夕焼けに染まった空に雲が掛かり、山は黒く染まっている。この一週間降りに降った雪は真っ赤にに染め上げられている。今は晴れているが、もうしばらくすれば雲が辺りを覆い尽くしまた天気が荒れるだろう。だが下に居る巫女達はそれに気が付いていない様子でのんびりと話し合っている。今回も人気投票で一位を取るんだと巫女が意気込んでいる。周りの者達がそうはさせない、私が一位だと息巻いている。冗談めいた調子で張り合う少女達に真剣味はまるで無い。きっと人気投票等お祭り騒ぎの一つで、さほど真剣になるものでもないのだろう。それは当然の事で、真剣にならなくとも勝手に票が集まってくるのであれば、誰が真剣になるというのだろう。別に一位を取ったところで何が変わるという訳でもないのだから。
私は少女達を羨ましく思う。人気投票を騒ぐ種としか見ていないというのに、その人気投票であっさり人人の上に立ってしまえる彼女達を心底羨ましく思う。私はこの一週間必死で自分に入れてもらえる様に活動を続け、今日の発表を底冷えする恐怖と共に迎えようとしているのに。
少女達が突然慌てだした。山に掛かった雲に気が付いた様だ。少女達は私に向けて一つ挨拶をすると、雨が降る事を恐れて慌てた様子で各各の家へと帰っていった。走り去っていく少女達の背はあっという間に小さくなり、遅れて発した私の挨拶は少女達に届かない。そんな些細な事ですら、私が彼女達に届かない証左に思えて、私は不安で胸が詰まる様な心地がした。
西を見ると、雲が山を覆い、それと共に夜が来ようとしていた。風が益益冷たくなる。人気投票の発表は刻一刻と近付いている。やれるだけの事はやった。後は結果を待つだけだ。
一週間前、私が柴刈りを終えて戻る途中、命蓮寺の廊下で白蓮と水蜜が今回の人気投票について話し合っているのを見かけた。誰が一位になるのかだとか、誰が躍進するのかだとか、そんな事を話していた。その中に自分達命蓮寺に関する話題は一切出てこなかった。敢えて話題に出さなかった様に見えた。それは当然だろう。命蓮寺の皆は未だに前回の悪夢を覚えている。前回の人気投票での絶望を。
新参者の命蓮寺は最初から上位に食い込めていなかった。単純に知名度が足りない事に加え、盤石な人気を誇る歴戦の強豪達を前にすれば、それを破る事はほとんど不可能に近かった。もしもその牙城に食い込むとなれば、人人が無意識の内に投票してしまう程、人智を越えた人気が必要になるのだろう。
初回から上位とは無縁だったものの、だからと言ってくさっていたわけではなく、初回も二回目も楽しむ事は楽しんでいた。発表前は上位に入る事を期待して、発表の際は人気の上がり下がりに一喜一憂していた。だが来る三度目、つまり前回の人気投票で我我の人気は一気に崩れ落ち、楽しさは一転して恐ろしさに変わった。二十近く順位を落とした者も居り、発表の直前まで和気藹藹としていた居間が一瞬の内に凍り付いた。やがて誰一人として声を発さず、一人また一人と自室へ戻って、それから人気投票の話題が命蓮寺で上がる事は無くなった。順位の落ちた理由は単純に新しく入ってきた者達が増え、票が流れていった為だと思われる。自分達に原因が無いだけに対策の取りようが無い。一位を夢見るだけなら只だと笑っていた命蓮寺の面面は、夢見る事すら許されない凋落に対してどうする事も出来なかった。
だから今回も、人気投票自体が話題にのぼる事はあっても、命蓮寺の順位について言及するものは誰一人として居なかった。自らの心を守る為に、命蓮寺は人気投票に蓋をしていた。
それが私には悔しかった。
命蓮寺の皆がこんな程度の事で怯え、目を逸らしている現実が我慢ならなかった。
柔らかな笑みで人気投票を語る二人の、心の底に淀んだ敗北への恐怖を、どうしようもなく打ち砕いてやりたいと思った。
元元私は人気投票にあまり積極的ではなかった。人気等自分には無縁のものであったし、他人と優劣を付けて競い合うという事にも興味が無い。興味のある者だけが一喜一憂していれば良いと思っていた。そんな私だから、前回の人気投票で周りが落胆して、寝込む者まで現れても、慰めこそすれ自分が良い順位を取ろうなんて思わなかった。そんな自分がどうして今になって人気投票で勝ちたいと思う様になったのか考えると、幻想郷がええじゃないかと騒ぎあっていたあの異変が一番の原因なのではないかと思える。あの異変の熱量は常軌を逸していた。人間も妖怪も熱狂し合い、その人気という名の熱量を受けた人気者達が戦い合っていた。きっとあの時の熱気にあてられたのだろう。後ろに控えて人気とは無縁だった自分でも幻想郷を覆える事を証明したかった。自分が柄にも無く誰かの上に立ちたいと考えたのは、きっとそれだけの事に違いない。
そして、そんな自分だからこそ人気投票で億面も無く上を目指せるのだ。命蓮寺の他の者達には任せられない。何故なら、もしも一位を目指すなら、純粋な人気投票への参加ではなく、積極的に自分に票を入れさせるという勝負事に持ち込まなければならないからだ。言ってしまえば、勝負とはどんな綺麗事を並べ立てようと他人の頭を踏みつけるという事。一位を奪うという事は、一位を蹴落とす事に他ならない。そんな醜い事を、民衆の導き手である白蓮やそれに付き従う心清らかな命蓮寺の面面にさせる訳にはいかない。人人から嫌われ続けた自分の様な妖怪こそがその適任なのだ。
過去の実績から言って、全体の投票者は三万から四万人、それが一人五票であるから投票数は十五万から二十万票、その中で一位を取得するにはおよそ八千から一万票を得る必要がある。問題は二つ。
一つは、大多数の人間は投票という祭り自体は楽しんでいるものの、わざわざ幾つも無い投票所まで出向いて投票する気が無い。自宅で投票の結果だけを楽しんでいる。翻せば、投票に行く者はそれだけその者に入れたいという強い意思を持っている。つまり流されやすい浮動票がほとんど無い。順位の変動は限りなく固定票に近い浮動票の食い千切り合いになる。とどのつまり力と力の殴り合い。より人気のある者が有利な戦いだ。
二つは、一人五票という投票システム。自分の好きな上位五名を選ぶという事は、例え誰かの一番が変動したとしても、一位はそのまま二位にスライドして結局は投票を得られるという事だ。そして蹴落とされるのは、五位だった者。結果、元一位だった者の票数は変わらない。ここでも元からの人気が物を言う。
更に極端な話をすれば、もしも一人一票であれば、自分が全ての投票を手に入れる事が出来れば、他には一切投票が無いのだから、自動的に単独一位になれる。しかし一人五票の場合、例え全ての投票者に支持されたとしても、最悪自分の他に一位の者が四人出てきてしまう。
総括すればこの人気投票は徹底的に上位が有利。下位の者は相手にならないし、なったとしても一位を陥落させるのは至難の業。初めから勝ち目の無い戦いだ。
ではそれを覆すにはどうすれば良いのか。
方法は至極簡単だ。
潜在的な浮動票を掘り返し、作り出す。
勝算はある。
この人気投票は、妖怪も人間も関係無く誰に対しても投票を行う事が出来るが、実際に票が入りランキング入りするのは何万と居る住人の内の数百程度。上位に入るのは言わずもがな不可能に近いが、それどころか私の様に僅かですら票が入る者自体極極僅かなのである。何故なら元元の投票率の低さに加え、投票には一人五票という制限が付いている為、一部の異常な人気を誇る者達に票を吸い取られてしまって他へ回らない。幻想郷全体の人口からすればほとんど全ての者は零票で、恋人から等の身内票でようやっと一票を得られる程度なのだ。その上なお、ようやく入った一票にはそれと別に人気者への四票がついている。
