第3章のあらすじ:文を元気づける椛が天使だった。(3回目)
【第4章】
「さて、困ったことになりましたねぇ・・・」
トテトテトテ。
『どのくらい困ったさんです?』
「椛お姉さんのしっぽがもげたくらい」
『きんきゅーじたいです!』
キリッと白狼天狗のポーズ。最近覚えた、椛のマネだ。
「こども天狗隊、しゅつどう!」
『びゅんびゅーん!』
文の号令に従い、部屋を飛び出す。玄関や台所を一回りして・・・椅子の横に戻ってきた。
何が困ったの?と言わんばかりに、キョトンとした顔で仕事机を見つめている。子供の興味の移りゆきのなんと忙しいことか。
手帳をパラパラパラ。
使用済みの斜線を引かれたページがしばらく続いたのち・・・
『まっしろ!』
「ネタがなくなりました」
椛の尻尾ももげてほしいくらいの、緊急事態だった。
◆
やってきたのは、山の参拝道。立ち並ぶ飯屋に雑貨屋、行き交う行商人、商品を広げる河童に、放浪の妖怪少女。ふもとから守矢神社まで通じる、今や"お山の中央道"だ。
土踏月以前とは違いずいぶんな賑わい・・・を見せることもなく、むしろ物売りの姿ばかりが目立つ。この広い山で移動手段を絶たれた天狗たち。よほどの大きな用事がない限りは、近場で済ませているようだった。ここも商売あがったりである。・・・この事も、もう記事にしてしまった。
その道沿いの甘味屋。子どもと二人で休憩がてら、妖怪の山名物に舌鼓。人間の子供の口にも合うようだ。
「・・・本当よ、効果抜群なんだから~」
「・・・さすが姫海棠さんよね」
ここのお店は水にこだわってまして・・・と子どもに講釈を垂れていると、向かいの客から気になる会話が耳に入ってきた。そういえば最近会ってなかった、はたて。ちゃんと生きているだろうか。
顔つきが一転、天狗記者モードに入る文。
「姫海棠さんがどうかしたんですか?」
「あぁ、これこれ。ためになるわよ~」
取り出したのは、一枚の新聞。はたての発行する『花果子念報』だ。指差したのは、大きく取り上げられた一面記事。
「"白狼天狗に学ぶ、日焼け対策術"?」
土踏月が始まって以来、炎天下に長時間さらされることが多くなった天狗たち。お肌のトラブルを抱えやすい彼女たちのために、もともと外仕事の多い白狼天狗の美容ノウハウが、事細かに記載されていた。
それだけではない。"夏の香水特集"、"美容に欠かせない食生活"、"今日のオススメアイテム"などなど。いつもの花果子念報とは違う、はたての趣味全開の紙面だ。
「こ、これはすごい・・・」
「美容といえば姫海棠さんよね。いつ見ても惚れ惚れするくらい、肌も髪もきれいよ~。滅多に見かけないけど」
「話には聞いたことあったけどさ、こんなに知識があるなんて知らなかったわ。講習会でも開いてほしいくらいよ」
「これ参考に私もいくつか始めたんだけど、やっぱり変わったもの~。嬉しくて、いろんな人に広めてるわ」
「わたしも購読しようかしら、花果子念報。土踏月が終わっても、こういう記事は続けてほしいわね」
「なんてこと・・・」
自分自身の豊富な知識でネタは尽きず、念写で発行ペースも落ちない。天狗たちの美容への危機感から評判を呼び、新たな購読者も獲得しようとしている。今までの弱小新聞から一躍、強豪新聞に躍り出る勢いだ。
まさかこの私が、はたての戦略に歯噛みするときが来ようとは。煽るようなドヤ顔が目に浮かぶようで、地団太を踏む文。"土踏月"とは、そーゆー意味なのかもしれない。
「大変な事態になってまいりました」
『きんきゅーじたいです!』
「きんきゅーじたい」
キリッ。
きり。・・・張りのない動き。
今月の発行部数勝負は、本当に負けてしまうかもしれない。
◆
コンコン。
「文ぁー。いないのー?」
文の家の戸を叩くはたての姿。割とよく見る光景。
