【神様の隣】
まだ薄暗い夜明け前。
特別な理由があったわけじゃなかった。
ただ、たまたま神社の前を通ったから、「何かいいことないかなぁ」って鈴を鳴らして手を合わせてみた。
お手てのシワとシワを、合わせて幸せ。
「南ー無ー」
「それは命蓮寺でやることよ」
観自在菩薩と唱えようとしていると、いつの間にか霊夢が拝殿から見ていた。
とりあえず、
「おはよー、霊夢」
霊夢から教わったことその1。朝の挨拶は大切。ちなみにその2は忘れた。
「おはよー、ルーミア。妖怪の癖に随分早いのね。まだ朝の5時前よ?」
「だって妖怪だもん。妖怪は夜が生活の基本だよ?」
「そういえば、あんたも妖怪だったわねぇ。最近は昼間っから活動してる妖怪ばっかりだからなぁ」
天狗や魔法使い、さらには夜の主である吸血鬼まで昼間にくるらしい。これじゃあ、人間の参拝客が減ってしまうのも仕方ない。
「それで、妖怪が神社の前で手を合わせてるなんて、どういう風の吹き回しよ?」
「なにか良いことないかなぁ、って。とりあえず手を合わせてみただけ」
「まったく、そんなんで神様が願い事を叶えてくれるわけないでしょ」
霊夢は大きくため息をつくと、拝殿から降りてきて、水汲み場の冷たそうな水で、手を洗いはじめる。
「神社ではお願い事をするんじゃなくて、『今日も一日ちゃんと善行をするので、見守っていてください』って神様に約束するのよ。毎日ちゃんとしていれば、神様も本当に困ったときに助けてくれるかもしれないけどね」
「善行ってなに?」
「善い行いのことよ。単純に、良いことをするってこと。それと、神社では二礼二拍一礼よ」
手を洗い終わった霊夢は、ルーミアと同じように鈴を鳴らした。その後、二回礼をして、澄んだ音で柏手を鳴らし、しばらく手を合わせと、最後にもう一度礼をした。
その一つ一つの動作が凄く綺麗で、霊夢が本当の神様のように見えた。
「ルーミアもせっかくなんだから、やってきなさいよ。もう願い事なんかしちゃだめよ」
霊夢に言われて、ルーミアも同じように二礼二拍して神様と約束してから、もう一度礼をする。けれども、なかなか思うようにできない。
礼はへっぴり腰だし、柏手も済んだ音がしないし。
「霊夢みたいに上手にできないや」
「大切なのは気持ちよ。自分の幸運を願うだけよりは、よっぽどマシだわ」
「気持ちだけでいいの?」
「もちろん所作も大切よ? でも、一番大切なのは、神様のことを思う気持ち。思うって言うよりは、神様に見られてるってことを意識することかな? わたしみたいな巫女は、作法も含めてちゃんとしないと駄目だけどね。神様にお仕えする立場だから」
何事もなく言う霊夢は、いつもとはまるで別人みたいだ。昼間は縁側とか炬燵とかでお茶を飲みながら煎餅を食べてダラダラしているのに。
「せっかくだから、守矢の分社にも参拝して行ったら?」
「分社?」
善行とか分社とか。神社に関する言葉は聞きなれない言葉ばっかり出てくる。
「小さな神社ってところかな。基本は神社と一緒だけどね」
霊夢の後に続いて歩いていくと、分社と言うらしい木製の小さな家みたいなものがあった。
こっちもちゃんと手入れがしてあるみたいで、不思議な威圧感がある。なんだか、本当にそこに神様がいるみたいだ。
さっきと同じように二礼して二拍、そのあと、「今日もちゃんと善行をするので見ていてください」ってお願いして一礼。さっきよりも上手にできた。
「さ、これであんたのことはたくさんの神様が見てるからね。悪いことをすれば、すぐにバレてバチが当たるわよ」
じーっと顔を近づけて、霊夢が言った。
「悪いことをしなければ大丈夫?」
「さぁ? それはわたしが決めることじゃなくて、神様が決めることだからね。でも、神様に見られてるって気持ちがあれば大丈夫よ。神様の前で、悪いことはできないでしょ?」
霊夢の答えは結構厳しいものだった。けれども、話を聞く限り、悪いことをしたいとは思えない。神様のバチなんて、なんだか怖いし。
とりあえず、今日はなにか一つくらい善行をしよう。
そう考えてルーミアは、妖怪にもかかわらず、昼間の幻想郷にくりだすのだった。
☆☆☆
善行って言っても、何をすればいいのだろう?
霊夢が言うには善い行いをすればいいらしいのだが、いくつもは浮かばない
けれども、ルーミアには一つ思いつくことがあった。
目的地である紅魔館に向かうと、門番さんの美鈴が午前中からぐーぐーと気持ちの良さそうな寝息を立てていた。
よくメイドさんが「うちの門番は居眠りしてサボってばっかり」と言ってたので、とりあえず門番さんを起こすことは善行になると思った。
なんだか、ここまで気持ちよく眠っていると、起こすのにも罪悪感を感じるけど。
「めーりん、起きて?」
門にもたれかかって寝ている美鈴の方を叩きながら、耳元で囁く。けれども美鈴はまったく起きる素振りを見せない。
「めーりん、めーりんってばぁ!!」
「あと五時間だけ……」
脇腹をくすぐったり、ほっぺたをつついたりしながら起こせば少しは反応したが、とても起きそうにはない。五時間って、お昼寝のレベルじゃないし。
もっと大きな声をださなきゃだめか。
大きく息を吸い込んだ瞬間、館の窓からメイドさんがこちらを見たことに気付いた。
「めーりん!! 咲夜、こっち見てるよ!!」
「咲夜さんはお掃除で忙しいので来られないですよ……」
「そうね……。ダメ門番の掃除も増えたし、忙しくて仕方ないわ……」
咲夜はどこからか大量のナイフを取り出して、投げつける態勢に入る。
「ひいっ! 咲夜さん、なんでいるんですか!」
「あんたが門の前でこっくりこっくりしてるからでしょうが!」
ナイフを投げつけながら美鈴に怒鳴りちらす咲夜。美鈴はあわてて立ち上がると、走りまわったり、空を飛んだりしながらナイフを避ける。大騒ぎしながら逃げる美鈴は、なぜか楽しそうだ。
結局、美鈴を起こしたのは咲夜だった。これは善い行いをしたことになるのだろうか?