こうした一部の者ばかりが票を取り、ほとんどの者達に票が行かない現状に、不満を感じる者は少なくない。現に人気投票が催されると伝わると、妖怪や人間のコミュニティではそこかしこで、どうせ今回も自分には入らない、多くの票が入る者達が羨ましい、ずるい、妬ましいという会話が交わされる。
今回私が一位を取る事はそういった下下の、投票に絡めない者達の反逆にもなるのだ。人気投票という祭りに舞い上がった者達は、興味本位であれ、ジャイアントキラーの誕生を熱望する。上を見上げながらも勝つ事の出来無い燻った者達に、遥か上空から自分を見下ろしてくる巨人達を打破するという夢を見せる事で、その旗頭として大きな票を得る事が出来る。
浮動票が無いのであれば、作ってしまえば良い。
前回の一位と並ぶには一万票が必要だ。
浮動票を掘り返せばその分上位の者への票数も増える。前回一万票を取った一位は投票者数四万の実に四分の一を得ていたのだから、単純に考えれば一位を取るには、私へ投票する一万五千の浮動票を手に入れなければならない。
ところがここで天が私に味方する。それは正しく天の助け。投票期間に大雪が降るのだ。その事を私は知っていた。
雪が降れば投票所から遠く離れた者は投票に来られない。近場の者も雪かきに追われる。村落の配置や大雪を物ともしない能力者等を考慮して、雪が降った場合の全投票者数はおよそ三万人、その四分の一の七千五百票が一位の取り分となる。そこから算出される勝利に必要な新規投票者数は一万。一万人が新たに私へ投票すれば、その内の四分の一が一位へ流れたとしても勝てる。本来必要な一万五千から雪のお陰で一気に三分の二である一万になる。出来無い数字ではない。
そうして私は票集めに奔走した。人里や妖怪の里を手当たり次第に訪問し、今回私に投票する事の面白さをまとめたPR動画を見せつける。それで靡かない者も居るには居るが、そうであればさっさと見切りをつける。脅すのも良いが、流石にそれをすれば命蓮寺に迷惑が掛かる。あくまで宣伝活動に力を注ぐ事にした。
当初は不安に思っていたが、存外に好評で、皆面白そうに動画を見てくれた。三日を過ぎると私の噂が伝播したのか、訪れた村では既に私が来る事を承知済みで動画を見せて欲しいと請われる事もあった。そこで私にはもう一つ追い風がある事に気が付いた。
そもそも下位の者は知名度が無い。上位の者と同じ位、魅力的な者や大きな事を為した者が居たとしても、それが知られていなければ意味が無い。妖怪と人間という壁。距離という壁。そんな数多の壁の所為で、下位の者達の魅力が伝わりきっていない。
だから新参者は不利なのだ。前回、幻想郷中がええじゃないかに湧いて、宗教家同士が人気を掛けて戦いあった時ですら、あれだけ熱狂したのに、その騒動の中心に居た白蓮や神子を知らない者が幻想郷には沢山居る。一方、ただの一度紅霧異変を起こしたレミリア・スカーレットはそれからほとんど人前に姿を見せていないというのに、時間という最大の優位性を利用して幻想郷中に知れ渡っている。
逆に言えば、知名度さえ伸ばせれば十分上を目指せる者がごろごろと転がっている。そうして今正に私のやっている事は知名度を売り歩く事だった。
一週間が経った今日、最後の里を訪問し終え、私の弾き出した投票予想結果は私が一万二千票を取得して、一万一千票の博麗霊夢に対して勝利を収めるというもの。その瞬間、私は柄にも無く空に向かって吠えていた。
勝てる。
私でも勝てるのだという事を証明出来る。
命蓮寺の淀んだ暗雲を払拭出来る。
意気揚揚として命蓮寺へ帰る途中、山の中で少女が襲われているのを見掛けた。幻想郷では日常茶飯事だ。無秩序な食事を禁止された今、力無い妖怪は恐れられる事が少なくなった。だから少しでも脅かしやすい子供を狙う。妖怪だけじゃない。人間も妖怪の子供を追い立てる。いつも襲われていた憂さ晴らしの為に、あるいは単純に弱い者を良心の呵責無しにいたぶる為に。そんな醜い光景をそこかしこで見掛ける。
見ていてこれほど苛立つ事は無い。強い者が弱い者を一方的に虐げる。そこにどんな正義がある。そこにどんな道理がある。
ある筈が無い。
その行為に許される理由なんて一切無い。
だから私は襲われる子供を見掛ける度に助けている。今回も殆ど条件反射で、襲っていた妖怪をのして、泣きじゃくる子供を助けだした。子供は私を認めると、たちまちの間に涙を止めて、人気投票さん、と私を呼んだ。どうやら人気投票で一位を獲得する為に奔走した私を、巷ではそう呼んでいるらしい。あまり気持ちの良い呼称では無かったが、子供が泣き止んだから良しとして、私は黙って子供を村に送り届ける事にした。
道中、黙っている私に子供が聞いた。そんなに人気投票が大事なのか、と。その何気無い問いに、私は即答する事が出来なかった。本当に私にとって人気投票は大事なのか。一週間駆けずり回る程の価値があったのか。勝利を確信した瞬間を境に心が冷めていくのを実感する。私は慌ててその疑念を振り払い、力強く頷いてみせた。そうしないと、自分の中で何かが崩れてしまいそうな気がした。
子供を送り届けて、再び命蓮寺へ戻ろうとした時、今度はぬえが現れた。
「これはこれは、人気投票さん。子供を助けて最後のラストスパートですか? この辺りは雪の所為で投票所に行っていませんもんね! 少しでも自分の投票数を増やそうって魂胆、流石です!」
早速神経を逆撫でしてくる。
私が無視をして行こうとすると、ぬえが後ろをついてきた。
「まさかとは思うけど、もしかして本気で一位を狙ってる?」
何が言いたい。
無理だとでも言うのだろうか。
だがあいにく計算上、私は一位に立っている。
私が頷くと、ぬえが笑った。
「もしかして投票箱とか投票用紙に細工でもしたの? それとも集計係を買収した?」
私は首を横に振る。
そんな事、思いつきもしなかった。
だが思い付いてもやらなかっただろう。
あまりにも卑怯な方法だ。そんな事をすれば、そもそも人気投票の意味が無くなってしまう。
するとぬえの笑いが変化した。酷く馬鹿にした様な嘲笑を浴びせてきた。
「何かずれてるよね。人気投票じゃなくて、勝負か何かと勘違いしてない?」
私はあくまで人気投票ではなく、人気投票という形式の勝負で相手を打ち負かそうとしたのだ。
「もしも人気投票の形を借りた勝負だなんて思っているのなら、勘違いも甚だしいよ」
どうして。
「だってこの人気投票はどこまで行ったって人気投票だからさ。幾らどれだけ小細工を仕掛けたって、人気のある者が勝てる様に出来ている。もしもそれを弱者が覆すのであれば、人気投票というお城ごとひっくり返さなくちゃいけなかったのに、あんたはそれをしなかった!」
何を言っているんだ。
戯言だ。
現に投票結果の予想で私は一位になっている。確かに私の予想は計算の上であって、もしかしたらそれに届かないかもしれない。それでも大きく票数を伸ばせる筈だ。一位に届かなかったとしても、それなりの順位を示す事が出来る。人気のある白蓮達は自分の更に上へ行ける事に気が付く筈だ。そうすれば命蓮寺の暗い雰囲気を払拭出来る。
「疑うのなら結果発表のその時まで疑っていると良いよ。でもどんなに疑ったって、その時表示された票数が何にも増した真実だ」
そう勝ち誇って、ぬえは何処かへ行ってしまった。
