第1章のあらすじ:バイト誰も来なかった。
【第2章】
濃紺色の山際が白々と明け始める。妖怪の山にこだまする鳥の声がひとつ、ふたつ。加えて、哨戒天狗の欠伸など。
天狗たちの朝は早い。この時刻になると、山には鴉天狗の挨拶の声と、美しい風切り音が何とも風流な・・・はずなのだが、今日は地に耳を傾けよう。
「"重い自戒、夜明から"とは書きましたがねぇ・・・」
土踏月1日目。山の参拝道は、翼をもがれた新聞配達たちで賑わっていた。苦笑いであいさつをする者、早くも息を切らしている者、道を間違えたかとキョロキョロする者。たくさんの一本下駄がカラコロと、祭りのように忙しない。
もっと陰湿な空気を想像していた文。昨日の面接のことを引きずっているらしい。可哀想に。
しかし、今日はその唯一の収穫物をそばに連れてゴキゲンの様子。
「今日から私と働いてもらうことになりましたお手伝いさん、栄えある第1号クンです」
数人の知り合い天狗達から早速向けられた好奇の目に、胸を張って応える文。もちろん、第2号の予定は推して知るべし。
「おーおー、さらわれてきたのね、可哀想に」
「わたし知ってるわ~。きびだんごってやつでしょ~」
「ち、違いますよ! 神隠しも洗脳も私の管轄外です!」
"スキマ"や"守矢"などとは言ってはいけない。
さながらペット自慢のように自信満々で紹介していく文だが、周りの反応は薄い。天狗の新聞は、自分一人で作るもの。珍しくて面白い光景ではあるが、羨ましがるものではなかった。
「ふーん。ま、こっちはこっちで忙しいから、上手いことやって行きなさいよね」
「またね~お猿さん~。桃太郎に食べられないようにね~」
適当なからかいを入れて満足した天狗たち。雑踏の中に消えていき、あたりは再び慌ただしい往来と下駄の音に支配される。
渋い顔の文の横から、不安そうな"お猿さん"の視線が照射されている。
『あの~・・・ボク、大丈夫なんでしょうか?』
すがるような上目使いに、思わず口が綻ぶ。・・・首輪をつけられるのも時間の問題かもしれない。
「まっかせなさい! 文お姉ちゃんがしっかり指導してあげますから、精一杯働くように!」
『は、はいっ!』
人間の子供と、天狗少女。
これから1ヶ月間、地を走り回って新聞を作ることになる。
『・・・食べるの?』
「どうでしょうねぇ」
『ひえっ!』
◆
「・・・と、とは言ったものの、ですね・・・」
山のふもとの一軒家に、最後の新聞を投函する。その手は力なく震え、郵便受けに狙いを定めるのもやっとだ。
もう陽は高く昇っている。陽射と木陰のコントラストに、蝉の大合唱。火照った体を冷やすいつもの風もなく、汗だくのままに膝を爆笑させていた。サービス満載のワンシーンだが、この小説には挿絵などなかった。
「子どもはずるいんですよ。体が小さいから、身の軽いこと・・・」
『おねぇちゃん、あそこで休憩しよ?』
「・・・ダメです。あの川には怖~い河童が住んでいるのです。『のびーるアーム!』の掛け声を聞いたが最後、川底へ引きずり込まれてしまうんですよぉ。おぉ、こわいこわい・・・」
『ひえっ! で、でも、お水なくなっちゃいました』
「仕方ないですねぇ・・・」
こんなボロボロの姿を知人に見られる危険は冒したくないのだが、文自身も体力の限界。吸い寄せられるように川岸へ向かい、清流に足を投げ出す。涙が出るほどの気持ち良さだ。
上流はもっと冷たいんですよ、と横を見る。
「・・・おいでなさい。大丈夫だから」
あんなこと言うから、怖がっちゃう。
土踏月が終わるまで、文の家に住み込みで働いてもらうことで合意した。一通りの仕事を教えるが、しばらくは簡単な雑務のみをこなしてもらう予定だ。当初の募集要項とは、いろいろ違う。
どうしてこうなった・・・と自嘲しながら、横の子のことを思う。
こんな小さな人の子が、たった一人で、妖怪の山に一ヶ月。なにか理由があるのかもしれないが、今の文には些細なことのように感じた。
パシャリ。
『あっ! カメラ!』
