Coolier - 新生・東方創想話

一念無量劫の億万劫

2014/02/22 15:03:41
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 未来永劫生きるということはまず我慢ならないことであろう、と私は常々思う。
 そして怠惰は常に影のように何処までも付き纏うのだ。およそ未来永劫と釣り合うような趣味生き甲斐は存在しうるだろうか、いや無いに決まっている。退屈という夜の帳は着実に精神を蝕み、脳内に分泌されるセロトニンやエンドルフィンを確実に枯渇させていった。奴はいかなる感性をも駆逐し、流す涙を一滴残らず枯渇させる。これは不可抗力であり、私が惰眠を貪り家中の菓子類を駆逐するのもその不可抗力の成せる産物なのであった。
 そもそも永遠というのは怠惰という友人と悠久の時を移ろい、挙げ句の果てには添い遂げることを強いるものなのだ。私が友人となるのを拒むも、奴は拒むことを知らぬ種壷野郎である。ソッポを向き続けるのも限りがある。
 そうそう、私の友人といえば、我が従順たる兎と脳天気な人間達くらいであろう。だが、かくもちっぽけで儚き人間の生命など路肩の石ころも同然の認識であった。とは云ってももはや私自身が蚊帳の外の存在であり、畏怖されるべき物の怪なのだろうが、問題とするべきはそこではない。
 留意すべきは不死人だ。彼奴は恐るべきド畜生であり、同様に脅威となってかくや幾千年の外道なのだ。目に余る不届き者であるが、これが殺しても燃やしても破裂させても蘇る。
 例に挙げるなら、こうだ。目の前をブンブンと飛び交う目障りな蠅は当然潰すだろう。しかも念入りにグリグリとしてだ。しかし、幾度潰したとてその蠅は瞬時に原型を取り戻し、先ほどと同じ様に威勢良く私の周りを高笑いしながら跋扈するのだ。癪に障ることこの上ない。ストレスによって過剰分泌された胃液が胃壁を蝕み、激痛に苛まれること必死に違いない。
 ううむ、あまりにも度し難い蛮行、およそ許容すべきでない無秩序ぶり、私は四肢の指群をかき集めて百乗しても到底足りないほどキレた。キレにキレて頭の血管は所々水漏れを起こし、気が付かぬうちにくも膜下出血で数回は逝っているだろう。
 そして、今回も同様に私は憤怒の如く怒り狂っていた。



「──姫様がご乱心でいらっしゃる!」
 私は餅突き用の鎚を悪鬼の如くブン回しながら縦横無尽に屋敷を駆け回っていた。兎達は長耳揺らしながら私を止めようと必死だが、冗談ではない。奴を一回始末するためなら、穴だらけの障子群や有象無象の兎の亡骸など十字勲章にも値するというものだ。心おきなく大鎚をスイングしていると、永林の一番弟子が駆けつけてきた。
「姫様ッ。曲者は私達、兎が対処いたします
!どうか、気をお休めくださ・・・・・・!」
長身のイナバは私が繰り出す一撃に勝手に飛び込み、障子を幾つか巻き込んですっ飛んでいった。彼女の元にてゐという抜け目ない白兎がすり寄っていく。
「あらら~。鈴仙たら無茶しちゃって。その顔は突いても餅にはならないよ?」
 彼女は暢気な台詞を吐くと暴れ狂う私からそそくさと退避し始める。本来私を救出し、忌むべき侵入者を討伐するはず立場の部下に不意に怒り心頭に発した私は、ぬらりと影から不適に顔を見せる悪敵にもう一度怒り心頭に発する。
「輝夜や輝夜、輝夜さん。後ろの少女だあれ?」
「藤原妹紅のクソッタレッッッ!」
 顔を紅潮させた私は獲物を振りかざすと宿敵に猛突する。しかし、奴は渾身の一撃をマタドールのようにひらりと躱すと、掌からボウと炎を出して大鎚を燃やしてしまう。あっという間に火炎は私の華奢な手をも包み込んだ。
「アツゥイ!」
 私は咄嗟に鎚をかなぐり捨てると妹紅に生まれたての赤子のような麗しきお顔を鷲掴みにされた。すぐに私の頭はアツアツのじうじうになり、血液が沸騰するのを刻一刻と感じる。必死に抵抗を試みるが、既に妹紅に生殺与奪は握られ状況は感極まっている。頼みの綱の兎達はというとボウボウに燃えさかる鎚の消化作業に移っていた。これが私に兎鍋を開かせた一端でもある。
「これで一回し・ん・だ!」
 すべてが爆ぜる。それと同時に糸がぷつんと切れるように意識が途絶えた。私という私の飛沫がそこら中に降り注ぎ、およそ堅実な精神の人物には見せられない惨憺たる光景であったろう、。
 私は永遠亭のそこら中に散らばると活動を停止した──。
 
