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雲と花 5話:火(前篇)

2014/03/04 17:38:36
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 五話 火(前篇)

 今は昔、京にとある男が住んでいた。彼は、夷人の血を引く者であった。彼らの先祖は数百年前朝廷に下り、以降は俘囚または夷俘と呼ばれながら、各所で細々と暮らしていた。
 さて彼は、陰陽道に深い興味を示していた。彼はある貴族に気に入られていた為、学ぶことはそう難しくはなく、めきめきと才能を開花させていった。このまま行けば、いずれは安倍清明にも匹敵することさえ夢ではないと、多くの者が彼を持て囃した。何より彼自身が、それを強く望んでいた。とは言え、彼と競う者は多くおり、前途は多難と思われていた。
 彼が出世の方法を思いあぐねていたある夜、朱雀門の下を通りがかった彼の頭に、門の楼上から声が降ってきた。
「博打をせぬか。お主が勝てば、願いを一つ叶えようぞ」
 男はそれが噂に聞く朱雀門の鬼の声だとすぐに気付き、その誘いに乗った。そして、男は見事鬼との博打に勝ち、願いを告げた。彼の願いは「自らの力を増すこと」だった。鬼は願いを叶え、彼は他の追随を許さぬ強大な力を得た。彼の競争相手は悉く彼と比肩することを諦め、彼の栄光を掴むに障るモノは何一つなくなったかに思われた。
 そんな折り、一部の俘囚が地方にて反乱を起こした。それは、朝廷の圧政に対する不満から生じたものだった。朝廷は懸命に火消しにあたったが、反乱は各所に飛び火し、一向に収まる気配を見せなかった。
 そして、その火の粉が京の人々の上にも降りかかった。京で反乱が起きたわけではないにも拘わらず、京に住まう人々は俘囚を排斥しようとした。人々は俘囚達を差別し、奴隷とし、苛烈な生活を強いていた為、いつ反乱を起こされても仕方がないと、内心びくびくしていたのだ。
 誰かが「寝首をかかれぬようにしよう。」と言った。また別の誰かが「夷賊は人を喰う。」と叫んだ。そしてまた別の誰かが「やられる前にやらねばならぬ。」と訴えた。そこからはもはや、祭りのような騒ぎだった。
 京に住む俘囚は片端から謀反の疑いで捕えられた。その後無実となっても、そのほとんどが私刑に遭い、命を落とした。数少ない家を持つ者は当然の如くその家を焼かれた。時にはその火が俘囚ではない者の家まで焼き尽くすこともあったが、それさえも「夷賊」の仕業とされ、俘囚の首だけが落とされた。誰も彼もが他者を疑い始め、俘囚であろうとなかろうと、自身の血統を示せない者は私刑の憂き目に遭った。
 そして、彼の男は夜半に家を焼かれた。火を放ったのは、彼の競争相手達だった。家に住まう彼の父母も妻子も、皆黒こげになって死んだ。彼もまた全身に重い火傷を負ったが、命だけは失わなかった。彼は燃え盛る炎の中、焼け死ぬ家族の悲鳴と憎悪の声を聞き、己の怨嗟の命じるままに邪法に手を染め、からくも生き延びたのだ。
 彼はまず始めに、彼に目をかけていた貴族を殺した。その眼を抉り出し、餓鬼に喰い殺させた。その貴族は、俘囚の反乱が起きた当初から、彼からも京の惨状からも目を背けていたのだ。男は、見ざるを許さなかった。
 次に彼は、近所に住まう者を殺した。その舌を引き抜き、餓鬼と共に喰い殺した。彼らは、男の家が反乱など起こさぬと知っていながら、その声を挙げなかったのだ。男は、言わざるを許さなかった。
 その次に彼は、手当たり次第に京人を殺した。人の耳を削ぎ落とし、自ら喰い殺した。京の人々は俘囚の言い分を聞き入れようとせず、恐怖と悪意の向くままに俘囚を追い詰め、殺したのだ。男は、聞かざるを許さなかった。
