見たことの無い客がお目見えになったと咲夜が伝言に来た時、正直に言うと楽しみだった。
この館に来る者は荒唐無稽でおかしなやつばかりだ。理由は単純明快で、普通の生き方が出来る人ならここに用は出来ないからだろう。わざわざこんな場所まで足を運んでくるのはよっぽどの変わり者か、私を虐めに来る妖怪退治の専門家ぐらいだろう。
そして、そんな変人の方が一緒に暴れれて退屈しない。だから今日こんなとこまでやってきたやつはどんな変人なのだろうかと考えてしまった。
でも、今目の前にいる彼女はとても普通の人物に見えた。
「なんでしょう?」
「あー、いや。なんでもない」
そんな人物がここに来るのが珍しくて、ついじろじろと眺めてしまっていたようだ。訝しげな彼女の表情でそれを悟らされる。
聞いた話だと、フランが最近一緒に遊んでいるらしい子の姉だと言うことだ。姉であり保護者である私に挨拶しようと思ったらしく、ここまで足を運んでくれたらしい。私と縁を持った奴の中では相当まともな部類に入るだろう。
そんなまともな客が来るなど珍しいことこの上ない。そりゃ眺めていたくもなるものだ。
「置いてる紅茶とケーキは遠慮なく召し上がってくれ」
そう言うと、彼女は小さくにまっと笑って見せた。
「私、紅茶には少しうるさいですよ?」
「心配ない。なんたってうちのメイド長お手製だからな、おかわりを懇願するはめになるさ」
無駄に広い客室の、無駄に大きなテーブルで、たった二人並んで、話をする。それは結構珍しい事だった。
そもそもこの客室を使う機会があまり無い。顔見知りは図書室で大体の用を済ましてしまい、そしてこの館には顔見知りしか来ない。そりゃあこの部屋の出番なんか無いってものだ。
「そうそう。私、本が好きでして、後で少し図書室を見せていてもよろしいかしら」
「え?」
「あ、いえ。そういえばここの図書室は有名だと言う噂を聞いてまして」
「……へぇ、そうなのか。ご希望なら館を案内してあげるよ。フランが色々と世話になっているみたいだからね、そのお返しといっちゃあなんだけど」
「こちらこそ、うちの妹がフランさんにいつも甘えさせていただいて……最近、いつもフランさんとこちらのお屋敷の話ばかりなんですよ、妬いてしまいそうです」
今の言葉に殺気を感じたのは気のせいだな。
「フランもだよ。面白い子とよく遊んでるって聞くから一度紹介してくれって頼んでるんだが、気付いたら居なくなってるなんて言うもんだからね。うちのは少々アレだからな、遂にそこまでキているのかと心配だったんだが、その子の姉が来てくれてようやく安心できたよ」
「それだけでも来た甲斐がありましたね」
「いや、ほんとにね」
思わず笑ってしまうと、向こうもそれに釣られてか笑顔になった。お互い、カップの中身は空になっていた。そろそろだな。
「それにしても、良かったのかね。本当に」
「え? 何がでしょう」
「ここに一人でやってきた事だよ」
向こうは今の言葉をよくわかっていないようで、まだ笑みを浮かべている。客にさせるにはとても良い表情だと言えるだろう。
でも折角の初見の客なんだ、ちょっとしたおもてなしもしてやらないと。
「図書館がどうとか言ってたから知ってるかもしれないが、ここは悪魔の館だよ。そこに手ぶらでのこのこと来るなんて、無用心だと思わないかい?」
ちょっと凄んで言ってみるが、対して大きな反応を示してくれなかった。困ったように首をかしげただけだ。
「そうなのでしょうか」
「そうさ。美味しそうに飲みきった紅茶だって、」
「あ、紅茶美味しかったです。おかわりはいただけますか?」
「ああ、いくらでもって違うだろ」
「わかりました。まー恐ろしー」
「恐ろしい棒読みだなおい」
全く怖がってくれない。あれか、最近顔見知りにカリスマ行方不明だのへたれみだの言われてたのはあながち間違いでは無かったと言う事なのだろうか。さすがにへこむな。
「……ふふっ」
「なんだよ、何が可笑しいんだ」
「いえ。そういえば、まだ自己紹介も済んでいませんでしたね」
「……今更だな」
こんなタイミングで持ち出す話でも無いと思うが、確かに私はこいつの名前を聞いていなかった。こう言われてしまった以上は、お互いに名乗りあう必要があるだろう。
「……レミリア・スカーレットだ」
「はい。申し遅れました、私、古明地さとりです」
「古明地? どこかで聞いたな」
適当なタイミングでパチェあたりから聞いたことがあった気がする。何がきっかけだっただろうか?