 感想を語るならば走馬燈も何もない。死への邂逅は非情であり高潔でもある。故にそれは不死者である私には毎日の新聞配達のように容赦なく降りかかり、私を蟻のようにプチプチと踏みつぶす。何故かと聞かれれば、殺しても死なないからだとしか云いようがないが、なんとも腹立たしいものである。
 日本にはやれ八百万の神様がいるというが、私は神という神に心底嫌われているのだろう。唾の一滴でもかけてやりたい。
 神も仏もないものだ。

 やがて時は再動する──

「やれやれ、こりゃ暫くはハンバーグは食えんね・・・・・・。この仕事はグロ耐性があってなんぼのもんウサ」
 呟くてゐの傍らで、顔面を強打し気絶した鈴仙がむくりと起きあがった。
「ハンバーグ・・・・・・?こんな時にご飯の話な・・・・・・ヒャッ!?ウーン・・・・・・」
 彼女は真っ赤に染まりきった惨状を一望すると口から泡を吹いて再び床に沈んだ。まさに泡沫の起床であった。
「おうおう、部屋中の輝夜が輝夜の頭部に集合していくではないか。実に興味深い現象ね、夏の自由研究にしようかしらね」
 再生中で未だ喋ることが出来ずにいる私を尻目にしゃあしゃあと口を開ける妹紅を、私は如何に調理してやろうか思案した。そうだ、私がハンバーグなら奴には肉を包むブレッドが相応である。おまけにレタスとピクルスを突っ込んで唾を吐いた挙げ句燃えるゴミに投棄してくれるわ。私は漆黒の殺意を内包したまま蘇生した。

「藤原妹紅」
「蓬莱山輝夜」
 ピリピリと空気が張りつめる。互いに敵意むき出しの眼を直視し、一コンマの隙も晒け出すことはない。将に一触即発の修羅場だ。私は右の拳をぎうと握ると皮がはちきれんばかりに握力を込める。零勝弐敗は許されない、壱勝壱敗も同様である。一意専心の想いで藤原妹紅の顔面をクレーターだらけにしてみせる。不有言実行の私のモットーは百戦百勝である。
 部下の兎はオロオロと駆けずり回っているか、ぴたと襖に張り付いて事の成り行きを見守っている。どちらにせよ彼女らを死闘である私闘に介入させる気は毛頭ないが、生真面目で職務勤勉な鈴仙・優曇華院・イナバが起床中ならば身を挺して止めに入ったことであろう、かもしれない。
 その時、殺意が充満した空気の流れが向きを変えた。妹紅からは決壊したダムのように火炎が溢れ出ている。彼女の炎など所詮はお飯事であり飯を炊くのに使っていればいいのだ。しかし上等である、貴様のちっぽけな炎で阻めるものなら阻んでみるがよい。私は渾身の限り力を込めて貴様を月面まで吹っ飛ばしてくれるわ。
 
