「あんた知らなかったの? こっちでの生活ももう長いでしょうに。
・・・いい? カメラってのはねぇ、私たち天狗記者にとって、もう体の一部よ、言ってしまえば。
天狗ってのは職人気質でねぇ、仕事道具をすっっっごく大切にする習慣があるの。中でもカメラは、超精密だし高価だし、他人には絶対触らせないって奴もいるわ。気安く触るものでもないしね。
だから『ちょっと持ってて?』なんていうこと自体、もうあんたに絶対的信頼を置いてるってことよ。しかも勝手を知らない人間相手に。
で、さっきのあんた。大事そうに抱えてたでしょ? 両手で、包み込むように。
・・・無意識? なんにせよ、返した時の文の顔。デレデレだったじゃない。だ~いじな体の一部をやさし~く触られて、気持ちよかったんじゃない? あ~お熱いこと。公衆の面前では二度とやらないことね」
「遠回しのプロポーズ。
昔の小説にそんな解釈がありましたよ。天狗記者にとってカメラを預けるというのは、それほど勇気のいることなんでしょうね。
私も哨戒用の武具はあんまり預けたりはしません。貸し借り禁止ですし、単に危険ですし、いろいろ理由はあるんですけど。
何も知らない人間の貴方だから、"やってみた"んじゃないでしょうか。悪戯心というか、ばれないと分かってて密かに好意を送ってみる、みたいな。
ふふっ、奥手なようで、でも大胆な方ですね、文さんも。
探せば他にも見つかるかもしれませんよ、含みのこもった行動が」
「あのカメラはわたしがよく修理してるんだけど、もう100年は使ってるものだよ。河童の技術はすごいだろう。
仕事道具なんて消耗品なんだから、古くなったら素直に買いかえればいいのにね。品質、効率、安全のために。
でも文いわく『ゲン担ぎみたいなもの』なんだって。よくわかんないよね・・・でもでも、疑ってることが一つあるんだ~。
むかし文の新聞にあった不思議な記事でね。付喪神を自分の子として作って他人に使ってもらう妖怪の話。長年かけて道具に妖力を与えて、こいつだ!と思った奴に託すんだって。
もし今回、お前さんが文のカメラに触った初めての相手だとしたら・・・にししっ、まぁ天狗は普通に婚礼出産する種族だけどさ、これって既成事実の新しい形じゃないか~?」
◆
『・・・な、なーるほどぉ。はたては逆セクハラ、椛は余罪あり、にとりに至っては既成事実だと、そう言ってたんですねぇ~・・・!
ちょっと目を離したすきに首根っこつかんで持ち出したと思ったら・・・っ!
ちちちち、違うにきまってるでしょう!!
騙されてはいけませんよ! カメラを触らせないなんてもう爺ちゃん婆ちゃん世代の習慣ですし、小説だって知る人ぞ知るような、あなた方でいうところの『月が綺麗ですね』ぐらいの解釈です。付喪神なんてはもう、あれはそういう特殊な繁殖をする妖怪の記事であって、私にそんな能力はありませんから!
あ、あなたも、私の仕事ぶりを近くで見る人であるなら、もっと真実を見極める力を養っていただきたいものですね!』
◆
「嘘よ。
・・・なぁに、古臭い習慣だって言ってたの? あいつ、今風(いまふう)を装ってるけど、習慣とか伝統とかは、ちゃんとするもの。
几帳面なのはもう知ってるでしょ? ま~だ丁寧語を使ってるんだからねぇ、あんた相手に。ウケるわ。もう付き合ってんじゃないの? 違うの? まだ相談なのこれ? ほんとウケるわ。
あ~もう・・・ああゆう格好つけはね、バカみたいに慎重よ。ちゃんと自分の描く筋道通りに物事進まないと危険だと思っちゃうの。
ちなみに言うとね、あいつ祭りが好きなのよ。
具体的にいうと"恋人と行った祭りの帰り道"に憧れてるんだって。えらく限定的だけど、こだわりっぷりがあいつらしいでしょ。
今度あいつの好きな祭りがあるから、どーせ誘われるから、大げさに喜びなさい」
「『月が綺麗ですね』って・・・ふふっ、もちろん知ってますよ。でもそれだと、もっと大胆な言葉になっちゃいますね。
文さんは、そんな含みのある表現が好きなんですよ。あえて疑われたり噂されることを狙ってるような言動も、たまに見て取れますし。
もし、今回はそういう意味は無いんだって言いたいとしても、もうオオカミ少年ですよ。
文さんは、真意を知ってほくそ笑む、人の優位に立っていることに喜びを感じる方です。
そういう方相手には、馬鹿になれとは言いませんが、疑いようのないまっすぐな言葉が届きやすいのではないでしょうか。
・・・こんな時に苦労してしまって文さんは。李下に冠を正さず、誠実が一番だと私は思うんですけどね。邪道は蛇の道です」
「・・・それだけかい? あははっ、なんだいそりゃ?