 そうして男は、自らを貶めた者達を悉く殺して回った。男の競争相手達も、自らの仇と知らぬまま殺した。殺した者の家は、一つ残らず焼き尽くした。殺戮を続ける内に、彼を突き動かしていたはずの復讐心は、次第に消えていた。だが、彼はそれを疑問に思うことはなく、その歩みも止まることはなかった。いつの間にか、とても自然な流れで、彼は人を喰って力を付けることに喜びを覚えていた。燃え盛る炎に美しさを見出していた。ただ妖怪として力を付けることだけが、彼の目的となっていた。
 ある夜、彼はついに検非違使と陰陽師に追い詰められた。彼は激闘の末重症を負い、命からがら逃走した。その後の京ではいつの間にか騒ぎは消え失せ、その話をする者は一人もいなくなっていた。
 男の行方は、誰も知らない。

「――その男が、恐らくお主の想いビトの正体じゃろうな」
 朱雀はそう結び、酒を思い切りあおった後、深いため息を吐いた。
「………」
 朱雀の話した物語。それが、真実ならば……それが、あの男のことならば――。
「全く、人間とは愚かなモノよなぁ。恐怖に囚われ、復讐に呑まれ、何もかも失う。全く以て、愚かで哀れな生き物じゃ」
 嘲笑するように、憐れむように、そう吐き捨てて朱雀は再び酒をあおった。私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「――つまり、あいつも、ここに来たってこと?」
 全身が熱い。じっとりと汗をかいているにもかかわらず、鳥肌が立つ。声が、身体が震える。
「……そうじゃ」
「そ、それじゃあ、あなたがあの男に、あの力を与えたってこと……?」
 あの餓鬼も、寺を焼き尽くした火も?全部、朱雀門の鬼が与えた力?
「……そうじゃ」
「あなたは、それを、ずっと見ていたの……?」
「……そうじゃ」
「じゃあ、私の家族が殺されたのは……」
 あなたのせい?
「……そうか。お主も、家族を――」
「一緒にするな!」
「………」
 気が付いた時には、そう叫んでいた。そう怒っていた。朱雀は何も言い返さず、ただ黙った。その様に更に胸がざわつき、喉元に言葉がこみあげて来る。
「私は、あいつに家族を殺されたのよ?あんたが、あんたが与えたとか言う力で、私はあいつに家族を跡形もなく喰い殺されたのよ?」
 それなのに、お主も、だって?ふざけるな!私とあいつを、一緒にするな!
「そうか。やはり、そうだったか……」
「そうよ!私は、自分の家族が殺されて、それで……それなのに、悲鳴さえ聞けず、死体さえ残されなかったのよ。気付いた時には、もう何もなかったわ……。ねぇ、分かる?家に帰った時、出迎えてくれるはずの家族の姿が、ただの喰いちぎられた腕一本になっていた私の気持ちが。その他には何も残ってないってことだけで、家族の死を認めなくちゃいけなかった私の気持ちが!あの炭と化した寺の前で、餓鬼の血肉と腐乱臭で溢れたあの場所で、何もかもなくなってしまったことを何もないままに認めなくちゃいけなかった私の気持ちが、あんたに分かるの?」
 私は、あいつとは違うんだ。たとえ、同じ家族を殺された身の上だとしても、たとえ同じく復讐に命を懸けているとしても。私の怒りも、恨みも、憎しみも、悲しみも、苦しみも、全部全部、何一つあいつとは違う!
「もしかしたら、どこかで生きてくれてるかもしれないって、そう思いたい気持ちを殺し続けることがどれだけ大変か、あんたに分かるの?」
 ふとした拍子に見そうになる夢を、何度も何度も自分でかなぐり捨てて、何度も何度も赦してはならないと言い聞かせた。あの日見た惨状は、夢に縋ることさえ許さぬほどに残酷だったから。その残酷さに立ち向かうことでしか、私は立つことが出来なかったから。
 そんな弱い人間の気持ちが、妖怪に分かるか。いや、分かってたまるか!
「……あんたには、分かんないでしょうね。あんたは全てを傍観してたんだものね。……いいえ、あなたは自分が与えた力で起きる殺戮劇を観覧して、そうやって酒の肴にしてせせら笑ってたんでしょうね!そんなあんたに、私の、人間の気持ちが分かるわけない!」
「………」
 朱雀は何も言い返さず、俯いている。その態度に、腹が立つ。全てを受け入れたような素振りが許せない。こっちは何も受け入れたくないのに、自分だけ何もかも受け入れるなんて赦せない!