 時は満ちた──。

「ウラァ!」
「シャァ!」
 私は清廉な黒髪の乙女らしからぬ声を張り上げると右の拳を振り上げる。対する妹紅は我が顔面にハイキックを叩き込もうと燃えさかる脚を上げた。藤原妹紅らしい学がない力押しという力押し。何とも寸ともワンパターンな御仁だ、見え見えの攻撃の軌道を読み、手籠めにするには容易い。
 私が姿勢を低くすると奴の蹴りが宙を掠めるのを感じた。予想外の回避行動からか、妹紅の焦る姿が目に映った。何とも滑稽である。しかしこれで終わりとお思いでか。
 私は左肘打ちを妹紅の土手っ腹にかましてやると「ゴフッ」という心地よい呻き声が聞こえた。何物にも代え難い、それはまさに福音であった。私は思わずキュンと胸を躍らせた。昂ぶる、心が慟哭し、心の蔵が血沸き肉踊っている。本来の私が表皮に露呈し血を求む。まさに狂気であり狂喜、血生臭い闘争は永遠の逡巡すら凍結させる。

 その時、目の前で鏡が現れ、弾け飛んだ。夜の帳が降りた深淵、純白の破片に映る私達は私に語りかける。
「シヌのは・・・・・・カナシイ?」
 幻覚、其れは郷愁と憐憫を含有している。あまりにも空虚で、不透明で無意味、それが私。
「シヌのは・・・・・・クルシイ?」
 ソレは、ナミダがデル。カナシイ。ツライ。
「シヌのは・・・・・・ツライ?」
 シヌ。シネナイ。シニタイ。シネナイ。
 耳朶を打つのは水面に投じられた一石であった。私は顔を上げると、懐かしいあの日が飛び込んできた──。
「──そうね、それで貴女の気が収まるのなら」
 
──何時しかの、声が、聞こえ、私は、笑って、泣いていた。

「ラァァッ!」
 気がつくと、私は間髪入れず正拳突きで追い打ちを掛けていた。命中。即座に殴る。命中。殴る。命中。殴る。命中。何発殴ったのか皆目見当もつかない。拳に血がにじむのを感じる。ありとあらゆる方向から繰り出されるラッシュの前に藤原妹紅はゆるりと膝を折り、カクンとうなだれる。そのまま押し出してやるとドウッという音をたてて床に沈み込む。

 私は勝利を確信した。兎達の「オォーッ」という歓声。私は肩で息をしながら思わず高笑いをした。それと同時に奴も笑う。
「オハヨウ、輝夜」
 狂気と愉悦。ドロドロに綯い交ぜになったコールタールに浸る間もなく、妹紅は不死鳥の如く這い上がる。真っ赤に染まった眼に内包された漆黒の殺意、これを享受して楽しまなければ損というものだ。奴が白い髪を振り上げて突進してくる。彼女の背後に首なしの不死鳥が視えた。
「オハヨウ、妹紅」
 言い終わる間もなく私も拳を振るって攻勢した。過剰分泌されるアドレナリンが視界をスローにし、クロスカウンターとなった攻撃が網膜へと緩慢に投影される。交差する乾坤一擲。迫り来る藤原妹紅の拳が深深と私の顔に突き刺さり、空気を切り裂く私の一撃は宿敵の鼻頭に叩きつけられる。負け犬妹紅の捨て身の攻撃に打ちのめされた私は、霞む視界と混濁する意識に襲われた。

 かくして第二ラウンドは終わりを告げた──。



 そもそもの発端は私の幼稚なちょっかいであろう。常日頃なにかと対立している私達だが、理由は下るものから下らないものまで多種多様だ。奴の苦しむご尊顔を直で拝見できないからと毎日の刺客を送り込むのを止めた私だが、まさかあの人間嫌いの偏屈妹紅が焼鳥屋を経営しているとは夢にも思わなかったのである。これに些か生意気であると私は憤り、あらとあらゆる嫌がらせに思案を巡らした結果、資本主義社会に於ける最も残酷な仕打ちを浴びせることにした。