土踏月の間は、念写と自分の知識で記事を書くスタイルで行くため、比較的いつもと変わらず遊び時間ができる。
加えて、最近、急に花果子念報の購読者数が増えてきた。その自慢と、文のてんやわんやぶりを笑いに来たのだった。この娘はブレない。
「取材にでも行ってんのかしら。大変ねぇ・・・」
「あ、はたてさん」
あら久しぶり、と言葉を返されるも、訝しげな表情の椛。他人の家の前でひとり笑いをこらえている様子を見れば、誰だって気味悪がるに違いない。
そんな椛こそ、哨戒任務中にここに来る理由はひとつしかない。
「何持ってんの、それ」
「絵本ですよ。子どもさんと一緒に読もうと思って、こんなにたくさん!」
「あ~・・・一緒に住んでるんだっけ、あいつ。上手いことやってんの?」
「いろいろ大変みたいですけど、仲良くやってるみたいですよ」
可愛いんですよ、とニコニコ笑顔の椛に対して、浮かない顔のはたて。
あの子どもとは、アルバイト募集の面接で一度会ったきり。諦めるギリギリの所でやってきて、感動した文にクルクルと話を丸め込まれていた気がする。
新聞は一人で作るもの。あいつさえ来なければ、堂々と、文との勝負ができたのに。花果子念報の調子の良さもあり、はたてにとっては憎い存在だった。・・・もっとも、実際は仕事の役にはあまり立ってないのだが、誰かの手が加わることが気に食わなかった。
からかいに来たつもりが、なんだか白けてしまった。帰ろうかと思ったその時。
「あ、はたて!」
『椛おねぇちゃん!』
今日は何ともタイミングが悪い。文一行のご帰宅だ。
「あんたさぁ、その子ども」
「はたて! 新聞見ましたよ! すごいじゃないですか! みなさん絶賛してましたよ!」
「えっ? あ、そ、そう? そうでしょ? 購読者だって増えてるんだからね!」
「私にも教えてくださいよ、美容のノウハウ! あっ、講習会を開いてほしいという声も出てましたよ! やっぱり実演が入らないと分からない部分も多いですしね! 今月は忙しくなるんじゃないんですか!?」
「こ、講習会? イヤよ、大勢の前でそんな」
「あなた巷では、肌がきれい髪がきれいって、もう女神様みたいな扱いなんですよ? 引きこもってないで、あなたの知識が"今"必要なんです! 土踏月は待ってくれませんよ!?」
出会うなり、怒涛の勢いで捲し立てられるはたて。何か言いたいことがあった気がするが、ここまで新聞をベタ褒めされるのは初めてのこと。ライバルにまで教えを請われるのも、悪くない気分だ。ちょろい。
講習会。購読者が増えているのは確かだし、注目が集まっている今なら、さらなる宣伝効果も期待できるかもしれない。
「そ、そうね~。やってほしいって声があるなら、やるのもアリかも?」
「そうでしょう!? 善は急げ、思い立ったが吉日! もう会場も予約を取っておきましたから!」
「ちょっと、なに勝手に・・・!」
「ハイ、あとは内容を考えなければいけませんね! こうしちゃいられませんよ~! 号外なら私の新聞で出しておきますから!『噂の女神様、講習会で御降臨!』これで決まりですね!」
話の速さについていけてないはたての背を、彼女の家の方へ押していく文。その口元が怪しく歪んでいるのを、椛は見てしまった。
「文さん! 鍵!」
ほいっ、と家の鍵を椛にパス。
残された椛と子ども。
「じゃあ、文お姉ちゃんが帰ってくるまで、ご本を読んでましょうね」
悪巧みに輝く文の姿は、この子にはまだ早かった。
◆
あれよあれよと計画は進み、数日後。
「お疲れ様です、はたて」
「どうも、このバカラス天狗」
教卓に突っ伏するはたてに、飲み物が差し入れられる。講習会は盛況のうちに終了した。
第2回への期待のまなざしに耐え兼ね、「き、近日開催を予定してます!」と言ってしまっていた。休んでもいられない。
