ブーンと言う冷蔵庫の音が、早朝の静かなキッチンに響く。
今、私マエリベリーハーンは冷蔵庫の前で正座している。
目の前にある磁石でくっついたキッチンタイマーが、一つまた一つとカウントを減らしていた。
「そろそろ、固まったかしら」
そわそわと、何度も冷蔵庫を開けて確認してしまう。
目当てのモノはまだ少し柔かった。
さて、一体どうしてこんなことをしているのか。
答えは明確。本日の日付は2/14日である。
2/14日。それが何を意味しているのかは、あえて語らなくとも良いだろう。
端的に言うとすれば、常日頃抱いている気持ちをカカオ菓子に乗せてプレゼントする日だ。
それを押し付けがましいと思われるか、喜ばれるかは普段の行いがものを言うところであるが。
「うん、もう少しね」
ちょんちょんと指で押し、固まり具合を確認。
チョコレート作りは慣れなれていないが、我ながら良くできていると思う。
さて、問題はこれをどうやって渡そうか。
こういうものは渡し方が肝心である。
ぼーっとタイマーを見つめ、考えに浸る。
午後になって街に出てきた私は、いつもの集合場所、行きつけのカフェへと向かう。
二月の午後はまだまだ寒く、暖房のよくきいた部屋が恋しい。
しばらくして目的地へと到着。勿論、そこに相方の姿はない。
カランと扉を鳴らし窓際の席へと座る。
店内にあまり人はいなく、ゆったりとした時間が流れていた。
約束の集合時間まではあと5,6分あるが、彼女のことだ、定時に到着するのは期待できそうにない。
ひとまず深呼吸。次に手提げ袋の中の包みをちらりと見やる。 赤い紙で丁寧にラッピングしてある小さなそれは、しっかりとそこにあった。
問題はこれをどのように手渡すか。
さりげなくさっと渡せたら良いのだけど、そんなことは到底出来そうにない。
ねえ蓮子。これ、夢のなかで見つけたんだけど。
……駄目だ。これでは作ってきた意味がない。
ならば彼女が席を立ったときに、机の上においておくというのはどうか。
これもいまいちである。何かないか。
そして、手提げの中に入っている、ある別の物に気付いた。
蓮子から借りていた本。都合よく二冊。
続き物の小説と、昔の星座の本。
二冊とももう読み終わって返そうとしていたものだし、丁度いい。
この本と本とで挟み込んで渡す。
うん、なかなか洒落てるじゃない。
幸い渡すチョコレートはあまり厚くはないし、上手く行けば蓮子が帰った後気付く、なんてどっききり仕掛けもできるかもしれない。
……いや、ちょっとまった。もし蓮子がチョコレートを持ってきてたら?
渡すとしたら、おそらくあの子はほいと渡してくるだろう。軽々と。
しかし私の渡し方では分かりづらすぎて、私だけ作っていないと勘違いされるかもしれない。
例え帰ってから気づくにせよ、それでは何か物足りない。
うーむ、もっとスマートな方法は無いものか。
そのとき、頭の後ろでカランという音がなる。
「いやぁ、メリーお待たせ」
ニコニコと猫の様に笑いながら蓮子が歩いてくる。
何時もよりさらにニコニコして、なんか変に可愛いわねぇ。……じゃなかった。
「まったく、蓮子の時計は少し遅れてるみたいね」
「あら、クロノメーターより正確なものを持っているつもりですわ」
そんな何時も通りの問答を終え、蓮子が席につく。
ブラック一つ、とオーダーした後蓮子は紙袋から何か取り出す。
来たか、と一瞬身を動かしそうになるのをどうにか押さえる。
「はい、メリー。これこの前貸した本の続き。とりあえず3巻まで持ってきたわ」
はあ、がっかり。
まったく乙女心というものが分かっていない。
貴女、星を見たときに日にちも分かるんじゃなかったの。
「え、ええ。ありがとう蓮子」
しぶしぶと受けとる。しかし、手にとってあることに気づく。
やられた。
本と本とにチョコレートが挟まっている。
まさか同じこと考えるなんて。しかも受け取ってみると意外と分かりやすいわ、これ。
蓮子はというと、表情こそ変わらないものの、目線は落ち着いていないようだった。
たった今まで余裕綽々だったのに。いや、そう言えば入って来たときもすこし作り笑いしていたか。
とにかく、そんな蓮子が面白いのでチョコには気付かないふりをしながら鞄にしまう事にした。