 まず私は兎達に命じてある事ない事をそこら中に精一杯丹誠籠めて垂れ流した。やれ妹紅の焼鳥屋は腐った肉を炙って再利用している。はたまた妹紅は手が着けられない塩派であり、彼女の屋台タレにはタレ派への恨みを籠めて墨汁を混入させているなどのでっちあげである。用は深刻な風評被害を嫌がらせ程度の軽い気持ちでまき散らしたのだ。
 さてさて予想外に効果は抜群であった。兎を存分に使役しての情報拡散により数日で幻想境中に噂は広まる。ついでに何故か塩派とタレ派が勢力を列挙し、抗戦の旗を掲げるという事態にも陥った。ちなみに私は塩派である。永林はタレ派であるので食卓に焼き鳥が並ぶことはない。
 そんな事もあって、あっという間に彼女の焼鳥屋には閑古鳥が鳴くようになった。その夜、てゐの報告を聞いて私は腹が捩れるほどの高笑い。あまりにも興奮して三日三晩寝付けなかった程である。
 
 しかしあまりにも浅はかすぎた。とある夜、妹紅の苦虫を噛み潰した顔見たさに私はわざわざ彼女の屋台に出向いてしまったのだ。これがおよそ灰色の脳細胞を持つ私らしからぬ失態であった。
 最初、妹紅は久々の客に心の底から歓喜しているようであったのだ、さんざ嫌がらせを行ってきた私が客だというのにだ。私は平静を装って出される焼き鳥を貪っていたが、お粗末すぎる純真無垢な妹紅の滑稽ぶりに段々いてもたってもいられなくなり思わず大爆笑。赤子の如き匿われ民から慕われるうら若き姫は我慢弱いものだ。諸君も寛容に理解してくれることだろうと私は信じている。
 そんなこんなで出された焼き鳥を順次つまみながら事の一切合切をぶちまけた。酒の肴に妹紅のご尊顔を窘めながら夜空を見上げる。今宵の望月はなんとまぁげに美しいことか、煌々と有頂天に輝やくソレはまるで今朝啄んだ目玉焼きのようだ。順風満帆なマイヴォヤージュを称う世辞の如く、すうと行き交う涼風が艶やかな長髪を小気味よく揺らし、私の心を穏やかにさせる。
 そんなこんなで私が愁眉を開いて愁いに耽っていると、まるで真夏の白昼のように体が汗ばんでいくではないか。屋台がちりちりと音を立て、床机は凄まじい熱を私の尻に伝播させる。火照りきった体をよそに十二単を脱ぎ散らかしたくなるが、品行方正な私は寸でのところで思いとどまり額の汗を拭った。
 不純にも風情なく熱気を醸し出しているのは云うまでもなく藤原妹紅であり、彼奴の姿は陽炎のように落ち着きなくゆらゆらと揺れ動いている。アルマゲドンの前兆である。これは潮時かと、私は二重の意味で存分に腹を満たしたので帰宅を決意した。ちなみに私は銭は持ち歩かない性分だ。

 ──それからアッという間もなく、迷いの竹林は小型火山が噴火したような惨憺たる状況に陥った。灼熱のような猛火が竹藪という藪に飛び火して紅を彩らせる。夜更かしな妖精と夜雀がそこら中で阿鼻叫喚しており、まるで喧噪なお祭り騒ぎであった。内心ウキウキしないでもないが暖をとるには些かヘヴィーな熱さである。よって脱兎の如く戦略的撤退を果たした私は願わくば頭に血が上った妹紅が竹林で迷いに迷った挙げ句百回ほど餓死してくれればと思ったが、それは直ぐに杞憂に終えることとなる。

