よいしょっ、と。
え、まずはお名前から?でもあなた、私を取材したいってわざわざ山から降りてくるくらいなんだから、それくらい知っているんでしょう?
形式、かぁ、ふーん。よく分からないや。
あなたにはあなたの「決まりごと」があるのね。
まぁ勝手に妖怪の山をうろうろして、白い天狗たちに捕まっちゃったのも私自身の責任だものね。それを見逃してくれる代わりに、こうして取材に応じてるわけだし。
わかった。あなたの「決まりごと」に従うわ。
はじめまして。
古明地こいしです。
種族は、覚です。
んー、でも今は、どうなんだろう?肝心な「眼」をこんな風にしちゃったからなぁ。もう他人の心どころか、自分のこともよく分からなくなっちゃったし。
そう、縫い付けちゃったの。もちろん自分でね。別に痛くはなかったよ。
他人の心が流れ込んで来ないっていうのはこんなに快適だったんだって、最初は感動したなぁ。勝手に流れ込んでくる他人の感情って、汚いものばかりよ。
これは私の持論だけど、他者との関係を築ける生き物っていうのは相手に言葉を伝えるとき、「意識」のフィルターを通しているの。無意識から浮かび上がった言葉をフィルターで濾すことで、無駄や悪意を削ぎ落とそうとする。相手を気遣おうとすればするほど、このフィルターは何重にもなっていく、って私は思ってるんだけどね。
やっと分かってきた?そう、私たちの種族にはフィルターを通す以前の、汚れた不純物だらけの感情がそのまま、流れ込んでくるのよ。けっこう不快なものなんだ。
でも、快適だなんて思えたのは本当に最初だけ。
気がついたらいつの間にか地上にいて、お日様が二回沈んでた。
その時は私も何が起こったのか全然分からなくて、さすがに焦ったよ。
とにかく、帰らなきゃって思った。もうお姉ちゃんに会いたくて会いたくて仕方がなかった。今までこんなに長い時間離れてたことなんてなかったんだもん。
お姉ちゃん、泣いてたなぁ。慣れない地上からやっとの思いで帰ってきたら、玄関の前で座り込んでて。
でもお姉ちゃんは怒らなかった。目真っ赤にしながら、私をテーブルにつかせて、温かい紅茶を淹れてくれた。でも私にはもう、お姉ちゃんが何を考えているのかがさっぱりわからなかった。
あの時に初めて、自分で「眼」を使えなくしたことを後悔したの。
後にも先にも、この時だけだったけどね。
えぇ、お姉ちゃんのことも聞くの?
そう、私の姉、古明地さとり。
種族は私と同じ、覚。地霊殿の主。
…へぇ、けっこう込み入ったことも聞くんだね。
私とお姉ちゃんの違い、かあ。
同じ種族、同じ環境で過ごしてきたのに、何で私だけが「眼」を閉じることになったのかなんて、今まで特に考えたこともなかったなぁ。まぁ確かに当事者じゃない人たちからしてみれば、気になるところではあるのかもね。
そうだね、しいて言うなら――
私は冴えていて、お姉ちゃんは冴えていなかった
って、ところかな。
まぁつまり、お姉ちゃんは鈍かったのよ。いろいろとね。
でも別に、お姉ちゃんがどんくさいとか、のろまだとか、そういうことではないんだよ。頭は良いし、何よりも落ち着きのある人だから、私みたいに突発的に馬鹿なことしたりしないしね。
お姉ちゃんはね、擦り硝子越しに世界を見ることが出来る人なの。私たちの種族は、普通なら意識しなくてもそういう風に見えるものなんだけどね。
欠陥品は私。本来私たち種族にはいらない機能を取り付けて生まれてきてしまった。
こういうの、蛇足って言うんだっけ?
こんな蛇の足をくっ付けてきたばっかりに、種族にとってのアイデンティティを失うことになるなんてね。笑っちゃうよ。
さて、私があなたに話せることはこれくらいかな。
あとは特に、面白くもなんともないもの。私が認識出来ていることなんて本当にちょっとだけだから。
久しぶりに誰かと話せて、楽しかったよ。
それじゃあ、またどこかでね。
バイバイ。
え、まずはお名前から?でもあなた、私を取材したいってわざわざ山から降りてくるくらいなんだから、それくらい知っているんでしょう?
