。冥界は高所に位置するため雨や曇りになることが少なく、そのため真夏の太陽は何か咎めるような眩しさで私たちを照り付けるのだ。
 縁側沿いの庭には四季折々の庭木が植えられている。今は夏なのでサルスベリの花が咲いているし、少し進めばモクキンカの白い花を拝むこともできる。少し前まではアジサイも咲いていた。幽々子様はここから望める四季折々の風景をいつも楽しんでいた。
 縁側を進み、離れの脇を抜けると、庭に不自然にポッカリと空いた空間がある。クレータのように地面が抉れている。そこは以前、西行妖が鎮座していた場所だった。
 そこで何が起きたのか、私は知らない。幽々子様が消えたその次の日には、西行妖も姿を消していた。後に残ったのは半円形の大きな穴だけだった。多分、紫様がやったのだろうと思う。と言うより、こんな大それたことができるのは紫様以外に考えられない。半円形に抉れた地面の断面は、まるで空間を弄ったかのように滑らかな切り口だった。

 縁側を抜けて玄関に出る。玄関では鬼の少女が掃き掃除をしていた。白玉楼の働き手だ。おはようと挨拶をして、それから少し世間話をした。別れ際、鬼の少女は「明日、がんばれよ」と私を応援してくれた。私は強く頷いた。
 
 外に出ると、強い日差しが私の肌に突き刺さった。おまけに地面からの照り返しが眩しい。目を細めて空を仰ぐと、絵にかいたような青空が広がっていた。雲といえば稜線の向こう側に入道雲がぽかんと浮かんでいるだけだった。
 私は進み、正門のすぐ正面にある階段の手前で足を止めた。眼下には長い長い石階段が続いている。余りにも長過ぎるため一番下の段を目視できないほどだ。
 そんな階段の最上部。私はそこで小瓶を取り出し、小瓶に陽を当てて中身を確認した。小瓶の中身は桜の花びらだ。それが瓶いっぱいに入っている。よく見ると底の方の花びらは少しだけ萎(しお)れていた。
 少し逡巡してから意を決し、小瓶のふたをそっと開ける。桜の香りが辺りに広がった。私はこの香りをよく知っている。幽々子様と同じ香りだ。
 この桜の花びらは私が小さい頃から溜め込んできたものだった。西行妖が咲かせた桜の花びらを年に一枚ずつ、この小瓶に保存していた。私が幽々子様と一緒に過ごした年数と同じ数の花びらがこの中に詰まっている。数百年分の思い出だ。

 辺りに広がった桜の香りは、いつだって私に幽々子様の影を思い出させる。そういえば、ある特定の香りが過去の記憶を呼び覚ます現象をプルースト効果って呼ぶんだっけ? そんなことを考えながら、桜の香りに誘われるように私は記憶を逆行していく。

 §

 きっかけは何だったのだろうか? それは多分、私が風邪を拗(こじ)らせた時だ。
 いや……「きっかけ」なんてものは初めから存在しなかったのかもしれない。仕組まれた時限爆弾のように、いつか必ず起こるものとして決まっていたのだ。それが一年前のあの日だったというだけで。
 それでも、あえて答えるなら、事の発端は私が風邪を拗らせた事にあるのだと思う。


 一年前、私は体調を崩した。最初はただの夏風邪だと思っていた。少し休めばすぐに体調は戻るだろうと軽く考えていたが、一週間立っても一向に良くならない。そんな訳で、永遠亭に行って診察を受けることにした。
 最初、見習い薬師の鈴仙に診てもらったが、原因が特定できなかった。次に鈴仙の師匠である八意永琳に診てもらい、そこで始めて自分の症状が分かった。八意永琳は深刻な表情で私の病状の説明をしてくれた。
 説明を受けながら私は、私の御役目はもう終わり近いのだな、と感慨深く思った。それは諦めにも似た心情だった。
 私の御役目。それは名目上こそは庭師だったが、幽々子様の監視が目的だった。それは祖父がまだ幽々子様に仕えていた頃に、祖父から聞かされていた。

「私たち魂魄家に命じられた役目とは幽々子様の監視である」
 と祖父は私に言った。そう言ったあとで、体(てい)の良い人柱ともいえるがな、と自嘲まじりに付け加えた。それから、ため息を小さく吐いて、少し懐かしむような表情で当時のことを語ってくれた。

