【第1章】
『【土踏月(つちふみづき)】
天狗社会に定められる自戒の月。
その昔、羽を失った旅の天狗が、地を歩き回ることで苦労と経験を積み、大成したという。
自慢の羽に頼らないことで、多様な視点と感性を身に着け、己を高めることが狙いである。
この一か月間、天狗は空を飛んではならず、山の上空からは風を切る音が途絶え、地には土を踏む音が響くことになる』
「えー・・・"なお、違反者には厳しい罰則が設けられているため、各々誠実に励むべし。"・・・何よこの通達はぁぁぁあああ!!!」
山を震わす怒号とともに、床に叩きつけられる通達書。その風圧は、机の書類やクッキーの破片、隣人のスカートなどを舞わせてみせた。これなら風を切る音は途絶えないかもしれない。
梅雨明け。幻想郷を覆うドンヨリ空から一転、木々の緑がまぶしい爽やかな季節。この時期に飛ぶ空は、溜まった鬱憤も風に流され、最高に気持ちいい。
湿気と熱気の抜けきれない部屋の中で、さらに息を切らせてヒートアップする人物が一人。にじんだ汗が半袖の隙間から伝って流れていった。
「仕方ないじゃありませんか、上の決定なんですから」
「にしたって急すぎない!? 来月からって、あと1週間じゃない!」
「はたて、あなた家に引きこもってばかりで、いつも気づくのが遅いんですよ」
あの件でも、この時だって・・・と、指折りながら列挙しはじめる射命丸 文。姫海棠 はたての神経をさらに逆なでることを知ってか知らずか・・・いや、知らないわけがない。
ついでに紹介しておくと、その様子を傍らでケタケタ笑っているのは、今回の騒動を回避した河童、河城 にとり。普段の優劣関係をここぞとばかりに無視して、腹の底から笑い飛ばしている。天才は後先を考えない。
「あっははは! 天狗サマも大変だねぇ! どーすんだい新聞は。商売あがったりじゃないか」
「鴉天狗だけじゃないよ。わたしたち白狼天狗にも適用されるんだから、困った話だよ・・・」
神妙な面持ちでうなだれるのは、下っ端哨戒天狗の犬走 椛。哨戒任務中もきっちり適用され、飛行は緊急時のみに制限される。通常業務は山道の徒歩でつらいし、緊急事態があればそれはそれでつらいし、なんとも逃げ場がない。今回いちばんの被害者である。
これには上司もさすがに同情する。さっきから椛のしっぽを膝に乗せてもふもふしながら言葉を紡ぐ文。ちなみに、ただのセクハラシーンである。
「あなたの新聞なら大丈夫でしょう? 念写で切り抜けられるじゃないですか」
「わたしだって、たまにはネタ探しに飛び回ることぐらいあるわよ。・・・ああっ! 新聞配るのも徒歩じゃない! 最悪! あ~あ、新聞そのものを念写で送れたらいいのになぁ~」
「それはまた突飛な発想ですね・・・」
またはたての空想癖が始まった、と半笑いの文。・・・この物語がインターネットを通して読まれていることなど彼女は知る由もない。「興味深い!」とひとり眼を光らせているのはにとりだが、今回の話とは関係ない。
「文、さっきから余裕ぶってるけど、あんたの方が大変なのよ? 取材も配達もぜんぶ徒歩。これは発行部数落ちるわね、ご苦労様~」
「そうでもありませんよ? 私の計算では、ペースは落とさずに乗り切れそうです」
「はぁ!? どうやって!?」
せっかく向けていたウザい顔が台無しである。
「だから、さっきから書いてるじゃありませんか。これ」
◆
女子会という名の愚痴大会も、おかしがなくなったところでお開き。文とはたては人里にやって来ていた。
たった数分で下りられた山も、今度からは数時間かかるのだと思うと、やはり気が滅入る。「足に筋肉がついて太くなる」という懸念もさっき判明して、さらに滅入る。空を飛ぶ妖怪は美脚が多いのだ。使わなすぎてムチムチなのもいるが、それはそれでイイが、今はそんな話じゃない。
「分かんないわねぇ・・・」
嬉々として、いろんな場所に紙を貼りつけていく文。冷めた視線を、今度ははたてが向けている。
文が書いていたのは求人広告。要するにアルバイト募集のビラだった。
「なにを言うんですか。困っているなら、手伝ってもらう。ごく自然な発想だとは思いませんか?」
「その発想が分かんないって言ってんの。人間くさい」
天狗の発刊する新聞は、いわば作品のようなもの。基本的には取材から編集、印刷、配達、営業活動まで、すべて自分ひとりで行う。他の介入を嫌うのが普通だった。
「新聞とは"情報の共有媒体"が本来の姿です。迅速・正確が最優先。そこが揺らがなければ、手伝ってもらうことなど恥ずかしいとは思いません」
「・・・」
迅速・正確が最優先。そう言いながら、出来上がる記事はいつも興味深くおもしろいのだ。
「どうして人間なの? 河童でいいじゃん。印刷請負とかやってる奴いるでしょ」
そして何より・・・
「そのほうが面白いからですよ」
いや~我ながら人里に近すぎますねぇ~ちゃんと取材編集は私がしますから大丈夫ですよ~
これで、来月の発行部数勝負は中止になる。
◆
・・・と、思うじゃん?