馬鹿げが事だ。何の根拠も無い。
真実は私の勝利で終わる。
そう確信している筈なのに、心の内から不安が溢れ出てきた。その不安は最後まで払拭出来なかった。
深夜になって命蓮寺の者達が居間に集まった。結果を見るのが怖いからと、誰ともなく発案し、ナズーリンが一人一人の結果を発表する事になり、ナズーリンは画面を前にして投票結果が発表されるのを待っている。星が背後からナズーリンに抱きついて背中に顔を埋めている所為か酷く窮屈そうであったが、誰もそれを咎める者は居ない。誰しもその不安を分かっている。誰もが緊張で胸が張り裂けそうになっていた。
そうして時が過ぎ、発表時刻の零時を回る。
誰かが息を飲んだ。
場の緊張が最大限まで張り詰める。
白蓮が聞いた。
「結果はいかがですか?」
「まだ発表されてない」
ナズーリンが淡淡と答える。
それから十秒毎に誰かがナズーリンに結果を尋ね、ナズーリンはまだ発表されていないと答えるのが続く。段段と緊張が苛立ちに変わっていくのが分かった。不安で押しつぶされそうだった。
「出た!」
突然ナズーリンが叫んだ。途端に全員が体を跳ね上げた。星が一際大きくびくついて、座卓に膝をぶつけ呻き声をあげる。
「誰のから発表する?」
「それでは可哀想ですし、星から」
「分かった。ご主人からね」
ナズーリンは頷くと躊躇無く言った。
「寅丸星、四十八位、千二百二十票、前回から一つ順位が下がった」
一気にその場が弛緩した。喜びでも悲しみでもない。安堵だ。星は前回十一も順位を下げた。それが今回はただの一つで済んだ。今回はきっと前回程散散な結果にはならないだろうという安堵。
完全に負け戦だった。誰も勝つ事を望んでいない。ただ大きく負けなければそれで良いと思っている。
私だけがまだ勝てると思っている。
続いて白蓮が三つ順位を上げて場が湧いた。前回四つも落としていたのにそれが好転。誰もがそれを喜んだ。
だが小さい。結局順位は二十位。一位にはほど遠い。
それからも一人一人順位が発表され、大きく落とした者は居らず、場は完全に弛緩しきった。私はそんな中、じっと私の順位が発表されるのを待ち続けた。途中、私の結果とは別に、気になっていた一輪の順位が発表された。五十七位から七十四位と十七も落として前回二日程寝込んだのから一転して、今回は七十位と四つも順位を上げた。それは素直に嬉しかった。
そうして遂に私の順位が発表される。
「雲山」
来る。
この一週間の成果が遂に発表される。
一位を取る為に過ごしたこの一週間の事が思い起こされる。
初めは自分でも何処か不可能だと思っていた。けれど最初の里で思わぬ好評を受け自信を付けた。それから回る先回る先、何処でも好評で、一位を取る確固とした道筋が出来た気がした。そして今日で全ての里を回り終え、でた予測が堂堂の第一位。
不安に思う事は無い。
この一週間やって来た事を信じているだけで良い。
私は勝てる。
「嘘!」
ナズーリンが驚いた様に呟いて口元に手を当てた。
確信する。
信じられない順位が出たのだ。
来い。
「雲山」
来い!
「百四十三位、十二票、六十三位ダウン!」
部屋がざわめいた。
一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。遅れて理解が及ぶと、体が震えてきた。
「その雲山の順位は本当ですか、ナズーリン。幾ら何でも、何かの間違いでは?」
「本当だよ。疑うなら見てみれば良い」
全員がナズーリンの周りに集まった。私も後ろから覗きこむ。
そこには確かに私が十二票しか取れなかった事、前回から六十三も順位を落とした事が書かれていた。
信じられなかった。
何か今のこの瞬間がまるで幻の様な心地がした。
この一週間あれだけ精を出し、あれだけ好評を受け、己の勝利を確信したのに、どうしてこの様な順位になったのか。
嘘だとしか思えなかった。
その時、ぬえが笑い声を上げた。
全員がぎょっとしてぬえを見ると、ぬえは私を不敵な目付きで見つめていた。
「どう? 言った通りだったでしょ? これが現実だよ」
どうしてだ。
どうしてこうなった。
「信じられない? でも本当。言ったでしょ? 端っから勘違いしてるって。これは決して勝負事なんかじゃない。どんな理屈を並べたって、戦う土台は人気投票なのよ」
何が違う。
「票を取る勝負じゃないって事。もしも人気投票で戦うならあんたは人気を得なければならなかった。それが出来ないから、人気取りじゃなくて、自分に投票するメリットを示して、投票を促したんでしょうけど、そんなのじゃ票を得られない」
けれど作った動画は好評で。
「むしろあんたの努力は逆効果。露骨に票を稼ぐ様な奴に一体誰が投票するっていうの? だから今まで投票していた人達もあんたから離れていったのよ。この一週間、自分の評価が一切耳に入らなかったみたいね。誰も彼もが影で馬鹿にしていたわよ。親父の姿をした雲の妖怪が必死になって無駄な事をしているぞって。現にあんたのプロモーションムービーを見ている奴等はみんな笑っていたでしょう」
「ちょっとぬえ! 何、追い打ちかけてんのよ! 止めなさい!」
頭の中が全てごちゃごちゃになって何が何だか分からなくなった。ただ人人の笑い声がこれでもかという位に私の事を笑っていた。
居ても立っても居られなくなって、私は外へ飛び出し、そのまま何処かへ飛び去ろうと思ったものの、庭先ですぐに立ち尽くす。
深深と雪が降っていた。星月は隠れ、辺りは暗い。少し先には屋内の光も届かず、真っ暗な闇が壁の様に聳えている。巨大な壁だった。乗り越える事を想像する事すら出来無い位に巨大な壁だった。
「雲山」
一輪に声を掛けられても私は振り向かずに闇を見つめた。背後には皆が集まっている。それに顔を向ける事がどうしても出来なかった。
「一輪、私は」
「分かってるよ。頑張ってたよね。まあ、今回は残念だったけどさ、また次回に頑張れば良いじゃん」
一輪だけでなく白蓮も気遣わしげに慰めてくる。
「そうですよ。今回は何かの間違いです。あれだけ頑張ってたんですから、次はきっと」
その慰めが一一私の胸に突き刺さった。慰める為に放たれた明らかに嘘だと分かる言葉が私を責め苛んでくる。耳を塞ぎたくなるも、体が動かせず、私はじっと闇を見続けた。
またぬえの笑いが聞こえた。
「あんた等、何知った風な口で雲山を責めてる訳? 私はそういう仲間外れみたいな真似が一番嫌いなの」
「何を言ってるの? 私は雲山を慰めようと」
「してないじゃん! 本心からそう思ってる? 本気で、次回頑張ってほしいと思ってる? 思ってないわよねぇ? だってあんた等みんな、雲山がそこら中で恥かいているのを見て眉を顰めていたじゃん」
「それは雲山の気が済むまでやらせようと」
「でも、やめた方が良いのにって言ってたよね。恥かくだけだって呆れてたよね。なのにこの期に及んでまだ嘘を吐いて、分かりきった未来を知らないふりして、恥をかかせようとするの? 雲山はあんた等の為に一位を取ろうとしていたのに!」
「私達の為? どういう事ですか、雲山」
私が答えるよりも先にぬえが答えた。
「前回の人気投票であんた達が凄く落ち込んでたでしょ? 今回だってわざとらしく自分達の順位に触れない様にしていたじゃない。痛痛しくもさぁ。そんなあんた達を見ているのが辛かったから、元気づける為に一位を目指してたのに。なのにみんな呆れる事しかしなかった!」
「本当なの、雲山?」
一輪が私に問い尋ねてくる。
どうだろう?