ルーミアはしばらく考えたが、よくわからなかった。もし、神様がすぐそばにいれば、「これは善い行い?」って聞けたのに。
「なんか騒がしいと思って外に出れば、また美鈴と咲夜かぁ。ルーミアが挑発でもしたの?」
ぼーっと善行のことを考えてると、隣に日傘をさしたフランドールがいた。この妖怪も吸血鬼なのに昼間にばっかり行動している。
「美鈴を起こしてたら、咲夜が来てああなつた」
「美鈴は楽しんでるみたいだけどね。最近は咲夜も楽しんでるような気もするけど」
「咲夜も?」
「わかんないけど。なんか、いつも館のお仕事ばっかりしてるよりは、ああやって気楽にいた方がいい気がする」
「それなら、わたしも少しは善い行いが出来たのかな?」
「善い行い?」
物珍しそうな顔をして尋ねてきたフランドールに、ルーミアは朝の霊夢の話を聞かせた。
「だから、今日のわたしは善い行いをしないと、見てる神様にバチをもらっちゃうんだよね」
「わたしにはよくわかんないけど、良いことをしたいなら、人里に行った方がいいかも。困ってる人間とかいるかもしれないし」
人里かぁ。確かに困った人間とかを見つけて助ければ、善い行いが出来るかもしれない。
とりあえず、紅魔館にいても、あんまりわたしが役には立てそうにないし。とりあえず、次は人里に行くことにしよう。でも、その前に。
「フラン、アドバイスありがとう」
ちゃんと助けてくれた人にはお礼を。
これも霊夢に言われたことだ。
「どういたしまして」
「それじゃ、行ってくるね」
フランドールに別れを告げて飛び立つと、相変わらず楽しそうにしている美鈴と、膝をついて崩れ落ちた咲夜の姿があった。
どうやら今日は美鈴が逃げ切ったようだ。
☆☆☆
昼間の人里はいつもにぎやかだ。商店からは威勢のいい声が響き、井戸端では立ち話の花が咲いている。
どうすれば善い行いができるだろう?
ルーミアは立ち止まって考える。まさかいきなり「困ってませんか?」なんて尋ねるわけにもいかないし。
さて、どうしたものかと考えていると、大きな紙袋を持った里の人が目に入った。
齢は六十とか七十とか、それくらいだろうか。見覚えがまったくないことはないけど、よく知らないおじさんだ。よろよろとした足取りで歩き、出てきたところから十軒ほど離れた店に入っていく。その店は、たまにルーミアも利用している茶店だった。
「何してるんだろう?」
茶店に入っていったおじさんは、すぐに元のお店に戻ると、また大きな紙袋を持って出てくる。あの歳で、あんなものを何回も運んでいたら、腰を壊してしまうかもしれない。
助けに行くべくだろうか?
ルーミアは迷う。見ただけで考えたら、助けに行くべきだ。自分は妖怪だから、人間よりは力がある。けれども、相手からしてみたら、大きなお世話になる可能性もある。
妖怪を嫌う人間がいるのも、紛れもない真実だから。
「うーん」
ルーミアが悩んでいる間にも、どんどんおじさんの足取りは覚束ないものになってきている。そのとき、ルーミアの頭の中に、朝の霊夢の言葉が思い出された。
「大切なのは気持ち。神様が見てる前だと思えば大丈夫」
もし、助けようと声をかけただけで、神様が怒ることはないだろう。
大切なのは助けようとする気持ち。別にお節介だっていいや。
「おじさん、大丈夫?」
茶店に入ったところを見て、ルーミアは声をかけた。
「おや、妖怪のお嬢ちゃんじゃないか。またお団子かい?」
人懐っこそうな笑顔をしたお店のおばちゃんが話しかけてくる。でも、あいにく今日はお団子が目的ではない。ここの茶店のみたらし団子は、本当に絶品だけど。
「おじさんが重そうな荷物を運んでたから。わたし、妖怪だから、かわりに運ぼうかと思って」
「お嬢ちゃんがかい?」
おじさんが驚いて目を丸くする。
やっぱりお節介だっただろうか?