「姫様、竹林が火事のようですが、何事で!?」
「あー、焼鳥屋で火遊びしてたらアルマゲドンが発動したのよ。気にすることはないけど念のため玄関に塩撒いといてくれない?」
 見たところ永遠亭の兎達は餅つき途中でいるらしい。満月の夜に突く餅はアンコが抜群に相性が良く、あまりの甘さに不治の病や万病すら即効で全快させる、などともっぱらの噂だ。思わず口内が涎でいっぱいになる。
「それにしても久しぶりに走ったから脚は棒でその上汗だくよ。明日は全身筋肉痛必死ね。・・・・・・あ、お餅貰うわね。モグモグ、美味しい」
 それから直ぐに永林を手配するよう三下兎に命令するものの彼女は野暮用で留守にしているという。最重要警護対象である私を放置して何処に外出とは、なんとのっぴきならない不徳であるか。私は一心不乱に餅を頬張りつつ激怒した。
 
「モグモグ私は一転攻勢をもぐもぐ図る所存である!もぐ。第壱から第参拾弐近衛小隊はもちもち永遠亭前を警護!ごっくん。それ以外は順次私の周辺警護に当たることォ!不審人物は見つけ次第餅突き用の槌で袋の団子にせよ!」
 堕落したナポレオンと称される私は勇猛果敢に軍隊を指揮し、自らは寝室に配置した。希代の貴い指揮官は何時の時代だろうと冷静沈着に振る舞い、戦場に赴く部下にゲキを与えるものだ。自分自身に功労十字賞を賦与したい溢れんばかりの気持ちを抑えると就寝した。



 ──永遠亭に乗り込むのは容易であった。猛火に包まれる竹林を尻目に私は輝夜の寝室を咄嗟に襲撃できるよう画策したのだ。武装する兎たちを蹴散らすのは容易い。しかし、座薬ガンマンと類い希なる月の知将を同時に相手にするには不死身の身であろうとちと骨が折れる、骨が折れすぎて軟体動物になるのはいただけない。
 私は目にも留まらぬ早技でグルリと竹林を回って屋敷の裏側に回り込んだ。妖しげな術に惑わされ永遠に続く廊下をひたむきに走るのは真っ平御免なのだ。私はお姫様の寝室のみに焦点を絞り、縁下を這い蹲ってだだっ広い部屋に躍り出た。
 何ともご大層な身分であるではないか、二十畳はあると思われる広大な寝室の真ん中にポツンと、憎っくき人擬きがぐーすかと鼾をたてている。私の脳裏にふつふつと煉獄の闘志が沸き上がってきた。
「この藤原妹紅、貴様に受けた恨みを末代まで忘れでか。報復であるさあ報復だ」
 とは云いつつ不死身たる蓬莱山輝夜を殺したとて、それは焼け石に水に同義である。最早我々にとって死は畏怖すべき対象ではなく、苦痛といえば靴に画鋲を仕込まれた方がよっぽど驚異であった。よって、私は純然たる精神的苦痛を余すことなくくれてやることにした。
「輝夜の私室はーっと、何処だい。ここか」
 ガラリと隣部屋の襖を開けると雑多な電子機器群と菓子類で無駄に散らかった部屋が目に入った。幻想境では見慣れない場違いじみた光景である。高貴なお姫様は余程暇を持て余しているのだろう、私はおもむろに唾を吐き捨てると渾身の力を以てそれらを破壊し始めた。我を忘れ怒りにあかせて破壊行動に明け暮れている途中、輝夜の幸せそうな寝言が聞こえたが、其れはさらにジェノサイドを促進させた。
 粗方破壊し尽くすと肩で息をしていた私は我を取り戻した。そろそろお目覚めの時間である。手近に転がっていた木槌を手に取る。
「輝夜や輝夜や、輝夜さん。神も仏もないものだよ、っと」
 両手には月まで掲げんばかりの木槌。ぐうすかと寝息をたてる恨めしい顔に狙いをつける。
「さあさ、地面を穿って星の反対側まで飛んでいきな」