さて、渡し方の問題は振り出しに戻ってしまった。
まさか蓮子がこんな渡し方するなんて。
まあ、意外な一面が見れて少し嬉しいけど。
もうここはいっそ普通に渡してしまおうか。
うん、それしかない。それがいい。
さっと手提げに手を伸ばし、小包を取り出す。
「はい、蓮子。ハッピーバレンタイン」
必死にポーカフェイスを決めつつ差し出す。
蓮子は一瞬ビックリしたようにへっと声をあげ、そしてすぐにありがとうとそれを受け取った。
その後、そわそわしながら私の鞄に視線を向けてる。
「どうかした?」
「えっ、あ、いや……」
何かいいかけて止めてしまう。 まあ大体想像はつくけど。
少し意地悪かとも思ったけど、可愛いから続行。
「チョコレート作るのって、あまり慣れてないの。美味しくなかったらごめんなさいね?」
「い、いや大丈夫だよ。……それよりさ、メリー」
「ん?」
「……えっと」
いや、やっぱりなんでもない。と蓮子は顔を真っ赤にして斜め下を向いてしまう。
流石にそろそろ許してあげよう。"バレンタイン蓮子分"もたっぷり堪能したし。
わざとらしく鞄を開けて、まさぐる。
はっと顔を上げる蓮子。
「あら、これ何かしら」
本の間に挟まれていたチョコレートをつまみ上げる。
蓮子は心配そうな顔で見届けている。
「蓮子が作ってくれたの?」
「へっ?ま、まあ。……うん」
頷いた後、顔を赤く染めたまま目線を合わせてくれない。
しきりにぽりぽりとこめかみの当たりを人差し指でかいていた。
「ありがとう。すごく嬉しいわ」
笑いかけると、消え入りそうな声で
「あ、味は保証しかねるわ……」
何て言った。声、裏返ってるわよ。でも、そんなところがまた可愛い。
いつの間にか二人は無言になっていた。
さっき頼んだはずのコーヒーもとうに無くなっていたし、むず痒いような沈黙が続いていた。
普段の私達なら、こんなに黙り混むなんてことは考えられなかった。
いつも蓮子が次から次と面白い話をしていたし、私もそれを聞いているのが好きで、相槌をうってまた別の話題に逸れるのも好きだった。
しかし今日はどうだろう。いつもリードしていたはずの蓮子は赤ら顔で、この場のイニシアチブは完全に私側にある。
ま、たまにはこういうのもありか。
「コーヒー、終わっちゃったわね」
「う、うん……」
「蓮子の事だから、チョコレート会社の陰謀には荷担しないと思ってたけど?」
「それは……メ、メリーは別なの!」
「あら、嬉しい。ねぇ蓮子、そろそろ出ましょ」
「え?」
「ほら、はやく」
「ちょ、ちょっとまってよ」
蓮子の手を引いて、足早に会計を済ませる。
外に出ると、また一段と寒さを増していた。
そんな中、さらに追い討ちをかけるようにピュウピュウと風が吹く。
「うう、寒いわね」
思わず身を縮こめてしまう。
そこに、うん、と大人しく返事をする蓮子。
「ねぇ蓮子、貴女、いつまで照れてるのかしら」
「は、はぁっ!?……照れてなんか!」
あからさまに反抗してくる。
こんな蓮子を見れるのというも、年にそう無いだろう。
あの冷静沈着クールな切れ者、期待の変人宇佐見蓮子をここまで丸め込むとは。
2月14日、恐るべし。
ここは一つ、もう少しその恐るべき一日の勢いに身を任せる事にした。
「ねえ蓮子」
「な、何?」
「蓮子。目を閉じて?」
じっと蓮子を見つめ、微笑む。
「へっ、なに、どしたのメリー」
沸点なんてとうに越したという勢いでさらに顔を赤らめる蓮子。
呂律が回って無いわよ。
「いいから」
と促すと、観念したのか蓮子が静かにと目を閉じる。
赤面になりつつ目を閉じた蓮子を前に、ついくらりとしてしまう。
緊張で生唾が喉を下り、鼓動が高鳴る。
意を決し、いざゆかんと蓮子の肩に手を乗せてゆっくりと引き寄せる。
いまにもとけだしそうな二人。
さながらチョコレートの様に。
互いの吐息が顔に当たり、それがより鼓動を加速させる。
そして、互いの唇が触れ───。
ピピピピピピピピピピピピ
合うことは、無かった。
はっと目を見開く。
目の前にはブーンと唸りを上げる冷蔵庫と、けたたましく鳴り響くキッチンタイマー。
高鳴ったままの鼓動と、冷たい床。
私はいま、自室のキッチンにいた。
「……なんて、ね」
タイマーを止め、一人呟く。