「地底、地霊殿、温泉と言えば思い出していただけるでしょうか」
「んー? ……あ」
そうだ、パチェが言ってた、地底で暮らす最悪の妖怪の名前って……
「そうです、私が最悪な妖怪の古明地さとりです」
「そーいうことかああああ!」
何か引っかかる時があると思ったが、まさかさとり妖怪だったとは。素性を聞いておくべきだった。
「後悔先に立たずですね」
「勝手に私の脳内と会話するんじゃない!」
「そうは言いましても、読めてしまうのは仕方の無いことで」
さとりはそう言うと困った顔をして、溜息を吐きながら頬杖をついた。わざとらしさ全開だ。
「読まないって言う事は出来ないのか」
「出来ますけど、面白いので読みます」
「おいおい、良いキャラしてるな。最初の方は猫被りだったのかよ」
結局、普通な奴はここには来ないんだなと思うと少し寂しくなるな。どしてこう変なやつばっかり……
「ご自分で言ってたじゃないですか、ここは普通な人には用が無いって」
「ああ、無駄な期待感は抱くもんじゃないな」
まあこうやって変なやつが来るのは日常茶飯事だ。そもそも、読まれて困ることもそんなに無いしな。
「先日、フランさんに散々いじられて泣いたそうですね」
「……妹には適わないからな」
「おやつが無いと従者さんに半泣きになりながら駄々をこねたり」
「お腹が空いてたら働けないからな」
「自分の部屋で宴会用の踊りの練習を--」
「もういいだろ!」
記憶まで読めるとは、最悪の妖怪と言われるだけはあるな。さとり妖怪恐るべし。
「褒めても何もでませんよ」
「褒めてないな」
「うふふ……ここの主さん、いい人そうで良かったです」
なんだいきなり。何か企んでいるんじゃないだろうな。
「いえ、素直な感想ですよ。あなたの心には常にここの皆さんを想う気持ちがある。今さっきだってフランさんの事について、心からほっとしていましたね」
館主である以上、そこにいる皆の事を考えておくのは当たり前だろう。仕事みたいなもんさ。
「照れちゃって」
違う! あまりにやにやするな。
「なるほど、みなさんが苛めたくなるのがわかる気がします。それとですね、ちゃんとおしゃべりしませんか?」
私が声を出す必要はないだろ?こっちの方が早いし。
「口に出して伝えると言うのも大事な事ですよ。私はあなたと声を使った会話がしたい」
それをさとりが言うかね。
「さとりにも色々とあるんですよ、大変なんです」
「とてもイイ笑顔で言うんだな」
「気分が良いもので」
実際、さとりは心底楽しそうに見えた。もう少ししたら鼻歌でも歌い出すのでは無いかと言うぐらいには。
「さすがに歌いませんよ」
「それは残念だ。おーい、咲夜ー」
「はい、こちらに」
咲夜がやってくると同時に、テーブルの上は再び準備したばかりの状態へと戻っていた。皿にはケーキが乗り、カップからは香り高い湯気が立っている。
こんな魔法でも使ったのだろうかと言う光景は初めて見たはずなのだが、さとりはおぉ、と小さく呻いただけだった。
「さすが、悪魔の館の従者さんは一味違いますね。あ、すいません。わー驚いた、魔術みたい」
「せめて棒読みはどうにかならないのか」
「えーと、あの」
咲夜は今の流れをよく理解できていないようで、明らかに困った顔でおろおろとしていた。
そういえば、咲夜はさとりの正体をまだ知らないんじゃ無いだろうか。
「黙ってた方が面白くありませんか?」
さとりはとても楽しそうにそう耳打ちしてきた。
私も正直そう思うんだが、咲夜には伝えておいた方が色々と円滑になると思うな。
「えー」
「あまりうちのメイドを困らすな。こいつはさとり妖怪の古明地さとりだ。良く覚えておくように」
「あ、パチュリー様の言ってた最悪の妖怪様ですね」
「そうだ」
ここまで言われても、さとりは突っ込むどころか俯きながら肩を揺らして笑っていた。
「何か可笑しい事でもあったのか?」