「──そうね、それで貴女の気が収まるのなら」
 声が聞こえた気がした。どこか懐かしい、妖艶に包まれた音吐が耳朶を打つ。声が反響する──。
 
 生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで、

「死の終わりに冥し」
 悲しいかな、不死の煙は天まで届くことはない。
 悲しいかな、愛した者との逢瀬は叶うことはない。
 悲しいかな、正直者はいつか死ぬ。

 一筋の泪が目頭をつたう。熱いなにかが腹の底でのたうち回る。なんなのだろう。いても立ってもいられない、武者震いが収まらないのだ。嗚咽が漏れると同時にへたりと座り込んだ。傍らには横たわる輝夜、なんとあどけない寝顔をしているではないか。
 
 気がつけば、永遠の友人は御月様だけになってしまっていた──




──雪が絶え間なく降り注ぐ、とある寒波の日であった。ぱちぱちと弾ける囲炉裏の鍋。びゅうびゅうと耳障りな風の音が家中に響いている。そんな今にも倒壊しそうな、すきま風が身に凍みるオンボロ小屋に二人の少女がいた。
「──ふむふむ、貴女は前代未聞奇想天外な人生を歩んでらっっしゃったのですね」
 何とも他人事かという口振りの稗田だ。なにしろ好きで死ねないわけでもなし、こちらとしては『これまでも』『これからも』前代未聞奇想天外な人生を歩まざるを得ないのだ。つらづらと書に筆で記す彼女、まったく歴史書の編纂などに命を懸けるとは、これだから唯の人間は度し難い。それも私などの人生を書き連ねてナニが楽しいのだろうか、一目検討もつかない。なんとも生意気である。
 一度死んだらそれまでのくせに。
「友人は作らない・・・・・・お気持ちは分かります」
 分かったような台詞を吐く。同情的な顔は見たくない、ついとソッポを向く私。暖まった鍋から粥を二人分の器によそう。稗田は礼を云うと美味しそうにそれを啜った。
「あんたと一緒くたにされたくはないね。・・・・・・確かに似たもの同士ではあるが、同類ではないと思うのだけど・・・・・・」
 ぷいと吐き捨てる私だが、稗田は屈託ない笑顔を浮かべた。邪念などヒトカケラもない、真心である。私は理由なく、ふいに赤面した。まったく、久しぶりに里に出てみたら妙ちきりんな人間と知り合ってしまったものだ。
「そういうことではありませんよ。私が貴女の立場になったとします。永遠の時を長らえ、老いてゆく友人恋人を尻目に皺一つ増えることはない。時代はやがて移ろうが心は置き去りのままで追従できない。きっと心は壊れてしまうでしょう」
 小娘が、善人を気取った憐憫など大きなお世話だというのだ。やはり人間はどいつもこいつも浅はかだ。こ奴もそんじょそこらの愚か者と同じだということを半ば確信した。
「猛吹雪の中、編纂だかなんだか知らないけど、こんな僻地の竹林まで命がけで来るお前さんに云われたくはないよ、同類だとしてもね」
「同類だとかは関係ありません、貴女は優しいから」
「だから?」
 私は問う。
「寂しくなり肩をふるわせ」
 彼女は云った。
「なにが?」
 私は問う。
「永遠の刻に涙を流し」
 彼女は云った。
「そして?」
 私は云った。
「人恋しくなり、やがてはすべてを拒絶する」

 ──しんと静寂が訪れた。
 不思議なことに、ぷんと怒りも沸いてこない。彼女は、年端もいかぬ少女が、恐るべき高所からこの私を見下ろしている。いや、高所からではない、ソッポ向いた私を差し置き、高所を見上げているのだ。それは『人間』が成せる所業か、あるいは私は既に『人間』ではないのかもしれない。無自覚は時に悪となる。
「いえ、貴女は人間です。無力で、風が吹けば散ってしまいそうなほど儚くて、何時でも他人を想っている優しい貴女は」
「人間なのです」
 やがて同じ目線の高さに気が付き、互いに眼を交わす。それは友人への挨拶でもあった──。