「良かったですよ、講習会。私もやりがいが出るというものです」
そう言いながら、手帳をパタパタ。
「私は次の講習会の予定を立てなきゃいけないってのに、あんたは私をダシに新聞づくり。卑劣すぎるわ」
「あなたの新聞購読者も今日増えたじゃありませんか。長い目で見れば、はたてが得ですよ」
「かもしれないけど、こんな足止め食らっちゃったら結局、今月も部数勝負は私の敗色濃厚じゃないのよ。せっかく今月がチャンスなのにさぁ」
「みなさん喜んでたんだから、良いじゃありませんか。私も参考になりましたよ、はたての美容テクニック」
「まぁ・・・ねぇ・・・」
今まで引きこもってばかりの新聞づくりだったはたて。記者の割には顔の広くない彼女が、みんなの前に立って話をする。注目を浴びるというのも、確かに悪くない気分だった。
今日だって、みんなが喜んでくれるから、つい張り切ってしまった。だからこその、この疲労なのだ。勝負ではない、ちゃんと報われることの充足感に今まさに満たされていた。
新聞づくり以外の活動で楽しいと思ったことは、初めてだったかもしれない。
「・・・文はさぁ。なんであいつのことを雇ったの?」
「ん、あの子ですか?」
「前に"面白いから"って言ってたけどさ、大変じゃない? 新聞づくり以外に何かするなんて」
んーそうですねぇ・・・。唇に手帳を当て、思案する文。
文の行動は、総じて面倒くさい。潜入取材や弾幕取材、今回の手伝いの件も、子ども一人では役に立たないはずなのに、嬉々として雇った。普通なら首を突っ込まないような大変なことでも、平気でやっているように見えるのだ。
しばらくして、ひとつの言葉をピンッと思い出した。
「"だが、それがいい"」
飲み物を口に、クスッと笑うはたて。
「最初は単なる好奇心。後先のことは置いておいて、とりあえず一歩踏み入れてみるんです。
・・・結果、途中で投げ出しそうになったり」
舟の上での不貞腐れた。
「心身擦り減らしたり」
椛に涙を見せた。
「大したものが得られなかったり」
新聞づくりには、何の役にも立ってない。
よくあることです、と文は言う。置いておいたものが帰ってくるだけ。
「それらマイナス面も含めて、話のネタになるんです。全部ひっくるめて"面白い"と、私は思いますね。今回の土踏月も、面白いものがたくさん見れていますよ」
にとりは新しい商売を始めたし、真面目な椛が家にサボりに来るようになったし、出不精のはたてが講習会なんぞを開いている。
飛べないことは確かにつらいが、だからこそみんな新しい一面を見せている。・・・きっと、文もそうだった。
「自分が動けば、周りが動く。土踏月が続いてほしいとは思いませんけど、みんな動くようになってくれれば面白いですねぇ」
◆
「・・・文。あんた、土踏月が終わったら」
ガチャリ。
『文おねぇちゃん!』
「文さん、はたてさん・・・」
はたての言葉を、二人の来訪者が遮る。その表情はどこか困ったような。・・・椛はいつものことかも。
どうしたんですか、二人とも? と、言葉を返した瞬間、会場の扉が勢いよく開け放たれた。
「失礼します! 姫海棠さんはいらっしゃいますか!」
「河童自治体の者です! 次回の講習会についてお話を!」
「天狗美容雑貨店です! 美容教室の開設を計画しているのですが!」
「はたてぇ! 次の講演はウチの工房でやりなよ! 臨時便も出すからさぁ!」
「うちの神社で実演やってみませんか!」
「なななな、なによなによ何なんなんですか!」
「この子とお散歩をしてたら、はたてさんの家に人だかりができてて・・・。どんな講習会をしたんですか」
「あややや、これはますます仕事が捗りますねぇ~」
「も~、新聞作らせてよぉ~!!」
どうやら今月の部数勝負も、文の勝ちのようだ。
――土踏月が終わったら、子どもはどうすんの?