私自身も良く分からない。
「雲山、本当に」
「一輪、私は一位を取りたかった」
一位を取りたかった。
それは何故だ?
「どうして?」
分からない。
振り返る。
一輪が心配そうな顔をして立っていた。頭と肩に雪を積もらせて唇を震わせている。ただ私を見つめてくる眼差しだけはその身に似合わぬ程の強さを湛えていて。
ふと初めて一輪と出会った時の事を思い出した。
出会った時、一輪は震えていた。私を恐れ、俯き加減に唇を震わせていた。しゃくりを上げ今にも泣き出しそうで、遂に泣き声が上がると思ったその時、一輪は震える口元に無理矢理笑みを浮かべ、そうして私を撃退する呪文を唱えた。あっという間に正体を暴かれた私はそこで初めて一輪と目を合わせた。涙の溜まった目は子供とは思えない程の光を放っていた。全身を恐れで震わせているにも関わらず、敗北した私に仲間になれと上擦った震え声で命令してきた。紛れも無く一輪は強さを持っていた。けれどそれは酷く危なっかしい強さで、私はそれを守る事を誓ったのだ。
そういう事だったのだ。
ただそれだけの事だった。
色色理由を付けたけれど、結局はただその強さを守りたかっただけ。
それにあれこれ理由を付けたのは、忘れていた、のではなく、気恥ずかしかったのだろうか。殊更守る必要等無くなったこの幻想郷で、今更守る等と真剣に息巻く事が。
「一輪、私は落ち込んでしまった君を励ましたかった」
あまりの事に二日間も寝込み、その後も憔悴していた一輪を励ましたいと思った。また人気投票があると聞いた時、守らなくてはいけないと思った。
でも。
「私のした事は全部無駄だったんだな」
結局一位なんて夢のまた夢。
でも。
「雲山、そんな事無い。あんたは頑張って」
「そうじゃない。そういう事じゃないんだ」
私の人気投票の結果なんてどうでも良い。
「だって君は順位を上げたじゃないか」
七十四位から七十位へ。
それは確かに小さな一歩かもしれないけれど。
間違いなく躍進への第一歩。
私のした事と関係無く一輪は前に進んでいた。
昔の様に私の守りなんて必要としていない。
一輪はもう一人で歩んでいける。
もしも今回の事で、私が負けたというのなら、一輪が一人で歩める事に気がつけなかった自分自身に負けたのだ。
「言い忘れていたよ。順位が上がって、おめでとう」
一輪が強く目を瞑って、涙を流し始めた。
本当なら一輪を泣かせた奴が居たらぶん殴っているところだけれど、雲の化け物じゃ殴ってもしょうがない。予め人気投票で凄まじい懲罰を受けた訳だし。
「雲山!」
縁側に経ったナズーリンが部屋の中を指さした。
「こっち! 投票結果を見て!」
ナズーリンに促されて投票結果を見に行くと、さっきまでの順位表ではなく、雪の降る投票場が映っていて、そこに沢山の子供達が集まっていた。降りしきる雪の中、体を震わせた子供達がわいわいと騒いでいる。。
何事だろうと見ていると、画面の中の選挙委員長である八雲紫が画面越しだというのにこちらに気が付いた。
「あ、雲山。見て、この子達。あんたに投票しに来たの」
私に?
すると子供の内の一人がそれに反応した。それは今日の夕方に妖怪から助けた子供だった。
「あ、人気投票さん! 今日は助けてくれてありがとうございます! 人気投票さんにとって大事みたいだから、私人気投票には来ないつもりだったけど、投票しに来ました」
他の子供達もそれに気が付いて次次に画面の前に集まりだした。誰も彼もが騒ぎ立てながら、私に対してお礼を言い述べている。その誰もが見覚えのある顔だった。幻想郷の何処かで助けた人間や妖怪の子供達が雪の降る画面の前で元気一杯に私へ向けてお礼を言っている。
画面外から八雲紫の声が聞こえてきた。
「今回は雪だったでしょ? だから子供達を遠出させないところが多くて、いつになく子供達の投票が少なかったの。それが順位に影響を与えていた訳。あんたなんかその最もたる例でしょ? 子供を助けるみんなの味方。いつも投票は子供からのばかりだったものね」
そうだったのか。投票してくれた者の年齢層なんて気にした事が無かった。
「そんな中、この子が」
そう言って画面外から八雲紫が今日の夕方助けた子供の肩に手を置いた。
「周りの子に声を掛けて投票に来たらしいの。一部の地域の子供達だけだけど」
紫が画面を覗き込む。画面いっぱいに紫の胡散臭い笑みが映った。
「何にせよ、こんな雪の降る夜中に来た子供達を投票締め切りだからって追い返すのは酷でしょう? だから特別に投票を認めてあげたの。既に発表しちゃったところ悪いけど、投票結果が変わるわよ。じゃあ」
その瞬間、画面が切り替わって順位表が移り変わった。子供達の入れた票の分だけ結果が少しずつ変わっていた。
そして私の順位も。
ナズーリンがそれを読み上げる。
「雲山、九十七位、百四十票、前回から十下がってるけど、でもさっきに比べたら大躍進!」
途端に周りの皆が喜びの声を上げ始めた。私はそれを何処か遠くに聞きながら、順位表をじっと眺めた。画面の向こうから子供達の歓声も聞こえてくる様な気がした。
じっと順位を見つめながら私は思う。
結局私のこの一週間は無駄だった。
一位なんか遥かに及ばず、順位だって前回より下がり、しかも票を入れてくれたのは動画に感化されてという訳じゃない。
それでもまた次回があれば、動画を作って幻想郷中に見せて回ろうと思う。
今度は私に入れる事のメリットを語る動画ではなく、人気投票で票を入れる事がどんなに素晴らしいかを伝える動画だ。
その一票を入れてもらえる事がこんなにも嬉しいから。
その一票を入れる事でこんなにも誰かを喜ばせる事が出来るから。
だから私は次回の投票でも幻想郷で笑われようと思う。
振り返ると、部屋中が既に乱痴気騒ぎの様相を見せ始めていた。誰も彼もが笑って般若湯をかっ喰らっている。
「雲山、黙ってこちらを気遣うなんて水臭いでは無いですか!」
「ほら、お詫びにこのお湯飲んで!」
この束の間に一体どれだけ飲んだのか。いつの間にか顔を真赤にした白蓮と一輪は私を掴まえると、鼻と口に酒を流し込んできた。それを切っ掛けに、一気に酩酊して、私も難しい事を忘れて乱痴気騒ぎに参加する。
酔っ払っても志だけは忘れない。
また次回もこうして皆で笑うのだ。
私は少女達を羨ましく思う。人気投票を騒ぐ種としか見ていないというのに、その人気投票であっさり人人の上に立ってしまえる彼女達を心底羨ましく思う。私はこの一週間必死で自分に入れてもらえる様に活動を続け、今日の発表を底冷えする恐怖と共に迎えようとしているのに。
少女達が突然慌てだした。山に掛かった雲に気が付いた様だ。少女達は私に向けて一つ挨拶をすると、雨が降る事を恐れて慌てた様子で各各の家へと帰っていった。走り去っていく少女達の背はあっという間に小さくなり、遅れて発した私の挨拶は少女達に届かない。そんな些細な事ですら、私が彼女達に届かない証左に思えて、私は不安で胸が詰まる様な心地がした。