「こんな程度……。って言いたいところだが、あいにく手伝ってもらった方がよさそうだな。わしも歳だ」
言いながらおじさんは腰をシワだらけの拳で叩いた。
心配そうな顔をする茶店のおばちゃんに笑顔を送ってからおじさんの後をついていく。
すると、お店の中にはまだたくさんの大きな紙袋が残っていた。
「ウチはあそこの茶店に団子の粉を卸してるんだ。いつもは荷車で運んでたんだが、壊れちまって。向うの店には男手がないから、わしが運ぼうと思ったんだが」
腰をさすりながら「さすがに無理だったわい」とため息をつく。
「これくらいなら、大丈夫」
おじさんに向かって明るく言ってから、粉の入った袋を持ち上げる。
そのとき、壁板の高いところに小さな神棚があることに気付いた。
「あれ、ここのお店の神棚?」
「ん? あぁ、そうだ。もともと博麗神社の神棚もあったんだが、早苗ちゃんって巫女さんがやってきて、守矢神社の神棚も置くことにしたんだ。あんまりに熱心に誘ってくるからな。今日、お嬢ちゃんが来てくれたのも、もしかしたら、神様が助けてくれたのかもしれん」
おじさんは神棚に向けて「ありがたいことだ」と手を合わせる。
もし博麗と守矢の神様が神棚から見ているのなら、一層のこと頑張らないと。
ルーミアは自分に気合をいれると、次々と紙袋を運んでいく。
さすがに背丈の関係で一度に一つしか運べないが、それでもかなり早いペースで運んでいった。
そして、六個目の袋を運び終えて、次の袋を取りに行くと、自分と同じくらいの背で、髪の色まで似ている少女がいることに気付いた。
麦わらに不思議な目をつけたような帽子を被った少女は神棚を見上げながらおじさんと話をしている。
「おう、この娘も手伝ってくれるらしいが、お嬢ちゃんの妖怪友達かい?」
そう言っておじさんが指さす少女は、見覚えはあった。でも名前とかまでは覚えていない。博麗神社の宴会で、見覚えがある程度だ。
あそこの宴会は凄い人数の人妖が来るから、全員の名前なんて覚えきれないし、ましてや種族なんてぜんぜんわからない。鬼みたいに、はっきりとした特徴があればいいんだけど。
「たしかに妖怪友達ってところだね。ルーミアは。さ、さっさと運んじゃお」
ルーミアが答える前に、この少女はルーミアを友達扱いし、さらに荷物を軽々と持ち上げる。
とりあえず人間ではないのは確かだ。ルーミアも同じように荷物を持ち上げて、少女のあとに続く。
「まったく、人間も大変だよねぇ。こんな荷物一つ運ぶのに苦労するんだから」
少女は気さくに話しかけてきた。見た目のわりに、結構長い間生きている妖怪の話し方だ。
「ねぇ、名前くらい教えてよ。そうしないと、わたしの方から話しかけられないじゃない」
「あぁ、ごめんね。諏訪子っていうの。三文字だから覚えやすいでしょ?」
諏訪子と名乗った少女は、パチンとウィンクをした。なんだかつかみどころがない。
「諏訪子はどうしてお手伝いしてるの?」
「それは、わたしが聞きたいことだけどなぁ。ルーミアが何回も往復しているのを見てね。他の理由もあるけど」
「他の理由って?」
「そっちは大した理由じゃないから。それより、ルーミアはどうして荷物運びしてるのよ?」
「わたし?」
逆に尋ねられて、朝の霊夢とのことを話した。その間にも紙袋は次々に減っていく。
「それで、今日は博麗の神様と守矢の神様に見られてるから、善い行いをしないといけないわけ」
ルーミアが話を終えると、諏訪子はちょっと驚いたような表情をした。そして、ルーミアの頭を軽く撫でる。諏訪子の手は不思議な温かさと優しさがあった。
「ねぇ。なんで頭なでたの?」
聞きながらルーミアさ最後の紙袋を持ち上げる。
「なんとなくかなぁ。ルーミアは良い子だし。あ、守矢の神様を博麗の神様よりも大事にしてくれると、もっといい子かも。これで最後だから、さっさと運んじゃお」
「あ、待って」
よくわからないことを言い残してすたすたと歩いて行ってしまう諏訪子を、ルーミアはあわてて追いかける。
なんだか諏訪子が来てから、ペースを握られっぱなしだ。見た目は自分と大差ないのに、「良い子」だって言って、頭をなでてくるし。
結局、最後の荷物も無事に茶店まで運ぶことができた。最後におじさんから二人に「ありがとう」とも言われ、そのことが嬉しかった。
神様も、ちゃんと最後まで見ていてくれただろうか?
「二人とも、これはお礼だから。今さっき運んでもらったばっかりの粉で作ったみたらし団子よ」
お仕事も終わったし、帰ろうと思ったら、お店のおばちゃんに引き止められてしまった。
みたらし団子はとても嬉しいけど……。
これをもらったら、善い行いをした意味がなくなってしまうのではないだろうか?
善い行いをした相手に、善い行いを返してもらってしまったら、結局はゼロになってしまう気がする。
「あ、ありがとうございます! ルーミアも一緒に食べよー」
そんなことを心配しているルーミアをよそに、諏訪子はすでに椅子に座ってお団子を食べ始めていた。
とりあえず、どうすることもできず、諏訪子の隣に座って、団子を一つ口にいれる。
相変わらず美味しいお団子だ。
みたらしの甘さもくどくないし、団子そのものも美味しい。
けれども、今は善行のことが頭に引っかかっていた。
こんな美味しいお団子。それをお礼に食べてしまったら、さっきの善い行いなんか全部使いきってしまって、逆にバチが当たるのではないだろうか?