『そんな能力ないから』って、能力がないから"ゲン担ぎ"するんだろ? 否定の仕方が論理的じゃないね。かなり動揺してる。つまり、ズバリ正解ってわけだ。
よかったね、そんな能力あったらお前さん、今頃は文の子を孕まされてるさ。・・・想いを、伝えずにね。
・・・うん、そうなんだよ。だから、お前さんから言っておやりよ。
文はね、カメラの修理してる間はさ、よくウチの工房に愚痴をこぼしに来るんだ。強気でいつも余裕のある文がだよ、溜めてたものを一気に吐き出す感じ。
支えになってあげなよ。わたしも道具が壊れるとやる気無くなるもん。道具は自分自身の支えさ」
◆
◆
◆
『・・・なるほど、よぉーく分かりました。
たった今、憧れのシチュエーションで、まっすぐで素敵な言葉を、貴方から言っていただきました。
夢に描いた通りの結ばれ方ができて、最高に幸せですよ。
・・・ただ、あまりに完璧すぎたんですよねぇ』
「だってねぇ」
「そうですね」
「だよ」
『あなたたちが水面下でグルになっていたというのが最ッ高に納得いきませんね!!
とくに椛! 何あなたまで涼しい顔してそっちに立ってるんですか! ・・・ハッ! まさか貴方も』
「彼氏さんはグルじゃないわよ。そのほうが面白いからって言えば納得して頂けるかしら」
「す、すみません文さん! 最初はこの方からの個別の相談だったんですよ。にとりに至っては両方から同時期に相談を受けたみたいで・・・」
「なかなか進展しない文たちが悪いんだよ? もどかしすぎて爆発しそうだったね、わたしは」
「ネタにしないわけないじゃない、こんな面白い話。そもそも人間と天狗の男女が一緒にいるって、それだけで囃し立てられるのは覚悟するでしょ普通。
自分の色恋になるとどんだけ鈍いのよ、あんたたちは」
「鈍いというか、消極的。考え方も。
・・・でもまぁ、うまくいってよかったよ。これからは、今まですれ違ってたぶんの時間を早く埋めないとな~」
「こちらも感無量です。困ったときは、また相談に乗りますよ」
『二度と乗るか!! 行きますよ、こんなところ早く立ち去るのが得策です。飛ばしますよ!』
「お達者で~」
◆
「あとは、あのまま二人で文の家に帰ってれば、ね」
「・・・まさか何か仕掛けてるんですか?」
「そこまで鬼じゃないわよ。ねぇにとり」
「よだ童河はしたわ」
「こっち向いて喋りなさいよ」
・・・いい? カメラってのはねぇ、私たち天狗記者にとって、もう体の一部よ、言ってしまえば。
天狗ってのは職人気質でねぇ、仕事道具をすっっっごく大切にする習慣があるの。中でもカメラは、超精密だし高価だし、他人には絶対触らせないって奴もいるわ。気安く触るものでもないしね。
だから『ちょっと持ってて?』なんていうこと自体、もうあんたに絶対的信頼を置いてるってことよ。しかも勝手を知らない人間相手に。
で、さっきのあんた。大事そうに抱えてたでしょ? 両手で、包み込むように。
・・・無意識? なんにせよ、返した時の文の顔。デレデレだったじゃない。だ~いじな体の一部をやさし~く触られて、気持ちよかったんじゃない? あ~お熱いこと。公衆の面前では二度とやらないことね」
「遠回しのプロポーズ。
昔の小説にそんな解釈がありましたよ。天狗記者にとってカメラを預けるというのは、それほど勇気のいることなんでしょうね。
私も哨戒用の武具はあんまり預けたりはしません。貸し借り禁止ですし、単に危険ですし、いろいろ理由はあるんですけど。
何も知らない人間の貴方だから、"やってみた"んじゃないでしょうか。悪戯心というか、ばれないと分かってて密かに好意を送ってみる、みたいな。
ふふっ、奥手なようで、でも大胆な方ですね、文さんも。
探せば他にも見つかるかもしれませんよ、含みのこもった行動が」
「あのカメラはわたしがよく修理してるんだけど、もう100年は使ってるものだよ。河童の技術はすごいだろう。
仕事道具なんて消耗品なんだから、古くなったら素直に買いかえればいいのにね。品質、効率、安全のために。
でも文いわく『ゲン担ぎみたいなもの』なんだって。よくわかんないよね・・・でもでも、疑ってることが一つあるんだ~。
むかし文の新聞にあった不思議な記事でね。付喪神を自分の子として作って他人に使ってもらう妖怪の話。長年かけて道具に妖力を与えて、こいつだ!と思った奴に託すんだって。
もし今回、お前さんが文のカメラに触った初めての相手だとしたら・・・にししっ、まぁ天狗は普通に婚礼出産する種族だけどさ、これって既成事実の新しい形じゃないか~?」
◆
『・・・な、なーるほどぉ。はたては逆セクハラ、椛は余罪あり、にとりに至っては既成事実だと、そう言ってたんですねぇ~・・・!