「いえ、主従揃って同じ反応なのだなと」
「あら。お嬢様も心底焦っていたのですね」
「余計な事を……」
「ふふ、羨ましい事です……こいしが良くここへ遊びに来るのも、わかる気がします」
さとりはふわりと立ち上がり、私たちの方を向くと、深くお辞儀をしだした。
「今日はありがとうございました」
「なんだ、もう帰るのか」
「やっぱり家の事が心配で……下手すると爆発して消えてしまっている恐れもあるので」
「どんな事が起きればそうなるんだ?」
そうは言ったが、うちにも館が爆発するような事をしでかす連中が一杯いることを思い出してしまい、ため息が出そうになった。案外そこらに爆発の原因ってあるもんなんだな。
「普通は無いと思いますよ」
「わかってるよそんなこと」
「あ、咲夜さんその想像はさすがにNGでは無いでしょうか」
「お前は何を想像しているんだ!」
「いつも通りお嬢様の事ですよ?」
「……そうだないつも通りだな」
「レミリアさんにも今の想起させてあげましょうか?」
「いや、いい……いいと言ってるだろ! やめろ!」
頭の中に、服がところどころ焼け落ちて際どくなっている自分のイメージ画像を浮かび上げられるというのは、筆舌に尽くしがたいモノがあった。こんな事も出来るのか。
「というか、いつもこんな感じの事を考えているんだな」
「はい、してます」
「言い切っちゃったよ」
「ついでに、レミリアさんの方は--」
「紅魔館出禁な」
さすがにそれはまずいので、館主権限を発動させてもらった。咲夜がこれ以上ノってしまうのは非常に危ないからだ。
「冗談ですよ。それでは、失礼しますね」
「とんだ挨拶だったよ、全く」
嵐のように現れて、嵐のように去っていった。第一印象ってのはまったく当てにならない物だな。
「まあ、図書館の案内はまた今度だな。機会があったらまた来てくれ」
「--はい。また来ます。紅茶とケーキ、とても良い物でしたよ。咲夜さん、一人で大丈夫ですよ。ありがとうございます」
それでは、また--その言葉が聞こえたのに少し遅れて、静かに部屋の扉は閉まった。あっと言う間に空になった皿とコップが、さとりの言った言葉のこれ以上ない証拠になってくれた。
ほんの少しの間だったが、非常に疲れた。これでまた、紅魔館の客に新鮮なキャラが増えてしまったわけだ。
「さて、私たちもここを出るとしようか」
「そうですね……お嬢様、何を思い浮かべていたのですか?」
「お前にだけは教えてあげない」
「……わかりました」
とても残念そうに肩を落とした咲夜を見て、少し溜飲を下げる。あんな絵を見せてくれた罰だ。
私から咲夜といちゃいちゃするなんて、想像の中だけで留めておかないといけないだろうな。
家へと帰る途中、私は反省しっぱなしだった。また調子に乗ってしまった、と。
初対面の人と話してるうちに悪戯をしたくなるのは私の悪い癖だった。レミリアさんは特にいじりがいのある人だったから、いつも以上に張り切ってしまった。こういう事をするから嫌われてしまうのだ。
でも、あの人からの嫌悪感は最後まで感知出来なかった。あまり気にしないタイプなのか器量が大きいのかその両方か、どれなのかはわからないが嬉しい事ではあった。また今度、というのも心からの言葉であるようで、それもまた新鮮で。
あの館にいる人たちは大層幸せなのだろうなと、レミリアさんを見るだけで感じさせられた。私も地霊殿の主として頑張らないと。
この館に来る者は荒唐無稽でおかしなやつばかりだ。理由は単純明快で、普通の生き方が出来る人ならここに用は出来ないからだろう。わざわざこんな場所まで足を運んでくるのはよっぽどの変わり者か、私を虐めに来る妖怪退治の専門家ぐらいだろう。
そして、そんな変人の方が一緒に暴れれて退屈しない。だから今日こんなとこまでやってきたやつはどんな変人なのだろうかと考えてしまった。
でも、今目の前にいる彼女はとても普通の人物に見えた。