時計は丁度午前8時を回るところだった。
我ながらなんて事を考えていたのか。
思い出すと、また体温が上がってくるのを感じた。
ときに、人が発揮する想像力、もとい妄想力には目を見張るものがある。
それは現実以上にリアルで、生々しいことさえあるのだ。
もっとも、音や光、感触、匂いや味等の、人間の知覚が構成するこの世界は、脳がそれら情報を感じる事により成り立っているものなのだから、それはあたりまえなのかもしれない。
しばし人間は感覚器から受け取った情報に騙されるときがある。
それは俗に錯覚とも呼ばれるものだが、高度な妄想は、脳による脳に対する錯覚と言っても良いんじゃないかとふと考えてしまう。
そして、脳が世界を人間に認識させてるのなら、つまりは脳が人間に認識させたものこそが世界なのだ。
それが例え空想や妄想、そして幻想だとしても。
なにも食べていなくたって、匂いがして味がして、歯応えがあったら、人は何かを食べているのだ。
誰にも触れられていなくたって、甘くて暖かくて、胸が高鳴ったなら、それは想い人に触れ合っている事になるのである。
ふむ、今度レポートに書いてみようかしら。
もっとも、蓮子は大いに否定してきそうだけど。
まだ少し頭がぼーっとしている。
チョコレートも固まった事だし、少し外の空気を吸いに行こう。
玄関のドアを開けると、しんしんと雪が降っていた。どうりで寒い訳である。
「雪か。ホワイトクリスマスならぬホワイトバレンタインデーね。……ホワイトチョコにすればよかったかしら」
なんてひとり呟きながら部屋に戻る。
まだまだラッピングなりカードなり、しなければいけないことが沢山あるのだ。
だって、今日は2月14日。
パッピーバレンタインデーだもの。
今、私マエリベリーハーンは冷蔵庫の前で正座している。
目の前にある磁石でくっついたキッチンタイマーが、一つまた一つとカウントを減らしていた。
「そろそろ、固まったかしら」
そわそわと、何度も冷蔵庫を開けて確認してしまう。
目当てのモノはまだ少し柔かった。
さて、一体どうしてこんなことをしているのか。
答えは明確。本日の日付は2/14日である。
2/14日。それが何を意味しているのかは、あえて語らなくとも良いだろう。
端的に言うとすれば、常日頃抱いている気持ちをカカオ菓子に乗せてプレゼントする日だ。
それを押し付けがましいと思われるか、喜ばれるかは普段の行いがものを言うところであるが。
「うん、もう少しね」
ちょんちょんと指で押し、固まり具合を確認。
チョコレート作りは慣れなれていないが、我ながら良くできていると思う。
さて、問題はこれをどうやって渡そうか。
こういうものは渡し方が肝心である。
ぼーっとタイマーを見つめ、考えに浸る。
午後になって街に出てきた私は、いつもの集合場所、行きつけのカフェへと向かう。
二月の午後はまだまだ寒く、暖房のよくきいた部屋が恋しい。
しばらくして目的地へと到着。勿論、そこに相方の姿はない。
カランと扉を鳴らし窓際の席へと座る。
店内にあまり人はいなく、ゆったりとした時間が流れていた。
約束の集合時間まではあと5,6分あるが、彼女のことだ、定時に到着するのは期待できそうにない。
ひとまず深呼吸。次に手提げ袋の中の包みをちらりと見やる。 赤い紙で丁寧にラッピングしてある小さなそれは、しっかりとそこにあった。
問題はこれをどのように手渡すか。
さりげなくさっと渡せたら良いのだけど、そんなことは到底出来そうにない。
ねえ蓮子。これ、夢のなかで見つけたんだけど。
……駄目だ。これでは作ってきた意味がない。
ならば彼女が席を立ったときに、机の上においておくというのはどうか。
これもいまいちである。何かないか。
そして、手提げの中に入っている、ある別の物に気付いた。
蓮子から借りていた本。都合よく二冊。
続き物の小説と、昔の星座の本。
二冊とももう読み終わって返そうとしていたものだし、丁度いい。
この本と本とで挟み込んで渡す。
うん、なかなか洒落てるじゃない。
幸い渡すチョコレートはあまり厚くはないし、上手く行けば蓮子が帰った後気付く、なんてどっききり仕掛けもできるかもしれない。
……いや、ちょっとまった。もし蓮子がチョコレートを持ってきてたら?