 ──嗚呼、友よ。七代目の彼女はもういない。輪廻転生を強いられる稗田。輪廻の生命を強いられる私。似たものどうしだとかは関係なかったのだ。唯、私達は儚き、蒲公英のような人間だから──

 ──蓬莱山輝夜。昔の奴は今ほどすっとぼけていたっけかな。いや、違う。

「あんた、ちょいと目障りなのよ」
「あら、何か気に障ったかしら。粗相をしたつもりはないのだけれど」
 十二単に身を包んだ長髪の女。認めざるを得ない無類の美貌。いつもいつも高い所から他人を見下ろしたようなその眼。感情などとうに消え去ってしまったと云わんばかりの卑下した眼。奴はふわりと艶やかな長髪を翻すと怒りで染まった私の眼光を気怠げに捉える。
「バカにしているの?」
「別に。人里離れた竹林に妙な人間がいるなと思っただけよ」
 一目拝んだだけで瞬時に理解出来たのだ、犬と猿は相容れない。互いに譲歩することも、協力することも未来永劫有り得ないであろうと。はたまた遺憾ながらも永い付き合いとなることもだ。
「貴女、一度殺しても死ななそうなツラしてるわね」
「・・・・・・死なないわよ?」
 私はそれを挑発と見なすと両手からごうごうと火炎をくゆらせる。すると長髪の女は「ふぅん」と小馬鹿にしたような感嘆をつく。ますます気に入らない。私は烈火の如く猛り狂った。
「本業は手品師?まるで首が飛んだ不死鳥ねぇ・・・・・・」
「黙れ、今すぐ貴様を丸焼きにしてやるわ」
 私は息づく。
「そう」、と興味無げに彼女は呟くとウンと頷いた。

「──そうね、それで貴女の気が収まるのなら」






「──初めて逢った時、あんたは私に易々と殺されてみせたわね・・・・・・」
 何故に憎っくき蓬莱山輝夜の寝顔で過去を想起したのだろう。それもかくに鮮明にである。愉快と不愉快が同居した理不尽な気持ちだ。
「・・・・・・結局のところ、人間は過去を唾棄できないのよ。悲しくても辛くても、私は人間だから忘却できないモノがある」
「あんたはどう?」と、胸の前で手をぎうと握る。彼女はすやすやと心地良さげに寝息をたてている。果てなき夢は見飽きたと云わんばかりの寝顔に私は心底呆れる。彼女は果たして心を取り戻せたのだろうか。私は遂に重い腰を上げる。
「・・・・・・人生に刺激は必要だ。私達という大海原に酒の一滴でも投じ、刹那を享受しましょうか」
 私はおもむろに転がしておいた木槌を手に取ると、
再び天高く、月まで届けと振りかざす。
「起きなさい・・・・・・朝よォォォッ!!!」
 天誅は軒下まで確実に大穴を穿った──





 私は漆黒の淵に佇んでいた。生と死の境目、明瞭たる境界。それは何者にも平等に、刻一刻と刻まれる宇宙の理。
 ──しかし私には無縁の長物である。私は振り返ると、暖かい光が闇の中に広がった。懐かしい、聞き慣れた声が聞こえる。静謐な水面に投げられた小石は次々に波紋を生み、私の魂と肉体を在るべき場所へと帰還させる。
 ──私は苦笑し、思った。
「神も仏もないものだが、楽園は案外身近にあったのだ」と。
 私は光に包まれた──




