「こりゃまあ、何とも立派な邸宅じゃなあ」
「いえいえ、そんなことは。すみません、お忙しいところわざわざ拙宅までお越しいただいて」
「なぁに、阿求には人里で何かと便宜を図ってもろうとるからな。このマミゾウ、借りた恩義は岩に刻むが身上じゃよ。儂にできることなら何でもしよう」
「ん? 今何でもするっておっしゃいましたか?」
「う、うむ。(気のせいかの? 一瞬、野獣のごとき眼光が……)」
「ではですね────こちらをご賞味いただけますか」
「ほぉ、これは甘やかな香り。菓子かいの?」
「はい、チョコレートはご存知ありませんか」
「名前だけは聞いたことがあるの。ふむ、これがそうじゃったか。茶色の白玉のようじゃな。ひぃ、ふぅ、みぃ……九つあるの」
「阿求にちなんで九個作りました。ついでに私自身も食べちゃってほしいです」
「え?」
「はい?」
「い、いや。(今のは聞き違いじゃの、多分)」
「ともかく、是非どうぞ。原材料を溶かし、クルミなどを加えて、型に入れたものです。今、ちょうど固まったところで」
「おお、お主手ずからのものか。では、さっそくいただくとしよう。──美味いのぉ!」
「お口に合ったようで良かったです。ところで本日が何の日かご存知ですか?」
「むぅ? 節分からは日が経っておるし、桃の節句まではまだまだじゃの」
「ヴァレンタイン・デイです」
「伴天連、何じゃと?」
「ヴァレンタイン・デイです。女の子が愛する人にチョコレートを贈る日ですよ」
「ふむ、そのようないべんとがあるというのは、小耳に挟んだことがあったわい。なるほど、なるほど、そのために儂に味見役をさせたわけじゃな。して、お主に惚れられた幸せ者はどこのどいつじゃ?」
「マミゾウさんです」
「ほお、マミゾウ。どこかで聞いた名じゃな。……マミゾウ?」
「はい、マミゾウさん、あなたです。愛してます」
「ひょ?!」
「一目会ったその日から恋の花咲くときもあります」
「らぶすとーりーは突然に?! ま、待て、知っておるぞ、これはあれじゃ、義理ちょこじゃ。そうじゃろ?」
「ド本命です」
「ふぁっ?!」
「野暮ったい眼鏡に隠された美貌、お婆ちゃん的な立ち振る舞いに彩られた細やかな気遣い、ゴンブトな尻尾に目を奪われ見逃しがちな豊満な肢体。全てに心惹かれます」
「ほ、褒められてるのか貶されてるのかよぉわからんが、いや、まさか、冗談じゃろ? 儂を騙そうとしておるんじゃろ?」
「かの二ッ岩大明神を相手に、人間風情が化かせるとお思いですか? 私の真実の想いを疑うのであれば、いくらでもお試しになって構いません。いえ、むしろ私が思い知らせてあげます」
「阿求の形相が肉食獣のそれになっとる……?!」
「さて、マミゾウさん、ヴァレンタイン・デイには『お返し』というものがありまして」
「お返し、とな?」
「はい。チョコなどを贈り返すのです」
「……それより阿求や、なぜ身を寄せてくる?」
「ですから、お返しをいただこうと思いまして」
「そ、そう言うとったな。しかし、儂はあいにく菓子の持ち合わせが、」
「ありますよ」
「ど、どこにじゃ? 阿求、顔が近……」
「マミゾウさんのお口の中です」
「え」
「いただきます」
「あぅ……──」
「………………」
「………………」
「……ごちそうさまでした。私が差し上げたものより甘い気がします。マミゾウさんの味でしょうか」
「……これが、その、『ばれてん何とか』の風習なのかの?」
「そんな感じです(そうだとは言ってない)。マミゾウさん、尻尾が左右に揺れまくってますよ。メトロノームみたいです。顔も真っ赤ですし」
「お主が大胆なことするからじゃ! は、恥ずかしいわい!」
「これくらいせねば伝わらないと思い詰めた結果です。だってマミゾウさん、アンテナの感度が悪過ぎて、私の大好き電波を全然受信してくださらないんですもの」
「そうじゃったのか……お主、前から……」
「はい、私は嬉しいです。マミゾウさんは私のチョコを召し上がってくれました。私の想いを受け取っていただいて、お返しまでくれた」
「う、うむ、まあ儂もお主のことは憎からず思うておったがの」
「相思相愛ということですね! それでは──」
「何じゃ?」
「お隣の部屋に参りましょう。布団が一つ、枕が二つ用意してあります」
「?!」
「あ、大丈夫ですよ。家人は出払っております」
「さっぱり大丈夫じゃないとなッ?」