途中からは、諏訪子にも手伝ってもらったし。
「そんなに考えながら食べてると、せっかくのお団子が美味しくなくなるよ?」
「うわっ 諏訪子!」
自分はそうとうぼんやりしていたらしい。気が付くと、目の前に諏訪子の顔があった。子供みたいに悪戯っぽい瞳がきらきらと輝いている。
「せっかく善い行いをしたお礼なんだから、美味しく食べよう! 時間がたつと、硬くなっちゃうよ?」
「お団子は美味しいけど……。せっかく善い行いをしたのに、お礼をもらっちゃったら、意味がないんじゃないかなぁって。むしろ、お礼の方が大きかったら、バチが当たっちゃうかも」
ルーミアは考えてたことをそのまま言った。
諏訪子はキョトンとした表情でしばらく考えこんでいたが、すぐにお茶でお団子を飲み込んで、言葉を返す。
「霊夢だって、気持ちの問題だって言ってたんでしょ? これだって、茶店の気持ちなんだから、素直に受け取っておけばいいんじゃないかなぁ」
たしかに、気持ちの問題って考えれば、受け入れられる気もする。
でもやっぱり、同じくらいの恩をもらってしまったら、意味がない気もした。
難しい顔で悩むみ続けるルーミアの隣で、諏訪子は「それに、これはもしわたしが神様だった場合の話だけどさぁ」と言って、話を続ける。
「善い行いをした子がお礼を受け取ったくらいで、バチを当てようとは思わないもん。それに、善い行いって、した方も嬉しいと思わない?」
「そういえば、おじさんに『ありがとう』って言われたときは嬉しかった」
「でしょ? だから、わたしたちもお団子を食べて『美味しい!』って言えばいいのよ。そうすればお店の人も嬉しいから。あと、たぶん神様も一緒じゃないかな?」
「神様まで一緒なの?」
「わたしは神様じゃないからわからないけどね。でも、神様が善い行いをした人間や妖怪に幸運を授けて、そのおかげで笑顔になってくれたら、神様も嬉しいと思うよ。むしろ、お供え物とかよりも嬉しいんじゃないのかな?」
諏訪子は最後に、「だから、難しく考えなくていいと思うよ。神様はちゃんと見てくれてるから」と言って、もう一度ルーミアの頭を撫でてくれた。
やっぱり諏訪子の手は温かくて優しい。なんだか神様に「頑張ったね」って言われているみたいだった。
神様みたいな妖怪が言うんだから、このみたらし団子も美味しく食べてしまうのがいいのだろうと思った。
ルーミアは3つまとめて団子を頬張る。
みたらし団子は、さっきまでよりも全然美味しかった。
ふとお店の中を見ると、おばちゃんの嬉しそうな笑顔があった。
なんだかルーミアも嬉しくなって、思わず笑ってしまう。
その隣では、静かに諏訪子が微笑んでいた。
☆☆☆
【おまけ 愉快な日本の神様】
ルーミアと別れたあと、諏訪子は博麗神社を訪れた。
ここの巫女は大したものだ。一介の妖怪に、一度話してあそこまで考えさせるなんて。
あのような妖怪がいれば、自分や神奈子の存在が失われることもない。
「信仰なんて、そんなもんだからねぇ」
霊夢の言う通り、日本の信仰なんて難しいものではないのだ。
なんとなく神様の存在を背後に意識してもらえればいいだけ。
別に、忘れてしまった日があってもいい。
もし、多少ハメを外してしまったって、翌日にその分反省すればいい。
「そもそも、神様だって、ロクでもない奴もいたりするし」
正直、人間や妖怪に対して強く言える立場なのだろうか?
時々ではない頻度で疑問に思うこともある。
けれども。
「うん。やっぱりちゃんと手入れがしてあるねぇ。さすが霊夢だ」
きっちりと磨き上げられた守矢の分社。昼間のルーミア。
しっかり神様のためにお勤めをしてくれる人間には、神様としてお礼をしなくてはならない。
それが、善行を積み続けている人間への神様としての気持ちだ。
「霊夢ー」
社務所の引き戸を叩いて声をかける。するとすぐに足早に歩く音が聞こえて扉がひらいた。
「珍しいじゃない。これ以上分社は増やさないわよ?」
「さすがにもう置かないわよ。神奈子と早苗がどう思ってるかは知らないけどね。そんなことより、一杯どう?」
言いながら、諏訪子は酒瓶を取り出した。
「随分いいお酒じゃない。なんか企んでる?」
霊夢は驚いて目を丸くする。
「ま、日頃のお礼ってところかな。分社もちゃんと管理してもらってるし。本当に、特別な意味はないよ」
「こっちも別に特別なことをしてるつもりはないんだけどねぇ。ま、一応でも神様がくれるっていうなら、遠慮なくもらっておくわ」
「待った! 一応って何よ! 一応って!」
「そんなチビっ子が神様なんて、どうも信じられないのよねぇ」
霊夢のチビっ子発言に、諏訪子の堪忍袋の緒が切れた。
「おのれ、小癪な。わたしも幻想郷で神徳をだいぶ受け取ったからね。この前、守矢神社でやったときのようにはいかないよ?」
「あら? やるっていうの? 負けた方が、今夜のおつまみを作る係りよ?」
「上等! さっさと外に行くわよ!」
霊夢の足音を聞きながら、諏訪子は外に出た。
夕暮れに染まる境内は真っ赤に染まっている、
まったく、幻想郷はいい場所だ。
ここの巫女は神を敬いながらも、時には愉しい遊び相手になってくれる。
早苗だけでも十分だと思っていたのに、さらにもう一人この幻想郷にはいたのだ。
神にとってこれ以上の幸せがあるだろうか。
そう。だから、これは神としての巫女に対するお礼でもあり、遊びでもある。
「さぁ、神遊びをしよっか!」
「この、ひよっこ神が! どっからでもかかってきなさい!」
「人間の巫女がどこまで遊び相手になるか、楽しみね!」
一番星が輝く神社に巫女一人と神一柱。
愉しげな声を祭囃子に、弾幕の花が咲く。
まだ薄暗い夜明け前。
特別な理由があったわけじゃなかった。
ただ、たまたま神社の前を通ったから、「何かいいことないかなぁ」って鈴を鳴らして手を合わせてみた。