「なんでしょう?」
「あー、いや。なんでもない」
そんな人物がここに来るのが珍しくて、ついじろじろと眺めてしまっていたようだ。訝しげな彼女の表情でそれを悟らされる。
聞いた話だと、フランが最近一緒に遊んでいるらしい子の姉だと言うことだ。姉であり保護者である私に挨拶しようと思ったらしく、ここまで足を運んでくれたらしい。私と縁を持った奴の中では相当まともな部類に入るだろう。
そんなまともな客が来るなど珍しいことこの上ない。そりゃ眺めていたくもなるものだ。
「置いてる紅茶とケーキは遠慮なく召し上がってくれ」
そう言うと、彼女は小さくにまっと笑って見せた。
「私、紅茶には少しうるさいですよ?」
「心配ない。なんたってうちのメイド長お手製だからな、おかわりを懇願するはめになるさ」
無駄に広い客室の、無駄に大きなテーブルで、たった二人並んで、話をする。それは結構珍しい事だった。
そもそもこの客室を使う機会があまり無い。顔見知りは図書室で大体の用を済ましてしまい、そしてこの館には顔見知りしか来ない。そりゃあこの部屋の出番なんか無いってものだ。
「そうそう。私、本が好きでして、後で少し図書室を見せていてもよろしいかしら」
「え?」
「あ、いえ。そういえばここの図書室は有名だと言う噂を聞いてまして」
「……へぇ、そうなのか。ご希望なら館を案内してあげるよ。フランが色々と世話になっているみたいだからね、そのお返しといっちゃあなんだけど」
「こちらこそ、うちの妹がフランさんにいつも甘えさせていただいて……最近、いつもフランさんとこちらのお屋敷の話ばかりなんですよ、妬いてしまいそうです」
今の言葉に殺気を感じたのは気のせいだな。
「フランもだよ。面白い子とよく遊んでるって聞くから一度紹介してくれって頼んでるんだが、気付いたら居なくなってるなんて言うもんだからね。うちのは少々アレだからな、遂にそこまでキているのかと心配だったんだが、その子の姉が来てくれてようやく安心できたよ」
「それだけでも来た甲斐がありましたね」
「いや、ほんとにね」
思わず笑ってしまうと、向こうもそれに釣られてか笑顔になった。お互い、カップの中身は空になっていた。そろそろだな。
「それにしても、良かったのかね。本当に」
「え? 何がでしょう」
「ここに一人でやってきた事だよ」
向こうは今の言葉をよくわかっていないようで、まだ笑みを浮かべている。客にさせるにはとても良い表情だと言えるだろう。
でも折角の初見の客なんだ、ちょっとしたおもてなしもしてやらないと。
「図書館がどうとか言ってたから知ってるかもしれないが、ここは悪魔の館だよ。そこに手ぶらでのこのこと来るなんて、無用心だと思わないかい?」
ちょっと凄んで言ってみるが、対して大きな反応を示してくれなかった。困ったように首をかしげただけだ。
「そうなのでしょうか」
「そうさ。美味しそうに飲みきった紅茶だって、」
「あ、紅茶美味しかったです。おかわりはいただけますか?」
「ああ、いくらでもって違うだろ」
「わかりました。まー恐ろしー」
「恐ろしい棒読みだなおい」
全く怖がってくれない。あれか、最近顔見知りにカリスマ行方不明だのへたれみだの言われてたのはあながち間違いでは無かったと言う事なのだろうか。さすがにへこむな。
「……ふふっ」
「なんだよ、何が可笑しいんだ」
「いえ。そういえば、まだ自己紹介も済んでいませんでしたね」
「……今更だな」
こんなタイミングで持ち出す話でも無いと思うが、確かに私はこいつの名前を聞いていなかった。こう言われてしまった以上は、お互いに名乗りあう必要があるだろう。
「……レミリア・スカーレットだ」
「はい。申し遅れました、私、古明地さとりです」
「古明地? どこかで聞いたな」
適当なタイミングでパチェあたりから聞いたことがあった気がする。何がきっかけだっただろうか?