「何とか言ったらどうなのよ!黙ったままなら、私は、このままあんたを殺してあげるわ!あんたも、私の仇なんだからね!」
 立ち上がり、小太刀を抜き、両手で握りしめて上段に構える。
「一輪。もう、そのぐらいに……」
 雲山に肩をがっしりと掴まれる。その手を振り払おうと身をよじる。
「離してよ!雲山は、仇討ちに協力してくれるんじゃなかったの?」
 何度身をよじっても、彼の力に敵わない。抗えば抗う程、自分の肩が痛くなる。だが、それでも――。
「しかし……」
「何よ、あなたも結局、妖怪の肩を持つ気なの?もう人は喰わないって言ってたけど、結局あなたはそっち側なわけ?私が死ぬまで私を守るって、そう約束してくれたじゃない!あれは嘘だったの?あなたは、私を裏切るの?あなただけは信じられると思ったのに!」
 あなただけは信じられるって、そう思おうとしていたのに。唯一の味方だって、そう思っていたのに!
「あなたも私の敵になるなら、私は、あなただって容赦しないわ!」
 肩を抑えられたまま、手首を軸に小太刀を振り回し、雲山の身体を傷つけようとするが、刃は空と雲を斬るばかりで、彼を傷つけることが出来ない。ああ、もどかしい!
「わしは約束を違えはせぬ。お主の敵にもならぬ。お主を裏切りもせぬ」
「じゃあ離してよ!」
「それは出来ぬ」
「どうしてよ!朱雀のせいであいつは私の家族を殺したのに!朱雀も、私の仇なのよ!」
「それでも、殺してはならぬ」
「良いか悪いかは、あなたが決めることじゃない!」
「善悪ではない。わしは、お主に後悔させとうないだけだ」
「後悔?私が、こいつを殺して、後悔するって言うの?」
「あぁ。この鬼は、恐らく何百年と人を喰うておらぬ。この鬼は、お主の憎む人喰いではない」
「そんな事、どうでもいい!こいつは、私の家族を!」
「殺してはおらぬ。この者は、何者をも殺してはおらぬ」
「だけど、こいつのせいであいつは力を得たのよ?こいつのせいで、あいつは私の前に現れたのよ?それなら、こいつが殺したも同然じゃない!」
「縁を責めては、仇は討てぬ。縁を責めれば、何者をも罪人となってしまう。それは、己も同じだ」
 朱雀が力を与えていても、京の人が彼の家族を殺さなければ、彼が狂気に染まることもなかった。俘囚が反乱を起こさなければ、朝廷が圧政を敷かなければ、侵略をしなければ、わたしが皆を守っていれば……たらればは、尽きない。でも、そんな事は、分かっているんだ。
 それでも、赦せないんだ。
「朱雀は妖怪よ。それも、妖怪の中でも強い鬼なのよ?こいつさえその気なれば、あの男を止めることなんて雑作もなかったはずよ。でも、こいつは止めなかった。私は、それが赦せないのよ。止めなかったくせにあんな昔話を聞かせて、まるで復讐を止めろとでも言いたげじゃない。そんな自分勝手、絶対に許せない!」
「……どうなのだ、朱雀殿。お主ならば、奴を止められたのか?」
「……あぁ。そうじゃ。我ならば止められた。何者も殺す前に、奴の息の根を止められた。じゃがな、我は……」
「……何よ?言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ」
 朱雀は更に深く俯き、しばし沈黙した。次に彼女が顔を上げた時、私は息を呑んだ。
「我は、あ奴の復讐を是としたのじゃ!」
 朱雀は眉間に皺よせ、怒りの形相を浮かべたまま、泣いていた。涙と鼻水で顔をぐしょぐしょに濡らしながら、叩きつけるように叫んだ。
「博打の際、あ奴は言うておった。家族の為に必ず勝つと。自らが朝廷に認められる偉大な陰陽師となり、ゆくゆくは俘囚という呼び名を無くし、家族を京人として生かしてやりたいと、そう言うておった。奴が博打に勝った時、我も奴もその願いが叶うと思っておった。だのに、それなのにだ。結末は先ほど話した通りじゃ!奴は京の者に裏切られ、愛する家族を惨殺された!それに怒り復讐するを否定することなど、我には到底出来ぬことじゃった。何故なら、我も怒っておったからじゃ。恐怖に囚われ、悪意に魅入られ、他者を差別し、凌辱し、殺戮する人間共に、怒り狂っておったからじゃ!」
 だから、止めなかった。むしろ応援した。だが、いつの間にか、彼は復讐を棄てていた。気付いた時には、彼は京から逃走し、行方知れずとなってしまったのだと言う。
「我は奴を懸命に探し、つい昨日、奴を愛宕山近辺で見つけた」