「私も初めてのことですが、気まずい思いなどさせません。歴代阿礼乙女が培った手練手管の数々により、ずんどこべろんちょのいんぐりもんぐりです」
「言葉の使い方が間違っているようでいて意味が如実にわかるのが嫌過ぎる!」
「狸の八化けにもう一つ、アヘ顔ダブルピースを追加して差し上げます」
「ま、待っとくれ! やはりこういうのは段階を踏んでじゃな、」
「それじゃ遅いんです。マミゾウさん、それでは遅いのですよ」
「阿求……」
「マミゾウさんほど人間は長く生きられません。それに──」
「それに?」
「美人薄命と申します」
「自分で言うか!」
「あと、マミゾウさん、お身体の方、熱くなってません?」
「そういえば、先ほどから埋もれた炭火に焼かれるような……どういうことじゃ?」
「ガラナチョコの効果です」
「がらな、とな?」
「意中の相手を前にすると性的な興奮が高まる成分が含まれているのです」
「そ、そういうものなのか、この『がらな』なるものは」
「そう聞いた覚えがあります(事実とは言ってない)。さあ、私という想い人相手に辛抱堪らなくなっているマミゾウさんを、切なくさせたままでいるのは忍びありません。早々に同衾し、共に涅槃へと上り詰めましょう! そしてこの一夜のアバンチュールを毎晩やりましょう!」
「一夜を毎晩って何じゃ?!」
「これから毎晩愛を燃やそうぜ、ということです」
「より意味不明じゃぞ?!」
「いえ、単純なことですよ。私が言いたいのは、マミゾウさん、──末永くよろしくお願いします──そういうことです」
「う、うむ、妙に押し切られた感がしないでもないが、ここまで来たら儂も覚悟を決めよう。こちらこそよろしく頼むぞい、阿求」
「……はい!」
「じゃが、その……」
「はい?」
「手が、服の、中に入って、あちこちまさぐっておるのじゃが?」
「すみません、私の内なる魔物も辛抱堪らなくなっているようです」
「ひゃっ! そこはダメじゃっ、ダメっ、ダメと言うとろうに!」
「ここが感じやすいのですね。もっと教えてください、マミゾウさんの身体」
「ま、待て、せめて布団の中でじゃな、阿求、あ、阿求ぅ! あっ! ら、らめぇええええええええええええ!!」
「いえいえ、そんなことは。すみません、お忙しいところわざわざ拙宅までお越しいただいて」
「なぁに、阿求には人里で何かと便宜を図ってもろうとるからな。このマミゾウ、借りた恩義は岩に刻むが身上じゃよ。儂にできることなら何でもしよう」
「ん? 今何でもするっておっしゃいましたか?」
「う、うむ。(気のせいかの? 一瞬、野獣のごとき眼光が……)」
「ではですね────こちらをご賞味いただけますか」
「ほぉ、これは甘やかな香り。菓子かいの?」
「はい、チョコレートはご存知ありませんか」
「名前だけは聞いたことがあるの。ふむ、これがそうじゃったか。茶色の白玉のようじゃな。ひぃ、ふぅ、みぃ……九つあるの」
「阿求にちなんで九個作りました。ついでに私自身も食べちゃってほしいです」
「え?」
「はい?」
「い、いや。(今のは聞き違いじゃの、多分)」
「ともかく、是非どうぞ。原材料を溶かし、クルミなどを加えて、型に入れたものです。今、ちょうど固まったところで」
「おお、お主手ずからのものか。では、さっそくいただくとしよう。──美味いのぉ!」
「お口に合ったようで良かったです。ところで本日が何の日かご存知ですか?」
「むぅ? 節分からは日が経っておるし、桃の節句まではまだまだじゃの」
「ヴァレンタイン・デイです」
「伴天連、何じゃと?」
「ヴァレンタイン・デイです。女の子が愛する人にチョコレートを贈る日ですよ」
「ふむ、そのようないべんとがあるというのは、小耳に挟んだことがあったわい。なるほど、なるほど、そのために儂に味見役をさせたわけじゃな。して、お主に惚れられた幸せ者はどこのどいつじゃ?」
「マミゾウさんです」
「ほお、マミゾウ。どこかで聞いた名じゃな。……マミゾウ?」
「はい、マミゾウさん、あなたです。愛してます」
「ひょ?!」
「一目会ったその日から恋の花咲くときもあります」
「らぶすとーりーは突然に?! ま、待て、知っておるぞ、これはあれじゃ、義理ちょこじゃ。そうじゃろ?」
「ド本命です」
「ふぁっ?!」
「野暮ったい眼鏡に隠された美貌、お婆ちゃん的な立ち振る舞いに彩られた細やかな気遣い、ゴンブトな尻尾に目を奪われ見逃しがちな豊満な肢体。全てに心惹かれます」