お手てのシワとシワを、合わせて幸せ。
「南ー無ー」
「それは命蓮寺でやることよ」
観自在菩薩と唱えようとしていると、いつの間にか霊夢が拝殿から見ていた。
とりあえず、
「おはよー、霊夢」
霊夢から教わったことその1。朝の挨拶は大切。ちなみにその2は忘れた。
「おはよー、ルーミア。妖怪の癖に随分早いのね。まだ朝の5時前よ?」
「だって妖怪だもん。妖怪は夜が生活の基本だよ?」
「そういえば、あんたも妖怪だったわねぇ。最近は昼間っから活動してる妖怪ばっかりだからなぁ」
天狗や魔法使い、さらには夜の主である吸血鬼まで昼間にくるらしい。これじゃあ、人間の参拝客が減ってしまうのも仕方ない。
「それで、妖怪が神社の前で手を合わせてるなんて、どういう風の吹き回しよ?」
「なにか良いことないかなぁ、って。とりあえず手を合わせてみただけ」
「まったく、そんなんで神様が願い事を叶えてくれるわけないでしょ」
霊夢は大きくため息をつくと、拝殿から降りてきて、水汲み場の冷たそうな水で、手を洗いはじめる。
「神社ではお願い事をするんじゃなくて、『今日も一日ちゃんと善行をするので、見守っていてください』って神様に約束するのよ。毎日ちゃんとしていれば、神様も本当に困ったときに助けてくれるかもしれないけどね」
「善行ってなに?」
「善い行いのことよ。単純に、良いことをするってこと。それと、神社では二礼二拍一礼よ」
手を洗い終わった霊夢は、ルーミアと同じように鈴を鳴らした。その後、二回礼をして、澄んだ音で柏手を鳴らし、しばらく手を合わせと、最後にもう一度礼をした。
その一つ一つの動作が凄く綺麗で、霊夢が本当の神様のように見えた。
「ルーミアもせっかくなんだから、やってきなさいよ。もう願い事なんかしちゃだめよ」
霊夢に言われて、ルーミアも同じように二礼二拍して神様と約束してから、もう一度礼をする。けれども、なかなか思うようにできない。
礼はへっぴり腰だし、柏手も済んだ音がしないし。
「霊夢みたいに上手にできないや」
「大切なのは気持ちよ。自分の幸運を願うだけよりは、よっぽどマシだわ」
「気持ちだけでいいの?」
「もちろん所作も大切よ? でも、一番大切なのは、神様のことを思う気持ち。思うって言うよりは、神様に見られてるってことを意識することかな? わたしみたいな巫女は、作法も含めてちゃんとしないと駄目だけどね。神様にお仕えする立場だから」
何事もなく言う霊夢は、いつもとはまるで別人みたいだ。昼間は縁側とか炬燵とかでお茶を飲みながら煎餅を食べてダラダラしているのに。
「せっかくだから、守矢の分社にも参拝して行ったら?」
「分社?」
善行とか分社とか。神社に関する言葉は聞きなれない言葉ばっかり出てくる。
「小さな神社ってところかな。基本は神社と一緒だけどね」
霊夢の後に続いて歩いていくと、分社と言うらしい木製の小さな家みたいなものがあった。
こっちもちゃんと手入れがしてあるみたいで、不思議な威圧感がある。なんだか、本当にそこに神様がいるみたいだ。
さっきと同じように二礼して二拍、そのあと、「今日もちゃんと善行をするので見ていてください」ってお願いして一礼。さっきよりも上手にできた。
「さ、これであんたのことはたくさんの神様が見てるからね。悪いことをすれば、すぐにバレてバチが当たるわよ」
じーっと顔を近づけて、霊夢が言った。
「悪いことをしなければ大丈夫?」
「さぁ? それはわたしが決めることじゃなくて、神様が決めることだからね。でも、神様に見られてるって気持ちがあれば大丈夫よ。神様の前で、悪いことはできないでしょ?」
霊夢の答えは結構厳しいものだった。けれども、話を聞く限り、悪いことをしたいとは思えない。神様のバチなんて、なんだか怖いし。
とりあえず、今日はなにか一つくらい善行をしよう。
そう考えてルーミアは、妖怪にもかかわらず、昼間の幻想郷にくりだすのだった。
☆☆☆
善行って言っても、何をすればいいのだろう?
霊夢が言うには善い行いをすればいいらしいのだが、いくつもは浮かばない
けれども、ルーミアには一つ思いつくことがあった。
目的地である紅魔館に向かうと、門番さんの美鈴が午前中からぐーぐーと気持ちの良さそうな寝息を立てていた。
よくメイドさんが「うちの門番は居眠りしてサボってばっかり」と言ってたので、とりあえず門番さんを起こすことは善行になると思った。
なんだか、ここまで気持ちよく眠っていると、起こすのにも罪悪感を感じるけど。
「めーりん、起きて?」
門にもたれかかって寝ている美鈴の方を叩きながら、耳元で囁く。けれども美鈴はまったく起きる素振りを見せない。
「めーりん、めーりんってばぁ!!」
「あと五時間だけ……」
脇腹をくすぐったり、ほっぺたをつついたりしながら起こせば少しは反応したが、とても起きそうにはない。五時間って、お昼寝のレベルじゃないし。
もっと大きな声をださなきゃだめか。
大きく息を吸い込んだ瞬間、館の窓からメイドさんがこちらを見たことに気付いた。
「めーりん!! 咲夜、こっち見てるよ!!」
「咲夜さんはお掃除で忙しいので来られないですよ……」
「そうね……。ダメ門番の掃除も増えたし、忙しくて仕方ないわ……」
咲夜はどこからか大量のナイフを取り出して、投げつける態勢に入る。
「ひいっ! 咲夜さん、なんでいるんですか!」
「あんたが門の前でこっくりこっくりしてるからでしょうが!」
ナイフを投げつけながら美鈴に怒鳴りちらす咲夜。美鈴はあわてて立ち上がると、走りまわったり、空を飛んだりしながらナイフを避ける。大騒ぎしながら逃げる美鈴は、なぜか楽しそうだ。
結局、美鈴を起こしたのは咲夜だった。これは善い行いをしたことになるのだろうか?