西を見ると、雲が山を覆い、それと共に夜が来ようとしていた。風が益益冷たくなる。人気投票の発表は刻一刻と近付いている。やれるだけの事はやった。後は結果を待つだけだ。
一週間前、私が柴刈りを終えて戻る途中、命蓮寺の廊下で白蓮と水蜜が今回の人気投票について話し合っているのを見かけた。誰が一位になるのかだとか、誰が躍進するのかだとか、そんな事を話していた。その中に自分達命蓮寺に関する話題は一切出てこなかった。敢えて話題に出さなかった様に見えた。それは当然だろう。命蓮寺の皆は未だに前回の悪夢を覚えている。前回の人気投票での絶望を。
新参者の命蓮寺は最初から上位に食い込めていなかった。単純に知名度が足りない事に加え、盤石な人気を誇る歴戦の強豪達を前にすれば、それを破る事はほとんど不可能に近かった。もしもその牙城に食い込むとなれば、人人が無意識の内に投票してしまう程、人智を越えた人気が必要になるのだろう。
初回から上位とは無縁だったものの、だからと言ってくさっていたわけではなく、初回も二回目も楽しむ事は楽しんでいた。発表前は上位に入る事を期待して、発表の際は人気の上がり下がりに一喜一憂していた。だが来る三度目、つまり前回の人気投票で我我の人気は一気に崩れ落ち、楽しさは一転して恐ろしさに変わった。二十近く順位を落とした者も居り、発表の直前まで和気藹藹としていた居間が一瞬の内に凍り付いた。やがて誰一人として声を発さず、一人また一人と自室へ戻って、それから人気投票の話題が命蓮寺で上がる事は無くなった。順位の落ちた理由は単純に新しく入ってきた者達が増え、票が流れていった為だと思われる。自分達に原因が無いだけに対策の取りようが無い。一位を夢見るだけなら只だと笑っていた命蓮寺の面面は、夢見る事すら許されない凋落に対してどうする事も出来なかった。
だから今回も、人気投票自体が話題にのぼる事はあっても、命蓮寺の順位について言及するものは誰一人として居なかった。自らの心を守る為に、命蓮寺は人気投票に蓋をしていた。
それが私には悔しかった。
命蓮寺の皆がこんな程度の事で怯え、目を逸らしている現実が我慢ならなかった。
柔らかな笑みで人気投票を語る二人の、心の底に淀んだ敗北への恐怖を、どうしようもなく打ち砕いてやりたいと思った。
元元私は人気投票にあまり積極的ではなかった。人気等自分には無縁のものであったし、他人と優劣を付けて競い合うという事にも興味が無い。興味のある者だけが一喜一憂していれば良いと思っていた。そんな私だから、前回の人気投票で周りが落胆して、寝込む者まで現れても、慰めこそすれ自分が良い順位を取ろうなんて思わなかった。そんな自分がどうして今になって人気投票で勝ちたいと思う様になったのか考えると、幻想郷がええじゃないかと騒ぎあっていたあの異変が一番の原因なのではないかと思える。あの異変の熱量は常軌を逸していた。人間も妖怪も熱狂し合い、その人気という名の熱量を受けた人気者達が戦い合っていた。きっとあの時の熱気にあてられたのだろう。後ろに控えて人気とは無縁だった自分でも幻想郷を覆える事を証明したかった。自分が柄にも無く誰かの上に立ちたいと考えたのは、きっとそれだけの事に違いない。
そして、そんな自分だからこそ人気投票で億面も無く上を目指せるのだ。命蓮寺の他の者達には任せられない。何故なら、もしも一位を目指すなら、純粋な人気投票への参加ではなく、積極的に自分に票を入れさせるという勝負事に持ち込まなければならないからだ。言ってしまえば、勝負とはどんな綺麗事を並べ立てようと他人の頭を踏みつけるという事。一位を奪うという事は、一位を蹴落とす事に他ならない。そんな醜い事を、民衆の導き手である白蓮やそれに付き従う心清らかな命蓮寺の面面にさせる訳にはいかない。人人から嫌われ続けた自分の様な妖怪こそがその適任なのだ。
過去の実績から言って、全体の投票者は三万から四万人、それが一人五票であるから投票数は十五万から二十万票、その中で一位を取得するにはおよそ八千から一万票を得る必要がある。問題は二つ。
一つは、大多数の人間は投票という祭り自体は楽しんでいるものの、わざわざ幾つも無い投票所まで出向いて投票する気が無い。自宅で投票の結果だけを楽しんでいる。翻せば、投票に行く者はそれだけその者に入れたいという強い意思を持っている。つまり流されやすい浮動票がほとんど無い。順位の変動は限りなく固定票に近い浮動票の食い千切り合いになる。とどのつまり力と力の殴り合い。より人気のある者が有利な戦いだ。
二つは、一人五票という投票システム。自分の好きな上位五名を選ぶという事は、例え誰かの一番が変動したとしても、一位はそのまま二位にスライドして結局は投票を得られるという事だ。そして蹴落とされるのは、五位だった者。結果、元一位だった者の票数は変わらない。ここでも元からの人気が物を言う。
更に極端な話をすれば、もしも一人一票であれば、自分が全ての投票を手に入れる事が出来れば、他には一切投票が無いのだから、自動的に単独一位になれる。しかし一人五票の場合、例え全ての投票者に支持されたとしても、最悪自分の他に一位の者が四人出てきてしまう。
総括すればこの人気投票は徹底的に上位が有利。下位の者は相手にならないし、なったとしても一位を陥落させるのは至難の業。初めから勝ち目の無い戦いだ。
ではそれを覆すにはどうすれば良いのか。
方法は至極簡単だ。
潜在的な浮動票を掘り返し、作り出す。
勝算はある。
この人気投票は、妖怪も人間も関係無く誰に対しても投票を行う事が出来るが、実際に票が入りランキング入りするのは何万と居る住人の内の数百程度。上位に入るのは言わずもがな不可能に近いが、それどころか私の様に僅かですら票が入る者自体極極僅かなのである。何故なら元元の投票率の低さに加え、投票には一人五票という制限が付いている為、一部の異常な人気を誇る者達に票を吸い取られてしまって他へ回らない。幻想郷全体の人口からすればほとんど全ての者は零票で、恋人から等の身内票でようやっと一票を得られる程度なのだ。その上なお、ようやく入った一票にはそれと別に人気者への四票がついている。
こうした一部の者ばかりが票を取り、ほとんどの者達に票が行かない現状に、不満を感じる者は少なくない。現に人気投票が催されると伝わると、妖怪や人間のコミュニティではそこかしこで、どうせ今回も自分には入らない、多くの票が入る者達が羨ましい、ずるい、妬ましいという会話が交わされる。
今回私が一位を取る事はそういった下下の、投票に絡めない者達の反逆にもなるのだ。人気投票という祭りに舞い上がった者達は、興味本位であれ、ジャイアントキラーの誕生を熱望する。上を見上げながらも勝つ事の出来無い燻った者達に、遥か上空から自分を見下ろしてくる巨人達を打破するという夢を見せる事で、その旗頭として大きな票を得る事が出来る。
浮動票が無いのであれば、作ってしまえば良い。
前回の一位と並ぶには一万票が必要だ。