その言葉が紡がれることはなかった。
【第4章 完】
【第4章】
「さて、困ったことになりましたねぇ・・・」
トテトテトテ。
『どのくらい困ったさんです?』
「椛お姉さんのしっぽがもげたくらい」
『きんきゅーじたいです!』
キリッと白狼天狗のポーズ。最近覚えた、椛のマネだ。
「こども天狗隊、しゅつどう!」
『びゅんびゅーん!』
文の号令に従い、部屋を飛び出す。玄関や台所を一回りして・・・椅子の横に戻ってきた。
何が困ったの?と言わんばかりに、キョトンとした顔で仕事机を見つめている。子供の興味の移りゆきのなんと忙しいことか。
手帳をパラパラパラ。
使用済みの斜線を引かれたページがしばらく続いたのち・・・
『まっしろ!』
「ネタがなくなりました」
椛の尻尾ももげてほしいくらいの、緊急事態だった。
◆
やってきたのは、山の参拝道。立ち並ぶ飯屋に雑貨屋、行き交う行商人、商品を広げる河童に、放浪の妖怪少女。ふもとから守矢神社まで通じる、今や"お山の中央道"だ。
土踏月以前とは違いずいぶんな賑わい・・・を見せることもなく、むしろ物売りの姿ばかりが目立つ。この広い山で移動手段を絶たれた天狗たち。よほどの大きな用事がない限りは、近場で済ませているようだった。ここも商売あがったりである。・・・この事も、もう記事にしてしまった。
その道沿いの甘味屋。子どもと二人で休憩がてら、妖怪の山名物に舌鼓。人間の子供の口にも合うようだ。
「・・・本当よ、効果抜群なんだから~」
「・・・さすが姫海棠さんよね」
ここのお店は水にこだわってまして・・・と子どもに講釈を垂れていると、向かいの客から気になる会話が耳に入ってきた。そういえば最近会ってなかった、はたて。ちゃんと生きているだろうか。
顔つきが一転、天狗記者モードに入る文。
「姫海棠さんがどうかしたんですか?」
「あぁ、これこれ。ためになるわよ~」
取り出したのは、一枚の新聞。はたての発行する『花果子念報』だ。指差したのは、大きく取り上げられた一面記事。
「"白狼天狗に学ぶ、日焼け対策術"?」
土踏月が始まって以来、炎天下に長時間さらされることが多くなった天狗たち。お肌のトラブルを抱えやすい彼女たちのために、もともと外仕事の多い白狼天狗の美容ノウハウが、事細かに記載されていた。
それだけではない。"夏の香水特集"、"美容に欠かせない食生活"、"今日のオススメアイテム"などなど。いつもの花果子念報とは違う、はたての趣味全開の紙面だ。
「こ、これはすごい・・・」
「美容といえば姫海棠さんよね。いつ見ても惚れ惚れするくらい、肌も髪もきれいよ~。滅多に見かけないけど」
「話には聞いたことあったけどさ、こんなに知識があるなんて知らなかったわ。講習会でも開いてほしいくらいよ」
「これ参考に私もいくつか始めたんだけど、やっぱり変わったもの~。嬉しくて、いろんな人に広めてるわ」
「わたしも購読しようかしら、花果子念報。土踏月が終わっても、こういう記事は続けてほしいわね」
「なんてこと・・・」
自分自身の豊富な知識でネタは尽きず、念写で発行ペースも落ちない。天狗たちの美容への危機感から評判を呼び、新たな購読者も獲得しようとしている。今までの弱小新聞から一躍、強豪新聞に躍り出る勢いだ。
まさかこの私が、はたての戦略に歯噛みするときが来ようとは。煽るようなドヤ顔が目に浮かぶようで、地団太を踏む文。"土踏月"とは、そーゆー意味なのかもしれない。
「大変な事態になってまいりました」
『きんきゅーじたいです!』
「きんきゅーじたい」
キリッ。
きり。・・・張りのない動き。
今月の発行部数勝負は、本当に負けてしまうかもしれない。
◆
コンコン。
「文ぁー。いないのー?」
文の家の戸を叩くはたての姿。割とよく見る光景。
土踏月の間は、念写と自分の知識で記事を書くスタイルで行くため、比較的いつもと変わらず遊び時間ができる。