「ぷくく・・・っ、文、いよいよ明日から土踏月だけどさ・・・」
苦笑いを隠しながら、しきりに足のマッサージをする文。
「だーれも集まってないじゃないのよ! あっ、マッサージ代わりましょうか? 明日から徒歩が大変ですもんね~」
「お、おかしいですねぇ、報酬ははずむというのに、これは・・・」
山のふもとに用意した簡易面接会場。指定した時刻はとうに過ぎたが、希望者は誰一人やってくる気配がない。ただ鴉(天狗)が2羽いるだけの美しい大自然がそこにあった。目を覆うしかない。
天狗記者のなかでも、特に広い面識をもつ文。本人はもちろん、はたてにも本当に予想外の状況だった。予想外すぎて思わず笑ってしまったが、お互い徐々に冷静さを取り戻していく。・・・30分はかかった。笑い疲れただけかも。
「・・・いや、あれから割と真面目に考えてさぁ」
この私がよ? と続けるはたて。
「手伝いを雇う行動力とか人脈も実力のうちだと割り切って、勝負はしようかなって思って来たんだけどさ。別にそんな必要なかったみたいね、涙拭きなさいよ」
「ええ、見ての通り、この程度の実力ですよ私は、ええ。陰で嫌われまくってた空回り娘みたいで、プライドがズタズタですよ」
「他人に協力してもらおうとしてて何がプライドよ、まったく。・・・一応聞くけど、これからどーすんの」
「ひとりでやりますよ・・・」
「そうしかないでしょうね。とにかく、手伝いなしの1対1になったんだから、勝負はするからね」
きつい言葉で煽るスタイルを崩さないはたて。しかし、その顔はどこかホッとしたような、元気づけるような。狡猾さの奥にもしっかりとした思いやりが根付く、人情味あふれる天狗だ。
しかしまぁ、自他ともに認めるズボラ娘から"割と真面目に"激励されているこの状況。申し訳ないが、後で思い出しては鬱になる系の出来事には違いなかった。
西の空が茜色に染まる。ねぐらに帰るカラスの鳴き声も聞こえ、より一層の寂寥感が漂い始める。これ以上は文の精神が危険だ。
「帰りますか・・・」
「そうね」
貼っていたビラを剥がして、帰り支度を始める文。横で携帯をいじっていたはたても、欠伸とともに立ち上がる。
土踏月。上層部への憤りを込めて風を切らんと羽を広げた、まさにその時。
『あの、すみません!』
【第1章 完】
>使わなすぎてムチムチなのもいるが、それはそれでイイが
作者の欲が地の文に漏れてる辺りとか、なんちゃら強化月間みたいに、文達に不自由を強いて面白そうな話の起点にしたり、ポテンシャルは高そうなのに、
何故続きモノなんや……
基本的に読者は、続きモノにアレルギーがあると考えた方がええで(大半は続きが来ないため)
ほんま、面白そうやから続き頼むで?
文は地に足がついた(ウマい)解決策を提起できるのか