「はいメリー、チョコレート」
「え? あ、ああ! そうか今日はバレンタインデーだったわね!」
一か月前からカウントダウンしてたけどね。
大学講義の間、昼前に合流した私と蓮子。
突き抜けるような青空、木漏れ日降り注ぐ温かな日和。
蓮子がバッグから取り出した手の平サイズの包み。
ブラウンの紙に赤色のリボンでかわいく梱包している。
こういうイベントに無関心な蓮子にまさか先手を取られてしまうとは思わず。
「いやぁ、昨日は九回も失敗してそれ作ったんだよメリー。大変だったわぁ」
ぶっちゃけ感動する。心がぐらりとする。目の奥が熱くなる。
そして何と言っても、嬉しい。思わず両手で口を覆ってしまう。
感無量感慨無量、感謝感激雨あられである。いやこれは違うか。
「蓮子だいすきっ!」
「ストップメリー」
「げふん」
その感情のまま抱きつこうとしたら蓮子の手の平に衝突した。
おでこを押さえられて両手は空振り。
突き出した私のアツい唇は無情にも空を吸うだけだった。
おでこをさすりさすり、上目づかいで蓮子を見る。
人差し指を立ててノンノンと言った感じで左右に振っている。
「このチョコはタダのチョコじゃないんだ」
「知ってるわ!」
「愛情がこもってるから」
「知ってるわ!」
「扱い方を間違うと爆発する」
「知ってるわ!」
「対リア充用爆殺兵器だから」
「知ってるわ!」
「その威力はダイナマイト以上だし」
「知ってるわ!」
「金額に直すと純金以上になる」
「知ってるわ!」
「だから、あなたにはあげられない」
「知ってr…………、え?」
「あなたにはあげられない」
「じゃあ、…………一体誰に?」
「あなた以外」
「わたし、……以外?」
「そう、あなた以外」
全身を襲う強烈な倦怠感、絶望。大事なものを奪われたような喪失感。
今まで立っていた足元がガラガラと崩れ、虚無の彼方へ落下していく感覚。
世界が歪む。両目からあふれる涙で景色がにじんで行く。
「私と言うものが、ありながら。……私と言うものがぁありながらァッ!!」
「ちょ!? メリーそれは誤解だって、そういう意味じゃなくってね!?」
「じゃあどういう意味よ!」
「これは爆殺兵器なんだって!」
「分かってるわ!」
「いや分かってない!」
「分かってるッ!」
私は傍らを通り過ぎて行くイチャイチャカップルを指差した。
「わたしは、あなたさえいれば他は何も要らないと思っていた! なのに蓮子!
いつ!? いつから付き合ってたの!? 私以外に愛人を作っていたなんて!
あなたの肌を穢したのはどこの馬の骨!? 私も納得するイケメンなんでしょうね!?」
「だから誤解してるってメリー!」
「なにを誤解してるっていうのよ!」
「全て! 全部だよ! 落ち着いて話を聞いてって!」
「いいわ話は聞く! だけどその前に証明してよ! 私を安心させて!」
「安心させてって、……何をすればいいの?」
「抱きしめて。キスをして蓮子」
「キ、――キスぅ?」
「そうよ。今ここで、それが誠意よ」
蓮子はごくりと喉を動かし、周囲を見渡した。
あれだけ大声で叫んだのだ。野次馬が集まっている。
四方から視線を感じる。もちろんそれも私の計算の上だ。
この公衆の面前で蓮子は私にキスをする。
それが出来なければ、蓮子に何かしらの疾しい内心があるって事だ。
私は、逃げも隠れもしない。堂々とここに立つだけ。
蓮子を睨み付けて、いや蓮子を凝視し、一挙手一投足細かい所作を注視する。
不倫を隠していれば心の動揺となって外見に表れるはず。
例えば、呼吸の速度、鼓動の乱れ、両手の位置、姿勢と発汗と目線と、顔色。
しかし蓮子は大袈裟にため息をつき、首を振って見せた。
「キスはできない」と何も悪びれる様子も無く、言った。
「あなたを抱擁する事も出来ない。あなたとここで接触することは出来ない」
「な、なぜ?」
「危険だからよ」
イミガワカラナイ。
だが、拒絶されたことは確かだ。私はそこへ崩れ落ち座り込んだ。