浮動票を掘り返せばその分上位の者への票数も増える。前回一万票を取った一位は投票者数四万の実に四分の一を得ていたのだから、単純に考えれば一位を取るには、私へ投票する一万五千の浮動票を手に入れなければならない。
ところがここで天が私に味方する。それは正しく天の助け。投票期間に大雪が降るのだ。その事を私は知っていた。
雪が降れば投票所から遠く離れた者は投票に来られない。近場の者も雪かきに追われる。村落の配置や大雪を物ともしない能力者等を考慮して、雪が降った場合の全投票者数はおよそ三万人、その四分の一の七千五百票が一位の取り分となる。そこから算出される勝利に必要な新規投票者数は一万。一万人が新たに私へ投票すれば、その内の四分の一が一位へ流れたとしても勝てる。本来必要な一万五千から雪のお陰で一気に三分の二である一万になる。出来無い数字ではない。
そうして私は票集めに奔走した。人里や妖怪の里を手当たり次第に訪問し、今回私に投票する事の面白さをまとめたPR動画を見せつける。それで靡かない者も居るには居るが、そうであればさっさと見切りをつける。脅すのも良いが、流石にそれをすれば命蓮寺に迷惑が掛かる。あくまで宣伝活動に力を注ぐ事にした。
当初は不安に思っていたが、存外に好評で、皆面白そうに動画を見てくれた。三日を過ぎると私の噂が伝播したのか、訪れた村では既に私が来る事を承知済みで動画を見せて欲しいと請われる事もあった。そこで私にはもう一つ追い風がある事に気が付いた。
そもそも下位の者は知名度が無い。上位の者と同じ位、魅力的な者や大きな事を為した者が居たとしても、それが知られていなければ意味が無い。妖怪と人間という壁。距離という壁。そんな数多の壁の所為で、下位の者達の魅力が伝わりきっていない。
だから新参者は不利なのだ。前回、幻想郷中がええじゃないかに湧いて、宗教家同士が人気を掛けて戦いあった時ですら、あれだけ熱狂したのに、その騒動の中心に居た白蓮や神子を知らない者が幻想郷には沢山居る。一方、ただの一度紅霧異変を起こしたレミリア・スカーレットはそれからほとんど人前に姿を見せていないというのに、時間という最大の優位性を利用して幻想郷中に知れ渡っている。
逆に言えば、知名度さえ伸ばせれば十分上を目指せる者がごろごろと転がっている。そうして今正に私のやっている事は知名度を売り歩く事だった。
一週間が経った今日、最後の里を訪問し終え、私の弾き出した投票予想結果は私が一万二千票を取得して、一万一千票の博麗霊夢に対して勝利を収めるというもの。その瞬間、私は柄にも無く空に向かって吠えていた。
勝てる。
私でも勝てるのだという事を証明出来る。
命蓮寺の淀んだ暗雲を払拭出来る。
意気揚揚として命蓮寺へ帰る途中、山の中で少女が襲われているのを見掛けた。幻想郷では日常茶飯事だ。無秩序な食事を禁止された今、力無い妖怪は恐れられる事が少なくなった。だから少しでも脅かしやすい子供を狙う。妖怪だけじゃない。人間も妖怪の子供を追い立てる。いつも襲われていた憂さ晴らしの為に、あるいは単純に弱い者を良心の呵責無しにいたぶる為に。そんな醜い光景をそこかしこで見掛ける。
見ていてこれほど苛立つ事は無い。強い者が弱い者を一方的に虐げる。そこにどんな正義がある。そこにどんな道理がある。
ある筈が無い。
その行為に許される理由なんて一切無い。
だから私は襲われる子供を見掛ける度に助けている。今回も殆ど条件反射で、襲っていた妖怪をのして、泣きじゃくる子供を助けだした。子供は私を認めると、たちまちの間に涙を止めて、人気投票さん、と私を呼んだ。どうやら人気投票で一位を獲得する為に奔走した私を、巷ではそう呼んでいるらしい。あまり気持ちの良い呼称では無かったが、子供が泣き止んだから良しとして、私は黙って子供を村に送り届ける事にした。
道中、黙っている私に子供が聞いた。そんなに人気投票が大事なのか、と。その何気無い問いに、私は即答する事が出来なかった。本当に私にとって人気投票は大事なのか。一週間駆けずり回る程の価値があったのか。勝利を確信した瞬間を境に心が冷めていくのを実感する。私は慌ててその疑念を振り払い、力強く頷いてみせた。そうしないと、自分の中で何かが崩れてしまいそうな気がした。
子供を送り届けて、再び命蓮寺へ戻ろうとした時、今度はぬえが現れた。
「これはこれは、人気投票さん。子供を助けて最後のラストスパートですか? この辺りは雪の所為で投票所に行っていませんもんね! 少しでも自分の投票数を増やそうって魂胆、流石です!」
早速神経を逆撫でしてくる。
私が無視をして行こうとすると、ぬえが後ろをついてきた。
「まさかとは思うけど、もしかして本気で一位を狙ってる?」
何が言いたい。
無理だとでも言うのだろうか。
だがあいにく計算上、私は一位に立っている。
私が頷くと、ぬえが笑った。
「もしかして投票箱とか投票用紙に細工でもしたの? それとも集計係を買収した?」
私は首を横に振る。
そんな事、思いつきもしなかった。
だが思い付いてもやらなかっただろう。
あまりにも卑怯な方法だ。そんな事をすれば、そもそも人気投票の意味が無くなってしまう。
するとぬえの笑いが変化した。酷く馬鹿にした様な嘲笑を浴びせてきた。
「何かずれてるよね。人気投票じゃなくて、勝負か何かと勘違いしてない?」
私はあくまで人気投票ではなく、人気投票という形式の勝負で相手を打ち負かそうとしたのだ。
「もしも人気投票の形を借りた勝負だなんて思っているのなら、勘違いも甚だしいよ」
どうして。
「だってこの人気投票はどこまで行ったって人気投票だからさ。幾らどれだけ小細工を仕掛けたって、人気のある者が勝てる様に出来ている。もしもそれを弱者が覆すのであれば、人気投票というお城ごとひっくり返さなくちゃいけなかったのに、あんたはそれをしなかった!」
何を言っているんだ。
戯言だ。
現に投票結果の予想で私は一位になっている。確かに私の予想は計算の上であって、もしかしたらそれに届かないかもしれない。それでも大きく票数を伸ばせる筈だ。一位に届かなかったとしても、それなりの順位を示す事が出来る。人気のある白蓮達は自分の更に上へ行ける事に気が付く筈だ。そうすれば命蓮寺の暗い雰囲気を払拭出来る。
「疑うのなら結果発表のその時まで疑っていると良いよ。でもどんなに疑ったって、その時表示された票数が何にも増した真実だ」
そう勝ち誇って、ぬえは何処かへ行ってしまった。
馬鹿げが事だ。何の根拠も無い。
真実は私の勝利で終わる。
そう確信している筈なのに、心の内から不安が溢れ出てきた。その不安は最後まで払拭出来なかった。
深夜になって命蓮寺の者達が居間に集まった。結果を見るのが怖いからと、誰ともなく発案し、ナズーリンが一人一人の結果を発表する事になり、ナズーリンは画面を前にして投票結果が発表されるのを待っている。星が背後からナズーリンに抱きついて背中に顔を埋めている所為か酷く窮屈そうであったが、誰もそれを咎める者は居ない。誰しもその不安を分かっている。誰もが緊張で胸が張り裂けそうになっていた。