渡すとしたら、おそらくあの子はほいと渡してくるだろう。軽々と。
しかし私の渡し方では分かりづらすぎて、私だけ作っていないと勘違いされるかもしれない。
例え帰ってから気づくにせよ、それでは何か物足りない。
うーむ、もっとスマートな方法は無いものか。
そのとき、頭の後ろでカランという音がなる。
「いやぁ、メリーお待たせ」
ニコニコと猫の様に笑いながら蓮子が歩いてくる。
何時もよりさらにニコニコして、なんか変に可愛いわねぇ。……じゃなかった。
「まったく、蓮子の時計は少し遅れてるみたいね」
「あら、クロノメーターより正確なものを持っているつもりですわ」
そんな何時も通りの問答を終え、蓮子が席につく。
ブラック一つ、とオーダーした後蓮子は紙袋から何か取り出す。
来たか、と一瞬身を動かしそうになるのをどうにか押さえる。
「はい、メリー。これこの前貸した本の続き。とりあえず3巻まで持ってきたわ」
はあ、がっかり。
まったく乙女心というものが分かっていない。
貴女、星を見たときに日にちも分かるんじゃなかったの。
「え、ええ。ありがとう蓮子」
しぶしぶと受けとる。しかし、手にとってあることに気づく。
やられた。
本と本とにチョコレートが挟まっている。
まさか同じこと考えるなんて。しかも受け取ってみると意外と分かりやすいわ、これ。
蓮子はというと、表情こそ変わらないものの、目線は落ち着いていないようだった。
たった今まで余裕綽々だったのに。いや、そう言えば入って来たときもすこし作り笑いしていたか。
とにかく、そんな蓮子が面白いのでチョコには気付かないふりをしながら鞄にしまう事にした。
さて、渡し方の問題は振り出しに戻ってしまった。
まさか蓮子がこんな渡し方するなんて。
まあ、意外な一面が見れて少し嬉しいけど。
もうここはいっそ普通に渡してしまおうか。
うん、それしかない。それがいい。
さっと手提げに手を伸ばし、小包を取り出す。
「はい、蓮子。ハッピーバレンタイン」
必死にポーカフェイスを決めつつ差し出す。
蓮子は一瞬ビックリしたようにへっと声をあげ、そしてすぐにありがとうとそれを受け取った。
その後、そわそわしながら私の鞄に視線を向けてる。
「どうかした?」
「えっ、あ、いや……」
何かいいかけて止めてしまう。 まあ大体想像はつくけど。
少し意地悪かとも思ったけど、可愛いから続行。
「チョコレート作るのって、あまり慣れてないの。美味しくなかったらごめんなさいね?」
「い、いや大丈夫だよ。……それよりさ、メリー」
「ん?」
「……えっと」
いや、やっぱりなんでもない。と蓮子は顔を真っ赤にして斜め下を向いてしまう。
流石にそろそろ許してあげよう。"バレンタイン蓮子分"もたっぷり堪能したし。
わざとらしく鞄を開けて、まさぐる。
はっと顔を上げる蓮子。
「あら、これ何かしら」
本の間に挟まれていたチョコレートをつまみ上げる。
蓮子は心配そうな顔で見届けている。
「蓮子が作ってくれたの?」
「へっ?ま、まあ。……うん」
頷いた後、顔を赤く染めたまま目線を合わせてくれない。
しきりにぽりぽりとこめかみの当たりを人差し指でかいていた。
「ありがとう。すごく嬉しいわ」
笑いかけると、消え入りそうな声で
「あ、味は保証しかねるわ……」
何て言った。声、裏返ってるわよ。でも、そんなところがまた可愛い。
いつの間にか二人は無言になっていた。
さっき頼んだはずのコーヒーもとうに無くなっていたし、むず痒いような沈黙が続いていた。
普段の私達なら、こんなに黙り混むなんてことは考えられなかった。
いつも蓮子が次から次と面白い話をしていたし、私もそれを聞いているのが好きで、相槌をうってまた別の話題に逸れるのも好きだった。
しかし今日はどうだろう。いつもリードしていたはずの蓮子は赤ら顔で、この場のイニシアチブは完全に私側にある。
ま、たまにはこういうのもありか。
「コーヒー、終わっちゃったわね」
「う、うん……」