加えて、最近、急に花果子念報の購読者数が増えてきた。その自慢と、文のてんやわんやぶりを笑いに来たのだった。この娘はブレない。
「取材にでも行ってんのかしら。大変ねぇ・・・」
「あ、はたてさん」
あら久しぶり、と言葉を返されるも、訝しげな表情の椛。他人の家の前でひとり笑いをこらえている様子を見れば、誰だって気味悪がるに違いない。
そんな椛こそ、哨戒任務中にここに来る理由はひとつしかない。
「何持ってんの、それ」
「絵本ですよ。子どもさんと一緒に読もうと思って、こんなにたくさん!」
「あ~・・・一緒に住んでるんだっけ、あいつ。上手いことやってんの?」
「いろいろ大変みたいですけど、仲良くやってるみたいですよ」
可愛いんですよ、とニコニコ笑顔の椛に対して、浮かない顔のはたて。
あの子どもとは、アルバイト募集の面接で一度会ったきり。諦めるギリギリの所でやってきて、感動した文にクルクルと話を丸め込まれていた気がする。
新聞は一人で作るもの。あいつさえ来なければ、堂々と、文との勝負ができたのに。花果子念報の調子の良さもあり、はたてにとっては憎い存在だった。・・・もっとも、実際は仕事の役にはあまり立ってないのだが、誰かの手が加わることが気に食わなかった。
からかいに来たつもりが、なんだか白けてしまった。帰ろうかと思ったその時。
「あ、はたて!」
『椛おねぇちゃん!』
今日は何ともタイミングが悪い。文一行のご帰宅だ。
「あんたさぁ、その子ども」
「はたて! 新聞見ましたよ! すごいじゃないですか! みなさん絶賛してましたよ!」
「えっ? あ、そ、そう? そうでしょ? 購読者だって増えてるんだからね!」
「私にも教えてくださいよ、美容のノウハウ! あっ、講習会を開いてほしいという声も出てましたよ! やっぱり実演が入らないと分からない部分も多いですしね! 今月は忙しくなるんじゃないんですか!?」
「こ、講習会? イヤよ、大勢の前でそんな」
「あなた巷では、肌がきれい髪がきれいって、もう女神様みたいな扱いなんですよ? 引きこもってないで、あなたの知識が"今"必要なんです! 土踏月は待ってくれませんよ!?」
出会うなり、怒涛の勢いで捲し立てられるはたて。何か言いたいことがあった気がするが、ここまで新聞をベタ褒めされるのは初めてのこと。ライバルにまで教えを請われるのも、悪くない気分だ。ちょろい。
講習会。購読者が増えているのは確かだし、注目が集まっている今なら、さらなる宣伝効果も期待できるかもしれない。
「そ、そうね~。やってほしいって声があるなら、やるのもアリかも?」
「そうでしょう!? 善は急げ、思い立ったが吉日! もう会場も予約を取っておきましたから!」
「ちょっと、なに勝手に・・・!」
「ハイ、あとは内容を考えなければいけませんね! こうしちゃいられませんよ~! 号外なら私の新聞で出しておきますから!『噂の女神様、講習会で御降臨!』これで決まりですね!」
話の速さについていけてないはたての背を、彼女の家の方へ押していく文。その口元が怪しく歪んでいるのを、椛は見てしまった。
「文さん! 鍵!」
ほいっ、と家の鍵を椛にパス。
残された椛と子ども。
「じゃあ、文お姉ちゃんが帰ってくるまで、ご本を読んでましょうね」
悪巧みに輝く文の姿は、この子にはまだ早かった。
◆
あれよあれよと計画は進み、数日後。
「お疲れ様です、はたて」
「どうも、このバカラス天狗」
教卓に突っ伏するはたてに、飲み物が差し入れられる。講習会は盛況のうちに終了した。
第2回への期待のまなざしに耐え兼ね、「き、近日開催を予定してます!」と言ってしまっていた。休んでもいられない。
「良かったですよ、講習会。私もやりがいが出るというものです」
そう言いながら、手帳をパタパタ。
「私は次の講習会の予定を立てなきゃいけないってのに、あんたは私をダシに新聞づくり。卑劣すぎるわ」