ルーミアはしばらく考えたが、よくわからなかった。もし、神様がすぐそばにいれば、「これは善い行い?」って聞けたのに。
「なんか騒がしいと思って外に出れば、また美鈴と咲夜かぁ。ルーミアが挑発でもしたの?」
ぼーっと善行のことを考えてると、隣に日傘をさしたフランドールがいた。この妖怪も吸血鬼なのに昼間にばっかり行動している。
「美鈴を起こしてたら、咲夜が来てああなつた」
「美鈴は楽しんでるみたいだけどね。最近は咲夜も楽しんでるような気もするけど」
「咲夜も?」
「わかんないけど。なんか、いつも館のお仕事ばっかりしてるよりは、ああやって気楽にいた方がいい気がする」
「それなら、わたしも少しは善い行いが出来たのかな?」
「善い行い?」
物珍しそうな顔をして尋ねてきたフランドールに、ルーミアは朝の霊夢の話を聞かせた。
「だから、今日のわたしは善い行いをしないと、見てる神様にバチをもらっちゃうんだよね」
「わたしにはよくわかんないけど、良いことをしたいなら、人里に行った方がいいかも。困ってる人間とかいるかもしれないし」
人里かぁ。確かに困った人間とかを見つけて助ければ、善い行いが出来るかもしれない。
とりあえず、紅魔館にいても、あんまりわたしが役には立てそうにないし。とりあえず、次は人里に行くことにしよう。でも、その前に。
「フラン、アドバイスありがとう」
ちゃんと助けてくれた人にはお礼を。
これも霊夢に言われたことだ。
「どういたしまして」
「それじゃ、行ってくるね」
フランドールに別れを告げて飛び立つと、相変わらず楽しそうにしている美鈴と、膝をついて崩れ落ちた咲夜の姿があった。
どうやら今日は美鈴が逃げ切ったようだ。
☆☆☆
昼間の人里はいつもにぎやかだ。商店からは威勢のいい声が響き、井戸端では立ち話の花が咲いている。
どうすれば善い行いができるだろう?
ルーミアは立ち止まって考える。まさかいきなり「困ってませんか?」なんて尋ねるわけにもいかないし。
さて、どうしたものかと考えていると、大きな紙袋を持った里の人が目に入った。
齢は六十とか七十とか、それくらいだろうか。見覚えがまったくないことはないけど、よく知らないおじさんだ。よろよろとした足取りで歩き、出てきたところから十軒ほど離れた店に入っていく。その店は、たまにルーミアも利用している茶店だった。
「何してるんだろう?」
茶店に入っていったおじさんは、すぐに元のお店に戻ると、また大きな紙袋を持って出てくる。あの歳で、あんなものを何回も運んでいたら、腰を壊してしまうかもしれない。
助けに行くべくだろうか?
ルーミアは迷う。見ただけで考えたら、助けに行くべきだ。自分は妖怪だから、人間よりは力がある。けれども、相手からしてみたら、大きなお世話になる可能性もある。
妖怪を嫌う人間がいるのも、紛れもない真実だから。
「うーん」
ルーミアが悩んでいる間にも、どんどんおじさんの足取りは覚束ないものになってきている。そのとき、ルーミアの頭の中に、朝の霊夢の言葉が思い出された。
「大切なのは気持ち。神様が見てる前だと思えば大丈夫」
もし、助けようと声をかけただけで、神様が怒ることはないだろう。
大切なのは助けようとする気持ち。別にお節介だっていいや。
「おじさん、大丈夫?」
茶店に入ったところを見て、ルーミアは声をかけた。
「おや、妖怪のお嬢ちゃんじゃないか。またお団子かい?」
人懐っこそうな笑顔をしたお店のおばちゃんが話しかけてくる。でも、あいにく今日はお団子が目的ではない。ここの茶店のみたらし団子は、本当に絶品だけど。
「おじさんが重そうな荷物を運んでたから。わたし、妖怪だから、かわりに運ぼうかと思って」
「お嬢ちゃんがかい?」
おじさんが驚いて目を丸くする。
やっぱりお節介だっただろうか?