 その話によると、幽々子様が冥界の管理者に任命された理由は、是非曲直庁が実施していた財政政策の一環だった。当時、財政難に窮(きゅう)していた是非曲直庁は人員削減のため、冥界の管理を一人の亡霊に一任するという異例の決定を下した。それがそもそもの始まりだった。
 管理を一任すると言っても、ドコの馬の骨とも分からない亡霊に全幅の信頼を置くのはリスクが高すぎる。そう考えた是非曲直庁は補佐役という名目で、幽々子様に監視を付けることにした。それが私の祖父、妖忌だった。
 祖父が監視役に指名されたのは理由があった。というより、祖父以外にその役を任せられる者が居なかった。
 幽々子様の能力は「死」だ。その能力は、本人の意思にかかわらず近くの者にも悪影響を与える。数日を一緒に過ごした程度でその影響は表れないが、何十年も寝食を共に生活をしていれば、話は別になる。幽々子様から漏れ出している微弱な力は、異性を誘うフェロモンのように彼女の周りをただよい、近くに居る者の命を刈り取とろうとするのだ。
 半端者がそばに付いたのでは数十年で命を削り取られてしまう。だが祖父はそうならなかった。半人半霊という種族は「死」の概念に強い抵抗力があるのだと言う。だからこそ、祖父は幽々子様の監視役に指名されたのだ。
 そんな祖父でも、晩年になると体調を崩しがちになった。歳のせいでも病気のせいでもない。幽々子様の「死」に魅入られ始めたのだ。
 このまま幽々子様のそばにいたら自分は命を落とすことになる。その事実を理解した祖父は三日三晩悩んだすえ、監視役という任を一族の者に委譲し、自らは隠居する事にした。それから私の一族は監視の任を譲り渡しながら代々に渡って幽々子様のそばに仕えるようになったのだ。
 祖父はこの他にも色々な事を私に教えてくれた。いくら半人半霊だと言っても一度「死」に魅入られたら、その者はまず助からなないという事。「死」に魅入られた祖父が生き長らえる事ができた理由は祖父の生命力が非常に高かったからで、それは極めて稀な事例だったという事。そして、私に家族と呼べる者が祖父である魂魄妖忌だけしか居ない、その理由も。

 §

 冥界の玄関口にある長い長い石階段の最上部。私はそこで小瓶から桜の花びらを取り出し、手のひらに乗せる。私の思い出が詰められた桜の花びらだ。その花びらは指の隙間からハラハラと零れ落ち、そよ風に揺られながら長い階段を滑り降りるように散っていく。私はその様子を見守る。
 あの時、私の命はもってあと一週間程度だと永遠亭で診断されていた。魂が少しずつ削り取られていたらしい。その原因は明解で、幽々子様のそばに長く居過ぎたせいだと八意永淋は言っていた。
 覚悟は出来ていた。心残りは何も無いと言えば嘘になるが、それは私自身で決めた道であるし、役目のために死ねる事も本望だった。
 おそらく、私は死ぬべきだったのかもしれない。そうなれば、幽々子様も消えることはなかったはずだ。
 運命というモノはいつだって予想外の結末をもたらす。それは、私の手から零れ落ちていくこの桜の花びらのように、ヒラヒラと好き勝手な場所へ飛んでく。自分勝手なヤツだ。

 §

 あの日、目が覚めて、まず最初に気づいたのは体がやけに軽い事だった。体調不良を理由に部屋で横になっていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。障子越しに差し込む淡い光を見て、時刻は昼ごろだと見当をつけた。
 起き上がり、文机の上の書物に目を向けた。書きかけの書類が置かれている。その書類は私の役を次の者に引き継ぐための規約や注意事項を書き連ねたものだ。私が居なくなった後でも、幽々子様に迷惑が掛からないように。
 体調が良いうちに書き終えよう。そう思い、文机に一歩踏み出したその時だった。障子の隙間から桜の花びらが一枚、その姿をのぞかせていた。
 不審に思った。
 盛夏のこの時期に桜が咲いているはずがないのだ。怪訝に思いながらも障子に近づき、勢いよく開けた。
 目の前の光景に目を疑った。
 桜吹雪が舞っていたのだ。庭の上に桜の花びらが風に舞ってヒラヒラと降り注いでいる。まるで満開に咲いた桜の木がこの近くにあるかのように。
 嫌な予感がする。その予感の正体を分析しようと思考を開始したころで、ある疑問に気付いた。
 なぜ私の体調が良いのだろうか?
 幽々子様の力によって「死」がほぼ確定している私の体は、快調に向かう事なんて有り得ないのだ。
 ……まさか。
 その可能性に気づいた私は部屋を飛び出し、全速力で駆け出した。花びらが飛んでくる先へ。それは西行妖が植えてある方角だった。刺すような夏の日差しがやけに不吉に感じられる。
 庭を突っ切り、角を曲がり、生垣を飛び越えた。裸足のままの駆け出した足には小石が突き刺ってズキズキと痛んだが、なりふり構っている余裕は無かった。
 最後の曲がり角を曲がり、その場所にたどり着いた。