ちょっと目を離したすきに首根っこつかんで持ち出したと思ったら・・・っ!
ちちちち、違うにきまってるでしょう!!
騙されてはいけませんよ! カメラを触らせないなんてもう爺ちゃん婆ちゃん世代の習慣ですし、小説だって知る人ぞ知るような、あなた方でいうところの『月が綺麗ですね』ぐらいの解釈です。付喪神なんてはもう、あれはそういう特殊な繁殖をする妖怪の記事であって、私にそんな能力はありませんから!
あ、あなたも、私の仕事ぶりを近くで見る人であるなら、もっと真実を見極める力を養っていただきたいものですね!』
◆
「嘘よ。
・・・なぁに、古臭い習慣だって言ってたの? あいつ、今風(いまふう)を装ってるけど、習慣とか伝統とかは、ちゃんとするもの。
几帳面なのはもう知ってるでしょ? ま~だ丁寧語を使ってるんだからねぇ、あんた相手に。ウケるわ。もう付き合ってんじゃないの? 違うの? まだ相談なのこれ? ほんとウケるわ。
あ~もう・・・ああゆう格好つけはね、バカみたいに慎重よ。ちゃんと自分の描く筋道通りに物事進まないと危険だと思っちゃうの。
ちなみに言うとね、あいつ祭りが好きなのよ。
具体的にいうと"恋人と行った祭りの帰り道"に憧れてるんだって。えらく限定的だけど、こだわりっぷりがあいつらしいでしょ。
今度あいつの好きな祭りがあるから、どーせ誘われるから、大げさに喜びなさい」
「『月が綺麗ですね』って・・・ふふっ、もちろん知ってますよ。でもそれだと、もっと大胆な言葉になっちゃいますね。
文さんは、そんな含みのある表現が好きなんですよ。あえて疑われたり噂されることを狙ってるような言動も、たまに見て取れますし。
もし、今回はそういう意味は無いんだって言いたいとしても、もうオオカミ少年ですよ。
文さんは、真意を知ってほくそ笑む、人の優位に立っていることに喜びを感じる方です。
そういう方相手には、馬鹿になれとは言いませんが、疑いようのないまっすぐな言葉が届きやすいのではないでしょうか。
・・・こんな時に苦労してしまって文さんは。李下に冠を正さず、誠実が一番だと私は思うんですけどね。邪道は蛇の道です」
「・・・それだけかい? あははっ、なんだいそりゃ?
『そんな能力ないから』って、能力がないから"ゲン担ぎ"するんだろ? 否定の仕方が論理的じゃないね。かなり動揺してる。つまり、ズバリ正解ってわけだ。
よかったね、そんな能力あったらお前さん、今頃は文の子を孕まされてるさ。・・・想いを、伝えずにね。
・・・うん、そうなんだよ。だから、お前さんから言っておやりよ。
文はね、カメラの修理してる間はさ、よくウチの工房に愚痴をこぼしに来るんだ。強気でいつも余裕のある文がだよ、溜めてたものを一気に吐き出す感じ。
支えになってあげなよ。わたしも道具が壊れるとやる気無くなるもん。道具は自分自身の支えさ」
◆
◆
◆
『・・・なるほど、よぉーく分かりました。
たった今、憧れのシチュエーションで、まっすぐで素敵な言葉を、貴方から言っていただきました。
夢に描いた通りの結ばれ方ができて、最高に幸せですよ。
・・・ただ、あまりに完璧すぎたんですよねぇ』
「だってねぇ」
「そうですね」
「だよ」
『あなたたちが水面下でグルになっていたというのが最ッ高に納得いきませんね!!
とくに椛! 何あなたまで涼しい顔してそっちに立ってるんですか! ・・・ハッ! まさか貴方も』
「彼氏さんはグルじゃないわよ。そのほうが面白いからって言えば納得して頂けるかしら」
「す、すみません文さん! 最初はこの方からの個別の相談だったんですよ。にとりに至っては両方から同時期に相談を受けたみたいで・・・」
「なかなか進展しない文たちが悪いんだよ? もどかしすぎて爆発しそうだったね、わたしは」
「ネタにしないわけないじゃない、こんな面白い話。そもそも人間と天狗の男女が一緒にいるって、それだけで囃し立てられるのは覚悟するでしょ普通。
自分の色恋になるとどんだけ鈍いのよ、あんたたちは」
「鈍いというか、消極的。考え方も。
・・・でもまぁ、うまくいってよかったよ。これからは、今まですれ違ってたぶんの時間を早く埋めないとな~」
「こちらも感無量です。困ったときは、また相談に乗りますよ」
『二度と乗るか!! 行きますよ、こんなところ早く立ち去るのが得策です。飛ばしますよ!』
「お達者で~」
◆
「あとは、あのまま二人で文の家に帰ってれば、ね」
「・・・まさか何か仕掛けてるんですか?」
「そこまで鬼じゃないわよ。ねぇにとり」
「よだ童河はしたわ」
「こっち向いて喋りなさいよ」
みんな特徴的で面白めでたい話でした。