「蓮子の事だから、チョコレート会社の陰謀には荷担しないと思ってたけど?」
「それは……メ、メリーは別なの!」
「あら、嬉しい。ねぇ蓮子、そろそろ出ましょ」
「え?」
「ほら、はやく」
「ちょ、ちょっとまってよ」
蓮子の手を引いて、足早に会計を済ませる。
外に出ると、また一段と寒さを増していた。
そんな中、さらに追い討ちをかけるようにピュウピュウと風が吹く。
「うう、寒いわね」
思わず身を縮こめてしまう。
そこに、うん、と大人しく返事をする蓮子。
「ねぇ蓮子、貴女、いつまで照れてるのかしら」
「は、はぁっ!?……照れてなんか!」
あからさまに反抗してくる。
こんな蓮子を見れるのというも、年にそう無いだろう。
あの冷静沈着クールな切れ者、期待の変人宇佐見蓮子をここまで丸め込むとは。
2月14日、恐るべし。
ここは一つ、もう少しその恐るべき一日の勢いに身を任せる事にした。
「ねえ蓮子」
「な、何?」
「蓮子。目を閉じて?」
じっと蓮子を見つめ、微笑む。
「へっ、なに、どしたのメリー」
沸点なんてとうに越したという勢いでさらに顔を赤らめる蓮子。
呂律が回って無いわよ。
「いいから」
と促すと、観念したのか蓮子が静かにと目を閉じる。
赤面になりつつ目を閉じた蓮子を前に、ついくらりとしてしまう。
緊張で生唾が喉を下り、鼓動が高鳴る。
意を決し、いざゆかんと蓮子の肩に手を乗せてゆっくりと引き寄せる。
いまにもとけだしそうな二人。
さながらチョコレートの様に。
互いの吐息が顔に当たり、それがより鼓動を加速させる。
そして、互いの唇が触れ───。
ピピピピピピピピピピピピ
合うことは、無かった。
はっと目を見開く。
目の前にはブーンと唸りを上げる冷蔵庫と、けたたましく鳴り響くキッチンタイマー。
高鳴ったままの鼓動と、冷たい床。
私はいま、自室のキッチンにいた。
「……なんて、ね」
タイマーを止め、一人呟く。
時計は丁度午前8時を回るところだった。
我ながらなんて事を考えていたのか。
思い出すと、また体温が上がってくるのを感じた。
ときに、人が発揮する想像力、もとい妄想力には目を見張るものがある。
それは現実以上にリアルで、生々しいことさえあるのだ。
もっとも、音や光、感触、匂いや味等の、人間の知覚が構成するこの世界は、脳がそれら情報を感じる事により成り立っているものなのだから、それはあたりまえなのかもしれない。
しばし人間は感覚器から受け取った情報に騙されるときがある。
それは俗に錯覚とも呼ばれるものだが、高度な妄想は、脳による脳に対する錯覚と言っても良いんじゃないかとふと考えてしまう。
そして、脳が世界を人間に認識させてるのなら、つまりは脳が人間に認識させたものこそが世界なのだ。
それが例え空想や妄想、そして幻想だとしても。
なにも食べていなくたって、匂いがして味がして、歯応えがあったら、人は何かを食べているのだ。
誰にも触れられていなくたって、甘くて暖かくて、胸が高鳴ったなら、それは想い人に触れ合っている事になるのである。
ふむ、今度レポートに書いてみようかしら。
もっとも、蓮子は大いに否定してきそうだけど。
まだ少し頭がぼーっとしている。
チョコレートも固まった事だし、少し外の空気を吸いに行こう。
玄関のドアを開けると、しんしんと雪が降っていた。どうりで寒い訳である。
「雪か。ホワイトクリスマスならぬホワイトバレンタインデーね。……ホワイトチョコにすればよかったかしら」
なんてひとり呟きながら部屋に戻る。
まだまだラッピングなりカードなり、しなければいけないことが沢山あるのだ。
だって、今日は2月14日。
パッピーバレンタインデーだもの。
そこからのラブロマンスですね、わかります
蓮子ちゃんは生足派
……で、数日後に気付いて顔真っ赤だと萌えますな
黙り混む
パッピー
むしろ②のほうが、一ヶ月後のイベントには義理チョコ友チョコなどという言い訳が使えない分エマージェンシーな感じがします。
蓮メリちゅっちゅもまた、直球です。
蓮子はきっと③だろうなあ