両手で水筒を掴み、ンクンクッと水を飲んでいる子ども。たったそれだけの絵が、なんとなく印象的だったのだ。
◆
山をここまで下りたということは、また上らないといけないわけで。
「妖怪の山とは、こんなに高いものだったんですね・・・」
"人間の参拝客がいらっしゃらない"と、守矢の風祝がぼやいてたのを思い出した。一度、彼女も連れて歩かせなければならない。
全ては理不尽な土踏月のせい。この怒りを誰かにぶつけたい気持ちでいっぱいなのだが、朝の参拝道をはずれてから、誰の姿も見ていない。木々が邪魔で視界が狭いし、そういえば、そもそも誰も空を飛んでいなかった。
我らが天下とばかりに空を飛びまわる鳥達に、葉団扇を振りかざしてみた。生まれた突風に鳥達は遠くまで吹き飛ばされ、慌てて体勢を整えている。天狗の力を目の当たりにした子どもの輝いた目に、フフンと笑う文。いい年した少女が、子どもの前で何たることか。
・・・帰りましょうか。
虚しさを感じて川から出ようとした、その時。上流から何かが、どんぶらこ、どんぶらこ・・・と、轟音を鳴らしながら流れてきた。何太郎だろうか。
『ひえっ!』
「ひゅい!?」
目の前にまで迫った"何か"が、激しい水しぶきを起こして転覆する。聞き覚えのある悲鳴が聞こえた気がした。
「ぷはぁ! 驚いたなぁー! 人間がいるじゃないか! おー、文!」
お前さんを探してたんだよ!と言葉を続けるも、興味は子どもの方に釘付けのにとり。その子供はというと、水をかぶって転び、ずぶ濡れでにとりを睨んでいる。驚きと恐怖ばかりの妖怪の山生活1日目に、これ以上の事件はやめてほしかった。
文はといえば、水しぶきにも華麗に身をひるがえし、ついでに写真も1枚パシャリ。さすがは幻想郷最速の鴉天狗だが、こればかりは、ある程度の予測はできていた。
「・・・何です、その格好は」
「あ、似合ってるかい? 川仕事の制服だよ」
そういって、披露するように体をひねる。紺色の水着で魚雷に跨る青髪ツインテールの姿は、何かを連想させるような気もした。
土踏月の間、天狗達の移動手段は徒歩だけになる。普段から翼に頼って足を使わない天狗は、さぞかし弱っていることだろう。
そこに目を付けたにとりは、川を使って天狗を目的地に運ぶサービスを考え付いたのだった。さっきのは、その特製魚雷と舟の試運転だったそうだ。
「名付けて"にとり水運"! どーだ、かっこいいだろう! 乗ってくかい? あ、渡し賃は前払いだよ」
「あなた今"試運転"って!」
「利用するんだろ?」
「ぐぬぬ・・・まさに"足元"を見ていますね、この河童は」
なんとも商魂たくましい。
◆
「ホントに雇ったんだねぇ、人間」
結局、安くない渡し賃を支払い、舟に乗っている二人。さっき転覆してたのが嘘のよう、なかなか安定した航行を見せている。顔に受ける風がずいぶん久しぶりに思えた。
「周りの反応はイマイチ悪くてですねぇ。面白い話ではありませんか」
「うーん・・・よくやるよ、文は。わたしも実は、素人を家に入れたくないタチなんだ。あちこち機械に触られて、壊されたり怪我されたりじゃ、たまんないからね」
「じ、自分でよく壊したり怪我したりのくせに、何を言うんですか」
「うるさいー!」
どうやら天狗とは理由は違えど、河童的に見てもアウトらしい。
自分が面白いと思うことも、ここまでいろんな人にウケなければ、つまらないもの。不貞腐れて横を見やれば、身を乗り出して波とじゃれあっている子猿の姿。飽きたら人里に捨てるのも有りかもしれない。
「でも、すごいなー」
にとりが続ける。
「さすがは文って感じだよ。『面白い!』と思ったもののためなら、一ヶ月も身を削ってのネタづくり。わたしだったら飽きちゃうね」
今まさに"飽きるかも"と言おうとしてた文。ギクリッとした背中に、さらに続ける。
「私の家にはさ、未完成でほこり被った作品がゴロゴロあるんだ。途中で気疲れしちゃったり、他の良いもの見つけたり。でも、完成すれば絶対に面白い未来が待っている、すてきな物語が始まる、そんなものばかりなんだ。だから捨てずにとってる」
子どもの方を見ながら、黙って聞く。