「こんな程度……。って言いたいところだが、あいにく手伝ってもらった方がよさそうだな。わしも歳だ」
言いながらおじさんは腰をシワだらけの拳で叩いた。
心配そうな顔をする茶店のおばちゃんに笑顔を送ってからおじさんの後をついていく。
すると、お店の中にはまだたくさんの大きな紙袋が残っていた。
「ウチはあそこの茶店に団子の粉を卸してるんだ。いつもは荷車で運んでたんだが、壊れちまって。向うの店には男手がないから、わしが運ぼうと思ったんだが」
腰をさすりながら「さすがに無理だったわい」とため息をつく。
「これくらいなら、大丈夫」
おじさんに向かって明るく言ってから、粉の入った袋を持ち上げる。
そのとき、壁板の高いところに小さな神棚があることに気付いた。
「あれ、ここのお店の神棚?」
「ん? あぁ、そうだ。もともと博麗神社の神棚もあったんだが、早苗ちゃんって巫女さんがやってきて、守矢神社の神棚も置くことにしたんだ。あんまりに熱心に誘ってくるからな。今日、お嬢ちゃんが来てくれたのも、もしかしたら、神様が助けてくれたのかもしれん」
おじさんは神棚に向けて「ありがたいことだ」と手を合わせる。
もし博麗と守矢の神様が神棚から見ているのなら、一層のこと頑張らないと。
ルーミアは自分に気合をいれると、次々と紙袋を運んでいく。
さすがに背丈の関係で一度に一つしか運べないが、それでもかなり早いペースで運んでいった。
そして、六個目の袋を運び終えて、次の袋を取りに行くと、自分と同じくらいの背で、髪の色まで似ている少女がいることに気付いた。
麦わらに不思議な目をつけたような帽子を被った少女は神棚を見上げながらおじさんと話をしている。
「おう、この娘も手伝ってくれるらしいが、お嬢ちゃんの妖怪友達かい?」
そう言っておじさんが指さす少女は、見覚えはあった。でも名前とかまでは覚えていない。博麗神社の宴会で、見覚えがある程度だ。
あそこの宴会は凄い人数の人妖が来るから、全員の名前なんて覚えきれないし、ましてや種族なんてぜんぜんわからない。鬼みたいに、はっきりとした特徴があればいいんだけど。
「たしかに妖怪友達ってところだね。ルーミアは。さ、さっさと運んじゃお」
ルーミアが答える前に、この少女はルーミアを友達扱いし、さらに荷物を軽々と持ち上げる。
とりあえず人間ではないのは確かだ。ルーミアも同じように荷物を持ち上げて、少女のあとに続く。
「まったく、人間も大変だよねぇ。こんな荷物一つ運ぶのに苦労するんだから」
少女は気さくに話しかけてきた。見た目のわりに、結構長い間生きている妖怪の話し方だ。
「ねぇ、名前くらい教えてよ。そうしないと、わたしの方から話しかけられないじゃない」
「あぁ、ごめんね。諏訪子っていうの。三文字だから覚えやすいでしょ?」
諏訪子と名乗った少女は、パチンとウィンクをした。なんだかつかみどころがない。
「諏訪子はどうしてお手伝いしてるの?」
「それは、わたしが聞きたいことだけどなぁ。ルーミアが何回も往復しているのを見てね。他の理由もあるけど」
「他の理由って?」
「そっちは大した理由じゃないから。それより、ルーミアはどうして荷物運びしてるのよ?」
「わたし?」
逆に尋ねられて、朝の霊夢とのことを話した。その間にも紙袋は次々に減っていく。
「それで、今日は博麗の神様と守矢の神様に見られてるから、善い行いをしないといけないわけ」
ルーミアが話を終えると、諏訪子はちょっと驚いたような表情をした。そして、ルーミアの頭を軽く撫でる。諏訪子の手は不思議な温かさと優しさがあった。
「ねぇ。なんで頭なでたの?」
聞きながらルーミアさ最後の紙袋を持ち上げる。
「なんとなくかなぁ。ルーミアは良い子だし。あ、守矢の神様を博麗の神様よりも大事にしてくれると、もっといい子かも。これで最後だから、さっさと運んじゃお」
「あ、待って」
よくわからないことを言い残してすたすたと歩いて行ってしまう諏訪子を、ルーミアはあわてて追いかける。
なんだか諏訪子が来てから、ペースを握られっぱなしだ。見た目は自分と大差ないのに、「良い子」だって言って、頭をなでてくるし。
結局、最後の荷物も無事に茶店まで運ぶことができた。最後におじさんから二人に「ありがとう」とも言われ、そのことが嬉しかった。
神様も、ちゃんと最後まで見ていてくれただろうか?
「二人とも、これはお礼だから。今さっき運んでもらったばっかりの粉で作ったみたらし団子よ」
お仕事も終わったし、帰ろうと思ったら、お店のおばちゃんに引き止められてしまった。
みたらし団子はとても嬉しいけど……。
これをもらったら、善い行いをした意味がなくなってしまうのではないだろうか?
善い行いをした相手に、善い行いを返してもらってしまったら、結局はゼロになってしまう気がする。
「あ、ありがとうございます! ルーミアも一緒に食べよー」
そんなことを心配しているルーミアをよそに、諏訪子はすでに椅子に座ってお団子を食べ始めていた。
とりあえず、どうすることもできず、諏訪子の隣に座って、団子を一つ口にいれる。
相変わらず美味しいお団子だ。
みたらしの甘さもくどくないし、団子そのものも美味しい。
けれども、今は善行のことが頭に引っかかっていた。
こんな美味しいお団子。それをお礼に食べてしまったら、さっきの善い行いなんか全部使いきってしまって、逆にバチが当たるのではないだろうか?