形式、かぁ、ふーん。よく分からないや。
あなたにはあなたの「決まりごと」があるのね。
まぁ勝手に妖怪の山をうろうろして、白い天狗たちに捕まっちゃったのも私自身の責任だものね。それを見逃してくれる代わりに、こうして取材に応じてるわけだし。
わかった。あなたの「決まりごと」に従うわ。
はじめまして。
古明地こいしです。
種族は、覚です。
んー、でも今は、どうなんだろう?肝心な「眼」をこんな風にしちゃったからなぁ。もう他人の心どころか、自分のこともよく分からなくなっちゃったし。
そう、縫い付けちゃったの。もちろん自分でね。別に痛くはなかったよ。
他人の心が流れ込んで来ないっていうのはこんなに快適だったんだって、最初は感動したなぁ。勝手に流れ込んでくる他人の感情って、汚いものばかりよ。
これは私の持論だけど、他者との関係を築ける生き物っていうのは相手に言葉を伝えるとき、「意識」のフィルターを通しているの。無意識から浮かび上がった言葉をフィルターで濾すことで、無駄や悪意を削ぎ落とそうとする。相手を気遣おうとすればするほど、このフィルターは何重にもなっていく、って私は思ってるんだけどね。
やっと分かってきた?そう、私たちの種族にはフィルターを通す以前の、汚れた不純物だらけの感情がそのまま、流れ込んでくるのよ。けっこう不快なものなんだ。
でも、快適だなんて思えたのは本当に最初だけ。
気がついたらいつの間にか地上にいて、お日様が二回沈んでた。
その時は私も何が起こったのか全然分からなくて、さすがに焦ったよ。
とにかく、帰らなきゃって思った。もうお姉ちゃんに会いたくて会いたくて仕方がなかった。今までこんなに長い時間離れてたことなんてなかったんだもん。
お姉ちゃん、泣いてたなぁ。慣れない地上からやっとの思いで帰ってきたら、玄関の前で座り込んでて。
でもお姉ちゃんは怒らなかった。目真っ赤にしながら、私をテーブルにつかせて、温かい紅茶を淹れてくれた。でも私にはもう、お姉ちゃんが何を考えているのかがさっぱりわからなかった。
あの時に初めて、自分で「眼」を使えなくしたことを後悔したの。
後にも先にも、この時だけだったけどね。
えぇ、お姉ちゃんのことも聞くの?
そう、私の姉、古明地さとり。
種族は私と同じ、覚。地霊殿の主。
…へぇ、けっこう込み入ったことも聞くんだね。
私とお姉ちゃんの違い、かあ。
同じ種族、同じ環境で過ごしてきたのに、何で私だけが「眼」を閉じることになったのかなんて、今まで特に考えたこともなかったなぁ。まぁ確かに当事者じゃない人たちからしてみれば、気になるところではあるのかもね。
そうだね、しいて言うなら――
私は冴えていて、お姉ちゃんは冴えていなかった
って、ところかな。
まぁつまり、お姉ちゃんは鈍かったのよ。いろいろとね。
でも別に、お姉ちゃんがどんくさいとか、のろまだとか、そういうことではないんだよ。頭は良いし、何よりも落ち着きのある人だから、私みたいに突発的に馬鹿なことしたりしないしね。
お姉ちゃんはね、擦り硝子越しに世界を見ることが出来る人なの。私たちの種族は、普通なら意識しなくてもそういう風に見えるものなんだけどね。
欠陥品は私。本来私たち種族にはいらない機能を取り付けて生まれてきてしまった。
こういうの、蛇足って言うんだっけ?
こんな蛇の足をくっ付けてきたばっかりに、種族にとってのアイデンティティを失うことになるなんてね。笑っちゃうよ。
さて、私があなたに話せることはこれくらいかな。
あとは特に、面白くもなんともないもの。私が認識出来ていることなんて本当にちょっとだけだから。
久しぶりに誰かと話せて、楽しかったよ。
それじゃあ、またどこかでね。
バイバイ。
神子の耳当てもこんな理由があるのかもしれないし、もしそうなら彼女はやはり賢いのでしょう。開くか閉じるかしかできないのって、残酷です。
設定も興味深く面白いので、ぜひ次はもっと長い作品を読みたく思います。