「地底、地霊殿、温泉と言えば思い出していただけるでしょうか」
「んー? ……あ」
そうだ、パチェが言ってた、地底で暮らす最悪の妖怪の名前って……
「そうです、私が最悪な妖怪の古明地さとりです」
「そーいうことかああああ!」
何か引っかかる時があると思ったが、まさかさとり妖怪だったとは。素性を聞いておくべきだった。
「後悔先に立たずですね」
「勝手に私の脳内と会話するんじゃない!」
「そうは言いましても、読めてしまうのは仕方の無いことで」
さとりはそう言うと困った顔をして、溜息を吐きながら頬杖をついた。わざとらしさ全開だ。
「読まないって言う事は出来ないのか」
「出来ますけど、面白いので読みます」
「おいおい、良いキャラしてるな。最初の方は猫被りだったのかよ」
結局、普通な奴はここには来ないんだなと思うと少し寂しくなるな。どしてこう変なやつばっかり……
「ご自分で言ってたじゃないですか、ここは普通な人には用が無いって」
「ああ、無駄な期待感は抱くもんじゃないな」
まあこうやって変なやつが来るのは日常茶飯事だ。そもそも、読まれて困ることもそんなに無いしな。
「先日、フランさんに散々いじられて泣いたそうですね」
「……妹には適わないからな」
「おやつが無いと従者さんに半泣きになりながら駄々をこねたり」
「お腹が空いてたら働けないからな」
「自分の部屋で宴会用の踊りの練習を--」
「もういいだろ!」
記憶まで読めるとは、最悪の妖怪と言われるだけはあるな。さとり妖怪恐るべし。
「褒めても何もでませんよ」
「褒めてないな」
「うふふ……ここの主さん、いい人そうで良かったです」
なんだいきなり。何か企んでいるんじゃないだろうな。
「いえ、素直な感想ですよ。あなたの心には常にここの皆さんを想う気持ちがある。今さっきだってフランさんの事について、心からほっとしていましたね」
館主である以上、そこにいる皆の事を考えておくのは当たり前だろう。仕事みたいなもんさ。
「照れちゃって」
違う! あまりにやにやするな。
「なるほど、みなさんが苛めたくなるのがわかる気がします。それとですね、ちゃんとおしゃべりしませんか?」
私が声を出す必要はないだろ?こっちの方が早いし。
「口に出して伝えると言うのも大事な事ですよ。私はあなたと声を使った会話がしたい」
それをさとりが言うかね。
「さとりにも色々とあるんですよ、大変なんです」
「とてもイイ笑顔で言うんだな」
「気分が良いもので」
実際、さとりは心底楽しそうに見えた。もう少ししたら鼻歌でも歌い出すのでは無いかと言うぐらいには。
「さすがに歌いませんよ」
「それは残念だ。おーい、咲夜ー」
「はい、こちらに」
咲夜がやってくると同時に、テーブルの上は再び準備したばかりの状態へと戻っていた。皿にはケーキが乗り、カップからは香り高い湯気が立っている。
こんな魔法でも使ったのだろうかと言う光景は初めて見たはずなのだが、さとりはおぉ、と小さく呻いただけだった。
「さすが、悪魔の館の従者さんは一味違いますね。あ、すいません。わー驚いた、魔術みたい」
「せめて棒読みはどうにかならないのか」
「えーと、あの」
咲夜は今の流れをよく理解できていないようで、明らかに困った顔でおろおろとしていた。
そういえば、咲夜はさとりの正体をまだ知らないんじゃ無いだろうか。
「黙ってた方が面白くありませんか?」
さとりはとても楽しそうにそう耳打ちしてきた。
私も正直そう思うんだが、咲夜には伝えておいた方が色々と円滑になると思うな。
「えー」
「あまりうちのメイドを困らすな。こいつはさとり妖怪の古明地さとりだ。良く覚えておくように」
「あ、パチュリー様の言ってた最悪の妖怪様ですね」
「そうだ」