途中からは、諏訪子にも手伝ってもらったし。
「そんなに考えながら食べてると、せっかくのお団子が美味しくなくなるよ?」
「うわっ 諏訪子!」
自分はそうとうぼんやりしていたらしい。気が付くと、目の前に諏訪子の顔があった。子供みたいに悪戯っぽい瞳がきらきらと輝いている。
「せっかく善い行いをしたお礼なんだから、美味しく食べよう! 時間がたつと、硬くなっちゃうよ?」
「お団子は美味しいけど……。せっかく善い行いをしたのに、お礼をもらっちゃったら、意味がないんじゃないかなぁって。むしろ、お礼の方が大きかったら、バチが当たっちゃうかも」
ルーミアは考えてたことをそのまま言った。
諏訪子はキョトンとした表情でしばらく考えこんでいたが、すぐにお茶でお団子を飲み込んで、言葉を返す。
「霊夢だって、気持ちの問題だって言ってたんでしょ? これだって、茶店の気持ちなんだから、素直に受け取っておけばいいんじゃないかなぁ」
たしかに、気持ちの問題って考えれば、受け入れられる気もする。
でもやっぱり、同じくらいの恩をもらってしまったら、意味がない気もした。
難しい顔で悩むみ続けるルーミアの隣で、諏訪子は「それに、これはもしわたしが神様だった場合の話だけどさぁ」と言って、話を続ける。
「善い行いをした子がお礼を受け取ったくらいで、バチを当てようとは思わないもん。それに、善い行いって、した方も嬉しいと思わない?」
「そういえば、おじさんに『ありがとう』って言われたときは嬉しかった」
「でしょ? だから、わたしたちもお団子を食べて『美味しい!』って言えばいいのよ。そうすればお店の人も嬉しいから。あと、たぶん神様も一緒じゃないかな?」
「神様まで一緒なの?」
「わたしは神様じゃないからわからないけどね。でも、神様が善い行いをした人間や妖怪に幸運を授けて、そのおかげで笑顔になってくれたら、神様も嬉しいと思うよ。むしろ、お供え物とかよりも嬉しいんじゃないのかな?」
諏訪子は最後に、「だから、難しく考えなくていいと思うよ。神様はちゃんと見てくれてるから」と言って、もう一度ルーミアの頭を撫でてくれた。
やっぱり諏訪子の手は温かくて優しい。なんだか神様に「頑張ったね」って言われているみたいだった。
神様みたいな妖怪が言うんだから、このみたらし団子も美味しく食べてしまうのがいいのだろうと思った。
ルーミアは3つまとめて団子を頬張る。
みたらし団子は、さっきまでよりも全然美味しかった。
ふとお店の中を見ると、おばちゃんの嬉しそうな笑顔があった。
なんだかルーミアも嬉しくなって、思わず笑ってしまう。
その隣では、静かに諏訪子が微笑んでいた。
☆☆☆
【おまけ 愉快な日本の神様】
ルーミアと別れたあと、諏訪子は博麗神社を訪れた。
ここの巫女は大したものだ。一介の妖怪に、一度話してあそこまで考えさせるなんて。
あのような妖怪がいれば、自分や神奈子の存在が失われることもない。
「信仰なんて、そんなもんだからねぇ」
霊夢の言う通り、日本の信仰なんて難しいものではないのだ。
なんとなく神様の存在を背後に意識してもらえればいいだけ。
別に、忘れてしまった日があってもいい。
もし、多少ハメを外してしまったって、翌日にその分反省すればいい。
「そもそも、神様だって、ロクでもない奴もいたりするし」
正直、人間や妖怪に対して強く言える立場なのだろうか?
時々ではない頻度で疑問に思うこともある。
けれども。
「うん。やっぱりちゃんと手入れがしてあるねぇ。さすが霊夢だ」
きっちりと磨き上げられた守矢の分社。昼間のルーミア。
しっかり神様のためにお勤めをしてくれる人間には、神様としてお礼をしなくてはならない。
それが、善行を積み続けている人間への神様としての気持ちだ。
「霊夢ー」
社務所の引き戸を叩いて声をかける。するとすぐに足早に歩く音が聞こえて扉がひらいた。
「珍しいじゃない。これ以上分社は増やさないわよ?」
「さすがにもう置かないわよ。神奈子と早苗がどう思ってるかは知らないけどね。そんなことより、一杯どう?」
言いながら、諏訪子は酒瓶を取り出した。
「随分いいお酒じゃない。なんか企んでる?」
霊夢は驚いて目を丸くする。
「ま、日頃のお礼ってところかな。分社もちゃんと管理してもらってるし。本当に、特別な意味はないよ」
「こっちも別に特別なことをしてるつもりはないんだけどねぇ。ま、一応でも神様がくれるっていうなら、遠慮なくもらっておくわ」
「待った! 一応って何よ! 一応って!」
「そんなチビっ子が神様なんて、どうも信じられないのよねぇ」
霊夢のチビっ子発言に、諏訪子の堪忍袋の緒が切れた。
「おのれ、小癪な。わたしも幻想郷で神徳をだいぶ受け取ったからね。この前、守矢神社でやったときのようにはいかないよ?」
「あら? やるっていうの? 負けた方が、今夜のおつまみを作る係りよ?」
「上等! さっさと外に行くわよ!」
霊夢の足音を聞きながら、諏訪子は外に出た。
夕暮れに染まる境内は真っ赤に染まっている、
まったく、幻想郷はいい場所だ。
ここの巫女は神を敬いながらも、時には愉しい遊び相手になってくれる。
早苗だけでも十分だと思っていたのに、さらにもう一人この幻想郷にはいたのだ。
神にとってこれ以上の幸せがあるだろうか。
そう。だから、これは神としての巫女に対するお礼でもあり、遊びでもある。
「さぁ、神遊びをしよっか!」
「この、ひよっこ神が! どっからでもかかってきなさい!」
「人間の巫女がどこまで遊び相手になるか、楽しみね!」
一番星が輝く神社に巫女一人と神一柱。
愉しげな声を祭囃子に、弾幕の花が咲く。
細かいことですが、誤字報告をば。
喜作 → 気さく ではないでしょうか? 間違っていたらすみません。
良い話ですね。妖怪に善行を積ませるなんて、霊夢は映姫様よりすごいです。
善いことしなくちゃね。
懐かしい気持ちになりました。
神様は見てるんだなあ
話の進め方も然り、ルーミア・霊夢・諏訪子の組み合わせもいい感じだった。
しかし中々そうは出来ないものだから、神様にちょっと後押しをしてもらう。
盲目的な信仰は好みじゃないけど、誰かに見られてる、って意識、内観する視点は大事だなぁ、と。
――難しい事は抜きにして、子供らしく悩んで行動して喜ぶルーミアちゃん可愛い。
神様がすぐそばにいる幻想郷ならではのお話ですね