そうして時が過ぎ、発表時刻の零時を回る。
誰かが息を飲んだ。
場の緊張が最大限まで張り詰める。
白蓮が聞いた。
「結果はいかがですか?」
「まだ発表されてない」
ナズーリンが淡淡と答える。
それから十秒毎に誰かがナズーリンに結果を尋ね、ナズーリンはまだ発表されていないと答えるのが続く。段段と緊張が苛立ちに変わっていくのが分かった。不安で押しつぶされそうだった。
「出た!」
突然ナズーリンが叫んだ。途端に全員が体を跳ね上げた。星が一際大きくびくついて、座卓に膝をぶつけ呻き声をあげる。
「誰のから発表する?」
「それでは可哀想ですし、星から」
「分かった。ご主人からね」
ナズーリンは頷くと躊躇無く言った。
「寅丸星、四十八位、千二百二十票、前回から一つ順位が下がった」
一気にその場が弛緩した。喜びでも悲しみでもない。安堵だ。星は前回十一も順位を下げた。それが今回はただの一つで済んだ。今回はきっと前回程散散な結果にはならないだろうという安堵。
完全に負け戦だった。誰も勝つ事を望んでいない。ただ大きく負けなければそれで良いと思っている。
私だけがまだ勝てると思っている。
続いて白蓮が三つ順位を上げて場が湧いた。前回四つも落としていたのにそれが好転。誰もがそれを喜んだ。
だが小さい。結局順位は二十位。一位にはほど遠い。
それからも一人一人順位が発表され、大きく落とした者は居らず、場は完全に弛緩しきった。私はそんな中、じっと私の順位が発表されるのを待ち続けた。途中、私の結果とは別に、気になっていた一輪の順位が発表された。五十七位から七十四位と十七も落として前回二日程寝込んだのから一転して、今回は七十位と四つも順位を上げた。それは素直に嬉しかった。
そうして遂に私の順位が発表される。
「雲山」
来る。
この一週間の成果が遂に発表される。
一位を取る為に過ごしたこの一週間の事が思い起こされる。
初めは自分でも何処か不可能だと思っていた。けれど最初の里で思わぬ好評を受け自信を付けた。それから回る先回る先、何処でも好評で、一位を取る確固とした道筋が出来た気がした。そして今日で全ての里を回り終え、でた予測が堂堂の第一位。
不安に思う事は無い。
この一週間やって来た事を信じているだけで良い。
私は勝てる。
「嘘!」
ナズーリンが驚いた様に呟いて口元に手を当てた。
確信する。
信じられない順位が出たのだ。
来い。
「雲山」
来い!
「百四十三位、十二票、六十三位ダウン!」
部屋がざわめいた。
一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。遅れて理解が及ぶと、体が震えてきた。
「その雲山の順位は本当ですか、ナズーリン。幾ら何でも、何かの間違いでは?」
「本当だよ。疑うなら見てみれば良い」
全員がナズーリンの周りに集まった。私も後ろから覗きこむ。
そこには確かに私が十二票しか取れなかった事、前回から六十三も順位を落とした事が書かれていた。
信じられなかった。
何か今のこの瞬間がまるで幻の様な心地がした。
この一週間あれだけ精を出し、あれだけ好評を受け、己の勝利を確信したのに、どうしてこの様な順位になったのか。
嘘だとしか思えなかった。
その時、ぬえが笑い声を上げた。
全員がぎょっとしてぬえを見ると、ぬえは私を不敵な目付きで見つめていた。
「どう? 言った通りだったでしょ? これが現実だよ」
どうしてだ。
どうしてこうなった。
「信じられない? でも本当。言ったでしょ? 端っから勘違いしてるって。これは決して勝負事なんかじゃない。どんな理屈を並べたって、戦う土台は人気投票なのよ」
何が違う。
「票を取る勝負じゃないって事。もしも人気投票で戦うならあんたは人気を得なければならなかった。それが出来ないから、人気取りじゃなくて、自分に投票するメリットを示して、投票を促したんでしょうけど、そんなのじゃ票を得られない」
けれど作った動画は好評で。
「むしろあんたの努力は逆効果。露骨に票を稼ぐ様な奴に一体誰が投票するっていうの? だから今まで投票していた人達もあんたから離れていったのよ。この一週間、自分の評価が一切耳に入らなかったみたいね。誰も彼もが影で馬鹿にしていたわよ。親父の姿をした雲の妖怪が必死になって無駄な事をしているぞって。現にあんたのプロモーションムービーを見ている奴等はみんな笑っていたでしょう」
「ちょっとぬえ! 何、追い打ちかけてんのよ! 止めなさい!」
頭の中が全てごちゃごちゃになって何が何だか分からなくなった。ただ人人の笑い声がこれでもかという位に私の事を笑っていた。
居ても立っても居られなくなって、私は外へ飛び出し、そのまま何処かへ飛び去ろうと思ったものの、庭先ですぐに立ち尽くす。
深深と雪が降っていた。星月は隠れ、辺りは暗い。少し先には屋内の光も届かず、真っ暗な闇が壁の様に聳えている。巨大な壁だった。乗り越える事を想像する事すら出来無い位に巨大な壁だった。
「雲山」
一輪に声を掛けられても私は振り向かずに闇を見つめた。背後には皆が集まっている。それに顔を向ける事がどうしても出来なかった。
「一輪、私は」
「分かってるよ。頑張ってたよね。まあ、今回は残念だったけどさ、また次回に頑張れば良いじゃん」
一輪だけでなく白蓮も気遣わしげに慰めてくる。
「そうですよ。今回は何かの間違いです。あれだけ頑張ってたんですから、次はきっと」
その慰めが一一私の胸に突き刺さった。慰める為に放たれた明らかに嘘だと分かる言葉が私を責め苛んでくる。耳を塞ぎたくなるも、体が動かせず、私はじっと闇を見続けた。
またぬえの笑いが聞こえた。
「あんた等、何知った風な口で雲山を責めてる訳? 私はそういう仲間外れみたいな真似が一番嫌いなの」
「何を言ってるの? 私は雲山を慰めようと」
「してないじゃん! 本心からそう思ってる? 本気で、次回頑張ってほしいと思ってる? 思ってないわよねぇ? だってあんた等みんな、雲山がそこら中で恥かいているのを見て眉を顰めていたじゃん」
「それは雲山の気が済むまでやらせようと」
「でも、やめた方が良いのにって言ってたよね。恥かくだけだって呆れてたよね。なのにこの期に及んでまだ嘘を吐いて、分かりきった未来を知らないふりして、恥をかかせようとするの? 雲山はあんた等の為に一位を取ろうとしていたのに!」
「私達の為? どういう事ですか、雲山」
私が答えるよりも先にぬえが答えた。
「前回の人気投票であんた達が凄く落ち込んでたでしょ? 今回だってわざとらしく自分達の順位に触れない様にしていたじゃない。痛痛しくもさぁ。そんなあんた達を見ているのが辛かったから、元気づける為に一位を目指してたのに。なのにみんな呆れる事しかしなかった!」
「本当なの、雲山?」
一輪が私に問い尋ねてくる。
どうだろう?