文は"捨てる"ことにためらいがない。新聞のネタは鮮度が命。その刹那瞬間を切り取って取捨選択し、記事にする。手帳にも記事になっていない未完成のネタはあるが、それは即ち、鮮度が落ちたり、途中で面白くないと判断した、捨てられたネタだった。
そんな自分が、ネタに自身を入り込ませながら、一ヶ月もかけて作っていく。秀才天狗の根気を褒めたにとりだったが、実は文にとっても初めてのことだった。
「機械は放ってても壊れないけど、人間はナマモノだしねぇ。移り気な私には、とても真似できない話さ。一ヶ月後を楽しみにしてるよ」
もっとも、新聞のネタにするなんて一言も言ってないのだが。
「・・・河童は結果を見る、天狗は過程を見るんですよ。あなたの作品も、完成した時は記事にさせてくださいね」
ちょっと格好つけてみた。
結果として。
ある一軒家のきゅうり畑に目を奪われた操縦士のミスにより、舟はド派手に転覆。我が家の近くまで投げ出される文達なのであった。水を操る河童といえども、船舶免許は持っていなかった。
◆
「カッパぁああー!!」
投げ出された先は雑木林。服も体もボロボロになってしまった。落ちる時ぐらい、素直に羽を使えばよかったと後悔する。咄嗟の時にも戒律が頭をよぎる、ちょっと融通の利かない天狗だった。
『た、助けて~』
すぐ頭上から、子どもの声。枝葉やツタに絡まって逆さ宙吊りになっていた。着物の裾が重力に従い、下腹部を露わにしている。
「あややや、なんとも可愛らしい木の実さんですねぇ~」
『に"ゃあああ~!』
ツンツンと指でつつく。顔を真っ赤にして暴れるうちにツタが外れ、地面に落ちた。
「聞いてましたか? さっきの話」
聞いてない。
「私たちのことを楽しみにしてくれてる者もいるみたいです。一緒に頑張ってみましょうか!」
手を差し伸べる文。
ガブッ!!
「い"たぁーー!!」
まぁ、そうなるだろう。
【第2章 完】
【第2章】
濃紺色の山際が白々と明け始める。妖怪の山にこだまする鳥の声がひとつ、ふたつ。加えて、哨戒天狗の欠伸など。
天狗たちの朝は早い。この時刻になると、山には鴉天狗の挨拶の声と、美しい風切り音が何とも風流な・・・はずなのだが、今日は地に耳を傾けよう。
「"重い自戒、夜明から"とは書きましたがねぇ・・・」
土踏月1日目。山の参拝道は、翼をもがれた新聞配達たちで賑わっていた。苦笑いであいさつをする者、早くも息を切らしている者、道を間違えたかとキョロキョロする者。たくさんの一本下駄がカラコロと、祭りのように忙しない。
もっと陰湿な空気を想像していた文。昨日の面接のことを引きずっているらしい。可哀想に。
しかし、今日はその唯一の収穫物をそばに連れてゴキゲンの様子。
「今日から私と働いてもらうことになりましたお手伝いさん、栄えある第1号クンです」
数人の知り合い天狗達から早速向けられた好奇の目に、胸を張って応える文。もちろん、第2号の予定は推して知るべし。
「おーおー、さらわれてきたのね、可哀想に」
「わたし知ってるわ~。きびだんごってやつでしょ~」
「ち、違いますよ! 神隠しも洗脳も私の管轄外です!」
"スキマ"や"守矢"などとは言ってはいけない。
さながらペット自慢のように自信満々で紹介していく文だが、周りの反応は薄い。天狗の新聞は、自分一人で作るもの。珍しくて面白い光景ではあるが、羨ましがるものではなかった。
「ふーん。ま、こっちはこっちで忙しいから、上手いことやって行きなさいよね」
「またね~お猿さん~。桃太郎に食べられないようにね~」
適当なからかいを入れて満足した天狗たち。雑踏の中に消えていき、あたりは再び慌ただしい往来と下駄の音に支配される。
渋い顔の文の横から、不安そうな"お猿さん"の視線が照射されている。
『あの~・・・ボク、大丈夫なんでしょうか?』
すがるような上目使いに、思わず口が綻ぶ。・・・首輪をつけられるのも時間の問題かもしれない。
「まっかせなさい! 文お姉ちゃんがしっかり指導してあげますから、精一杯働くように!」