「ほ、褒められてるのか貶されてるのかよぉわからんが、いや、まさか、冗談じゃろ? 儂を騙そうとしておるんじゃろ?」
「かの二ッ岩大明神を相手に、人間風情が化かせるとお思いですか? 私の真実の想いを疑うのであれば、いくらでもお試しになって構いません。いえ、むしろ私が思い知らせてあげます」
「阿求の形相が肉食獣のそれになっとる……?!」
「さて、マミゾウさん、ヴァレンタイン・デイには『お返し』というものがありまして」
「お返し、とな?」
「はい。チョコなどを贈り返すのです」
「……それより阿求や、なぜ身を寄せてくる?」
「ですから、お返しをいただこうと思いまして」
「そ、そう言うとったな。しかし、儂はあいにく菓子の持ち合わせが、」
「ありますよ」
「ど、どこにじゃ? 阿求、顔が近……」
「マミゾウさんのお口の中です」
「え」
「いただきます」
「あぅ……──」
「………………」
「………………」
「……ごちそうさまでした。私が差し上げたものより甘い気がします。マミゾウさんの味でしょうか」
「……これが、その、『ばれてん何とか』の風習なのかの?」
「そんな感じです(そうだとは言ってない)。マミゾウさん、尻尾が左右に揺れまくってますよ。メトロノームみたいです。顔も真っ赤ですし」
「お主が大胆なことするからじゃ! は、恥ずかしいわい!」
「これくらいせねば伝わらないと思い詰めた結果です。だってマミゾウさん、アンテナの感度が悪過ぎて、私の大好き電波を全然受信してくださらないんですもの」
「そうじゃったのか……お主、前から……」
「はい、私は嬉しいです。マミゾウさんは私のチョコを召し上がってくれました。私の想いを受け取っていただいて、お返しまでくれた」
「う、うむ、まあ儂もお主のことは憎からず思うておったがの」
「相思相愛ということですね! それでは──」
「何じゃ?」
「お隣の部屋に参りましょう。布団が一つ、枕が二つ用意してあります」
「?!」
「あ、大丈夫ですよ。家人は出払っております」
「さっぱり大丈夫じゃないとなッ?」
「私も初めてのことですが、気まずい思いなどさせません。歴代阿礼乙女が培った手練手管の数々により、ずんどこべろんちょのいんぐりもんぐりです」
「言葉の使い方が間違っているようでいて意味が如実にわかるのが嫌過ぎる!」
「狸の八化けにもう一つ、アヘ顔ダブルピースを追加して差し上げます」
「ま、待っとくれ! やはりこういうのは段階を踏んでじゃな、」
「それじゃ遅いんです。マミゾウさん、それでは遅いのですよ」
「阿求……」
「マミゾウさんほど人間は長く生きられません。それに──」
「それに?」
「美人薄命と申します」
「自分で言うか!」
「あと、マミゾウさん、お身体の方、熱くなってません?」
「そういえば、先ほどから埋もれた炭火に焼かれるような……どういうことじゃ?」
「ガラナチョコの効果です」
「がらな、とな?」
「意中の相手を前にすると性的な興奮が高まる成分が含まれているのです」
「そ、そういうものなのか、この『がらな』なるものは」
「そう聞いた覚えがあります(事実とは言ってない)。さあ、私という想い人相手に辛抱堪らなくなっているマミゾウさんを、切なくさせたままでいるのは忍びありません。早々に同衾し、共に涅槃へと上り詰めましょう! そしてこの一夜のアバンチュールを毎晩やりましょう!」
「一夜を毎晩って何じゃ?!」
「これから毎晩愛を燃やそうぜ、ということです」
「より意味不明じゃぞ?!」
「いえ、単純なことですよ。私が言いたいのは、マミゾウさん、──末永くよろしくお願いします──そういうことです」
「う、うむ、妙に押し切られた感がしないでもないが、ここまで来たら儂も覚悟を決めよう。こちらこそよろしく頼むぞい、阿求」
「……はい!」
「じゃが、その……」
「はい?」
「手が、服の、中に入って、あちこちまさぐっておるのじゃが?」
「すみません、私の内なる魔物も辛抱堪らなくなっているようです」
「ひゃっ! そこはダメじゃっ、ダメっ、ダメと言うとろうに!」
「ここが感じやすいのですね。もっと教えてください、マミゾウさんの身体」
「ま、待て、せめて布団の中でじゃな、阿求、あ、阿求ぅ! あっ! ら、らめぇええええええええええええ!!」
末永くお幸せに