「あなたの新聞購読者も今日増えたじゃありませんか。長い目で見れば、はたてが得ですよ」
「かもしれないけど、こんな足止め食らっちゃったら結局、今月も部数勝負は私の敗色濃厚じゃないのよ。せっかく今月がチャンスなのにさぁ」
「みなさん喜んでたんだから、良いじゃありませんか。私も参考になりましたよ、はたての美容テクニック」
「まぁ・・・ねぇ・・・」
今まで引きこもってばかりの新聞づくりだったはたて。記者の割には顔の広くない彼女が、みんなの前に立って話をする。注目を浴びるというのも、確かに悪くない気分だった。
今日だって、みんなが喜んでくれるから、つい張り切ってしまった。だからこその、この疲労なのだ。勝負ではない、ちゃんと報われることの充足感に今まさに満たされていた。
新聞づくり以外の活動で楽しいと思ったことは、初めてだったかもしれない。
「・・・文はさぁ。なんであいつのことを雇ったの?」
「ん、あの子ですか?」
「前に"面白いから"って言ってたけどさ、大変じゃない? 新聞づくり以外に何かするなんて」
んーそうですねぇ・・・。唇に手帳を当て、思案する文。
文の行動は、総じて面倒くさい。潜入取材や弾幕取材、今回の手伝いの件も、子ども一人では役に立たないはずなのに、嬉々として雇った。普通なら首を突っ込まないような大変なことでも、平気でやっているように見えるのだ。
しばらくして、ひとつの言葉をピンッと思い出した。
「"だが、それがいい"」
飲み物を口に、クスッと笑うはたて。
「最初は単なる好奇心。後先のことは置いておいて、とりあえず一歩踏み入れてみるんです。
・・・結果、途中で投げ出しそうになったり」
舟の上での不貞腐れた。
「心身擦り減らしたり」
椛に涙を見せた。
「大したものが得られなかったり」
新聞づくりには、何の役にも立ってない。
よくあることです、と文は言う。置いておいたものが帰ってくるだけ。
「それらマイナス面も含めて、話のネタになるんです。全部ひっくるめて"面白い"と、私は思いますね。今回の土踏月も、面白いものがたくさん見れていますよ」
にとりは新しい商売を始めたし、真面目な椛が家にサボりに来るようになったし、出不精のはたてが講習会なんぞを開いている。
飛べないことは確かにつらいが、だからこそみんな新しい一面を見せている。・・・きっと、文もそうだった。
「自分が動けば、周りが動く。土踏月が続いてほしいとは思いませんけど、みんな動くようになってくれれば面白いですねぇ」
◆
「・・・文。あんた、土踏月が終わったら」
ガチャリ。
『文おねぇちゃん!』
「文さん、はたてさん・・・」
はたての言葉を、二人の来訪者が遮る。その表情はどこか困ったような。・・・椛はいつものことかも。
どうしたんですか、二人とも? と、言葉を返した瞬間、会場の扉が勢いよく開け放たれた。
「失礼します! 姫海棠さんはいらっしゃいますか!」
「河童自治体の者です! 次回の講習会についてお話を!」
「天狗美容雑貨店です! 美容教室の開設を計画しているのですが!」
「はたてぇ! 次の講演はウチの工房でやりなよ! 臨時便も出すからさぁ!」
「うちの神社で実演やってみませんか!」
「なななな、なによなによ何なんなんですか!」
「この子とお散歩をしてたら、はたてさんの家に人だかりができてて・・・。どんな講習会をしたんですか」
「あややや、これはますます仕事が捗りますねぇ~」
「も~、新聞作らせてよぉ~!!」
どうやら今月の部数勝負も、文の勝ちのようだ。
――土踏月が終わったら、子どもはどうすんの?
その言葉が紡がれることはなかった。
【第4章 完】
着眼点が文と違うのがはたての面白いところだったりしますね。それで偶に文に一泡吹かせてやったりすると痛快だ。
新聞ではないにせよ、はたてが活躍して個人的に満足。
さすが文