ここまで言われても、さとりは突っ込むどころか俯きながら肩を揺らして笑っていた。
「何か可笑しい事でもあったのか?」
「いえ、主従揃って同じ反応なのだなと」
「あら。お嬢様も心底焦っていたのですね」
「余計な事を……」
「ふふ、羨ましい事です……こいしが良くここへ遊びに来るのも、わかる気がします」
さとりはふわりと立ち上がり、私たちの方を向くと、深くお辞儀をしだした。
「今日はありがとうございました」
「なんだ、もう帰るのか」
「やっぱり家の事が心配で……下手すると爆発して消えてしまっている恐れもあるので」
「どんな事が起きればそうなるんだ?」
そうは言ったが、うちにも館が爆発するような事をしでかす連中が一杯いることを思い出してしまい、ため息が出そうになった。案外そこらに爆発の原因ってあるもんなんだな。
「普通は無いと思いますよ」
「わかってるよそんなこと」
「あ、咲夜さんその想像はさすがにNGでは無いでしょうか」
「お前は何を想像しているんだ!」
「いつも通りお嬢様の事ですよ?」
「……そうだないつも通りだな」
「レミリアさんにも今の想起させてあげましょうか?」
「いや、いい……いいと言ってるだろ! やめろ!」
頭の中に、服がところどころ焼け落ちて際どくなっている自分のイメージ画像を浮かび上げられるというのは、筆舌に尽くしがたいモノがあった。こんな事も出来るのか。
「というか、いつもこんな感じの事を考えているんだな」
「はい、してます」
「言い切っちゃったよ」
「ついでに、レミリアさんの方は--」
「紅魔館出禁な」
さすがにそれはまずいので、館主権限を発動させてもらった。咲夜がこれ以上ノってしまうのは非常に危ないからだ。
「冗談ですよ。それでは、失礼しますね」
「とんだ挨拶だったよ、全く」
嵐のように現れて、嵐のように去っていった。第一印象ってのはまったく当てにならない物だな。
「まあ、図書館の案内はまた今度だな。機会があったらまた来てくれ」
「--はい。また来ます。紅茶とケーキ、とても良い物でしたよ。咲夜さん、一人で大丈夫ですよ。ありがとうございます」
それでは、また--その言葉が聞こえたのに少し遅れて、静かに部屋の扉は閉まった。あっと言う間に空になった皿とコップが、さとりの言った言葉のこれ以上ない証拠になってくれた。
ほんの少しの間だったが、非常に疲れた。これでまた、紅魔館の客に新鮮なキャラが増えてしまったわけだ。
「さて、私たちもここを出るとしようか」
「そうですね……お嬢様、何を思い浮かべていたのですか?」
「お前にだけは教えてあげない」
「……わかりました」
とても残念そうに肩を落とした咲夜を見て、少し溜飲を下げる。あんな絵を見せてくれた罰だ。
私から咲夜といちゃいちゃするなんて、想像の中だけで留めておかないといけないだろうな。
家へと帰る途中、私は反省しっぱなしだった。また調子に乗ってしまった、と。
初対面の人と話してるうちに悪戯をしたくなるのは私の悪い癖だった。レミリアさんは特にいじりがいのある人だったから、いつも以上に張り切ってしまった。こういう事をするから嫌われてしまうのだ。
でも、あの人からの嫌悪感は最後まで感知出来なかった。あまり気にしないタイプなのか器量が大きいのかその両方か、どれなのかはわからないが嬉しい事ではあった。また今度、というのも心からの言葉であるようで、それもまた新鮮で。
あの館にいる人たちは大層幸せなのだろうなと、レミリアさんを見るだけで感じさせられた。私も地霊殿の主として頑張らないと。
しかし鳩氏の直後にサブレ氏の作品が……いえ何でもないですすみません。
>4氏
私も同じ事思いました
まさに正統派のサトレミだと思いました
レミリアの器の大きさがよかったです