蓮子は片手に持っている小包を軽く持ち上げて。
「今実演してみせるから」
「ま、まって! 待って蓮子!」
地べたに座り身動きが取れない私を尻目に。
蓮子は踵を返し、近くで私たちを見ていた男へ歩いて接近する。
あの男は、知っている。
医学部のイケメンフランス留学生。笑顔が素敵なハンサムさん。
声楽部に色白でウェストも細くてナイスバディなめっちゃかわいい彼女がいる。
その医学部のイケメンへ、蓮子が歩いて行く。
一人では立つ事さえできない私を置いて。
蓮子がチョコを持って接近する。
「れんこ、れんこおおおぉぉぉおおぉおお!」
気合いファイト一発。
両足に力がこもる。
その様、生まれたばかりの小鹿の如く。
「蓮子、れんこぉ! UOOoooOOOOOO!!!」
その咆哮、KAIJUの如く。
その疾走は風の如く。
「こんな、ものッ!」
包みを奪い取る両手は鷹の如く。
「こうしてやるッ!」
地面に叩きつける様は――。
と比喩を入れる前に、視界が暗転した。
次のニュースです。
京都の名門、東方大学のキャンパスで爆薬が爆発する事件がありました。
被害にあった生徒は43名に及びましたが、いずれも軽い耳鳴りの軽傷で済んでいます。
爆発物は生徒の科学実験により制作されたものであり。
キャンパスで爆発した爆薬を含め、全て存在を確認していると大学は説明しています。
爆発があった際、傍らでビアガーデンを開いていた東方大学の神主校長は。
「恋愛は爆発だから仕方ないね」とコメントしています。
「え? あ、ああ! そうか今日はバレンタインデーだったわね!」
一か月前からカウントダウンしてたけどね。
大学講義の間、昼前に合流した私と蓮子。
突き抜けるような青空、木漏れ日降り注ぐ温かな日和。
蓮子がバッグから取り出した手の平サイズの包み。
ブラウンの紙に赤色のリボンでかわいく梱包している。
こういうイベントに無関心な蓮子にまさか先手を取られてしまうとは思わず。
「いやぁ、昨日は九回も失敗してそれ作ったんだよメリー。大変だったわぁ」
ぶっちゃけ感動する。心がぐらりとする。目の奥が熱くなる。
そして何と言っても、嬉しい。思わず両手で口を覆ってしまう。
感無量感慨無量、感謝感激雨あられである。いやこれは違うか。
「蓮子だいすきっ!」
「ストップメリー」
「げふん」
その感情のまま抱きつこうとしたら蓮子の手の平に衝突した。
おでこを押さえられて両手は空振り。
突き出した私のアツい唇は無情にも空を吸うだけだった。
おでこをさすりさすり、上目づかいで蓮子を見る。
人差し指を立ててノンノンと言った感じで左右に振っている。
「このチョコはタダのチョコじゃないんだ」
「知ってるわ!」
「愛情がこもってるから」
「知ってるわ!」
「扱い方を間違うと爆発する」
「知ってるわ!」
「対リア充用爆殺兵器だから」
「知ってるわ!」
「その威力はダイナマイト以上だし」
「知ってるわ!」
「金額に直すと純金以上になる」
「知ってるわ!」
「だから、あなたにはあげられない」
「知ってr…………、え?」
「あなたにはあげられない」
「じゃあ、…………一体誰に?」
「あなた以外」
「わたし、……以外?」
「そう、あなた以外」
全身を襲う強烈な倦怠感、絶望。大事なものを奪われたような喪失感。
今まで立っていた足元がガラガラと崩れ、虚無の彼方へ落下していく感覚。
世界が歪む。両目からあふれる涙で景色がにじんで行く。
「私と言うものが、ありながら。……私と言うものがぁありながらァッ!!」
「ちょ!? メリーそれは誤解だって、そういう意味じゃなくってね!?」
「じゃあどういう意味よ!」
「これは爆殺兵器なんだって!」
「分かってるわ!」
「いや分かってない!」
「分かってるッ!」
私は傍らを通り過ぎて行くイチャイチャカップルを指差した。
「わたしは、あなたさえいれば他は何も要らないと思っていた! なのに蓮子!