「愛宕山……?」
 愛宕山。平安京の北西に位置する山で、山伏たちの修行の地であり、天狗が住むと言い伝えられている霊山。噂では、魔界に通じているという話さえある。そこにあいつがいると、朱雀は言う。
「それを信じるか否かも、そこに向うか否かもお主次第じゃ。どちらにせよ我を殺すというならば、それでも構わぬ。何を語ろうと何を詫びようと、我が奴の共犯者であることは変わらぬ。正義の名の下に我を断罪するならば、我は甘んじてその刃を受けよう」
 朱雀は目をつぶり胸の前で固く腕を組んだ。
「………」
 しばらくの間、誰も何も言わなかった。私も、振り上げた刃を振り下ろすことが出来ずにいた。それは、雲山が私の肩に置かれているからじゃない。雲山の手には、もうほとんど力が込められていない。今ならきっと、簡単に振りほどける。朱雀だって無防備で、今なら簡単に殺せるに違いない。それなのに、私の身体は朱雀を殺せなかった。まるで、自分の身体と心が分離してしまったような感覚だった。あの時、寺の門の前で立ち尽くした時と似ている。
「何よ、何でそんなに潔いのよ……どうして、命乞いの一つもしないのよ!」
 人殺しのくせに、悪人のくせに、どうしてそんな正々堂々としているんだ?どうして死を恐れないんだ?理解できない。なんで、どうして……。
「………」
「鬼のくせに、妖怪のくせに、人間に負けていいわけ?」
 ――まるで、あの時の、雲山みたいじゃないか。あの桜木の下で私に見越され、私を守ると誓ってくれた、あの時の雲山みたいじゃないか。あなたも、雲山と同じだと言うの?私の仇さえも、改心し得ると言うの?赦せると言うの?
「………」
「何とか言いなさいよ!」
 私の叫びが、楼内に木霊する。朱雀は、小さく息を吐くと、目をつぶったまま静かに述べた。
「……惜しむべくは、命ではない。あの時奴を殺さなかったこと、ただそれだけだ。その為に我は、こうしてまた新たな復讐の徒を生み出してしまった。なればこそ、それを果たさせる他に、我の通るべき道はない。仇討を受けるを罰とする他ない。違うか、雲の入道よ」
「……惜しむべくは、己の正義ということか?」
「そうじゃな……正義じゃ。あの時我は、怒りに囚われ正義を失った。今また命に囚われ、その正義を失うことだけはしとうない。お主らがあの男の話を聞きたいと言った時、我はすぐに分かったよ……お主らが、あの男に奪われた者達だと。故に、我はお主らに物語を聞かせた。復讐に呑まれることの是非は、この際関係ない。ただ、互いの正義を為す為にそれが必要だと思い、全てを語った。天地神明に誓って、そこに嘘偽り誇張の一切はない」
「正義……ですって……?」
「あぁ、そうだ。その復讐は、お主らの正義なのだろう?」
 正義を為して死のう。初めは、そう思っていた。復讐も正義だと、そう思っていた。でも、それは本当だろうか?
 復讐が正義なら、あの男も正義を為そうとしていたことになる。だけどそれじゃあ、私の信じた正義は、あいつと同じということなの?私は、あいつを殺す為ならあいつと同じバケモノになっても良いと思った。それも正義だと思った。でも、あいつと同じ正義を為そうとしているだなんて、思いもしなかった。あいつと心まで同じだなんて、嫌だ。この正義だけは違うんだと思っていた。それなのに、それなのに……。
「……分かんないわよ。正義なんて、分かんないわよ!」
 何が正しいのか、何が間違っているのか。もう、何もかも分からない。誰を殺せば良い?誰を赦せば良い?私は、何をしているんだ?何の為にここにいるんだ?
「もう、何にも分かんないわよ!」
 ただ、ここにいたくない。そう思った。だから、視界の隅に移った梯子に向って、駆け出した。雲山の手を振り払い、朱雀に背を向けて。
「一輪!」
 雲山の声を無視し、梯子を降りる。その瞬間、ちらりと見えた村紗は、背中を丸めて小さく震えているように見えた。
「ごめんね」
 反射的にそう発し、私はそのまま梯子を下り、夜の京を駆け抜けた。



この誰得話もついに五話目……なかなか東方キャラを増やせないのは、多分力量不足。元々、一輪&雲山の交流を書きたかったので、仕方ないですね。
それでは、読んで下さった方、ありがとうございました。
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