「姫様、起きてくださいッ!。姫様!」
「鈴仙、姫様は死んでも死なないから心配無用だと思うのよ」
 パチリと目を開ける。眼前には兎が二匹。てゐの小生意気な台詞などいざ知らず、優曇華院は地に伏した私を必死に看護しているではないか。思わずほろりと泪がちょちょぎれる。
「もうじき師匠が帰宅します。傷の手当も心配無用ですからッ」
「というか、一回死んで再生した方が手っ取り早いんじゃね?」
 私はてゐの兎鍋を再度決意するとむくりと起きあがった。過剰に心配する優曇華院をよそに、グルリと辺りを見回す。半壊した隣部屋で倒れた妹紅が槌で武装した兎達に囲まれている。が、彼女らは今か今かと起きあがる侵入者に腰を抜かし、ガタガタと震えているではないか。呆れてものを云えない私はふうとため息をついた。
「ほらほら、怯えてないでその負け犬を外にほっぽりだしてきなさいな。それが済んだら竹林の消火作業。こっちまで火が回ってきたらたまったもんじゃないからね」
 ずこずこと妹紅を担ぐ兎達に便乗して私も外に出ると未だ火が収まらない迷いの竹林を視る。まったく、地図を書き換えるような羽目にならないといいが。そう思った私を後目にぽつりぽつりと落つる恵み。兎が妹紅を慇懃無礼に投げ捨てた。
「おや」
 永い永い憂いを労うかのようなにわか雨。それはすぐに土砂降りに転じていった。傍らでひれ伏す妹紅の顔に天然のシャワーが降り注ぎ、彼女はふと目を開けた。
 我がもの顔で夜空に鎮座する満月が厚雲で覆われる。憎き故郷が完全に覆い隠されると私は妹紅に声をかけた。
「おはようさん・・・・・・ボコボコで、ヒドい顔よ?」
「五月蠅い。・・・・・・消化活動はしなくて済みそう、ね」
「あんたが撒いた種なのにね」
「お前が云うな」
 刹那にも永遠にも近い一呼吸。それは精神の新陳代謝。私たちは間違いなく充足に包まれていた。
「姫様、いつまでも濡れていると風邪をひきます。
 悠々と雨に濡れる私を気遣い、鈴仙が声をかけた。妹紅は腰を上げてのそのそと帰路に就いた。私は空を見上げたまま彼女に別れを告げる。
「今宵は楽しかったわよ。また遊びましょうな」
 妹紅はひたりと立ち止まる。
「そうね・・・・・・。ね、覚えてろ、なんて捨て台詞は吐く気はないけど、次は覚えてなさいな」
 苦笑い、半笑い、嘲笑。どの笑顔で応答したかと些か逡巡した私は、満面に破顔して云った。


「──そうね、それで貴女の気が収まるのなら」
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コメント



0.230簡易評価
1.20名前が無い程度の能力削除
真似事のセンスじゃ、冗長すぎる文章は滑稽です
どなたからの影響でしょう?
こう書いとけば上手く見える的な浅はかさを感じますよ。シーンを書きたいだけなのでしょうが、物語がないのでなにも映えません
誤字はもはや言いません
7.70名前が無い程度の能力削除
焼き鳥屋?百歩譲って焼き鳥屋は良いとしても、難題とか、貴公子とか、贋作を作った職人とか、その辺の話はどこへ行ったのでしょう。
9.10名前が無い程度の能力削除
時系列、話し手、文章の繋がりの構成が分かりにくいです。

例えばずっと格闘シーンが流れたと思ったら『その時、目の前で鏡が現れ』で回想シーンになり、それに対しオチがないまま『ラァァァ』で格闘シーンに戻ってます。で、この回想シーンの意味は最後まで分からないままです。

また「死の終わりに冥し」はどなたのセリフでしょうか。あまりに唐突なセリフなので前後から話してを判断できず、『友達はお月様だけ』と独白したと思ったら今度は阿求との回想シーンが始まっています。ここに限ったことではありませんが、全ての話においてオチがないままになっています。

最後に「あんた、ちょいと目障りなのよ」から始まる部分。輝夜と妹紅の出会いのシーンなのでしょうが、その直前の話が阿求との対談だったため、読者にしてみれば何故この話が始まるのか意味不明です。そもそもとして。今回の物語は焼き鳥屋騒動からの発展として、格闘シーンがあり、その他があり、という構成を目指したのだと思われます。ここに阿求の話も出会いのシーンも全く関連性がない、こういう投げっぱなしの話が乱立しているために、何が言いたい文章なのか理解できません。