いつ!? いつから付き合ってたの!? 私以外に愛人を作っていたなんて!
あなたの肌を穢したのはどこの馬の骨!? 私も納得するイケメンなんでしょうね!?」
「だから誤解してるってメリー!」
「なにを誤解してるっていうのよ!」
「全て! 全部だよ! 落ち着いて話を聞いてって!」
「いいわ話は聞く! だけどその前に証明してよ! 私を安心させて!」
「安心させてって、……何をすればいいの?」
「抱きしめて。キスをして蓮子」
「キ、――キスぅ?」
「そうよ。今ここで、それが誠意よ」
蓮子はごくりと喉を動かし、周囲を見渡した。
あれだけ大声で叫んだのだ。野次馬が集まっている。
四方から視線を感じる。もちろんそれも私の計算の上だ。
この公衆の面前で蓮子は私にキスをする。
それが出来なければ、蓮子に何かしらの疾しい内心があるって事だ。
私は、逃げも隠れもしない。堂々とここに立つだけ。
蓮子を睨み付けて、いや蓮子を凝視し、一挙手一投足細かい所作を注視する。
不倫を隠していれば心の動揺となって外見に表れるはず。
例えば、呼吸の速度、鼓動の乱れ、両手の位置、姿勢と発汗と目線と、顔色。
しかし蓮子は大袈裟にため息をつき、首を振って見せた。
「キスはできない」と何も悪びれる様子も無く、言った。
「あなたを抱擁する事も出来ない。あなたとここで接触することは出来ない」
「な、なぜ?」
「危険だからよ」
イミガワカラナイ。
だが、拒絶されたことは確かだ。私はそこへ崩れ落ち座り込んだ。
蓮子は片手に持っている小包を軽く持ち上げて。
「今実演してみせるから」
「ま、まって! 待って蓮子!」
地べたに座り身動きが取れない私を尻目に。
蓮子は踵を返し、近くで私たちを見ていた男へ歩いて接近する。
あの男は、知っている。
医学部のイケメンフランス留学生。笑顔が素敵なハンサムさん。
声楽部に色白でウェストも細くてナイスバディなめっちゃかわいい彼女がいる。
その医学部のイケメンへ、蓮子が歩いて行く。
一人では立つ事さえできない私を置いて。
蓮子がチョコを持って接近する。
「れんこ、れんこおおおぉぉぉおおぉおお!」
気合いファイト一発。
両足に力がこもる。
その様、生まれたばかりの小鹿の如く。
「蓮子、れんこぉ! UOOoooOOOOOO!!!」
その咆哮、KAIJUの如く。
その疾走は風の如く。
「こんな、ものッ!」
包みを奪い取る両手は鷹の如く。
「こうしてやるッ!」
地面に叩きつける様は――。
と比喩を入れる前に、視界が暗転した。
次のニュースです。
京都の名門、東方大学のキャンパスで爆薬が爆発する事件がありました。
被害にあった生徒は43名に及びましたが、いずれも軽い耳鳴りの軽傷で済んでいます。
爆発物は生徒の科学実験により制作されたものであり。
キャンパスで爆発した爆薬を含め、全て存在を確認していると大学は説明しています。
爆発があった際、傍らでビアガーデンを開いていた東方大学の神主校長は。
「恋愛は爆発だから仕方ないね」とコメントしています。
いやーしかしホワイトデーは何用意しようかなー
本当めんどくさいなー
末長く爆発してください。
狂気が整合してしまう世界
チョコレートは危険物だからね仕方ないね(おい