 そこには満開に咲いた西行妖が鎮座していた。そして、その傍らには幽々子様がたたずんでいた。
 辺り一面は桜の花びらで薄紅色に染まっていた。西行妖はこれでもかと言うぐらいに花を咲き広げていて、いたずらな風が花びらを巻き散らして風光明媚な桜吹雪を演出していた。強い日差しを反射させて花びらがキラキラと煌(きら)めいている。まるでスノードームの世界に迷い込んだような景色だった。
 幽々子さま! と私は叫んだ。幽々子様が私に気付き微笑みかける。私は駆けた。駆けながら何かを叫んだ。何と言ったのかは余り覚えていない。「なんで」とか「どうして」とかそんな台詞だった事は覚えている。私は西行妖が何を封印していて、その解放が何を意味するかを知っていたから、問いただすような台詞を叫んだのだ。
 私の問いに幽々子様は少し困った顔をして、ごめんね妖夢と言った。私は幽々子様に飛びついた。ちゃんとした理由を教えてほしかったから。質問攻めにした。幽々子様は相変わらず困ったような笑みをしていた。私が言い終わると幽々子様は小さく頷いた。
 私たちの周りを桜の花びらがヒラヒラと包み込んでいた。薄紅色の世界。
 私はもうほとんど泣いていた。ごめんね、と幽々子様が言った。そのあとで、とびっきりの笑顔を私に見せてくれた。
「妖夢のこと、死なせたくなかったのよ。妖夢のことが好きになっちゃったから」
 そう言われ、頭が真っ白になった。
 そして一瞬遅れで言葉の意味を理解し始めた。理解してしまった。理解できた時にはもう、幽々子様の表情は見えなかった。涙で視界が歪んだせいで見えないのだ。見えないから、その代わりに抱きついた。幽々子様に消えてほしくなかったから。両手で幽々子様の温もりを感じようとした。たぶん、私は泣いていた。大声をあげていたのかもしれない。よく覚えていない。
 けれど、私の頭を撫でてくれた優しい手のひらの感触はしっかりと覚えている。幽々子様は私が抱きついている間、ずっと私の頭を撫でていてくれた。

 何時までそうしていたか分からない。気が付いたら私は一人たたずんでいた。

 §

 手のひらに乗せた花びら達。彼らは風に乗って私の手のひらから次々と飛び去っていく。ヒラリヒラリと蝶々のように。
 ある者は空高く舞い上がり、またある者は石階段をスイスイと降っていく。真っ直ぐ落ちて私の足元に集まる者もいれば、手のひらの上にしがみ付いている者もいる。そんな桜の花びら達の様子をしばらく眺めていた。
 手のひらの上の花びらの山は、少しずつ小さくなっていく。

 §

 あの後――幽々子様が消えてしまった後――私は西行妖の下でたたずんでいた。しばらく経った後、急にスキマが出現して、そこから紫様と藍様が姿を現した。紫様は取り澄ました表情をしていた。いつもの胡散臭い表情では無く挑発的な笑みでも無く、ただ無表情だった。その表情は感情を表に出さないように堪えているようにも見えた。藍様はただただ俯いていた。
 あとの事を任されたのよ、旧友のよしみで。紫様はそう言って、それから私の仕事の手伝いをしてくれる事を約束してくれた。
 次の日、閻魔様が冥界を訪れ、これからの冥界の運営方針について打ち合わせを行った。紫様も同席してくれた。その次の日には是非曲直庁から派遣された鬼やら死神やらがやってきて、彼らと共に冥界の運営することとなった。各地に散らばっていた私の一族も応援に駆け付けてくれた。
 それからの日々は多忙を極めた。私は幽々子様の就いていた役職の代理。つまり冥界の統治責任者の代理を務めることになった。私は幽々子様の様に幽霊を操る術を持たないため、様々な者に様々な指示を出して冥界の管理を行わなければならなかった。冥界のトップの代理として様々な会合にも参加した。コマネズミの様に動き回った。
 そのような生活では、幽々子様との日々を思い出し悲しみに耽(ふけ)る暇もなかった。いや、むしろ忙しさを理由に思い出さないようにしているのかもしれない。その事実を受け止めたくないから。
 そんな私の葛藤(かっとう)とは裏腹に季節は射られた矢のようなスピードで過ぎ去っていった。長い夏が終わり、紅葉の季節が訪れ、しだいに雪が降り始めるようになった。雪が解けて、フキノトウが顔を出し始め、桜が散った。ジメジメした梅雨の季節を過ぎると、もうすぐ一年が経とうとしていた。
 この一年間、冥界の代表者。つまり統治責任者のポストは空席のままだった。私が代理としてその役割を引き受けているだけだ。けれど、いつまでもこの状態でいる訳にはいかない。誰かがトップの座に就かなければならないのだ。
 統治責任者が不在になった場合、一年を期限としてその期間内に新しい統治責任者を任命しなければならない。そのような規定がある事を閻魔様が教えてくれた。閻魔様は新しい統治責任者が誰に決まるのか、すでに分かりきっているような口ぶりだった。別れ際に、大丈夫ですか? と聞かれたので、はい、と私は答えた。