私自身も良く分からない。
「雲山、本当に」
「一輪、私は一位を取りたかった」
一位を取りたかった。
それは何故だ?
「どうして?」
分からない。
振り返る。
一輪が心配そうな顔をして立っていた。頭と肩に雪を積もらせて唇を震わせている。ただ私を見つめてくる眼差しだけはその身に似合わぬ程の強さを湛えていて。
ふと初めて一輪と出会った時の事を思い出した。
出会った時、一輪は震えていた。私を恐れ、俯き加減に唇を震わせていた。しゃくりを上げ今にも泣き出しそうで、遂に泣き声が上がると思ったその時、一輪は震える口元に無理矢理笑みを浮かべ、そうして私を撃退する呪文を唱えた。あっという間に正体を暴かれた私はそこで初めて一輪と目を合わせた。涙の溜まった目は子供とは思えない程の光を放っていた。全身を恐れで震わせているにも関わらず、敗北した私に仲間になれと上擦った震え声で命令してきた。紛れも無く一輪は強さを持っていた。けれどそれは酷く危なっかしい強さで、私はそれを守る事を誓ったのだ。
そういう事だったのだ。
ただそれだけの事だった。
色色理由を付けたけれど、結局はただその強さを守りたかっただけ。
それにあれこれ理由を付けたのは、忘れていた、のではなく、気恥ずかしかったのだろうか。殊更守る必要等無くなったこの幻想郷で、今更守る等と真剣に息巻く事が。
「一輪、私は落ち込んでしまった君を励ましたかった」
あまりの事に二日間も寝込み、その後も憔悴していた一輪を励ましたいと思った。また人気投票があると聞いた時、守らなくてはいけないと思った。
でも。
「私のした事は全部無駄だったんだな」
結局一位なんて夢のまた夢。
でも。
「雲山、そんな事無い。あんたは頑張って」
「そうじゃない。そういう事じゃないんだ」
私の人気投票の結果なんてどうでも良い。
「だって君は順位を上げたじゃないか」
七十四位から七十位へ。
それは確かに小さな一歩かもしれないけれど。
間違いなく躍進への第一歩。
私のした事と関係無く一輪は前に進んでいた。
昔の様に私の守りなんて必要としていない。
一輪はもう一人で歩んでいける。
もしも今回の事で、私が負けたというのなら、一輪が一人で歩める事に気がつけなかった自分自身に負けたのだ。
「言い忘れていたよ。順位が上がって、おめでとう」
一輪が強く目を瞑って、涙を流し始めた。
本当なら一輪を泣かせた奴が居たらぶん殴っているところだけれど、雲の化け物じゃ殴ってもしょうがない。予め人気投票で凄まじい懲罰を受けた訳だし。
「雲山!」
縁側に経ったナズーリンが部屋の中を指さした。
「こっち! 投票結果を見て!」
ナズーリンに促されて投票結果を見に行くと、さっきまでの順位表ではなく、雪の降る投票場が映っていて、そこに沢山の子供達が集まっていた。降りしきる雪の中、体を震わせた子供達がわいわいと騒いでいる。。
何事だろうと見ていると、画面の中の選挙委員長である八雲紫が画面越しだというのにこちらに気が付いた。
「あ、雲山。見て、この子達。あんたに投票しに来たの」
私に?
すると子供の内の一人がそれに反応した。それは今日の夕方に妖怪から助けた子供だった。
「あ、人気投票さん! 今日は助けてくれてありがとうございます! 人気投票さんにとって大事みたいだから、私人気投票には来ないつもりだったけど、投票しに来ました」
他の子供達もそれに気が付いて次次に画面の前に集まりだした。誰も彼もが騒ぎ立てながら、私に対してお礼を言い述べている。その誰もが見覚えのある顔だった。幻想郷の何処かで助けた人間や妖怪の子供達が雪の降る画面の前で元気一杯に私へ向けてお礼を言っている。
画面外から八雲紫の声が聞こえてきた。
「今回は雪だったでしょ? だから子供達を遠出させないところが多くて、いつになく子供達の投票が少なかったの。それが順位に影響を与えていた訳。あんたなんかその最もたる例でしょ? 子供を助けるみんなの味方。いつも投票は子供からのばかりだったものね」
そうだったのか。投票してくれた者の年齢層なんて気にした事が無かった。
「そんな中、この子が」
そう言って画面外から八雲紫が今日の夕方助けた子供の肩に手を置いた。
「周りの子に声を掛けて投票に来たらしいの。一部の地域の子供達だけだけど」
紫が画面を覗き込む。画面いっぱいに紫の胡散臭い笑みが映った。
「何にせよ、こんな雪の降る夜中に来た子供達を投票締め切りだからって追い返すのは酷でしょう? だから特別に投票を認めてあげたの。既に発表しちゃったところ悪いけど、投票結果が変わるわよ。じゃあ」
その瞬間、画面が切り替わって順位表が移り変わった。子供達の入れた票の分だけ結果が少しずつ変わっていた。
そして私の順位も。
ナズーリンがそれを読み上げる。
「雲山、九十七位、百四十票、前回から十下がってるけど、でもさっきに比べたら大躍進!」
途端に周りの皆が喜びの声を上げ始めた。私はそれを何処か遠くに聞きながら、順位表をじっと眺めた。画面の向こうから子供達の歓声も聞こえてくる様な気がした。
じっと順位を見つめながら私は思う。
結局私のこの一週間は無駄だった。
一位なんか遥かに及ばず、順位だって前回より下がり、しかも票を入れてくれたのは動画に感化されてという訳じゃない。
それでもまた次回があれば、動画を作って幻想郷中に見せて回ろうと思う。
今度は私に入れる事のメリットを語る動画ではなく、人気投票で票を入れる事がどんなに素晴らしいかを伝える動画だ。
その一票を入れてもらえる事がこんなにも嬉しいから。
その一票を入れる事でこんなにも誰かを喜ばせる事が出来るから。
だから私は次回の投票でも幻想郷で笑われようと思う。
振り返ると、部屋中が既に乱痴気騒ぎの様相を見せ始めていた。誰も彼もが笑って般若湯をかっ喰らっている。
「雲山、黙ってこちらを気遣うなんて水臭いでは無いですか!」
「ほら、お詫びにこのお湯飲んで!」
この束の間に一体どれだけ飲んだのか。いつの間にか顔を真赤にした白蓮と一輪は私を掴まえると、鼻と口に酒を流し込んできた。それを切っ掛けに、一気に酩酊して、私も難しい事を忘れて乱痴気騒ぎに参加する。
酔っ払っても志だけは忘れない。
また次回もこうして皆で笑うのだ。
しんきろー効果か分からんが、こいしは伸ばしたのになぜ一輪が伸びない
コッソリぬえちゃんは良い子!