『は、はいっ!』
人間の子供と、天狗少女。
これから1ヶ月間、地を走り回って新聞を作ることになる。
『・・・食べるの?』
「どうでしょうねぇ」
『ひえっ!』
◆
「・・・と、とは言ったものの、ですね・・・」
山のふもとの一軒家に、最後の新聞を投函する。その手は力なく震え、郵便受けに狙いを定めるのもやっとだ。
もう陽は高く昇っている。陽射と木陰のコントラストに、蝉の大合唱。火照った体を冷やすいつもの風もなく、汗だくのままに膝を爆笑させていた。サービス満載のワンシーンだが、この小説には挿絵などなかった。
「子どもはずるいんですよ。体が小さいから、身の軽いこと・・・」
『おねぇちゃん、あそこで休憩しよ?』
「・・・ダメです。あの川には怖~い河童が住んでいるのです。『のびーるアーム!』の掛け声を聞いたが最後、川底へ引きずり込まれてしまうんですよぉ。おぉ、こわいこわい・・・」
『ひえっ! で、でも、お水なくなっちゃいました』
「仕方ないですねぇ・・・」
こんなボロボロの姿を知人に見られる危険は冒したくないのだが、文自身も体力の限界。吸い寄せられるように川岸へ向かい、清流に足を投げ出す。涙が出るほどの気持ち良さだ。
上流はもっと冷たいんですよ、と横を見る。
「・・・おいでなさい。大丈夫だから」
あんなこと言うから、怖がっちゃう。
土踏月が終わるまで、文の家に住み込みで働いてもらうことで合意した。一通りの仕事を教えるが、しばらくは簡単な雑務のみをこなしてもらう予定だ。当初の募集要項とは、いろいろ違う。
どうしてこうなった・・・と自嘲しながら、横の子のことを思う。
こんな小さな人の子が、たった一人で、妖怪の山に一ヶ月。なにか理由があるのかもしれないが、今の文には些細なことのように感じた。
パシャリ。
『あっ! カメラ!』
両手で水筒を掴み、ンクンクッと水を飲んでいる子ども。たったそれだけの絵が、なんとなく印象的だったのだ。
◆
山をここまで下りたということは、また上らないといけないわけで。
「妖怪の山とは、こんなに高いものだったんですね・・・」
"人間の参拝客がいらっしゃらない"と、守矢の風祝がぼやいてたのを思い出した。一度、彼女も連れて歩かせなければならない。
全ては理不尽な土踏月のせい。この怒りを誰かにぶつけたい気持ちでいっぱいなのだが、朝の参拝道をはずれてから、誰の姿も見ていない。木々が邪魔で視界が狭いし、そういえば、そもそも誰も空を飛んでいなかった。
我らが天下とばかりに空を飛びまわる鳥達に、葉団扇を振りかざしてみた。生まれた突風に鳥達は遠くまで吹き飛ばされ、慌てて体勢を整えている。天狗の力を目の当たりにした子どもの輝いた目に、フフンと笑う文。いい年した少女が、子どもの前で何たることか。
・・・帰りましょうか。
虚しさを感じて川から出ようとした、その時。上流から何かが、どんぶらこ、どんぶらこ・・・と、轟音を鳴らしながら流れてきた。何太郎だろうか。
『ひえっ!』
「ひゅい!?」
目の前にまで迫った"何か"が、激しい水しぶきを起こして転覆する。聞き覚えのある悲鳴が聞こえた気がした。
「ぷはぁ! 驚いたなぁー! 人間がいるじゃないか! おー、文!」
お前さんを探してたんだよ!と言葉を続けるも、興味は子どもの方に釘付けのにとり。その子供はというと、水をかぶって転び、ずぶ濡れでにとりを睨んでいる。驚きと恐怖ばかりの妖怪の山生活1日目に、これ以上の事件はやめてほしかった。
文はといえば、水しぶきにも華麗に身をひるがえし、ついでに写真も1枚パシャリ。さすがは幻想郷最速の鴉天狗だが、こればかりは、ある程度の予測はできていた。
「・・・何です、その格好は」
「あ、似合ってるかい? 川仕事の制服だよ」
そういって、披露するように体をひねる。紺色の水着で魚雷に跨る青髪ツインテールの姿は、何かを連想させるような気もした。
土踏月の間、天狗達の移動手段は徒歩だけになる。普段から翼に頼って足を使わない天狗は、さぞかし弱っていることだろう。