 §

 桜の花びらのほとんどは飛び去ってしまった。眼下に見える石階段の上をヒラヒラ舞っている姿が微かに確認できる程度だ。辺りを包んでいた桜の香りはもう感じない。夏の日差しが眩しいだけだ。ふと手のひらを見ると、一枚だけ桜の花びらが残っていた。私は両手で包み込むように、その桜の花びらをやさしく握りしめた。

 明日、冥界の統治責任者を任命する調印式が執り行われる予定だ。私はその式に出席する。周りのみんなが私を推薦してくれた。その期待に応えたいと思う。

 手のひらに一枚だけ残った桜の花びら。私はその花びらを小瓶の中にそっと戻した。
 ふと見ると、山の稜線の向こうには厚い入道雲が浮かんでいた。あの雲はいずれ恵の雨を降らせるだろう。それは大地を満たし、植物を育て、花を咲かせる。その花は桜であって欲しいと、私は心から思った。



 了
読了、お疲れ様です。

前作は会話文オンリーだったので、今回は会話文を出来るだけ排除した作品。
やっぱり、こっちの方が書き易い。地の文って重要ですね。

>1様。ご指摘の通り、妖夢の視点で「妖忌」と呼び捨てにしているのは違和感がありますね。修正します。
 西行妖に近づいて何も影響が無かった点については、「独自設定」ってことで勘弁してください。アラ探しをすれば、色々と矛盾のある設定だとは理解していたのですが、まぁ問題ないだろうと安易に考えていました。次回から気をつけようと思います。貴重なコメントに感謝です。
>2様。誤字報告、ありがとうございます。
三回転ひねり
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コメント



0.410簡易評価
1.100非現実世界に棲む者削除
一ゆゆさまファンとしては何とも受け入れられない結末。
だが、一妖夢ファンとしてはとても良かったと思います。
ゆゆさまの跡を継いで健気に頑張る妖夢の姿はもう涙目になるほど感動します。

おかしいと思った点がいくつか。
妖夢視点でありながら幽々子「様」になっているのに身内の「妖忌」を呼び捨てにしている点。そこは「お祖父様」と敬称にしたほうがよろしいかと思います。(自分の作品で妖忌をまともに書けなかった私が言うのもあれですが...)
そして西行妖が開花したのに妖夢が普通でいられる点。
まあこれは独自設定ならば別に良いのですが、幽々子以上の死の力を持つ西行妖に妖夢が近づいて死は無くとも体調ぐらいは崩すはず。私の解釈が間違っているのならそれでいいですが、もしそうなら本当にすみませんでしたと土下座いたします。
とはいえ私個人としては結構良かったと思います。
長文失礼いたしました。これにて失礼いたします。
ゆゆみょんは私のジャスティス!
2.80名前が無い程度の能力削除
飛飛びついた

 淡々とした記述にこそ、混乱と慟哭と悲嘆が強く表れていて、良かったです。
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100くるりあむーる削除
会話を出来る限り減らしながらも、桜をメインにあらゆる景色、道具を駆使し人物の心情を的確に表して行く。
お話も技巧も、とても素敵な作品でした。
6.90絶望を司る程度の能力削除
悲しいお話ですが、あえて別の一言。
妖夢がんばれぇ!
9.100名前が無い程度の能力削除
会話も心理描写もほとんどなくて、ただ事実を淡々と語っているだけなのに、
妖夢の心情がひしひしと伝わってくるってスゲーのな。お見事です。
10.100とーなす削除
綺麗で悲しいお話でした。