そこに目を付けたにとりは、川を使って天狗を目的地に運ぶサービスを考え付いたのだった。さっきのは、その特製魚雷と舟の試運転だったそうだ。
「名付けて"にとり水運"! どーだ、かっこいいだろう! 乗ってくかい? あ、渡し賃は前払いだよ」
「あなた今"試運転"って!」
「利用するんだろ?」
「ぐぬぬ・・・まさに"足元"を見ていますね、この河童は」
なんとも商魂たくましい。
◆
「ホントに雇ったんだねぇ、人間」
結局、安くない渡し賃を支払い、舟に乗っている二人。さっき転覆してたのが嘘のよう、なかなか安定した航行を見せている。顔に受ける風がずいぶん久しぶりに思えた。
「周りの反応はイマイチ悪くてですねぇ。面白い話ではありませんか」
「うーん・・・よくやるよ、文は。わたしも実は、素人を家に入れたくないタチなんだ。あちこち機械に触られて、壊されたり怪我されたりじゃ、たまんないからね」
「じ、自分でよく壊したり怪我したりのくせに、何を言うんですか」
「うるさいー!」
どうやら天狗とは理由は違えど、河童的に見てもアウトらしい。
自分が面白いと思うことも、ここまでいろんな人にウケなければ、つまらないもの。不貞腐れて横を見やれば、身を乗り出して波とじゃれあっている子猿の姿。飽きたら人里に捨てるのも有りかもしれない。
「でも、すごいなー」
にとりが続ける。
「さすがは文って感じだよ。『面白い!』と思ったもののためなら、一ヶ月も身を削ってのネタづくり。わたしだったら飽きちゃうね」
今まさに"飽きるかも"と言おうとしてた文。ギクリッとした背中に、さらに続ける。
「私の家にはさ、未完成でほこり被った作品がゴロゴロあるんだ。途中で気疲れしちゃったり、他の良いもの見つけたり。でも、完成すれば絶対に面白い未来が待っている、すてきな物語が始まる、そんなものばかりなんだ。だから捨てずにとってる」
子どもの方を見ながら、黙って聞く。
文は"捨てる"ことにためらいがない。新聞のネタは鮮度が命。その刹那瞬間を切り取って取捨選択し、記事にする。手帳にも記事になっていない未完成のネタはあるが、それは即ち、鮮度が落ちたり、途中で面白くないと判断した、捨てられたネタだった。
そんな自分が、ネタに自身を入り込ませながら、一ヶ月もかけて作っていく。秀才天狗の根気を褒めたにとりだったが、実は文にとっても初めてのことだった。
「機械は放ってても壊れないけど、人間はナマモノだしねぇ。移り気な私には、とても真似できない話さ。一ヶ月後を楽しみにしてるよ」
もっとも、新聞のネタにするなんて一言も言ってないのだが。
「・・・河童は結果を見る、天狗は過程を見るんですよ。あなたの作品も、完成した時は記事にさせてくださいね」
ちょっと格好つけてみた。
結果として。
ある一軒家のきゅうり畑に目を奪われた操縦士のミスにより、舟はド派手に転覆。我が家の近くまで投げ出される文達なのであった。水を操る河童といえども、船舶免許は持っていなかった。
◆
「カッパぁああー!!」
投げ出された先は雑木林。服も体もボロボロになってしまった。落ちる時ぐらい、素直に羽を使えばよかったと後悔する。咄嗟の時にも戒律が頭をよぎる、ちょっと融通の利かない天狗だった。
『た、助けて~』
すぐ頭上から、子どもの声。枝葉やツタに絡まって逆さ宙吊りになっていた。着物の裾が重力に従い、下腹部を露わにしている。
「あややや、なんとも可愛らしい木の実さんですねぇ~」
『に"ゃあああ~!』
ツンツンと指でつつく。顔を真っ赤にして暴れるうちにツタが外れ、地面に落ちた。
「聞いてましたか? さっきの話」
聞いてない。
「私たちのことを楽しみにしてくれてる者もいるみたいです。一緒に頑張ってみましょうか!」
手を差し伸べる文。
ガブッ!!
「い"たぁーー!!」
まぁ、そうなるだろう。
【第2章 完】
もっと評価されて良い、と思うけど、全体の長さがどれくらいになるのかわからないにしても、ある程度はまとめて投稿できたであろう事を考えると…
あ、もしかしたらオリキャラ注意のタグが必要かも。